勇者の後始末人   作:外清内ダク

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第21話-02 だから、ボクは魔女になる。

 

 

 駆け抜ける灼熱火炎と衝撃。数百の将兵が一瞬にして肉片と化し、悲鳴と怒号が荒れ狂う。混乱をきたした勇者軍へ死霊(アンデッド)が猛攻を仕掛ける。態勢を立て直す暇もないまま血しぶきが吹き上がり、先刻までの優勢が一転、勇者軍が押されだす。

 これが法撃の怖さだ。射程外から一方的に撃ちこまれる広範囲高火力の攻撃魔術は士気を大きく(くじ)く。目の前へ叩き付けられた死の恐怖には、どんな猛兵とても一時(ひととき)(ひる)む。今はどうにか持ちこたえているが、こんなことを何度も繰り返されれば勇者軍は遠からず瓦解する。

 ならば、

 ――その前に術士を片付けるしかないっ。

 思い定めるが早いかカジュは動き出した。手近な敵術士に狙いを定め、術式を編みながら一直線に上昇。急接近しつつ《光の矢》を放つ。

 敵は《光の盾》で、あっけなく《矢》を弾き……

 直後、胸から鮮血を噴いて絶命した。

 カジュ独創の暗殺術、《見えない光の矢》である。雑に放った1撃目をあえて防がせ、そちらに気を取られた隙に不可視の攻撃を差し込んだのだ。

 墜落していく仲間を目の当たりにして、残る4人の術士たちの目がカジュに集中した。彼らはカジュを取り囲むように散開し、それぞれに術式を編み始めた。達人クラスを相手に4対1。絶体絶命というところだが、

 ――食いついたな。

 これこそカジュの望んだ状況だ。まず我が身を(おとり)にして勇者軍への法撃を止める。そのうえで時間をかけて敵の数を削る。言うほど楽な仕事ではない。が、ヴィッシュ(ボス)に見込まれ任されたからには石にかじりついても成し遂げる。

 カジュが飛ぶ。その軌道を先読みして敵が攻撃魔術を撃ち込んでくる。《炎の息》《光の矢》《刃の網》そして《闇の鉄槌》。性質の異なる4種の術を同時に繰り出し対処を困難にする鉄板戦術。並の術士ならこれで一巻の終わり。だがあいにくカジュは並ではない!

 《水の衣》で火を弾き、射線を読んで《矢》をかわし、網を《鉄槌》で弾き飛ばして《闇》を《鋼の意思》で受け止める。必殺の布陣をあっさり破られ一瞬たじろぐ敵へ、カジュは甲高い風切り音とともに一瞬で肉薄。

 術士の弱点は接近戦だ。ゆえに最も有効なのは至近距離からの――

「《死神の鎌》っ。」

 すぱんっ!

 軽快な音を立て、杖から伸びた月色の刃が敵の首を()ね飛ばす。すぐさまカジュは翼を(ひるがえ)し次なる敵へ急接近。光の大鎌を振りまわし敵の胴へと叩き込む。このタイミング、この間合いなら術士にこの斬撃を避ける(すべ)はない。

 ……が。

「うっ……。」

 呻くカジュの目の前で《鎌》が止まった。

 敵が発動したもうひとふりの《死神の鎌》が、カジュの《鎌》を受け止めたのである。

 刃と刃が絡み合い、銀白の火花が目を突き刺す。(まぶ)しさに思わず目を細めながら、眉間に(しわ)を刻むカジュ。《死神の鎌》は()()()()()が独自に開発したもので、その術式は完全な機密事項。となればこの術士たちの正体は――

 などと考えている暇はない。つばぜり合いでカジュの動きが止まったのを良いことに、他の連中が術を構築し始める。

 ――ってオイっ。

 その呪文を耳にしてカジュは顔色を変えた。これは《爆ぜる空》! 今、カジュは敵とほとんど密着状態なのである。こんな間合いで発動すれば仲間はおろか、術者自身すら巻き込まれかねない。

 ――自爆辞さずか、イカれてるっ。

 カジュは《鎌》を押し出し眼前の敵を突き飛ばし、即座に術式ストックから返し技を発動した。

「《雷神》ッ。」

 自分の周辺広範囲へ静電気を撒き散らす術。派手な名前とは裏腹(うらはら)に威力は低く、一瞬痺れさせる程度が関の山。攻撃としては心許(こころもと)ないが、呪文詠唱を妨害するならこれで充分。

 突然走った刺すような痛みに敵術士たちは悲鳴を上げた。時間稼ぎは成功。カジュはすぐさま発動中の全術式を破棄、超高速で追撃の術を編む。

 だがそれが発動せんとした矢先、敵の姿が掻き消えた。《瞬間移動》だ。状況を不利と見て、一斉に後退したのだ。

 再び敵が出現した位置は、はるか遠方の死霊(アンデッド)軍の頭上。完全に有効射程外。いったん仕切り直すしかない。

 カジュは作りかけの術式を破棄して風に流し、敵影を睨みながら溜息をついた。

「あーあ……。

 完っ全に忘れてたよ、()()()のことを……。」

 カジュにはもう、敵術士たちの正体が読めている。おそらく彼らがかぶっているフードの下には、ネズミを模した頭部が隠れているはず。(ローア)を人工的に再現する計画の副産物。万物の霊長とされるネズミを合成することで、霊的能力を極限まで強化した人造人間。正式名称、偽獣法師(イミタティオン)

 つまり奴らの背後の黒幕は――

「出てこい。

 どこかで見てるんだろッ。」

流石(さすが)! お見通しだなァ、カージューくんっ!〕

 耳元にキンキンと響く、ふざけきった《遠話》の声。浮遊する偽獣法師(イミタティオン)たちの頭上から、一匹の飛行魚が舞い降りてくる。その背に(しつら)えた革張りの座席に足など組んで悠然と腰掛け、ひとりの男がブンブカと、カジュに向けて手を振っている。

 この距離では表情までは読み取れない。だが奴がどんな不愉快なニヤケ面をしているか、目に見えなくとも目に浮かぶ。清潔なシャツと上質のスーツ、そして満面の作り笑いを武器にして、戦争の中にさえ営業をかける筋金入りの“企業”戦士。企業(コープス)強行市場開拓部長。いまや魔王軍四天王。金儲けのこと以外なにも考えていない究極の守銭奴。

 すなわち、“奇貨”のコープスマンである。

 コープスマンは指のひと振りで偽獣法師(イミタティオン)に何やら指示を飛ばした。声が急に聞こえやすくなったところを見ると、《遠話》の音質調整でもさせたのだろう。それはまあ良いにしても、あの態度の尊大なことといったら。

〔“魔王計画”は僕の(きも)いりでねぇ。苦労して社内派閥をまとめたのに頓挫させたくないんだよね〕

「あっそ。関係ないね。」

〔そうでもないさ。カジュくん、会社に戻って来ないかい?〕

「……は。」

〔君は大きく成長した。これほどの実績があれば以前より遥かにいい待遇で働ける。最新の実験データや充実のライブラリにもアクセスし放題! 最近画期的な論文をものしたそうじゃない? 君の研究も、きっとはかどると思うよ〕

「寝言は寝て言え。」

〔本気さ! 僕のそばへ戻っておいで。今なら良好な関係が築けるはずだ。僕は君を買ってるんだよ、カジュくん!〕

 乾いた風が、そっと髪をなぞって流れていく。

 死闘を続ける勇者軍の咆哮が、他人事(ひとごと)のように靴の裏へ虚しく響く。

 地を埋め尽くす亡者どもの(うごめ)きすらも、今はただ遥かに遠い、()いだ海面のうねりのよう。

「どうして今さら……そんなことが言えるんだ。」

 奴は聞いていたろうか。

 長杖を、悲痛に握りしめるカジュの手の、小さな骨が(きし)むのを。

 少しでも感じていたろうか。

 喉から染み出るこの呪詛の、嗚咽にも似た切なさを。

「『死んでほしくない』って……。

 『実の子のように思ってる』って……

 あの時ボクに、()()()()()()くせにっ……。」

〔今でも思ってるけど、それが何か?〕

 ――()()!!

 激情は閃光。決断は疾風。怒れば怒るほどに氷の冴えを見せるカジュの術式が今、かつてないまでの制御精度で戦場一面に展開された。地面、城壁、敵兵、死体、舞い散る砂礫(されき)一粒子から空気の分子に至るまで、その場に存在する全物質に一瞬で刻み込まれた超高密度積層魔法陣。「えっ……」偽獣法師(イミタティオン)どもがヒゲを震わす。〔まずい〕コープスマンが顔色を変える。

〔対処! 早く!〕

 コープスマンの絶叫に応えて偽獣法師(イミタティオン)が動き出すが、もう遅い。

()()()()、《世界滅亡の序曲(オーヴァチュア)》っ。」

 その瞬間、滅びの光がその場の全てを無に飲み込んだ!!

 

 

   *

 

 

()()()を使っただと」

 魔王は弾かれたように顔を上げた。

 魔王城、地下研究室――魔王は最前からこの静かな密室にこもり、地上の戦況から目を(そむ)け、薄暗闇の中でひたすら“真竜(ドラゴン)”の最終仕上げ作業に没頭していた。何もするな、とミュートからきつく(いまし)められていたためだ。

 一見勢いづいているようだが、勇者軍の地力は魔王軍より遥かに劣る。小賢(こざか)しく策を(ろう)するのも、数的質的な不利を補うためだ。長期戦になれば魔貴公爵ギーツの魔王軍本隊が戻ってきて、あらゆる努力が水泡に帰す。この現実を痛いほどに自覚している勇者ヴィッシュは、必ず短期決戦を挑んでくる。

 つまり勇者の狙いは、戦場に姿を現した魔王を集中攻撃しての一発逆転、これ以外にない。

 ゆえに魔王は引きこもっていればよい。時間さえ稼げば勝てる勝負。何があっても出てくるな! そう言い聞かされた魔王は、友の忠言を不承不承受け入れたのだ。

 だが……胸が、ざわつく。

 魔王は憤然と立ち上がった。真竜(ドラゴン)の脊椎から引き抜いた手指を、どす黒い血脂が伝い落ちる。握りしめた指の隙間から、肉の欠片が滑り出る。このとき魔王の心を(むしば)み始めたのは、等身大の素朴ないらだちだった。魔王の地位も崇高な計画も関係ない。不実の恋人に対して抱く、あたりまえの人間としての生々(なまなま)しい不平不満だったのだ。

「僕を叱った君が……どの口で?」

 

 

   *

 

 

「この口で。」

 カジュは数度の深呼吸で息を整え、きっぱりとそう言い切った。

 最終禁呪の爪痕は、カジュの眼前に深々と刻まれている。まず4人の偽獣法師(イミタティオン)()()()()()()。地上の建物、地を埋め尽くすほどにひしめき合っていた死霊(アンデッド)ども、果ては地盤、大気、()()()()までもが球形に(えぐ)られ滅尽している。後に残ったものはただ、(しん)なる(くう)……そこへ周囲の気体や光子が細氷(ダイヤモンドダスト)めいた光耀(こうよう)を伴いながら流れ込んでいく。

 これが《世界滅亡の序曲(オーヴァチュア)》の作用。この世の全概念が本質的に有している「自分はここに()る」という認識――すなわち“世界”を否定し、滅尽させる。ゆえにこの術を受けた事象は存在することをやめ、「存在しない」という概念すら存在しない、完全なる(くう)へと帰着するのだ。

 ひとが扱うには禍々しすぎるこの禁呪は、《悪意の皇》ディズヴァードの力を借りて発動するものだ。かつて魔王が王国ひとつを消してみせたのに比べれば、規模は数億、いや数兆分の一でしかない。しかし術の原理は同じである。

 《悪意》の下僕(しもべ)()した魔王(クルス)をあれほど鋭く咎《とが》めたカジュが、自ら《悪意》を道具に使う。この矛盾に、きっと魔王は今頃()()()()しているだろう。

 しかしカジュは、堂々と胸を張る。

 確かに、わきまえることを知らなければ、ひとは愛すべき幻想(ファンタジー)にさえ()まれて己を魔物に変える。

 だが、()み込まれさえしなければ。

 自分と世間から目を()らさず、両者を繋ぎ合わせ続けていれば。

 ひとは、《悪意》すら正義の力に変えられる。

 それは正義を《悪意》の沼に沈めることとは――違う。

「だから、ボクは魔女になる。

 なんだって使うよ。キミともう一度向き合うために……。」

 切ない響きを伴って漏れ出た断固たる決意。それを塗り潰さんとするかのように、遠くから不気味な重低音が押し寄せてきた。魔王城防壁に開いた大穴の向こうから、膨大な数の骸骨戦士(スケルトン・ウォーリア)(うめ)き声を木霊(こだま)させながら雪崩れ込んできたのだ。

 さらに、魔王城天守閣のバルコニーから、やぶ蚊の群れのような影がひとかたまり、《風の翼》で飛び立ちこちらへ向かってくる。偽獣法師(イミタティオン)の増援、数はざっと30人余り。

「おかわりも手配済みか。手際のいいことで。」

 カジュは気楽に肩をすくめた。この反撃の指揮を取っているのはコープスマンだろう。奴は死んではいない。《世界滅亡の序曲(オーヴァチュア)》が発動する直前、《瞬間移動》で逃げたのを確かに見た。今頃はおそらく魔王城天守閣あたりに避難して、安全圏から部下をアゴでこきつかっているはずだ。

 ――よろしい。肉迫してやろうじゃないの。

 カジュが杖を水平に構える。刃物のように細めた目のそばで、術式の光がバチリとひと()ぜ。

〔前へ出ます。フォローよろしく。〕

 《配信》に応えた味方の轟くような鯨波(ときのこえ)が、追い風となってカジュの背を()した。

 

 

(つづく)


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