ハイスクールストラトス 風紀委員のインフィニット   作:グレン×グレン

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放課後のラグナロク 5

 

 兵藤邸では、いろいろな意味で沈黙が支配していた。

 

 まず一つは、ロキとの戦い。

 

 オーディンを狙って行われた神の襲来。さらにはおそらく世界でも指折りの脅威である神殺しの獣であるフェンリルの存在。

 

 明らかに若手でどうにかなるレベルを超えている脅威を前に、対策を練らねばならない。

 

 次は、ヴァーリ・ルシファーの存在。

 

 禍の団でも指折りの強者である、独立部隊ヴァーリチーム。

 

 それがよりにもよって魔王の妹やら末裔のいる場所に入っている。

 

 如何に恩人とはいえ警戒するほかない。なんというか微妙な空気に支配されそうだった。

 

 そして、セーラ・レヴィアタンの負傷。

 

 かろうじて一命をとりとめたレヴィアだが、いまも意識を失い自室に寝かされている。

 

 この場の中でも間違いなく最も頑丈であるレヴィアをここまで追い込むフェンリルは、もはや脅威というレベルすら超えて絶望すら生み出しかねなかった。

 

 そんなあらゆる意味で精神的に負担をかける状況の中、アザゼルが口を開いた。

 

「一応礼を言っとくぜ、ヴァーリ。おかげで何とかこの場はしのげた」

 

「そうね。あなたが来てくれなければ誰か死んでたかもしれないもの。アーシアを助けてくれたことといい、お礼は言っておくわ」

 

 リアスもとりあえずは礼を言い、そしてヴァーリはそれを静かに受け止める。

 

「なに、セーラ・レヴィアタンにはまだ白龍皇を愚弄した報いを与えていないからな。それまで死なれては俺が困る」

 

「言ってろ。そんなことはさせないからな」

 

 一夏は警戒しながらそういい返すが、ヴァーリは気にも留めない。

 

 もしこの場で戦いになっても、生きて帰ることができるという自信がそこにはあった。

 

「なんならもっと感謝してくれてもいいんだぜい? 俺っちや黒歌が気も送り込んだから、セーラ・レヴィアタンも傷の治りが速いんだからよ」

 

「そこ、調子に乗らないでください」

 

 ぬけぬけとそんなことをのたまう美猴に、蘭は青い顔で砲門を向ける。

 

「散々テロ行為を働いておいて、ぬけぬけと何を言ってるんですか? むしろ感謝してるからここで戦闘してないんですよ」

 

「同感です。図々しいにもほどがあります」

 

 そうぼりぼりとかりんとうを食べながら、小猫の冷たい視線が黒歌に突き刺さる。

 

「姉様たちは自分が犯罪者だという自覚が足りないです」

 

「あらひどいわ白音。お姉ちゃん悲しくて泣いちゃいそう」

 

「言ってろ、お前に姉を名乗る資格はない」

 

 泣きまねをする黒歌に、一夏はばっさりと冷たい正論をたたきつけた。

 

 そんな中、ため息をつきながらアザゼルは声をかける。

 

「で、話を戻すぞヴァーリ。なんでここに現れた?」

 

「心配するなアザゼル。別にお前たちと戦うわけじゃない」

 

「答えになってないね」

 

 聖魔剣を生み出しながらの祐斗の追及に、ヴァーリはやれやれと肩をすくめる。

 

 そして、ヴァーリは微笑みながら言った。

 

「そちらはオーディンの会談を成功させるために、ロキを撃退したいのだろう?」

 

「まあそうだな、だが、俺たちだけではロキとフェンリルのコンビは防ぎきれない、挙句どこの勢力も人類統一同盟と真悪魔派の動きで手一杯だ。少なくとも三大勢力にこれ以上動かせる余裕はない」

 

「だろうな」

 

 アザゼルの言葉は当然だ。

 

 人類統一同盟の、ISの脅威度が知れ渡った現状、あらゆる勢力は大規模な戦闘活動ができないでいる。

 

 優れたステルス性と機動性を併せ持つISが、絶霧の援護を受けて強襲を仕掛ければ、事前に察知して余裕をもって対応などどの勢力でも困難だ。必然的にどこの施設もかなりの警戒態勢を必要としている。

 

 三大勢力にいたってはなお悪い。真悪魔派のクーデターによる混乱状態からようやく抜け出たばかりの今の三大勢力に、そんな余裕はない。

 

 そんな状況の中、一体ヴァーリたちは何を考えているのか。

 

「まさか、お前がロキを倒してくれるのか?」

 

 イッセーはふとそんなことを思いついて聞いてみる。

 

 強者との死闘を心から望むヴァーリからしてみれば、ロキとフェンリルはどちらも願ったりかなったりの相手だろう。

 

 だが、ヴァーリは静かに首を振った。

 

「いや、さすがにあの二人を同時に相手をするのは俺でも無理だ。今はな」

 

「今は、か」

 

 ゼノヴィアがそうあきれるのも無理はない。

 

 つまり、いつかは相手ができるようになって見せるとこの男は言い切ったのだ。

 

 無謀といっても過言ではない宣言には、もはや感心するぐらいのレベルだろう。

 

 とはいえ、現状では無理だとあえて言っているのに疑問を浮かべる中、ヴァーリは続けて言葉を続ける。

 

「だが、二天龍が手を組めば不可能ではないだろう」

 

『『『『!?』』』』

 

 その言葉に、全員が驚愕する、

 

 つまり、ヴァーリが言いたいのは―

 

「今回の一戦。俺は兵藤一誠と共闘してもいいと思っている」

 

 その言葉に、全員が驚愕した。

 

「……そこまで驚くことでしょうか? 我々禍の団は、人類統一同盟の意向もあって神々を敵に回しているのです。敵の敵は味方とよく言うではないですか」

 

 と、アーサーが微笑みながらそんなことを言う。

 

 確かに、敵対している者同士が共闘するというのは古今東西珍しくない。

 

 珍しくないが―

 

「……いくらなんでも、テロリストと共闘って聞いたことがないんですけど?」

 

「いうな蘭ちゃん。こいつら敵味方の区別がついてないんだろ」

 

 あきれ眼の蘭に、元浜が静かに肩に手を置いた。

 

 確かに、普通協力するなら禍の団の誰かと組むのが当たり前だろう。というよりそれ以外にない。

 

 さんざんテロを内通したり襲撃を仕掛けたりしておきながら、この発言はもはや一周回って感心するレベルだ。

 

「お前、自分が和平会談でなにしたかわかっていってるのか?」

 

「そんなにおかしなことか? 俺は臨機応変に対応しているだけだが」

 

 松田のツッコミにもヴァーリは全く動じない。そしてヴァーリチームは全員当たり前といった顔をしていた。

 

 あまりに平然としたその態度に、思わず納得しそうになり―

 

「―寝言は寝ていってもらおうか。チンピラ」

 

 弱弱しくも、強い意志を感じさせる言葉が部屋に響いた。

 

 その言葉に多くの者が飛び跳ねるようにして顔を向ければ、そこにはレヴィアが壁にもたれかかりながら立っていた。

 

「レヴィア!? 馬鹿、お前寝てろって!!」

 

「そうもいかないよ。……そんな、魔王末裔の恥さらしの手を借りるかもしれないなんてと思うと居ても立っても居られない」

 

 一夏に肩を借りながら、レヴィアは心から嫌悪のこもった目でヴァーリを見据える。

 

 そしてヴァーリもまた、嫌悪の感情がこもった目でレヴィアを見据えた。

 

 空気の質が大きく変わり、いつ戦闘が起きてもおかしくない緊張感が支配する。

 

「やあチンピラ。チンピラなだけあって義理も何もあったもんじゃないね。魔王ルシファーの名はさぞうっとうしいだろう?」

 

「やあ売女(ばいた)。それは君の方だろう? しょせん防御力しか高めれなかった結果がそのざまだ」

 

 お互いに敵意を全く隠したりせず、心底本気でにらみつける。

 

 特にヴァーリの口から売女(ばいた)などという罵声が出てくるとは思わず、ヴァーリチームも多少驚いていた。

 

「あ、あの。ヴァーリさんもレヴィアさんのこと嫌いなんですか? 逆はわかるんですけど」

 

「まあそうですね。史上最強の白龍皇になるだろうと言われる自分が、人間の屑扱いされればさすがに激怒するとは思いますよ」

 

 震えるアーシアにさらりと答えながら、しかしアーサーも腰を落として少しだけ戦闘態勢に入る。

 

「ヴァーリ。ここであなたが勝手に暴れるなら、私はさすがに止めますよ?」

 

 思わぬ増援に、イッセー達は少し驚いた。

 

「我々としても今回の戦闘は重要でしょう? そちらのレヴィアタンも、我儘を状況が許すほど事態に余裕がないのはわかっているはずです」

 

「「…………………………」」

 

 二人は無言で心底にらみ合ったが、やがてレヴィアは肩を落とすと首を振った。

 

「確かに。対テロチームも今は冥界の方で忙しいしね。………鱗の楯(スケイルシールド)ぐらいにはなるかな? それとも鎧かな?」

 

「気にするな、赤龍帝と俺たちがいればロキもフェンリルも必ず倒せる。………お神輿がなければ戦えないわけでもないしな」

 

 お互い痛烈な嫌味を交えながらも、とりあえずここで戦争をすることだけは避けてくれた。

 

 その様子に、全員がわずかにほっと息をつく。

 

 もしこんなところでレヴィアとヴァーリが激戦を繰り広げれば、間違いなく余波で駒王町は消滅しているところだった。少なくとも、兵藤邸は崩れ去るだろう。

 

 なんだかんだで冷静なところがあって助かった。

 

 そんな風に緊張感が緩む中、黒歌が思い出したかのように手を打った。

 

「そういえば、やけに頭に血が上ってたけどどうしたにゃん? いつもならあんなミスしそうにないと聞いているけど?」

 

 それは、心底心からの疑問の声だった。

 

 イッセーからしてもそれは当然の質問だった。それほどまでにレヴィアは過剰に反応していたし、だからこそ致命的な事態にまで陥った。

 

 だから当然出てくる質問であり―

 

「ま、待ってください!!」

 

 だから、事情を知っている蘭は声を張り上げる。

 

「少なくとも、テロリストの前で話していいようなことじゃ―」

 

「―いや、いいよ」

 

 それをレヴィア自身が遮った。

 

「―彼らの前で堂々と演説するぐらいのノリで語れるようじゃなきゃ、克服したとは言えないしね」

 

 そういって、レヴィアはソファーに座ると悠然と足を汲む。

 

 その表情はまだ青く、そしてダメージとは別の意味で汗が一筋流れていた。

 

 それほどまでの話をするのだと、全員が理解できた。

 

「悪いね一夏君、蘭ちゃん。君たちにとってもいい話じゃない」

 

「いや、俺はかまわないさ」

 

 心からすまなく思ってのレヴィアの謝罪に、一夏は表情をこわばらせながら受け入れる。

 

「俺も、それぐらいできるような男になりたいしな」

 

 その言葉に、レヴィアは満足そうにうなづいた。

 

「さて、いまから三年か四年ぐらいことになるか―」

 

 その言葉とともに、事態は過去へと移り変わる。

 


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