投稿遅れてごみんなさい。
GW前ぐらいにノパソ踏み潰しちまったんだ。
仕事も忙しくて、資格勉強もはじめて、スマホで書くのも中々慣れなくて遅れました。
どう森発売して癒されたら、きっと投稿頻度上がります。
あれは剣だ。
思考の無駄を徹底的に排除して、標的の息の根を止めることだけを執着する、人ならざるもの。
セリスはそのようにシオンを表現する。
「ぼさっとしてるとあっという間に果てちまうぞ。それが嫌なら死ぬ気で足掻けよ」
身の丈の10倍以上はあろうかというポセイドンと向き合っていても、怖いもの知らずの無邪気な子供のように笑みを絶やさないでいる。
でありながら、その二刀から放たれる斬撃は、徐々にポセイドンの魂を削り取っていた。
シオンが操るのは剣術なのか、はたまた別の理法を組み込んだものなのか、セリスには判別がつかない。
が、確立された一定の構えが存在していないと見て取れるその術が異様だとは断言できた。
上、中、下、右、左、脇。
そういった概念を振り払って、決まった形にとらわれることを悪とみなし、全ては敵を斬りやすいように剣を遊ばせる。
『斬る』
極限にまでその言葉を追究した果てに見出だした結論のように感じられ、セリスは鳥肌が立った。
世人は集団の中から群を抜いた非凡を発見すると、必ずそれを「天才」と呼ぶ。
しかし天才と称される人びとが、天才の域に到ったのは、決して天稟だけのものではない。
人の目などには見えない所で、誰も知らぬ苦行があったからこそ到達し得たのだ。
努力を怠らなかった報いが現れたのだ。
だからセリスは「天才」の一言で片付ける事だけは避けたかった。
ならば剣に恋い焦がれ、愛するあまり我が身の一部としてしまったシオンをどう説明すればいいのか。
生涯を過ごす上での夢目標がその一点にしか向いていなければ、世に溢れ出ている理も技も越えた新たな術理を形成することは出来やしない。
天が剣の才を与えたとしか、表しようがない。
危険すぎる。
ギアの上がったシオンを初めて目の当たりにしたセリスは、それが学園の生徒に悪影響を及ぼすのではないかと不安を抱く。
同時に、一種の錯覚めいた親近感も抱いていた。
剣は鏡だ。
第二の恩師、オウシンは口癖のようにそう唱えていた。
理由は?
と尋ねれば、明澄な剣は自己の醜さを明らかにし、映してくれるのだという。
心を純一に研ぎ澄ます、そして歪みを正すために研鑽を積む。
物理的、精神的の違いはあるものの、シオンもオウシンも剣を鏡と見立てていることには変わらない。
見ている先は互いに逆を向いていても、見ようとしている所は一緒なのかもしれない。
そんな感想を抱く。
「彼は危険です。私達とは異なる人種であり、決して混じり合うことはありません。それを理解しているのですか、黒き英雄」
取り乱していたのが嘘のように、凛とした態度でセリスは、戦線から離脱したルクスを一瞥する。
漆黒の神装機竜が出現した瞬間に、5年前のクーデターで目覚ましい活躍をみせた伝説の機竜使いが頭を過った。
シオンと共に触手の渦に飛び込み、神装を駆使して数百ほど切断した高い戦闘能力。
疑惑が確信へと変わるのは遅くはなかった。
「彼はあえて鞘を手放した抜き身の刃そのものです。いつの日か、傷つくのはあなたかもしれません」
間接的にシオンだけは認められないと言っているようなものだ。
模擬戦は正式な審判は下っていないが、実質敗北したといっていい。
このまま3年が敗れれば投票に持ち越され、生徒の意思が尊重される。
人格的にルクスは問題ない。
ただ単なるお調子者ではなく、狂気を孕んだ価値観を内在しているシオンを学園に迎え入れてしまえば、如何なる変化が待ち受けているか、見通しは定かではない。
「そうかもしれないですね。でもそれは杞憂に過ぎないと思いますよ」
何故真正面から肯定できるのだろう。
付き合いの長さがそうさせているとしても、人目すれば誰だって思うはずだ。
規格外であると。
なだらかな言葉で飾れば、英雄といってもいい。
いわば時代に激烈な運命の変転をつくる性格の男だ。
新政権誕生の一翼を担った、目の前にいる黒き英雄と同じように。
「人の古傷を笑いながら突いてくるキツイ性格をしていますが、ほんのたまに優しさを見せる時があります。思いやりの心があれば、人を人たらしめるには十分じゃありませんか」
振り返ってみれば、王都で出会った時も、学園で再会してからもおちょくられてばかりいる。
いちゃもんをつけられたり、ぼっちと馬鹿にされてもどうも憎めないのは、昨夜のような一面が影響している。
「そうでしょうか……」
一本、また一本と凄まじい速度で触手の数を減らしている姿が、シオンの在るべき姿ではないのか。
命を奪う暴刃かもしれないし、そうでないかもしれない。
どうだろう。
時間をかけても選択出来ずにいるとシオンの勝利は目前に迫っていた。
お膳立てはするとシオンは言った。
ボロボロの足手まといにとどめをさせるほどの力があるかは微妙なところだが、シオンが狙っていたのはポセイドンの無力化。
ポセイドンが厄介なのは、触手が自己再生して再度暴れるためだ。
百を排除しようが、もう百を相手にしているうちに復活してしまい、そうして延々と繰り返していれば体力的には不利。
ただし、いくら再生能力に長けていようと限界はある。
まさに現在のポセイドンの状態が良い例だ。
シオンとルクスの二人がかりで処理をしていたお陰で、ポセイドンが回復が追い付いていない。
百の触手を再生させているうちに二百、三百が餌食になっている。
中心にいるのはシオンだけになっているが、それでも再生を捉えたら真っ先に潰しにかかっており、数本に限定して高速再生を図ろうとしても見逃してはくれない。
触手を一掃するまでは止まらなかった。
「あはっ、他愛もねえな」
プレゼントされたのは、あまりにも無慈悲な光景だった。
勿論傷ついているのはシオンもだ。
だが数百の傷痕がポセイドンの本体にも深々と刻まれていてる。
抉れた眼球は零れ落ち、体内の器官も飛び出していて、殆ど原形を留めていなかった。
酷い有り様だ。
終焉神獣が小さな人間に徹底的に痛め付けられ、再起できないほどのダメージを負わされている。
抵抗をすることすら許されない結末に、セリスすら同情をしかけたほどだ。
興味は失せたと言わんばかりにポセイドンに背を向けるシオンは、数分前までの重々しい存在感が嘘であったかのように穏やかであった。
「後始末は譲ってやるよ」
砂煙を巻き上げ装甲を解除したシオンは手をひらひらとふってその場から歩き去っていった。
何もかもが出鱈目だ。
学園を守ることよりも、強敵と対峙して欲を満たすことを優先し、無抵抗になればご自由にどうぞと放り出す。
セリスは息を呑むしかなかった。
異形の精神の者は、セリスらにとって気質、風習、嗜好、感情、倫理のすべてが理解を絶しがたいものである。
安全を求めた瞬間に死にゆく地に自ら生死にを賭けに進み、戦いの姿勢の崩壊を示す生への執着を捨てる。
そのような理解の及ばない種族には、人は蔑むか恐れるしかない。
いくらルクスが庇おうが、セリスも人である以上、そのどちらかの感情が渦巻いていた。
「セリス先輩」
「分かっています」
セリスは目を向けなければならないポセイドンに意識を戻す。
たとえ幻神獣よりも凶悪な存在が野に放たれていたとしても、成すべきなのは明確な脅威の排除。
本性を露にしたシオンの後ろ姿を見送ったセリスは、静かに槍をとった。
ポセイドン及びその他諸々の襲来から早三日が経過した。
ポセイドンと増援部隊の鎮圧に成功するも、肝心の裏切り者サニアとヘイズと名乗った女は取り逃してしまった。
関係者は事情聴取を受けるなどの日々を送り、王都から派遣された調査員やらなんやらが学園に押し寄せてきたこともあり、ようやく学園は平静を取り戻した。
校内選抜戦は当然中止。
一応再戦希望者には場を儲けると通達があったが、あの騒ぎで心身ともに疲弊した女生徒達の中に手をあげるものはいなかった。
そんなこんなでこの日から授業再開し、午前から睡魔に負けていたお姫様や雑用の王子様が空腹で目を覚ましたお昼時、正門に馬車が止まった。
「まともな持て成しも出来ず申し訳ありませんでした」
セリスは謝意を込めて深々と頭を下げた。
この日はゴタゴタがあって引き延ばされたサヤカ学園見学の最終日。
恩師の一人娘が訪問しても、屋上で確保された時を除けばまとまに会話すらしていないセリスだったが、選抜戦が過ぎてしまえば敬遠する理由もなくなった。
本来真面目で頭が固すぎるセリスはぺこぺこと繰り返し頭を下げている。
「いいっていいって。寧ろもてなされると居心地が悪くなっていたわよ。元々はシオンとアルフィンの様子見のために寄ったわけだから、あなたが謝る必要は全然ないわ」
流石は先生の愛娘。
澄みきった心の持ち主だ。
寛大な配慮に一人感動しているセリスは横に視線をずらす。
それに比べて彼はどうだ。
「ニンジンおいしいか?」
「ひひーん」
「そうかそうか。それは良かったな。もっと食えよ」
サヤカはそっちのけで、シオンは馬車を引く馬に餌を与えている。
意志疎通が成立しているのかは定かではないが、動物と戯れている姿は年相応の少年らしいあどけなさが垣間見えた。
剣を抜いたシオンの豹変を目の当たりにした身としては、のほほんとした状態でも傍にいるだけで緊張を帯びてしまう。
そのせいもあってか、サヤカとは会話するようになったが、逆にこれまで適度に話す仲だったシオンとはギクシャクした関係性に後退していた。
二時間後に迫る全校集会では、国外対抗戦への出場者及び、うやむやになりつつある男子コンビの今後の処遇についての発表が予定されている。
その件について、シオンへ意思の確認を取る役目を学園長より押し付けられたセリスは、まずどう声をかけるべきかで小一時間ほど悩んだ。
考えれば考えるほど負の連鎖に陥り、結果実を結ばず。
ならば文字に起こして対策を練ろうとペンを走らせた。
自然な流れで会話を成立させるのは思いの外容易いと思ったのは一昨日の夜。
しかし全くもって進展はしていなかった。
素の状態では人付き合いに難ありの彼女は、対象を発見しても踏み切れず、いざ決意を固めても時すでに遅しで機会を逃す。
そうこうしているうちに、時が経過して今に至る。
各々が挨拶を済ませ、残るは餌付けをしているシオンのみとなったが、照れ臭いのかその場から離れようとはしない。
サヤカがシオンを手招きで呼び寄せると、渋々といった感じで歩み寄った。
「たまには帰ってきなさいよ」
「ベイルが帰るなら俺もついていってやるよ」
その辺りの事情はセリスも王城で伺っている。
なのでサヤカの発言に含まれていたのが、個人的な願いというのは直ぐに気がついた。
後押しをすることもできたが、部外者が内輪の問題に首を突っ込むのは差し出がましいので傍観している。
「あれ、もしかして……」
と、サヤカは疑わしそうにじっとシオンを見つめ、不意に片手を持ち上げ頭に置いた。
今度はアルフィンにも同じ動作を繰り返す。
「いつの間にか身長追い抜いてるじゃない。昔はずっとアルフィンのほうが大きかったのに」
一見すると身長差はなさそうだが、確かによく観察すると微々たるものだがアルフィンよりシオンのほうが背が高い。
弟の成長が嬉しいのか、シオンの頭を撫でるサヤカ。
子供扱いされることは嫌がりそうなシオンも、それどころではないらしい。
無駄に誇った表情で、アルフィンの頬をぺちぺちと叩いていた。
「いやぁアルフィンさんや、もしや縮みましたか? 良く食って良く寝ないと、この先どんどん小さくなっていく一方でっせ。あっはっはー、すまんなぁ伸び盛りで。お前の分まで成長しちまって本当すまんなー」
身長を抜かしたことをネタに煽りに煽っていた。
淡々と叩かれているアルフィンは歯牙にもかけない大人の対応だ。
などとセリスが思っていると、アルフィンのチョキがシオンの両目に刺さった。
「中身も成長してくれることを祈ります」
「ぎゃあああああっ! 目が、目がぁぁ……!」
見事綺麗にくらったシオンは右に左に転がり悶える。
死戦でのイメージがこべりついて離れないセリスからすれば、このアホな行動も実は意図が隠されているのではと訝しんでしまいそうになるも、そんなことはないと思いとどまる。
「日が落ちた街道で賊に囲まれたくないなら、そろそろ出発しないとな」
すると懐中時計をぶら下げた御者が割って入った。
御者を引き受けているのは、リーシャと共に学園の防衛に貢献したベイルだ。
「ベイルも王都まで戻るのか?」
「一応今回の騒動の当事者だからな……。質問責めが待っているのは目に見えているが、拒否したら拒否したで面倒なんだよ」
シンガ村には王都を経由する必要があり、丁度本部から呼び出されているベイルが配慮したわけだ。
盗賊集団も機竜使いを護衛として連れていようが、構わず身ぐるみ剥ごうとする命知らずではない。
だが夜道は物騒なので念には念を入れて出発予定時刻は守ったほうがいいだろう。
「だったらコイツをさ、下町をふらついてる奴に渡しといてくんね」
仰向けに寝ているシオンが封筒をベイルへ差し出した。
「ふらついてる奴って、そんな曖昧でいいのか?」
「だいじょぶじょぶ。受け取った奴が内容確認したら、口伝えに広まるだろうし」
「ふ~ん、よく分からないが了解した。サヤカも手紙も両方送り届けますよ」
漠然とした頼み方が出来るのも、下町に住まう人々の強固な繋がりがあってこそだと、以前迷い込んだ経験のあるセリスは感じた。
あの区画だけ新王国内であって国外であるかのような、形容しがたい空気感が確かに存在していたのだから。
そして、その中心にいるのは間違いなくシオンだ。
男だろうと女だろうと、下は元気一杯に走り回っていたチビッ子から上は杖つき老婦まで、支持を集めていた。
小耳に挟んだ話によれば、借金取りとの代打ちを始めとした様々な成果を挙げているらしく、しかも見返りも要求しないということだ。
事あるごとに金金と連呼するシオンが、一方通行の親切行為をしているそうだが、只より高いものはない。
人の心を手っ取り早く掴むための常套手段でもある。
癖の強い性格でありながら、あそこまで担ぎ上げられているのも、シオンが人心を得る術を知識として有しているからに他ならない。
「大手柄を上げたことだし、これで当分働かなくてもいいな。終焉神獣最高! たまになら大歓迎だぜ!」
が、平然とシオンが職員失格発言をした直後に、勘繰りすぎだと認識を改める。
考えた上での行動なのか、直感に従っているまでなのか、どちらなのかを問いただしたくなる。
オンとオフの切り替わりが激しさに、経験の浅いセリスは振り回されていた。
サヤカとの別れを済ませたセリスはぼっち安息の地、屋上で膝を抱えて座り込んでいた。
全校集会までのタイムリミットは一時間。
なんとしても一時間以内にシオンにコンタクトを取ることに成功しなければ。
彼の意思を無視して役職を丸投げすることだけは何としても避けたかった。
にしても、いつの間にこんなにも臆病者になってしまったのだろうか。
選抜戦では奇策戦法が尽く切り返され、ポセイドン戦では落ち込んでいた所をシオン流で慰められ。
最初から最後まで良いところが何一つない姿を晒し、締めだけ譲り受けた分際でさも三人協力して倒したと担がれているのがあまりにも情けなく、羞恥心と感謝の狭間で揺れる不安定な心情を理由にシオンから逃げている者が臆病者でないなら、なんと呼ぶ。
臆病者のままでは騎士団の団長は務まらない。
推薦してくれた生徒や教官たちの顔に泥を塗るわけにはいかないと、意を決したセリスは立ち上がり。
「騎士団を率いる者として、義務を放棄するわけにはいきません! 頑張りましょう、わたし!」
そう自分を奮い立たせた。
気後れする前に早速行動をと、全校集会まで暇を潰している生徒にシオンの居所を訪ね回ること数分、思いの外すんなりと目的地を聞き出せた。
遮音性に優れた地下音楽室に繋がる地下階段を降りていると、入れ替わるように上がってきたのは第三学年文官候補生兼合奏部部長兼トランペットパートリーダー兼金管セクションリーダーのりっちゃんこと、リネット・ルヴィエ。
「どういう風の吹き回し?」
学園入学以前から、パーティー等で顔を合わせたことがあるので旧知の仲なのだが、騎士団に入隊して音楽から少し距離を置いてからは、関係に溝が生まれてしまった。
こうして話すのも、昨年部活のヘルプを頼まれた時以来だろうか。
拒絶したせいで当たりが強くなっているので、セリスは若干傷つきながら用件を伝えた。
「そう。うちの指揮者ならまだ作業してるわよ」
「あっ、りっちゃん……」
背中を向けた彼女を呼びかけても、そのままずんずんと上がっていってしまった。
弱々しく、消えそうな声量であったため聞こえなかったのだと思いたい。
気持ちを切り替えて、音楽室の前で深呼吸を挟んでから入室すると、お目当てのシオンは地べたに座りこんで、広げてある楽譜の前でぶつぶつと唸っていた。
「あなたに伝えなければならないことがあるのですが、お時間宜しいでしょうか」
躊躇していては集会までに間に合わない。
作業中に申し訳ないという気持ちを抑えて言った。
「んー、なに」
拍子やテンポ、楽節、パートの重要な入り等を視覚的に瞬時に分かるように楽譜の書き込みに集中しているシオンが出した絞まりない声に含まれているのは無関心。
セリスは強引に話を進めようと部屋の中心に移動した。
学園長の提案を伝えれば、関心を向けることになるはずだ。
「学園長からです」
乱雑に置かれている楽譜の上に、セリスはレリィから受け取った文書を落とした。
指導許可証。
標題にはそう書かれている。
読んで字の如く装甲機竜の操作指導を許可する証明書である。
制度上、原則として軍から派遣される臨時教官等を除き、継続的に機竜使いを指導する立場にあたる者は、この資格を有していなければならない。
ライグリィ教官をはじめとした、学園の指導者にも指導資格は交付されているが、装甲機竜の免許と同じくこちらも試験に合格する必要がある。
選抜戦で忙しく、試験を受ける暇なんてあるはずがないシオンが訳分からんと眉を顰めたのは当然である。
都合がつき受験していたとして、実技を突破しても筆記の壁にぶち当たる。
奇跡が起こり筆記を突破しても、面接の壁にぶち当たる。
癖の強い人格のシオンが、人を教育する立場に相応しいかどうかは答えるまでもない。
よって、現実的にシオンが指導許可証を取得するのは不可能と考えられるが、お金の力は偉大だ。
アイングラム財閥のご令嬢レリィの資産力で解決し、金と引き換えに入手したのが事の経緯である。
「シオンを騎士団の指南役に推挙したいと申しています」
「えっ、ヤダ」
あまりにも早すぎる拒絶の表示。
シオンは証明書を払い除けて作業を続行する。
早速出鼻を挫かれた。
好条件を提示しているから金の亡者に承諾を貰うのは簡単ではなかったのか。
セリスは頭を抱えたくなった。
「さ、最後まで聞いてください」
瞬殺されたセリスはその表示を受け取らず、最後まで話を聞くようにと書面を拾い上げてシオンに押し付ける。
このやり取りが数回繰り返される。
先に音をあげたのは、シオンだ。
「どーしてお前が帰ってくる前じゃなく、この時期に捩じ込もうとしんだよ。わけを言えわけを」
「それはですね……」
セリスはレリィが発した内容をそっくりそのまま伝えた。
自由人のシオンが学園を去り、報酬に目を眩ませ旧帝国派の反乱軍としてウキウキで王都を襲撃されては困るので、騎士団という特殊遊撃部隊の指導者としての地位に縛りつけ、持て余した戦闘力をいかんなく遺憾なく発揮してもらおうと。
更には来たる学園祭で、一般人向けの装甲機竜体験を予定しているので、その補助をシオンに任せる事で、学園に入学するかどうか検討中の子女のハートを鷲掴み、一人でも多くの新入生を確保して寄付金をを巻き上げる。
他にも多くの魂胆が隠れていることをばらすと、シオンは露骨に嫌そうな顔をした。
「あのクソ女ぁ……。人を都合のいい道具か何かと勘違いしてんな。マジでウキウキのルンルンのピクニック気分で王都陥落させてやろうか」
胡座の上から頬杖をつき、手にしていたペンは小刻みに震えている。
レリィを対象とした幾つかの侮辱を数々を口の中でぼやいてからふと思案顔になった。
数分の時を置き……。
「俺からの条件を飲むなら聞いてやらんでもない」
「交換条件ですか。でしたら一度学園長に確認をとらなければなりません」
「レリィは関係無い。俺が求めるものはお前だよ、セリスティア」
「…………………!!!!」
身の危険を感知したセリスは自身の肉体をその細腕で隠す。
座学でもトップを走るセリスは、この一連の流れでどのような行為を要求されるのかは学習済みである。
あんなことやこんなこと、要求が厳しければそんなことまで。
そう、まるで愛読書のワンシーンのような乱暴を受けてしまう。
貞操観念の緩い尻軽なら喜んで股を開くところだが、運命の相手以外に体を許す予定はないセリスが抵抗の構えを見せた。
「はぁ。お前の脳内妄想にはついていけねえよ。四大貴族の麗しきご令嬢がえっちぃシチュエーション想像して悶々と体をくねらせてるなんて知ってたらパパは泣くぞ」
感心と呆れが相半ばする表情のシオンは多数の椅子が並べてある部屋の一画を指した。
団員からの信頼と、大きな責任を背負うことで与えられることが許される、オーケストラにおける一席を。
「うちは形になってんのが一曲。最低でももう一曲レパートリーを増やさねえと発表どころじゃねえんだが、時間も人も足りてない現状に指揮者様はお困りでな。責任感が強くて、メンバーを纏められて、容姿が良くて、覚えも良いヴィルトゥオーソを大募集してんだな。お分かり?」
「そんな名誉ある称号はひよっこのわたしには相応しくありません」
謙遜ではなく心からの本音だった。
他の条件も勿論当てはまらないが、この程度の腕前でヴィルトゥオーソと誉められるのは、その称号に対して失礼だと思う。
それに『騎士団』すらまともに率いることができていないのに、第一ヴァイオリン主席奏者のポジションを与えられたところでたかが知れている。
セリスが首を振ろうとすると。
「どうぞ」
背後から聞き覚えのある一声。
驚きはしなかったが、この展開はあの日、ヘルプで合奏に加わった時と重なる。
「毎回毎回、どうやって侵入しているんですか。戸締まりの確認はしたはずですが」
「いざという時のために、マスターキーのスペアを作っています。本棚に埋め尽くされた可笑しな題名の書籍は見なかったことにしておきますので安心してください」
ぐいぐいとヴァイオリンケースを押し付けてくるアルフィンからは全く悪意が感じられなかった。
となるとシオンの指示により作成させたものか。
このままでは生徒のプライベートが侵害される恐れもあるので、後で取り上げておかなければ。
「多分、アイリのじーちゃんがお前に弓をやったのに特別な理由はないだろう。室内楽ではコイツがリーダーシップを与えられることは多いから、そこで調和を生んで複雑な人間関係を学ばせようとかだな」
保管されてある楽器に被された黒いカバーを脱がし、それに身をくるんだ。
白い指揮棒の動きを明瞭に見せるためだ。
また彼らは奏者たちの集中力を削がないために貴金属のアクセ類を敬遠する。
シオンも余計な物は身に付けていない。
機甲殻剣を除いては。
剣帯をアルフィンに投げ渡してから指揮台に腰掛けると、だらしなく両足を投げ出した。
「でだ、指揮者のいない小アンサンブルからオケレベルにまで広げた場合、指揮者かコンマス、どちらが導き手を担えばいいよ?」
「知識不足の私では確答はできません。ですが、このタイミングであえて質問してきたということは、シオンが望んでいる回答は指揮者ではありません」
「なら話は早い。構えろ」
こちらを一切考慮しない物言いに、セリスは半ば戸惑いながらヴァイオリンケースの金具を外した。
もしかしたら変に拗らせた音楽家に遭遇してしまったので……?
勧誘しに来ただけなのに、逆に勧誘されヴァイオリンを弾くはめになるとは……。
象牙の塔に籠っていた音楽家よりも常識知らずで、常人には理解し難い解釈を掲げる厄介な音楽家は、こちらに拒否権はないとばかりに指揮棒を向けてくる。
そんなシオンを非難する気が起きないのは、こんな自分でも音楽人の端くれだからだろう。
並外れた集中力、行動力を持つ音楽家は大抵非常識なのだ。
だからセリスにとっては『音楽家』だからの一言で片付けられた。
それに、両立できないと拒み続けていた合奏部の活動に、言い訳を盾に参加できるのを喜んでいるのも正直な所だ。
「曲に指定は?」
「逆に何を弾けるんだ?」
「基本的な曲なら一通りは」
「じゃあ24番」
基本的な曲に限定しているのに、さらりと最高難度の楽曲を指定されてしまった。
多くのヴァイオリニストが挑んだ名曲の輝かしい旋律は、幼きセリスの好奇心を刺激するには十分すぎるもので、数えきれないほど練習を繰り返した。
それでも指使いと運弓もちぐはぐで、到底人様に見せられる出来ではない。
悪魔に魂を売り払わない限り敗れるのは明白だったが、ここで曲の変更を言い出してしまえば、一生をかけてもこの曲は自分のものにならない。
そんな気がした。
セリスは愛機を構え簡単な調弦を終わらせる。
「別に通して弾けなくてもいい。俺を満足させられたならお前の申し出を承諾してやる。もし期待外れなら……いいな?」
無言を肯定と解釈したシオンは呼吸を合わせるように体を揺らす。
珍しく、ヴァイオリンを構えるセリスは緊張していた。
いわくつきの難曲を指定されたら、余程の能天気でなければ嫌でも緊張する。
アップから奏でられる高速の旋律はいいとして、第一変奏に突入してからは徐々に運指が絡まり弓も滑るのが長年の課題だ。
通して弾かなくてもいいというのがシオンの本心であっても、その言葉に気持ちが軽くなったりはしなかった。
最初から最後まで。
シオンの想像を超える演奏を聞かしやると意気込むセリスは僅かに肩を落とした。
第一音を鳴らすまでの短くて長い数秒間、ゆっくりとシオンの右手が上がる。
静まり返った地下室で、指揮棒の先に全ての意識が集中する。
いくら振り回しても何ら音を発しない一本の棒。
ただひと度それが降下してしまえば、あらゆる者を巻き込みながら周囲を掌握し牽引してしまう。
人々の意識の外で。
一呼吸置いた後、切っ先が垂直に下がった。
第一音を今か今かと待ちわびる愛機が、解き放たれる瞬間がようやく訪れた。
セリス「今日も一日がんばるぞい!」