その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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魔法使いの嫁を集めようと決意しました。



三十八話

王都の闘技場と学園の演習場は似た構造をしているため、シオンがトーナメントに参加していた頃が懐かしく感じられた。

 

やろうとすれば一気に頂上へ駆け上がれた実力はあっても、機竜使いとして荒稼ぎするのは己の心情に反するからと、底のほうをフラフラとしていたシオンは、目立った成績は残していない関わらず、そこそこ人気のランカーだった。

 

まだルールが緩かった時代には、予め演習場に落とし穴を掘っていたり、花火を持ち込んだり、客に事前に渡していた煙球を試合中に投げ込むように指示したりと、やりたい放題でブラックリスト候補にあげられたこともあるシオンは、一部の層に圧倒的な人気があるが、順位戦の動員数と比べてしまえば微々たる数。

 

そのため長いこと付き合ってきたアルフィンには、大勢の注目を浴びて装甲機竜を動かしているシオンの姿は新鮮だった。

 

「これって勝ってるの?負けてるの?」

時期的な問題でトーナメントを観戦した経験はなく、校内選抜戦が本格的に装甲機竜の力を知る事となったサヤカは忙しそうに戦況を目で追っていた。

 

「どうやら調子が悪いみたいですが、シオン君の勝利はこの婚約者である私が保証します」

サヤカの隣では、医務室での検診をすませたクルルシファーがすかさずアピールをしていた。

実力未知数のシオンのデビュー戦。

 

馴染みの戦闘スタイルを放棄し、クルルシファーの十八番を奪う精密射撃を披露するはずだったと算段を立てていたみたいだが、結果は……。

 

「でもさっきからあの子、やけになってない?」

これで勝てるのかと顔に書いてあるサヤカがリングを指差す。

 

≪ワイバーン≫の機動力で翻弄し、虚を突いたと確信するとシオンは迷いのないトリガーを引く。

適度な距離で応戦しつつ、自分が得意としている剣を振るう相手の数手先の動きを読んでは、その銃口を向ける。

 

対戦相手の少女は、逃げ足の速いシオンを必死に捉えようとするが、焦りにより愚直な攻撃になってしまい、動きのキレが増すシオンには届かない。

普通ならばあっという間に終了のベルが鳴らされるほど実力差が開きすぎている。

 

しかし試合は終わることなく、装甲機竜の駆動音が響いていた。

狙撃手の命中率が著しく低いために。

 

被弾はまだない。

思い通りの試合運びができないことへのシオンのいら立ちが、観客席まで伝わってくる。

 

「………アルフィン」

戦闘面に限っては万能型だというイメージが定着しているシオンが、ライフル如きに悪戦苦闘している現象を、クルルシファーはどう説明すればいいのか分からずアルフィンへ助けを求めた。

 

「シオンにとっての機竜戦は白兵戦の延長線上に位置づけされています。剣や長もの、棍や投擲武器まで大部分はカバーしていますが、あの手の武器は実際に触れたことがないのでしょう」

また、指導者が不在のまま独自で鍛錬を積み重ねてきたのも原因になる。

基本動作を覚えてからは、持ち前の感覚で武術と装甲機竜を結び付け、それ以降はほぼ独学で鍛えてきたため、一見するとできている狙撃姿勢も実は滅茶苦茶なのだ。

 

「わざと不得手な武器を使ってこれだと、あの女の子の練習にもならないのに。何をやっているのよシオンは」

全力で戦うべき、そんな意見を持つサヤカは喜ばしくないという風に目を細めた。

お説教確定路線からシオンを救い出そうとしたわけではないが、アルフィンが横から言葉を挟んだ。

 

「立ちはだかる強敵に手の内を晒すのを防ぐために、苦手な戦法を用いてるとも考えられます」

「その強敵って、クルルシファーを破ったあのラルグリス家の長女よね?」

王城の客室で、オウシンの客人として通されたセリスがサヤカの脳裏によぎる。

 

学園の存在意義を守るために戦っている彼女も演習場に顔を出しており、観客席中段で油断なくシオンの情報を仕入れていた。

 

学園を訪れてからは会話らしい会話はしていないが、オウシンの教え子ということもあり、シオンとセリスが争うのは正直複雑な気分になってしまう。

 

「学内外の公式戦で負け星が一つもない、学園最強の名に相応しい実力者です。大方シオンは、分析をさせたくないなら自分が最も苦手としているスタイルで勝てばいいと考えているのでしょう」

対策を練るために必要な情報を与えず、磨き上げた剣技はセリス戦にまでとっておく。

伝聞でシオンの剣の性質がたどり着くのは確実でも、実際に目で見なければ事細かにプランを立てるのはいくらセリスでも難しいだろう。

 

にしても、シオンの攻撃は当たらない。

冷静さを失って、内心相当苛立っている。

 

大怪我のリスクが高いゼロ距離からの射撃なら外すことはないが、流石に模擬戦でそこまでやるつもりはないようだ。

 

「今度時間があったら、基礎の基礎からシオンに指導してあげたらどうでしょう。手取り足取り個人レッスンを」

「素晴らしい提案ではあるけれど、彼には断られてしまうのが目に見えているわ」

クルルシファーは言いながら、観客席の反応をさりげなく窺う。

アルフィンもその後を追うように視線を這わせると、見えるに堪えない稚拙な戦いに、渦巻いていた観客席の熱が徐々に冷めていっているようだ。

 

「まったく、本当に困った弟ね」

シンガ村で生活していたときは良く耳にしたその台詞。

アルフィンが反射的に視線を戻すと、座っていたはずのさやかの姿はなく、父譲りの運動能力で飛ぶようにして最前列に張られている鉄の格子に掴みかかった。

 

「こらシオン!」

リングを真っ二つに割った、言葉の一閃。

 

「みっともない戦いを続けてると、先代達に顔向けできないわよ!これ以上うちの名誉を汚すんじゃありません!」

 

 

 

 

 

単純に負けられない戦いだからこそ、わざわざ戦い方を変えるなんてまわりくどい真似をしたわけで、生活がかかっていなければこんなにも徹底しなかった。

 

そもそも模擬戦形式は苦手だ。

真剣を抜いた本物の時代の賽出場者に白星をあげたことはあっても、お稽古では木刀使いの小娘にすら勝ったことがない。

 

昔っから命を奪い合う決闘のほうが、模擬戦よりも何十倍も楽だ。

 

掬い上げることのできない深みまで落としてしまえば、如何なる相手だろうと葬る自信はあるが、模擬戦なんぞでは到底お披露目できる類の技ではない。

 

そして自分は針に糸を通すような作業が嫌いだ。

苦手ではない。

ちまちましていて嫌いだ。

 

よってライフルを担いでいても、個人的に銃身で殴りつけた方が手っ取り早い。

ただ麗しき子女に囲まれたこの場で、そんな野蛮な行為を見せつけるわけにもいかず、近接武装にチェンジしてセリスに勝機を見出させたくもないシオンのストレスは、凄まじい勢いで溜まっていった。

 

トーナメントなら色々とやりようがあるのに、紳士的に勝たなければいけない学園に少々うんざりしていた時に、

「こらシオン!みっともない戦いを続けてると、先代達に顔向けできないわよ!これ以上うちの名誉を汚すんじゃありません!」

その声が降りかかった。

 

先代の顔なんて知らん。

受け継がれてきた剣術も忘れた。

 

ステアリードとは縁を切ったはずなので名誉も糞もないが、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けたシオンは、一向に当たらんライフルを地面に投げ捨てた。

 

警戒すべきセリスは、先の決闘で戦ったバルゼリッドよりも格上で、こちらは全力を出し切れないハンデが課されているみたいなもので、「勝てる」を「絶対」で飾れるかどうかは微妙だ。

 

少しでも「絶対」に近づけるために、癖を見抜かれる恐れのない遠距離戦で封じようとしたが、「しちめんどくせえ」と吐き捨てた。

異変を察知した『騎士団』団員が≪ワイアーム≫の脚部の車輪にブレーキをかけた。

 

「まあいいさ。簡単に攻略されるなら、掃き溜めに刺さる剣にすら成れるかどうかも怪しい」

≪月華≫の雄剣を転送。

 

余計な力を外に放出するために脱力し、剣先を下に向けてふらふらと遊ばせ、不可侵の間合いにずけずけと侵入したら、一撃で仕留める気概で待ち構えるも、あからさまな狙いにはイノシシでも正面からは突進しようとしない。

 

牽制目的で放たれたダガーをやり過ごすと、僅かな隙にブレスガンに持ち替えた少女が後退しながら弾幕を張る。

 

ブレードで襲い掛かってくれたら一瞬で決着がついたのに、切り替えの早さを煩わしいと思いながら、蛇行した軌道を描いて掻い潜り。

 

「ほらよ」

「――くっ!」

ダガーのお返しとばかりに投げつけた≪月華≫が一直線に飛んでいく。

幻創機核からのエネルギーを注ぎ込んだブレードを盾にされて弾かれた≪月華≫は、上空へと舞い上がったが、一息つく間もは与えない。

 

迫る脅威に気を取られた少女の意識から外れ、爆発的な加速で間合いを奪う。

彼女はその間合いからサイドステップで抜け出そうと試みるも、真正面に張り付くような高速軸合わせにより抜け出せない。

 

ただシオンが無手であることに勝ち目を見出し、中型のブレードが上段から斜めに振り下ろされる。

斬閃に変化なしと唱えた直後だった。

 

剣筋が逸れる。

 

「うそ!?」

ブレードの腹を寸分の狂いなく、シオンがつま先で弾きパリィするという、到底人間がなす技でない高等テクニックを涼しい顔で行った。

 

雲裏乾坤(うんりけんこん)

観客席からの心地よいどよめきがはっきりと聞こえる余裕のあるシオンは、息を吐くとともに身を躍らせて、左手で打ちにかかった。

と、間髪入れずにその陰から右手が突き出された。

 

掌底をまともに受け、のけ反るようにして数歩さがった≪ワイアーム≫に追い打ちをかけるべく半回転。

 

こういう本格的な動作は封印しておきたかったが、打ち崩せるものならやってみろという意味も込めて、ちらりとセリスを一瞥する。

 

目が合った。

 

背中を晒して隙を作った。

そう捉えた少女は反撃に出るが、シオンは≪ワイバーン≫の右足を後ろに蹴り上げた。

身体が跳ねて、今度は残った左足での後ろ蹴り。

馬が後ろ脚を蹴り上げるような型取りのこの技は無影幻腿(むえいげんたい)、シオンが生まれて初めて習得した、古都の指定道場に伝わる技である。

 

直撃して怪我させたら更なる顰蹙を買いそうだったので、直前に左足の一撃は足払いにおさえ、かかとで払った。

 

「うわ……」

髪を跳ね散らしながら相手が尻もちをついた。

 

ベルよ鳴ってくれ。

 

健気そうな女を馬乗りになっていたぶる趣味のないシオンの思いが通じ、試合終了のベルが鳴った。

盛り上がりに欠けた試合に、エンターテイナーとしては失格だったと、装甲を解除した反省をしていると、一年が固まっているエリアからは黄色い歓声が上がった。

 

やはり野郎の野太い声は耳に悪い。

 

可愛いは正義を改めて認識したシオンは、ぺたりと座り込んでいる少女に両手を差し出す。

 

「大丈夫?」

「う、うん。ありがと」

力を余分に込めて、どさくさに紛れて抱きとめる。

理想はそうであるべきだったが、観客席のセリスからのまとわりつくような視線がうっとうしいので、ただ立ち上がらせるだけにしておく。

 

「じゃあね」

肌に傷がついていないかを調べるために、医務室に連れ込んで装衣を引っぺがす。

理想はそうであるべきだったが、観客席のセリスからの視線が死ぬほどうっとうしいので、シオンはクールに立ち去る。

 

登場したゲートとは反対側に進んだのが運の尽き。

控え室に入ろうとするサニアと鉢合わせてしまった。

 

敵視しまくりのサニアから声をかけられることはなく、シオンも接触を図りたいなどとは微塵も思っていない。。

目線を切って脇をすり抜ければ、サニアもこちらの存在を無視するように控え室へ消えていった。

 

――きつく臭うんだよ。生まれ落ちた時からべっとりと纏わりつく、こすってもこすっても消せない臭いが

 

不意に蘇ってきた老婆の声に、反射的にシオンは肩越しにサニアを見る。

無論、入室したサニアの姿はそこにはない。

 

「まさかな」

日陰仕事なんてしたことないのに、あの老いぼれのような特殊能力が発現してもらっては困る。

 

人の素性は手に現れる。

その教えに従い、聴勁の技術を応用すれば調べられないこともないが、握手を求めても躱される。

 

仮にこの言い表せない直感が事実だとしたら、貴族の娘っ子が底辺を這いずりまわっていたことになる。

真剣に考えるのが馬鹿馬鹿しい。

 

眉間にしわを寄せていたシオンは、目元を指でほぐしてから観客席のある上階へ向かった。

 

「最初からやりなさいよね」

合流早々厳しい指摘をしてきたサヤカに返す言葉もなく、仏頂面のシオンはどっさりと腰を落とす。

腕を組んで地蔵のように固まっていると、クルルシファーが肩をつつかれた。

 

「目立ち過ぎよ」

拳脚両用の格闘戦で圧倒して生徒たちの度肝を抜いたシオンに、顔を顰めるクルルシファーは酷くご立腹している。

危うさと怪しさ、そして颯爽とした雰囲気をここぞとばかりに醸し出しだしている学園でもある意味一目置変えているシオンには無茶な要求。

地味な勝利を熱望していたクルルシファーの機嫌が治ったのは、放課後の外出時だった。

 

 




39、40話が休息日の話になるので、45話までには三巻を終わらせたいです。

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