緋女とカジュは順に城壁から飛び降り、
「あーあ。冗談じゃねェよ。いまので2万は潰されたぜ。
あんたら分かってんの? 自分のパワーがどれだけ
「いるよね、こういうやつ。」
と冷たく切り捨てるのはカジュ。
「自分が負けた時だけ
「タハー! かわいい顔して手厳しいなァ。でも、負けたって決まったわけじゃあないぜ」
「この状況でよく言うよ。」
「まだ
というより、突如そこに
「……なんか変だな」
緋女がミュートを睨んだまま小声で囁くと、カジュが周囲に目を配りながら頷く。
「気を付けて。《瞬間移動》っぽい術だと思う。」
ミュートは包帯の隙間の細い口に、悪魔の如き笑みを浮かべ、沈みゆく夕陽と黒紫に染まる空とを背負い、紳士の礼を気取ってみせる。
「レディース! エーン・ジェントゥーメーン! 第2幕の、はっじまりだよーっ!」
陽気な挨拶を合図にして。
緋女とカジュを目掛けて四方八方から押し寄せる死者の洪水。カジュの先制《爆ぜる空》が背後の一団を吹き散らし、隙間を縫って飛び込んできた
旋風の如く剣を振るう緋女の姿が地下に隠れたところで、カジュの無差別広範囲法撃が炸裂する。
「《爆ぜる空》+《大爆風》。」
2術同時発動。《爆ぜる空》で空中に生み出された可燃性の気体が《大爆風》で広範囲に拡散しながら着火。周囲一面を飲み込む大火焔が巻き起こる。
しかし火に飲まれたはずの
一歩踏み出すごとに骨にひび割れが走り、脚を這い上っていき、やがて全身に伝播して、
「うおっ!? なんだこれ!?」
一部始終を見ていた
「人骨の成分はリン酸Caにタンパク質と水。強熱すればリン酸Caのみが残って脆くなる。」
「おお!? うーん、やっぱ学のあるやつァ違うなあ。おわっ」
余裕綽々で感心していたミュートの笑みが、突如、歪む。緋女が塹壕から飛び出し、赤い矢となってミュートへ躍りかかったのだ。戦慄の鋭さで繰り出される斬撃。ミュートは大慌てで後退しながら小枝のように細い指を震わせる。
その震えが魔法陣の描出であることにカジュは気付いた。
――やばい、緋女ちゃん。
警告を発しようとしたのも束の間、地面から骨灰色の大剣が飛び出した。それは無数に絡まり合った人骨が、融けて練り固められたかのような――いや、事実そうして創ったものかもしれない――異形の刃だった。“骨剣”とでも呼ぶべきそれが、十本あまりも次々に地面から生え、伸びあがりながら緋女を襲う。
が。
「ふ!」
緋女の回答は、鋭く吐きだす呼気ひとつ。
まるでこの攻撃を予知してでもいたかのように、襲い掛かる骨剣の隙間を紙一重の見切りですり抜け、ほとんど速度を落としさえせず
「オラァ!!」
気合と共に繰り出された横薙ぎの一撃がミュートの胴を完全に捉えた。刃が身体に食い込む直前、ミュートは地下から生み出した骨剣の一本で辛うじてその斬撃を受けた。が、想像を超えた剣圧を受け止めきれず、ミュートは骨剣もろとも、木っ端のように横に吹き飛ばされる。
地面を転がり、身体の包帯をいたるところで擦り切らせながら、ミュートは何とか四つん這いの姿勢で瓦礫に食らいつき、止まる。
「ちくしょう化物! こいつはどうだ!?」
ミュートの咆哮。それに応えて新たな
カジュの《光の雨》が暴れ狂う。緋女の斬撃が肉片の花を咲かせる。当たるを幸い薙ぎ倒されていく
そこで、緋女の手が止まった。
絶句する。
その
5歳か、6歳くらいであろうか――愛らしいワンピースに身を包んだ、首のない少女の
足元には斬り落とされた少女の首が転がっている。今にも泣きだしそうな目に、しかし異様な赤光を灯して。皮膚の腐り落ちかけた唇を、切なく、寂しげに震わせて。少女は今も、無心に助けを求め続けていた。
「ママ……? ママでしょ……?」
他ならぬ緋女を。たったいま首を刎ねた緋女を。自分の“ママ”と勘違いしたまま。
この時にはカジュも、襲い掛かってくる敵の正体に感付いていた。先ほどまでの完全に肉を失った
――この街の人を
少女の
緋女は、息を吐いた。
吸った。
そして、斬った。
縦真っ二つに両断され、少女は、動かなくなった。
一瞬の沈黙。
ミュートの無神経な声が、それを引き裂く。
「よーし、時間稼ぎ完了っ」
気が付けば、
ミュートは
「さァて。そんじゃあ」
「そろそろ終幕と行くかァー!」
振り下ろされる丸太のような骨。城塞さえ打ち砕く
響き渡る轟音。巻き起こる土煙。勝利を確信して両腕を掲げるミュート。
カジュがひとり冷徹に、すぅっ、と目を細める。
――あーあ。
静寂。
音は要らぬ。
言葉は要らぬ。
ただ――大地を踏み締める脚があれば。
巨竜の腕を受け止める大刀があれば。
怒りの炎を真っ赤に燃やす、灼熱の如き瞳があれば。
一体何の不足やある!!
「ォォォォォォオオオオオオアアアアアアアアアアアア―――――ッ!!」
緋女が吼えた! と思った
「速っ……」
敵が文句を言い終わるより速く、緋女は空中で掴んだ竜牙を後ろ脚の膝関節に叩き込んでいる。
「カジュ!!」
「《鉄槌》。」
狙いすましたカジュの術。超重量の鋼鉄の塊が打ち出され、寸分違わず竜牙の楔にぶち当たる。叩き込まれた楔は
緋女の咆哮からここまで僅か3秒。前回あれほど苦戦した
――冗談だろッ!?
ミュートは歯噛みしながら、最速で《風の翼》の術式を編む。しかしカジュの方が速い。
「《鉄砲風》。」
上空から吹き降ろした猛烈な風圧が、容赦なくミュートを墜落させる。強かに背中を打ち付け、地面で二度も大きく跳ね、呻きながら転がるミュートに緋女の刃が猛然と迫る。それでもミュートはまだ諦めない。この状況でなお余裕の笑みを顔面に貼り付け、
「来いよ大将ォ!」
烈火の如き緋女を迎え撃つ。
「禁呪、《
ミュートの呪文に応え、緋女の足元から骨剣が突き出す。一本を
――いつまでも避けきれるもんじゃねえぜ!
上機嫌のミュート。彼はただ無闇に骨剣で攻撃しているわけではない。これは罠だ。剣の出現場所を調整し、その実、敢えてミュート本体へ肉迫する道を残している。緋女をその場所に誘い込み、仕掛けておいた残り全ての骨剣で討ち取るために。
その思惑通りに緋女は僅かな活路を見抜き、見抜くや否やミュート目掛けて駆けだした。
緋女が罠に飛び込んで来る。
――今!
ミュートの意識内に編まれた術式に従い、全力の骨剣が貫いた。
緋女――が、つい一瞬前までいた場所を。
「あ?」
緋女はいつの間にか、骨剣の効果範囲外に後退していた。罠に飛び込む直前、突如として進路を変え、距離を取ったのだ。ミュートの思考が一瞬、状況を掴めず凍り付く。なぜ下がった? 何故とどめを刺しに来ない?
そこでミュートはようやく気付く。
緋女の視線が、ミュートではなく、その頭上へ向けられていることに。
――まさか!?
振り返った時には時にはもう遅い。
ミュートの頭上には――漆黒の夜空に跳躍し、
「
「なうっ!?」
千切れ飛ぶ身体。魂を刺し貫くかのような衝撃。痛みはなくとも苦しみはある。苦悶の中でミュートはようやく状況を把握した。一体いつかは知らないが、緋女はどこかの時点でヴィッシュの到着に気付いていた。彼の位置取りを見ただけで彼の意図を察した。追い込んだのだ。死地に、ミュートを。そして自分が囮となって使い切らせた。ヴィッシュの攻撃を受けるための武器となる骨剣を、一本残らず。
罠に誘い込まれたのはミュートのほうだったのだ。
阿吽の呼吸。見事な連携。一個の生き物のようにまとまったチーム。いくつもの修羅場を的確な指示で乗り切り、少しずつ信頼を構築してきた証拠だ。
――さすがだよ。そうでなくちゃ。
空中で弧を描き、瓦礫の上に落ちるミュートの上半身。ヴィッシュが鬼気迫る顔でとどめを刺しに来る。
だがミュートは次なる術を発動した。辺りに散らばっていた人骨が寄り集まり、うねる蔦のようにしてミュートを絡めとり、空中にまで持ち上げていく。剣が届かぬ高さまで持ち上げられたミュートを茫然と見上げるヴィッシュ。緋女とカジュが咄嗟に動こうとするが、そこに横手から牽制するものがあった。
2体目の
10頭余りの
それは死体の身体であった。彼が武器として使う骨の剣と同様、無数の人骨が――部位も大きさもばらばらの骨が、無造作に寄せ集められ、融かし固められて、辛うじて人間のような形になったもの、とでも言おうか。
新しい身体を思い通りに操り切れず、ミュートはふらつき、何度も転びかけながら、辛うじて竜の首に
「……やってくれるぜ。危うく
「どうして……だ……」
震えている。
鞭の柄を握りしめるヴィッシュの拳が。
怒りに、悲しみに、懐かしさに、愛情に、どうにもならない憎悪と罪悪感とに、堪えようもなく震えている。
「俺はずっと……お前に憧れて……
一番強くて……
一番かっこいいものを……
真似して! なりきって! 演じ続けて! どうにか今まで生きてきたのに!
なのにっ……
どうしてお前が!?
なんでこんなことを!?」
絶叫に応えるものはただ、
「答えてよ!!
To be continued.
■次回予告■
言葉無き死者の帰還。蘇る苦悩。仲間を失い、目指すべき手本を失い、ヴィッシュは甘えた追憶の淵に身を投じた。10年の年月を以てしても克服しきれなかったこの絶望。だがそのとき、彼に囁く声があった。立て、ヴィッシュ。戦え、ヴィッシュ。己の為すべき
次回、「勇者の後始末人」
第16話 “さよなら、パストラール 後編”
Pastoral // Catastrophe (Part2)
乞う、ご期待。