その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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二話

城塞都市の街はずれの小さな湖畔。

三角座りをして釣り糸を垂らしているのは、アーカディア旧帝国の第七皇子だ。

「はぁ、僕ってだめだなぁ……」

悲壮感を漂わせているせいか、小魚が一匹も寄ってこない現実が、更にルクスを追い込んでいく。

 

これまでの経緯を簡単に説明すると

ポシェット咥えた野良猫を追いかけて、女学園の風呂場の屋根を突き破るダイナミックな痴漢で学園を沸かせ、新王国の第一王女と決闘を繰り広げ、旧時代の遺物である遺跡より出現するも普段は街に迷い込んだりはしない幻神獣とも決闘を繰り広げ、次の日起きたら何故かその学園に転入することとなった

 

ということだ。

 

急展開過ぎて整理がつかないまま授業を受けたが、ルクスには到底理解できる内容ではなく、気分転換に放課後この釣り場まで足を運んできたのだ。

 

まき餌を義務的に投げ込みながら、ぼそりと呟く。

「そうだよね、僕なんかに釣られるようでは一生の恥だもんね……」

そのまま湖にダイブし、古都国的に言えば土座衛門化しそうな雰囲気だ。

気分転換のため訪れたのに、釣り堀にはルクスしかおらず、余計に寂しさが込みあげてくる。

受付にすら人がおらず、窓口の空き瓶にお金は入れておいたが、もはや無法地帯の釣り場だ。

 

釣りなんて数回嗜んだ程度で、漠然と釣り糸を垂らしていると、腕に妙な手ごたえがあった。

どうやら当たりが来たらしい。

取り逃がしてもいいかと竿を上げると、無欲さが功を奏したのか、存外あっさりと小さい魚が釣りあがった。

新鮮な魚が元気がないのが自分の心情を表しているようで、一人で悪い方向へ自滅していくルクスは、とりあえず脇に置いてあったバケツに移す。

 

「そこの客! ここのルールはキャッチ&リリースだ!」

建物の方から大声が響き、油断していたルクスは思わず身をすくませる。

視線を上げるとどう見ても場違いな、片目に縦の傷を走らせるオールバックの中年男が仁王立ちになっていた。

 

「馬鹿野郎! そこのお前、ボスのシマに手を出したら落とし前は高くつくぞ!」

そして反対側からも透き通るような怒鳴り声が聞こえてきた。

 

――この声は……

 

それは数少ないルクスの、友達なのか知り合いなのか判別はつかないが、気を許せる仲の少年の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

ただ生きているだけでいろんな問題にぶつかる。それをどう解決させるかが、結局は生きている上での問題となる。

問題を解決すれば、その次にはすぐ新しい問いが目の前にある。

どこまでもどこまでも、問いは積み重ねられ、叩きつけられる。

 

「シオンがボクを見捨てた! 見捨てたよ!」

問いではなく丸太のような尾を叩きつける竜がいた。

うらぎりもの、つらよごし、などどこで覚えて来たのか、様々な罵倒がシオンを突き刺す。

 

「いちいち泣き言を吐くのは感心しないな」

胡坐をかいて、竜――ミハイルの胴体に背中を預ける。

足を伸ばして座りでもしたら、地面を叩きつけるミハイルの尻尾の巻き添えになってしまう。

 

詳しくは追及していないが、フギルが成そうとしていたのは意思を持つ機甲殻剣に関するものだというのは、脱走したのちに知ることになる。

この一面に広がる花畑は、精神世界というものらしく、初めて迷い込んだときはつるりとした白い石が転がっているだけだった。

深い眠りにつくことで訪れることが出来るこの場所には望まずとも導かれ、表面に静脈状の筋が蜘蛛の巣のように走っている球体を観察していると、甲高い音で鳴いたのだ。

触れていないのにガタガタと動き出せば、不意に揺れが止まり静かになったり。

シオンの訝しげな視線もよそに、突如石に一本の亀裂が入った。

一本、また一本。

石のてっぺんで何本もの亀裂が出会い、一部分がためらうようにカタカタと動き出し、そのひとかけらが浮かび上がった。

シオンが身じろぎもせずにいると、てっぺんに空いた穴から頭が、不自然にねじ曲がった体が。

粘膜で覆われていたそのドラゴンが、ミハイルだった。

遺跡から発掘された古文書では、天使の長ミカエルの名が確認できているが、それと関連しているのかは明らかになっていない。

 

それからは孵化したばかりの雛が、最初に見たものを親鳥として認識するように懐かれてしまい、今に至る。

 

「だって、だってぇ!」

ミハイルの叩きつけ攻撃により、宙を舞う花びらを顔で受け止める。

身体の成長は人間なんかよりずっと早く、手で包み込めるサイズだったミハイルは、逆にシオンを翼で包み込めるほど大きくなった。

しかし精神年齢は人間の成長速度と変わらない。

 

機甲殻剣を没収されたため駄々をこねるミハイルに、そろそろシオンもうんざりしてきたところだ。

 

「だってじゃありません。これは仕方のないことなのです。分かりましたね?」

「えー、でも」

「分かりましたね?」

「………はあい」

しぶしぶと頷くミハイルの鱗をそっと撫でる。

子育ては自分に向いていないなと思いため息をつくと、外界へと意識の焦点を合わせた。

 

 

 

 

「おはようございます。そろそろ到着しますよ」

真上からかけられた声に、シオンはうっすらと瞼を開いた。

いくら金がかけられた造りの馬車であっても、寝心地が最悪に近い。

中継地点を出発したのは日が登る前で、夜更かしをしていたシオンは睡眠を確保するためにアルフィンの膝を貸してもらっていた。

 

アルフィン曰く、「マスターとの間に恋愛感情が発生する可能性はありません」とのことなので、そんな微笑ましい間柄でない。

目元を擦ると視界が晴れた。

しばらく馬車に揺れながらぼんやりしていれば、停留地点で馬車が止まる。

料金は先に城から払われているそうなので、そのままシオンは城塞都市に繰り出した。

 

「ここに来るのは三度目だっけ?」

城塞都市の周辺に軍の宿営地を建設する手伝いとして、二回ほどお呼びにかかったことがあったが、それぐらいでしか城塞都市に足を運んだことはないと思う。

こくりと頷くアルフィンを連れ、道端の露店で軽食を買い、街並みを見渡しながら束の間の休息をとる。

到着する時刻までは定められていなかったので、適当に散策してから向かう予定だ。

 

「ミハイルはどうですか」

屋台でもらったワッフルをちょこちょこと口に運ぶアルフィンがそう聞いてくる。

「どうって?」

「機嫌を損ねていないかを聞いています」

ミハイルとの掛け合いは内面に向けて発信するだけでいいのだが、慣れない頃は声に出してとっていた。

改善され周囲に人がいる時は思念でとるようにはしてるが、昔は家で独り言ばかり呟いていたら不審がられたので、隠すのも面倒なのでアルフィンには明かしている。

 

〔元気にしてるか?〕

先ほどまでご機嫌とりをしていたわけだが、子どもの感情なんてひと時のものだ。

〔ボクはいっつも元気だよ〕

内側に意識を向けると間髪入れずに返ってくる。

けんめいに精神を集中させていた思念会話技術もこの上達ぶりだ。

 

「だってさ」

「私には聞こえていませんから」

不便な点を挙げるとすれば、アルフィンにはミハイルの声が聞こえないところ。

わざわざ口頭で伝えてから、しばらく散歩がてらの散策をしていると、見知った分かれ道で足を止める。

 

「なあ、釣り行こう釣り。確か湖の畔で一式借りられたよな」

「はい? どうしてシオンの無意味な趣味に私が付き合わなければならないのでしょう」

「無意味とは何だ。俺は昔溜め池に潜んでいた伝説の金鯉を釣った、釣りの化身として恐れられていたんだぜ」

ある意味でシオンは最強の人間である。

人の話を聞かない、空気も読まない、思い立ったらすぐ行動して、自分のペースに無理矢理人を巻き込む。

当然の如く、アルフィンも巻き込まれるハメになり、冒頭へ戻る。

 

 

 

 

 

「シオン!? どうして城塞都市に! それにアルフィンも」

彼らの運命の出会いは、ルクスが酒場で接客業に勤しんでいたある日のこと。

その酒場にはシオンたちも通っていて、たまたま柄の悪い客とすれ違いざまに肩をぶつけてしまったらしく、見かねたルクスが仲裁に入ろうとした。

そこまでは良かったのだが、『飛び膝蹴りから始める交渉術』『肘打ちに繋がる交渉術』『背負い投げで和解する交渉術』『とどめをさす踵落とし交渉術』などなどの物理技で捻じ伏せたシオンに巻き込まれる形で、ルクスもダウンし、そこから知り合いとなった。

 

「むっ、その餌に恵まれずやせ細った野良犬みたいな面をしているのはルクスさんじゃないですか。ルールは守ってくださいよ。ボスから指詰められてもいいなら別ですが」

「色々突っ込みたいけど、なんで普通に釣っただけで指を落とされなきゃいけないの!?」

「ここはなぁ、数多の犠牲者が流した血に染められたかのような赤字経営なんですよ。密漁はいるわ人は来ねえわ泳いでる魚も少ねえわ繁殖もしねえわで、明日には潰れても不思議ではない有様だから、一匹でもつられたらヤバいんです」

日に焼けた髭面を邪険に歪ませた、儲からない釣り場を経営しているおっさんが転がっている木材を投げつけてきたが、反転して明後日の方角へ蹴り飛ばす。

宿営地で城塞都市に泊まり込んでいたころ、人気のないここで釣りを楽しんでいれば、自然とこの、今からでも遅くないから裏の仕事へと転職したほうがいいおっさんと仲良くなった。

 

「余計な解説を加えるな馬鹿野郎」

「売り上げに貢献してやってんだから感謝しろこの野郎」

悪そびれた様子もなくシオンが返すと、ボスは笑いながら小屋に消えていった。

なんだかんだで仲は良い。

 

「また会いましたね、ルクス」

年齢はシオンがルクスとアルフィンの1つ下。

これでもアルフィンがお姉さんなのだ。

 

「ルクスさんのその制服って……」

おんぼろの普段着ばかり着ていたルクスが、真新しい制服を着ている。

「これは、うん、ちょっと王立士官学園の方にお邪魔することになって」

照れくさそうに頭を掻くルクスだが、そこには隠し切れない喜びが混ざっていた。

旧帝国の王族のルクスが自由に外の空気を吸えるのも、新王国の国家予算を一部肩代わりさせられているからであり、あっち呼ばれてはこっちに呼ばれて、休みもない日々。

少し落ち着きのある生活を取り戻せたのは、学園の居心地があまり宜しくなくとも、それでも幸福であることは実感していた。

 

「二人も依頼?」

「なんとその王立士官学園への着任です」

「ホント!? やったね、嬉しいな!!」

国民からの依頼を受けるルクスが雑用係と呼ばれているのであれば、シオン達は国の雑用係といったところか。

「一般事務補助臨時職員ってこっちは受けてますけど、まぁ雑用係の監視役に送り込んだつもりでしょう」

「ちなみに私は一般事務補助臨時職員兼シオンの監視役が業務となっています」

「おい、どんだけ俺は信頼されてないんだよ」

「日頃の行いの差、だと」

 

 

 

 

結局釣りはせず竿を返し、城塞都市の中心部を目指してルクスと行動を共にする。

ルクスが着用している王立士官学園制服に見覚えがあれば、タイの色こそ異なるが尻もちをつかせたセリスと重なった。

叱られるかも

なんて思いもしたが、口先の魔術師の異名を持つシオンは適当に丸め込もうと楽観的で、アルフィンもアルフィンで気付いてはいたが、無表情の澄ました顔をしている。

それはシオンの話術や謎の勢いで丸く収める能力への嫌な信頼でもあった。

 

「じゃあ、またね」

学園の門衛と話を済ませてから、手続きをしようと一旦ルクスと別れる。

校舎まで道のりをシオンが堂々と歩いていれば、自然と生徒たちが道を譲り、興味を持った生徒はあとをつけて小さな群れを形成していた。

 

「この大行列は君たちの仕業か」

精緻な紋様のある絨毯が敷かれている学園の正面玄関、そこに三人の少女が立っていた。彼女たちの代表であるかのように声をかけてきたのは蒼髪の少女。

 

「おやおや、正面から突入してくるとは大胆な侵入者だねー」

「No,どうやら違うみたいです」

落ち着いた口調の少女、ノクトが気付いたのは手元の入校許可書。

女学園であるため変質者が出没しやすく、あらぬ容疑がかけられるかもしれないためと門衛に渡されたのだ。

 

「学園長に会いに来たんですけど、あなた方はどちら様ですか?」

流石に初対面から本調子で行くのもマズいので無難な対応をとる。

 

「あ、そうだね。自警団『三和音』のメンバーのティルファーです。学年は二年!」

「同じく『三和音』のノクト・リーフレットと申します。第一学年です」

「そして私が『三和音』の創設者にして偉大なるリーダー、シャリス・バルトシフト。三年だ!」

それぞれが独自の決めポーズをして誇らしげな顔をしているが、せめてタイミングぐらいは合わせてほしい。

三年のシャリスがつけているタイの色が青。

セリスも青だったので、彼女は学園の三年生だと分かる。

 

「お聞きしたいのですが『三和音』のお三方は、誰がどの音の担当なのですか?」

こちらも挨拶をし終えたとき、些細な疑問を投げかけたのはアルフィンだ。

三人の組み合わせだから三和音と、安直ではあるがネーミングセンスは悪くない。

パート設定が凝っていなかろうが別に問題があるわけではない、本当に些細な疑問だった。

 

「ルート音が最年長の私で!」

「第三音がわたし!」

「そして第五音が私となっており――」

またそれぞれがバラバラのポーズを決めようとするが、ノクトの「なっております」を遮るように一人の乱入者が。

 

「さらに俺がもう一つ音をつけたし」

「なっており」から見事に繋ぎ

 

「「「「四人合わせて『 四 和 音(ガールズ・デッド・モンスター)』です!」」」」

あっておらずフラフラしていたポーズは、シオンが入った影響からなのか、揃いも揃って決まる。

 

もうこのバカは仲間に入れてもらえと、アルフィンは心の底から思った。


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