勇者の後始末人   作:外清内ダク

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幕間劇 “夢を信じて、また。”
幕間劇-01 あ、ほ、く、さ。


 

 

※注

 このエピソードは、作中の時系列では「第20話-03 布石」と「第20話-08 果てしなき世界から」の間に挟まる掌編挿話です。

 

 

 (ユメ)寝目(イメ)。眠りながら見る(はかな)い幻。ただそれだけの意味だった言葉へ勝手に“願望”だの“希望”だのの意味を付け加えるから話がややこしくなる。この世は物理法則によって成り、法は数学によって成り、数学は論理と公理によって成る。そこへもってきて「私、魔法使いになるのが夢なんですぅ♡」とか、「困ってるひとの助けになるお仕事がしたいの」とか、「夢のためにがんばるぞー!」とか。はー。

 あ、ほ、く、さ。

 というのがボク、カジュ・ジブリールの正直な感想だった。

 まあ要するに。“あの子”のことが、どうしようもなく苦手って話だ。

 ある夜、ちょっとひとりになりたくて、知り合いが全然いない戦陣に(まぎ)れ込んで篝火(かがりび)で手のひらを(あぶ)っていたら、ススッと寄ってきたのが“あの子”――ナジアだった。ボクは「ども。」なんて最小限の挨拶だけで済ませようとしたけれど、彼女は目をキラキラ……もとい、ギラギラさせて顔を寄せてくる。

「先生! 魔法教えてください!」

 ……これだよ。あーやらかした。先日その場のノリで「魔術教えてあげる。」なんて口約束しちゃったのはまずかった。あれ以来ほとんど毎日、いや日に3度も4度もボクのとこに来て同じセリフを繰り返すのだ。「いま忙しい。」ではぐらかすのもそろそろ限界。客観的に見ても完全にヒマしてたとこだしね……。

 なんでそんなに魔術を学びたいのか、と()いてみれば、先述のような夢の話を心底楽しそうにする。はっきり言おう。こういうひと、好きじゃない。偽善的、世間知らず、幼稚……いろんな言い方はできるけど、とにかくこの脳ミソお花畑みたいな感じがボクは苦手だ。魔術さえ学べば全部うまくいく、という考えの甘さにも腹が立つ。ひとつ新術をこしらえるのにボクら術士がどんだけ苦労してると思ってんだ。思春期のガキならこんなもんなのかな……4つも年上だけど。

 しかしいったん約束しちゃったものを反故にするのは信義にもとる。そういうわけで、大変不本意ながら、素人相手に魔術の個別指導をやるはめになってしまったのだった。

「じゃあまあ、そこらへん座って……。

 えー、まず、前から気になってたんだけどキミ、魔法と魔術の区別ついてないでしょ。」

「えっ? 違うの?」

「同じなら術語わけたりしないよ。では問1、魔術とは一体なんでしょう。」

「んー……なんだろう。なんでも思い通りにできちゃう力、とか?」

「違うね。正確には“なんでも思い通りにできちゃう()()()()()技術”。」

「……?」

「魔法の本質は『こうなって当然』という認識なんだ。

 たとえばこうして小石を拾い上げ、手を離せば地面に落ちる。あの篝火に手を突っ込めば火傷する。誰も不思議に思わない。なぜなら『そうなって当然』だから。

 誰もが『当然』だと思っている……()()()()()()()()()。それがこの世界の物理法則。

 ならば、『当然』という認識を改めたらどうなるか。

 石が下から上へ浮き上がるのが『当然』。皮膚で火炎を跳ね返すのが『当然』。指先から《火の矢》が出るのが『当然』。

 そういうふうに認知と意識を書き換えれば、()()()()()()

 石は飛ぶ。炎は防げる。指にこうして火が灯る。」

 語りながら組んだ術式によって、ボクの指先に小さな火が生まれた。蝋燭のように頼りない灯火だけど、これもまさしく魔術の驚異。ナジアは身を乗り出して見入ってくれている。

 興味津々か。まあ熱心に講義を聴くのはいいことだ。

 ……別に、気を良くしたわけではない。

「この、自然界にもともと存在する『当然』の系が“(ロジック)”。

 人為的に書き換えられた新しい『当然』が“魔法(マジック)”。

 そして法の隙間に魔法を書き加える行為を“魔術(マジカルアーツ)”と呼ぶんだ。

 とまあ言うのは簡単だけど実現するのはけっこう大変。自分だけが思っててもダメで、周囲の世界のほうにも『これが当然』と思い込ませなきゃいけない。

 そのために術士はあらゆる手段で世界に訴える。呪文、文字、魔法陣、身振り手振り、特別な道具。絵や歌なんて変わり種もあるし、熟達すれば脳内妄想だけでもいける。要は表現ならなんでもいい。自分の中の『当然』を世界に納得させるための構造物(ストラクチャ)、これを総称して“術式(アーティファクト)”と言う。」

「そっか……つまり、自分勝手にやりたいことを押し付けるんじゃなくて、世界と相談しなきゃいけない……ってこと?」

「そうだね。その相談相手の“世界”のことを古伝承では“神々”と呼び、啓示教導院は“3倍偉大なる唯一神オラシオン”と呼び、巫術士(シャーマン)は“精霊”と呼び、魔女術(ウィッチクラフト)呪術(ソーサリー)界隈では“神秘”と呼ぶ。名前は色々あっても面倒くさい制約に縛られてるという認識は同じ。というわけで“なんでもできる”ってわけにはいかない……ってのが従来の定説。

 でもそこに異を唱え、実はなんでも実現できるんですよ、と主張したひともいた。ウィリアム・テンジーの呪文子仮説。これは魔術の時代区分の境目になるくらい画期的な理論なんだけど未解決の大きな矛盾も抱えていて、ボクら人類の『魔術には一定の法則がある』という認識自体が『なんでもできるわけじゃない』という魔法を具現化してしまい、具現化した魔法がまたボクらの認識を強化する。これがいわゆる無限縮退矛盾というやつで、ために呪文子仮説はいくつもの常識を超えた術式の実現に貢献してるにも関わらず全面的に正しいとは認められてない。ところがここに突破口があった。2つの矛盾する魔法が重なった場合に双方の対消滅が起きるというクローディスの排他原理はこれまでマナ密度の極めて低いコボルの限界以下の条件では“実在空間におけるエギロカーン方程式からのズレ”のせいで成立しないとされていた。ところが実際はエギロカーン方程式には従来見逃されていた第4の項が存在していて、係数を適切に設定すればコボル限界以下でも二重延展効果が起き、クローディスの排他原理が適用可能な水準までマナ密度が補正される。これによって本当にどんな術式でも実現可能だということが……。」

 はっ。

 としてボクは言葉を止めた。いつのまにやらものすごい早口になってしまっていたが、これは半年前に「追い論」したばっかのボクの最新研究テーマ。「追い論」は「追い論文」、つまり「魔法学園に加筆修正分を送り付けた」の意だ。まあ()()()()がんばりすぎて文章量が4倍近くに膨れ上がったのを“加筆”の一言で片づけていいのかどうかは議論の余地もあろうけれど。

 いずれにせよ、ド素人のナジアさんに初手から垂れ流すような話ではない。ちょっと反省。別に彼女の飲み込みが早いので気を良くしてペラペラ喋ってしまったわけではない。ないかな……。いや、あるな……。うーん……。

「ゴメン、後半は忘れて。

 閑話休題、以上の基本を踏まえて、一番かんたんな練習法はコレ。」

 ボクは腰の荷物鞄を探り、ソラマメ大の水晶玉を取り出した。わけもわからず目をぱちくりさせているナジアの手に、その水晶玉を握らせてやる。

「これ、ひょっとして魔法のアイテム?」

「ぜんぜん。ただの水晶だよ。

 これを魔術で光らせてみて。」

「でも私、呪文も何も知らない……」

「さっき言ったじゃん。法語(ルーン)の呪文や魔法陣は効率のいい手段のひとつに過ぎない。その形式に囚われれば、かえって魔術の本質から遠ざかる。

 大事なのは『光って当然』という認識。

 水晶玉って元々、光に当てたらキラキラするでしょ。だから『ちょっと日陰だけど光るかもしれない。』『真夜中だけどひょっとしたら光るかも。』『いや光って当然なんだ。』っていうふうに段階的に認識を書き換えやすい。自然の法からかけ離れた魔法ほど術式の難易度は上がるけど、既にある法を部分的に書き換えるだけなら比較的簡単なわけ。

 水晶、水盤、宝石なんかを光らせるのは初心者が最初にやる修行の定番中の定番。ボクも2歳のときにコレから始めたんだ。

 キミなりの言葉で構わない。光が湧き出るイメージを練り上げながら『光れ』と唱え続けてみ。そのうち術が発動するかもね。」

 ……ま、素質があれば、の話だけれど。

 魔術の素質を持ってる人間は、おおむね100人に1人程度だと言われている。素質がなければいくら勉強しても仕方がない。こればっかりは理屈じゃないのだ。事実、先代勇者ソールは魔法学園の卒業生で、最新の理論を全て学んでいたはずなのに、自力ではほとんど術を発動できなかったという。

 ナジアが術を発動できる見込みは、まずないだろう。

 ナジアは早くも水晶玉をにらみ、熱心にブツブツ唱え始めている。ボクは無言で立ち上がる。彼女はしばらく修行にかかりっきりになるだろう。でもその努力が実を結ぶことはない。いつか術士になれることを夢見て、無意味な挑戦を続けるのだ。

 それを知りながら、彼女の猛追から逃れるために水晶玉を押し付けたボクは、卑怯だろうか……。

 いいじゃないか。夢だって言うんだから。ナジア自身が言ったことだ。“希望”、“願望”、そのための夢。夢を追っていれば明るく生きられる。夢見ている間は嫌な現実に負けないでいられる。そのための夢。たとえ実現可能性皆無の空夢(そらゆめ)で終わろうと。

 ……ばかばかしい。

 ボクは足音を殺して立ち去ろうとしたつもりだったのだけど、ナジアは耳ざとくそれに気付いてしまった。

「先生!」

 ナジアのばかでかい声が、夜の戦陣に響き渡る。勇者軍の兵が何人か、なんだなんだとこっちへ目を向けてくる。ボクは思いっきり顔をしかめている。

「私、先生みたいになりたい! コレができるようになったら、他の魔術も教えてね!」

 カチンときた。

 「え、なんで?」と諸君はお思いだろう。自分でもよく分からない。特に無礼でも無神経でもない。なのになぜか、とにかくこの言葉がカンに(さわ)ったのだ。ボクは肩を怒らせながら――ああ分かってますよ、こんなチビが(すご)んだって怖くもなんともないでしょうよ。――振り返り、ナジアを睨みつけてやった。

「できてから言いなよ。」

 そう吐き捨てて、ボクは逃げ出した。

 言い間違いじゃない。確かにこの時、ボクはナジアから逃げ出したんだ。

 

 

(つづく)


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