その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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エターなるかならないかの運命の分かれ道、社畜デビューしました。

見直したり深く考えたりせずに投稿していくので内容は雑になります。




三十三話

 

 

「―――シオン、起きてください」

その声が死んだように眠っていたシオンの目を覚まさせたが、接触を拒絶しようと毛布を頭から被り二度寝を決め込んだ。

 

中途半端に寝てしまったから、余計に起きるのがしんどい。

 

猛烈な睡魔に敗北しそうになっていたシオンだったが、自身と一体になっていた毛布を引っ剥がされてしまった。

 

「んん………アイリーンか」

「変なあだ名つけないでください」

重い瞼を持ち上げると、窓から差し込む月明かりに照らされたアイリが、毛布を抱きかかえていた。

 

「髪の毛抜けましたか?」

「切ったんだよ。俺に突っ込ませんな」

「どうでもいいですけど、もう食事の時間です」

この頃同年代組が冷たい。

 

食堂が解放されている間に食べなければ、その日はメシ抜きで我慢するか、自分で材料を借りて料理するかのどちらか。

 

自炊をしないシオンは必然的にメシ抜きとなるので、這ってでも学食に行きたいところだが、立つのもめんどくさい。

 

「歩くのだるい。おんぶして」

 

「ヒキニートに与える食事はありません。食べたいならちゃんとその足で歩いてください」

 

「ケチだなぁ。もっと俺を甘やかしたって罰はあたんねーよ」

 

「シオンはもう十分に甘やかされていますよ。ほら、早く立ってください」

 

日に日に扱いに慣れてきているアイリが、非力ながらも頑張ってベッドから追い出そうと引っ張ってくるので、なんだか悪いことをしているような気分になったシオンはゆったりとベッドから降りる。

 

欠伸を噛みしめていると、服の裾を掴んで先導してくれるアイリの面倒見の良さに思わず頭を撫でて上げようかとも思ったが、子ども扱いは嫌がりそうだったので伸ばしかけていた手を引いた。

 

「また兄さんと厄介事を起こしたみたいですね」

どちらかといえば、ルクスは巻き込まれた側に分類できると思われる。

 

まあアイリもそんなことは重々承知の上で、皮肉めいた言い方をしているのかもしれないが。

 

「不安はいらんよ。これからもアイリの大好きなお兄さんは、学園でハーレムライフを継続することになる」

やっぱり元気づけるようにわしゃわしゃとアイリの頭を乱雑に撫でまわすと、振り払うこともなく、ただ消え入りそうな声で小さく呟いた。

 

「それは気休めですか」

「全く違うね。既に確定した未来をアイリに教えてあげてるだけよ。セリスティアじゃあ、どう足掻いても俺には勝てない」

それは半ば断言に近かった。

まるで万物を見下したような発言を、あまりにも真剣にするものだから、お馴染みの冗談なのかどうかの判別がつかないアイリは受け取りずらく感じてしまっていた。

 

「ルクスさんが心配?」

学園で実兄と再会するまで何年も離れて生きてきたアイリは、寮という集団生活ではあるが、ようやく一緒に暮らせるようになったのだ。

もしかしたら、と最悪の結末が脳裏に過ってしまうのはやむを得ない。

 

「シオンは私ではなくて、兄さんを心配するのですね」

 

「私を心配してほしいってか?」

 

「そういうわけではありません。ですがクラスメートも皆が皆、私を心配してくれるんです。兄さんが学園を出て行ってしまったら、強い兄さんは平気で、弱い私は駄目みたいに」

 

病弱だった幼少期ならまだしも、身体が丈夫になっている現在も保護対象のような扱われ方をされるアイリの言い分は分かるが、それは致し方ない。

 

大多数の人間なら機竜使いで兄のルクスよりも、文官候補で妹のアイリを気にかけたくなる。

しかしシオンはアイリではなく、ルクスだった。

 

「遥か昔、神話の時代から女の方が強いって相場が決まってんだよ。逆に男なんて強く見えるだけの雑魚だぜ。ぬるま湯に浸かりすぎたお兄さんが、奴隷のような雑用係に戻ってみろ。俺なら初日でダウンする自信がある」

雑用王子として幾つもの仕事を請け負ってきたルクスなら、もとの生活に戻るのは耐えきれないことではない。

 

善良な国民などいくらでもいるし、そういった人々と触れ合うことで救われてきたルクスであっても、心に空いた小さな穴から肉体は荒んでいくのだ。

 

「中途半端に出るよりも、やり切ってから出たほうがルクスさんのためになる。病が気から起こるのは事実だぜ」

似たような心配をアイリをしていたのだろう。

 

健気でよくできた妹さんだと思う一方、アルフィンではなくアイリが起こしに来てくれたことが頭の隅にちらついた。

 

仮にも従者のアルフィン。基本シオン関連の役目はアルフィンが進んで動いているのに。

 

「シオンに依頼があります」

こちらの返事を聞かず、アイリが古びた皮布を押し付けてきた。

書皮――と思ったのはシオンの勘違いだったようで、包まれていたのは紙幣の束。

 

「おおう、稼いでるね」

 

「選抜戦の試合方式は『騎士団』戦と一般生徒戦で区別されています。一般生徒同士の戦いでは、一戦ごとにポイントが振り分けられますが、『騎士団』戦ではそのルールは適用されません」

上級生と下級生の実力差や人数差を考慮して、今回の選抜戦では特別ルールが追加され、勝ち数ではなくポイント制になっている。

 

一般生徒戦では勝利得点+内容得点等々の加点が、一戦一戦加算されていくことになっているが、実力者揃いの『騎士団』戦では、また別のルールが用意されている。

 

「『騎士団』戦は勝てば生き残り負ければ脱落するサバイバルです。ただ一戦ごとに点数が入るのではなく、勝者総取り。敗者には1ポイントも与えられません」

 

人数の居ない『騎士団』戦では、負けてしまったらもう試合に参加することは出来ず、強制的に観客席送りとなり、相手のメンバーを減らしきった側が勝者だ。

 

内容なんてどうでもよく、ただチームで勝ち切ることだけを求められる。

特別にシオンとルクスはこちらに属することは決定している。

 

「そんで?」

 

「『騎士団』戦の総得点は75点。これは単純計算で一般戦の一日分に相当します。つまり、よっぽどの点差が開かない限り、『騎士団』戦の勝敗で全てがひっくり返ります」

それでも文句がでてこないのは、セリスという絶対的な強者のお陰か。

 

学園最強が負けるはずないと、男子反対派は信じている。

 

受け入れ賛成派は神装機竜使いが勢ぞろいしているため、彼女たちに期待している。

 

「勝ってください。仇なす者を全て薙ぎ払って、最後に立つ一人になってください」

助けでも乞うように、それでいて強い光が宿る目がシオンを貫いた。

 

「『黒き英雄』に頼めば?」

 

「セリス先輩のような真っ直ぐな女性に、兄さんは弱いんですよ。兄さんはお人好し馬鹿ですから。ですが、ただの馬鹿であるシオンはそうではありませんよね?」

 

「馬鹿って部分は訂正したいところではあるが、女には滅法強いな」

 

「だからこそシオンに依頼しています。そこには年明けごろから貯めたお金が入っています。本来は借金返済に使う予定でしたが、依頼を受けてくれるのであれば差し上げます」

もう勝敗など決しているかのように押し付けてくるアイリには随分信頼されているみたいだ。

 

年頃なのにいろんな欲を我慢して、兄の助けになろうと頑張ってきた証は、紙の束にしては重く感じた。

そこから一枚引き抜いたシオンは、皮布をアイリへ投げ返す。

 

「もうアイリもレディなんだからさ、しっかりした下着でも買ってこい」

 

「―――ッ!? なんですか急に!」

 

「いや、階段でお前のパンチラ拝んだ時に思ったんだけどよ、金あんならもっと立派なショーツを身につけろって」

これまでとは一変して真っ赤になったアイリが、慌ててスカートを押さえた。

 

不可抗力で、自分に非は一切ない。

パンチラを推奨しているような制服を支給している学園が悪い。

 

「さ、最近のは安物でも長持ちするのでいいじゃないですか!」

 

「いやいや、そんな一日穿いただけでカビが生えそうなパンティはいかんぜ。女の価値は目に見えない場所からって聞いたことない? アイリももっと女を磨くために、その純白のパンティを取り換えることから始めよう」

 

「カビなんて生えていませんよ! し、死んでください女狂い!変態!覗き魔!兄さん!」

アイリの中では「兄さん」が悪口となっているのか。

ルクスがいたら涙するようなことを平然と口にして殴りかかってくるアイリ。

 

「ルクスさんはお前らを思って俯いて階段に突入するが、俺はがっつりと拝んでいる。もう全校生徒のパンティの柄をそらで言えるレベルだぜ」

燃料投下をもう一発すると、アイリのグーパンチが加速したが、まだ速さが足りない。

 

華麗な足さばきで逆にアイリを翻弄し、後ろから両手を拘束する。

 

「依頼は受けてやるから暴れるな。いい年した淑女が手足振り回してるのはみっともないぞ」

 

「もういいです。シオンに依頼しようとした私が一番馬鹿でした。今日はシオンのせいで疲れました。離してください」

完全にふてくされてしまったアイリが、ひどく疲れた声音で解放しろと訴えかけてきた。

 

もっとからかってしまえば、一生口を聞いてもらえなくなりそうだったので大人しく従っておくと、アイリはわざとらしいため息をつき、廊下を逆走してしまう。

 

「アイリはダイエットなんかしなくても、ナイスバディだって」

 

「夕食はとっくに済ませています。馬鹿シオンは勝手に学園から追い出されればいいんです。投票であと一票足りないって理由で泣きついてきても知りませんからね」

プンスカプンスカという可愛い効果音が聞こえてきそうな不機嫌アイリも、なんだかんだ言って賛成票を入れてくれる優しい女の子。

 

この決戦が終わったら大人っぽい下着でもプレゼントしてやろうと思いついたシオンは、紙束から抜いた依頼金をポケットに押し込んだ。

 

戦の勝敗が戦う前から既に決まっているとするなら、事前の徹底した準備が勝利の要因。

 

だから事前に騎士団三年組の一部や、騎士団に属することは同意しなかったが腕利きの一般生徒を口説いて味方につけ、校内戦で虐殺する計画を密かに練っていたのだけれど、その裏工作を撤回しよう。

 

軋轢は最小限で、勝利を捥ぎ取ろうと決意を新たにした。

 

〔んん!ボクがいる、ボクが近くにいるよシオン!〕

腹が減っては戦も出来ないため、食堂でたらふく食べようと気合を入れていた時だった。

ようやく目覚めたミハイルが、鼓膜を揺さぶる甲高い声で鳴きながら飛び跳ねる。

 

「キミが寝ている間に運ばれてきたんだ」

 

〔やったぁ。これでシオンはワイバーンなんかじゃなくで、ボクに乗れるね!〕

ワイバーン『なんか』と強調しているあたり、やはり潜在的に刷り込まれた劣等種への嫌悪感は、修正できることではなかったか。

 

「時間が空いたらセッティングでもするか」

自室に投げっぱなしにしているままなので、リーシャの工房で機体を召喚してから専属技術者のアルフィンに調律してもらおう。

 

〔えー。ボク今からシオンと遊びたい〕

「それは聞けない願いだな。俺が腹ペコで死んじまう。まあ俺が死んでも構わないなら、演習場で乗ってやってもいいが」

〔それはダメだよ!ゼッタイにダメ!〕

「なら我慢しなさい」

〔はぁい〕

 

自分の命を引き合いに出せば、こんなにもミハイルは素直になった。

純粋な幼竜に嘘をついていることで複雑な気持ちになったが、親が子供へのしつけの一環としてする怪談話みたいなものだ。

 

空腹でお腹が鳴ったので、早足で歩きようやく食堂へ。

 

「それでね、あの子ったら木に登ったまま我が物顔で『このリンゴは俺たちのもんだかんな。やらねーぞ』って。思わず笑っちゃったのよ」

宿敵サヤカと愉快な仲間たちが、横長のテーブルの一角を占領して盛り上がっていた。

 

アルフィンを連れ、ミハイルを背負い放浪していた頃、シンガ村に流れ着いた初日に起きた事件。

 

あの時も空腹を満たそうと、真っ赤なリンゴが実っていた庭木によじ登っていたのを、その家に住まうサヤカに発見された時に、採ったリンゴを渡すまいと咄嗟に口が動いてしまった。

 

大笑いしたサヤカだったが、結局木の上から引きずり降ろされて、拳骨を一発貰った。

そして事情を話すと、サヤカが家に置けないかと父であるオウシンを説得してくれたので、ステアリード家に身を寄せることになったのだ。

 

とはいえ、昔話を会話のネタにされるのは、なんだかむず痒い。

 

ルクスやリーシャ、クルルシファーだけではなく、シャリス、ティルファー、ノクトの学園名物トリオに、昔からの中のフィルフィまでもが興味津々な様子だ。

あそこに混ざるのはやめておこう。

 

「失礼する」

「誰です?」

「髪切った途端これかよ。学園の治安を守る正義の味方シオンさんだ」

 

全学年がバラけて歳の差など関係なく食後のティータイムなどをとっていたのが嘘のように、三年と一二年に明確な境界線がひかれていた。

 

シオンは食堂の出入り口付近に陣取っていた三年の集団の、とある少女の隣に座らせてもらうことにした。

 

「新手の嫌がらせのつもりですか?」

その少女とは反対派のリーダー、セリス。

 

昼間にあんなことがあったのに、まるで何事もなかったかのように接してくるシオンの図々しさに、セリスも苛立ちを隠そうとはしない。

 

「お前の中での俺はどんだけ性根が腐ってんだよ」

仲良くしようと歩み寄っているのに、随分と酷い物言いだ。

云わば敵陣に丸腰で特攻したシオンには、同席している三年生からの奇異な視線が当てられる。

それだけではなく、我慢ならぬと立ち上がった生徒もいた。

 

「サニア」

「男が傍にいては食事が喉を通りません」

特にシオンを毛嫌いしているサニアは、早々に食器を片づけると食堂を後にした。

三年の面々からの責めるような目つきに反省の色すら見せず、運ばれてきたパスタを味わう。

 

「………この学園には、旧帝国の行き過ぎた男尊女卑により傷つけられた生徒が多く在籍しています」

「なら俺が男性恐怖症や苦手意識克服の手伝いをしてやる。ここにいる全員、遅かれ早かれ嫁入りするんだ。だったら花嫁修業の一環として、俺が講師となって教えてやんよ」

授業を受け持つだけで学園に居れるのなら安いものだ。

 

「つーか騎士団の団長様が男嫌いはシャレになんねえから早いとこ治せ。俺の情報が正しければ、王都で先輩軍人をボコしたんだろ」

 

「そ、それは少し加減を間違えてしまっただけで、故意でやったわけではありません」

 

「故意だろうが過失だろうがそんなの、受け取り方次第だろ。お前が張り倒した軍人が、臨時教官として学園の生徒に指導という名目で仕返しを企てていて、シズマも後処理に追われて大変なんだぞ」

ベイル曰く、突っぱねても懲りずに申請してくると、シズマが嘆いていたそうだ。

 

良かれと思い取った行動が、学園の女生徒を危険に巻き込んできたかもしれない。

暴力で解決するのは愚者の手段。

自分のことを棚に上げた説教に、生真面目なセリスは軽率な行いをさっそく悔やんでいるようだった。

 

「オウシン先生の愛弟子に迷惑をかけてしまいました。これでは先生に合わせる顔がありません。早いうちにお詫びに伺わなければ……」

食事の手を止めて深く考え込んでしまった。

 

ぶつくさとぼやきながら、手帳を開いて日程調整をしている、謝罪訪問する気満々セリスは放っておき、目の前の料理をぺろりと平らげる。

学園の料理長は良い腕だ。

元王城料理人の肩書は伊達ではない。

 

「お前さぁ、なんであのヴァイオリン使ってんの?」

「チェルティは良く鳴りますよ」

食事などそっちのけで手帳に書き込んでいたセリスのペンの動きが止まる。

そういえば制作者はそんな甘々なスイーツにつけられそうな名をしていた。

 

「公爵家の財力ならもっと高いランクのヤツも手が届くだろ。質は一流だが、それなりの銘どまりの作品だ。大貴族のお嬢様が弾くようなヴァイオリンじゃねえよ」

楽器の銘というものは、ある意味でステータスだ。

 

高額なものでは9ケタ、一桁減らしたものなんてざらにある。

たかが木にそんな値段がつけられるなんて世も末だなと、素人が抱く感想は正論である。

 

『ドルフィン』、『アラード』などの三大と冠するヴァイオリンと、名も無き職人が手掛けたヴァイオリン、その音に大した差などない。

 

それでいても名器は数多くの人から求められる。

 

資金力豊かな貴族であれば、所有している楽器が地位を確認するためのステータスシンボルとなる―――のかもしれない。

 

セリスの愛機は、中級貴族が持つに相応しいものだと判断できるので、当主からもっと有名な製作者の作品を買い与えられているのではと疑ってみる。

 

だとすると金の無駄だ。

チェルティがサブだとしても、プロの音楽家でもないセリスにサブなんていらない。

 

フルーツの盛り合わせからリンゴをつまむと、セリスがぽつりと口を開いた。

 

「ウェイド先生が与えてくれたヴァイオリンを重宝することが、先生へできるせめてもの恩返しです」

とことんお堅い女だ。

 

しかし、しがない音楽家には分相応の楽器が丁度いい。

 

ヴァイオリンの黎明期に巨匠と呼ばれた楽器職人が作成した楽器を買い与えられたところで、どうせ趣味の延長線上でしかないセリス程度の腕前では鳴らないのだから。

 

弓を立てれば音は出る。

普段と何ら変わらない擦弦楽器の音ならば。

 

弾くに値しないと判断されてしまえば、ヴァイオリンが奏者を拒む。

 

後世に絶大な影響を与えた銘器では硬い音しか鳴らず、使い慣れた安物の愛機のほうが人々に甘い感動を覚えさせる演奏を披露できたのはヴァイオリンが奏者を選ぶからだ、なんて話はオカルトじみているが真実なのである。

 

「一流の演奏家の大前提は、生涯の伴侶を持つことだ。思い入れのある愛器は、必ず音で答えてくれる」

慣れていない道具を完璧に操ることは困難だ。

 

だから奏者は愛器を一つ持ち、身体の一部として肌身離さず連れ添っている。

 

そして長い年月をかけてようやく、楽器の個性に合わせ、自分の個性も殺さない、その楽器における最高の音を引き出すことができる。

 

独り言のつもりだったのにセリスはたどたどしく頷くと、ためらうようにして潜めた声で。

 

「オーケストラの常任指揮者に就いているのは本当ですか?」

「どっから漏れた情報?」

「………サヤカさんが」

思わず大きな声を出しそうになったシオンは寸前で堪え、テーブルにがっくりと突っ伏した。

 

「どうしてお前の口からサヤカの名が出てくんだよ……」

 

「オウシン先生がお城へ招待されたと一報が入ったので、王都を発つ前日に挨拶に赴きました。丁度サヤカさんも居合わせてたので、そこであなたの有益な情報をいくつか仕入れたんです」

 

「その域まで達するとか、もはや俺のストーカーだな。終身名誉ストーカー・セリスティアの爆誕だ」

 

「そ、そんな不名誉な称号はいりません」

色とりどりの果物をフォークでつつくシオンが、かなり執着する性分のセリスを称賛した。

 

両派閥のトップ格が同じテーブルにつくというだけでも注目を浴びるのに、セリスが我慢せずに声を張り上げて否定していれば、サヤカを中心としたグループもこちらに気づいていただろう。

 

「常任指揮者は常任指揮者だが、音楽好きの庶民が集まっただけの貧相なオケのな」

皇室宮廷音楽団なんかと比較するのも烏滸がましい、存在意義すら明確でない集団のためシオンはさりげなく自嘲する。

 

「ですが、よく結成しましたね。大人数になればなるほどメンバーの足並みが揃わなくなり、まともな演奏ができないと聞いたことがあります」

 

「小さな修道院にコンバスを除いた弦楽器が放置されてて、修道士さんに習ってた住民いたのが救いだった。土台は整ってたから、あとはノリで何とかまとめ上げたさ」

フレットレスの弦楽器は、特定のキーを押さえれば特定の音が出るというものではない。

 

正確な音程がとれるようになるまで時間がかかり、だからこそ他の楽器に比べ取っつきにくい印象があるし、実際にそういう側面もある。

 

「社交界などの舞台で、ソロで立つしかなかった私からみれば羨ましい限りです。来る日も来る日も講師との個人レッスンの閉塞的な毎日を過ごしていた私からすれば………いいなぁ」

セリスはなんだかとても落ち込んでしまった。

 

音楽家は人と集まって何かをすることが好きとよく言われ、セリスも見事に当てはまりそうだ。

けれども、なんだろう。

ぼっち気質が垣間見えるセリスが不憫になってきた。

 

励ましと哀れみを込めセリスの肩を叩くと、そっけない態度で振り払われた。

音楽談話を餌にして会話のペースを引き寄せようとしたのだが、流れをぶった切るようにセリスがバンっ!とテーブルを叩いた。

 

「か、勘違いしないでください。弱音を吐いたのは慰めてほしかったからではなく、あの日々を糧にして身につけた逞しさ誇示したかっただけです。私が宿す不撓不屈の精神があなたを倒すことをお忘れなく!では、ごきげんよう」

慌てて食器を片づけたセリスは大々的に宣言して去っていった。

 

昼間張り紙を顔に押し当てたことを謝りたかったから絡んだのに。

謝りそびれたシオンだったが、音楽ネタで釣れるという収穫もあったため悲観的ではなく、果実を次から次へと口へ放り込んでいく。

 

とりあえずあの女はちょろい。

シオンの勘がそう告げていた。

 






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