勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第17話-02 125

 

 

『《光の矢》』

 50人の魔王が一斉に術を解き放つ。勇者を襲う豪雨の如き《光の矢》。これもほとんどは幻影のはずだが、真偽を見極める方法はない。

 ならば。

 ――全部避ければいい!

 勇者は迷いなく走り出した。降り注ぐ《矢》を避け、くぐり、あるいは剣で叩き落とし、片時も速度を緩めることなく縦横無尽に駆け回り、目につく端から魔王を斬り伏せていく。これは幻。これも。これも。だが何度しくじっても構いはしない。50人全て斬り捨てていけばいずれ本体に辿り着く!

 勇者必死の奮闘に、魔王たちの哄笑が海鳴りの如く鳴り響いた。

『あははは。実に君らしい選択だ。まっすぐでシンプル、ゆえに最強。しかしいささか――』

 べらべらと緊張感のない戯言を垂れ流す魔王を勇者が袈裟懸けに両断する。魔王の姿が雲散霧消する――これも幻影。勇者はすぐさま次の魔王へ狙いを定める。

 その時、背後から勇者の()()に囁き声。

「――正直にすぎる」

 ――魔王本体!

 後ろを取られたと認識するや、勇者は振り返りざまに剣を振るった。魔王が繰り出す《闇の鞭》が危ういところで勇者の喉を貫きかけるも、白金の刃で切り落とされる。不意打ちが失敗に終わったと知った魔王は未練なく背後へ跳躍し、また幻影たちの中へ混ざり込んで姿を隠す。

『友達がいはありそうだがね。フフ……』

 そこで勇者は、あっと声を上げ立ち止まった。魔王の幻影の数がおかしい。ここまでで20体近く片付けたはずなのに、明らかにさっきより幻影が増えている。どうやら勇者に幻を潰される一方で、魔王は新たな幻を次々に生み出し続けているらしい。このままでは永遠に魔王を倒せない。

 剣を構えたまま動きを止めた勇者に、魔王たちが優しく微笑みかける。

『おや。もう攻撃は終わりかい? では、手番(ターン)を譲ってもらおうか』

 魔王たちが動き出す。数体が《闇の鞭》を構えて勇者に飛び込み、別の数体が《光の矢》を手の中に生み出す。さらに別の数体は空中に飛び上がって《鉄槌》《烈風刃》《炎の息》の術式構築。幻影の中から本物を探しあてる手段はないが、全てを回避するには術の種類と数が多すぎる。

 ――どうする!?

 対策を考える暇もなく魔王の術が押し寄せる。勇者にできるのは、歯噛みしながら剣を構えることのみ。いくらかの術は喰らうことを前提に、精一杯避け続けるしかない。

 だがその時、厳冬の寒風のように冴えた声が飛んだ。

「《光の雨》。」

 術の名称そのままに降り注ぐ《光の雨》。ひとつひとつが必殺の威力を持つ雨粒が、《幻影の戦士》50体あまりと攻撃魔術の幻影全てを瞬く間に吹き散らしていく。たちまち丸裸にされた戦場には、微かな驚きを顔に浮かべてぽつんと立ち尽くす魔王がひとり。そこへすかさず二筋の剣閃が走る。

「おおッ!」

 ヴィッシュ!

「オラァ!!」

 緋女!

 左右から打ちかかる狩人の剣に、魔王は両腕から《闇の鞭》を走らせた。緋女の神速の剣に鞭が幾重にも絡みつき、完全な死角を狙ったヴィッシュの剣も漆黒の触手に弾かれる。魔王の口から溜息が漏れる。

「君たちでは相手にならないと――」

 その小さな身体から膨れ上がる、()せ返るような《悪意》の黒煙。

「――学ばなかったかな?」

 途端に暴れ出す《闇の鞭》。魔王の袖から一気に10本以上もうねり出た鞭の束が、毒蛇さながらに襲い掛かってくる。複雑に絡み合う攻撃の軌道を刹那で見切り、紙一重に身をかわすヴィッシュ。鼻先をかすめて過ぎる黒色の輝きに、焼けつくような恐怖が蘇る。つい先ほど味わわされた狂わんばかりの激痛。緋女が命懸けで庇ってくれた傷。カジュをあんなにも泣かせてしまった苦悶。

 ――二度と喰らってなるものか!

 怖気を気迫で強引にねじ伏せ、ヴィッシュは猛然と斬りかかった。緋女の剣もまた唸りながら渦巻いた。ふたりの剣が歯車の如く精密に、しかも竜巻の如く激しく荒く、魔王の急所という急所へ滅多打ちに打ち寄せる。

 それでも魔王は無言で眉を動したのみ。繰り出した剣はことごとく鞭に受け流され、魔王の身体に微かな傷を刻むことさえかなわない。やはり実力が違いすぎる。ヴィッシュたちでは到底及ばない。

 だが、力が足りなければ足りないなりの仕事がある。

「カジュ!!」

 ヴィッシュの合図が飛んだその瞬間、魔王の()()から目映(まばゆ)い白光が伸びあがった。

「《大きな光の矢》っ。」

 直視もできぬほどの強烈な光が魔王を飲み込む。通常の《光の矢》より魔力消費も術式構築の時間もはるかにかさむが、威力も数倍に跳ね上がる必殺の術。それをカジュは、この大広間の()()()から真上に向けて撃ち上げたのだ。

 カジュは最初の攻撃の後、すぐさま《風の翼》で城外に飛び出し、階下へと回り込んだ。一方のヴィッシュと緋女は、がむしゃらに斬りかかると見せかけながら魔王を狙った位置へ誘導。機を見計らってカジュに攻撃の合図を出した。さすがの魔王にもこの不意打ちは避けられないはず。

 《大きな光の矢》は、今のカジュが使える対単体最強の術……つまりヴィッシュたちに出せる最大火力だ。この直撃でも仕留め切れないなら、もはや彼らに魔王を倒す術はない。

 柱のように太い光が、次第次第に細りながら、その輝きを薄れさせていく。目を細めて見守っていたヴィッシュは……その光の中に動くものの姿を認めて、息を飲んだ。

「もう一度だけ言っておこう」

 ()()。傷ひとつなく。着衣を乱すことさえなく。あの人形のような固い微笑を顔面に貼り付けたまま、平然と空中に浮遊している。

「君たちでは、相手にならない」

 そんなことは百も承知。

 ヴィッシュと緋女は、迷うことなく左右へ別れて飛び退いた。

 直後、魔王の微笑が凍り付く。

 ――身体が、動かない!?

 一体いつのまに結び付けたのであろう、淡く輝く光の線が、魔王の両腕をそれぞれヴィッシュと緋女の剣へがっちりと繋ぎ止めている。《魔法の縄》。カジュの仕業だ。彼女の《大きな光の矢》は、必殺技と見せかけて実はただの目くらまし。本当の狙いは、どさくさ紛れの《魔法の縄》で魔王の動きを封じること。

 無論、魔王の実力をもってすれば《解呪》することは容易い。だがそれには少なくとも1秒か2秒はかかる。

 ようやく魔王はヴィッシュの真意に気付いた。彼の狙いは初めから――

「勇者!!」

「だ―――――っ!!」

 勇者ソールの全力突撃が、無防備な魔王の胴体に突き刺さる。

 その瞬間、勇者の剣から魔力の閃光が(ほとばし)り、爆風となって辺り一面を薙ぎ倒した。

 

 

   *

 

 

 空の暗雲は風に吹き散らされて姿を消し、穏やかな陽光が射し始める。堂々と(そび)えていた古城の面影はもはやない。勇者と魔王の激闘によって建物も城壁もことごとく崩壊し、今や朽ちた木材や石くれが無秩序に山を成すのみだ。

 積み上がった石のひとつがコトリと動き、その下から緋女が身体を持ち上げた。大きく伸びをする彼女の下には、抱き庇われたおかげで傷ひとつ負わずに済んだカジュの姿がある。ふたりは瓦礫の山と化した城を見回し、声を張り上げる。

「ヴィッシューっ! 無事かー!?」

「かー。」

「どこだー!?」

「だー。」

 それに応える呻き声。

 緋女とカジュは瓦礫の上を昇り、飛び越え、小走りに走り、うずくまるヴィッシュを見つけ出した。彼は落ちてきた瓦礫で片足をぐちゃぐちゃに潰され、額には脂汗を浮かべていたが、余裕のある表情で手を振っていた。カジュが先ほどかけた痛みを麻痺させる術がまだ効いているらしい。すぐさまカジュが駆け寄り、足に治療の術をかけてやる。

「みんなお疲れ。なんとかなったみたいだな」

「めでたしめでたし!」

「いやまだ謎だらけでしょ。なんでいきなり出てきたの、あの人。」

「さあ、それだ。勇者はどこへ行った?」

 傷の治療も済み、3人は勇者の姿を求めて歩き始めた。ほどなく、折れた石柱の上に倒れた勇者の姿を見出した。爆発の余波を至近距離で浴びたためか、相当な深手を負っている。カジュが治療の術を施してやると、すぐに意識を取り戻した。

「やったな、勇者さんよ」

 ヴィッシュがにやりと笑いかけるも、勇者は沈痛な面持ちで首を振る。

「……いいえ、まだです。

 なんてことだ……まさか、これほどとは……」

 そのとき。

「伏せろッ!」

 緋女が叫ぶ。《闇の鞭》が走る。まだ傷の治りきらない勇者を的確に狙った一撃は、しかし緋女がすかさず繰り出した太刀によって、すんでのところで斬り落とされる。緋女が仲間たちの前に進み出て仁王立ちに剣を構える。ヴィッシュとカジュに緊張が走る。勇者は萎えた四肢に活を入れ、震えながらも立ち上がる。

「衰えたね、勇者ソール」

 うず高く積み上がる瓦礫の山の頂上に、逆光で影色に染まったひとりの少年の姿がある。

「異界英雄セレンの剣。

 妙なる《月の皇》。

 触れる全()()に真の死をもたらす終焉の刃。

 《だれにもどうにもならぬもの》。

 またの名を《月魄剣(ツキシロノツルギ)》……

 君たちが“勇者の剣”と呼ぶ()()()()()の力を完全に引き出せていたならば、今ごろ僕の命はなかった」

 魔王クルステスラ。

 その壮絶なありさまに、ヴィッシュたちは絶句する。

 勇者の一撃によって、魔王の胴体には子供がくぐって通れるほどの風穴が開いている。傷口からは滝のようにどす黒い血が噴き出し、剥き出しになった骨の断片を絶え間なく濡らし続ける。千切れかかった四肢や首は微風の中で不安げに揺れ、ついに左腕が肩口からもげ落ちた。ここまで酷い損傷を受けてなお、魔王の顔面には、今までと全く変わらぬ穏やかな微笑が貼り付いているのだ。

 異様。それでいて、背筋が凍るほどに妖しい、美。

 まるで魔王の立ち姿は、鑑賞者の理解を拒む前衛的な芸術作品のよう。

「だが……不完全でさえこの威力。やはり放っておくわけにはいかないようだ」

 魔王の口からひゅうと風音が漏れた。口笛を思わせるその音色が呪文の詠唱だった。一体どのような術によってか、傷口から肉が盛り上がり、骨が見る見るうちに伸びあがり、魔王の肉体が修復されていく。もののついでに衣服まで元通りに再生する。

 ほんの数秒で無傷の身体を取り戻した魔王から、これまでにない猛烈な《悪意》の黒煙が立ち昇った。それと同時に彼の指先が空中を走り、血赤色の魔法陣を矢継ぎ早に描いていく。とっさにカジュが《光の矢》を飛ばした。緋女が有無を言わさず斬りかかった。ヴィッシュの鞭が渦巻き、勇者の突進が襲い掛かった。

 だがその全てが、あっさりと魔王の術に弾かれる。その一方で、魔王は次々に術式を完成させていく。ひとつ、またひとつ、空中に描かれ固定されていく術式の陣。《火の矢》《鉄槌》《光の矢》《炎の息》《火焔球》《光の盾》《石の壁》《烈風刃》《凍れる刻》《幻影の戦士》……

 ――バケモノめ。

 カジュが固く歯を食いしばる。術式の同時制御は高等技術。並の術士なら一度に1個の術しか操れないのが普通で、達人でも3個、カジュですら5個が限界だ。ところが魔王はその倍をいく術式10個の同時制御。カジュ2人分の仕事を、カジュを遥かに上回る精度でこなせる、と考えれば、これがどれほど途方もないことが分かる。

 だが逆に言えば、それだけのものでしかないということでもある。魔王とはいえ神ではない。所詮はひとの延長上の存在。一度ストックした術式を使い切れば、次の詠唱まで隙が発生するという大原則からは逃れられない。

 つまり、この全力攻勢を凌ぎさえすれば、勝機はある。

 4人はそれぞれの得物を構え、神経を尖らせた。どこからどの術が襲ってきても対処できる構えを見せた。だが次なる魔王の言葉が、彼らの甘い見積もりを根底から覆した。

「見せてあげよう。魔王の()()がどれほどのものかを」

 《爆裂火球》《亀裂》《焼き締め》《漆黒力場》……

 目を見開くヴィッシュの前で、さらなる魔法陣が積み重なる。

 《疾風迅雷》《流れる大地》《枯渇》《ねばねば》……

 さらに。さらに。止まることなく魔王の魔力光が血文字の如く空中を踊る。

 《大きな光の矢》《絶対零度》《剣を鋤に》《爆ぜる空》《完全な幻覚》……

 そして唖然とする勇者たちの周囲に、光の陣が、一斉に花開いた。

 《解呪》《火の太矢》《鉄壁》《鋭い刃》《空間湾曲》《発火》《炎の鞭》《火の矢》《炎の壁》《大暴れ》《窒息》《光の盾》《剛力招来》《木人》《魔力砲》《閃光》《灰色の魔法》《見えない刃》《酸の雨》《大きな光の矢》《石の壁》《爆裂火球》《強打》《光の矢》《稲妻の槍》《火焔球》《炎の息》《石片嵐》《火焔球》《火炎破》《水の刃》《心臓貫き》《水の衣》《光の槍》《魔法の縄》《招雷》《大爆風》《鎧通し》《吸引》《溶岩流》《鉄砲風》《超力招来》《電撃の槍》《竜火》《闇の鞭》《火の矢》《絡めとる蔦》《脱水》《闇の鉄槌》《炎の息》《光の槍》《揺るぎなき体躯》《ぼろぼろ》《石の従者》《壊死》《眠りの雲》《赤熱剣》《光の矢》《鉄槌》《不死鳥》《風の翼》《小さな炎》《爆ぜる空》《速射》《爆裂火球》《爆殺》《鉄槌》《毒矢》《矢返し》《剛打》《鋼の身体》《電光石火》《光炎の剣》《活性力場》《やきごて》《立ち昇る炎》《電撃の槍》《王者の咆哮》《烈風刃》《血の祝福》《血の矢》《氷縛結界》《電撃の槍》《闇の鉄槌》《石の槍》《光の盾》《暗黒》《氷球》《牙刃》《刃の網》《烈風刃》《夢幻力場》《青の衝撃》《王者の一撃》《宝石爆弾》《激震》《爆殺》《山津波》《踊る剣》《石の壁》《撹乱》《悲しみの残り滓》。

 ()()

 それ以外の、どんな形容ができただろう。

 術式同時制御数、1()2()5()

 周囲を完全に埋め尽くした多重積層魔法陣を前に、ヴィッシュは、緋女は、カジュは、そして勇者さえもが、言葉を失い立ち尽くす。

「さあ」

 ただひとり、安全圏の魔王のみが、無機質な微笑を頬に浮かべた。

()()()()()()()()

 

 

(つづく)

 


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