勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第15話-06(終) 寂

 

 緋女とカジュは順に城壁から飛び降り、死術士(ネクロマンサー)ミュートと対峙した。いつでも斬れる間合い。いつでも術に巻き込める距離。だがミュートは意にも解さず、その場にひょいとしゃがみ込み、砕けた頭骨の破片を拾い上げた。肩をすくめ、後ろの夕陽目掛けて欠片を放り捨て、これみよがしに溜息を吐く。

「あーあ。冗談じゃねェよ。いまので2万は潰されたぜ。

 あんたら分かってんの? 自分のパワーがどれだけ不公平(アンフェア)かってこと! ほとんど不正(チート)だよ、ホント」

「いるよね、こういうやつ。」

 と冷たく切り捨てるのはカジュ。

「自分が負けた時だけ不公平(アンフェア)だの不正(チート)だの(やかま)しいやつ。人生に向いてないんじゃないの。」

「タハー! かわいい顔して手厳しいなァ。でも、負けたって決まったわけじゃあないぜ」

「この状況でよく言うよ。」

「まだ()()()()()()()()()()()

 死術士(ネクロマンサー)ミュートが片腕を上げ、軽快に指を鳴らす。その合図に応え、周囲に無数の赤光が()()する。死霊(アンデッド)の軍勢! カジュの術で吹き飛んだ街の残骸の下から、背後の城門の向こうから、あるいはミュートの背後から、おぞましい数の骸骨(スケルトン)肉従者(ゾンビ)が姿を現す。

 というより、突如そこに()()()感じだ。遠方にいた軍勢が近づいてきたのなら、緋女がその気配を察知しないわけがない。

「……なんか変だな」

 緋女がミュートを睨んだまま小声で囁くと、カジュが周囲に目を配りながら頷く。

「気を付けて。《瞬間移動》っぽい術だと思う。」

 ミュートは包帯の隙間の細い口に、悪魔の如き笑みを浮かべ、沈みゆく夕陽と黒紫に染まる空とを背負い、紳士の礼を気取ってみせる。

「レディース! エーン・ジェントゥーメーン! 第2幕の、はっじまりだよーっ!」

 陽気な挨拶を合図にして。

 死霊(アンデッド)軍が殺到する!

 緋女とカジュを目掛けて四方八方から押し寄せる死者の洪水。カジュの先制《爆ぜる空》が背後の一団を吹き散らし、隙間を縫って飛び込んできた肉従者(ゾンビ)を緋女の太刀が両断する。別の方向へは《暗き隧道》で長大な塹壕を掘り、転落した骸骨(スケルトン)数十匹の頭上に緋女が我から飛び込んでいく。

 旋風の如く剣を振るう緋女の姿が地下に隠れたところで、カジュの無差別広範囲法撃が炸裂する。

「《爆ぜる空》+《大爆風》。」

 2術同時発動。《爆ぜる空》で空中に生み出された可燃性の気体が《大爆風》で広範囲に拡散しながら着火。周囲一面を飲み込む大火焔が巻き起こる。

 しかし火に飲まれたはずの骸骨(スケルトン)たちは無事だった。何事もなかったかのように立ち、赤目を煌々と燃やしたままだ。爆炎が拡散した分だけ威力が落ちてしまい、骨を粉砕するには至らなかった、のだが――

 骸骨(スケルトン)が再び脚を踏み出したその時、地面についた所から、足の骨が砕けた。

 一歩踏み出すごとに骨にひび割れが走り、脚を這い上っていき、やがて全身に伝播して、骸骨(スケルトン)がばらばらに砕け散る。一匹だけではない。周囲の骸骨(スケルトン)の軍勢ことごとくに同じことが起き、見る見るうちに白骨の山が積み上がっていく。

「うおっ!? なんだこれ!?」

 一部始終を見ていた死術士(ネクロマンサー)ミュートが驚愕に目を丸くする。カジュは生き残った肉従者(ゾンビ)を順に《光の矢》で撃ち抜きながら、嘲りの鼻息を吹いた。

「人骨の成分はリン酸Caにタンパク質と水。強熱すればリン酸Caのみが残って脆くなる。」

「おお!? うーん、やっぱ学のあるやつァ違うなあ。おわっ」

 余裕綽々で感心していたミュートの笑みが、突如、歪む。緋女が塹壕から飛び出し、赤い矢となってミュートへ躍りかかったのだ。戦慄の鋭さで繰り出される斬撃。ミュートは大慌てで後退しながら小枝のように細い指を震わせる。

 その震えが魔法陣の描出であることにカジュは気付いた。

 ――やばい、緋女ちゃん。

 警告を発しようとしたのも束の間、地面から骨灰色の大剣が飛び出した。それは無数に絡まり合った人骨が、融けて練り固められたかのような――いや、事実そうして創ったものかもしれない――異形の刃だった。“骨剣”とでも呼ぶべきそれが、十本あまりも次々に地面から生え、伸びあがりながら緋女を襲う。

 が。

「ふ!」

 緋女の回答は、鋭く吐きだす呼気ひとつ。

 まるでこの攻撃を予知してでもいたかのように、襲い掛かる骨剣の隙間を紙一重の見切りですり抜け、ほとんど速度を落としさえせず死術士(ネクロマンサー)ミュートに肉迫する。無論予知などではあるまい。緋女の武器は反射神経。獣なみの野生の勘。攻撃を見てから超反応で避けるのみ。

「オラァ!!」

 気合と共に繰り出された横薙ぎの一撃がミュートの胴を完全に捉えた。刃が身体に食い込む直前、ミュートは地下から生み出した骨剣の一本で辛うじてその斬撃を受けた。が、想像を超えた剣圧を受け止めきれず、ミュートは骨剣もろとも、木っ端のように横に吹き飛ばされる。

 地面を転がり、身体の包帯をいたるところで擦り切らせながら、ミュートは何とか四つん這いの姿勢で瓦礫に食らいつき、止まる。

「ちくしょう化物! こいつはどうだ!?」

 ミュートの咆哮。それに応えて新たな死霊(アンデッド)が姿を現す。今度は肉従者(ゾンビ)の集団だ。苦しげな呻き声を上げながらカジュと緋女に突っ込んでいく。とはいえこんな雑魚、どれほど数がいようと彼女たちの相手ではない。

 カジュの《光の雨》が暴れ狂う。緋女の斬撃が肉片の花を咲かせる。当たるを幸い薙ぎ倒されていく死霊(アンデッド)たち。背後から襲って来た肉従者(ゾンビ)に、緋女は振り返りざまの一撃を食らわせ、首を刎ねる。

 そこで、緋女の手が止まった。

 絶句する。

 その肉従者(ゾンビ)は、頭を失ったことに気付きもせず、いまだ生きているかのように、とぼ、とぼ、緋女へ歩み寄ってくる。

 5歳か、6歳くらいであろうか――愛らしいワンピースに身を包んだ、首のない少女の肉従者(ゾンビ)――

 足元には斬り落とされた少女の首が転がっている。今にも泣きだしそうな目に、しかし異様な赤光を灯して。皮膚の腐り落ちかけた唇を、切なく、寂しげに震わせて。少女は今も、無心に助けを求め続けていた。

「ママ……? ママでしょ……?」

 他ならぬ緋女を。たったいま首を刎ねた緋女を。自分の“ママ”と勘違いしたまま。

 この時にはカジュも、襲い掛かってくる敵の正体に感付いていた。先ほどまでの完全に肉を失った骸骨(スケルトン)たちとは違う。つい最近まで日常生活を送っていたかのような、普段着姿の肉従者(ゾンビ)たち。男、女、老人、子供、果ては犬猫や牛馬まで。ただでさえ表情の乏しいカジュの顔が、石のように凝り固まっていく。

 ――この街の人を肉従者(ゾンビ)にしたのか。

 少女の肉従者(ゾンビ)が、緋女にさらに歩み寄っていく。首を切られて視界さえ失ったのであろう、短い手をしきりに左右に振り、手探りで緋女の姿を探し求めている。

 緋女は、息を吐いた。

 吸った。

 そして、斬った。

 縦真っ二つに両断され、少女は、動かなくなった。

 一瞬の沈黙。

 ミュートの無神経な声が、それを引き裂く。

「よーし、時間稼ぎ完了っ」

 気が付けば、死術士(ネクロマンサー)ミュートは、半壊した教導院の、傾いた三角屋根の頂点に登っていた。そこに地響きが届く。屋根の裏側から、竜の頭蓋骨が姿を現す。不死竜(ドレッドノート)。遠方にいた切り札を呼びつけたのだろう。そのためだけに肉従者(ゾンビ)たちを使い捨てたのだ。

 ミュートは不死竜(ドレッドノート)の頭上に飛び移り、そこから悠然と緋女たちを見下ろした。彼の口にはまた、あの笑みが戻っている。余裕の笑み。何もかも手のひらの上だと言外に伝える、ひどく不愉快な笑い方。

「さァて。そんじゃあ」

 不死竜(ドレッドノート)が、その巨大な前足を振り上げる。

「そろそろ終幕と行くかァー!」

 振り下ろされる丸太のような骨。城塞さえ打ち砕く(ヴルム)の強打が、緋女の小さな身体に直撃した。

 響き渡る轟音。巻き起こる土煙。勝利を確信して両腕を掲げるミュート。

 カジュがひとり冷徹に、すぅっ、と目を細める。

 ――あーあ。()()()()

 静寂。

 音は要らぬ。

 言葉は要らぬ。

 ただ――大地を踏み締める脚があれば。

 巨竜の腕を受け止める大刀があれば。

 怒りの炎を真っ赤に燃やす、灼熱の如き瞳があれば。

 一体何の不足やある!!

「ォォォォォォオオオオオオアアアアアアアアアアアア―――――ッ!!」

 緋女が吼えた! と思った瞬間(とき)には彼女は既に竜の鼻先。視認さえ不可能な神速の太刀で竜の牙を叩き割り、反撃の噛み付きが来るより速く竜の顎を蹴りつけ下へ。焦るミュートが着地を狙って繰り出した地面からの骨剣は、緋女の影さえ貫けずに終わる。

「速っ……」

 敵が文句を言い終わるより速く、緋女は空中で掴んだ竜牙を後ろ脚の膝関節に叩き込んでいる。

「カジュ!!」

「《鉄槌》。」

 狙いすましたカジュの術。超重量の鋼鉄の塊が打ち出され、寸分違わず竜牙の楔にぶち当たる。叩き込まれた楔は不死竜(ドレッドノート)の膝を粉砕し、大きくバランスを崩した竜の上から死術士(ネクロマンサー)ミュートが転がり落ちる。

 緋女の咆哮からここまで僅か3秒。前回あれほど苦戦した不死竜(ドレッドノート)。だがヴィッシュから攻略法を学んだ今ならこのとおり。伝説級の最強魔獣さえ、もはや緋女やカジュの敵ではない。

 ――冗談だろッ!?

 ミュートは歯噛みしながら、最速で《風の翼》の術式を編む。しかしカジュの方が速い。

「《鉄砲風》。」

 上空から吹き降ろした猛烈な風圧が、容赦なくミュートを墜落させる。強かに背中を打ち付け、地面で二度も大きく跳ね、呻きながら転がるミュートに緋女の刃が猛然と迫る。それでもミュートはまだ諦めない。この状況でなお余裕の笑みを顔面に貼り付け、

「来いよ大将ォ!」

 烈火の如き緋女を迎え撃つ。

「禁呪、《死の舞踏(ダンスマカブル)》!」

 ミュートの呪文に応え、緋女の足元から骨剣が突き出す。一本を(かわ)せばまた一本。緋女の行く先々を狙って際限なく出現する刃、その数実に百余り。骨の剣で針山と化していく地面の上を、緋女は針の穴を通す正確さで切り抜けていく。

 ――いつまでも避けきれるもんじゃねえぜ!

 上機嫌のミュート。彼はただ無闇に骨剣で攻撃しているわけではない。これは罠だ。剣の出現場所を調整し、その実、敢えてミュート本体へ肉迫する道を残している。緋女をその場所に誘い込み、仕掛けておいた残り全ての骨剣で討ち取るために。

 その思惑通りに緋女は僅かな活路を見抜き、見抜くや否やミュート目掛けて駆けだした。

 緋女が罠に飛び込んで来る。

 ――今!

 ミュートの意識内に編まれた術式に従い、全力の骨剣が貫いた。

 緋女――が、つい一瞬前までいた場所を。

「あ?」

 緋女はいつの間にか、骨剣の効果範囲外に後退していた。罠に飛び込む直前、突如として進路を変え、距離を取ったのだ。ミュートの思考が一瞬、状況を掴めず凍り付く。なぜ下がった? 何故とどめを刺しに来ない?

 そこでミュートはようやく気付く。

 緋女の視線が、ミュートではなく、その頭上へ向けられていることに。

 ――まさか!?

 振り返った時には時にはもう遅い。

 ミュートの頭上には――漆黒の夜空に跳躍し、刃糸(ブレイド・ウェブ)の鞭を渦巻かせる、後始末人の姿があった。

()()()()()!!」

 刃糸鞭(ワームウッド)が輝き唸る。不可視の刃がミュートの腕と胴に絡みつく。そのとたん彼の肉体は真横に両断され、弾けた肉と骨が耐えがたい死臭を周囲にばらまく。

「なうっ!?」

 千切れ飛ぶ身体。魂を刺し貫くかのような衝撃。痛みはなくとも苦しみはある。苦悶の中でミュートはようやく状況を把握した。一体いつかは知らないが、緋女はどこかの時点でヴィッシュの到着に気付いていた。彼の位置取りを見ただけで彼の意図を察した。追い込んだのだ。死地に、ミュートを。そして自分が囮となって使い切らせた。ヴィッシュの攻撃を受けるための武器となる骨剣を、一本残らず。

 罠に誘い込まれたのはミュートのほうだったのだ。

 阿吽の呼吸。見事な連携。一個の生き物のようにまとまったチーム。いくつもの修羅場を的確な指示で乗り切り、少しずつ信頼を構築してきた証拠だ。

 ――さすがだよ。そうでなくちゃ。

 空中で弧を描き、瓦礫の上に落ちるミュートの上半身。ヴィッシュが鬼気迫る顔でとどめを刺しに来る。

 だがミュートは次なる術を発動した。辺りに散らばっていた人骨が寄り集まり、うねる蔦のようにしてミュートを絡めとり、空中にまで持ち上げていく。剣が届かぬ高さまで持ち上げられたミュートを茫然と見上げるヴィッシュ。緋女とカジュが咄嗟に動こうとするが、そこに横手から牽制するものがあった。

 2体目の不死竜(ドレッドノート)が、左手側の家を破壊しながら姿を現したのだ。いや、それだけではない。右からも。背後の城壁からも。事前調査ではどこにもいなかったはずの不死竜(ドレッドノート)たちが、次々に集まってくる。

 10頭余りの不死竜(ドレッドノート)に取り囲まれ、ヴィッシュたち3人は互いに背中を合わせて敵と向き合う。その竜のうち一頭の上に、ミュートはそっと横たえられた。震えるミュートの指が辛うじて魔法陣を空中に描き、それに呼応して、彼の胴の切断面から新たな身体が生えてくる。

 それは死体の身体であった。彼が武器として使う骨の剣と同様、無数の人骨が――部位も大きさもばらばらの骨が、無造作に寄せ集められ、融かし固められて、辛うじて人間のような形になったもの、とでも言おうか。

 新しい身体を思い通りに操り切れず、ミュートはふらつき、何度も転びかけながら、辛うじて竜の首に(すが)りついて立ち上がる。

「……やってくれるぜ。危うく()()死ぬとこだった」

「どうして……だ……」

 震えている。

 鞭の柄を握りしめるヴィッシュの拳が。

 怒りに、悲しみに、懐かしさに、愛情に、どうにもならない憎悪と罪悪感とに、堪えようもなく震えている。

「俺はずっと……お前に憧れて……

 一番強くて……

 一番かっこいいものを……

 真似して! なりきって! 演じ続けて! どうにか今まで生きてきたのに!

 なのにっ……

 どうしてお前が!?

 なんでこんなことを!?」

 絶叫に応えるものはただ、(しじま)

「答えてよ!! ()()()!!」

 

 

 

To be continued.

 

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 言葉無き死者の帰還。蘇る苦悩。仲間を失い、目指すべき手本を失い、ヴィッシュは甘えた追憶の淵に身を投じた。10年の年月を以てしても克服しきれなかったこの絶望。だがそのとき、彼に囁く声があった。立て、ヴィッシュ。戦え、ヴィッシュ。己の為すべき本質(こと)を見よ!

 

 次回、「勇者の後始末人」

 第16話 “さよなら、パストラール 後編”

 Pastoral // Catastrophe (Part2)

 

 乞う、ご期待。

 

 


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