その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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おらよ




五十三話

しばらく道なりに進んでいると、《ドレイク》の索敵機能に人形の物体が引っ掛かったと合図があった。

 

瓦礫の下敷きになっているため、一人が確認しにいこうと話し合い、ルクスが押し付けられる形に。

 

「死体かもしれないから気を付けてください。ないとは思うが呪われるかもしれねえ」

 

「変なこと言わないで」

 

背筋がひんやりと冷たくなったルクスは恐る恐る確認作業へ向かった。

 

折り重なる瓦礫を処理するルクスを遠巻きから眺めていると、急に持ち上げた体勢のままじっと地面を見つめてその場から動かなくなる。

 

瓦礫をそっと退かしたと思えば、手招きで来いと指示が。

 

呪われるようなもんは眠っていなかったと想像はつくが、別のもんが眠っていた。

 

胸の上で手を組んで目を瞑る少女。

見間違いなんかではなく、そいつが眠っていたのだ。

 

「人間、ではなさそうだね」

 

ルクスの言う通り、身体的特徴からして人のそれとは一致しない。

 

主に頭部。

 

うさぎの耳を模した何かが生えている。

 

「……さっきも言ったが、学園における男の希少性からルクスさんはチヤホヤされているのであって、この謎のうさ耳女をその立場に置き換えれば」

 

「その話掘り返さなくていいから!」

 

折角のうさぎ繋がりだったのに、ルクスに声を重ねられたので、この話は強制終了の結果に。

 

しかし一体、このうさぎ女は……。

 

「起きろ。俺が起きてんならお前も起きろ。それがこの世の道理だろ」

 

初っぱなから横暴な姿勢のシオンがしゃがみこみ、寝ているうさ耳少女の肩を揺さぶった。

 

だが全く起きる気配がない。

 

「返事が無い。ただの屍のようだ」

 

「なに遊んでいるんですか。あと罠である可能性も捨てきれないので、気を付けてくださいね」

 

遊んでいるつもりはないのだが、アイリから注意を受けてしまう。

 

外見もそうだし、遺跡内で齢十歳くらいの子供が1人で倒れているこの状況。

 

人ではないなら古代文明の技術の結晶であり、装甲機竜と類似する構造なのかもしれない。

 

機甲殻剣についているスイッチ的なものがついていないか探したが、それらしいものは見つからない。

 

お手上げか。

 

諦めムードが漂いそうになったとき、シオンは思い出す。

 

前回の『箱庭』にて、転送装置を起動や、ボックスを解除する権限が与えられていることで遺跡調査に大きく貢献した存在を。

 

「……クルルシファーを召喚するしかねえな」

 

なんてったって遺跡生まれユミル育ち、遺跡の奴等は多分だいたい友達のクルルシファーだ。

 

一応極秘事項なので、ルクスにだけ聞こえる声量で呟くと、否定的な意見が返ってきた。

 

「えっ、でもクルルシファーさんは」

 

「はあ? うちのクルルシファーは使えねえって言いたいのか? あんまあいつを侮るんじゃねーよ。クルルシファーといえば遺跡、遺跡といえばクルルシファーだろうが」

 

「いや別にそういうワケで言ってるんじゃ………ああ、もう分かったよ! 呼べばいいんでしょ!」

 

シオンに目力に屈したルクスが竜声を繋げる。

 

それから数分後、《ファフニール》で飛ばして来たクルルシファーが到着した。

 

「どうしてクルルシファーさんなんですか?」

 

わざわざクルルシファーを呼び出した意図を知りたいとアイリに尋ねられる。

 

返答に詰まるシオン。

何故なら都合のいい言い訳が思い付かなかったからだ。

 

無言を貫いているとクルルシファーが助け船を出してくれた。

 

ユミル教国の遺跡を見たことがある私なら云々と納得のいく理由でアイリを説得した。

 

それだけではなく、ユミル教国にいたときに人形の姿をした云々と出鱈目を並べてアイリとノクトを追い払ってしまった。

 

「事情が事情だから、これでいいわよね」

 

仕事ができる女だなぁ。

あまりの手際のよさに感心していると、例の人形の側でクルルシファーが膝をついた。

 

「ごめんクルルシファーさん。シオンの我が儘に付き合ってもらって」

 

「別に構わないわ。もう慣れているもの」

 

失敬な奴らだ。

 

これでは常日頃から我が儘を振り撒いているように聞こえるではないか。

 

「それよりこの子のことだけれど……」

 

そんなシオンの内情などいざ知らず、少女の髪をクルルシファーが掬い上げた、その直後だった。

 

『管理者の生体反応を認証いたしました。システムを再起動します』

 

無機質な音声が少女の口から発せられた。

それが終わると、これまで閉じていた瞳が開き、上半身だけを起こした。

 

その場から一歩下がり、ルクスとクルルシファーは機甲殻剣に手を添える。

 

一方で読みがあたったシオンはドヤ顔のまま少女に歩み寄った。

 

「よう、おっせえ目覚めの気分はどうよ」

 

金色の瞳を真正面から見つめる。

 

すると目が覚めたばかりの少女は、キョロキョロと首をふって周囲を見渡してから。

 

「すみません。私はお呼びじゃなかったみたいですね……。おやすみなさい」

 

時間が巻き戻されたように、その場に倒れてしまった。

 

「誰も二度寝の許可出してねえよ」

 

「どうやら認証プログラムにエラーが発生しているようです。パンピーを鍵の管理者様と間違えてしまったのですから、そうとしか考えられません。ですからスリープモードに切り替えるのが最善かと。あとまだ眠いですし。すやすや」

 

よく分からんが、貶されていることだけら確かだった。

 

「おいお前」

 

怒気を強めてみるが、少女はすやすやと寝息をたてている。

 

意地でも起きようとしないのか。

 

かくなる上は。

 

「あと五秒以内に起きないとお前の体を問答無用で破壊する。いーち、よーん」

 

「理不尽なのですっ! もしくは数も数えられない馬鹿のどちらかです!」

 

狸寝入りをしていた少女が飛び起き抗議の声をあげる。

 

はじめから素直に従っておけば良いものを、余計な手間をかけさせやがって。

 

「騒がしい子ね。それで、どうしてあなたはこんな場所で眠っていたのかしら?」

 

最初は警戒心を高めていたクルルシファーであったが表情は和らいでいた。

 

そんな彼女を視認したうさ耳少女はこてりと首を傾げた。

 

「あれ、鍵の管理者様ではありませんか? ということは、認証プログラムには問題は無かったことになります。ふぅ、一安心ですね」

 

「えっと、とりあえず確認したいんだけど、君が呼んでる鍵の管理者はクルルシファーさんのことを指しているって認識でいいんだよね?」

 

「あっれぇ、もしや鍵の管理者様をご存知ありませんか。これはこれは失礼致しました。かの偉大な一族を知らぬ無知蒙昧な輩がいるとは夢にも思わず……」

 

さらりと無知蒙昧な輩の称号を押し付けられたルクスは、悪気の無さそうな少女に大人げなく怒鳴り付けることもできず、はははと愛想笑いでその場を凌いだ。

 

だが、彼女の口はそれ以上回ることはなかった。

 

がしっと、彼女の後ろから首を掴んだシオンからの一言。

 

「俺たちが聞きたいことをさ、分かりやすーく説明してくれんとな、お前の頭ん中身を引きずり出して無知蒙昧のお仲間にしちゃうからよ。十分気を付けて発言しろ」

 

この時ルクスは思った。

やっぱりコイツやべえ奴だ、と。

 

がくぶる震えている少女が大きく「ラジャー!」と叫ぶ。

 

そして物理的に頭の中身を引きずり出されないために、シオンの命令に従った。

 

かいつまんで要点を並べるとこうなる。

 

・私、自動人形のラ・クルシェだよ。

 

・鍵の管理者は遺跡を構築した一族でマジ偉いよ。 クルルシファーもその一員でマジ偉いよ。

 

・でもその上にいる創造主ってのはもっと偉いよ

 

・遺跡の統括者の自動人形もちょっと偉いよ。

 

 

「……オートマタ?」

 

その言葉だけがやけに引っ掛かるが、頭を捻っても欠片も思い出せない。

 

自分にとって重要な存在として刻まれているような、掴み所のないモヤモヤ感を拭うことができないまま、シオンは更に問い詰める。

 

「他にももっとあるだろ。古代人が遺跡を建てた目的、幻神獣の存在、装甲機竜についても吐き出せるもん全部吐き出せ」

 

「そうしたいのは山々なのですが……」

 

口ごもっていたが、開き直ったかのように、こつんと自分の頭を叩いて。

 

「……寝過ぎてマジ忘れたみたいなのです。すみません、反省してまぁす」

 

……………

…………

………

……

 

スッ(ふざけた自動人形の胴体を足で挟むように、シオンが飛びかかった音)

 

ドスッ(その勢いで寝技に持ち込み片腕をぶっ壊しにいく音)

 

バシバシバシッ(ラ・クルシェが逆の手で地面を叩く音)

 

ミシミシミシッ(無視して続行する音)

 

「ギブギブギブギブなのですぅ!!!!!」

 

ラ・クルシェは酷く後悔した。

 

冗談が通じない相手に、冗談を用いて場を和ませようとした自らの選択を。

 

決死の悲鳴はシオンには通じなかった。

 

腕がくっついていられたのは、救いの手を差し伸べてくれたクルルシファーのお陰で、ラ・クルシェはようやく地獄から解放され、「あーん」と泣きながら救いの女神に抱きついた。

 

「人の皮を被った悪魔ですよあの人は! 言語という別個体へ正確に情報を伝達させるツールがありながら、あの人は暴力で訴えかけてきました!」

 

「ふん。時代の流れに取り残された自動人形には分かるまい。今の時代、肉体言語こそが主流。舐めた口聞くやつはぶん殴る、俺に逆らう奴はぶった斬る、力こそパワーだ」

 

はっはっはー、と腰に手を当てて高笑いをするシオンには一切悪気が感じられない。

 

その後ろではルクスがドン引きしていた。

 

口を挟まなかったのは、下手に干渉すれば自分に被害が生じるのが火を見るより明らかだったから。

 

ただ、やっぱりシオンは人ではなく悪魔なんじゃないかと思うルクスは、いつかのセリスへ向けた発言の撤回を本気で検討するのであった。

 

 

 

 

 

二時間弱の遺跡調査が無事に終え、宿舎の食堂にて情報共有を行った。

 

その場で自我を持った遺跡の統括システムを発見した事実を報告すると、一同はそれはもう驚いていた。

 

旧時代の謎を解き明かすチャンスが目前にあるといっても過言ではない。

 

大手柄をあげたことでシオンの機嫌は上々。

今日はよく眠れそうだ。

 

欠けていた自動人形の記憶は、地下十階に到達すれば復元可能なので、数日に渡る遺跡調査の最終的な目標が立てられた。

 

今後の方針を固めたところで報告会はお開きになる。

 

夕食までは少し時間がある。

 

とはいえ、年頃の少女たちは食堂から移動しようとせず、カップを片手に楽しげに談笑を始める。

 

そんな中、シオンは1人で演習場に立っていた。

 

大きく体を伸ばして、一気に力を落とす。

 

遺跡では幻神獣との交戦はなかったので、体力は余っている。

 

が、ゼロだったとしても、二十体討伐したとしても、きっとこの場所には足を運んでいただろう。

 

いかに自分を追い込められるか、苦しみを生み出すかが、高い質を維持するために不可欠な要件としてシオンは定めている。

 

強化期間は装甲機竜を動かせる暇があれば動かし、合間に寝る暇があれば寝る。

 

夜は演習場は立ち入り禁止なので大人しく体力回復に努めるとして、基本的に一日二回は演習場を使用したい。

 

朝稽古は確定として、あとは遺跡調査とルクスチームの鍛練時間に被らないよう、調整するしかない。

 

「おーし、やるぞー」

 

「ご指導よろしくお願い致します」

 

二人が来たのは、体を大きく伸ばしているときのことだった。

 

木剣を空に高々と掲げるリーシャと、頭を下げて教えを請うセリスである。

 

聞いたところ、食堂から抜け出してついてきたようだ。

 

「何だお前ら。もしかして暇人か?」

 

「ふん、負けっぱなしは性にあわないからな。今日は勝つ!」

 

昨日あれだけ捻ってやったのにこの威勢だ。

 

まあ威勢だけの馬鹿は嫌いではないが、そう簡単に背中を掴ませてやるほど甘くはない。

 

「邪魔じゃなければ、シオンの迷惑にならなければお手合わせを……」

 

セリスは下から下からといった感じだ。

予め断られてもいいように言葉を選んでいる。

 

貴族モードでなければ、コミュニケーション能力に難有りの彼女らしい対応だ。

 

そうしてかなり激しい食前の運動をして、頃合いをみて演習場から引き上げると、なんと夕食が並べられていた。

 

ご馳走と呼べる豪華なものではないが、この二日間炊事担当から外されていたお嬢様方が振る舞ってくれた手料理だったが、まごころ込められた料理を囲って、和やかな雰囲気でディナー、とはならなかった。

 

死んだ目をしてスプーンを口元に運ぶリーシャとセリスの、全身から滲み出る負のオーラに原因があるのは、誰もが察していたことだろう。

 

気を使って、周囲がそっとしている。

 

その気遣いがやけに食堂の空気を重くしている。

 

アルフィンがシオンの脇腹をつついた。

 

「魂が抜けかけてますが、大丈夫なのでしょうか」

 

「平気だろ。標準装備縛りのルールでやったから、あんま体力は使ってねえはずだぞ」

 

「因みに戦績は」

 

「二人まとめて一方的にぼこぼこにしてやった。特殊武装と神装ありきじゃあないと、遊びにもなんねーな。やっぱ俺つえーわ。もう強すぎてまいっちまうぜ」

 

一応面子が傷付かないように一言添えるなら、神装や特殊武装付きだと、シオンといえども流石に手こずるが、今は基礎的なスキルを底上げするために制限をかけている。

 

リーシャとセリスは、純粋な機体制御で地力の差をその身で思い知らされ、凹みに凹んでいるわけだ。

 

「少しは手加減をするという発想には至らないんですか?」

 

お次はノクトからジト目を浴びせられた。

 

昨日手加減は一切なしと約束している。

 

約束をしたにも関わらず、向こうから懇願してくるならまだしも、こちらから破るような真似はしたくない。

 

「ノクトが可愛くおねだりしてくれたら、考えてやらんでもない」

 

落ち着いた性格しているノクトがでれでれ甘えてくる。

 

ありかもしれない。

いや、ありだ。

 

「刺していいですか」

 

フォークを逆手に持ち変えて突き付けられてしまった。

 

だがシオンはそんな脅しで怯むような男ではない。

 

「……間接キスをご所望か?」

 

変態的な解釈をしておどけると、本気でノクトがぶっ刺してきた。

 

いくら古都最強を自称するシオンでも、鋭利なもので突き刺されて無傷とはいかない。

 

軽く後ろに仰け反ってやり過ごしてから、ノクトの隣に座るアイリに助けを求めた。

 

「おいおいアイリさんや、おたくのルームメイトが冗談通じねえみたいなんだけどさ、ちゃんと教育してやってくれよ」

 

「気色が悪いので黙って刺されるのが妥当だと思います。本当に、気持ち悪いです」

 

「いつも以上に辛辣ー」

 

などと戯れてからの食後のティータイム。

 

レリィが持ってきた予期せぬ朗報に、食堂はわあと沸き上がった。

 

金に物を言わせ温泉を貸し切ったのだという。

 

唐突に差し出されたアメに少女たちは居ても立ってもいられないようだった。

 

ただし野郎は除外された。

そればかりか、人払いまで押し付けられてしまう。

 

悲しいかな、この学園では男は便利屋扱いされてしまっている。

 

それを納得しているのが1名。

するはずないのが1名。

 

今夜、エリス島で紳士達の欲望が暴走する。

 


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