その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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二十二話

どちらも譲らず一進一退の攻防を繰り広げている。

有利に戦いを進めていたのは、当然数的優位を確保しているバルゼリッドとアルテリーゼであるが、決め手となる一手がなかなか浴びせられないでいた。

 

神装機竜を操るバルゼリッドは言わずもがな、アルテリーゼも強化型の≪ワイアーム≫を与えられている優れた機竜使いだ。

 

そんな両者を≪ファフニール≫の神装、≪財禍の叡智≫を有効に発動するクルルシファーが翻弄していた。

 

数秒間先の、半径数十ml内の未来を感知する、強すぎっ!と思わず叫びたくなるような能力だ。

これが数百mlの範囲だったとしたら、この教会跡地の大部分をカバーできるため、とっくにバルゼリッドたちは精密射撃の餌食になっていただろう。

 

長すぎず短すぎず微妙な発動範囲のため、詰められて近接戦に持ち込まれるパターンもあるが、得意分野ではない近接だろうと未来が見えるのだ。

目を瞑っていても躱せる。

 

「威勢がいいのは最初だけだったようね」

ノリに乗ってきたクルルシファーの戦いっぷりを傍観するシオンは暇だった。

決闘の立会人ほどつまらない役はない。

どうせならする側に立ちたかったなぁ、そんなシオンなどそっちのけで、白熱したバトルが展開されている。

 

如何にして相手のやりたいことをさせないかが、勝負事で勝敗を左右する重要な要素だ。

クルルシファーはそれを実行できる巧者。

 

長期戦どんと来いの堅実な姿勢、上回る機動力での徹底した間合い管理、そして遠距離からの地道な牽制。

よくも悪くもいやらしい。

 

苛立って痺れを切らしてきたところ見逃さず、一発で沈める。

手数の多さはバルゼリットとアルテリーゼが目立っていても、これが模擬戦であったならクルルシファーも負けてはいなかった。

ただ一点助言するなら気負いすぎている。

 

 

雷に打たれたように、びくりとシオンの肩が上がった。

 

見世物として成り立っているトーナメントでは、料金を払って見物している客に危害を加えないように、機竜使いが観客席に障壁を張っている。

 

そうして安全性が確保されていなければ、流れ弾により観客があちらこちらに吹き飛ばされる地獄絵図が展開されていいただろう。

 

今回の一戦を安全圏、どこまでが安全圏かは不明だが、遠目から観戦しているシオンだが、まあ無防備だ。

 

しかも、どさくさに紛れて誤射されても、事故で片づけられてしまう危険地帯。

格好の的である。

 

≪アジ・ダハーカ≫の両肩に連結されているキャノンがクルルシファーに狙いを定める。

正確にはその奥に座っているシオンに。

 

吐き出された閃光に呑み込まれでもしたら、跡形もなく消し去ることとなるが、シオンはそんじょそこらの馬鹿ではない。

 

達人クラスとまではいかぬもの、平地での軽功はお手の物。

 

――当たるわけないだろう

 

鼻を鳴らすシオンが大地を踏み抜こうとするや否や、射線上に割り込む侵入物。

 

「く……!」

クルルシファーが文字通り盾となり、≪アジ・ダハーカ≫の主砲を食い止めた。

 

「取ったぞ!」

そこまでバルゼリッドは算段を立てていたのか、≪竜鱗装盾≫で身を固めた≪ファフニール≫を爆炎のなか腕を伸ばし捕まえる。

開放していなかった左肩のキャノン――特殊武装の≪双頭の顎≫(デビルズクロウ)による時間差攻撃。

零距離から発射された光弾を正面から受けたクルルシファーは吹き飛ばされ、、廃墟の地面を横転しつつ瓦礫の山にぶつかった。

 

 

やってしまった。

決闘に水を差すなど切腹もの。

腹切って死んで詫びるのは自分であったか。

 

だが悪いのはバルゼリッドだ。

騎士道精神はどこに捨ててきた。

騎士の風上にも置けないようなクソ野郎が全て悪い。

 

「怪我は、ないかしら?」

「それを聞いちゃうか?心配する立場は俺じゃねーの」

激痛に悶えることもなく、すぐさまクルルシファーは立ち上がった。

まだやれるように見えなくもないが、クルルシファーはかなり体力を消耗している。

 

精神が体力を喰った。

 

負ければ失う、あとがない決闘。

平常心で挑めるかどうかは、人による。

恐らくクルルシファーは、上がってしまった気持ちを押さえつけ、平常心を装っていただけだ。

 

勢い任せなら誤魔化せる。

 

戦技賽(せんぎさい)――名の如く戦いの技を競う大会。

戦技賽とは古都では一般的に大規模な軍事演習を指す言葉で、それを口にすれば中心地で行われる『京師(けいし)戦技賽(せんぎさい)』が連想される。

 

シオンがいうところの、裏で素人が踊っている表の真剣試合である。

 

校外対抗戦に近いその大会に、例年勢い任せに申し込む者がいる。

 

出場者の約三割が散る真剣試合、命を捨てる覚悟を決めたとホラを吹き出願すれば、特に名が知れ渡っていなくとも、ちょっとした英雄になる。

酒やらなんやら振舞われ、賽が開かれる秋口、命が剥き出しになっていく恐怖にようやく酔いがさめる。

当日、待機所では吸った酸素が鉛となり、本番を迎えれば身動き一つせず旗が下がると同時にお陀仏。

 

そんな奴らも勢い任せなら、それなりに渡り合えただろう。

雑魚が出しゃばんなと、多少自信過剰で見下しているぐらいの方が、持てる力をぶつけやすい。

 

しかし日が空くと、いつの間にか蝕まれる。

そして失うものの大きさに押しつぶされ、クルルシファーのように力尽きる。

 

「小賢しい真似をしてくれたな。だが、これで勝敗がついたも同然だ。大人しくオレの女になれ」

 

「まだ、まだ終わっていないわ」

抵抗の意志を示すクルルシファーだが、悪あがきにしかならないと思う。

 

体力的にもそうだが、まだバルゼリッドは≪アジ・ダハーカ≫の神装を奥の手として残している。

どんな能力かは見当もつかないが、他の神装機竜同様、強力なものに違いない。

 

「負けでいいよ」

呟き、シオンは立ち上がると髪を束ねている紐を結びなおした。

 

「勝手に敗者にしないで欲しいわね。私はまだ戦える」

「だろうね。でも俺のせいでキツイ一発を貰ったようなもんだしさ、柄にもなく責任感じちゃってんのよ」

外していた剣帯を腰に巻き付けるのではなく肩にかけ、バルゼリッドの輪郭がはっきりと見える位置で足を止める。

 

「この短期間で随分物分かりが良くなったようだな」

「ひでえ言いがかりだな。俺は昔っから素直で優しさに溢れた美少年だね、と近所じゃ評判だったんだぜ」

皮肉もいつのも調子で返すシオンは、両手の人差し指を立てた。

 

「これで一勝一敗。次の勝負で白黒つけようぜ。この女抜きで、俺とお前らとで」

一勝とは昨日のディアボロスとの交戦時に、バルゼリッドに叩きつけられた挑戦の勝敗。

敗北宣言と合わせれば一勝一敗となる。

 

「ビビッて逃げしてもいいぜ。次のトーナメントで連勝してお前を対戦相手にご指名してやるからよ」

指名制度はないが観衆の前で堂々と申し込めば、まず客が盛り上がる。

そして主催者も話題作りとして組んでくれるだろう。

 

「いいだろう。はっきり決着を付けなければ、『王国の覇者』の名が笑いの種にされてしまう。なによりコケにされたまま、貴様に勝ち逃げされるわけにはいかないのだよ。どうかな、アルテリーゼ殿?」

「……私はクロイツァー卿の意向に従います」

本心は従いたくはなさそうなアルテリーゼも同意する。

 

「まだ希望の芽は潰されてないってことで、そこにいられると邪魔だから、あっち行ってて」

追い払う仕草をしてみせるが、頑固なクルルシファーは引き下がろうとはしなかった。

 

完膚なきまでに打ちのめされたのなら諦めがついただろうが、まだクルルシファーの余力は残っているのに、舞台から引きずり降ろされたのだ。

 

鋭い瞳がシオンに向けられた。

 

「戦いに絶対はない。もしあのまま続けていても、勝ってたかもしれないし、負けてたかもしれない。どっちに転んでたかなんて、俺には分からんよ」

そう、分からない。

シオンもルクスのクラスにいる、実技が下手なあの子と模擬戦をしても、絶対に勝てるとは言えない。

 

「だけど俺は絶対という言葉を求めたい」

着こんでいた上着を脱ぎ捨てる。

袖なし一枚が、やっぱり落ち着く。

 

装甲機竜に乗りたての頃と一緒のスタイルは、太陽が顔を出している日中にはできない。

顔を引っ込めていても、フギルのゲス野郎にやられたアーカディアの焼き印のせいで、気軽に服を脱げないのがもどかしい。

 

「あなた、その肩の模様は……」

「これはあれよ、百年後にブームになるファッションさ。時代が俺に追い付いてねえんだよな」

本当に驚いたという声をクルルシファーが出したので、おどけて誤魔化す。

 

――そんなに驚くもんか?

 

ドラゴンが描かれていてカッコいいのに。

価値観がずれているシオンは、無詠唱で≪ワイバーン≫を呼び出し接続する。

クルルシファーに背を向けたまま説明を加える。

「暴れたりないなら今度、幻神獣討伐でも付き合ってやるよ。足手まといな戦力として除け者にしようとしてるわけじゃないから」

自分以外に自分の命運を握らせる勇気があってほしい。

そう願っていると、静かに、揺れながらも強さを含んだ返事がシオンの耳に届く。

 

「あなたを信じるわ」

「聞き分けのいい女は好きだよ」

薄笑いを浮かべ、クルルシファーが安全な距離まで後退するのを確認すると、無音の敵意がシオンに絡みついて来た。

ブレードでそれを振り払えば、バルゼリッドが不審の眼を向けてきていた。

 

「蛇と間違え掴んでしまったその正体を、貴様は知っているか?」

 

それは地元で伝わっていた教訓だ。

遠く離れた地にいるバルゼリッドがどうやって仕込んできたかは、あのゲス野郎の仕業かとシオンは舌打ちを挟む。

 

同時にルクスへ情報を売れる喜びに小躍りしたい気分だったが、わざわざそんなことを知りたいために、バルゼリッドは敵意をぶつけてきたのだろうか?

素朴な疑問が脳裏をかすめる。

 

「知ってはいるかな。お前にとっちゃ俺が蛇なんだろ」

「なら貴様は蛇ではなく、何者なんだ」

真剣な様子のバルゼリッドに「人間です」なんて冗談を言うほど、シオンは道化師に憧れているわけではない。

正解を答えるつもりもさらさらない。

 

「そいつは北に山脈、南に平地、東西に流水と大道が通った大地の下に眠っている。掘り返してみりゃ分かるんじゃねえの」

どうせ得たところで、チンプンカンプンなヒントだ。

風水の文化がこっちにまで流れていれば別だが、それは望み薄だろう。

 

「クロイツァー卿、ここはまず私が彼の相手を致しましょう」

適性の低い男であるのを案じてか、バルゼリッドには体力の回復に務めさせようとアルテリーゼが双剣でシオンに斬りかかる。

 

いきなりか。

ためらわずに飛びのく。

すぐさまアルテリーゼは追撃の剣を立て続けに繰り出す。

 

「達者なのは口だけですか?」

 

そこからさきは、アルテリーゼには何がどうなったかはまったく分からない。

シオンの得意とする受け身の形に、偶然アルテリーゼの剣筋が嵌ったが故の結末であるが、

第三者からすれば、俗人が考えるところの攻防すら成立していなかった。

 

放たれたのは左回りの一刀。

電光石火の太刀筋は、最初から最後までただの一瞬も停滞することなく右一文字に斬心し、成す術ないアルテリーゼは無様に吹き飛んだ。

 

と思えば、シオンは逃がさんと掴んだ≪エクス・ワイアーム≫の足首を力づくで引き戻し、交錯は一瞬。

瞬く間の四手の後手に、両手足の装甲に切り口が開き、ぼとりと地に落ちた。

 

右へ引っ張られては左に引っ張られ、空に投げ出されれば、だるまになって背中から落下していた。

 

「はいまず一匹」

無慈悲な翡翠のまなこが、アルテリーゼをじっと見下ろす。

胴体が斬られなかったという情けに安堵するのが先だが、アルテリーゼは思考を停止しその目を凝視するばかりで眉ひとつ動かさない。

 

 

「次はお前ね、エセ紳士」

弱者にへの興味は失せたようにシオンは目線を切った。

 

凄腕の機竜使いにのみに与えられる特級階層の称号を、シオンは容赦なくへし折った。

自尊心も矜持も意に介さず、その姿勢はバルゼリッドにも貫かれる。

 

「卑しい蛇め。次はこのオレを丸のみにするつもりか!」

バルゼリッドが咆哮を上げると大地を蹴り、一直線に飛び掛かってきた。

 

「だから蛇じゃねえっての」

バルゼリッドが振り下ろす大型の戦斧を剣で受けたとしても、弾き飛ばされるのは分かりきっている。

シオンは接近しつつ左にまわり込み、斜めにつこうとあえて隙を晒すことで、返しての誘発を狙った。

 

「馬鹿が!」

 

お前がな。

まんまと引っかかりやがって。

 

伏せるように背中が沈み、バルゼリッドが返す戦斧の風圧を感じながら、がら空きとなった胴体へ一突き。

障壁を破る感触が機竜越しに伝わってくる。

 

「は?」

突き刺して圧勝の手順だった。

障壁が破れないなんてありえない。

厳密には破ったことは破ったが、ブレードを押し切れなかった。

 

驚きを隠せないシオンだったが、ひとまず戦線を離脱すると、戦斧の縦振りが地面にめり込んだ。

 

破壊力が最大の特徴である斧は、剣や槍よりも使い手の技術がなくても膂力さえあればそれなりに振るえてしまう実用性の高い武器だ。

 

突く、刺す、押す、引く。

高度な技術が備わってこそ真価を発揮する剣とは異なり、力でそれらを叩き潰す男の武器。

 

極めても剣に遅れは取らず、刃こぼれや損傷が戦力低下に直結しない耐久性も素晴らしい。

なにより低コスト。

合理性が詰まっていて面白い武器。

 

でも万物を切り裂くこの剣が最強だ。

三つの重なった障壁に阻まれたとしても、剣が最強であることは不変である。

 

「ほお、まさかあのタイミングで捉えきれないとは、人並み外れた危機察知能力だな」

強固な三重障壁を発生させる≪アジ・ダハーカ≫でなければ勝っていたというのは負け惜しみだ。

 

シオンの前では、いくら障壁を強化しようと、剣が届けば紙切れも同然だった。

 

外功を激しく鍛え上げ、分厚い甲冑となった皮膚であろうと、剣ならば造作もないのだと教わった。

 

正しい個所さえ外さなければ障壁も皮膚と同様に斬ることができるのだが、肝心な技法を覚えていない。

既に身体が覚えているからだ。

身についている一枚抜きのままでは、あと二枚の障壁は突破できないのだが、脳みそ絞っても思い出せそうにもない。

 

まず初心にかえろう。

 

真っ直ぐに立つ。

剣先は下に。

臍に斜めに立てかけてみるように構える。

 

「余所見をしている暇があるのか!」

動きを止めたシオンに、≪双頭の顎≫の砲口から一筋の光が放たれる。

中空へ飛び、降下。

瞬く間に距離を詰めシオンはブレードを、≪アジ・ダハーカ≫の左肩のキャノンに薙ぎ払った。

九分が虚で、一分が実の、はったりの一手。

鋭く変化した剣っ先は傾き、バルゼリッドの小腹に狙いを定めるはずだった。

 

「それが貴様の剣術とやらか?」

伸びてきた戦斧の柄が変化する前のブレードの剣身にぶつかった。

 

「こんにゃろう!」

受け流されても負けじと体勢を立て直し、強引な回身から蹴りつける。

 

またも三重障壁がガードするも、バルゼリッドをカウンターに繋げさせないために守りの蹴り。

救い上げるようにして押し当てると、後ろにのけ反ったバルゼリッドが数歩後退した。

 

「ああもう、クソだ!」

剣術のけの字も知らないバルゼリッドに見破られただと。

 

まぐれだとしても、バルゼリッドにしてやられたことは、地団太を踏みたくなるほど悔しかった。

 

唐突に。

「ごめんなさい、シオン君」

そのクルルシファーからの本日二回目の謝罪にシオンは顔を顰めた。

謝られるようなちょっかいは出されてはいない。

 

「私が決闘で砲撃を受けてから……。いえ、あの神装機竜が≪ファフニール≫に触れた瞬間に、供給していたエネルギーが著しく低下したわ。そんなこと今まで起きたこともなかった」

 

「ただでさえ理解力の乏しい俺が、決闘の真っ最中に小難しい内容を把握できると思うなよ。ママの乳を卒業したてのガキでも分かるようにまとめろ」

 

「≪アジ・ダハーカ≫の神装の能力は強奪。≪ファフニール≫のエネルギーを、≪アジ・ダハーカ≫が吸収したのよ。適性が低くても神装機竜を長時間操れるのは、その神装の助けがあるからね」

 

タマがついているのに適性が高い、いわくつきのシオンにとっては縁のないことである。

そんな設定があったこともすっかり忘れていた。

 

「強奪って、お前もしかして余計なプレゼントもしちゃったパターン?」

「だからごめんなさいと謝っているでしょう」

剣術に精通していないバルゼリッドが、払いの段階で的確にシオンの剣を止めたのも、あらかじめ奪っておいた≪ファフニール≫の神装≪財禍の叡智≫で未来を見たからとすれば……説明はつく。

 

「良い洞察力だと褒めてやろう、我が未来の嫁よ。しかし神装を暴いたところで、この男ではオレに傷一つすらつけることは叶わん」

≪アジ・ダハーカ≫の障壁に、奪った未来予知の力。

有効な攻撃を当てられていないのはバルゼリッドも一緒だとしても、誰がどう見ても不利なのはシオンだ。

 

「折角の機会だ。敗者への手向けとして、この国の未来を教えてやる。知っているか、終焉神獣と呼ばれるものを」

「知るか」

「無知とは、どこまでも罪な男だ。各遺跡に一対のみ存在する、幻神獣を越える幻神獣。一体でも遺跡から解き放たれれば世界に混乱を招くであろう伝説級の怪物、それが終焉神獣だ」

 

そんな得気な顔で話すことでもないだろう。というのが正直な感想だった。

星々が天から落ち、大地は割れ、木々は根こそぎ倒れ、山が崩れたとしても、この決闘に何が関係がある。

だとしても、シオンの想いなどバルゼリッドに通じるわけがない。

 

いかにも誇らしげな顔つきで、バルゼリッドは仰々しく続けた。

「国を滅ぼす力を秘めた終焉神獣が、いずれこの国に脅威をもたらす。オレはそんな危機迫る新王国を救ってやろうと、討伐部隊の隊長に志願したのだ」

「だったらなんなんだよ」

「まだ分からぬか!」

 

分かりたくもない。

このひと時はひとまず置いておいて、生き延びることを前提に、先の事ばかりに注目するのが、正しかったりするのだろうか。

 

金銭であれ地位であれ、守るべきものを抱え込んでしまっていること自体が弱さに他ならない。

それらと引き換えに、命のやり取りをしようと試みても、心の隅でちらついてしまう。

どう言い逃れしようと、金も地位も捨てる覚悟もないのに、決闘場にのこのこと足を踏み入れるような奴は、武人でも戦士でもない。

大商人であっても、お大尽であっても、保身の鎧など脱ぎ捨てて、未来など一旦黒く塗りつぶして、相対する者から目を逸らさなければ、そいつは本物だ。

 

「……そうだった。思い出したわ」

青華派一番弟子の受け売りを胸に打ち込んでいるとき、狂っていた歯車がかちりと噛み合った。

ブレードがこぼれ落ちていき、シオンは機竜ごと両手を天に突き出し脱力。

 

「やっぱコイツは俺にあわないな」

すぐ装甲はがれるせいで軸心はすぐ定まりにくくなる。

 

超合金の鎧の上から障壁をかければ激痛と灼熱、斬られたという身の毛もよだつ無感覚を味わうことは滅多にない。

 

甘やかされて育った貴族の嬢ちゃんが、数年習っただけで将来国の中核をになう期待の若手と持て囃されるとか、おかしなご時世になっちまった。

 

楽しくないな。

うん、楽しくない。

 

「どいつもこいつも、笑わせてくれる」

それは自分もだ。

武を磨こうが、戦に駆り出されれば、数に押し込まれ、流れ矢に首を突かれ、傷が元の病に倒れ、飢えにやせ衰えて虫のように死んでいく。

かといって寄せ集めの伍隊に蹴り入れられる身分でもなければ、大鍋の中身をかき混ぜるように、人の上下が入れ替わる乱れた時期でもなかった。

 

なのに、手に余る剣を極めようとした。

 

武林という大きな鳥かごで、剣や刃物を携えている集団で、自分は何がしたかったのか。

 

「なあ、バルゼリッド・クロイツァー卿よ……」

 

独り言のように呟いたシオンが牙をむいて笑う。

決して逸らされることない火を噴く眼差しと牙剥く笑み。

らしからぬ物言いにも、バルゼリッドの余裕な態度は崩れてなかった。

 

「ククク、泣いて詫びるなら許してやらんでもない。これまで貴様が残した数々の侮辱、その命と引き換えに水に流してやろう」

 

人の物を盗み、我が物顔で使うこいつは盗賊だ。

剣を習ったのは、そういう盗賊に負けないためだ。

 

剣の腕が小手先の技術論だけで語れない。

木剣試合で真の実力は測れないし、木剣試合で勝利することが剣術の最終的な目標ではない。

 

真剣試合を制してこそが剣術だ。

 

問答無用で命を取りにくる剣っ先を前に、怖気をふるっているようでは、普段の実力の半分も発揮できない。

 

道場でいくら稽古を上手にこなしていようが、夜盗の振り回す包丁の類に腰を抜かして打倒される。

 

果たし状を叩きつけて行われる決闘だけでなく、シオンは闇に紛れて包丁を振り回す夜盗を切り殺せるようになりたい。

 

寝込みを襲われても、毒を盛られても、決闘で敗れても死ねばどれも一緒くたに火葬され、焼け残った骨は川へと渡る。

 

日々を生き抜くことこそが勝負。

生きるために、先にも後にも寄りかからず、その場その場に全力を捧げる。

 

「俺はお前を殺すことにしたよ」

永きにわたり旧帝国の領地を治め、その後も多大な影響力と権力を持つ名家の跡取りを土に還して、決闘だったで殺しましたと頭を下げたら、はいそうですかと聞き入れてはくれない。

 

学園に迷惑はかかるだろう。

アルフィンや、シズマ、サヤカにも、どうでもいいがジジイにも。

 

所詮シオンも人の子、自制するにはそれだけで十分だった。

ところが、もはやそんな懸念は消え去っていた。

 

それは見方によってはバルゼリッドを強いと認め、木剣試合から真剣試合へと切り替わった、技の試し合いではない、腕の比べ合いでもない、単純に命を取ることが目的となった瞬間でもあった。

 

「舞うぞ――」

 

雲がひいた呆れるほど巨大な月から注がれる光の気配が蠢いた。

 

真上に跳躍したシオン。

呼吸の意識は丹田に、止水で船を漕ぐように深く、練った気を血液に同化させ、神経に広げ、杭を打ち込むように装甲にまで到達させる。

 

空中姿勢は右手をだらりとさげた左半身の捨て構えで、ぶら下がっているのは月明かりを反射する二振りの長剣。

 

長剣にも種類がある。

普通の剣より短いかわりに剣身の幅が倍もある重いものや、剣身が曲がっているもの。先端が尖っていないが、鋭利に研がれているもの。

 

それらの中でシオンの手に馴染むのは、剣身はやや細めで軽くてしなる剣。

 

こだわりとしての三条件のうち、弾力はないが剣身と重量がしっくりくるのが、この武器である。

 

「――≪月華(ベルカ)≫」

 

二剣一対の希少武装≪月華(ベルカ)≫。

 

土煙を巻き上げて着地したシオンは、右手の雄剣を逆手に握りなおす。

 

姓は『四乃森』、名は『紫音』。

 

彼が二刀を構えれば、神装機竜をも喰い殺す牙と化す。

 




お前を殺す→フラグ

二刀使い→蒼紫様、攻略王、フルアヘッドのバーツぐらいしか思いつかない

舞うぞ、緑穂→きょうかい(変換ができない)

ミハイルの出番が少ない→多分心に住んでいる設定が悪い

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