まさかの「ハーメルンから来ました」と言う方がいらしてビックリ。
と言うわけで9話です。8話から続くこういうシリアスパートはさっさと駆け抜けるのが吉なのですが、作者の筆速がそれを許さない。
価値観の衝突というのは、得てして虚しいものだ。
衝突によって自分と異なる人間を理解することなど、私は不可能ではないかと考えている。
であるのならば、真の相互理解はそこに存在せず、どちらか一方が倒れるまでの争いしか起こりえない。
しかし、今世でも前世でも、また歴史を振り返っても、価値観の衝突は度々発生している。
何故か。
人は、自分の思い通りに行かないことが酷く不愉快だからだろう。
他人の価値観を粉砕し、自分の価値観を押し付けることで、全てが上手くいくと考えている。
かつての私もそうだったし、今の武内Pや千川さんもそうなのだろう。
だが、私が多少丸くなったからといって、自身の価値観が危機に晒されているのを看過する訳には行かない。
専守防衛ではなく、先制攻撃が私のモットーだ。
戦争は相手の国土でやるに限る。
いざ開戦準備が整った私の梯子を外したのが、ある意味最高のタイミングで現れた増毛Pだ。
登場すると共に、武内Pにガンを飛ばしながら周囲をアラサー呼ばわり。
武内Pと、見た目が洒落にならない睨み合いを始めてしまった。
多少、距離が開いているのが救いだろうか。
武内Pの背が高すぎるので、傍に寄ると増毛Pが残念な事になってしまうのだ。
「一回り近く離れた他所の現役女子大生アイドルを囲むとは、異性の扱いに
「先輩こそ、
増毛Pも武内Pも大人なので、大声で感情的にがなりたてることは無い。
おかげで周囲の人から見れば、職場の先輩後輩が他愛も無い会話をしているだけのように見える。
聞いているこちらからすると、殺伐として入り込みたくない空間なのだが。
何が大人だ。
子供なら特大のハンマーで可愛く殴り合っているところが、ちっぽけな針でゆっくりと嫌味ったらしく刺し合う様に変わっただけではないか。
幼稚な諍いを端から見ることで、私の中のヤル気も大きく殺がれた。
まぁ、男は幾つになっても変わらないから仕方が無い。
大人に成り切れない30代の喧嘩を優しく見守ろうじゃないか。
千川さんも参戦してしまって相手が居なくなった私は、傍で逃げ出すタイミングを窺っているウサミン殿にカフェオレを注文する。
「えぇ……この状況で注文するんですか……」
少し喉が渇いたので。
定時も過ぎたのに微妙に拘束されているから、空腹にもなりつつある。
何か食事を頼んでも良いかもしれない。
幸い、346カフェはディナーモードで営業中だ。
しかし、そんなに重たい食べ物は取り扱っていないようなので、小腹を満たす程度にパンケーキを1つ追加。
カフェオレは食後に回し、お冷を持ってきてもらうよう手配する。
「菜々はその度胸が羨ましいですよ……」
度胸など必要なのだろうか。
職場の敷地内とはいえ、定時を過ぎた上特段業務を抱えているわけではない職員は、夕食場所や内容を本人の自由意思で選ぶことが出来る。
ここ、日本国は個人の自由を憲法で保障しているのだ。
「……君は何をしているんだ」
何って、食事だが。
貴方方の無益な諍いをただ見ているのは暇だったもので。
「事の発端は、貴方のアイドルに対する価値観があまりにも鋭利なことにあるのですが」
増毛Pどころか、武内Pまでこっちに気付いてしまった。
間を置かずに、(彼らから見れば)のうのうと食事をしている私に標的が移ることだろう。
千川さんの開きかけた口を、掌で制する。
貴女まで話し始めると収拾が付かない。
「失礼、食事中です」
開いた口を閉じることなく唖然とする2人を差し置いて食事を続ける。
パンケーキの最後の一口を口に運んだ後、ウサミン殿に手で合図を送る。
「うぅ……菜々はこんな状況で戻りたくなかったです」
おっかなびっくりカフェオレを持ってくるウサミン殿。
そう悲観されるな。
貴女は近くのイベントに対して必ず巻き込まれる星の下に生まれてきたのかもしれない。
しかし、悪い事だけではなく、良い事にもきっとめぐり合えるだろう。
カフェオレをゆっくりと飲み終え、席にて会計を行う。
皆様、お待たせしたようだ。
再開と行こうじゃありませんか。
「……随分と、優雅に食事をするんですね」
一応、そういったお店にも通う事が出来るよう、一通りのテーブルマナーは抑えている。
尤も、346カフェはその様な格式高いお店ではないが、そこは宮本武蔵という例がある。
繰り返しになるが、戦争は相手の国土でやった方がよく、喧嘩は自分のペースでやった方が良い。
戦いは主導権を握る事が肝要だ。
「……私は、一生懸命頑張っている等身大の女の子こそ、アイドルがアイドルとして求められているものだと思っています。そんな女の子達を応援したいから、私は346プロダクションで働いています。この思いは、入社当時から変わりません」
私に対するさまざまな言葉を飲み込んで冷静さを取り戻した千川さんの喉から出たのは、彼女のアイドルに対する価値観。
隣で武内Pも強く頷いている。
きっとそれが普通なのだろう、世の中の大半は貴女に同意するのだろう。
「でも、貴女はそうじゃありません。貴女は、一所懸命頑張っているわけでも、等身大の女の子でもありません。アイドルがアイドルとして求められているもの、観察し、考え、作り出している人間です。何故です? その考えで、何故アイドルになろうと思ったのですか? 何故アイドルを続けようと思ったのですか?」
しかし、広い世界には良い意味でも悪い意味でも、自分の想像の範疇に納まらない人間が一定数居る事を理解しなければならない。
貴女方に対する私の様に。
アイドルになる女の子達のきっかけは様々だ。TVやラジオ・雑誌を通じてアイドルに憧れ、オーディション等を経て夢を叶える者が居る一方、道端でスカウトにあってアイドルになる女の子も居る。
私は、広義で言えば後者の方だ。
なるつもりは無かったが、増毛Pのスカウトを受けアイドルになり、待遇も良いのでそのまま続けている。
346プロダクションは私が望む給与や年間休日日数、福利厚生等を十分満たしている、数少ない日本企業だ。
幸い、デビュー以来それなりに売れて注目もされているので、アイドルを続けない理由はどこにも無い。
しかし、こんな彼女の火に油を注ぐような回答をすべきであろうか。
彼女の質問に回答し続ける限り、この静かな口喧嘩は終らないだろう。
非生産的な争いを忌諱する私が、それに拍車をかけることは信条に反する。
「……何か、答えないのですか?」
疑問文だが、彼女の眼が答えを強制している。
せっかく可愛い顔をしているのだから、眉間の皺が癖にならないよう、そういった表情はすべきではないと思う。
今から私が見本をお見せしよう。
堂々と、そして朗らかに、眉と口角を少し上げて、笑顔でさぁ。
「どうでも良いじゃありませんか、そんなもの」
***
千川さんも武内Pも、そして増毛Pも呆気に取られる。
戦いと言うものは、相手が反応できないうちに、叩けるだけ叩いてしまうのが定石だ。
「人の数だけ考え方や価値観があるんです。同様にファンやアイドルの数だけ、アイドルに対する考え方や価値観があるでしょう。それを所持する自由を私は全力で保障しましょう。また、武内Pや千川さんがアイドルに対して持っている価値観を発言する自由もまた、私は全力で保障しましょう。
それと同じく、私や増毛Pがアイドルに対して持っている価値観を所持・発言する自由を、武内Pや千川さんに保障して頂きたい。それは、貴方方にとって気に食わないものであるかも知れません。ですが、それだけで否定していてはあまりにも不毛です。
本来、346プロダクションアイドル事業部がプロデュースするアイドルのあり方は、私達がどうこう言う問題ではありません。経営陣が定めるものです。それは”「新しい」アイドルのカタチ。”で始まる標語が示しています。この標語が示すアイドルのあり方は、非常にあやふやなものです。すなわち、それは担当者に委任されていると捉えることが可能です。
私たちのアイドル像は、標語に反しているでしょうか。いないのであれば、お互い自由にやりましょう」
何もしない、それが私の解決策だ。
あくまでも白黒を付けると言うのであれば、それは346に対する利益と言う定量的な指標ではなかろうか。
「もちろん、その通りです。しかし、問題はそこではありません」
再起動した武内Pが反論する。
しかし、まだ混乱から立ち直っていないのだろうか、代名詞だらけで何を言っているか分からない。
「安曇さんがどのようなアイドル像を持とうが自由、それには納得しました。しかし、安曇さんの鋭すぎるアイドル像がシンデレラプロジェクトのメンバーに悪影響を与えると言う問題は解決できていません。せめて、彼女達の前だけでも
不可能ではない、しかし、日常生活でも演技をしろというのはいささか私にとって酷ではなかろうか。
工数を積んでも割に合わないので、出勤意欲が大きく減退しそうだ。
「何だ武内、何時になく自信が無いじゃないか」
どのように打ち返そうか悩んでいたとき、増毛Pが口を挟んできた。
珍しい、私たちの関係には自動参戦条項どころか、集団的自衛権すら存在するのか怪しいものだと思っていたが。
「お前が過去にプロデュースした連中は、人が何を言おうと自分を貫く連中ばかりだったぞ? おかげで企画時代は随分苦労させられた。なのに、今度の連中には”優しくしてください”だと? 随分と方針転換したな」
確かに、高垣楓を初めとする武内Pがかつてプロデュースしたメンバーは強烈な個性持ちだ。
アイドル暦の差もあるだろうが、彼女らに私が何を言ったところで、彼女らが動じるとは思えない。
「なぁ武内、今度の”シンデレラプロジェクト”の連中は、そんなに自分が無い連中なのか? 安曇さんが何か言うだけですぐに影響されて自分を見失うような連中なのか? だったら、直に学校に送り返してやれ。社会に出るには心身共に早すぎる。」
読み書きそろばんと違って、自分の考えの作り方や他者の考えとの付き合い方は誰も教えてくれない。
学校生活等における他人や社会との関わりを通じで、徐々に作り上げていくものだ。
だが、アイドルの賞味期限は短い。
可能な限り若い女の子をアイドルに仕立て上げる方が経済的だ。
なので、義務教育すら終了していない女の子が居ても不思議ではない。
しかし、学校とは違って、社会には多種多様な人間が居る。
幼いあやふやな価値観で社会の海に出れば、厄介な大人達の鋼の様な価値観にぶつかる事になる。
これのケアに掛かるコストは、若い女の子をアイドルに仕立てた経済性とのトレードオフだ。
数撃てば当たる戦法で使い潰すのであれば話は別だが。
さぁ、どうする武内P。
結局のところ、シンデレラプロジェクトを能動的に動かす事が出来るのは貴方だけだ。
私も、増毛Pも、一般的な付き合い以上の影響を彼女達に与える事は出来ない。
物事を変えたければ、貴方が持ちうる手札の範囲で動く必要があるのだ。
「……それには、及びません。彼女達にはまだアイドルとしての自分を確立できていない娘も居ます。ですが、それはこれから私が責任を持って彼女達を一人前のアイドルにします」
***
暫しの思考の後、武内Pは問題の解決を丸投げではなく、自助努力によるものにすることにしたようだ。
上手い事増毛Pが煽ったのであろうか。
もしも、シンデレラプロジェクトとフラッグシップ・プロジェクトの相互理解があるのであれば、不毛な争いの果てではなく、生産的な活動の副産物では無いだろうか。
武内P及び千川さんと別れた後、増毛Pに飲みに誘われた。
増毛Pはこういった勤務時間外のコミュニケーションを良しとしない人間だと思っていたので驚きだ。
乗り気ではなかったが、全額出してくれるということで承諾した。
増毛Pが懇意にしているお店と言うのも多少気になる。
着いた店は最寄駅前の大通りから一本裏に入ったところにある、雑居ビルの地下一階。
全席個室という中々拘ったお店だ。
「とりあえず、このお店の大吟醸はと……」
「おい、少しは遠慮しろ」
全額出してくれるといったのは貴方ではないか。
こんな可愛い現役女子大生と個室で飲めるのだ、少しくらい贅沢させてくれても良いだろう。
結局、定番のビールになった。
お店の標準ビールが麦100%だったので妥協する。
レギュラービールや発泡酒等は前世で十分飲んでいる。
お酒が入ってから、増毛Pの独白が始まった。
今日の喧嘩の謝罪から始まったそれは、よくある上司の自分語りであったが途中から様子が変わった。
武内Pに公衆の面前で喧嘩を売ったのは不味かった、と言う趣旨だ。
私からしてみれば、346プロダクションに来た頃から増毛Pは事あるごとに武内Pを敵視していたし、武内Pも当初はともかく、私がアイドル活動に精を出すようになってから冷ややかな態度を取るようになっていた。
今更、不味いも何も無いのではないだろうか。
「君は、武内を只の優秀なプロデューサーと思っているかもしれないが、346プロにおける武内の影響力はその程度ではない」
増毛Pが傍にあった居酒屋の名刺の裏に人間関係の図を記載していく。
まず注目すべきはアイドル事業部長の今西部長だ。
彼は頻繁にシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに通っている事が分かっている。
きっと、期待の表れなのだろう。
なお、こちらの部屋に来た事は一度も無い。
次に、千川ちひろ。
シンデレラプロジェクトの事務員に過ぎない彼女だが、多くの企業における彼女の立ち位置と同様に非常に顔が広い。
アイドルでもないのに346プロダクションの女性顔面偏差値の上位に居り、今西部長を初めとする多数の部署のおじ様方から非常に気に入られている。
そのため、非常に情報収集力は高いのだが、彼女の主張はシンデレラプロジェクトのそれと、彼女が懇意にしている部署のそれが入り混じることがあるので、こちらとしては非常にやり辛い。
最後に武内Pが過去に担当したアイドル達。
特に、城ヶ崎美嘉は妹がシンデレラプロジェクトに参加している事もあって、プロジェクトルームに顔を見せる事がある。
高垣楓は、恐らく武内Pのお願いを受けて、私を探りに来たことがあった。
いつの間にか、名刺の裏はそうそうたる面子で埋まっていた。
こちらが未だに増毛Pと私の2人体制であることを鑑みると、非常に大きな物量差だ。
何故これで勝負になると思ったのだろうか。
「そんな事はない、346プロ内での私の立場はアレだが、信用できる取引先は多い。作品を内製一本に頼る武内と比べて、供給の安定性では上だ」
その取引先との関係を維持するには、増毛Pが346プロダクションでそこそこ以上の地位に居なければならないのだが、その地位が武内Pの一声で吹き飛びそうなのが問題なのだ。
何とかして、市井の評判と言う定性的な指標ではなく、346プロダクションの利益という定量的な指標を土俵にもって行きたいところだが、それ以前に増毛Pが試合会場に立てるかどうか怪しくなってきた。
武内Pは人から好かれる、これは数ヶ月同じ会社に居て分かった事だ。
彼は、普通であれば高すぎると言うような目標をひたむきな努力で乗り越える。
その姿勢を評価した人々が武内Pを応援し、次の目標に向かって進んでゆく。
勿論、トラブルも多々有るが、それは某雑誌のテーマのように、「友情と努力」で「勝利」するのだ。
なんとも日本人受けしそうな、浪花節だ。
対して、増毛Pは適切な目標を定め、トラブル無く物事を進めるタイプだ。
私としては、安心してプロデュースを任せられるし、仕事を請け負う委託先もトラブルの不安なく物事を進めることができるだろう。
しかし、社内の人間としては、あまりにも平穏に物事が進むため「達成感」が無い。
「やりがい」や「成長」を求めたがる日本的労働者とは馬が合わなさそうだ。
はてさて、346に正社員として勤める事になるであろう私としては、増毛Pに出世してもらった方が楽なのだが、どうしたものか。
***
翌日の出勤は実に憂鬱なものであった。
346カフェ前での、増毛先輩との口論。
千川さんと安曇さんを巻き込んだそれは、多くの人に目撃されたであろう。
(何だ武内、何時に無く自信が無いじゃないか)
(お前が過去にプロデュースした連中は、人が何を言おうと自分を貫く連中ばかりだったぞ? おかげで企画時代は随分苦労させられた。なのに、今度の連中には”優しくしてください”だと? 随分と方針転換したな)
(なぁ武内、今度の”シンデレラプロジェクト”の連中は、そんなに自分が無い連中なのか? 安曇さんが何か言うだけですぐに影響されて自分を見失うような連中なのか? だったら、直に学校に送り返してやれ。社会に出るには心身共に早すぎる。)
増毛先輩の台詞が脳内で反芻される。
自分で解決すると、啖呵を切ってしまったそれの解決策は、未だ浮かんでいない。
増毛先輩の言うとおり、かつての自分がプロデュースしたアイドル達は、自分を貫き通す人間だ。
いや、「自分がプロデュースしたアイドルの内、残っているアイドル」は、と言うべきだろうか。
彼女達に示したアイドルとして進むべき道は、どんな外乱にも影響されない、確固たるものであった。
しかし、その方法の是非は、数人のアイドルの引退という形で示された。
次は失敗しないため、アイドル達の意見を聞き、受動的にプロデュースしていく予定であった。
だが、それも否定されようとしている。
プロジェクトルーム内の執務室に着いた後も、良いアイディアは思い浮かばなかった。
「一体、どうすればよいのでしょう……」
バン、と音を立てて執務室の扉が開けられた。
勢いよく入ってきたのは、ニュージェネレーションズの渋谷さん、それに続いて島村さん。
「ねぇ、あれから未央はどうなったの」
「……対応策を、思案中です」
昨日も346カフェで私を強く問い詰めた渋谷さんの追及に対して、返す言葉に窮する。
これで納得してもらえないことは分かっている。
「私、言ったよね。プロデューサーが何を考えているか教えて欲しいって。その答えが「思案中」なの?」
「……本当に、何も思いつきません。すみません……」
だが、手詰まりなのは事実だ。
「それでも卯月は笑顔だったんだよ」という本田さんの言葉は、あまりにも重い。
大きく捉えてしまえば、ニュージェネレーションズを解散することにも繋がる。
「だったら、私に、私達に相談してよ! 私達の方が、未央の倍近く離れているプロデューサーより未央の事分かると思う。それとも、私たちはそんなに頼りにならないの?」
渋谷さんは私を叱咤する。
だが、彼女達の手を借りるべきだろうか、まだ高校も卒業していない彼女達にとって、私と同じ問題を抱える事は大きな負担になるのではないだろうか。
しかし、本田さんを復帰させない限り、彼女達にも徐々に負担が移っていくのは容易に想像しうる未来だ。
渋谷さんの申し出を受けるべきだろうか。
あるいは、受けることによって、新たなプロデュース方法に出会えるのではないだろうか。
「……お願い、します」
彼女達の手を借りることにした私に向かって、渋谷さんが口を開きかけたとき、島村さんが一歩前に出る。
本田さんの件で、一番責任を感じてしまっているであろう彼女が何を話すのか、思わず彼女に注意を向けた。
「未央ちゃんが、今何を考えているのか、正確な答えは分かりません。でも、想像する事は出来ます。きっと、未央ちゃんは苦しんでいるんです。想像していたのより小さな舞台だった、お客さんが少なかった、学校の友達を大勢呼んでしまった、私達に「アイドル辞める」と言ってしまった、そして何より、思うように笑顔で居ることが出来なかった。色々な気持ちが未央ちゃん自身を苦しめているんだと思います。
プロデューサーさんは私に、凛ちゃんに、そして未央ちゃんに、合格理由は”笑顔”って言ってくれました。それは、笑顔で居続けなければアイドルを続けられないこととは別だと思うんです。私だって、時には落ち込んだり、泣いたり、イライラしたりします。そういう時は、テレビでお気に入りのアイドルのライブを見るんです。アイドルの皆さんの笑顔を見るとそんな気持ちはどこかに行っちゃって、代わりに元気が貰えるんです。だから、私達もきっと落ち込んだりしている誰かの元気になれる、そう思って346プロでお仕事するときは笑顔で居るようにしています。
だから、きっと、未央ちゃんにも誰かの笑顔が必要なんだと思うんです」
私がこの笑顔を直接、真正面から見るのは恐らく2度目。
1度目は安曇さんのライブ後のデブリーフィングの後、2度目は今日ここだ。
彼女は気付いていないだろうが、私の悩みに対する答えを持っていたのかもしれない。
彼女の言葉を受けた私は席を立ち、島村さんの両手を掴む。
ふぇっ、という愛らしい声が零れた。
「その通りです、その笑顔です。島村さん、私には貴女が必要です、さぁ行きましょう」
島村さんと鞄を掴んで執務室を出ようとしたところ、スーツが引っ張られる感触があった。
振り返ると、少々不機嫌そうな渋谷さんが裾を掴んでいる。
「……わ、私も行く」
勿論、断る理由は無い。
「ええ、一緒に行きましょう」
***
プロデューサーがしぶりんとしまむーを連れて訪問してきたのは、その日の夕方の事だった。
むしろ、訪問があったから夕方だと気付いたというべきだろうか。
昨日に引き続いて学校を欠席した今日は、時間感覚があまり無い。
皆と、特にしまむーとは顔を合わせるのは億劫であったが、家族の手前、会わないという選択肢を取る事もできなかった。
客間が無いので、近場の喫茶店にて会うよう伝え、インターホンを切った。
こういうとき、どういう表情をして会えば良いのだろう。
心の中は、なるべくなら放って置いて欲しいという暗い感情の他に、来てくれて嬉しいという感情が混じり合って複雑な色をしていた。
喫茶店に着いた私を待っていたのは、圧倒的な輝きだった。
しまむーは意識しているのか、それとも無意識なのか分からないけれど、相手に何かを指図したりする事は滅多に言わない。
ただただ、自分の話をする。
自分がどう思ったのか、自分がどう感じたのか、そして、自分がどうして欲しいのか。
加えて、最後の笑顔。
たった2日間だけれど、部屋に籠りっきりで煤けてしまった私にとっては、あまりにも圧倒的だった。
多種多様な感情が入り混じって雁字搦めになった私の心の雲を吹き飛ばし、2日振りの青空を見せる。
虹彩が締まり、涙が零れる。
ごめんなさい、続けたい、こんな仲間達とアイドルを続けたい。
そんな拙い想いが、俯いた喉から呻き声となって外に出る。
「未央ちゃん、顔を上げてください」
こんなとき、どんな顔をすればよいのだろう。
メイクもしていないし、この2日間髪も眉も整えていない。
その上、涙で顔はぐちゃぐちゃだ。
「本田さん、笑顔です。笑顔で、もう1度私達と一緒にアイドルをやりませんか」
プロデューサーの声で、思い切って顔を上げる。
しまむーは相変わらず輝く笑顔だし、しぶりんもいつも通りのクールな笑顔だった。
そして、プロデューサーも頑張って笑顔を作っていた。
その対比が何か可笑しくて、思わず笑みが零れる。
「皆、ごめんなさい。でも、もう1度ニュージェネレーションズとしてアイドルをやらせてください!」
「合格だよ、未央」としぶりんが採用理由欄に「笑顔」とだけ書かれた通知書を渡してくれた。
風邪を引かないしまむー。
練習し過ぎない、体調管理もアイドルの仕事です。
玲奈ちゃんは真のリベラル。
世界がこんなリベラルで染まればいいのに(極論)
武内P→武内P+
増毛P「これ以上強くなるんじゃ無いっ」
ちゃんみお復帰。
大変お待たせしました……。
地味に冬コミまで時間が無いんですよね……。
作者の創作力は漫画なら約1頁/週、小説なら約千字/日なので、両立が難しい;;
とりあえず、当落まではペースを落として書いて行こうと思います。