お久しぶりです。今回もよろしくお願い致します。
【春日雄也・ボーダー本部訓練室】
数時間前――
『雄也、悪ぃけど今夜本部に来てくれねぇか?』
休み時間に教室で本を読んでいると、諒から声をかけられた。
『いいけど何かあんの?』
『開発を依頼していたトリガーができたみてぇだから試してぇ』
A級になると、独自のトリガーの開発が許可される。諒はA級に上がったと同時に2つのトリガーの開発をエンジニアに依頼していたが、どうやらそれが完成したらしい。
そんなわけで、これから諒と模擬戦をすることになり、ブースの中で向かい合っている。
「じゃあやるか。2つあるんだっけ? どんなの開発したか俺聞いてないんだけど」
「言ってなかったか? 弧月のオプションと……いや、実際に見た方が早ぇな」
「そうだな」
正直、諒がどんなものを作ったのか聞きたい気持ちが強いが……まぁ実際に体験してみるか。
『模擬戦、開始』
「アステロイド!」
開始の合図とともにアステロイドでフルアタックをかます。
諒は上手いこと避けたりシールドで防いだりしているが、完全に回避することはできず少々被弾している。
「チッ、相変わらずうぜぇなぁオイ」
「こういうやり方なんだよ。早くしないとお披露目する前に終了だぞ?」
「るっせぇ、見てろ」
玉切れになってしまったので、新たにアステロイドを生成しようとしていると、諒が自分の足元にトリガーを起動していた。
グラスホッパーか? だがこの距離なら俺が弾幕を張る方が速い。攻撃が届くことはなく、諒はハチの巣になるだろう。
そう思いながら、アステロイドを射出しようとした次の瞬間、視界から諒は消え、俺の首が落ちていた。
「は?」
『伝達系切断。春日、ダウン』
「どうだ?」
背後から諒の声が聞こえる。一瞬で移動したのか? テレポーターの類のものかと思ったが、だとすると俺に攻撃できないだろうし、やはりグラスホッパーと考えるのが妥当か。
「いや……速すぎだろ……グラスホッパーだよな?」
「ああ。改造型グラスホッパー、“天翔”だ。起動時に籠めたトリオン量に比例して速度が出るようになってんだ」
「なるほどな……」
特にタネがあるわけでもなく、俺の想定をはるかに超える速さだっただけというわけか……。いや、だがこれは馬鹿にできないな……目で追いつけなかったわけだし。
もう1本やるため、再度向かい合う。
もう1つトリガーを作っているみたいだが、それはどういう性能だ? 弧月のオプションとは言っていたが……。
「2本目行くぞ?」
『模擬戦、開始』
開始と同時に天翔を起動している……、防ぐしかないな。
案の定、諒は俺の首元目掛けてそのまま真っ直ぐ突っ込んでくる。
「シールド! 同じ手を2度も食うかっての!」
「だろうな。オラ! もう一発入れるぞ!」
「ちっ、シールド!」
諒の斬撃をシールドで防ぐも、次の一撃を振り下ろそうとしていた。
最初の一撃でシールドが破損してしまったため、新たにシールドを張りなおす。今度は左右両方でシールドを張り、万全に備えた。
これを受けきったら即座にアステロイドを起動し、カウンターで仕留めるのが最善だろう。
しかし、そうはならなかった。
「“断海”」
『トリオン供給機関破損。春日、ダウン』
「……嘘だろ、オイ」
諒の弧月はフルガードをものともせず、そのまま俺を切り裂いた。
「どうだ?」
「いや……フルガードぶち破られるとは思わなかった。断海とか言ってたな……」
「おう。こっちも起動時に籠めるトリオン量に比例して威力が上がるみてぇだ。効果は0.5秒しかねぇけど、今の感じだと十分だな。細けぇことは分かんねぇからエンジニアに聞いてくれ」
諒は当たり前のように語っているが、これは大問題だ。俺はボーダー内でトリオン量が2,3番目に多い。言ってみればそれだけ堅いシールドを張れるということだ。
今回俺はそれなりの量のトリオンを込めてシールドを張ったつもりだったが、それを諒は容易く斬って見せた。
おそらく二宮さんがフルガードをしても、これは止められないだろう。
つまりは、諒の間合いに入ったら誰もこいつを止められないということになる。
……チームメイトでよかった。
「断海は弧月の受け太刀対策、まぁ武器破壊用のために作ってもらったもんだからちょっと用途が違ぇはずだったが……ここまで威力が出るなら色々話が変わっちまうな」
「これだと受けた弧月ごと相手をぶった切ることができるな……」
「まぁ付き合ってくれてサンキュな。喉乾いたし出ようぜ。ジュース1本くれぇなら奢ってやんよ」
「サンキュー。とりあえず出るか」
新トリガーの出来に満足しているようで、気分上々で諒は訓練室を後にした。
―――
――
―
訓練室を後にし、夜の防衛任務までの時間を潰すため、ラウンジでジュースを飲みながらテキトーに雑談をしていると、知った顔が俺たちに話しかけてきた。
「あっ、黒木先輩。春日先輩もお久しぶりです」
「黒江か」
加古隊の黒江双葉だった。諒とは同期でたまに剣について教わっているらしい。
「久しぶり。そういや加古隊さっきまで防衛任務だったか」
「はい。ところで黒木先輩。いつなら都合がいいですか?」
「夜に防衛任務が無ぇ日ならいつでもいいぞ」
「ん? 何かあるのか?」
「黒江が剣の修練やってみてぇんだとよ」
「……お前が普段やってるやつか?」
「ああ」
剣道とは別に、諒は普段夜中から早朝にかけて剣術の修行を一人やっている。
寝る時間? 少なくとも授業中は起きていることの方が少ないということで理解してほしい。
だが――
「……黒江、悪いことは言わない。やめとけ」
「なんでですか?」
「いや、あれは無理だ。普段鍛えてる俺でも1日持たなかった」
とてもじゃないが、あんなのは真似できない。
記憶が正しければ、打ち込み一万、走り込み、ウェイトと体幹のトレーニングをやった後、夜が明けるまでひたすら型稽古というメニューだ。
一度俺も興味があったので付き合わせてもらったことがあるが、多少鍛えてるからと言っておよそ8時間ぶっ続けでこんなことをできるわけがなく、途中でギブアップした。
「お前がヘタレなだけだろうが」
「お前が異常なんだよ! ……悪いことは言わんからせめて見学レベルで留めとけ」
「わ、わかりました」
少なくとも女の子にやらせていいものではないので、とりあえず止めておくことにした。
黒江も何かを察したのか、俺の言葉にうなずいた。
すると、またしても知った声がこちらに飛んできた。
「双葉? こんなところにいたのね」
「加古さん」
加古隊の隊長、加古望。どうやら黒江を探していたようだ
「あら、春日君と黒木君も一緒だったのね。ちょうどよかったわ、2人もうちの隊室にいらっしゃい。夜から防衛任務なんでしょ? 晩御飯ご馳走してあげるわ」
「えっ」
「ゴチになります」
「ちょ……待っ……」
「何してんだ雄也、せっかく作ってくれるってんだし行くぞ」
何も知らない諒は、飯を買う手間が省けてラッキーくらいに思っているように見えた。
「いや……その……」
加古さんの……料理……これ絶対炒飯だろ……ヤバい……
「春日先輩、行きましょう」
「あぁ……」
2人に引っ張られて加古隊の隊室に引きずり込まれる。
会っていきなり死の宣告を告げられた。交通事故もいいとこだ。
外れチャーハンに当たる確率は、実はそんなに高くないらしいのだが、今のところ俺は100%外れくじを引いてしまっているので恐怖以外の感情が消え去ってしまっている。
刻々と流れる時の中で、せめて致命傷には至らないものが出てきてくれ、と俺は願い続けるしかなかった。
そして――
「さ、できたわよ。この味付けは初めてだから皆の口に合うかわからないけど」
――目に映ったものは絶望だった。
視覚も然ることながら、嗅覚目掛けてハウンドの嵐をぶちかまされた。
加古さんのちょっとした好奇心は、完全に俺の命を刈り取りにかかってきている。
絶対これ酢が入りまくってんな……。
しかし、ふと周りを見れば普通にパクついてる諒と黒江の姿。
黒江はともかく、諒も普通に食っている。ということは、もしかすると――味はまだまともなのかもしれない。
「南無三……」
覚悟を決め炒飯を口に含む。
――徐々に暗くなる視界。
――薄れゆく意識。
――徐々に近づく死の感覚。
――聞こえる諒の声。
「あー、ちょっと酸味強いっすね。もうちょっと抑えた方がいいっすよ」
「あら、じゃあ次はちょっと量抑えるわ」
――何でお前はそれ食って平気なんだよ。
この後の防衛任務はとてもじゃないが参加できないと思いながら、次の瞬間、俺の意識は途絶えた。
年内にあと1回更新するかしないか、というところ。
今回も読んでいただきありがとうございました。