カイム、ノウェ、ニーア、カイネ、ウタヒメ六姉妹
NEW ルクス?
この数日間、朝のランニングをサボってしまっていたため、今朝はいつもより多めに走り回った。
単純な素走りで鍛えた心肺機能など、戦闘面で役に立つかは微妙なラインである。
無心で鍛えた体力ほどシオンは信じないようにしている。
立ち合いで無心の構えを取ったらどうなるのか。
極限の集中状態すら超えた領域に踏み込んだ結果の無心ならそうとは限らないが、ばっさりと逝く。
思考停止しながらの素走りで底上げした持久力をもったとしても、剣戟を交わしている最中はとにかく脳を働かせている。
思考が介入しないで鍛えた体力をそのまま活かせるはずがない、と決めつけてはいないが、体力をつけたいなら実戦で鍛えた方が有益だ。
そんな持論があってもシオンがランニングをやめられないのは、ただ単に自分を追い込むのが好きだから。
潜在的にMの素質を秘めているシオンは、このまま会議なんぞに出席せずに寝ていたいと強く思うも、とうとうお迎えが来た。
「皆を待たせているのに焦ってもいないだなんて、シオンは良い度胸してますね」
雑用王子の妹、アイリ・アーカディアの足音と呆れた声。
「リーシャがカンカンに怒っていますので、喧嘩にまで発展しないように頑張ってください」
そしてアイリに続いて、シオンのお目付け役兼自称従者のアルフィンも登場した。
見ない組み合わせであったが、こう並んでいると血を分けた姉妹みたいだ。
「何事にも物怖じしない度胸、それこそが真の男子にとって必要不可欠なのだよ。アイリの兄ちゃんは、もっと俺を見習うべきだな」
「確かに兄さんはシオンのような図太さを身につけるべきですが、シオンはシオンで兄さんの誠実さを吸収してください」
ジト目を浴びせてくるアイリからの厳しいご指摘。
すぐ横ではアルフィンが立ち上がるようにジェスチャーを送ってくる。
「しゃーない。行くか」
「疲れているなら、無理して会議に参加することはないわよ」
シオンを愛でているひと時を大切にしたいクルルシファーがそう言うも、当事者がいないとスムーズに進まないこともある。
「ここまで聞き分けがいいとは思いませんでした。拾い食いでもしましたか?」
なまった体をほぐしてから、四人で工房まで歩いている途中でアイリが呟いた。
この少女の中で自分の立ち位置はどうなっているのだろう。
「うちに拾われるまではよく野草とか食ってたが、もう拾い食いは卒業したさ。な、アルフィン」
フギルの監視下にあった施設から脱出し、サヤカに発見されるまで、食えるもんは片っ端から口に入れた時期があったが、温かい飯が運ばれてくるようになってからはきちんと栄養をとっている。
「アルフィンさんとシオンは、いつから知り合いなんですか?」
「シオンとはかれこれ六年目の付き合いになります」
記憶を失った少女を鉄格子から解放してからもうそんなに経ったのか。
長いようで短い。
その間、アルフィンの記憶探しのための活動など、一切行ってこなかったが、本人は過去は捨てると決意を固めてるので掘り返すだけ無駄だろう。
「私の顔に何かついていますか?」
「なんでもねーよ」
自分の障害にはならない。
首をかしげるアルフィンの背中を押して、強引に歩かせる。
「私ももっと早くあなたと出会いたかったわ」
左腕に絡みついてくるクルルシファーがぽつりと漏らした。
暑い暑いと訴えても、これは一度つけたら外せない呪われた装備。
抗議するのはもう諦めた。
「新王国内の遺跡だったらチャンスがあったのに、ユミルの遺跡で発掘されたのが運の尽きだな」
伯爵令嬢の身分のクルルシファーは、エインフォルク家現当主の実の娘ではない。
遺跡で見つけ出された彼女を引き取り、血のつながりがない親子関係が成立されたのだ。
人とは異なる生まれに引け目を感じていたクルルシファーだったが、その点はお悩み相談室室長のシオンによるカウンセリングで改善しつつある。
遺跡のボックスにクルルシファーは収まっていたというが、人間なんて誰もが子宮というボックスから出てくるのだから悩まなくていい。
そのように謎の慰めをしてから、クルルシファーは立ち直った。
遺跡の生まれの子と、そこらへんの子と、何の違いがあるのかがシオンは本当に分からない。
人は人だ。
例え遺跡の鍵っ子で、未知の能力を隠してたとしても、人であるなら自信を持ってばいい。
「でも、こうして巡り合うことができた。私達はきっと運命の赤い糸で繋がっているんだわ」
赤は愛する者を結ぶ色。
相思相愛でなければならず、恋心を抱いているわけでもないシオンには当てはまらない。
金目当てなら金の糸。
しかしクルルシファーを隣に置いておくのは金だけではない。
身体目当ては薔薇色の糸。
金色と薔薇色、そして時々赤色が混じった糸がクルルシファーへ伸びている。
たまに愛が混じってるのは、シオンなりのサービスだ。
煉瓦で出来た建物の裏口をノックし中に入ると、その中には作業台をテーブル代わりにした男女数名がいた。
昨晩ともに見回りをしたが成果は上げられなかったルクスと、奇声をあげて逃走したシャリス。
腹ペコ将軍のフィルフィはクッキーを齧っており、ティルファーとノクトはボードゲームに夢中になっていた。
「ようやくきたか、遅いぞバカップル!」
鬼の角を生やしているリーシャを華麗にスルーして、用意された席に着く。
座りずらい。
人目につく所では堂々とくっつけないこともあり、クルルシファーにも溜まっていたものがあるのか、中々離れてくれない。
振りほどく……いや、ここは寛大な心の見せどころである。
美少女と密着出来て嬉しいし。
リーシャの熱をルクスが冷ませ、会議が開かれる。
数日前に発生した、男子を追放しようとする動きへの対策を、皆で知恵を出し合って立てるために、今回集まることになった。
主導者はサニア・レニスト。
セリスをお姉様と慕う、因縁の深いあの女だ。
色目を使い、女子生徒と交流するようになっても、まだ三年にまでは手を伸ばせていない。
ルクスも同様に三年生の信頼を勝ち取れておらず、セリスの影響下に置かれている三年は、その一声で全体が敵にまわる可能性もある。
昨日おちょくった感じ、話し合えばわかってくれそうな気もしそうではあるが、対策は練っておいた方がいい。
「まずはセリスについてだが……シズマの師であるオウシン・ステアリードの教え子だという事実が判明した」
率先して進行役を買って出たリーシャが、まず関係深いシオンとアルフィンに目配せをする。
それを知ったのは、シオンもついこの間のことだ。
どうやらリーシャの教育者選びで迷っていた女王陛下に、手を差し伸べたのがセリスの父だったようだ。
良識のある人材として、繋がりのあったオウシンの一番弟子を紹介され、そこでリーシャは様々な指導を受けた。
「じゃあリーシャ様とセリス団長って親戚みたいだね」
リーシャやセリスを弟子と呼ぶのは大袈裟だ。
だとしても、リーシャからしてみれば師匠の師匠のお弟子さん、師叔なのがセリス。
「シズマの妹弟子みたいなもんだから、姫様じゃ逆らえないよな」
「ふん。そんな上下関係を学園に持ち込むな。それと二点目だが、終焉神獣討伐部隊長としても、あいつが最有力だそうだ」
先日のバルゼリッドとの決闘。
部隊長を務めるはずだったバルゼリッドを、クロイツァー家の野望もろとも粉砕したシオンに視線が集まる。
次から次へと悪事が発覚したクロイツァー家の失脚も、毎日のように王都では軍議が開かれているのも、全てはシオンのせいだ。
「しーちゃんがあの人倒しちゃったから、セリス先輩が危険な目に遭うかもしれない」
「俺が悪いのかよ」
「うん」
フィルフィに責められたシオンは、おどけるようにして肩を落とした。
「もともとはさ、遺跡突いて引っ張り出してきたアホ共の責任だろ。そこのクソアーカディアの生き残り、お前ちょっと責任とって来いよ。得意だろ、そういう損な役回り」
「ちょ、いきなり僕に擦り付けられても困るよ!」
作業台に乗り上げるようにして、ルクスが大声で反論してきた。
「お前らアーカディア帝国がデカい幻神獣を目覚めさせた元凶なんだろ?だったらここで詫びて自害するか、超巨大化け物と戦って死ぬかのどっちかにしてくれ」
「結局僕は死ぬの前提なの!?シオンって僕のこと実は嫌いだったりする?」
「好きではないかな。嫌いではないけど――でも嫌い寄りになるのかな?」
「かなりリアルだからやめて。お願い」
叫んだり懇願したり、忙しい雑用王子だ。
ルクスをいじめるのもほどほどにして、停滞していた議論を進める。
集まったメンバーで唯一三年生のシャリスが、クラスで得た情報を伝えていった。
三年から反感を買っていたシオンの評判も落ち着いていて、ルクスと合わせて学園に留まることへ否定的な意見はそれほど見られないようだが、それはセリスの出方でひっくり返る。
「つまり、ルクス君とシオン君がセリスのお気に入りになってしまえば、学園の子女たちも了承せざるを得ない、というわけだ。終焉神獣については、この一件が丸く収まってからにしよう」
「Yes,どうセリス先輩の懐に潜り込むかが重要になってきます」
簡潔に話をまとめたシャリスに続き、『三和音』の末っ子ノクトが補足する。
年齢の近い獣を二匹ほど、例外として受け入れてもらおうという作戦だ。
あれよあれよと話が進み、難攻不落のセリス城を落とすためにルクスとシオンが、女子を喜ばせることができそうな武器を提示することになった。
先行のルクスは多種多様な依頼をこなしてきたが、女に気に入られるようなことをパッと思いつくほど女慣れしていない。
「ダメダメですね、兄さんは?」
「酷いよアイリ!ま、まあその通りなんだけどさ……」
故に武器が見つからない。
「ルクス君の一番の長所は、その優しさだと思うわ。他人を気遣う精神があれば、セリス先輩もにきっと振り向いてもらえるわよ」
「なにルクスに役目を押し付けようとしているんだクルルシファー。次はシオンの番だからな、お前は遊び呆けてる分、ルクスよりも期待できる」
さりげなく誘導しようとしていたクルルシファーだったが、それは失敗に終わったようだ。
誰にも負けないとまではいかないが、腕っぷしの強さが自分の売りだ。
暴漢に襲われているセリスを助け、距離を縮める――のは現実味がない。
昨日、敷地内に現れた変質者を撃退し、拘束されていた生徒を救出したのはセリスなのだから。
次点で秀でていると自覚しているのは……。
「ベッド上で女を快楽に溺れさせる技術」
その瞬間、工房内が静寂に包まれた。
遅れて言葉の意味を飲み込んだ面々は、無表情か、頬のあたりが微かに赤らんで顔を逸らすかの、どちらかだった。
「冗談でも言っていい事と悪い事があるわよ」
赤面するクルルシファーも、なんというか、そそる。
しかし冗談でも、虚言でもない。
「いやいや、俺がトバした女は千を超えるぜ。なんだったら実際に試してみるか?」
王族の初夜の補佐をしていた家系に生を受けたのだ。
幼い頃から、そういった知識を学ぶ必要があった。
それだけではなく、実技は武林のある教派の教主様直々に、手取り足取り教わったので、相当の自信がある。
これも武術の心得。
己が絶頂することしか考えないで、腰を振るエロ猿とは一味も二味も違う技術を、シオンは身につけている。
ひも状のネクタイを片手で解くシオンは、誘うような目つきで卓を囲む面々を、ぐるっと見渡した。
これといった解決策は出ず、シオンとルクスが寮母から呼び出されたので、やむをえず会議はお開きとなった。
男の姿が消えたが、残されたメンバーは室内に佇んでいる。
「アルフィン、ひとつ聞いてもいいかしら」
クルルシファーは体調が悪そうに突っ伏していた。
優等生がこの光景に直面したら、あのクルルシファーがと目を疑うだろう。
「はい?」
「シオン君はその、王都に在住していた頃から……」
「女遊びに明け暮れていました」
――ガリっ。
綺麗に整えられたクルルシファーの爪が、作業台の表面にめり込んだ。
下手に慰めはかけられない。
『三和音』は冷や汗を内心かきながら唇をきつく結んでいる。
「しーちゃん、『俺は新王国一のぷれいぼーいなんだぜ』って自慢してた」
「フィルフィさんっ! 火に油を注ぐようなことは言わなくていいです!」
淡々と報告するフィルフィに、アイリは被せるように注意する。
婚約者として推挙されているシオンを、真剣に好いていることは傍から見ても伝わってくるものがある。
ちゃらんぽらんでも、やる時はやるシオンをアイリも、『三和音』もなんだかんだ頼りにしているが、まさか本当に女性にだらしがないとは思ってもいなかった。
無論クルルシファーもシオンの大人びた一面から、疑念を抱いたことがあるも、汗水流して働く苦労人だったらそんな暇はない、強がりだと決めつけていた。
ショックに打ちひしがれている。
都合よく解釈していないで、もっと早くに気付くべきだった。
「千は盛りに盛っていますね。百、二百ぐらいが妥当です」
「No,アルフィンさん、具体的な数字も余計な情報です」
千も百も大差ない。
呑気に勉学に励んでいるうちに、シオンは数多くの女性と身体を交えてきた。
想像するだけで吐き気がしそうだった。
話についてこれていないリーシャは疑問符を浮かべっぱなしだが、その状態を羨ましいと思ってしまうクルルシファーがいた。
無知ならどれほど幸せだったか。
「確かに女癖は悪いですが、シオンに寄り添って歩いたのはクルルシファーが初めてです。ああ見えて、特定の個人を手中に収めたことはないと記憶しています。クルルシファーもそう悲観することはありません」
クルルシファーは悲観的になどなっておらず、揺れる気持ちを整理しているだけだ。
何しろ数が多すぎる。
なんだ百二百という経験人数は。
女性をとっかえひっかえしてる理由があるのなら、問い詰めてやりたい。
男は数で誇れるというが、シオンにそんなちんけなプライドがあるのだろうか?
気になる。
気になって、このままでは夜も眠れない。
「でもねー、しおりん昨日もシャリスを誘惑していたからなー。クルルシファーが心配になっちゃうのも分からなくはないかな」
「詳しく聞かせなさい」
ティルファーが発言した途端、瞬間移動にも劣らない速度でクルルシファーが移動した。
「ま、待ってくれ。あれはほとんど事故のようなもので……」
迫ったのはティルファー、にではなくシャリスへだ。
「おっ、賑わってきたね!せっかくだし、女だらけの雑談会をパーッと開きますか!」
「Yes,こんなこともあろうかと、未開封のワインを用意しています」
「わたしも、こんなこともあろうかとお菓子を持ってきた」
用意周到なノクトがグラスを、フィルフィはおそらく自分の食糧である甘菓子の包みを卓上に並べる。
「明日も授業があるのを忘れるなよ」
とは言いつつも、リーシャは散らばっている設計図や工具を片づけ始める。
一度は終わりを告げた会合だが、もうしばらく続きそうだった。
・ゼロ
ヤりたいわけじゃないけど、ヤれば楽になるからヤっているだけ。
相手は誰でもいいし、行為が好きなわけではない。
前作にちょろっと出たウタのチカラ。
取り込むと何故か性欲が増す。
発散しないとウタのチカラに取り込まれる。
ウタウタイは大変なのです。