その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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三話

「学園長、お客様がお見えになられました」

三和音とふざけてから案内されたのは理事長室だった。

入ると同時に目についたソファへ、シオンは疲れ切った体を休めようと飛び乗る。

飛び乗っただけで分かる。

これ高いやつだ。

 

「楽しんでるところ悪いけど、私があなたの雇い主になるわけだから挨拶ぐらいはしっかりやりなさい」

全身でふかふかのソファを堪能していていると注意を受けた。

ソファの縁からのけ反ってみれば、逆さまの学園長のレリィが困ったようなぎこちない笑みを浮かべていた。

 

「おー、お久しぶりです。何してんの?」

「………ごめんなさい。アイリちゃんかクルルシファーさん呼んできてもらえるかしら」

髪の毛を磨かれた床に垂らし、手を振るシオンを華麗にスルーしてレリィは三和音に伝える。

シオンが二人掛けを一人で独占しているため、テーブルを挟んで反対にあるソファに腰かけたアルフィンはゆっくりと口を開く。

 

「王立士官学園の理事長と学園長を兼任しているのはアイングラム家の長女だと事前に教えたはずです」

「そうだっけ?」

人の話を聞かないし、聞いていたとしてもすぐに忘れるこの都合のいい記憶能力が厄介なのだ。

 

「まだ結婚してなかったんだ。女は婚期逃すと仕事に生きるしかなくなるから、急いだ方が良いよ。年齢=彼氏いない歴の27歳独身レリィ・アイングラムさん」

「余計なお世話よ!! あとその情報はどこから仕入れてきたのよ!?」

そこまで深くもない、知人の類にあたるレリィは身を乗り出して悲痛な叫びを上げた。

王都に移る前のシンガ村で数回、そして王都にある城でも数回顔を合わせたことがある。

 

「まあ積もる話は後にしましょうや。俺がここに呼び出された理由は、つまりルクスさんが頭打って気が動転した場合の対策ですよね。リアルファイトで奴の首をへし折れってことでいいんですよね?」

ルクスと出会ったあたりから、大体の予想はついていた。

新王国を転々とするルクスが学園に留まるのだから、女王陛下も形だけでも一応監視をつけようとか、そんなところだろうと。

 

「依頼主はラフィ女王となっているけど、実はそれ違うのよね」

レリィの返答に、シオンとアルフィンはお互いの顔を見て疑問符を浮かべる。

「この学園が創設されてた経緯は知っているわよね?」

「知るわけないだろ。この俺の世間に対しての興味の薄さ舐めんな」

「そんな胸を張って言える事じゃないわよ」

新王国が誕生して女性の機竜適正血が云々と、レリィからの説明があったが窓の外に飛んでいる鳥を監察していたシオンには内容がまったく入っていない。

シオンとは正反対に、アルフィンは好奇心旺盛な性格のため、無意識のうちに頷くほど聞き入っている。

 

「なるほど、分からん」

「殴ってもいいかしら?」

「いいけど、俺の大蛇をも仕留めたと噂される光速のクロスカウンターが火を噴くぜ」

男女平等主義者のシオンに抜かりはない。

 

「つまり臨機応変に物事を対処できる人材をレリィ学園長が欲し、それに該当したのがシオン、ついでに私、ということですか。給与が国から支払われるのであれば、資金提供者の貴族も文句を言わないために、女王経由でややこしい根回しになってしまったと」

かみ砕いて呼ばれた理由を説明すれば、そんな感じになるらしい。

ルクスがどうこうは関係なく、ただのレリィの要望だった。

そのルクスにも機竜の整備係として個別に依頼していたのだが、新王国の王女様に気に入られてしまい、初の男子生徒として編入したんだと。

 

「雑用王子ルクスさんがいれば足りるんじゃないですか?」

「そうなのよね。ルクス君には週に三回通ってもらうつもりだったから、二人に頼ったのだけど―――王都に帰る?」

「殴ってもいいですか?」

お調子者のレリィが出した茶目っ気に、シオンは握り拳を突き出す。

 

「冗談よ冗談。ルクス君だけでは対応しきれないこともあるだろうし、あなたたちにも悪い条件ではないはずよね」

固定された金額が毎月支払われる契約で、しかも食費もかからない生活。

学園の職員としてなら遠出することも少なくなるだろうし、願ってもない条件が整っている。

契約内容が記されてある書類に目を通すことなく署名をする。

 

「学園長、お呼びでしょうか」

無駄話を続けていると、不意に声がかかる。

丁寧なノックで扉を開けてきた少女は、左右に分かれて座るシオンとアルフィンを一瞥してから、レリィの傍で足を止める。

 

「クルルシファーさん、彼らに学園の中を案内してもらえないかしら?」

「案内、ですか」

視線をシオンに戻して、クルルシファーは空返事をした。

 

「こちらは同盟国、ユミル教国からの留学生、クルルシファー・エインフォルクさん。第二学年の首席生徒ね」

紹介されたクルルシファーを、上から下へとじっくりとシオンが観察し

「くるくるぱーさん?」

非常に失礼な言い間違えをした。

「学園長、退がってもよろしいでしょうか?」

「失礼、かみまみた」

冷めた瞳を当ててくるクルルシファーに、両手を合わせて謝罪する。

第一印象を覆すのは大変だから、取り繕っていかないと。

 

「で、こちらはクルルシファーさんも耳にしたことぐらいはあると思う、ステアリード家の長男と次女のシオン君とアルフィンちゃん」

サクヤが幼いころに母親が身罷り、帝国騎士の一員として家を出たシズマの穴を埋めるように、オウシンの計らいで養子として引き取られた。

その後は多々ありシオンも家を出ることとなったが、一応ステアリード家としての自覚は微々たるものだが持っているつもりだ。

 

「ステアリード家って、あのアリーシア山脈の近くにある……」

独り言のように小さく呟くクルルシファー。

「留学生ってすごいな。あんな新王国の片隅に追いやられた何もねえ辺境の地名まで出てくるなんて」

アリーシア山脈とは王都からシンガ領までの行く手を阻むように聳える険しい山地。

シンガ村なんて周辺には海かこの山しかないため、遊び場を確保するには苦労していた。

 

「そう軽く私たちの故郷を貶すのはやめてください」

「あら、特産品のリンゴがあるじゃない。シンガ村のは爽やかな甘みがあっておいしいわよね」

アイングラム家は札束を汗ふき代わりにするほど大規模な財閥で、取り引きのために各地を回っていた経験のあるレリィならではの感想。

だべっていても日が暮れるため、この辺りで雑談は終了し、クルルシファーの後ろをついて学園をまわる。

大貴族がスポンサーとしてついている学園は、どこもかしこも金をかけていると一目でみてとれるような作りで、抑制が働きかけていなければそこらの壺をパクッて売りさばいてしまいそうになる。

 

「そうですか。クルルシファーは装甲機竜について学ぶためにはるばるユミルから留学を」

女性同士の仲の進展が早く、そこに男が紛れていれば疎外感に押しつぶされることになるが、きまずさとは無縁のシオンは臆さずに会話に混じる。

「才色兼備のお嬢様か。これで家事とかも出来たら完璧ですね」

「ええ、それも一通りこなせるわよ」

貴族なんて料理洗濯家事の基本すらおさえていない怠け者ばかりかと思っていたが、どうやらクルルシファーは貴族でも変わり者の部類に入るようだ。

 

「だそうだアルフィン。お前も少しはクルルシファーさんを見習いやがれ。女として勝っている要素が一つもな――」

バシンっ!と、どこからか引っ張り出してきたハリセンがシオンの顔面に直撃した。

 

「目がぁ! 折り目の角の部分が目に!」

目元に両手を当て、廊下の幅をいっぱいに使ってシオンが転げまわる。 

だがアルフィンは心配するような素振りも見せず、廊下を突き進んだ。

 

「呻いているけど放っておいていいの?」

「構いません。ああ見えてアレは頑丈ですので」

しばらくすれば復活してくれる。

ついでにいつも一言余計でちゃらんぽらんな態度も改善してほしい。

 

アレ呼ばわりのシオン抜きで、学園の事情などについても説明を受ける。

どうやら王立士官学園は武官の養成施設ではなく、文官の育成にも力を注いでおり、クルルシファーは座学と専門科目を合わせた総合成績での首席なのだと。

 

座学の方は入学時から不動の座を死守しているようだが、実技などの専門では彼女よりも上がいると語っている。

 

「なんでわたしがこんな雑用みたいなことをしなきゃいけないんだ」

校内をぐるっと一周して、正面玄関まで出ようと階段を下りているとき、そんな声が上がってくる。

「噂をすれば。彼女が専門課程のトップよ」

階段の中腹というなんとも格好もつかない登場の仕方に、違う意味でアルフィンは大きく息をついた。

 

 

 

 

アティスマータ新王国の王女様、リーズシャルテ・アティスマータは授業中の居眠りの常習犯だった。

しかし今日は珍しく昼食後の睡魔に打ち勝つことが出来たのだが、ホームルームの最中に鞄を枕にして寝るという偉業を立てたリーシャは放課後になって目を覚ます。

ルクスか誰かに起こされたような記憶もうっすらとあるが、確か眠いと突っぱねてしまったような……。

 

そうして欠伸を噛みしめるリーシャが一階の玄関まで向かうと、同じく一階にある教官室から山のように積まれた書類を両腕に抱えるアイングラム財閥の次女、フィルフィが出てきた。

姉である学園長のところへ運ぶとのことだったので、特別親しい間柄ではないが、半分奪い取るようにして再度階段を上がっているところ、見知った顔に出くわした。

 

「おぉアルフィンではないか! 」

城に引きこもっていた時に、たまに遊び相手として世話になっていたアルフィンが学園に出没したことに驚きはしなかった。

リーシャと遊ぶことで義理の母である女王から金を受け取っていたので、どうせまた依頼かなにかで飛んできたのだろうと解釈する。

 

「こんな所でまた会うとは奇妙な巡りあわ「あ、あーちゃんだ」――っておい天然娘! お前の分までわたしのに乗せるな!」

足並みを揃えていたフィルフィが、書類をリーシャが手にしている上へ乗せ、一気に階段を駆け上がる。

 

「あーちゃん、久しぶり」

「はい。元気そうで何よりです、フィルフィ」

剣の指導が主な収入源のステアリード家は、そこまで裕福な家庭というわけではない。

養父のオウシンはお金に関してはよく言えば潔癖、悪く言えば無頓着な人なので、名高い剣豪だったことを鼻にかけ、荒稼ぎすることは絶対にしなかった。

ただ領主様との関係は良好だったので、シンガ家で開かれるパーティーには必ず声がかけられ、オウシンの代わりにサヤカやアルフィンが出向くことがあった。

いくつもの商家を束ねるアイングラム家も招待されていて、そこでフィルフィと顔を合したのだ。

 

「なんだ、天然娘も知り合いだったのか」

そう言うリーシャは積まれた書類で顔が半分隠れている。

 

「うん。生ハムメロンを切ってくれたから、あーちゃんは優しい」

アルフィンがいるところシオンあり、とはいかず、そんな格式が高い場所にシオンを向かわせることはオウシンが許さなかったが、残念なことに厳重に鍵をかけられた部屋から脱走してシンガ家の屋敷に乗り込んだ。

 

用意していた料理も底がつき、最後に残った生ハムメロンに同時に手を伸ばしたのがシオンとフィルフィ。

空腹で限界突破をしているやさぐれ者と、徒手空拳を極める少女の格闘戦が繰り広げらそうになったところに、分け合うように妥協案を提示したのがアルフィンだった。

 

「そういうお姫様も顔見知りなのね」

「アルフィンはわたしの一番弟子だ。装甲機竜の調律のやり方を徹底的に教え込んだからな」

「そう、可哀そうね……」

「おい待てっ、今のやり取りのどこに同情する要素があった!?」

やかましいリーシャに付きっきりで指導されたことへの同情とは知る由もない。

 

 

 

「ちっ、あの女、手加減なしで振り抜きやがって……」

そこで不平不満を漏らすシオンが遅れて追い付く。

「あ、フィーちゃんさん。おっす」

「しーちゃん、おっす」

形容しがたいシンパシーを感じれるもの同士、敬礼で挨拶をし合う。

姉がいるなら妹も在籍しているだろと想像してたが、予感は的中だ。

 

「おっす」

真似るようにリーシャが敬礼するが、視線を横にずらしたシオンは敬礼を返さずに目を細めた。

「どこかで見覚えがある小さくて巷では影が薄いと評されているお姫様は………そうか!! この目立つ金髪に取り外し式サイドテールは我らが王女リーズシャルテではないか!」

「お前馬鹿にしてんだろっ!?」

殴ろうとしたのをリーシャは何とか思い留まる。

書類で手が塞がっているので、もしそうなっていれば大惨事を引き起こしたところだ。

 

「そう取り乱すなドリル姫。お前が城でボッチ飯してたところを救ってやったのは、この寛大なお心を持つ俺だろ。もっと感謝してくれよ」

「――やめ、やめろ。くすぐるな」

裏にまわり込みリーシャの脇腹をくすぐる。

書類を落とさないように必死に堪えるリーシャにトドメをさそうとしたところ、ハリセンが後頭部にクリーンヒットした。

 

その場で膝を突き、シオンは後頭部を両手で守るように押さえる。

「なんとなくだけれど、あなたたちの立ち位置が分かったわ」

労苦を労うかのように、ストッパー役のアルフィンの肩にクルルシファーが優しく手をかけた。

 

 

 

 

回復してからは寮母さんから鍵を渡され、二人部屋を貸してもらった。

他に聞きたいことがあったら呼びに来るようにと、二つ隣の部屋のクルルシファーに言われ、荷物を整理中。

 

別の部屋ではフィルフィとルクスの愛の巣があるので、それと比べてしまえば姉と弟の部屋など可愛いものだ。

 

二人屋根の下での共同生活は、王都からの延長といった見方をすれば代り映えはしないが、お風呂付きの生活は心がおどる。

「二段ベッドでしたら、私は上段を希望します」

荷物を整理していると、アルフィンがベッドを指す。

 

「変なところでガキっぽいな」

「シオンを見下したいなど、そんな陰湿な考えは持っていません」

「お前は従者なのに俺を下に見てんのか? え、なに、俺が嫌いなの?」

この従者、そろそろクビにしなきゃマズイ。

こうしてアルフィンは上段、シオンは下段に決まった。

 

 


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