その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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四話

「あーもう、疲れたぁあぁあ……」

その日の夜。

女子寮に併設された大浴場。

浴槽と洗い場をごしごしと磨くルクスが弱音を吐いていた。

こういった学園からの依頼と、生徒たちからの私的な依頼とは分けられていて、優先されるべきものからこなしてはいるものの、環境の変化に振り回されっぱなしのルクスは疲労が溜まっていく一方だった。

なんでも屋のシオンもレリィから依頼され、脱衣所の掃除をしているのが唯一の救いだ。

女性が大多数が占める学園で、ともに苦労する仲間が身近にいてくれるのは心の支えになる。

性格に難ありだが、それでもこの新王国で、いやこの世界で最も頼りになるのはシオンだとルクスは思っている。

 

だってまず会話が成立しない。

自分の言いたいことだけを相手に突きつけ、自分に非があろうとも聞き入れないあの男は無敵だ。

そしてブレスガンのように次から次へと飛び出てくる言葉には、不思議とシオンが言うならと説得されてしまうような力強さがある。

 

フィルフィが言うにはシオンは口がうまいから、アイングラム財閥の商談役として是非引き抜いておきたい逸材だそうだ。

取引事か詐欺師として成功を収めると、シンガ村のパーティーでシオンを見かけたフィルフィのお父さんが言っていたらしい。

 

なのでこれ以上に心強い味方はいないと思う。

 

「令嬢が置き忘れた下着の一枚や二枚あると思ったんですけどありませんでした。運よく拾えたら街に出て売り払えたのに、残念ですね」

「性格はこれ以上ないくらい腐ってるけどね!」

「は? 頭でも打ったかロリコン痴漢下着泥棒王子? 別に下着売らなくても貴様からフギルが拉致った分の礼金を請求してやってもいいんですよ」

どうやら敵ではないが味方でもないようだ。

肩口をまくり旧帝国の焼き印を見せつけてくるシオンに、心を折られかけたルクスは平謝りして掃除を再開する。

 

 

「でも、天国みたいなところだよね」

「ただで飯は出てくるわ、馬鹿でかい闘技場はあるわ。良かったですね、編入できて」

黙々とブラシをかけるシオンの表情には皮肉は一切混じっていないと窺えた。

 

ルクスとしても寝床を確保し、遅れている勉学に励みつつ、装甲機竜の訓練も只で行える学園は天国と表現しても大げさではない場所だった。

ただ、気になったのは、

「僕なんかが、こんな所にいていいのかな?」

言い切ってから、はっ!と顔を上げたが遅かった。

 

 

「そう思うなら出ていったらどうです」

ルクスに背を向けているシオンが、どのような表情をして吐き捨てたのかは分からない。

だがその声音は高い浴場の室温が、数度下がったのではないかと思うほど冷たいものだった。

 

「子どもじゃあるまいし、自分の生き方は自分で決めてくださいよ。切り開いてみた道に後悔して、いつまでもうじうじして正真正銘の馬鹿ですか?」

酷い言われようだ。

 

「………誰もがシオンみたいに強いわけじゃないよ」

「誰々みたいにとか、誰々のようにって逃げ道を作る人生って楽ですよね。こんなガキの思い付きで、暮らしやすかった母国滅ぼされた帝国信者はたまったもんじゃねえな。こりゃフギルも高笑いするわけだ。俺もその場にいたら高笑いどころじゃ済まなかったな。面白すぎて腹が捩じ切れるほど笑っちまうわ」

「………」

「良い国作ろうごっこをすれば変わるほど国って一枚岩ではないですよ。そんなころっと国も人も変わっちまうのなら、世界はこんなに悪意に包まれていません。どうしてそれを理解しない。又は理解するつもりがないのか、それとも理解できる頭がないのか。一体どれなんだいクソ王子」

罵倒の嵐がルクスの上で停滞している。

どうすれば際限なくこんなに悪口が飛び出てくるのか、脳内を調べてみたい好奇心が浮き上がるも、すでにルクスのライフはゼロだった。

 

「ねえシオン」

「なんすか?」

「泣く一歩手前だから、申し訳程度でいいから褒めてくれない?」

「しゃーねえな」

マジで泣き出す五秒前のルクスは真顔ではあるが、涙腺崩壊の危機に陥っていた。

真顔なのは表情を崩すと、一気に我慢しているものが崩壊してしまう恐れがあるからで、表情を殺して踏ん張っていた。

 

「じゃあね、こうやって女子たちが楽しくわいわい生活してるのは、旧帝国では考えられないことだと思うんですよ。国は変わらないとか言いましたが、意外と簡単に変わるもんなんです。だからその要因を作ったルクスさんも、ここにいてもいいって多分皆に思われていますよ」

「………ありがとう。今度は逆の意味で泣きそうだから少し貶して」

「うざ、死ね。つーか礼金払え」

「やっぱりそのキツイ罵倒がないとシオンらしくないよね!」

涙が奥に引っ込んだルクスは親指を突き立てる。

そうして掃除に没頭していると、短いノックのあと、扉が開かれた。

 

「兄さん、そこまで丁寧に磨かなくても平気ですよ」

ルクスの妹のアイリと、その友人で三和音の一員でもあるノクトだ。

ブラシをかける動作のまま固まっているルクスが顔を傾けシオンへ目線を送ると、そこには偉そうに風呂桶へ腰かけ休憩を取っていた。

「いつからサボってた?」

「だいぶ前」

恥じる様子もなく堂々と宣言するシオンは、お小言を言うルクスに見向きもせずに脱衣所に向かおうとする。

 

すれ違いざまにアイリへ片手を差し出した。

「よろしく。表面上はあの人の友達みたいなものをしてるシオンだ」

話にはしばしば出ていたルクスの妹だが、顔を合わせるのは初めてとなる。

お人形みたいで可愛い妹さんだ。

「こちらこそよろしくお願いします。兄さんからは暴漢で屑な友人がいると聞いていました」

「まあ間違ってはいない。貴族子女を何人か口説いて金づるにしようと考えてるぐらい、人間として終わってるが、そこだけ目を瞑ってくれれば最高な美少年だ」

「兄さん、大丈夫ですかこの人?」

もはや後戻りのできない次元に、シオンは踏み込みつつある。

学園の生徒がみな温室育ちであるのをいいことに、かなり下劣なことを考えていた。

 

「なるほど。ルクスさんも金満家を何匹か釣り上げて借金の返済のあてにしようという魂胆ですか」

「………違うからね!? そんな卑怯な手段を使っても、女王陛下は許してくれないと思うし!」

ルクスの中に住まう悪魔がそそのかし僅かな逡巡があったが、弾き飛ばすように声を大にして否定する。

慌てているルクスに白い目を向ける面々だが、話題を変えるようにアイリが咳ばらいを挟む。

「とりあえずお二人は用具の片づけが済み次第、大広間まで来てください。めんどくさいからパスは禁止ですからね、シオン」

「アルフィンに会ったなアイリ」

「そうですが、何か問題でも?」

先手を打たれたことに、どうしてか敗北感を味あわされる。

どこへぶつけていいのか分からない気持ちを発散させようと地団駄を踏んでいると、いつの間にかアイリとノクトの姿は消えていた。

「よく分からないけど、片づけたら行こうか」

用具室にブラシやらタオルやらをしまい、寮母さんの同意を貰ってから大広間へ向かう。

 

 

「ここの食堂っておいしいですか?」

日もすっかり落ちており、お腹もすきだした。

回数は少ないとはいえ、食堂から出された料理を食べているルクスに問いかけた。

 

「昔お城で料理人してた人が台所を任されているってリーシャ様が言っていたから、味は保障されてるよ。でも王都の酒場も負けてないけどね」

「王都の酒場ってたくさんありすぎて分かりませんよ」

「ほらあの、良く酔っぱらった勢いで客席の机どけて大乱闘する酒場」

「あー、あの参戦すれば客からチップが飛び交う店か。あそこは隠れていますけど名店ですよね」

さらりとあらぶった会話をしている二人が、大広間への階段を降る。

無人の広間には『食堂に来い!』と雑な文字で書かれた張り紙が落ちているだけだった。

 

「めんどくせえから帰るわ」

最初っから食堂に呼び出せばいいものを、変に遠回しな伝え方をされ、手のひらで踊らされている気分になったシオンは踵を返す。

 

「待って。一緒に行こう」

だがルクスによって腕を掴まれたシオンは引きずられるようにして食堂まで運ばれる。

扉に手をかけ、食堂に足を踏み入れると

 

「ようこそ、王立士官学園へ!」

拍手をする少女たちに一斉に迎えられた。

茫然とするルクスの前に広がるのは、大きなテーブルに並べられた料理。

それだけでもなく、赤いワインボトルと紅茶のポットまで用意されている。

 

「おやぁ、どうしたのかな二人して固まっちゃって。もしかして感激のあまり声も出ないとか?」

パフパフパフッ!とおかしな楽器を鳴らすのはティルファーだ。

 

「わー、しおんちょー感激。泣きそうだなぁ。うわぁぁぁん」

「ぜんっぜん心こもってないよね!?」

それでも調子を崩すことなく、棒読みでシオンは返す。

従来の軍学校のイメージとは比べ物にならない緩い雰囲気の学園だ。

 

歓迎会のために集まっていたのは、お馴染みの三和音をはじめ、ルクスと同じクラスの生徒や担任のライグリィ教官、学園長のレリィ、さらにはアルフィンまでもが混ざっていた。

 

「お前は何故そっち側にいる」

「料理のアシスタントの依頼をしていたまでなので、あしからず」

ということは、これらは彼女たちの手料理になる。

欲をいうのなら、城の厨房を任されていたという料理長の霜降りステーキを食べたかった。

 

「今朝の編入生に続いて若いのがもう一人増えたとなっては、歓迎会を開くしかないと思いついてね」

発案者らしいシャリスが背中を押して席まで誘導する。

 

「あ、でもみんなで愛情を込めた手料理だけど、私が作ったヤツの味は期待しないでね! すっごいヘタだから!」

「安心してくださいよ。期待値はゼロですから、道端に生えてる草よりうまいならそれでいいです」

「なにそれ酷い! 流石に調味料使ってるし雑草よりは美味しいからね!?」

お嬢様の手料理を軽く貶すシオンの斜め前の席に座るのがティルファーで、希少な男で固まらせないようにしているのか、長机の反対の位置にルクスはいる。

 

「えー、そのなんだ……。 此度は大義であったルクス・アーカディアよ」

グラスを片手に乾杯の挨拶をするリーシャが恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

先日の一件で学園の闘技場に侵入した幻神獣を討伐し、守ってもらったことへの個人的な感謝も含まれている内容だった。

 

次にちらりとリーシャがシオンを見る。

「シオン、お前には何も言うことはない」

夕方の無礼をまだ根に持っているリーシャが、ぷいと顔を背ける。

 

「ポンコツお姫ちんごときに大義であったなんて台詞貰いたくねーよ。一生の汚点になるわボケ」

「んなっ、なんだとこの馬鹿シオン!!」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんですうぅぅ。城の機竜開発室を爆破しまくってたポンコツが馬鹿なんですうぅぅ。失敗は成功の母にはならないんですうぅぅ。それは失敗した負け犬の言い訳にしかならないんですぅぅ、バーカ!」

「な、な、な……」

リーシャの城での生活を知るシオンは、挑発するように語尾を伸ばす。

すると肩をぷるぷると震わせて怒りを露にしたリーシャが飛び掛かって胸倉を掴んできた。

 

「このアホ!お前だって花火職人から貰って来た火薬を爆発させて遊んでいただろ!」

「それはただ遊んでいただけだアホンダラ。姫様のように無謀な実験繰り返して壁を燃やす愚行はしてないからな」

「嘘をつくなこの馬鹿者が! お前わたしの実験室で自作花火大会開催して屋根に風穴空けたことを忘れたとは言わせないぞ!」

「てめえ、俺プレゼンツの花火大会を愚弄する気か」

両者額をつけ合って、唾を飛ばすような勢いで言い合いをしている。

他の生徒たちからは、とても仲が良いように映ってしまっているが、この当事者たちにはその自覚がない。

 

「おいちょっと表でろよ錆びついた金髪。二度と舐めた口聞けねえようにしてやる」

「いいだろう。積年の恨みをはらしてやるからな」

興奮の冷めぬ二人は肩をぶつかり合うようにして、扉の向こう側へと消えてしまった。

 

「よし、まずは余興として新王国のお姫様VS王都の喧嘩番長の決闘を見学にでも行こうか」

シャリスの提案にレリィがのり、機甲殻剣では大怪我に繋がりかねないため、木剣での模擬戦が始まることとなった。

 

 

 

 

 

いくつものランプに火を灯し、それらで円を描く。

外野の声援を受け、円の中にいる二人は向かい合っていた。

覗き疑惑でルクスと決闘したのが二日前、お次は普通の喧嘩で決闘することとなったリーシャと、今のところ全戦全勝、王都が誇る無敗の剣闘士シオンの決戦に、噂を聞いた生徒もちらほらと見学しにきている。

 

「お金はこの箱に払ってください。見物料として紙幣一枚に、掛け金としてさらに一枚お願いします」

三和音主動のもと、模擬戦での賭博行為を平然としているノクトだが、大金が流れるわけでもないためレリィからのお咎めはない。

三和音は定期的に催しをしているので、恐らくそのための資金調達も兼ねているのだろう。

 

賭けに勝ったところではした金にもならないため、どちらにかけようが大差はないが、大勢で作り出した雰囲気に、少女たちは真剣な顔つきで周囲と相談している。

 

「やっぱりリーズシャルテ様かな?」「でもステアリード家ですよ?」と、日ごろから鍛錬をつんでいるリーシャを推す声や、実力未知数ではあるが名門ステアリードのシオンにも注目が集まる。

 

「なら私は期待の新人に入れるとしようか」

そう言ってライグリィが立ち上がる。

賭け事を毛嫌いしていそうなライグリィが参加した事実に辺りは騒然となった。

 

「積極的に混ざるなんて珍しいですね」

なかなか決めきれない生徒たちに声をかけていたシャリスが集金箱を持つノクトの傍に駆け寄ってきた。

 

「ステアリード流は素手の組討から短剣、長柄武器にいたるまで広範囲にわたりカバーしている流派だ。私も実際に拝見したことがあるが、あれはもはや凄いの他に表しようがないくらいに圧倒された」

過去を遡って深々くライグリィが頷き、木刀を握っているシオンに鋭い眼差しを当てる。

 

「かのオウシン・ステアリードから直々に教わっているんだろう?」

「ええ、それなりには、多分一応」

歯切れの悪い答えではあったが、更にライグリィは深く頷く。

そのお墨付きがあったとなれば、集金箱に押し寄せるのはシオンが勝つと言い張り賭ける少女たち。

だがその波を掻き分けるようにレリィが紙幣二枚を箱に投げ入れ、添えられている名書き用の紙にインクをつけたペンを走らせる。

にこやかに去った後に用紙を覗き込むと、リーシャが勝つと予想する欄にレリィの名前が書かれていた。

 

「みんなは知らないと思うけど、学園に入学するまでにリーズシャルテ様の教育係をしていたのはあのステアリード出のシズマ君だったりするのよ~」

生徒たちの年齢のころ、僅かな期間だが旧帝国の騎士として活躍していたシズマの名に、子女たちの高らかな悲鳴が響く。

現役引退してもなお、その影響力ははかり知れない。

 

「だからステアリード流もかじっていて、学園でも指導を受けているリーズシャルテ様はシオン君の上位互換になるわね」

そうなってしまえば次々と書かれるのはリーズシャルテの名前だ。

 

「それはずるいですよ」

「リーズシャルテ様に賭けとけば良かった……」

後だしのようなレリィの発言に、一足先にシオンに賭けていた生徒は不満を口にする。

 

 

 

 

耳に痛い言葉だ。

そして不愉快にもなる。

 

「聞け、士官候補生の諸君!」

決戦のフィールドとして置かれているランプに沿って歩くシオンが、投票しようとする女子たちに向け怒鳴る。

 

「良くその頭で考えてみろ。十四十五そこらの歳で、旧帝国の皇帝親衛隊に実力で選ばれる? 否、断じて否だ!」

いつものことにアルフィンは呆れたように、ルクスは乾いた笑みを浮かべているのが見えたが、演説を続行。

 

「シズマは、あいつはうちのコネで帝国騎士団に入り、そのおかげで各地に名を轟かせたに過ぎない軟弱者だ! そしてその教え子であったリーズシャルテ・アティスマータもまた然り!」

静かに怒りを内に貯め込んでいるリーシャは、頭に血がのぼることもなかった。

 

どこを向いても目がこちらを貫いている。

こういった独壇場で目立つのは、昔から嫌いではない。

 

「小遣いにもならねえ半端な金額しか返って来ないけど、まだ投票してない奴で勝ちたい奴は手を上げろ」

お調子者や目立ちたがりは、こういった面白い場面にはしっかり乗っかってくれる。

それはティルファーだったりシャリスだったり、もうリーシャに入れたレリィだったり、そうやって一人が乗れば、流れが形成し続々と手を上げる。

 

「いいか、負けたら何も残らねえ。負け犬の遠吠えなんて誰も耳を貸さねえ。今手を上げた奴だけでいい――」

威圧的ではないが力がこもっており、しっかりと語り掛けるような口調であった。

人生の年輪を感じるご老人や、成果を残した偉人でもない。

どこにでもいそうなシオンの言葉一つ一つに聞き入ってしまっていた。

 

耳が痛いくなると錯覚してしまいそうなほどの静寂が舞台を包み込み、その静けささえも味方につけたシオンは力強く木剣を天に掲げた。

「勝ちたきゃ俺について来い」

 

 

 

 

 

人の輪に溶け込むのはどちらかと言えば得意な方だと、謙虚なルクスもそこだけは自負している。

でなければ国民の信頼を勝ち取り、一月先まで雑用のスケジュールを埋めることなど夢のまた夢のはずだ

それでも、あの歓声の渦の中で、さらに客を焚きつけるように木剣を振り回すシオンには勝てないと思っていた。

 

「人の心を掴むのが上手いわね、彼」

「クルルシファーさん」

集金箱に群がっている集団から出てきたクルルシファーも、どちらかに賭け終わったのだろうか。

鳴りやむことのない声援は徐々に両者への応援合戦と変わり果て、祭り事でも始まったのかと、寮から続々と他のクラス、学年の生徒も飛び出してきている。

 

「毎日こんなに賑やかなの?」

膨大な敷地面積を誇る王立士官学園で良かった。

いや、もしかしたら街にまでこの大声量が届いていてもおかしくはなく、明日の朝苦情が寄せられるかもしれない。

「これが毎日続くようでは私も迷惑だわ。その辺りはアルフィンに厳しく指導してもらう必要があるわね」

それでもクルルシファーは満更でもない様子で、盛り上がる囲いを眺めている。

 

「今日は皆さんへの挨拶代わりに燃え上がっているだけですので、ご心配には及びません」

いつの間にかアルフィンが背後に立っていた。

ビクンと飛び跳ねたルクスに、クルルシファーが苦笑を漏らす。

 

「気付いてたなら一声かけてよ!」

「ごめんなさい。可愛い反応を見ておきたくて、つい」

「また可愛いって……」

一昨日覗き容疑でクルルシファーと対峙したとき、そして昼休憩の時間にも同じように可愛いと言われてしまい、これでも男なのにとルクスはしおれる。

 

「そこまで懐事情に余裕がないわけではないなら、あなたも払ってきたらどうかしら?」

「あ、うん。そうするよ。二人はどっちの賭けてきたの?」

学園に籍を置くまでは便利屋扱いで引っ張りだこであり、豪遊するまでとはいかないが生活できるだけの資金は財布に残っていた。

金払いが悪いルクスも、空気を呼んで紙幣を二枚握りしめる。

 

「私はリーシャに入れました。そろそろシオンは痛い目に合い、これまでの行いを反省すべきなのでリーシャには頑張ってもらいたいです」

シオンに振り回されているせいか、本気でそう願っていそうなアルフィンはリーシャに。

「私は意外と彼が勝つのではないかと思ってるわ」

意外性No.1の潜在能力に勘付いたクルルシファーはシオンに。

 

「じゃあ僕は……」

旧知の仲なので実力を知っているし、生身の白兵戦ならシオン一択なので、そのまま入れようとするが

「ルクス君。あなたはお姫様に入れなさい」

クルルシファーに釘をさされ、一瞬、放心したように振り返る。

 

「えっ、どうしてですか?」

「後々面倒ごとに発展しても構わないなら、シオン君に入れるといいわ」

何か含みのある言い方をされると、首を縦に振るしかなかった。

 

集まっていた人数の倍は軽く超える生徒を掻き分け、やっとの思いで集金箱まで到着した。

大人しく座っているノクトにお金を渡し、書き間違えないようにリーシャのところへ自分の名前を書く。

 

「学園の居心地はいかがですか?」

ふと見上げれば、ノクトが質問してきた。

彼女が見つめる先はどこだろう。

なぞるように追いかけると、シャリスとティルファーまでもが参戦して会場を温め、職員のレリィたちは隅で酒を酌み交わしている。

そしてその中心では二人の主役が誇れるかは微妙な武勇伝を得意げに語り合っている。

 

「うん。悪くないよ」

「Yes,それなら良かったです」

 

疑う余地のない本心だ。

皆で勉学に勤しんだり、機竜を学んだり、こうやって騒いだりするのは、密かに憧れていたから、悪くない。

 

こうしてルクス・アーカディアの転入初日は、賑やかな終わりを迎えた。


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