勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第21話-03 膠着

 

 

 かくして緒戦は勇者軍の快勝に終わり、戦況は次なる局面へ移行した。

 出会いがしらの攻防で、勇者軍は魔王城3重防壁のうち2枚目までもを突破。ますます勢いづく勇者軍に対して、死霊(アンデッド)軍は兵力の再配置に大わらわとなった。ひとつの勝利が優位をもたらし、優位がさらに有利な状況を産む、正の連鎖の典型例。ヴィッシュの速攻策は8割がた図に当たったと言ってよい。

 しかし、ここからが……長かった。

 最終防壁まであと一歩のところで、勇者軍はビタリと足止めされてしまったのだ。

 停滞の原因は、死霊(アンデッド)どもの桁外れのしぶとさにある。死霊(アンデッド)を完全に沈黙させるには、体内の魔法力線を物理的に粉砕するしかない。それには背骨が粉々になるまで延々(えんえん)打撃を叩き込まねばならない。そこで次善の策として、手足のみを潰して無力化する対処法を採用した。完全に倒さずとも戦闘能力さえ()げば実質的には撃破も同然というわけだ。

 これでずいぶん楽にはなるが、それでも生身の人間を相手どるよりは遥かに面倒である。生きた人間なら頭や胴に一撃でも攻撃を通せばそれで終わるものを、足を砕き、腕を砕き、場合によってはアゴも砕いて……と念入りに処置をしておかねばならない。この一手間二手間の積み重ねが、将兵の疲労という形で少しずつ(あら)わになっていく。

 さらに厄介なことに、敵には死術士(ネクロマンサー)ミュートがいる。彼は開戦以来かたときも休まず死霊(アンデッド)製造の術を維持し続けている。ゆえに味方に死人が出れば、それがすぐさま死霊(アンデッド)と化して敵に回ってしまう。数の上でも精神的にも、これは(つら)い。

 必然的に、損害を極力避けようという意識が生まれ、安全重視の立ち回りがさらなる停滞をもたらす。

 こうなると、緒戦の勝利がかえって悪い方に働きさえする。「敵は弱い」「いつでも勝てる」という侮りが、本来抱くべき焦りを打ち消してしまったのだ。気付かぬうちにじわじわと進軍速度が(にぶ)り、機動が緩んだところへ死霊(アンデッド)の増援が押し寄せて来、その対処に個々の将兵が忙殺されているうちに、いつの間にか状況は……完全な膠着(こうちゃく)

 もちろんヴィッシュは、矢継ぎ早に飛んでくる観測部隊からの《遠話》によって、この状況を正しく認識していた。打開策も分かり切っている。まずミュートを討つこと、これしかない。

 だが……

 

 

   *

 

 

「ッらァ!!」

 沸騰した汗を飛び散らせつつ、緋女がゴルゴロドンの腕を切り落とす。巨人の攻勢が一瞬緩む。好機と見たヴィッシュが、すかさず勇者の剣を突き入れる。

 だが彼の刃が届くより先に、ミュートの術が発動した。

「《兀骨鳳嘴(ゴツコツホウシ)》!」

 死術士(ネクロマンサー)の呪文に応え、巨人の腕の断面から、亡者の骨が(あふ)れ出る。

 これは一種の召喚術だ。魔界(ドリームランド)と現世をアビスホールで橋渡しし、《転送門(ポータル)》経由で地獄の底から亡者どもを引きずり出す。傷口から噴出した何十人分もの白骨は、伸び上がり、絡まり合い、融け合い、固着し、巨人の新たな腕と化す。

 かつてミュートが自身に用いた再生の術。それを巨人ゴルゴロドンに(ほどこ)しているのだ。

 腕を取り戻した骸骨巨人はすぐさま攻撃を再開した。怪物並みの間合い(リーチ)と達人の技量から繰り出される猛攻は、ほとんど物理的な結界に近い。この刃の嵐を()(くぐ)って止めの一撃を差し込むことは、ヴィッシュの腕では困難……いや不可能。

 ――クソ! またか!

 唇を一文字に結び、断腸の思いでヴィッシュは後退した。

 絶好のチャンスを逃したのはもう6度目。ヴィッシュと緋女は、すでに6度もゴルゴロドンを追い詰めている。あと一撃、たった一撃、巨人の脊椎(せきつい)に緋女の炎剣か勇者の剣を叩きこめば完全に命脈を断つことができる。

 なのに、その一撃が入らない。

 あと一息というところで、ミュートがたちまち巨人を回復させてしまう。

 この決戦のために準備していたのはヴィッシュたちばかりではない。ミュートもまた、勇者たちの武器に対抗するため策を練り続けていたのだ。その解答が再生術《兀骨鳳嘴(ゴツコツホウシ)》と骸骨巨人ゴルゴロドンの相乗(シナジー)効果。“勇者の剣”や“斬苦与楽”は防御不可能。なら、斬られてから再生すればいい。

 もちろん負けないだけでは勝てないが、勇者軍最強のふたりを足止めできれば実入りは充分。長引けば長引くほど戦況が死霊(アンデッド)軍有利に傾くことは先述の通り。いずれは各地の魔王軍勢力も戻ってくる。ミュートにしてみれば膠着(こうちゃく)は願ったり叶ったりなのである。

 こうして互いに決め手を欠いたまま、戦い続けること――実に3時間。

 いつ終わるとも知れない真剣勝負が、ふたりの体力を着実に()ぎとっていく。あの緋女ですら水でもかぶったかのように全身汗みずく。ヴィッシュなどは完全に息が上がってしまっている。

「やりづれーなあ」

 緋女は疲れた口元になんとか笑みを作り、隣のヴィッシュへ悪戯っぽく流し目を送った。

「どっかで見たようなやりくちじゃん?」

 ヴィッシュにはもう軽口を返す余裕もない。ただ喘ぎながら頬を引きつらせるばかり。

 緋女の言うとおり。味方の持ち味を引き出し敵方の強みを殺す、この立ち回りはまさしくヴィッシュの得意技。当然だ。彼を一人前の戦士として仕込んだのは、あのミュートなのだ。戦術も発想も似ていて当然。ヴィッシュにはミュートの考えが手に取るように分かる。相手もまた同じだろう。互いに手の内を知り尽くしているからこそ、余計に勝負が長引いてしまう。

 ――まずいな……

 限界に達しつつある疲労に、焦燥までもが追い打ちをかけていく。

 

 

   *

 

 

 そしてさらに半時間。

 遅々として進まぬ作戦が勇者軍全体の意気を鈍らせ、揺らいだ闘志の隙間に不安がそっと(くさび)を差し込む。一進一退の攻防は、今や緩やかな後退に姿を変えはじめていた。

 ここへきてようやく勇者軍の武将たちも状況に気付きだした。自分たちは思ったほど勝てていない、という焦りが()らぬミスを引き起こす。鉄壁のように立ち塞がる死霊(アンデッド)軍に、性急な攻撃を仕掛けて被害だけが増えていく。

 ここでもう一手何かがあれば、一気に形勢が傾きかねない……そんな最悪のタイミングで、最悪の一報が全軍に電流を走らせた。

〔王都北西に敵増援!!〕

 ――まずい! 早すぎる!!

 《遠話》を聞くなりヴィッシュは顔色を変えた。彼の計算を根底から(くつがえ)したのは、よりにもよって最強の敵。

〔ドラゴン旅団……

 四天王ボスボラスですッ!!〕

 

 

「勝ったァッ!」

 ミュートの喜声(きせい)が戦場を走る。最強四天王ボスボラス! 奴の人間性は心底嫌いだし、一度殺されかけた個人的恨みもあるが、その実力は文句なしに魔王軍最強。さらには彼が率いるドラゴン旅団はわずか500で魔王軍10万に匹敵するほどの精鋭である。

 勇者軍は今、死霊(アンデッド)軍と正面衝突しているところ。その背後を一騎当千のドラゴン旅団が()けば、文字通り勇者軍は壊滅する!

 ……が。

 ここで事態は誰も予想だにしなかった方向へ転がりだした。

 魔王城を目前にして、ドラゴン旅団が突如転進。小山の山頂に位置取ると、あろうことか、そこに腰を据えて陣地を設営しはじめたのである。

「……は?」

 ぴく。と、ミュートの頬が引きつった。

 

 

   *

 

 

「ボスぅ。ホントにいいんスか? 加勢しなくて」

 ドラゴン旅団副長コブンは首を(かし)げる。彼の背後では竜人兵が忙しく駆け回り、土木作業に精を出している。柵を立て、天幕を張り、土を掘って(かまど)や便所の準備をし……と、完全に長期戦の構えである。

 確かにこの小山は、魔王城の死闘も(たなごころ)にあるように観測でき、野戦築城にはもってこいの地形ではある。とはいえミュート率いる死霊(アンデッド)軍はどう贔屓目(ひいきめ)に見てもジリ貧状態。それを尻目にのんびり穴掘りしていてよいものか?

 至極もっともなコブンの疑問を、しかし四天王ボスボラスは一笑に付した。

「ハ! 素直だけじゃあ生き抜けねえぜ、コブンちゃん」

「ってえと?」

「加勢して何のメリットがある」

「じゃあ魔王様を裏切るんで!?」

「それを馬鹿正直ってんだ。

 いいか? オレ様の見立てじゃあ、勇者と魔王はほぼ互角だ。このまま戦闘が長引けば双方グダグダに疲弊する。どっちが勝つにせよ余力は残らねえ……」

「あ、そっかァー! そこで乱入! 勇者も魔王もブッ殺しゃあ……」

「「世界はぜんぶオレらのもの!!」」

 声を揃えて高笑いするふたり。コブンは胸の前で揉み手などして、絵に描いたような(へつら)いようである。

「さっすがボス! 発想がゲスいっ!」

「おだてるなって。まァ、そういうわけだから、しばらく適当に遊んでろや」

「えっへへへぇ……そんじゃまあ、お言葉に甘えて……」

 

 

 コブンが足を向けたのは、戦陣の奥にいち早く建てられた天幕である。見れば、既に2、3の竜人兵たちが助平(すけべ)(づら)を揃えて列をなしている。

「あっ、お前ら! サボってんじゃねーぞ」

「サボりませんよォ、ボスに殺されちまう。オレら大急ぎでノルマ片付けたんスから」

「好きだね、お前らも……」

「コブンさんだって」

 と、顔つき合せて下品に笑う。

 彼らの目当ては“お姫様”。以前ミュートへの捧げ物として送られてきたところを竜人に捕縛された、あの哀れな少女である。

 あの日の輪姦は半日にも渡って続いたが、それでもなお彼女の地獄は終わらなかった。あれ以来、竜人どもはどこへ行くにも彼女を連れ回し、暇さえあれば玩具(おもちゃ)にしている。姫君のために専用の天幕すら用意され、即席の娼館に竜人が我先にと押し寄せる。夜も昼も絶え間なく響き続ける()()()()。少女には、性器の乾く暇さえなかった……

「まあしょうがねえか。あの抱き心地を味わっちゃあ……」

「なんともいえず、こう、ぷにぷにっとしてねえ。たまらない抱き心地で……」

「ウラガナガルがヤりすぎて腰抜かしたって本当?」

「テントでくたばってますよ……おい! ちょっと長えぞ、早く替われよ」

 いらだって天幕を持ち上げてみれば、中からムワ……と漂い出てくる濃密な熱気と体臭。大岩のような竜人の下に組み敷かれ、姫君が、裸の肢体を汗に湿らせ、じっと、濡れた目をコブンたちへ向けてくる……

「だめだ」

 下半身からこみ上げてくる欲情に突き動かされ、コブンは、前の男がまだ果てていないのを承知の上で天幕へ踏み込む。

「我慢できねえ。皆でやろう」

 

 

   *

 

 

「あ……ンのドチンピラァァァァァ!

 露骨なマネしやがってェェーッ!」

 ミュートは激怒にまかせて頭を()(むし)る。あまりの勢いに肉まで(こそ)ぎ取ってしまう。包帯の隙間から露出した頭蓋骨が粘質の腐血にまみれて痙攣している、それに気づかぬほどの猛烈な怒り。無理もない。将としては勇者軍の圧力をひとりで支え、戦士としてはヴィッシュと緋女を相手に粘り通してきた彼だ。待ちに待った援軍の身勝手なふるまいが逆鱗に触れるのも当然のこと。

 だが、己の怒りを制御できなかったのは大失態だ。ヴィッシュはミュートの絶叫を当然聞いた。そして瞬時に状況を悟った。

 ――布石が活きたか!

 第3の秘策、“ボスボラス造反”。開戦前にさんざん(あお)ってきた魔王軍内の軋轢(あつれき)は、ひとりミュート失脚のみを狙ったものではない。最終決戦の土壇場でボスボラスが第三勢力となってくれることを期待してもいたのだ。

 もちろんボスボラスが思い通りに動くかどうかは運次第。正直に言って「あわよくば」程度の不確かな策でしかなかった。これは僥倖(ぎょうこう)。思いつく限り四方八方に打っておいた布石のひとつが活きて、勇者軍は九死に一生を得た。

 ならばこの好機に――

「踏み込め! 緋女!」

「ッシャアァーッ!!」

 稲妻と化して飛び込む緋女。裂帛(れっぱく)の気合と共に繰り出された太刀が、巨人の(すね)へ喰いかかる。

 対して巨人は迷わず前進。骨の髄にまでこびりついた武士の本能が、亡者ゴルゴロドンを突き動かした。正解である。神速の攻め足を持つ緋女を相手に、半端な退()きは愚の骨頂。むしろ自ら前へ押し出て、力と力のぶつかりあいに持ち込んでこそ勝機はある。

 ところが、ゴルゴロドンに迷いはなくとも、彼を支配するミュートの方が迷ってしまった。

 ――ボスボラスはもうアテにならねえ! ここで粘る価値あるか!?

 長年(つちか)った兵士としての役人根性が、彼をして道を見誤らせた。優れた戦術家であればこそ、ミュートは反射的にメリットとデメリットを天秤(てんびん)にかけた。ここで踏ん張って魔王軍本隊の到着を待つか? いったん後退・再編成して反撃するか? 悩んだ挙げ句、彼は選んでしまった。最も無難で損害の少ない道を。

 ――下がれゴルゴロドン! 一度退くぞ!

 この()()を、たちまちヴィッシュが厳しく(とが)める。

 支配者の命に従い一歩後退するゴルゴロドン。そのふくらはぎへ、

 ガッ……

 と、不可視の糸が引っかかる。

 ――刃糸(ブレイド・ウェブ)!?

 驚愕にミュートが目を引き()く。彼の思考と選択を完璧に読み切りヴィッシュが瞬時に張った罠、ワイヤートラップ。ゴルゴロドンはまともに足を取られて倒れはじめる。

 そこへ、

 ――情けねえ!

 緋色の炎が肉迫する! 斜めに(かし)いだ強敵(とも)の身体を一直線に駆け上り、緋女は太刀を振り上げる。その刀身に赫赫(かくかく)(たぎ)るものは怒りの業火。

 我慢ならない。見ていられない。ゴルゴロドンなら、本当の彼なら、絶対ここで退()いたりしない。勝負を逃げるはずがない。それが今、ミュートごときに操られ、メリットだのデメリットだのとつまらぬ邪念に気を取られ、(けん)(おか)さず()えても()たさず、安全第一のくそつまらない戦いしかできないデク人形に()とされて、唯々諾々(いいだくだく)と暴力の刃を振っている!

「それがテメーの()()()()()()かァ―――――ッ!!」

 一閃。

 激情の炎が、剣友(ゴルゴロドン)の頭蓋を縦一文字に両断した。

 

 

(つづく)


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