もしも5次キャスターの正規マスターが有能だったら   作:ふじちゃん

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第1話

 

時は21世紀初頭、場所はロンドン郊外。

 

 

「本当に、やるんだな」

 

男は問う。

かつて自分が行ったあの”喜劇”に、身を投じると覚悟した者に。

 

「当然だよ『ロード』。

でなければ、何のために今ここにいるかわかったもんじゃない」

 

もう一人の男は答える。

その物語を知っているが故に、自分はあの”悲劇”に参加しなければならないのだと。

 

「・・・あぁ、そうだな。

だが弁えろよ。戦争が始まればどんなに泣き喚き、許しを請おうと『人間』は何もできない。

【マスター】というのは【英霊】を現世に留める為の一道具にすぎない。

戦闘など論外であり、また危険は内外問わず含まれている。

それはたった今から始まるのだ」

 

ここ1ヵ月、彼を説得し続けた。

あんなふざけた死の舞踏会に参加するな、と。

だが彼は頑なにその説得を拒んだ。

理由は定かではないが、”魔術師”というのは秘密主義だ。

結局鬼気迫るその姿勢に根負けしたのは、今はロードエルメロイ二世ともてはやされる

ウェイバー・ベルベットであった。

 

「それも、よりによって呼び出す英霊がコレとは。

召喚した瞬間殺されてもおかしくないというのに・・・」

 

英霊。

かつての、もしくは未来の英雄と呼ばれる人類の守護者達は皆そう呼ばれている。

 

彼らを呼び出し、使役し、自分と同じ参加者達を屠ることが、この聖杯戦争(ゲーム)の勝利条件。

7人もの英雄が集い殺し合うこのゲームは、正に死の舞踏会を語るに相応しい。

 

召喚される英霊、サーヴァントと呼ばれる者は7つのクラスに分けられる。

 

 

・セイバー

・ランサー

・アーチャー

・ライダー

・キャスター

・アサシン

・バーサーカー

 

 

サーヴァントは、触媒と呼ばれる英霊に所縁のある品を用いれば目当ての英雄を召喚出来る。

そして彼、アトラム・ガリアスタが用意した触媒は、『金毛羊皮』と呼ばれる物の欠片。

『地に放てば龍が現れる』との伝説があるものを、金をつぎ込み入手。

これに所縁のある者は、ギリシャ神話における『裏切りの魔女』メディア、もしくはイアソンである。

特別戦闘能力に長けている訳ではない。

知名度こそあれそれはこのロンドン、いや魔術師に限った話。

戦争が行われる日本ではない。

更に裏切りの代名詞が付くものを意図的に召喚しようなど、

本来であれば常識外れもいいところだ。

ウェイバーが自らのサーヴァントに殺されることを心配しているのも頷ける。

だというのに、そこにこだわりを見せるアトラムの瞳は一切の陰りを見せなかった。

その真意は本人だけが知る所である。

 

「君の小言はもう聞き飽きたよ・・・そろそろ始める。

予定通り君は私が殺された瞬間にサーヴァントを結界に閉じ込めてくれ」

 

「全く・・・私が言い出したことだが、街に被害を加えるわけにもいかんしな。

いいだろう、こちらも準備は万全だ」

 

既に地面にはサーヴァントを召喚するための魔法陣が描かれている。

マスターの資格を得たものは聖杯・・・

このゲームの優勝賞品が60年蓄えた魔力を消費して『座』から守護者を呼び出す。

マスターというのはそのサーヴァントを現世に繋ぎ止める依代である。

その本質は波に流されないようにするロープ付きの浮き輪を想像すれば分かりやすい。

 

 

_____「Answer(アンサー)

 

エンジンを入れる。

魔術師としての血液、魔力を魔法陣に張り巡らせる。

現代における最高峰の降霊魔術、その瞬間が訪れた。

 

閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)閉じよ(満たせ)

繰り返す都度に五度、ただ満たされる刻を破却する。

 

素に銀と鉄、礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

石壁の部屋に魔法陣を中心とした突風が舞う。

既に時間の感覚はない。

あるのはただ、”彼女”を救いたいという気持ち。

 

「____告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

突風は勢いを増し、立つことさえ容易ではない。

それでも、今この瞬間だけは全力で耐えなければと力がこもる。

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

目を焼くような閃光を一身に浴び、視界がぼやける。

が、急激な魔力消費による立ちくらみは、手ごたえは、成功を予知していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突であるが、アトラム・ガリアスタは憑依経験者である。

 

当時彼はまだ齢3つの幼子であった。

まだ誰もが小さなその子をあやすような歳に、彼の頭に記録が流れ込んできた。

いや、それは記憶なのかもしれないがそんなことはどうでもいい。

 

彼はその時は何も思わなかった。

先進国の誰もが20年ほどかければ手に入れられるような、普遍的知識、常識。

彼がそれに危機感を覚えたのは、10歳の時。

その知識の中の同姓同名、アトラム・ガリアスタは聖杯戦争という戦いに参加し、

一度として戦うこともなく負けた・・・即ち死んだのだ。

 

誰もが思うだろう。

 

『死んでたまるか』

 

と。

 

そう自覚してからは早かった。

自分が今までやってきた人生全ての無駄を排除して何もかもを習得せんと奔走した。

 

この世界の全てを吸収するように知識を取り込んだ。

究極の肉体を目指し体を鍛えこんだ。

記録と同じように自分の家系は魔術を扱っていたため、魔力量を増やせる修行法を毎日続けた。

 

その全ては、死にたくないという執念からだったが、周囲の者は彼を褒め称えた。

石油を営む大富豪の息子として生まれ、将来を期待されていた子がその責務を果たさんと必死に勉強をしている。

彼は10歳にして次期社長というポストの責任感をしっかりと持っている、まさに神童であると。

 

だが周囲の目など、何一つ気にしてはいられなかった。

自分の死が、後十数年になっているという余命宣告を放置などしておけない。

そのために、時計塔などという陰気臭い所に足しげく通い、ウェイバー・ベルベットに近づいた。

 

彼は自分の死因である聖杯戦争の生き残り。

それがどのようなものであるか、どうすれば勝てるのか。

 

 

『どうすれば、お前の様に生きて帰れるのか』

 

 

それだけを目的に、彼と友人の様に接したのだ。

10歳から全てを打算的に考えてきたこの異物は、しかして時計塔という偏屈の集団ではとりわけ目立っていなかったのが唯一の幸いだろうか。

 

その努力の全ては功を奏し、第5次聖杯戦争3ヵ月前。

遂にアトラムの腕に令呪が宿った。

 

この十数年、何もかもをかなぐり捨てて来た自分だったが

唯一私情を挟んだのは、他ならぬ自分を殺すサーヴァントの事だった。

 

彼の知識の中には同じ時系列にある複数の物語があった。

自分を殺したサーヴァントは、その中にある純粋な心を神に弄ばれていたことを識っている。

そのことを、彼らの人生のダイジェストを識っているが故に、召喚するサーヴァントは変えない事を選んだ。

知識の中の私は正に魔術師であったし、彼女からの反感を買っていたことも識っているからだ。

だからこそ、『参加しない』という選択肢は最初からなかった。

 

同情か、哀れみか、儚さか、愛おしさか。

あるいは、その全てか。

 

当の本人にさえわからないこの気持ちは、聖杯戦争を生き残った時にわかるのだろう。

 

全ては、自分が生き残るため。

同時に、人生全てを彼女に賭けることを決めたのだ。

 

キャスター陣営二人の勝利条件は、どんな手を使ってでも生き残ること。

そのために、戦争開始2ヵ月前に『彼女』を召喚した。

 

 

 

 

「サーヴァント、キャスター。

召喚に応じて参上しました。

貴方が、私のマスターかしら?」

 

「そうだ、俺が君のマスター。

名をアトラム・ガリアスタという。

君と運命を共に(ゲームを)するパートナーだ」

 

 

 

 

 

 


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