その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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二十代に取りたい資格もゲットでき、年末セールでノートパソコンも買えたのでまったりと活動再開します。



四十八話

一週間後。

リエス島の港には、停泊した大型軍船に乗る学園関係者の出迎えに島民が集まっていた。

 

数十時間の船旅で疲れもあるだろうが、各自てきぱきと荷下ろしを済ませ、セリスの号令のもと整列する。

 

「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました。心より歓迎致します」

村長が挨拶をすれば、そのつるつるとした頭をぺちぺちと叩く人物が。

 

「うむ、出迎えご苦労である。できれば特産品とか用意してくれたら文句の付け所はなかったんだが、まあ今回は大目にみてやろう」

偉そうにしているのはいつもの如くシオンである。

 

船酔いでげっそりしているルクスと比べ、シオンの顔色はすこぶる良い。

集まった見物人、特に年頃の娘へ手をふったりウィンクしたりとファンサービスに熱をいれていると、駆け寄ってきたクルルシファーとアルフィンに両脇を抱えられずるずると引き戻された。

 

新王国が設立する以前は軍事基地として管理されていたリエス島だが、現在はその施設の多くが解体されている。

その象徴ともいえる装甲機竜用の演習場や、周辺の施設の一部は取り壊されていないので、滞在期間中は宿舎を借りて生活をする。

 

割り当てられた部屋の鍵を一人ずつ手渡され、一行はお目当ての合宿所を目指した。

 

「しっかし昼間なのに薄暗くて気味が悪いな。その上足元も不安定ときた。こんな所で怪我しないよう気をつけろよ」

 

繁茂した植物に囲まれた道を歩く集団の最後尾から、リーシャが注意を呼び掛けた。

 

彼女の両手には木剣が二本ぶら下げている。

リーシャの理屈では、二本持てば神経が繋がる時間の短縮が見込める、とのことだ。

 

そんなことはないのだが、両手の塞がった王女がアホみたいなのでシオンは黙っている。

 

「転けたらお前破門な」

「何故だ!」

「この程度の凹凸でバランス崩すようなら話になんねえから。はいスタート」

反論の余地を与えず、シオンはパチンと手を鳴らす。

理不尽な指導方法にも慣れているリーシャも反論はしない。

 

そうこうしていると、列の先頭辺りが突然ざわめきだした。

 

「どったの?」

「いや、あそこに……」

先頭に出てルクスの隣に並ぶ。

と、ルクスが指し示した先に、くすんだ黄色に黒い縦縞模様が入った蛇がとぐろを巻いて待ち構えていた。

 

全長はそれほど長くはない蛇だが、女にとっては長かろうが短かろうが、模様が美しかろうが美しくなかろうが、恐怖の対象でしかない。

男の見せ所が巡ってきたので、シオンはルクスの尻を蹴りつけた。

 

「追い払ってくださいよ。正式に編入したのはこういう時のためだろ」

 

「ごめん。僕も怖い」

キリッとした表情で情けない発言をするルクス。

ヘタレは使えねえということで、今度は思い切り蹴り飛ばしてから、シオンは大股で前に出た。

 

腕捲りをして素肌をさらし、そのまま蛇に向けて腕を伸ばした。

誘うように腕を揺らしていると、つーんとした痛みと共に、後方から押し殺した悲鳴が聞こえた。

 

飛びかかった蛇に噛みつかれたのだ。

 

それでも構わず頭を掴んで引っこ抜いて捕獲完了。

 

真の男の捕獲法。

 

ただし有毒種の場合、耐性のない人は死のリスクが付きまとうので注意が必要である。

 

本人は特別なことをしたと思ってはいないのだが、あり得ない捕獲術を目の当たりにした面々は驚きを隠せないでいた。

 

「あの、大丈夫なの……?」

ルクスが代表として口を開くと、一同はうんうんと続いて頷いた。

 

「ちょっといてえよ」

「いや、そういうことじゃなくて、毒とか……」

恐る恐るルクスが問う。

即効性ならともかく、遅効性であれば体内を進行するのに時間がかかるので判断するのは難しい。

 

蛇に噛まれたからといって必ず毒が注入されているとは限らないが、万が一に備え専門医に診てもらったほうがいい。

それでもそこは古都生まれ武林育ち。

 

シオンは古都における『五宝』、蛇百足蜘蛛蠍蟾蜍の五種の毒虫を医術や薬理に用い、日夜毒物と暮らしている門派に自由に出入りしていた。

 

その甲斐もあってか、ちょっとやそっとの刺激にはけろりとしていられる。

 

「別に平気。俺、鍛えてっから。王族の癖に毒味役つけないでアホみたいに馬鹿食いして、もし盛られてたらとっくに死んでるようなポンコツお姫様とはちげーから!」

 

「おいっ!」

突然煽られた現王女のツッコミは静寂な森で影を潜めていた野鳥を羽ばたかせた。

 

「何だお前はっ!事あるごとにわたしを見下さなければ死ぬ病気なのか!?」

「待てよ。こいつを毒殺したところで、さほど影響はないから無駄骨だな……。良かったなお姫ちん、これからも変わらずモリモリ食えるぞ」

「良かったな、じゃないわーーー!」

 

精神的暴力を受けたリーシャの飛び蹴りが炸裂すると、シオンは掴んでいた蛇を草藪へ放り逃がした。

十分な助走から放たれたその蹴りを反転して受け流し、お返しの肘打ちはリーシャの腹部にめり込んだ。

 

「あにゃーーーー!」

カウンターの一撃をまともに貰ったリーシャ鳩尾を押さえて悶絶する。

 

シオンの前で踞るリーシャといった光景は、学園では既に見慣れたものとなっていた。

剣術のお稽古でぼこぼこにされるリーシャ。

体術のお稽古でぼこぼこにされるリーシャ。

 

石畳の上でリーシャが伸びていたり、這いつくばっていれば、「ああ、また負けたんだな」と生徒に思われている。

 

生徒達は日常の一部となってしまった王女様がボコられる光景について、特訓の範囲内に属していると認知されているので、今のところ否定的な意見はでない。

 

むしろ逆に仲の良さの現れだともっぱら噂されていたりする。

 

復活したリーシャとぎゃあぎゃあ言い争いながら進むと、森林を抜けた先に今回の旅の拠点となる合宿所が見えた。

 

演習場も離れてはいない位置に建てられていたので、訓練に集中する環境は揃っている。

 

初日は長旅で疲れたことだし、寝て明日に備えようとしたところ、ちょんちょんとアルフィンに背中をつつかれた。

 

「着替えたら、あちらへ向かってください」

その言葉と共に紙袋を押し付けられる。

 

「ちょっと待てよ――って、逃げ足早いな」

呼び止めて詳しく聞き出そうとするシオンだったが、アルフィンはそのまま合宿所の中へ消えてしまう。

 

意味がわからん。

とりあえず手渡された袋の中身を確認すると、シオンはやや呆れたように。

「遊ぶのかよ」

 

取り出されたのは、海水浴のための特別な衣服として貴族層でブームになっている水着であった。

 

ひとまず割り当てられた部屋に荷物を整理し、シオンは胡座をかいて思考する。

 

行くか、籠るか。

 

国外対抗戦へ向けた強化が遠く離れたリエス島まで訪れた目的だ。

 

ならば浜辺での戯れに付き合わず、部屋で休憩していたところで、いくらでも正当性のある理由は述べられる。

 

何より厳しい天候もある。

太陽が燦々と輝いているので、肌が焼けたりしたら大変だ。

別に焼けたから困ったりはしないが、これは気持ちの問題である。

 

生来、四乃森の巫女として古都の都の民から守り神などと崇められていたシオンが受けた祖母からの教育は徹底しており、常に日差しとの間に日傘を間にかませていたのもその教えの一つである。

 

破った罰としての平手打ちがトラウマとして植え込まれているシオンは、新王国に拉致されてからもその言い付けは守っていた。

 

休憩の選択に傾きかけていたシオンだったが、砂浜での訓練という可能性も捨てきれない。

 

悩み抜いた末にシオンはようやく重い腰を上げた。

 

一応濡れることを想定して水着を着用し、その上から外套を羽織った普段と変わらない格好で、アルフィンが指した方向を辿る。

 

雨乞の祈祷でもしてみようか。

 

道中そんなことを考えながら歩いていると、段々と磯臭さが強まりだした。

 

浜辺へ出たシオンは陽光の海面反射に思わず目を塞ぐ。

そしてゆっくりと目を開くと、至って普通の海が目の前に広がっていた。

 

〔ねえシオンっ! 見て見て海だよ海!気持ち良さそうだね!〕

精神世界に住まうミハイルが翼を羽ばたかせたながら、ぴょんぴょんと飛び上がり、体いっぱい使って喜びを表現をしている。

 

「ガキは気楽でいいよな」

さっきまで海上を移動していたのに、このタイミングではしゃぎ出されると鬱陶しいと思いながら、海岸沿いを足を引きずるようにして歩く。

 

〔だって海だよ! ざばーんってやると冷たくて気持ちいいよ!もしかしてシオンは海が嫌いなの?〕

 

海好きのミハイルが問いかけてくる。

臭くなるから海に潜るなと、水浴びをする習性のないミハイルに数えきれぬほど忠告しても、次の日になると我慢できずに大海原へ旅立ち磯臭くなり戻ってくる。

 

この間なんてシーサーペントにちょっかいをかけては、返り討ちにあって泣きついて来たこともあった。

 

頼むから早く成長してくれとのシオンの願いは一向に届きそうもなく、「ねぇねぇ、どうして?」と無邪気に疑問をぶつけてくる幼竜に対して小さなため息をついた。

 

「好きではないな」

こんな塩辛い水を好むほうがどうかしているというのが正直なところだが、ミハイルのように有り難みを感じていなくとも、嫌いと断定できないのは感謝の念があるからだろう。

 

生きる術を大自然から学んだシオンにとっては、この場所は遊び場よりも稽古場としての記憶が濃く残っていて、当然苦い記憶のほうが多い。

 

今日まで剣を磨き続けてこれたのも、生きてこれたのも、全てはこの海から始まったのだから、嫌いと突き放すのは無礼極まりない。

 

〔えーなんでー。潜ったらお魚さんいっぱいいて楽しいのに勿体ないよ!〕

そりゃあ翼がはえた竜種ならば、海の脅威なんてあってないようなものだから気楽なもんだ。

飛行能力を持たないヒトが沖に流されてしまえば、恐怖や不安と戦いながら陸を目指すしか自力で助かる道はない。

そしてもう無理だと諦めてしまえば溺れ死ぬ、海とはそんな怖い所なのだ。

 

だからそんな危険な場所を好む輩はいつか波に飲まれて悲惨な目に遭う、そんな気がしてならない。

 

どうしても水辺でしゃぎたいなら別でやればいい。

 

現にシオンは人相の悪いオーナーが所有している城塞都市の小さな湖に学園の子女を侍らせ向かったこともある。

 

何はともあれ、こちらとしてはもう二度と素肌を海水で濡らすのは御免だ。

 

「大人には楽しいだけじゃ片付けられない問題が色々あるんだよ」

自然に対する人間の一般論をドラゴンに説いたところで何の足しにはならないだろうから多くは語らない。

余計に喋りすぎて苦手意識が芽生えてしまってもこまるだけだ。

 

〔大人って難しいんだね。ボクも大人になったら分かるのかな?〕

 

「そうだな。もしキミが大人になることができたら分かるかもしれないな」

 

〔分かった!じゃあボクもシオンみたいな大人になれるように頑張るね!〕

 

わざわざ人間なんぞを目指さなくともいい。

それよりもっと強く賢くなってくれとシオンは願うのであった。




今年の抱負
・五巻の半分ぐらいまで書きたい


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