その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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この作品におけるDOD3の設定

・ベースDエンドで、ガブリエラはガブリエルにならず。
・協会都市でのワンとの決闘までは変わらず。
・最終決戦でのゼロとワンの言い争いの最中に『目的一致してるなら何でアンタ達喧嘩してるのよ!』と、とうとう我慢の限界に達する。
・平和主義ミハイルも同調し、騒ぐオカマとガキのお陰で殺し合いはうやむやに。
・協力路線へと舵を切る。
・ミハイルとガブリエラが仲良く音ゲーをクリアする。

無理矢理こんな感じの設定にしてます。

ガブリエラのお陰だね!




四十一話

「この赤い花はあっちで、青いのはここ。そんであの背の高いのは奥な」

 

セリスへ説明しているのは、頭の中で描いた花壇のレイアウトだ。

命名するならばシオンフラワーパーク。

その完成を目指すために、シオンは珍しく張り切っている。

一方で半ば強引に手伝わされることになったセリスはどこか浮かない表情をしていた。

 

「そんな仏頂面でどうしたんだよ。折角のかわいいお顔が台無しだぜ」

 

「ありがとうございます。社交辞令として受け取っておきます」

そっけない対応は面白くない。

 

「つまらない反応だな。今のは「か、可愛いですか。男の人に初めて言われました」って赤面して俺に惚れるシーンだろ」

 

「残念ですが四大貴族である以上「可愛い」や「美しい」といった媚びへつらう言葉は聞き飽きています。それにあなたは女性を軽視しすぎです。いくら美辞麗句を並べたところで、そう易々と恋に落ちるほど私たちは甘くはありません」

 

「なんかお前にそんな反論をされるとむかつくな」

 

「でしたら一人でむかついていてください」

両者とも口を動かしながらも手は止めない。

 

なんだかんだ言いつつもセリスは作業に集中している。

本来ならば使用人へ押し付けるような仕事を文句ひとつ零さずに取り組む姿勢は、貴族としての立場から考えると賛否両論の意見が飛び交うかもしれないが、シオンには好印象を抱かせた。

 

「……リーズシャルテとクルルシファーは本気であなた方を学園に残そうと私に挑んできました」

ちょうど一段落ついたところで、シオンは声をした方を向く。

 

校内選抜戦初日にセリスは二年の実力者であるリーシャトクルルシファーを相手に勝利を収め、選抜戦から追いやった。

支持派の代表とも呼べる二人だ。

白熱した一戦は外出予定があり見逃してしまったが、相当気合が入っていたに違いない。

 

「他の生徒たちからも同じような意志が感じられました。学園に必要であるかは別として、その点だけは私も認めます」

 

それであってもセリスは学園に男を招待するのは時期尚早だと反対するのだろう。

信念を曲げてまで支持派を尊重するような、芯のぶれた女ではない。

 

「認めてくれんだったらこんな不毛な争いはやめにしたいんだけどな」

 

「私にとってはあなたは無害です。ですが男性を脅威に感じている子も少なからず在籍しています」

 

その代名詞が、いつも傍にいるサニア・レニストなのか。

旧帝国の行き過ぎた男尊女卑の被害を受けた者たちの盾となるセリスはきっぱりと言い切る。

 

「私は負けません。必ずあなたは倒してみせます」

強い意志がこもっている宣言だった。

 

確固たる理由を胸に抱いているセリスがやけにまぶしく見えたのは、別段使命を帯びているわけでもない自分との違いの影響のせいだろうか。

 

しかし情に流され手加減をすれば、それはそれで勘のよさそうなセリスは気付きそうだ。

元々手加減をするほどお人好しではないシオンにとっては、いかなる理由があろうと問答無用でねじ伏せることには変わらない。

誰のためでもなく、自分自身のために。

負けられない理由ならば、こちらにも揃っているのだから。

 

 

有能は働き者であるセリスを従え、次々と鉢を空にしていく。

半分までは順調に減らすことに成功したが、途中から想定外の方向に進んでしまい、全て植え終えたのは陽が完全に沈んでいた時間帯だった。

 

「おい」

 

「………」

セリスは気まずそうに沈黙を貫いた。

その沈黙はある意味、自身の非を認めている証明ともなった。

 

「おい」

 

「そもそもシオンの構成は自分の好みを前面に出し過ぎていました。無理に凝った配置ばかりに気を取られ、過度な飾り気を演出してしまうと、逆に個性を殺してしまいます。植物を活かすにはやはり自然が一番、ナチュラルこそが正義なのです!」

そしてセリスは勢いで言いくるめ正当化する手法をとった。

 

よく自分が用いる必殺の技を食らってみるのは初めての経験で、声量任せで反論を受け付けようとしないセリスの迫力に、シオンは「お、おう」と困ったように漏らす。

 

派手に飾ってなんぼの精神で花壇を整えようとしたのはセリスのお好みには合わず、ナチュラルかつシンプル指向の意見を取り入れた形に最終的には収まったわけだ。

 

「しっかし時間がかかりすぎたな。どうすんだセリスティア」

 

「ぐっ……」

どうやらセリスは責められたと勘違いをしたかのように言葉を詰まらせた。

そこで外した軍手を袋に投げ入れたシオンは親指で寮が立つ方向を示す。

 

「今日は週に一度の男子入浴デー。もう交代時間はとっくに過ぎている。よってお前は風呂入れねーぞ」

 

毎日入浴が許される女子と違って、シオンとルクスは週に一度しか湯につかれないのが現実だ。

故にその一日は密かな楽しみ。

ルクスに至っては、大浴場が解放された時間丁度に入浴しに行くほどだ。

 

「仕方がありませんね。今日は我慢するとしましょう」

慌てて明かりがともった時計台を見上げたセリスは落胆の表情で肩を落とした。

 

土いじりをしていたこともあり、いつもより汚れが目立つ。

勿論、シオンも同様に汚れている。

体のけがれを落とし、湯船につかって全身の力を抜いて疲れをとりたい。

だがしかし。

 

「いや、お前入って来いよ」

そういうや否や、セリスがはっと顔を上げる。

 

「今、なんと?」

 

「この時間ならルクスさんはもう上がっている。そんで残る男はここにいる。なら鉢合わせすることもないし問題ないだろ」

 

「も、問題点をはき違えないでください。万が一の事態が起きたらどうするんです」

 

「うっぜ。くそ真面目ちゃんかよ」

明後日の方向にシオンは毒づく。

 

「まず入りたいか入りたくないかはどっちだよ」

 

「前者に決まっています。体を清潔に保つことは、人として当然ではありませんか」

 

「だったらとやかく言ってねえで行け。仮にルクスさんがまだだとしても、『開放中』の看板を立てておけば、あれも躊躇して引き返すだろう」

 

浴場前の看板が『清掃中』であれば、基本的に女子生徒は近づかないのが共通認識としてある。

『清掃中』は、そのままの意味で使われる場合、と男子入浴中という隠された意味で使われる場合があるからだ。

 

「しかし、それではシオンが……」

 

譲られるのは申し訳ないと思うセリスが決断しきれずにいる。

いいとこのお嬢ちゃんのくせして遠慮深い性格をしている。

 

「男って生き物はそんな簡単にカビは生えたりしねえよ。でも女は違うだろ」

汚い女や臭い女などは抱けないという下心満載な思考からではあるが、こういうときに限ってシオンは紳士となる。

 

「俺のことなんて気にせずさっさと行けよ。そんでお礼がしたくなったら夜這いに来てくれ。石鹸のにおいがする全身を使って、エロ小説のワンシーンみたいに奉仕してくれ」

 

清らかな笑顔のシオンは最低な要求を告げた。

シオンにとってはこれでも我慢したほうである。

ぶっちゃけてしまうと、あれよあれよと言いくるめて、背中を流してもらおうかと本気で考えたりもした。

寝技に持ち込んで、快楽に溺れてしまったセリスに争いをやめる交渉を仕掛けようとも考えたが、後味が悪そうだったので白紙に。

 

そんなふしだらな考えをしていたせいで、欲望が一切れ漏れてしまったみたいだ。

 

あっ、と気付いた時にはもはや手遅れ。

これまで徐々に好感度を上げていたセリスの顔は、ゆで上げたタコに負けないほど真っ赤だった。

 

「よよよよよ、よばっ、夜這いなんて。大体あなたにはクルルシファーが――」

 

「何エロい妄想してんだよ。これだから官能小説愛好家は困るぜ」

 

「違います!そもそもあれはシャリスから役に立つといただいたもので……」

 

「きゃーえっちー。セリス様の頭の中で、俺あんなことやこんなことされちゃってるー」

 

「黙っていてください!」

 

弄っていてここまで面白い女はいない。

涙目になりかけているセリスを見て抱いた感想はそれだった。

 

貴族としての殻で身を固めていれば社交辞令的な対応でその場を乗り切る。

けれども素のセリスは男嫌いというよりも、男に免疫がないだけの少女であったか。

 

同じようなやり取りをアイリやノクトとすれば軽く受け流されるはずだ。

もしかしたらセリスの対人能力は案外低いのかもしれない。

 

「――もう私は戻ります。何を言われても動じない心が私にはあります。私は強い心を持っている。私は強い心を持っている。私は強い心を持っている」

 

胸に手を当て、呪文を唱え始めた。

付き合っていられないと言いたげなセリスの背中を見送る。

 

「あっ、俺の部屋番号なんだけどよ」

 

「聞きたくありませんっ!」

 

怒鳴られた。

しかも片手は腰の機甲殻剣に添えられている。

あと一回ふざけた真似をすれば斬る勢いだ。

 

こんな場所でむやみな争いをする気はない。

セリスに背を向けて後片付けを再開するシオンだったが。

 

「先ほどの件は、素直に好意に甘えさせていただきます。あの、ありがとうございます」

届いた感謝の言葉は、走り去っていく足音にかき消された。

 

「やっぱ一緒に入ればよかったか?」

まあそれは後日ってことで。

折角の入浴日を犠牲にしたかいはあったものだと願いたい。

何はともあれ、今日も水浴び決定だ。

 

急いで倉庫に道具を押し込んで、校舎裏で頭から水をかぶろうとするが、その前による場所があったので工房に足を運んだ。

 

「どうしたんだ。こんな時間に珍しいな」

油まみれで台座に胡坐をかく所長のリーシャがいた。

アルファン、もしくはリーシャへの依頼があり、途中立ち寄った次第だ。

 

「姫様に頼みたいことがあるんだが」

 

「ん。了解した。最優先で取り掛かってやる」

 

「随分気前がいいな。ルクスさんに言い寄られでもしたか?」

 

「馬鹿者。こんな時間にここへ来るとはそういうことだろ。私はお前たちを勝たせる義務がある。勝ってもらわないと困るからな。私も、あの天然娘も、クルルシファーもな」

 

「勝負事の勝敗を定める力を天が有しているのなら、天たる俺が決定権を握っているも同然さ」

いつもと変わらずのシオンに、一安心したリーシャはさっそく本題に乗り出した。

 

「で、私に何をしてほしい。あの右が重いとか左が重いとかって感覚的な調整はパスな」

 

「んなのはアルフィンに頼むわ。ちょっと工房に眠っている武装見せてもらうことできるか?」

数によっては今日は徹夜だ。

装甲機竜の特性を活かした『魅せプ』の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

校内戦三日目は午前中に一試合、勝てば午後にもう一試合控える日程となった。

 

午前の試合はペア戦。

 

とはいえ、シオンとコンビに並みの機竜使いが勝てるはずもない。

 

ルクスの≪ワイバーン≫に積まれてある、リーシャお手製の新武装≪障壁牙剣≫の活躍で、危なげなく突破した。

 

 

学園に衝撃が走ったのは昼休憩時。

 

掲示板に張り出される午後の組み合わせ。

 

そこには待ちに待ったというべきか、セリスの名の横にシオンの名が記されていた。

 

さらにはルクスの名前も。

 

 

本日の最終戦、第十試合。

 

今回の校内選抜戦における最大のビッグカードの開催が決定した。

 

となれば、話題はその話でもちきり。

 

演習場で観戦している生徒たちも、試合そっちのけでどっちが強いだの、どっちが勝つだの。

 

神装機竜を操るセリス様が有利だの、え~やっぱりルクス君負けちゃうのだの。

 

天下分け目の一戦の時間が近づくにつれ空席が目立ちにくくなり、あっちでもこっちでも勝敗に関する議論がなされているようにざわついていた。

 

 

そして己の生活を賭けているシオンは中庭のベンチで寝転んでいるところだった。

 

お昼寝日和の空の下、大きなあくびをしている。

 

「まったく、緊張感の欠片もないですね」

 

首だけを倒して声のしたほうを見ると、機甲殻剣を両手で抱えるアイリと、いつも以上に無表情なノクトが立っていた。

 

「リーシャ様とアルフィンさんからです」

 

対セリス戦で試したいことがあるからと、一試合目を終えた後でリーシャによって回収された機甲殻剣を差し出される。

 

すっと立ち上がったシオンはそれを受け取る。

 

「下馬評はどっち優勢?」

 

「向こうサイドですよ。まあこの短期間でセリス先輩より兄さんとシオンが評価されていたら、それはそれで驚きですけど」

 

「Yes, 私たちは誰もがセリス先輩の強さを知ってますので、当然の結果だと言えます」

 

二人にこんなに優しくフォローされたのはいつぶりだ。

 

感極まって泣きそうなんて冗談で場を和ませようとしたが、今は軽口を叩く気分にはなれなかった。

 

「そっか。人気者が羨ましいぜ」

 

機甲殻剣を剣帯におさめ、柄の握りを数回確認する。

 

機竜を動かすにあたっては柄の感触なんて意味をなさないが、癖みたいなものなのでやらなければ落ち着かない。

 

「勝てますよね」

 

もしかしたらアイリには自信がないために口数が減っていると思われたのかもしれない。

 

すれ違いざまに、不安げに尋ねてきたアイリの頭を叩いた。

 

強き者は生き、弱けりゃ死あるのみ。それこそがこの世界の理だ。

幼き頃にそこに気付かせてもらえたのはどれ程恵まれていたことだろうか。

 

古都での多くの経験が全ての基盤となり、無意識のうちにシオンの誇りに近い概念を形成していた。

 

一国の代表として、もし負けようものなら腹を裂いて臓物垂れ流しながら逝ってやろう。

そう意気込むくらいに、シオンの気持ちは高ぶっていた。

 

「さて、学園の支配者様を下界に引きずり落としに行きますか」

 

演習場へ向けシオンはゆっくりと歩みを進める。

 

同じ目的地へ向かうかと思いきや、後方から二人の足音は聞こえなかった。

 

「おーい。なにしてんの?」

 

「すみません。私たちは私たちで動かなければなりませんので」

 

「Yes, 応援に駆け付けることはできませんが、いつも通りに頑張ってください」

 

大舞台だというのに、つれない二人だ。

見方を変えれば、応援なんてしなくとも勝ってくれるだろうと信じてくれているので、シオンはどこかむず痒さを感じていた。

 

「あとアルフィンさんについてですが」

 

「あいつがどうかしたか?」

 

「アルフィンさんも別件があるとリーシャ様たちとは同行せずに学園から離れてしまいましたが、シオンは何か知っていますか?」

 

だからいつも機甲殻剣を送り届ける役目のアルフィンの姿が見えなかったのか。

 

アルフィンの交友関係の全容を把握しているわけではないので、一概に決めつけることはできないが、さほど交流関係は広くはないのは確かだ。

 

基本学園内で完結しているので、城塞都市に来てから外部に赴いたことがあるのかすら怪しい。

 

アイリとノクトと別れてからは、アルフィンの動向に意識が傾いていたが、あいつなら放っておいても大丈夫だろ、という結論に至り演習場の控室でルクスと合流した。

 

「準備万端?」

 

「たりめーよ。箱庭育ちのあまちゃんに遅れをとろうもんならご先祖様に顔向け出来ねえってもんだ。それにそろそろ学園の支配権を手中に収めんと仕事もサボれんしな。剣を創造した戦神に愛されし俺の武勇を以て、ぼっこぼこの、ぎったぎたにして、大観衆の前で赤子のように泣きわめく醜態を晒してやる。公爵令嬢の分際で何様のつもりだ。領地燃やすぞボケコラ」

 

「相変わらず血の気が荒いことで。でもほどほどにね」

 

いつもは頼りないルクスだったが、この時ばかりは幾分マシに映った。

 

呼び出されるまで控室で時間を潰していると外からノックが。

 

前の試合が終わったようなので、シオンは羽織っていた外套を脱ぎお決まりのスタイルで決戦に挑む。

 

旧帝国の紋章を晒してもルクスから何か言われることはなく、演習場のリングへ降り立った。

 

 

「それでは校内選抜戦三日目、第十試合を開始する」

 

賑わっていた観衆もシオンたちの登場に段々と落ち着きを取り戻した。

 

敵方はすでにいたようで、対面する四人。

 

シオン、ルクス、セリス。それにセリスのパートナーを務めるシャリス。

 

「すまないなルクス君、シオン君。君たちの応援をしたいのは山々なのだが、立場上今回はセリスにつかせてもらうよ」

 

「いえ。そのお気持ちだけで僕たちは十分ですので」

 

当たり障りのない言葉でルクスが迎える。

好意的に接してくれるだけあり、味方であれば頼もしかったシャリスも今は敵。

 

一応セリスとはルームメイトらしいので、シャリスの選択は尊重すべきではあるが、負け戦に駆り出されるとは可愛そうな役を背負ってしまったものだ。

 

「ところでシオン君。少し聞いてもいいかい?」

 

シオンはシャリスにより訝しげな視線を当てられる。

 

視線の含まれているのは、聞くまでもない。

 

なんの恥ずかしげもなく大っぴらにしている旧帝国の紋章のことだ。

 

「勝ったら教えてやるよ」

偶然にも、誰かと同じような台詞を選ぶのだった。

 

「そうか。なら是が非でも勝たなければならなくなったな、セリス」

 

「関係ありません。私は私の使命を全うするだけです」

 

昨晩の取り乱しが嘘のように、凛とした振る舞いのセリスが淡々と告げる。

余裕綽々な反応にカチンときたシオンは誓った。

 

――屈服させよう

 

「それでは、各自機攻殻剣を抜剣し、 装甲機竜を接続しろ」

 

審判役を務めるライグリィによる指示で、各々が装甲機竜を呼び出す。

所有している装甲機竜の性能で比較するならセリスには劣る。

しかし、昔に王城で出会った名も知らぬ軍のお偉いさんがこう言っていた。

 

装甲機竜の性能の違いが、戦力の決定的差ではないと。

 

「模擬戦、スタート!」

 

ライグリィによる合図がかかると同時に三人は動き出す。

 

ルクスは後方へ、セリスは上空へ、シャリスはブレスガンを構える中、ただシオンだけは武装を転送することすらせず棒立ちのままでいた。

 

機を見るに敏。

ルクスが後退したことにより、リングの中央に取り残されたシオンを即座に狙う態勢に入ったセリスはリンドヴルムの特殊武装≪雷光穿槍(ライトニングランス)≫で突撃を図る。

 

回り込んで挟撃を目指すシャリスの対応も素晴らしく、戦況は一気に傾くと思われた瞬間にシオンが大きく息を吸い込む。

 

「アァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

凄まじい叫び声を放ち、気の塊が大気を打った。

それは『ウタ』ではなく、魔物の凶声。

 

古都で順調に武芸に勤しんでいれば、雄叫びだけで経脈を潰すことすらできた可能性を秘める発展途上の呼気は聞く者の心気を散らす。

敵味方無差別に。

セリスでも動揺を隠せるはずがない。

 

機動に迷いが生じた隙に、牽制目的のダガーを二本、ふわりと宙に放り投げる。

その尻を蹴りつけたことで加速したダガーは、うねりを上げてセリスに襲いかかった。

 

そもそものシオンの狙いはシャリスであった。

弱点を執拗に狙うことが戦いにおける礼儀と認識しているシオンは方向転換し、そこで初めてと推進装置を起動させた。

 

「おぉ、怖い怖い」

 

多少のダメージは覚悟の上最短距離を突き抜け、ブレスガンで弾幕をはるシャリスを自身の殺傷範囲に誘導した。

 

ブレード同士がぶつかる音。

呼吸一つ分タイミングを遅らせ下降したシオンのブレードを、シャリスはなんと受け止めたのだ。

 

決め手を止められたのは意外だった。

 

「へえ、やるじゃねえか」

 

「たまたまだよ。君が単純に斬りかかってくるとは到底――」

 

言い終わらせないうちにシオンの前蹴りが炸裂した。

淀みとは無関係の一連の動作。

 

真正面から衝撃を受けたシャリスは、何とか空中で体勢を整えるも、獲物を前にした獣のごとき眼光が張り付く。

 

本気と書いてマジと読むほど、シオンは本気だった。

息もつかせぬ怒濤の六連撃を頭の中で構築しながら、低空飛行で距離を縮める。

吹き飛ばされたシャリスの背後は壁。

左右へ逃げようが、空へ逃げようが、この猛攻で羽をもいで飛べなくしてやる。

 

おっかない気概でシオンはブレードを構えるが、そうそう上手く事を運べないのがタッグマッチの恐ろしさ。

淡い光がシオンの背中を追い越した。

 

上か。

長年の歳月をかけて研いてきた危機察知能力が警報を鳴らした。

 

その瞬間、反射的に回避行動に移っているのが従来のシオンであるが、これはタッグマッチ。

そうそう上手く事を運べないのは相手も一緒。

シオンは勝手に体が別の操作に入ろうとするのをぐっと堪えた。

 

バシィイイッ……!

上空で鳴り響いた、耳をつんざくような轟音は、中距離から放たれた雷撃。

 

一定の距離内を瞬間移動させる神装≪支配者の神域(ディバイン・ゲート)≫によりシオンの頭上へ移動したセリスの攻撃だ。

雷光穿槍(ライトニングランス)≫から放たれる雷は、受けた者の人体に直接ダメージを与えるだけではなく、一時的に装甲機竜の機能も低下させる。

 

それこそ無防備なシオンがまともに受けてしまえば格好の標的となるが、くどいようだがこれはタッグマッチ。

 

「初っ端から暴れすぎ……!」

シオンとセリスの間に、障壁を最大展開したルクスの≪ワイバーン≫が割り込んだ。

防御しか脳のない壁役の正しい使い方をしたシオンは選択を迫られる。

 

一つは肉体も機竜もビリビリしているルクスを見捨てて、シャリスを潰すか。

もう一つは哀れなルクスに救いの手を差しのべてやるか。

友達思いのシオンは後者を選択した。

 

開始数十秒で、何の見せ場もなく使い捨てられるのは流石に可哀想だと、捨て身の突進でルクスを振り回すシオンは思った。

 

なにかと便利な竜尾綱線をしならせ、ルクスのワイバーンに巻き付ける。

力一杯引っ張ることで、追撃を仕掛けようとするセリスの攻撃範囲外へルクスを逃がすと。

 

「ありがとう。助か――」

 

律儀に感謝するルクスの言葉は続かなかった。

軸足のつま先を回した高速ターンからの、遠心力を用いた必殺のルクスハンマーを投射した。

 

セリスからしてみれば、こんな予想の斜め上をいく数々の技の対処法など教わっていない。

応用力のあるセリスでも、戦闘中に大声で喚かれたり、味方を武器として利用されると、行動に移るまでに遅れが生じる。

 

「ぐふっ!」

 

「くっ!」

 

読み通り直撃したセリスだけではなく、即席武器となったルクスもダメージを負うも案の定シオンはしてやったりの顔。

 

先程とは別の意味で静まり返る闘技場。

 

観客の注目は一点に注がれていた。

 

「楽しいねぇ」

 

今までは準備運動とでもいうかのように首を鳴らす戦闘狂へと。

 

 


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