勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第12話-05 緋女vsゴルゴロドン

 

 

 だらり、と脱力し、太刀をぶら提げる緋女。

 巨大剣を肩に担ぎ、対峙するは巨人ゴルゴロドン。

 遠くに爆発と怒号とが起こり、消え。

 緋女の奥歯が上下かち合い、火花を散らす。

 雄叫びとともに緋女が突っ込む!

 ゴルゴロドンが顔色を変える。

 ――速いッ!!

 対応が間に合わない! 妨害する間もなく瞬時に間合いを詰められ、跳躍した緋女は既に巨人の胸元。恐るべき速度を丸ごと乗せた強烈無比の斬撃がゴルゴロドンの装甲を打つ。さすがに分厚い岩盤鎧、一撃で砕かれさえしなかったものの、予想外の衝撃で彼の体勢が後ろに崩れる。

「ヌオオッ!?」

 よろめきながらもゴルゴロドンは反撃の剣を振り下ろす。が、所詮は崩れた姿勢から腕力のみで放った打ち込み。剣速も狙いも全く甘い。緋女は空中で身をひねるだけで容易く刃の脇をくぐりぬけ、あろうことか巨人の剣を踏み台にしてさらに跳躍。

 ひとっ飛びに巨人の頭上まで躍り出ると、

「だりゃァッ!!」

 気迫一閃、大上段から渾身の一撃を叩き込む。

 まともに当たれば必殺の打ち込みだったが、ゴルゴロドンが直前で首をひねり、兜へ斜めに当たるよう刃を受けた。緋女の太刀は狙いを逸らされ勢いを殺され、巨人の肩に食い込んだ。

 が、ただそれだけで、肩の装甲が真っ二つに叩き割られてしまう。

 なんたる威力。あの小さな身体のどこにこれほどの力を秘めているのか。一発でもいいのをもらえば命がない。接近戦を許している限り、ゴルゴロドンに勝機は、ない。

 そう見極めるや、ゴルゴロドンは前に出た。脚を踏ん張り、体当たりの要領で緋女を押し返す。桁違いの体重差である。緋女はなすすべもなく空中に放り出される。

 そこを狙ってゴルゴロドンの第2撃。

 空中の緋女を正確に狙った巨大剣の横薙ぎ。足場のない空中では避ける方法もあるまい。

 というゴルゴロドンの見積もりは次の瞬間脆くも崩れ去った。緋女が犬に変身したのだ。

「なんと!?」

 急激に質量が低下したために緋女は空中で一気に加速、あっさりと巨人の剣をくぐりぬけ、難なく地面に着地する。

 驚きながらも巨人は手を休めない。着地した緋女を狙ってさらに剣を振り下ろすが、ただでさえ素早い緋女の脚が、犬に化けることでさらに強化されている。風のように地面を駆け抜け、ゴルゴロドンの股下をくぐり、背後に回ったとたんに人間に変身。岩と崖とを交互に蹴って再び空中に跳び上がり、ゴルゴロドンの首を狙って横一文字に太刀を振るう。

 ゴルゴロドンは一瞬、迷う。前へ出るか? 横へ跳ぶか? あるいは振り返り剣で受けるか? いや、いずれも間に合わない。このままでは確実に首を()ねられる。

 ――()むを……得ぬ!

 ゴルゴロドンは決心して、()()()()()()()()

 緋女の刃に敢えて近づいたのだ。それがために、緋女の打ち込みは速度が充分に乗るより前にゴルゴロドンに()()()()()()()

 緋女の眉がぴくりと震えた。

 ――浅い!

 緋女の剣は巨人の分厚い皮膚を抉った程度で、食い込んだまま止まった。そこにゴルゴロドンの巨大な手のひらが迫る。蚊を叩くようにして緋女を叩き潰そうとする。

 緋女はゴルゴロドンの首に両足をつき、剣を引き抜きながら飛び退いた。間一髪で巨人の平手を避けたのも束の間、後ろの崖に足をついた緋女に、振り返った巨人の拳が襲い掛かる。緋女はそのまま崖を蹴って走り抜け、次々に降り注ぐ拳の雨――いや、そんな生易しいものではない。肉の隕石群だ!――を潜り抜けながら間合いを離した。

 距離を置いて、ふたりは再び向かい合った。お互い肩で息をしている。気迫が全身の皮膚から陽炎のように立ち昇り、汗が爽やかに身体を洗う。

 そう、爽やかに。

 巨人ゴルゴロドンは心底愉しげに破顔した。

「ヌフッ! やはり強いなあ、お嬢!」

 対して緋女は――

 先ほどまで憤怒と殺意に燃えていた顔をくしゃくしゃにして、泣き出しそうに目を細めた。声を()らして問いただした。

「なんでだよ!? なんでこんな奴らに味方するんだ!?

 だってお前……こんなに()()()()なのに!!」

 そう。

 ふたりは感じ合っていた。お互いの剣境の高さ。剣の道に対する真摯さ。磨き上げた技。鍛え上げた肉体。太刀筋のひとつひとつに宿る、隠しようもなく好ましい人柄を。

 打ち込みが、身のこなしが、足捌きのひとつひとつが言葉だった。ある程度以上の実力者同士でしか通じ合えない、しかしこれ以上ないというほど濃密な、対話だったのだ。

 それなのに()()()()()()()

 ()()()()()()()はずなのに――敵対しあうしかない。()()()()()()()()

 ゴルゴロドンにも、緋女のこの戸惑いが手に取るように分かったに違いない。深い溜息を吐き、巨人は穏やかに語りだした。

「そうか……お嬢、好意を持った相手と殺し合うのは、これが初めてか?」

「真剣勝負は、前にしたけど……」

()()わな。勝負と、殺し合いとは」

 緋女はうなずいた。ゴルゴロドンの目が優しく、分かるぞ、となだめていた。

「わしはなあ……昔、ここの大将に命を救われたのだ」

「そいつ魔族だろ?」

「魔王戦争が始まる前のことだ。無論、戦では敵味方に別れはしたが、だからといってわしらの友情には手出しはさせぬ。

 生涯の友が傷つき、困窮し、(わら)にもすがる思いで、わしに助けを求めてきたのだ。どうしてじっとしていられよう?

 つまりこれは、義、なのよ」

「わかんない」

「やらねばならぬこと、ということだ。ひととして、友として、戦士として、為すべきこと、正しいふるまい。それが義だ。

 世間が決める義もある。時代が強要する義もあろう。

 しかしこれは、わしが、自ら定めた義なのだよ」

 緋女は、太刀の柄を、軋むほどに握りしめた。

 歯噛みして、目を潤ませて、友の穏やかな微笑を見上げた。

 ようやく絞り出した言葉は、慟哭だった。

「わかんねえっ……全然わかんねえよバカ野郎!」

 緋女が走る。悲壮な心境を刃に乗せて。

「バカは承知! それでもわしの戦場は、ここだッ!!」

 ゴルゴロドンが大剣を振り下ろし、足元の岩盤を圧し折った。

 

 

 一方、ヴィッシュと“刃糸吐き(ブレイドスピナー)”ムードウもまた死闘を続けていた。

 ムードウがゆらり、と僅かによろめく。

 ――刃糸(ブレイド・ウェブ)が来る!

 ヴィッシュは即座に反応し、地を這うほどの低い姿勢で転がりながら横に跳ぶ。その直後、微かな銀の煌めきがうねりながら空を裂き、背後で鬼の死体が切断された。辛うじて難を逃れ、ヴィッシュは軽く安堵の息を吐く。

 さっきの()()()()刃糸(ブレイド・ウェブ)を飛ばす予備動作だ。何度か手傷を負いながらヴィッシュはそれを見切っていた。要するに鞭のような武器なのだと考えれば、不可視の刃糸(ブレイド・ウェブ)といえども攻撃の軌道は読める。間合いを離しておけば敵は直線的にこちらを狙わざるを得ず、予備動作さえ見逃さなければ回避は可能。

 だが、反撃の手段がない。

 遠間からでは剣は届かず、投げナイフや(つぶて)程度では決め手にならない。といって接近すれば、ムードウに刃糸(ブレイド・ウェブ)の薙ぎ払いという厄介な攻撃方法を与えることになる。

 つまり今はお互い膠着状態。ムードウも自ら間合いを詰めようとはしてこないところを見ると、どうやら長期戦を望んでいるらしい。狙いは明白、こちらを疲れさせて仕留める気なのだ。気を張り詰めて相手の一挙一動に対応せねばならないヴィッシュと、主導権を握って好きなタイミングで仕掛ければよいムードウ。どちらがより神経を使うか、考えるまでもない。

 ――くそーっ、ものの考え方が俺と似たタイプだ。やりづらい! 俺もあの武器欲しいなーっ!

 などとないものねだりをしている場合ではない。

 このままでは、負ける。

 焦るヴィッシュに向けて、ムードウは嵐の如く刃糸(ブレイド・ウェブ)を飛ばし続けながら、くつくつと不愉快に嘲笑する。

「どうした、劣等な猿よ? 先ほどの大言壮語はどこへいった? 所詮貴様ら人間などは、人類の中でもとりわけ劣悪な奴隷種族に過ぎぬのだ。無能な種は、有能な種にきちんと管理され、はじめてその労働力も社会に生きる! そんな当たり前の理屈も分からんのだろう、猿どもは!!」

 ムードウの差別意識満々の罵詈雑言は、本心半分、挑発半分といったところだろう。怒ればそれだけ疲労の蓄積も早くなり、動作も雑になる。言葉も武器のうち、というわけだ。

 ――ならそこが狙い目だ。

 ヴィッシュは何度目とも知れない刃糸(ブレイド・ウェブ)の攻撃を回避すると、軽く口笛を鳴らした。

「へえ、よく舌が動くな。さすがは魔族(エルフ)だ」

 その途端。

 ムードウの全身の筋肉が、怒りのために膨れ上がった。

 エルフ――“大議定11号指定種”。戦後、娼婦に身をやつした魔族女性を指す法律用語だ。当然、魔族に対しては、耐えがたいまでに敗北感と劣等感を刺激する、最大級の蔑称となる。

 深窓の貴婦人も、卓越した女戦士も、知性溢れる魔女も、みな敗北し、捕らえられ、以来10年、人間の男たちの玩具にされ続けている。今もどこかで劣悪な男に圧し掛かられ、薄汚い身体を舐めしゃぶることを強要され、ねばついた精液を体内に吐き出され続けている。それを想像するだけで、魔族ムードウの誇りがどれほど傷つけられるか。どれほどの義憤が湧きおこるか。

 ムードウが激怒に瞳を燃やし、獣じみた咆哮を上げながら飛び込んだ。間合いを詰めて刃糸(ブレイド・ウェブ)の薙ぎ払いで勝負を決める気だ。

 ――こんな汚い言葉は使いたくなかったが……

 ヴィッシュは冷静に剣を下段に構え、

 ――手段を選んでられないんだ!

 地を蹴り一気に前へ出る!

 ムードウが驚愕で顔色を変えた。

 逃げ回るヴィッシュを追って仕留める気でいたのが、ヴィッシュの方から突っ込んできたのだ。当然間合いが狂う。攻撃のタイミングがズレる。刃糸(ブレイド・ウェブ)を操り自分の周囲に刃の渦を作るつもりが、その前に懐に踏み込まれる。

 これがヴィッシュの狙いだったのだ。言葉を武器として用いる、かなり強固な差別主義者。それは裏を返せば自分の種が差別されることに敏感ということでもある。相手にかける罵倒は、往々にして自分が一番言われたくないことであったりするものだ。

 その弱点を突いてヴィッシュはムードウを挑発した。そして思惑通りムードウが性急な攻めに転じると、さらにその不意を打った。

 言葉を武器にするものには言葉が通じる。差別を鎧にするものには差別が効く。攻めの勢いに乗ったものこそ攻めには弱い。

 ヴィッシュは渾身の力を込めて、ムードウの胴にすれ違いざまの打ち込みをかけた。避けられるタイミングではない。

 ――()った!

 と確信したのも束の間。

 ムードウの身体が予想外の方向にぐらりと揺れ、ヴィッシュの剣は浅く脇腹を薙いだのみに終わった。

 驚きながらもヴィッシュはそのままムードウの横を駆け抜け、距離を取った。仕留めそこなったなら長居は無用。もたもたすれば敵の刃糸(ブレイド・ウェブ)の餌食となるだけだ。

 充分に間合いを離し、振り返り、油断なく剣を構える。

 ムードウは転んでいた。

 そう、転んだのだ。転ばされたわけではない、単に足元のでっぱりにつまついで倒れただけだ。だからこそその動きはヴィッシュには読めなかった。

 ムードウは小刻みに震えながら、片腕でどうにか立ち上がろうとしている。衣服の裂け目から刃糸(ブレイド・ウェブ)鞭の取っ手が数本、転がり落ちる。

 明らかに弱っている。よほど好機という気はするが、ヴィッシュは近づかない。ムードウは刃糸(ブレイド・ウェブ)を魔法で操れるのだ。罠かもしれない。たとえ倒れていても下手に距離を詰めるのは危険。

 そのとき、ヴィッシュの鼻に、吐き気をもよおすような腐臭が臭ってきた。

 ――この臭いは……

 と、眉をひろめるヴィッシュの背後で、轟音が響いた。

 ちらと後ろの様子に目を配り――その光景を見るやヴィッシュは叫んでしまった。

「緋女ッ!?」

 

 

(つづく)

 


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