その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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機甲殻剣と木剣
一話


永きにわたり圧政を敷いてきたアーカディア帝国の支配から解放されもう五年。

体制の変化による影響が、目に見えて現れているアティスマータ新王国の王都。

穏やかな毎日を過ごしている住民が行き交う中央通りに、不機嫌そうに歩くシオンはいた。

栽培用具を手さげに詰め、向かうのは国立公園。

花壇の手入れを言い渡されたシオンは、嫌々ながら現地へと足を運んでいる。

 

「………本日は晴天なり。俺の心は曇天なり」

上から下まで真っ白な服装で身を固め、その上からさらにマントを羽織り、頭だけは黒髪という白黒スタイルは、見るからに暑そうだ。

 

「文句を言ったところで解決するわけではありませんので、早めに済ませては如何でしょう」

そのシオンの後ろにいる少女の名はアルフィン。

彼女もまた白を基調にした衣装を身にまとっているが、髪の毛が白菫色の分、見分けはつきやすい。

両者とも髪の毛は腰にまで届く長さだが、シオンは後ろ髪の上部半分を紐で結んでいる。

 

この二人の関係性を簡潔に説明するなら、世界各地から集められた少年少女に行われた人体実験の生き残りコンビ。

薬やらなんやら打たれたり、電流浴びせられたり、人体実験でもかなり非道な場所だった。

旧帝国崩壊の数か月前に実験を受ける必要がなくなったシオンが、収容所内部の人間を一人残らず抹殺し、ついでに生き残っていた被害者のアルフィンも回収して逃げ延びた。

なのでかれこれ5年も付き合いがある。

 

アルフィンに見向きもせずに仏頂面で歩みを進め、国立公園の中央に構える花壇の前で止まる。

「よし、帰るか」

回れ右をし、すたこらさっさーの効果音が聞こえそうな走りで、収容所だけでなく平和な国立公園からも逃げようとするが、アルフィンに襟首を掴まれてしまう。

 

「パン奢ってやるからよ。離せやアルフィン」

「シオンを見張っているようにと、サヤカから言い渡されていますので」

「……俺はお前のご主人様なんだよな」

地下施設でアルフィンと出会ったのは、装甲機竜の訓練から牢に戻った時だった。

いつも無人だった通路を挟んだ反対側の牢屋に、小汚い格好で座っていたのをシオンが気になり話しかけた。

 

『ここは、どこですか』

記憶を完全に失っていたのだ。

薬物で記憶喪失まで至った例は聞いたことなかったが、一般薬剤でも記憶障害に悩まされることもあるので、あり得ない話ではない。

そもそも身体を弄られようが知らん顔できる、特殊な生い立ちのシオンが異常なだけで、成熟しきっていない子供ならば、あんな過酷な場所にいれば丸々忘れた方が楽になれる。

 

名前だけは覚えていたようでアルフィンと呟き、タイミングを計って脱走しようとしていたシオンがその日に敢行した。

機械口調なのは出会ってからずっとで、助け出した恩からなのか、シオンの事をご主人様と認識している。

 

「もちろんです。私はマスターの命令に忠実な記憶喪失少女です」

「いや、それ絶対嘘だろ。矛盾してんぞ」

「気のせいです」

どう解釈すれば気のせいに収まるのか。

マスターの命令が二の次になっている現状に不満を漏らすが、アルフィンは首根っこを離す気はなさそうだ。

抵抗も虚しくシオンは軍手をはめ、色とりどりの花たちと格闘するための準備をする。

 

「お前も手伝え。マスターが働いてんのに従者がサボってんじゃねえ」

紙袋の底からもう一組の軍手を引っ張り出し、アルフィンに投げつける。

 

「見張りが私の役目だと、依頼書に記載されていましたよ?」

軍手が投げ返され、アルフィンが懐から取り出し広げてくる依頼書の文字を追っていく。

確かに花壇で作業するのはシオンだけで、アルフィンは見張り番として勤めるようにと書かれていた。

 

「こんな美少年が汗水流して生活費を稼がなきゃいけないなんて、どうしてこんなにも世間は厳しいのだろう。爆発しちまえ」

「そうだらけていると、いつまで経っても終わりませんよ?」

アルフィンの忠告に、「分かってるよ」と雲ひとつ浮かんでいない大空に向かって叫び、所々に生い茂っている雑草に手を伸ばす。

一旦動いてしまえば終わるまで没頭するタイプのシオンではあるが、なかなか集中が一点に定まらないようで作業が捗っていない。

依頼を放り出して遊びに行きたい欲望は、アルフィンがいるため押し殺すほかない。

見計らってアルフィンをチラ見して隙を伺ってもみるが、表情を一切変えずに凝視しており、この監視の目は花壇の整理を完了させるまで続くのだろう。

諦めて黙々と手を動かし、時間をかけて円形の花壇の半分まで到達したのまではいいが、まだ半分も残っている。

かったるくなってきたのか、囲いの赤煉瓦に肘をついて花弁をつついていると、それは来た。

 

「あの、よろしければ手伝いましょうか?」

アルフィンの無機質な声ではない。

誰かと思って振り向くと、すらりとした背の高い少女が視界に飛び込んできた。

 

奥にいるアルフィンとアイコンタクトを取ろうとするも、真顔で見られているだけで対応策は送られてこなかった。

そのためシカトし作業に戻った。

 

「あの、聞こえていますか?」

「……………」

「そうですよね。名も知らぬ不審者に話しかけられても困りますよね」

「……………」

なんだこの、かまってちゃんガールは。

なんなんだ。

 

伸びきった茎を切るシオンは、改めてかまってちゃんガールに向き直る。

彼女もシオン達の同類なのか、鮮やかな金髪が腰まで伸びていた。

瞳の色も、シオンと同じ翡翠。

 

親しみを持たなかったわけではないが、それ以上に嫌悪感を抱いてしまったシオンは少女にガンをつける。

 

「………あの、私はセリスティア・ラルグリスと申しま、す」

「それで?」

「えっと、困っているように見えたので、手伝おうかと」

「で?」

こんなやり取りを見守るアルフィンは、「またか」と言いたげな顔をしていた。

噛み合っていない会話は、シオンのコミュニケーション能力が低いせいではない。

むしろ本気さえ出せばコミュ力お化けになれるのだが、気分屋という一面もあるため不機嫌な時に話しかければこうなることがある。

 

「セリスさん、どうなさいました?」

困っていた人を助けようとしたのに、逆に困らされているセリスを呼ぶ声が公園の入り口からした。

セリスのもとに集結してくる同い年ぐらいの少女たち。

どうやら彼女がリーダー格のようだ。

 

「セリス姉様、離れてください。男は危険です」

メンチをきっていたシオンから、一人の少女がセリスを引きはがした。

 

「え、男性なのですか!?」

「何をおっしゃっているのですか。見るからに汚らわしい男ではありませんか」

酷い言われようだ。

中性的な容姿をしている事は、昔から慣れっこなのでまだ許容範囲なのだが、汚らわしいとは何だ。

 

「おいそこの阿波根波子みたいな面をしている女。小指詰めてやるから手ぇ出せよ」

ハサミを褐色の少女に向けると、ゆったりと歩みを進める。

 

「行き成り何をするのですか!? 危ないですサニア、さがってください!」

「てめーもだ金髪姉ちゃん。セリスティア・ラルグリスだかゼスティリア・ゴリゴリスだがメシュティアリカ・アウラ・フェンデだか訳わからない名前しやがって。張り倒されてーのか?」

「なっ! 私の名前はお母様が――」

「うっるせーーーーー、お前の名前の由来なんて聞きたくねえわ! 烏みたいに取り巻き共を集めて健気な少年を虐める気なんだろ。 いいだろう、最近ストレス発散できてねえし、相手になってやろう。かかって来いクソ女ども、返り討ちにしてやる!」

キレッキレのシャドーで威嚇を開始する。

古都国ガキ大将のガキ大将をはじめ、実験施設、この新王国の酒場で酔っ払いとの乱闘と、全てKO勝利をもぎ取っているシオンに死角はない。

 

ただ見落としていたことがあるとするなら

「セリス姉様、この不届き者を警ら兵に突き出しましょう」

機甲殻剣を腰に差していたことだ。

褐色女――サニア・レミストの号令とかかると、次々と子女たちが抜き身を輝かせる。

 

「あ、あなたたちまで取り乱さないでください。 早まってはいけませんよ」

崇拝しているセリスを貶されたことで、一同もかなり活気づき、静止の声も通っていない。

これには助け舟をアルフィンに出してもらおうと、再度アイコンタクトに挑戦するも、「自業自得」だと顔に書かれていた。

この従者はこれっぽっちも役に立たないようだ。

 

じわじわと迫る狂気を構えた女子を相手に、シオンがとった行動はこれだ。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

赤子がだすような奇声をあげ、そのまま地面に蹲った。

喧嘩に勝利する絶対条件は腕っぷしの力ではない。

要は頭を使うのだ。

 

「あの四大貴族のご息女、セリスティア・ラルグリスが幼気な少年へ殴る蹴るの暴行を働いています! しかもその取り巻きまで寄ってたかって弱い者虐めに参加するとは何事でしょうか! 生まれの良さを盾に仁義に反する行いを平然とする、王都民のみなさん、セリスティア・ラルグリスは最低鬼畜女です!彼女の半径10ml以内に足を踏み入れないようにしましょう。自分の領地だけでは飽き足らず、筋の通っていないいちゃもんをつけられて税の徴収をしますのでくれぐれもご注意ください!」

大声で公園を散歩している親子や老人、その他諸々にまで聞こえるように声を大にして叫ぶ。

唖然としていたセリスもこれには意を唱えようと、つかみかかる勢いで顔をぐいと近づけてきた。

「でたらめを発信するのはやめてください!」

「ごめんなさいごめんなさい。今のは全て僕の創作話です。だからこれ以上叩かないでくださいセリスティア様! もう痛いのは嫌なんです!」

「ち、違いますからね。私たちは暴力を振るってはいませんので、誤解しないようにお願いいたします」

亀のように蹲っている横で、セリスは周囲で傍観している国民に向けて必死に弁解している。

百戦錬磨のシオンに対抗できる猛者はこの先現れるのだろうか。

 

「卑怯ですよ! 正々堂々と戦ってこそが真の男ではないのですか!?」

取り巻きAが突っかかってくるが、腕の隙間から顔をのぞかせシオンは睨みつける。

「卑怯もクソもあるかよ。ほれ、あんたもどうせ貴族とかのいいとこ出身なんだろ。名前教えろや。適当にホラ吹いて社会的に殺してやる」

偽りの塊そのもののシオンに戸惑う少女たち。

と、一気に傾きかけた戦況に割り込んだのはアルフィンだった。

立ち上がったシオンの背後にまわり込んだアルフィンは抱きかかえるようにして、うるさい口に手を塞いだ。

 

「申し訳ございません。彼は少しアレな人種なので、変わりに私の方から謝罪させてください。あまり大事にしたくはありませんので、この場から立ち去ってくれると助かります」

もがもがと言葉にならない叫びをあげているシオンを開放することなどせず、アルフィンは無礼を詫びる。

「そのふざけた輩をこちらに寄越してもらおう。話はまだ終わっていない」

一方的に喧嘩を吹っ掛けて、一方的に騒いではいおしまい、となるのはサニアも納得できはしないようだ。

「サニア、もう結構です。行きましょう」

「セリス姉様!?」

しかしセリスは応じてくれた。

「むやみに声をかけた私にも落ち度がありますし、ここで事を大きくしては今後に支障をきたす恐れがあります」

観光を目的に王都に来たわけではなさそうだ。

公爵の地位を持つラルグリス家なら、屋敷の一つや二つ王都にはある。

 

「それでは私たちはこれで失礼します」

度が過ぎた無礼者のシオンに対しても、セリスは最後まで礼儀正しく対応してくれた。

公園から出ようとするセリスとその取り巻きを眺めながら、シオンは拳を握りしめた。

「反則すれすれだったけども、勝ったなガハハ」

「反則に反則を重ねた末、もぎ取った勝利だと判定が出ました」

無敗記録を継続したことは誇れることだが、イマイチ釈然としない面持ちのシオンに、アルフィンが珍しそうなものを見るような目をしてきた。

「どうなさいました?」

「うーん、なんかあの女の取り繕ったみたいな顔がむかつくんだよな」

集団で歩く中には、まだ納得できていない者もいるのか、セリスがそれを優しく宥めている姿がある。

ある名案を思い浮かんだシオンは、樹木から丸みのある枝を一本へし折った。

「………変なことはやめてください」

そう言うアルフィンの制止なんてシオンが聞くはずもない。

短い距離の助走をとり、槍投げのように枝を前方に飛ばした。

狙ったのは公園の出口に差し掛かるセリス。

いくら性格が腐っているとはいえ、頭や体に当たるような真似は多分シオンはしない。

地面を這うような低さの木の枝で仕掛けたのは――

「キャアアアァァァ!」

足を着こうとしたタイミングで滑り込んだ枝に乗っかったセリスが、すってんころりんして尻もちをついた。

 

「しゃあっ! 俺天才!」

一斉に振り返ったセリスやサニア達を煽るように本日二度目のガッツポーズをし

「さらばだセリスティア。凛々しく振舞うのはいいが、たまには足元を見て歩かないと落とし穴にはまったりするから気をつけろよ」

捨て台詞を吐くと、手さげに道具を積め肩にかける。

アルフィンの手首を掴み、さっそうと林へ駆けだした。

 

「―――待ちなさああああい!」

冷静に振舞っていたセリスの怒気を孕んだ叫びが背中を押す。

ドスドスと地響きが足裏から伝わってくるので、振り向かずともあいつらが追ってきていることはすぐに分かった。

 

「私は構わないのですが、サヤカ達に迷惑をかけるのは控えてください。相手は四大貴族の令嬢ですよ」

「奴さんも見失ったら身元を探してまで報復しようなんて考えてもないから大丈夫だろ」

「それだけではありません。女王陛下の好意に甘えている私たちが依頼をおざなりに済ませてしまえば信頼が失われます」

「んなもん明日に持ち越しちゃいいんだよ。明日は明日の風が吹くが、今日の風は今日限りなんだぜ」

「意味が分かりません」

王都に移住して三年近い。

坂を下ったり上ったり、裏道を通ったり屋根を走ったり。

アルフィンの体力が切れれば担いで走り、なんとか撒くことに事に成功した。

 

 

 

 

我が家はそこいらの住居より、一回り小さくした広さだが、二人暮らしの身では不便ということはない。

「ただいま帰りました」

「だいまー」

手さげを玄関口に置き、靴ぬぐいの敷物で足裏の汚れを落とす。

 

「こらシオン! ただいま、でしょ!」

帰宅早々怒られたシオンが居間に続く扉をくぐると、そこにいたのは感情表現が豊かで、考えていることが実に分かりやすいサヤカだった。

 

サヤカ・ステアリード

王都からずっと西のシンガ子爵の領地に属しているステアリード家の一人娘。

彼女の快活さを連想させる短く切りそろえたダークブラウンの髪を揺らしながら、シオンは肩を押される。

 

「はいやり直し。入ってくるところからね」

「まだいたのかよ。さっさと帰ってくれないか、サヤカ?」

サヤカとサヤカの父親、オウシン・ステアリードには、脱走して路頭に彷徨っていたところを保護してもらってからの付き合いだ。

物好きなことにシオンとアルフィンの他にももう一人、戦災孤児を養っていたので、二人増えてもさほど変わりはないとのことだった。

 

居間に入れてくれないままでは困るので挨拶をし直し、椅子に腰かける。

諸事情により二人でジンガ村から王都に移転してから、サヤカは度々様子を見に来ていて、今回は10泊と比較的に長めの滞在だった。

今日がその帰宅日で既に出ていたのだと思っていたのだが、馬車の出発時刻を聞いとくのだったと後悔する。

そうすればサヤカが帰るまで時間が余っていれば、寄り道をして潰していたのに。

 

「依頼はしっかりこなしてきたの?」

シオンにではなく、サヤカはアルフィンへ聞く。

子どもの二人暮らしが成り立っているのは、ちょっとしたコネで国から仕事を送ってもらえているからである。

一日一善、郵便受けに送られてくる依頼を受けることで、城から対価が支払われ、生計を立てている。

 

「作業中に不良に絡まれたから途中で切り上げてきた。また明日やるよ」

「アルフィン」

「近からず遠からずです。絡んだのはシオンが先だと記憶しています」

アルフィン曰く、実験の後遺症で嘘がつけなくなったらしい。

が、たぶんその発言自体が嘘だ。

 

ぐちぐちとサヤカからお叱りを受けるも、話半分で相槌を打ちつつ聞き流していると、居間の奥から更なる訪問者が現れた。

 

「二人とも、帰って来たね」

国から依頼を発注できるのは、このシズマという好青年のお陰だ。

歴史を辿ればステアリードとは剣術の武門の名で、それが姓に定着したもの。

現当主のオウシンは装甲機竜が発掘する以前のアーカディア帝国で、皇帝勅命の剣士だったこともあって新王国でも名が通っている。

 

オウシン邸に拾われた戦災孤児とは彼で、十四で帝国騎士の仲間入りしたシズマも、オウシンの推薦があってのことだ。

肘を怪我した影響で握力が著しく低下した今でこそ前線からは離れているが、将来有望の若手だったシズマの名も広く知られている。

去年の中頃から新王国正規軍の特別顧問とかいう役職に就いているが、怪我を負ってからの空いた期間にラフィ・アティスマータの親族の教育係をしていたため、シオンもそのコネを利用できているわけだ。

 

「サボってたわけではないから、依頼は継続して送ってよね。俺らここ出たら帰る場所ないから」

「シオンは路頭に迷うかもしれませんが、私はここを追い出されたらシンガ村へ戻るつもりだというのを頭の片隅に入れておいてください」

だめだこの従者、どうにかしないと。

微塵もご主人様に対する敬意が感じ取れない。

 

「とりあえずこれを読んでくれるかな」

四人でテーブルを囲むのはいつ振りだろうか。

そんな思い出に浸るシオンが、置かれた紙に目をやると、どうやら依頼書のようだった。

基本一日一善だが、二枚送られてくることは珍しくはない。

別段驚くことではないが、内容が内容だった。

 

「王立士官学園で、泊まり込み?」

王都から馬車で三日揺られ、着くことができる城塞都市に機竜使いを育成する養成所がある。

それが王立士官学園だ。

長期的な滞在を覚悟するようにと書き出しにあるから、半年ぐらいが目途になるのだろうか。

泊まり込みの依頼はあったはあったが、ここまで長いのは初めてだ。

 

「女王陛下がシオンとアルフィンに頼みたいからってね。行ってくれる?」

宿代や食事は王立士官学園もちで、支給額も高めな設定なので、こちらとしては貯金が溜まる一方の待遇だ。

ここまで好条件となると、裏がありそうで怖い。

 

「………王立士官学園に闇市とかあったりして、内臓とか売られたりしない?」

「これでも国の機関だから安心して」

安心できるのなら行くしかない。

依頼書の署名欄に名前を書き込み、隣に座るアルフィンにも催促をすると反対はせずにペンを走らせてくれた。

 

「良かった、これで女王陛下も喜んでくれると思う。 あとシオン、≪ミハイル≫持ってきてくれるかな」

ミハイルとはシオン専用の神装機竜。

自分の部屋から機甲殻剣を持ち出そうとするも、前回使用してどこへしまったのかが思い返せず、室内をうろちょろ。

 

「おいクソドラゴン。起きてるか」

悲しい孤独に負けて、独り言をつぶやいたわけではない。

〔――う、うー。おはよーシオン〕

「おはよう。それでキミはどこにいる」

〔ここだよ、ここだよ〕

淡い光を点滅させる機甲殻剣は、服を下げる物干しに使われていたため布に被さり隠れていた。

持ち運びが楽な鞄に生活必需品を手あたり次第詰め、腰に剣帯を巻き付ける。

 

「ほい、≪ミハイル≫」

居間にアルフィンの姿がなくなっていたのは、彼女も荷造りをしているからだ。

テーブルに機甲殻剣を置くと、シズマが柄を握りしめ自分の剣帯にある機甲殻剣と交換した。

 

「はい、僕の≪ワイバーン≫」

「え?」

〔へ?〕

脳内の声と重なり合って出たのは、どの角度から聞いても間の抜けた声。

 

(ありのまま今起こった事を話すぜ。俺はシズマの前に神装機竜を差し出したと思ったら、いつの間にか汎用機竜として返ってきた。何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのかは分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。錬金術だとか剣を複製できる魔術とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ)

恐ろしいのはシオンの頭の中身だ。

錬金術師シズマの等価交換は、神装機竜の下位互換である汎用機竜を生み出せるようだ。

一体等価交換とは何だ?

謎は深まるばかりである。

 

そんなこんなでボケをかましつつ事情を窺えば、神装機竜所持者だと目立ちすぎるからだと。

一理あると同意したものの、脳内の喚き声がこの上なくうるさい。

年頃の女の子にしては身軽な持ち物を引っ張りだしてきたアルフィンと合流すると、城塞都市行きの通行証を手渡された。

 

こうしてシオン達の新たな生活の幕は上がる。

 

 


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