此れは、願いの末路と知れ。

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よくある話

 

 

 ミーミルの泉。

 其処は、願いの叶う場所。

 浅ましき者どもが集い、おぞましい贄を糧として、罪深き願いを成就させる場。

 ---こんな場所なぞ、存在するべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其処で、二人の男が対峙していた。

 彼等は、戦士であった。名はカイン、アベルといい、おおよそ戦場で生きる者にとって、知らない者はいないであろう者たちである。そして、その勇姿はいつ如何なるときでも輝いてみせ、共に戦う者には勇気を、敵として対峙する者には恐怖を刻んでみせた。

 しかし彼等戦士もまた、悲願を叶えるべく疾走する刹那であった。

 ----彼等は、一言で言うなれば兄弟であった。

 同じ釜の飯を喰らい、酒を酌み交わし、共に戦場で背を預け----不満なぞ無く、幸福であった。

 それが崩れたのは数週間前。

 カインの彼女が大怪我を負い、アベルの妹が病に倒れた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……アベル」

 

 「ンだよ、カイン。今更怖くなりましたぁー、ってか?」

 

 「……」

 

 カインと呼ばれた男は、対峙している男に声をかけた。

 アベルと呼ばれた男は、細身ながらもしっかりと筋肉の付いた体をしており、手には3メートルはあろうかという大剣を構えていた。

 対峙するカインと呼ばれた男も似たような体格であり、まるで兄弟のようであった。しかし、こちらは弓を構えている。

 

 「怖い?そんな訳がないだろう。俺とお前は、この先に訪れる結末(末路)を知った上で今、此処に立っている。違うか?」

 

 「……ハ。相変わらずテメェはぶれねぇなァ……。ああ、知ってるよ。ダイジョーブダイジョーブ、覚悟はできてる」

 

 彼等は手にした幸せを救うべく奔走した。聞きつけた噂---およそ三十はあろうかという事柄を全て実行した。それもたった一週間で、だ。

 しかし、願い叶うること能わず。全ては徒労に終わった。

 そんな絶望の中、一つの噂を耳にする。それは『なんでも願いの叶う泉がある』と。彼等はそれに一縷の望みを託し、調査を続けた。そして、ついに見つけた。

 万能の泉。悲願の湖。そして--愚者の終着点と呼ばれるミーミルの泉を。

  そして、彼等を待っていたのは、願いを叶える代償としての泉による要求であった。

 『---決闘を行え。敗者の魂を私が戴こう』

それはさながら悪魔の囁き。積年の友を贄に捧げ、悲願を成就させるという罪深き行い。

 しかし、彼等は決断した。互いの全てを出し尽くし、死闘の末の結末を、………例えどちらが最後に立っていようと、受け入れると。

 二人は構える。片方は弓を、もう片方は大剣を。

 空気が張りつめ、音が死んでいく。肌を刺す静寂。張りつめる。軋む。

 そして唐突に、それは訪れた。

 

 「---いくぞ……ッ!!」

 

 「---精々愉しく……殺し合おうぜッ!!」

 

 二人は激突する。互いに譲れぬモノを背負い、友の血で手を汚し---それでも尚、願いを叶えたいと願った。

 ---道は一つだ。真に大切だと思うモノがあるならば、それ以外の全てを捨てろ。

 

 

 

 

 

 

 

 矢が翔ぶ。音より速く飛来した矢は、大剣の腹で逸らすも、なお余りある威力でもって骨を砕いていく。そうして飛び去っていく矢は、()()()()()()()()()()()()()()。そして再びつがえられる矢。

 --しかしながら、それは放たれず。

 獣の如き脚力で、数百mはあろうかという距離を一瞬で詰める。そして振るわれるは死の刃。あわや両断かと思われたその瞬間、弓兵は横へ跳ぶ。紙一重の回避。

 そして放たれた斬撃は背後の山を裂き、それでも尚足らずに空をも引き裂いていく。

 弓兵はサイドステップで回避しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()

 見事命中。腹を半分以上抉っていく。

 

 「ッッ!!……ぐあァァぁァぁッ!!」

 

 しかし、決してただではやられてやらない。

 アベルが反射的に繰り出した蹴りは、カインの膝を粉砕し、使い物にならなくさせる。

 

 「っぐぅっ…!!」

 

 激痛を訴える足を庇い、なんとか片足のみで後方へ飛びすさるカイン。

 

 「ハァッ…ハァッ…!……っぐぅッ……!!」

 

 「ぎッ…!……っぐぁぁ………!!」

 

 彼等は共に、達人と呼べる域へと突入している者たちである。弓を射れば必中。剣を振るえば必殺。一撃一撃が至大至高の技と成り得る。

 ---ならば、そんな者たちが争えばどうなるか。答えは至極簡単。刹那の内に戦いは終わるのである。

 見るがいい。たった数秒の攻防で片方の内臓は半分近くが消し飛び、相対する者は片足を砕かれた。

 ---しかし、彼等の闘志は少しの衰えも見せていない。

 見よ、彼等の目を。ただひたすらに殺意のみが充満した目だ。獣よりも尚鋭く、暗黒よりも更に黒い瞳。

 その目が、その視線が交差した瞬間、互いに新たな手を打つ。---それは奥義。おおよそ有象無象をには見ることすら叶わぬ、武技の到達点。

 互いの距離は百メートルほど。どちらも力を溜めていく。

 --弓兵は新たに矢を三本追加。計四本の矢をつがえ、ギチギチと音をたてながら引き絞っていく。

 --剣士は腰だめに構え、全身を捻り、ただひたすらに力を溜めていく。

 どちらも爆発寸前。互いに溜められた力は、全てが相手へ向かって放たれる。

 ……ほんの一瞬。風が止み、音が消えた。

 

 「---穿てッッ!!!」

 

 「---引き裂けろォォッ!!!」

 

 まず放たれた弓からの一撃は地を抉り、雲を消し飛ばしながら迫っていく。それはさながら流星の如く。

 疾走する四つの流星を迎え撃つは、大剣より放たれる必殺の一撃。その一撃は大地を両断し、空を引き裂きながら迫る。

 それら二つは、ちょうど二人の中間で激突した。瞬間、世界が揺らいだ。互いの攻撃で威力を相殺しているはずなのに、ほんの少しの余波であらゆるものを消し飛ばす。

 ---勝者は、弓兵の一撃であった。大剣の一撃はどれだけ優れていようと、所詮は一撃。

 対する矢は四本。大剣が一撃で2本を、3本を消し去ろうと、僅かに遅れて放たれた矢は正確に心の臓を貫くだろう。しかし----

 

 「---そんくれぇ、分かってンだよッ!!」

 

 そんなことぐらい織り込み済みだ。

 自分がどれだけ背中を預けてきたか知っているだろう?自分がどれだけ信頼してきたか知っているだろう?

 

 「オレが何年テメェのお友達(ダチ)やってきたと思ってンだァァッ!!!」

 

 飛来する一撃へ、逆に飛び込む。ギリギリで回避するも、片耳が消し飛んだ。だがしかし、それがなんだというのだ。

 ただひたすらに駆け抜け、砂ぼこりの向こう側へ飛び出す。奴の姿を見つけた。向こうは当然---()()()()()()()()

 互いに互いを信じているのだ。こんな程度で死ぬタマではない、と。

 距離は四十メートルを切った。

 アベルは持っていた大剣を投げつける。カインは目を見開き、驚きながらも紙一重で回避。

 その驚きも当然。武器を投げ捨てたのだ。これでアベルは徒手空拳。無手となった。

 しかし、これこそが狙い。無手となり身軽になったアベルは---跳んだ。

 

 「なっ!?」

 

 一瞬、視界から消えた。先ほどの脚力を、獣の如しと例えたが、コレはそのような生易しいものではない。さながら一迅の風の如く。

 これまでの大剣使用時の移動速度はブラフ。この速さを悟らせないためであった。

 ---計画通りッ……!!

 アベルは跳び蹴りで()()()()()()()

 追撃を警戒し、カインは後方へ飛びすさる。しかし、接近したにも関わらずアベルに動きはない。

 ---今なら、間違いなく致命傷を与えられたはず。何故…?

 そう思ったカインは、アベルの目を見て悟った。理解した。

 ---お前は……、------。

 激しい攻防の中に生まれた一瞬の静謐。水面のように静かであった。

 その得難い静謐を、両者は粉砕する。

 粉々に。跡形もなく。

 

 「うおぉぉぉおおッ!!!」

 

 「うらぁぁぁああッ!!!」

 

 互いに無手であり、徒手空拳。故にこそ、相手を打ち倒すためこの方法を取るのは必然であった。

 

 「お---らァッ!!!」

 

 「ぅおおおッ!!!」

 

 それは、拳のみを使った殴りあい。人間が、生来より備える武器を使った決闘。この世のどんな戦いより激しく、凄惨で、そしてなにより----美しい。

 この闘いに武具なぞ不粋。此れは、信念と信念のぶつけ合いであるが故に。

 そして、既に互いの身は満身創痍。戦いの終わりは近かった。

 

 「ごブッ…!うがぁ…ッ!……」

 

 「ぁ、がぁあ……!…ぐ、ぅぅう……!」

 

 結末は、少し考えればすぐに分かることだった。互いにひどく傷ついてはいるが、どちらが深傷を負っているかなど一目瞭然。

 カインは足を砕かれて庇ってはいるものの、依然問題なく立って拳を振るっている。

 対してアベルはどうか。

 アベルは腹が半分無くなり、まるでポンプで汲み出しているかのように腹から血を吐き出しながら戦っている。

 動けばただ自滅へと向かうだけであるのに、何故(なにゆえ)戦うのか。

 そんなもの決まっている。

 ---願いを成就させる。そのためだけに、今、此処に立っているッ!!

 

 「うおぉぉぉおお------!!!」

 

 「ガ、ハッ……!」

 

 しかし現実は非情。

 ベシャリ、と水音をたてて地面へと崩れ落ちる体。

 

 「…ぁ、が……」

 

 指先ひとつ動かない。声も掠れ、風の音に紛れて消えてしまった。

 意識が奈落へと落ちてゆく。その底は闇。一寸先すら見えぬ、光の届かない漆黒。

 ……嗚呼、これが友を殺すことをよしとした罪人の末路だというのならば、甘んじて受け入れようとも。

 落ちて、落ちて、落ち続け、奈落の底へ到達する。衝撃で魂は砕け、意識は幾数の破片を撒き散らしながら、散在。もう二度と、破片達が集うことはないだろう。

 意識が闇に溶けていく。消失していく。

 彼は、自らを打ち倒した者の願いの行く末すら見届けることなく散った。

 

 「ぅ、ぐっ……、勝った、のか……?」

 

 アベルは崩れ落ち、カインは立っている。しかし、彼もまた満身創痍であった。

 既に意識は虚ろ。五感も怪しく、立っているはずなのにそれを認識できない。視界は明滅しながら揺れており、耳は既に仕事を忘れてしまったらしい。有体に言って、生きているのが不思議なほどだ。

 ---しかし、まだするべきことが残っている。

 無傷なところがあるのかどうか怪しいほどの体を引きずりながら、既に死した友の亡骸を引っぱっていく。

 行き先は---泉。其処に贄を捧ぐことで、ついに悲願は成就する。

 

 「あと、少しっ……ようやく、ようやくだ……!ようやくアイツが助かる…。苦しみから解放してやれるっ……!!」

 

 その姿はひどく無様。足を潰され、亡骸を抱え上げられないが故に、芋虫のように這いずっている。嘗ての英雄としての面影は既にない。ただ、願いを叶えるという妄執のために生きているだけ。

 嗚呼、なんて無様。なんて醜悪なのか。しかし、これは彼の望んだ末路。誰にも咎められはしない。

 ようやく泉へと到達する。危うく、泉へ自らの体を落としそうになりながらも、なんとか()を捧げる。

 

 「泉よ、我が願いを聞け…」

 

 泉へと願いを告げる。泉の底へ沈んでいく()を見ながら。

 ---嗚呼、ようやく願いが叶う--。

 あらゆるものを犠牲にした。中には、おおよそ常人には許容できないほどのこともあった。果てには、友すら贄に捧げた。しかし、それらの犠牲の上に、願いはようやく叶うのだ。

 ---どれだけ犠牲を出そうとも、彼女を救うと決めた…。これこそが、俺が彼女に捧ぐ愛だ……!

 歓喜にうち震えながら自らの愛を証明する彼に、泉からひとつの言葉がかけられる。

 

 

『---人よ、その願いは叶えられない』

 

 

 「……?…」

 

 脳が、理解を拒んだ。

 一拍遅れて、再起動する。

 

 「……は……?な、何故!?どうして!?」

 

 復活した脳機能をもってしても、理由がわからなかった。

 これまで、非道を行い、外道に生き、罪を犯した。しかしこれら全ては、愛する彼女のため。

 ---それでも彼女が救われない……?何故!?何故!?何故!?何故!?

 

 『人よ。貴様の愛する者は、既に死んでいる。貴様等の決闘の前に既に死していた』

 

 罪人の願いは砕け散った。

 ---そんな……。これまでの行いは、全て無駄……だったのか……?

 これまでの行いを全て否定され、その上、友の死すら無駄だと言われた。これに耐えられる人間がいるだろうか。いや、いない。

 彼もまた、失意の奈落へ落ちてゆく。

 漆黒に喰われ、闇に溶けていく。彼に手を伸ばす人はおらず、彼もまた、手を伸ばし救いたいと願う相手もいない。落ちていく。落ちていく。

 失意と諦念の思いに喰われ、俯いている彼の脳内に、何かがよぎった。

 彼はそれに気づいた。それは例えるならば、闇に差し込む一条の光---()()()()()()。決してそのような、輝かしいモノなどではない。例えるならば、闇の中で幻視する明かり。まやかしの輝きだ。

 その願いが叶うとしても、決して誰も救われず、真に幸せになる者は存在しない。

 ---それでも、俺は………。

 泉へと問う。彼の、アベルの願い---アベルの妹を救うという願いは叶えられるか、と。

 泉は答える。

 『不可能だ、贄が足りない。貴様の捧げた贄は傷がすぎる。価値が足りない』と。

 ---嗚呼、ならば自分のすべき行動は決まった。

 感覚はない。意識は虚ろ。そんな中、彼は自らの末路を自覚した。

 

 「--さようなら----」

 

 闇に包まれ、自らの存在が消失していく中、彼は愛する者に別れを告げ---泉へ身を投げた。

 霧散し、消失していく意識に向かって、泉は最後の言葉を告げた。

 

 

 『歓喜せよ---貴様の願いは、きっと叶う』

 



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