その運命に、永遠はあるか   作:夏ばて

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十六話

翌日、朝から働いているシオンの姿を見かける女生徒たちは、頭でも打ったのかと気が気でなかった。

たまにはこんな日があってもいいだろう。

サヤカが様子を見にきてもいいようにとか、そんな邪まな考えはない。

 

校内をスキップで移動していたところ、一つ結びにまとめていた後ろ髪を引っ張られた。

「演習場に呼ばれているので向かってください」

アルフィンだ。

 

「これから学園長室で休む予定なんだが」

「向かってください」

急ぎの用があるらしく、アルフィンはそのまま去っていった。

 

有無を言わさず押し付けられると、重要なことがあるのかと思い、だだっ広い学園の敷地内を移動し演習場へ。

 

「おや、珍しいね。君が演習場に足を運ぶなんて」

ちょうど三年の演習中だったようで、なかなか周囲に溶け込めていないシオンとも交流のあるシャリスが話しかけてきた。

休憩中の生徒たちの視線が突き刺さり居心地が悪い。

 

「シャリスの姐御、なんかアルフィンに呼び出されたんだけど」

「彼女ならさっき、あの臨時講師と話していたよ」

指をさされた方に顔を向けると、装衣の上から正規軍の外套をまとう若い男が笑顔でこちらに手を振っていた。

 

あっと驚くシオンだったが、両手を合わせて祈りを捧げる仕草をし

「落ちぶれた『出戻り組』か。おお神よ、迷える子羊に裁きの鉄槌を」

「出戻りなわけあるか! しかも迷ってる子羊に鉄槌を食らわせるってお前は悪魔か!」

「神だ!」

彼の名はベイル・シンガ。

領主の息子でありながら、士官学校卒業後に家に戻らず軍に入隊したシオンの悪友でありツッコミ役。

 

「窓ふきもロクにできないのかって怒鳴られて舞い戻ってきたのか? ストレス貯め込んで親父みたく剥げるなよ」

「剥げてねえよ!」

「今はな」

「将来もだ!」

 

騎士の家系だったが家督争いに嫌気がさし、終いには士官学校卒業間近に両親と大喧嘩したことで村を飛び出した点は、シオンと似通っている。

 

「ま、よく来たな。俺が最大限おもてなしをしてやるよベイル」

「開幕に強烈なのを貰ったからいらないが、久しぶりだなシオン。元気だったか」

拳と拳を合わせて挨拶をし、ベイルの隣にすわり観客席からリングを見下ろす。

ベイルとは士官学校在学時、帰郷していたころに知り合い、よく二人で馬鹿をしていた。

これでも面倒見がいいため、無謀なチャレンジにはブレーキをかけてくれる頼りになる友人だ。

 

「まさか臨時講師がベイルだなんて思ってもいなかったな」

各国の遺跡調査権の配分を決める戦いが数か月後に王都で開催される。

国の代表として戦うには、まず学園内で対抗戦の登録メンバーに抜擢されなければならないので、特に『騎士団』の連中は一層気合が入っている。

 

「それだけならよかったんだが、諸事情で当分こっちに滞在することになったよ……」

トホホとがっくりと肩を落とすベイルは、城塞都市周辺に配属された経験があり、慣れ親しんだ土地であるが、他の軍人と同様王都に恋い焦がれている。

幸いだったのは、三つある砦のたらい回しは免れ、中央一番街区の軍の施設の勤務になったことだと言っている。

リングを二分割してそれぞれで指導している軍人二人も、泣く泣くこの地へやってきたことだろう。

 

「なら、お祝いをしないとな。聞いて驚けベイル、なんとこのシオン様は明日の遺跡調査へ、正式な手続きを経て同行することになっているのだ!」

「それはめでたいな。楽しんで来いよ」

「だが順風満帆にいかないのが人生、遺跡までの護衛までで内部には侵入できねえってさ。そこでだベイル君、君も同行しないか?」

「………は?」

素っ頓狂な声を上げるベイルが汗を滝のように流し始める。

 

「おいおいベイル、俺たちの職業は何だ? 軍人か? 使いっぱしりか? 違うだろ、俺たちはトレジャーハンター、遺跡を荒らし――」

「だあああああああああ!」

強引に口を塞がれたシオンは「もごもご」と何とか熱意を伝えようとするが、ベイルが力を緩めない。

周りに漏れないような声量で呟いた。

 

「いいかよく聞けシオン、国際条約で守られている遺跡に不法侵入することは、世界を敵に回すも同然の行為だ」

「今更なにを。俺たちはとうに条約違反をしているだろ。ボケてんのか?」

そう、この二人。

遺跡へ不法侵入したことがあります。

 

「だから俺『たち』でくくるな! アレは勝手に連れまわされて――」

「はん、最初は嫌々だったのに後からテンション上がってた野郎がよく言うぜ。そんなに嫌なら二度目はやめればよかったのに、お前はついて来たよなぁベイル!」

 

進入禁止だと言われたら逆に入りたくなる好奇心に負けたシオンが、宿営地建設のついでに遺跡に目を付け、砦で待機していたベイルとともに監視の目を潜り入り込んだのが一度目。

二度目の挑戦もベイルの休日に押しかけ、叩き起こし遺跡へ。

 

「確かに俺は過ちを起こしてしまったが、もう軍人なんだよ。 あの頃は新米のペーペーで、上官に反発していた若造だったけどな、俺はもう変わったんだ。分かってくれ」

「………ベイル、大人になったんだな」

「分かってくれたか」

「でだ、明日の作戦なんだけどよ」

「話を聞けオイ! あのなぁ、俺はもう真っ当に生きると決めたんだ。真っ当に生きて、美人さんと結婚して――」

「親父みてーに禿げるのか?」

「だから禿げねえって!」

とにかくボケを拾うベイルは肩を大きく上下させて呼吸を整える。

 

「頼むからボケるのはよしてくれ。どうしてシオンはいつも俺といる時は全力でボケに走るんだ……」

「だって昔から突っ込むの好きだろ? 隙あらば突っ込んでくるから合わせてやってんだよ」

「誰のせいだ誰の! 少なくとも俺から突っ込んだことはないからな」

「なあベイル、さっきからカリカリしてばっかだけど、そんな人生で楽しいか?」

「いやいや、その原因を作るお前だけには言われたくないよ」

ベイルは半ば諦めかける。

人によってだが、そもそも勢いだけで人生を謳歌しているシオンとまともな会話を成立させるのは困難だ。

 

「とうとうシオン探検隊から脱落者が……。ソロになるか欠員補充するか、悩み時だな」

世間では悪行だろうと、シオンにとっては遊びの範疇なのだ。

加担していたベイルも違反行為なのは重々承知しているが、誘惑に負けそれぞれが気に入った武装を盗んでしまったことを除けば遺跡の財宝に手を付けていないし、探検そのものを楽しんでいる本人にとやかく言いたくなかった。

 

内部に出現した幻神獣は外に逃がす前に仕留めているし、近隣に被害が出たとは聞いたことがない。

 

「今後は許可なく入るのは控えた方がいいな。たまたま外部に幻神獣が湧かなかっただけで、次回はどうなるか分からないからな。明るみに出てシズマとサヤカ、それにオウシン先生に迷惑をかけたくないだろ」

「――ジジイはどうでもいいが、一理ある」

人数が揃った攻略部隊なら遺跡の警備兵のみならず、きちんと外にも配置し安全を高めるはずだから、その方がいい。

シオンは渋々了承した。

 

「まあバルゼリッドとやり合うし、遺跡ではっちゃけるよりも体力を温存しておくか」

探検する機会はまたいずれ訪れる。

その日まで楽しみを取っておこう。

 

「バルゼリッドって、バルゼリッド・クロイツァーか?」

貴族どころか王の名前すら耳にしたことない下々の民は大勢いる。

名だけで姓を即座に連想するあたりが腐っても貴族。

 

「爺やにおしめかえてもらってる四大貴族の坊ちゃまと、女をかけたガチンコバトルをね」

「もはや驚きの向こう側まで到達し何とも思わないが、四大貴族の半数に喧嘩を売るって相当だな。ラルグリス家の長女とも揉めたんだろ?」

王都の国立公園でのシオンの八つ当たりが引き起こしたいざこざ。

学園最強にはまだ名は知られていないはずだったが、あのあと住人に尋ねまわり情報提供を受け、皆が変人はシオンと口を揃えたのだと。

身バレしてしまってもベイルは大事に発展しないという。

 

「彼女はオウシン先生の教え子だよ。新王国になってしばらく定期的に家を空けてたのはラルグリス領に赴いていたせい――って、なんで身内に説明しなきゃいけないんだろうな」

「ジジイが俺には伏せていたんだろうな」

「忘れていただけだろ」

三つのグループに分けての演習で、これまでは休憩だったベイルの班に順番が回ってきたようだ。

盛り上がりもほどほどにし、ベイルが立ち上がったので再び拳を合わせる。

 

「いい大人が少女の装衣姿に興奮したら捕まるぜ」

「これでも好みは年上だ。じゃ、またな」

観客席の女生徒に大声で指示するベイルに背を向け、演習場をあとにしようとする直前で呼び止められる。

「言い忘れていたが……。『月華(ベルカ)』、アルフィンに渡しておいたからな」

「あいよ」

そうとだけ返事をし、友と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

午後一番の授業、クラスは騒然としていた。

昼食後の授業は睡魔との戦いだと常々口にしていたリーシャが、口をあんぐりとさせているほどだ。

 

国家機関の教職につくためには何重もの審査を通過しなければならないのは、人格が捻じ曲がっている指導者を遠ざけるためだ。

お嬢様だらけの学園なら、より人として見本となる人物が教壇に立つにふさわしい。

 

「いいか。しっかり先生の話を聞くんだぞ」

クラスの担当教諭のライグリィが扉を閉める音が教室に響く。

体調不良で病欠する先生の代役を教室まで案内しただけで、旧帝国唯一の女性機竜使いは演習場が主な仕事場となっている。

 

「えー、ライグリィ教官先生の紹介のとおり、ぶっ倒れた教員のヘルプに来ました。先生は皆よりも年下だけど敬語を使うように」

おかしい。

職業診断をしてもこの学園で最も教師には向いていない男が、教壇ではなく教卓に仁王立ちで立ち、ルクスたち生徒を見くだしている。

 

「先生のメンタルは脆弱なので、生徒にため口きかれるとぶちギレで即刻退学にします。気を付けるように」

羽織っているのはいつものマントではなく白衣、それに眼鏡までかけた、形から入る年下の先生と、物静かな助手。

横暴な態度に、クラスは困惑している。

 

「学費を納めていないルクス・アーカディアは既に除名済みなので、荷物をまとめてとっとと出て行くように」

「ちょっとまっ――てください。先生!」

危ない所だった。

途中で何とか出かかっていたタメ語を飲み込み敬語に直す。

 

先生よ、シオンじゃなくてあなたの授業を受けたかった……。

病欠で早退した先生への恨みで、若干名を除きクラスの心を一つになった。

 

 

 

「つーわけで、つまらないネタもそこそこに授業を始めたいところだが、生憎俺はお前らを指導できるほど立派な人間ではない。何故そんな俺が教鞭を執ることになったか、それは教官先生に戦いとは何たるかを特別授業で説いてくれと頭を下げられたからだ」

 

屋上でボッチ飯をしていた昼に、ライグリィ教官に懇願され今に至るシオンは、教卓にあがったまま太々しい態度で声を張る。

義父から授かった戦法の極意を生徒にも分けてやれと背中を叩かれはしたが、乗り気ではないシオンである。

 

「武官と文官がごっちゃのクラスだから、専門じゃない分野について長々とされても退屈だろう。なんでもいいから質問がある人は挙手を。こう見えて先生は人生経験豊富だから悩みがあるなら今のうちにぶちまけておけ」

 

持論を教示してやりたいのは山々だが、自分は全知全能の神でも覆いを開けて真理とご対面した哲学者でもない。

こうすれば勝てる、と教えてあたかも必勝法のように勘違いし呆気なくドボン。

そうやって人の命を背負いたくないため、受け答えの形式をとる。

 

「先生」

いきなりな出来事に生徒も困っていたであろう中、切り込み隊長として、フィルフィが手をあげた。

 

「はい、どうぞ」

「お腹がすいたからオヤツ食べてもいい?」

「摘み出されてーですか、フィーちゃんさんは?」

 

指導者っぽい威厳を醸し出して振舞っていたのが台無しだ。

大事そうに抱えている紙袋をアルフィンが没収する。

 

「じゃあはいは~い、先生!」

お次はティルファー、ポニーテールをぴょんぴょん揺らして立ち上がる。

 

「くだらない質問はすんなよ」

「先生の理想の女性像を教えてください」

「性別が雌であること。以上」

ここのクラスはどうでもいいことしか質問しない不良少女ばっかりだ。

立ちっぱなしで疲れてきたシオンは、そのまま足を前に落とし教卓にお尻をつける。

 

その後もしょうもないやり取りで場が和んでしまい、あまり関りのない生徒からもちらほらと手を上げるようになった。

 

まさかとは思うがフィルフィとティルファーの思惑通りに事が運んでいる………とは考えすぎだ。

 

このままズルズルと長引いて授業も終わりかと思った、そんな時だった。

 

「あ、あの……」

それだけをいうのが精いっぱいという様子の、左端最後列の少女。

クラスでも目立つ方でもない大人し気な赤毛の少女は、今にも泣きそうな眉をしている。

 

「怖い夢でも見たのか?」

「そ、そうではなくて、あの――」

伝えたいことがまとまらないでいるのか、うつむき加減でおどおどしている。

 

机の上で指をせわしなく絡ませ、視線をあちこちに動かしていれば意を決したのか、おもてを上げ

「装甲機竜を上手に操る秘訣を、教えてください!」

ひと際大きな声で叫ばれた。

 

上を目指す心意気はシオンも胸に秘めているため買いだが、どうして自分なのだと疑問に首を捻る。

表立って装甲機竜を纏ったのは、リーシャ救出時のみなのに。

 

「夜に≪ワイバーン≫で踊っている姿を盗み見されたのでは?」

助手として控えるアルフィンの耳打ち。

 

演習場の裏側にある木々に囲まれた空き地で、日付が変わる時間帯に≪ワイバーン≫を起動させている。

寝付けず散歩していれば遭遇しなくもない。

敵意があれば気配を捉えているだろうし、おどおどした少女なら小動物か何かと判断し認識出来ていなかったのだと納得する。

 

「実技の成績は?」

「―――下から数えて……」

 

悪く言えば落ちこぼれ、神装機竜使いがこのクラスに集結しているだけあり、上達が遅れたらその差を余計に痛感する。

滅入りながら演習に臨んでいる光景がありありと目に浮かんだ。

 

――人には得手不得手があるんだし、上手く乗りこなせなくてもよくないか?

 

取り繕う言葉を探せばいくらでも出てくるが、それは言わなければならない言葉とは違う。

 

「武官として入学してるんだから、最初のうちはついていけてた。でも伸び悩んで皆に先を越されたパターンだろ」

古都の道場でも沢山いたし、珍しくも何ともない。

 

才が折れてしまい、努力で補えなかった奴はごまんといた。

多岐にわたる武門より構成される武術界『武林(ぶりん)』で、強者とされる九割五分は才に溢れる者だと、青華(せいか)派の道場で、師範の口から放たれた時は、才能ありきの世界かよとぼやいたものだが、すぐ才と血の滲むような努力の結晶と訂正された。

 

才能に恵まれたかった五分は、死ぬほどの努力で補い武門の頂点に登ったのだと。

 

それはさておき

「上達の秘訣っていっても、そいつの人柄や性質によって千差万別、明日起きれば成長するなんて裏技はないし、思考錯誤を重ねった結果が………」

 

結局答えを見出せないのに、大勢の前でさも偉そうな講釈を垂れるとはいよいよ救いがない。

というか、もっとアドバイス上手な適任がいるだろ。

 

「もうめんどくせえからルクスさん、クラスメイトが悩んでるからみっちり鍛えてやれよ」

 

「せっかくいい感じだったのにどうしてそうなるのさ!?」

 

「はい突っ込んでくるのは想定済み、この赤紙の命令権を行使します。王様の言うことは絶対だ!」

 

「くどいようだけど第三者には使えないんだって!」

 

「じゃあ王都の時計台から飛び降りて俺を楽しませてください。それが嫌なら手取り足取りその娘に教えるんだな!」

困りごとはルクスに押し付けておけば万事オーケーだ。

 

「あのシオンさん、ルクスさんのご迷惑になるようなので、私としてもそこまで甘えるわけにはいけません」

「あっ! 迷惑だなんて、そんなことはないです。こんな僕で良ければいくらでも協力しますよ」

押しに弱いルクスの、病気とも呼べるお人好しスキル。

放課後に面倒をみることになり一件落着、とはいかず他のクラスメイトにもせがまれ参加する人数が増える。

 

父親の皇帝も第二第三第四第………と女を侍らせていたハーレム王だったので、ルクスもその素質は受け継がれていると、シオンはうんうんと何かを察したように頷いていた。

 

「ルクスさん、ちなみにさりげないおさわり可だぜ」

「頭痛くなりそうだからもう喋んないで……」

 

とんだとばっちりを食うことになったルクスに心の中で合掌する。

 

リーシャやフィルフィ、ティルファーまでもを巻き込む大所帯に、クルルシファーは距離を置いて干渉せずにいる。

授業中はずっとうわの空で、心ここにあらずなクルルシファーに歩み寄り、強引に起立させる。

 

「このあと暇だろ?」

「ごめんなさい。今日は予定があるの」

あえなく撃沈。

それでも負けじとクルルシファーのか細い手首をぎゅうと握りしめる。

 

「折角彼氏がデートに誘ってやってるんだ。付き合えよ」

反論は許さないシオンが、クルルシファーの鞄をひったくる。

ちょうど授業時間終了の合図が鳴り響き、鐘の音に押されるように廊下へ躍り出た。

 

 




駆け足ですね。

もとネタではベイルはケンタウルスで家柄は上の通り。
シズマの兄弟弟子である主人公と同時に家出をしたトレジャーハンター

父親が剥げてるらしく、良く剥げるぞと弄られたり、ケンタウルスなので馬と呼ばれたり、背中に勝手に跨がれたりする苦労人です。

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