その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

35 / 54
展開を早めなければ……



三十四話

プロのなんでも屋、シオンの朝は早い。

身体が資本のこの仕事を長く続けるためには、学園敷地内を走り回り強靭な肉体を手に入れなければやっていけない。

ただし睡眠も欠かしてはならない。

日頃の疲れを溜めたままにしていると、気付かぬうちにガタがきてしまう。

井戸水で汗を流したら、ベッドを潜り込むのが彼の日課となっている。

 

次の起床時間は昼前。

空腹で自然と目が覚めると、財布を片手に賑やかな中心部へ繰り出す。

活気あふれる街中で騒いで帰ってくるときには日没を迎えている。

 

食堂の料理長お手製の夕食をぺろりと平らげ、それでも腹が満たされなければおかわりも注文し、水浴びをして就寝する。

 

そんな夢のような日常は、あっけなく崩れてしまった。

 

「働きたくないでござる!働きたくないでござる!」

早朝の学園長室。

ふかふかのソファーに寝転び、悲痛な叫びを上げるプロのなんでも屋シオンは怯えるように縮こまっていた。

 

「サヤカさんがシオン君の面倒をみてくれて助かってるわ」

「ざっけんなっ!迷惑なんじゃコラッ!」

雇っている職員に偉そうな態度を取られても、レリィの機嫌は損なわれたりしない。

学園に滞在しているサヤカによって、強制的に規則正しい生活を送らされているシオンは、普通に仕事をこなすよりも疲弊していた。

 

「このままサヤカさんには残ってもらおうかしら」

冗談じゃない。

もし実現したら王都に逃げ帰ってやると意思を固めた。

 

サヤカ襲撃からの三日間はサボりのプロと言えども監視者の目を掻い潜ることは出来ず、朝から晩まで仕事に追われた。

 

校内対抗戦があと少しに迫るこの日、サヤカが街へ挨拶回りに出ているので、募っていた不平不満をここぞとばかりにだらだらと漏らしている。

 

「御用ですか学園長?」

スケールを越えて世界への恨みつらみを吐いていると、とある女講師が遠慮がちに入室した。

ソファーで呪詛を唱えながら伸びているシオンを怪訝そうに見て、レリィの前に立つ。

 

「ごめんさいね。選抜戦で忙しい時に呼び出して」

「いえ、それでご用件とは……」

あまり関りのないこの講師は、今年配属されたばかりの新米だったはずだ。

一年目からクラスを受け持っていて、確かアイリやノクトのクラスだったと紹介されたような気がする。

 

二人の会話なんてぶっちゃけどうでもいいので、溶けてしまいそうなほどソファーに身体を預けていると、ご機嫌のレリィがこちらを人差し指を向けた。

 

「そこにいる怠け者を今日からあなたのクラスの副担当に任命することになったのよ。よろしくね」

「はい?」

「はい?」

反射的にシオンの口が動き、女講師の声と重なった。

 

「リーズシャルテ様を救出した功績と、クルルシファーさんを魔の手から救った功績を鑑みて、多少は目を瞑っていたのだけど、そろそろ不味いわよ。シオン君の働く姿勢」

理事長席に座るレリィが神妙な表情になった。

 

笑えないリアルな話に尋常ではない冷たさの汗が背中を流れる。

 

「投票の前にクビ?」

「そろそろ危ない感じね」

「どうして。俺なんにもやってないのに」

「何もやっていないからよ。働きなさい」

冷静なレリィのツッコミが光る。

 

いつもならば声量だけの乱暴な意見で応戦するシオンも、サヤカの存在によって弱体化している。

次から次へと問題が浮上し、シオンは参ったと頭を抱えたくなった。

 

人のものを教えるに値しない自分が副担当になってもポストの無駄遣いだし、生徒の上に立って指揮するのも相性は悪そう。

 

落ち葉拾い係で勘弁してくれないかと交渉しようとすると、レリィが究極の一言を付け加えた。

 

「お給料にも上乗せしちゃうわよ」

「さあ行こうぜ先生。確かに新米は頼りないかもしれないが、俺がいればベテラン講師も目じゃないぜ。俺達は二人で一人前。超がんばるから給料アップを頼むぞレリィ!」

お金に釣られて安請け合い+復活を遂げた。

 

動機は不純だが、ルクスばりの天才肌で使い勝手のいい、やれば出来るシオンは主に自習時間の監督や担当者が集う会議の出席、講師不在時の代理業務などの小難しそうな内容も含まれていたが、基本的にサポート役に徹していればいいだけなので楽そうだ。

 

 

「――というわけで、本日より私達のクラスの一員になったシオン君です」

 

「おはよう諸君。君たちのクラスの副担任を務めことになった。これからよろしく」

早速朝の挨拶で紹介されると、教室は異様なざわめきに包まれた。

 

先導してくれた女講師もまだ事情が呑み込めず困惑しており、希少な顔見知りのアイリはあんぐりと口を開けている。

唯一ノクトだけが、ポーカーフェイスでジト目を浴びせているだけだった。

 

「え、えー、では武官候補生は校内選抜戦で努力の成果を発揮してください。ただし無理は禁物です。大事故に繋がりかねませんので、その点だけは注意してください」

記念すべき初戦はもう二時間後に迫っている。

出場順は抽選で決められ、もうそろそろ演習場の掲示板に対戦表が張り出されるので、どのクラスでも緊張感が漂っていることだろう。

 

「最後に王都の大会に参加経験のあるシオン君に、締めの一言を頂きます」

変なフリを終わり際にぶっこまれた。

入学したばかりの一年にとっては初めての大舞台になる校内戦。

引き締まった心を適度に解す意図が先生にはあるのかもしれない。

 

シオンはいつになく引き締まった表情で教室を見渡した。

 

「一部を除きお前らの多くは入学して装甲機竜の正規訓練に取り組み始めた素人、対する三年は最低でも二年の経験がある。三ヶ月で二年の差を埋めるなんて、天才でも成し遂げられない所業だ。俺が言いたいこと、分かるよな」

一言で表現するならば、それはひどく残酷だった。

 

高まっていた士気を無に還す、とてもこのタイミングで送るべきでない言葉であったが、彼女たちはあっさりとぎこちない首肯をした。

 

「本来ならばこの期間に学年別の模擬戦が組み込まれていた予定で、そこでお前らの実力を再確認するはずだったんだが……。俺とルクスさんと頑固なセリスティアのせいでこんな事態に巻き込んでしまって悪かったな」

 

遺跡調査権を争う校外対抗戦への登録メンバーを決めるために、毎度こんな大規模なイベントを開催してはいない。

 

選抜された組織『騎士団』内での模擬戦が校内選抜戦と名付けられていて、それとは別に各学年ごとの模擬戦も実施されていた。

 

カリキュラムを崩してまで巻き込んでしまったことへのけじめをつけるためにシオンは頭を下げる。

 

「悪かったな、ですって……」

 

「あのシオンさんが謝罪を。なんて珍しいことでしょう」

 

「晴れてるけど、今日は雨――いや槍が降ってきそうですわね」

ノリが良い少女たちが、信じられないというようにざわつきはじめた。

 

「だから気負うことなく当たって砕けろ」

 

「砕けてしまっては意味ないと思うんですけど……」

 

「いいんだよ。一年は先輩方の胸を借りるつもりで戦って負けてこい。お前らの分の白星は多少動ける二年に稼いでもらうとするさ」

二年組は装甲機竜の扱いにも慣れてきているし、一年の差は大きいが期待できない差ではない。

それに技術者のリーシャとアルフィンが工房に籠って徹夜で二年生が所有している装甲機竜を改造していたので、『騎士団』戦で逆転できる点差で踏ん張れる計算がある。

 

「まあ、まぐれ勝ちしたら一日デートぐらいはしてやるよ」

クルルシファー発案の好感度アップ大作戦では当然一年生とも出かけ、シオンは高評価を得ており、それが評判にも繋がっている。

 

リーシャなどの例外にはえげつないシオンではあるが、それ以外をエスコートするときは『姫プレイ』を心掛けている。

 

勿論どんな些細な物を購入するときも自腹を切っているので、財布はどんどん軽くなっていく一方だが、小さいことは気にすんな。

 

「デ、デートですか……」

「甘美な響きですね」

 

思わぬ報酬の出現に、一層とざわめきだす。

学園の一番人気がルクスであっても、恋に恋するお年頃の乙女たちに見て見ぬふりが出来るわけがない。

 

他のクラスに広める者が教室から徐々に人が減っていく光景を眺めていると、

 

「私は負けるつもりはさらさらありません」

「ノクトか。頼りにしてるぜ」

不服そうなノクトが歩み寄ってきた。

 

数少ない最低学年での『騎士団』入隊者としての矜持が、ひしひしと空気を通じて伝わる。

 

「学級崩壊でも引き起こさせようとしているんですか、学園長は」

と悪態をつきつつも、例のパンティ騒動から口を聞いてもらえなかったアイリはルールが記載されたメモを押し付けてくる。

 

「どうせシオンのことですから、ペア戦のパートナー決めもまだですよね」

 

「ルクスさんを誘おうかなって」

 

「クルルシファーさんじゃなくてもいいんですか?」

 

「ああ、ルクスさんでいい」

 

そんなこんなで、口うるさいアイリと寡黙なノクトを引き連れて、二年生のフロアへ移動する。

途中、ノクトによりシャリスがセリスの味方に付いたと聞かされ、大して驚きもせずに二年の教室の戸を叩く。

 

特別講師として教壇に立った以来の教室では、一致団結した少女たちが気持ちを奮い立たせていた。

 

輪の真ん中にいるルクスしかシオンの目には写っておらず、ただ一直線にそこまで目指す。

学園を去るか残るか、運命を共にする二人が向き合う。

 

「パートナーは?」

「丁度決まったところ」

細く切られた白い紙を掲げるリーシャとティルファー。

先端が赤い色で染まった同様の紙を突き出すフィルフィ。

 

「わたしがクジで勝って、ルーちゃんの相棒になった」

淡々と事務的に述べるフィルフィが、くじで選ばれたようだ。

 

「代わって」

「ヤダ」

お菓子をわけあったりする仲のシオンとフィルフィが火花を散らし合う。

 

自分にとって大切なことは譲らないフィルフィと喧嘩をしそうになった、ベイルの屋敷での生ハムメロン争奪戦と似た緊張感。

 

「代わって」

「しーちゃんは、自分勝手すぎる」

強い口調で要求しても、フィルフィは微動だにしない。

 

ずけずけと好き放題言ってくれるフィルフィに久々にイラッときたシオンは、頭をかき乱しながらティルファーの紙を奪い取った。

 

「クルルシファーさんと組むのは駄目なの?」

前回の遺跡調査でゴーレムを打ち崩した連携を目の当たりにしているルクスが仲裁に入った。

通常のペア戦ならそれで妥協していたが、女学園の支配者と対決するなら退くわけにはいかない。

 

「じゃあ俺もクジ引く」

 

「クジ引くって、再抽選でもするのか?だとするならわたしはパスだ。一度決定したことにケチは付けたくない。今回は天然娘に譲るよ」

 

「いいよ、こうやるから」

傍の机からペンを拝借したシオンが驚くべき行動をとった。

 

鋭く尖ったペン先を手のひらに突き立て、線を引くようにその状態で横に引いたので。

 

切り裂かれた表皮から、みるみるうちに血が流れ、指の隙間から零れ落ちる。

 

「し、しおりんっ!?」

呆気に取られているティルファーから奪った外れくじを傷口にあてがうと、先端が赤く染まった当たりくじが完成した。

 

「これでいい?」

何事もなかったかのように、くじを丸めてルクスへ投げ渡した。

 

痛々しい傷はそれほど深くはなく大事には至らない、それでも狂った発想にまるで世界が死んだように教室が静まり返る。

 

ルクスは周囲の反応を伺いつつ、

「結論をまずは教えてほしい」

 

「個人戦でセリスティアを潰そうとしたが気が変わった。たまには男らしく意地を張ってみようって誘ってるんですよ。学園最強に勝利を収める格好いい男子二人組………投票で勝ったも間違いなしだ」

 

「現実的に考えて、最も勝算があるシオンのパートナーになっても、僕じゃ足手まといだ。そうだよねクルルシファーさん」

王都の公式試合の準備期間では、シオンはルクスを練習パートナーにしていたので、お互いのスタイルは熟知している。

 

防御特化のルクスだと負けはしないが、選抜戦のルール上、勝ち切ることも難しくなるのは明らかだった。

 

ペア戦に限れば一概には言えないが、主力のシオンは神装機竜使いと組ませるのが安定だ。

 

「私はシオン君に従うわ」

シオン信者筆頭のクルルシファーはそう言い放つと、駆け足で教室から出て行ってしまった。

慌てて退室したクルルシファーには目もくれず、自分自身に言い聞かせるようにシオンは呟く。

 

「平凡な男であの堅物に受け入れられるか?示すんだよ。上には上がいることを。俺達が特別に強いってことを。女を落とすには、まず興味を持ってもらわなきゃいつまでたっても良い人止まりだぜ」

別段深い考えがあったわけではなかった。

 

騒動を引き起こした男が最も働かなければならないし、最も目立つ活躍をしなければ、単純に納得がいかない。

 

だから戦略とかを抜きにして男同士で組むべきだし、そっちのほうが印象にも残ってくれると思うのだ。

 

「わたしも、ルーちゃんと一緒に戦いたい」

 

「腐れ縁のフィーちゃんさんの力になりたい気持ちはわかるが、こんなナリでも俺らは男だ。俺とこの人のための戦いなのに、俺らが大将の首を取らねえでどうするんだ。なあ、ルクスさん」

 

「シオンがここまでやる気を出すなんて珍しいね。トーナメントも嫌々出場することがあったのに」

 

「むさい野郎が囲う闘技場か、お嬢様に囲われた演習場。後者のが断然燃えるだろ」

 

「僕と組んで目途は立つの?」

 

「何事も、やってみなくちゃ分かりませんよ。勝利への道筋は、剣を振り回している中で見出すもんだろ。少なくとも、俺はそうやって生きてきた」

恐らく王都のトーナメントとの出場者とは比較にならない強敵だ。

 

無策で突っ込めば必ず痛い目をあうだろう一戦と認識しているかを確認するルクスに、曖昧な言葉で濁すが、その表情は得体のしれない自信で満ち溢れていた。

 

「時間がない。早く決めろ」

ルクスは一瞬の沈黙のあと、肩をすくめてから顔だけをフィルフィに向けた。

 

「フィーちゃん……」

「ルーちゃんなんか大っ嫌い」

「ええっ! まだ何も言ってないのに!」

とはいえ、言わずとしていることは読み取れると言いたげなフィルフィは、心なしか不満そうではある。

 

「しーちゃんも大っ嫌い」

「一番街区の『ミス・ドーナツ』をお詫びの印として奢ってやろうとしてたんだけどな。嫌われちゃ奢れねえや」

「わたしとしーちゃんはかけがえのない友達」

「それズルくないっ! だったら僕もお腹いっぱいになるまでフィーちゃんの好きなもの食べさせてあげるよ!」

「じゃあルーちゃんのことも許してあげる」

餌付けでせっかくの当てたくじ引きを無効としてしまう、寛大な心を持つフィルフィ。

 

それとも自身の代わりとしてルクスを預けられるほどシオンが信頼されているだけかもしれないが、これで何とかペアは決まった。

 

「よしっ、じゃあ今からルクスさんが俺のパートナーな。俺が『阿』と言ったら間髪入れずに『吽』と言えや。ただしその逆が通用するかと思ったら大間違いだぞ」

 

「うん。意味はよく分からないけど、清々しいほどのガキ大将理論であることだけは伝わったよ。もうペア解消を申請したくなってきた」

最強のコンビになるのか、ちぐはぐなコンビになるのかは、本番までのお楽しみとなるが、最も期待ができそうなコンビであることは間違いがなかった。

 

抜け駆けが発生しないことでリーシャを含め数人が安堵していたが、改めてペアを組みなおさなければならなくなったので、慌ただしく選抜戦を迎えそうになっていた。

 

教室から姿を消したクルルシファーはシオンをパートナーにする気でいたけど、本人が乗り気ではないとみると身を退いたそうだ。

 

赤色のくじを引いた人は戻ってきたクルルシファーと組み、普通の紙を引いた者でペアを組む、というルールで再度くじ引きが始まり、結果としてフィルフィ&ティルファーペアと、リーシャ&クルルシファーペアでまとまった。

 

肝心のクルルシファーはというと、治療セットをわざわざ医療室に取りに行っていたので、報告を受けるとペア変更の申し出を訴え、リーシャが怒るという展開になったが、それが彼女達なりのコミュニケーションなのだろう。

 

椅子に座るシオンが片手を差し出すと、クルルシファーが片膝をついて傷口の処置をする。

その二人の関係にリーシャは両目をごしごしと擦った。

 

「ここまで上下関係がはっきりとしていると、婚約者候補よりも主従関係に近いな」

「世間知らずのお姫様は口を慎みなさい。これこそが、大人の恋愛なのよ」

どこからどう見ても、ご主人様と侍女にしか見えないというのがクラスメイトの総意だった。

 

しかし治療の褒美として頭を撫でられて、クルルシファーが頬を紅潮させると、主従関係よりも悪い男に騙された貴族のお嬢様という図がしっくりくると改めたのであった。

 

「じゃあルクスさんはペアの申し込みをお願いします。俺はちとお出かけしてくるんで」

「えっ、こんな時間に?」

刻々と選抜戦が迫ってきているのに外出しようとするシオンに、雑用を押し付けられたルクスが素っ頓狂な声を上げる。

 

時間内に参戦できなければ問答無用で不戦敗となってしまう。

と生徒に説明はされている。

 

窓際で包帯を巻かれた手を握りしめたり、開いたりと、動作を確認しているシオンの視界の先には、学園の正門に突っ立っている人影が。

にやりと口角を持ち上げたシオンが、グラスを傾ける仕草をして

「ちょっと一杯ね」

 




次回でルクス医務室突撃までを終わらせたいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。