その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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四十二話

 

 

王立士官学園で様々な思惑が交錯している中、城塞都市の一画に位置するとある廃小屋では、私利私欲にまみれた激闘が繰り広げられていた。

 

密室の熱気から汗を額に滲ませる男はごくりと生唾を飲む。

 

男にとって生きるか死ぬかがかかるこの勝負は、自身の腕前どうこうで勝利を引き寄せることのできない戦いだ。

 

全ては神の気まぐれによるが、どうやらこの男は神には愛されていなかったらしい。

連敗に連敗を重ね、断崖絶壁に追い詰められたと表現するのがふさわしい。

 

男は願う。

 

せめて最後だけは、と。

 

 

勝負の立会人が男と、その体面に座る相手の顔を伺った。

 

そして勢いよく天井へ向けて腕を振るうと、ソレは天井へぶつかる前に重力に従い落下し、手入れの行き届いていない床に転がる。

 

一同は揃って視線を落とし、ダイスの目を確認した。

 

「があああああああっ! 持ってけ泥棒!」

 

願いも悲しく、崖の上から突き落とされたベイルは頭を抱えながら転げまわった。

この古びた小屋は、昔は軍の備品を管理するために利用されていたようだが、数年前から使われなくなった。

 

ミシミシと木板が悲鳴を上げていることが年季を感じさせるが、悲鳴を上げたいのはベイルのほうであった。

 

完全な運のゲームであるダイスゲームで魔の五連敗。

 

忌々しげに奇数が出ないダイスをにらみつけ、細工でもしてあるのではないかと試しにもう一度振ってみるも、どうでもいい場面で神は味方になってくれる。

もしダイスが頑なに奇数を拒み続けるのならば、これを理由にノーゲームへと持ち込みたかったが、肝心な時に限って神様は微笑んでくれない。

 

掛け金が全てぶっ飛んだ。

 

したり顔で勝ち分を懐にしまう同僚を前に悲しみに暮れるベイルは、本来ならば軍事訓練が行われている時間帯に賭け事で遊んでいた。

 

要するにサボりである。

内輪もめに首を突っ込みたくないという理由だけで家出を決行し、なんとなく士官学校卒業からの流れで正規軍に入隊試験を突破したベイルだ。

 

国家のためにその身を捧げる覚悟なんて更々ないロクでもない男は、時折こうして同士たちの集会を開き、賭け事に精を出していた。

いくらかマシになったとはいえ、根が不真面目なので適度な息抜きがなければやっていけないのだ。

 

運悪くこれ以上ない負けっぷりをさらしてしまったが、無駄に疲れる訓練なんかよりよっぽど良いと思うベイルは、出費を抑えるために兵舎へ戻ろうと立ち会がる。

 

去り際に仲間からまだ始まったばかりとブーイングが飛んできたが、金を返せと返したら綺麗に無視された。

 

普段は口うるさい上官に見つからないように、こそこそ移動するベイルも、この日は別。

現在、新王国の選抜された機竜使いが国外へ遠征している事情により、堂々と出来るわけだ。

 

選抜部隊は隣国ヘイブルグ共和国の辺境で眠っている、幻神獣の親玉格『終焉神獣』を監視する任についており、上級階層の上官たちは今頃にらめっこしている真っ最中だろう。

 

万が一の事態に備え大部隊編成を組んでいるので、城塞都市からも多くの機竜使いが出向いている。

が、ベイルは中級階層の問題児として選出されなかった。

 

選ばれた同期は手柄を立ててやると意気込んでいたが、昇進の欲とは無縁のベイルは通達に自分の名がないのを知ると思わずガッツポーズをしてしまった。

 

ベイルは己の限界を把握している。

上の階級に手を伸ばそうと、昇進は昇進でもどうせ二階級特進になるのがオチだ。

 

そこそこで満足している。

これからもそこそこで満足し続ける人生を歩んでいくつもりだ。

 

「って、そもそも軍に縛られる意味も見当たらないんだよな」

 

独り言をつぶやく。

周囲を見渡してもむさくるしい男しかいない空間から解放されるのもありかもしれない。

 

シオンのつてを使えば、ご近所の王立士官学園で働くのも夢ではない。

そうしたらこれまでとは打って変わって、女性ばかりの空間で生活だ。

 

 

「これは丁度良いところに。ベイル・シンガ少尉」

 

夢のような生活の妄想をして、だらしなく顔を崩していたベイルが正面ゲート付近をが通りかかると、そう呼び止められる。

 

「あなたへの来客が来ていますので、対応のほどよろしくお願いします」

 

「あ、あぁ。かしこまりました」

 

現実世界へと引き戻されたベイルは、すぐさま取り繕った敬礼を返す。

しかし来客とは一体誰のことだ。

 

一瞬シオンの顔がよぎったが、シオンではない。

何故ならあ奴は無断で敷地内に侵入するような、常識もへったくれもない男なのだから。

 

なら誰だ。

 

他に尋ねてくる知人なんていたか。

考えても一向に答えが出ないベイルは、答えを求めにゲートの向こう側に導かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り掛かる火の粉を払い、縦横無尽にフィールドを駆け巡る。

 

 シオンを抑え、ルクスとシャリスが激突する、という展開に持ち込みたいのが、セリスの狙いだろうか。

 

しつこいくらいにセリスが攻撃を見舞ってくる。

 

 こちらとしてはセリスにルクスをぶつけ、シャリスを瞬殺する予定ではいたが、学園最強はそう易々と逃してはくれなかった。

 

セリスをルクスに押し付けようと動き回るシオンにより戦場は混乱。

 

 白熱したバトルを所望していた者からすると、いまいち物足りない試合展開となっていた。

 

 「こっち来るなよ終身名誉ストーカー。しつこい女は嫌われるぞ」

 

 ちらりと背後を見やり、追ってくるセリスに対しおどけてみせるも全く動じない。

 

ちょっと揺さぶるとすぐに仮面がはがれるあのセリスはどこに行ったのやら。

 

大槍から放出された雷撃を上昇してやり過ごし、シャリスへ狙いを定めようとするも、すかさず間に滑り込んでくる。

 

 「はっ、美しい友情だな」

 

 ここでシオンは一度仕掛けることに。

 

見せつけるようにブレードを大きく横に薙ぎ払い戦意を示すと、最大出力で≪リンドヴルム≫へ突進をする。

 

 「―――っ!」

 

 攻勢に出てこられ、迫りくる圧にセリスは身構える。

 

と、それを待ってましたと言わんばかりにシオンは急降下。

 

 セリスを引き離しにかかるも、この選択も想定の範囲内だったのか『支配者の神域』で目前に瞬間移動されてしまう。

 

 「終わりです」

 

虚をついた突き。

 

間合い、タイミング、呼吸に緩みなし。

 

弛まぬ精進を経てのみ到達し得る極北、までとはいかぬものの、そのひと突きは絶えざる修練を経て来た結果にほかならぬ。

 

「お前がな」

 

そこには既にブレードを振りかぶっているシオンの姿。

 

完全に不意を突かれていたら直撃していたが、神装の脅威が頭にあれば、シオンもこの程度は想定の範囲内であった。

 

両者共に攻撃を繰り出そうとしている状況。

 

駆け引きが生まれる。

 

セリスはどう立ち回るか。

 

変わらずに大槍による大ダメージを計算してくるはずだ。

 

特殊効果つきの武器である分、地力ではセリスのほうが上回っている。

 

しかも性格上こっちは必ず引かないと読んでいるに違いない。

 

だがしかし、シオンが本格的に攻勢にでたことで、この試合で初めてセリスの意識がシオンのみに向けられた。

 

対象を一人に絞ることなど複数戦ではあってはならいミスだが、それはシオンを脅威に感じていたことの裏返しとも取れる。

 

「セリスっ!」

 

意識から外れたルクスがセリスへと接敵したのだ。

 

シャリスからの呼び声、たったそれだけでセリスは即座に意図を読み取ってしまう。

 

神装の連発は体力的に厳しいと判断したセリスは守勢に回った。

 

トップスピードのままでは、まともに剣を振り下ろせるわけがない。

 

冷静に見抜いたセリスの観察眼が光った判断だった。

 

事実、シオンの剣は適当に振り上げただけの見かけ倒しな威嚇行為。

 

不安定な一撃と、カウンターの一手しか持たない二人に挟まれたところで、定石機動は打ち崩せない。

 

ただし打ち崩せなくともいいのだ。

 

標的は最初っから変わっていない。

 

速度を殺さず空中で横転し、ライトニングランスを伸ばしても届かない距離を確保すると、一気に≪リンドヴルム≫の横を突破した。

 

「卑しい真似を!」

 

騙し合いではシオンが一枚上手。

 

苛立つセリスに無防備な背後を晒すも、壁役のルクスの出番である。

 

ガン盾の王子様が抑えてくれているうちに、あんまり使いたくなかった秘密兵器で周囲を驚かせ、一人目を摘むとしよう。

 

難なくセリスを突破すると、ルクスはシオンを隠すように立ちはだかる。

 

「すみません。ここを通すわけにはいかな―――うわっ!?」

 

まさに踏んだり蹴ったりのルクス。

 

またもや言い切る前に背に衝撃が走るのだった。

 

シオンの飛び蹴りが、ルクスに炸裂したのだ。

 

 「ーーきゃあっ!」

 

 シオンの行動は死角にいたセリスには見えず、かつ想定すらできない。

 

攻撃手段を持たないルクスという武器を用いたシオンにより、重装備の≪ワイバーン≫が≪リンドヴルム≫と激突するとセリスは素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 

二人が揉みくちゃになっている時間があれば、確実に仕留められる自信がシオンにはあった。

 

「ホント、君とは打ち合いたくないのだがね」

 

「いいよ。すぐ終わらせてあげるから」

 

「言ってくれるね」

 

だがシオンの宣告は実現してしまう。

 

お得意の間合い管理で距離を潰してしまえば、押されるシャリスも近接でやりあうしかない。

 

迎撃のために振り下ろされたブレードと、シオンの掬い上げるように放ったブレードが重なった瞬間だった。

 

 

 

ぱきんっ、と。

 

シャリスのブレードだけが真っ二つに折れてしまった。

 

元々欠陥していたかのように、あっさりと。

 

「まさか」

 

それでもシャリスが瞬時に切り替えられたのは、その光景が最早見慣れたものになっていたからだ。

 

演習場の観客席にいる頻度が高ければ高いほど、その異様な壊れ方はつい最近話題となった武装と類似していた。

 

 

 

「だーるまっさんがー」

 

 気の抜けた歌を歌う戦神の申し子が、目にもとまらぬ四つの斬閃を残した。

 

 「こーろんだー」

 

 旧アーカディア帝国に伝わる、機竜使いにおける奥義のひとつ『神速制御』。

 

一連の動作に異なるに系統からの操作を完璧に重ねることでほんの一瞬、一動作のみ目にもとまらぬ攻撃を繰り返す絶技。

 

シオンはそれだけに留まらず、動作停止の直前に新たな命令を伝え上書をすることで連即して発動する抜け道を発見した。

 

機竜使いにとっては伝説級の技を成長過程中の少女に繰り出し、さらには操る≪ワイバーン≫の両腕両足を切り落としてだるまにしてしまう。

 

秘技だるま斬り。

 

効果は無抵抗となった使い手の様々な表情を眺めることが出来る。

 

ナチュラルに人を見下す性質のシオンとの相性は抜群に良い。

 

 

ただし使用には時と場所を考えなければならない。

 

善良な機竜使いを誤って四肢切断してしまえばあまりの実力差に最悪心が折れる。

 

時間にして一秒にも満たない攻防にて大破に陥った≪ワイバーン≫から吐き出されたシャリスは、うつむいたまま微動だにしなかった。

 

戦術的には狡い手で追い込んだにしろ、本気になったシオンとの実力差をまじまじと見せつけられたのだから仕方がない。

 

これがシャリスでなかったのなら、よく分からないうちに負けた認識で済んだのかもしれない。

 

学園でも腕利きの機竜使いだからこそ、覆すことのできない、この世に落ちた時点でついていた明確な差を実感してしまうのだ。

 

いつかリーシャが思ったように、戦いという分野において、あらんかぎり手を伸ばしても、指先すら掠めることすら叶わないのだと。

 

「装甲機竜の強制解除により、シャリス・バルトシフト は退場となる」

 

審判役のライグリィが声高に判定を下す。

 

思いっきりやらかした。

 

根っから戦闘狂のシオン。

 

後味の悪い勝ち方を早速後悔をする。

 

悪人を嬲り、絶望した顔を見て悦に入るのが趣味なだけなのに、シャリスのような少女をだるまにしてしまうなんて。

 

「残念ながら私はここでおしまいか。すまないセリス、あとは頼んだよ」

 

努めて平静を装うシャリスは大人しくリングを後にする。

 

その後ろ姿を見送った、珍しく罪悪感に悩むシオンは、頭を切り替えセリスに向き直る。

 

数的優位を作られた状況に、まだセリスはシオンの破天荒戦法に苦戦を強いられている。

 

戦況が有利に傾いたことで支持派の面々からは一層応援が強まり、逆に追い詰められた反対派には諦めに似た声が広がっている。

 

 

 

 

 

「ライグリィ先生、僕もここまででいいです」

 

支持派の誰もが勝利を確信するや否や、セリスと揉みくちゃになっていたルクスが唐突の降参宣言。

 

「何してんの? あまりの理不尽な扱いにとうとう怒った?」

 

「いや、これくらいで目くじらを立ててたらシオンの相方は務まらないよ。それよりシオンはこの状況を期待してたから、執拗にシャリス先輩を狙ってたんじゃないの。あんなに拒絶してた≪極撃≫まで使ってさ」

 

本心を盗み取られてしまっては、うまい言葉を出すことができない。

 

今日の昼頃に午後の対戦表が張り出されると、リーシャにより≪ワイバーン≫の武装に手を加えられた。

 

工房でリーシャは今までの全試合でルクスが『障壁牙剣』で勝利をおさめていることを逆手にとった作戦を提案してきた。

 

シオンが『障壁牙剣』の必殺カウンターで、セリスを沈める。

 

半ば無理やり積まされた『障壁牙剣』でセリスを討ち取るチャンスはいくらかあったが、リーシャの技術に頼って倒したところで勝ったと言えるだろうか。

 

わざわざ主に使用しているブレードのデザインにまでしてくれたリーシャには悪いが、言えないと断言できる。

 

シオンは逃げ道をなくしたい。

 

数的不意でなければ勝てたとか、小細工なしに正々堂々と真正面から戦っていれば勝てたとか、言い訳が喉を通らなくなるくらいに、徹底的にそのちんけなプライドの上からセリスを押しつぶしたかった。

 

極力『障壁牙剣』の能力は温存したかったが、手っ取り早くシャリスを追い出すにはああするのが一番だった。

 

「いいんですか? もし俺の頭が狂って負けたりしたら二人ともさよならバイバイだよ」

 

「大丈夫だよ。シオンのこと、信じてるから」

 

勝手に信頼だか信用を押し付つけられてしまったシオンは困ったように頭をかいた。

 

さしの勝負は望んでいてたが、ここまで人がいいとこっちが恐怖を感じてしまう。

 

「お前も失格となってしまうが、いいのかルクス」

 

「はい」

 

ルクスは迷いなくライグリィに返事をする。

 

退場の許可を得るとリングから出て行ってしまうが、途中で振り返り。

 

「それと、シオンの勝利至上主義は否定しないよ。でもそれは外の世界なら有効だけど、この世界では過激なんだよ。一言で言い表すなら、怖い。そんなんだと票集めに苦労するから気をつけて」

 

「分かってる分かってる。蝶のように舞い、蜂のように刺して人類が魅了する戦いをすればいいんだろ」

 

金的や目つぶし、夜道で不意打ち等々、外道なやり方でも勝ちゃいい信条を掲げるシオンも、この選抜戦では見る者の目を奪う美しい勝ち方こそが評価に直結するのは重々承知している。

 

シオンやルクスにとっては選抜戦の勝敗が大事なのではなく、その先の投票で勝つことこそが目標だ。

 

少し乱れてしまったが、何事も肝心なのはどう締め括るか。

 

「なら正々堂々と戦って、たまには格好いいところ見せてよ」

 

退場してしまえば、今後の見せ場は無いに等しい。

 

それでもこの一戦に主眼を置き、その他の試合ではチンタラしていたシオンより貢献度は上。

 

騒動の元凶サニアを破り、午前中のペア戦もほぼルクス一人で片付けたようなものであるため、降りても何ら支障はない。

 

やるときはやる男のシオンの出番が訪れた。

 

ルクスが立ち去るまでの間、生身の人間に危害が加わらないようにセリスは中空に漂いこちらを睨みつけていた。

 

あえてシオンは目線を合わせようとはしなかった。

 

大きく深呼吸を挟んだシオンは、気分を変えようと大空を仰ぐ。

 

真っ青に抜ける天井の高い空。

 

どんよりとした厚い雲に覆われた低い空も嫌いではないが、お天道様が見届けていた方が調子がでる。

 

 

 

内部で燃え滾っていた炎を消化するために深呼吸を繰り返す。

 

 

 

やるべきことは変わらない。

 

倒す。

 

ただその一点のみを見つめる。

 

 

 

高ぶっていた闘志を閉じ込めたシオンは、それまで手にしていた『障壁牙剣』を後方へ放り投げた。

 

 

 

「何故あなたは、そうまでして戦うのですか」

 

やがて、シオンの耳にか細い声が聞こえてきた。

 

「昨日も話したはずです。学園には過去の恐怖を払拭できていない生徒もいると。貴方に悪意がなかろうと、日に日に追い詰められているんです」

 

「だったら逆は考えたりしないのか。俺らが、つーかルクスさんが消えることで傷つく奴がいるのはお前も良く知っているだろう」

 

取り返すことのできない失態を犯した罪悪感を抱いているセリスは、依頼主アイリの存在を仄めかすと言葉に詰まった。

 

しかしセリスはこれまで私情は挟まず一貫した立場を取り続けている。

 

「誰もが納得のいく答えが導き出せないのは分かっています。この度の選抜戦で、より下級生の結束力が強まったのも伝わっています。今こそが学園の環境を変化させる時期なのかもしれません。ですが、もしそうなれば彼女たちは何時まで怯えなければいけないのですか。何時になったら、救われるのですか」

 

学園長直々のご指名で雇われたとはいえど、機竜適性の高い女子を育てるために設立された学園の方針に反している異分子。

 

同性だけの育成機関だから、と入学した三年からすれば、卒業目前で傍迷惑な方針転換だ。

既存の学園を守ろうとするセリスの主張のほうが筋は通っている。

 

道理に合わないのは認める。

 

認めるけれど、一度受けた依頼を途中で放棄しては何でも屋の名が廃る。

 

何より失望されたくなかった。

 

 

 

何時になったら救われるのか。

 

そんな世迷い事はその手の研究者にでも尋ねてきてくれ。

 

こちとらアイリの期待に答えるだけで手一杯なのだから、他の奴らに構っている余裕なんてない。

 

 

 

「お前が勝てばいいだけの話だろう。言った筈だろ、俺たちは力で語るしか能がねえってな。勝てばお前の正しさが証明され、負ければお前を慕う女が古傷を抉られる。どこの誰のせいでもない。お前の弱さが、そいつらを苦しめるんだ」

 

あえてシオンは突き放すような態度を取った。

 

立派な信念を掲げていようが、遂げる力がなければ理想論に成り果てる。

シオンは救われる手段を、ただひとつだけ知っている。

力を手に入れることだ。

 

「うだうだ言ってないでかかって来いクソ女。遊んでやるよ」

 

言い切ると同時に支配者の神域でシオンの目の前に移動したセリスが、大槍を突き刺す。

 

神装を発動する直前に七色の光輪がリンドヴルムを包むという前兆に慣れつつあるシオンは、セリスが出現すると瞬時に斜め後ろへ僅かにひいた。

 

タッグ戦ではほぼシオンのペースに巻き込んで試合を運べていたが、目の前の一人に集中すればいいだけなので、セリスも主導権は握りやすくなる。

 

 

 

間髪いれず、槍を加えようとするが、無手のシオンが何やら振りかぶるような動作をし出した。

 

リーチでは勝るセリスが圧倒できる。

 

武器すら構えていないシオンが、まるで透明の剣で凪ぎ払おうとしている。

 

その瞬間、セリスが大槍を盾にした。

 

重い金属の衝撃音が辺りに弾けると、シオンから見て左手にセリスが吹き飛んだ。

 

特別な武器でセリスに攻撃したわけではない。

勢いを乗せた、特殊武装でも、希少武器でもない、何の変哲もない大剣の横ぶりだ。

 

払いの最中に武器を転送して、無手から大剣に切り替えた、ただそれだけだ。

 

「よく察知したな。ならこれはどうだ?」

 

と褒め称えつつ、無防備なセリスに袈裟斬りお見舞いする。

破壊力抜群な大剣を叩き込まれたら、神装機竜の装甲も砕け散る。

 

一発でも貰うのが命取りな力技に、セリスは再度大槍を盾にした。

大槍に電流を走らせ、シオンにもダメージを与える防御と攻撃を一体とした機転を働かせるも、それは叶わなかった。

 

何故ならシオンの大剣は大槍に電流を当たることなく消失し、空を切ってしまったためだ。

 

考える隙は与えぬ。

通った道を辿るように、左の切り上げの要領で腕を返した。

 

無手から、次に出現したのは数ある武器の中で最もシンプルかつ明快な長棍。

 

転送機構を巧みに扱うことで、思いのままのタイミングで付属武装の転送を繰り返す。

 

長棍から槍、そして斧へと、次々に変化させるごとに観客席からの反応は、次第にシオンにとって心地のよいものに。

 

機竜使いでなければ到底実現不可能な技。

しかも十八般兵器の全てを高度なレベルで習得しているシオンが、かわるがわる武器を手元に呼び出しているのだ。

 

対処するのは困難を極める。

 

深追いは避け、頃合いを見計らっては棍の把で地を叩き、反動により跳躍。

セリスの頭上を一回転しながら越えて見せ着地を決めると、シオンはパフォーマンス用の棒回しで場を繋いだ。

ブンブンとなる風切り音が余計にセリスを威圧する。

 

本来の用途とは異なるアプローチで、疑似的な神装とも取れる技術を会得したシオンを相手にするには、機甲殻剣を与えられてからの人生で培ったセリスの兵法を破り捨て迎えなければ、風向きが変わることはない。

 

命運をかけた第十試合。

緊迫する最終局面に突入する。

 




あと5話以内に終わらせます。

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