シルヴァリオグランドオーダー 作:マリスビリ-・アニムスフィア
アドラー帝国の政治と軍事の両面を司る中枢施設の集合体。即ち、ここは頭脳にして心臓ともいうべき帝都の最重要拠点。
その中を、俺とマシュは疾走していた。
護りはない。ここに至るまで守護をしている怪物などはいない。それは違和感だけを募らせていた。ここは、この場所こそが帝国を動かす始点にして極点。
そのことを考えるのであれば、守りは強固であるべきだ。さらに言えば、これから向かうのは、中枢も中枢。おそらくは何らかの
の
古都プラーガにおける国会議事堂や、転移したかつてのヒマラヤ山脈上に存在するカルデアの施設のような、極大の星辰体に関係する何かがあるはずなのだ。
何より、この母体となったモン・サン=ミシェルと呼ばれる建物は、修道院と呼ばれながら軍事的要塞として難攻不落を誇った歴史を持っている。
上に上にと増築を重ねた独特の建築様式は、外部からの侵入に対して強固であり、新西暦においてはそこに、当時最新鋭であったであろう旧日本軍施設と超融合している。
分厚い鋼鉄の障壁が何枚も存在し、もはやかつての難攻不落の建造物は、攻略不可能の名を冠する。複雑に過ぎる内部構造は、まさしく迷宮に他ならない。
だが、今や、そこは解りやすいほどに破壊されて一本の道を作っていた。まるで、何かが帝都をここから両断したかのようにも見える。
いいや、おそらく何かが両断したのだろう。キャスターから聞いた、セイバーの
それは、旧暦の
名を、アーサー。
並ぶものなき聖剣を手に持った常勝無敗の王だという。
一体どのような人物なのか。想像するのはクリストファー・ヴァルゼライドの姿だった。常勝無敗と聞かされて、イメージするのはやはり彼の偉丈夫だ。
英雄とはかくあるべしと世界に示した偉大な
おそらくは彼のような人物か。あるいは――。
「先輩!」
考えに没頭している間に、どうやら終点へと行きついたようであった。
地下の暗がりの奥。さながらそこは、聖廟のようでもあった。あらゆる全てが死んでいる。だが、一点だけ、この部屋の中央にある円筒の中にある結晶体だけが異常なまでの
「なんという星辰体濃度」
「ここが最奥みたいだな」
地下に広がる巨大な空間。都市の地下にこのような空間があるなどとだれが想像するだろうか。誰も想像などできないだろう。
そこに一人の騎士がいた。漆黒の鎧に身を包んだ英星。セイバー。
「――ほう。面白い
凛として響く理性に満ちた声。
想像していたイメージには遠いが、これもまた確かな王気を持っていた。未開の時代、蛮族をその力のみで撃退することを迫られた、力の象徴たる武骨な王。
それでありながら、理知的にも感じられる。例えるならば老成した竜だ。遍く叡智と暴虐の力を誇るという竜のよう。
その視線を向けられただけで、思わず首を垂れそうになる。それほどまでに生物としての性能が隔絶している。アレは英星のなかでも、別格の存在なのだと理解する。
――あれこそが始原にして究極の
――星の護り手としてあれ以上の適格者はいまい。
つまり、それだけ強いということだ。
「お初にお目にかかります、アーサー王」
「ほう、我が名を知っているか。新暦には伝わっていないと思っていたが。キャスターから聞いたか」
「ええ」
「そうかそうか。それは、良い気分だ」
キャスターが語った印象とは真逆だった。暴虐の竜、どこぞの欲竜やヴァルゼライド閣下のようなイメージを持っていたのだが、それとは程遠い。
理知的で会話が通じる、まるで物語の中の理想の王とでも言わんばかりだ。
「さて、ではそちらも名乗っても貰おうか、こちらだけ名が知られているというのはいささか不公平であろう?」
「では、俺はリツカ・紬・アマツと言います」
アマツの傍流も傍流。名前こそアマツを名乗っているが、それもまた本当かどうかもわからない。アマツらしい才能などなにもないのだから、きっと偽物だろう。
「ほう、
「いいえ、おそらくは傍流も傍流でしょう」
「なるほど。では、そちらは?」
「マシュ・キリエライトと言います、アーサー王」
「マシュか。ほう――」
彼女の視線は、マシュと彼女が持つ盾、そして、マシュ自身へと移る。
「――面白い。貴様は面白いなマシュ・キリエライト。案山子に徹する以外にないと思っていたが、良いだろう。構えるが良い」
漆黒に染まった聖剣をマシュへと向ける。
――来る!
それが分かった。圧倒的な覇気が全てこちらへと叩きつけられる。それだけであらゆる全てが蒸発してしまいそうなほど。
先ほどまでの和やかな様子は霧散した。清浄さは消え失せて、邪竜の如き暴虐の圧力だけが際限なく高まっていく。
臨界点突破。最初から全力であり、手を抜くことなどありえないと彼女は語っている。
「やるしかない――マシュ! 勝つぞ!」
「はい、必ず
「その守りが真実か、この剣で確かめよう」
即座に発動値へと移行する。その前で、彼女は奈落の底に落ちてもなお輝ける星を解放した――。
「天墜せよ、我が守護星――鋼の
冥府に存在する窯の底より響く竜の咆哮が天へと轟く。
遍く銀河を失墜させ、光を呑み込む暴竜の息吹が、今ここに世界の
同時に
爆ぜる大気、彼女の踏み込みは、かつてこの空を支配していたとされるジェット機にすら匹敵する速度。音を振り切り、大気を刃として纏いながら、その剛剣を振るう。
荘厳なる
脆弱なるもの一切は、その全てに耐えられない。
「聖なる杯の呪いに蝕まれ、慈悲も誓約も溶け落ちた
ここにありしは非常の王、あらゆる全てを暴虐の彼方に落とす邪竜である
ゆえに、弱き者一切よ、皆安らかに息絶えよ」
狙いはただ一つ。この先へ進む資格があるのかどうかを問う。
よって、繰り広げられる剣戟は、俺もマシュも両方を狙う。剛剣は、大地を抉り、大気を爆ぜさせる。漆黒の光は、冗談のような威力と最悪の相性を内包していた。
放たれる反粒子の光。そのエネルギーは、反粒子のくせして冗談のように高い。
王道を行く、正面突破の
さながらこういうのが好きなのだろうと言わんばかり。正義の味方が、悪へと堕ちて、正義の力でもって正義を挫く。
反転の極致とはこういうことだ。
正義の味方の反転とは悪の敵である。正義の反転は別の正義ゆえに、反転したところで正義であることに違いなどありはしない。
そして、悪の敵は、正しさの怪物だ。正義の味方よりも度し難く、それゆえに停まることを知らない。
「それでもなお、この先に進むというのならば、我が試練を超えて行け
悪逆竜を超えてこそ、この先の旅路を歩めるのだ
膝を屈し、進めぬというのなら、ここで止まれ、その首をもらいうける」
弱き者はここで死ぬが良い。それがすべての救済である。
この程度の悪逆を止められぬというのならば、この先の困難を超えることなどできやしないのだから。
だからこそ、弱き者一切よ、皆悉く安らかに息絶えよ。
放たれる剣戟の重さは今も上昇中。
小柄な体躯のどこにそんな力があったのかなどとアーサー王に問うことは無粋。彼女の身は竜なればこの程度など造作もない。
剣閃は翻り、剣光が煌く。
「あらゆる苦難の果てに、人理救済の光は輝かん
航海者よ進むが良い、
奈落の底にて輝く、逆襲の牙を持つ光がここに開帳される。
その名は最強の剣。
その名は竜の息吹。
さあ、受けるが良い、これこそは、惑星が紡いだ奇跡の具現。
これより先に、
「
それは、至高。
それは、最強。
それは、究極。
それ以外に、形容すべき言葉無し。
これこそが、星辰光における単純明快な光の究極系。
されど、その光は反転した。
溢れだす
それは、遍く全てを食らいつくす邪竜の息吹にほかならない。
「
放たれる星辰光。能力は単純な光。
だが、高水準の集束性、拡散性、付属性からくる光は、今や反星辰体粒子によって最凶の悪辣さを備えていた。光の剣ならば受けることもできただろう。
だが、それが全て
放たれる光の奔流を全力で躱す。
――厄介極まりない。
――滅奏の付与とは、反転とは実に厄介だ。
それはわかっているが、だからと言ってこちらの状況が好転するわけではない。
「どうした。この程度か。それとも、こちらか来てほしいのか?」
ならば是非もなし。
反転した極光を聖剣に纏わせながら来る。その姿に、ヴァルゼライド閣下の姿を幻視する。
戦いにおいて多勢を決する要素は常に力、速度、防御などの純然たる能力値だ。
大が小を圧倒するという子供でもわかる方程式にして真理。水溜まりが海を殺すことが出来ないように。
能力面で劣っていれば、その差が隔絶していればいるほど勝る者に勝てる道理はない。
弱者が強者に土をつける展開は起き得ない不可能事象であるがゆえに誰もが夢想する。
優れた者が順当に勝つことこそが基本にして当然。逆は不出来なイレギュラーにしてエラーでしかない。
物語に有りがちな弱者主人公ですら、他人よりも勝る分野があるからこそ勝利している。誰にでも劣る真の弱者ならば勝利などあり得ない。
そんな弱者は死んでいるからだ。極論、人間という生物に生まれたという事実すら一種の優れた点であるがゆえに生存という勝利を得ることが出来る。
自身より優れた生物がいれば負けるは必定。しかし、俺たちは渡り合っていた。それも互角に、鮮烈に。
まるでこれこそ当たり前の
「まだだ――!」
「まだ、です!」
光の使徒ならば、当然の基本技能による覚醒が実力という圧倒的な戦力差を覆していく。
気合いと根性。
誰もが持つ意思力の力と、俺とマシュ、互いが互いに感応接続により連鎖して高めあっていく。
歯車のような正確さで暴力の風雨を捌く 。
時に博打に打って出る。
勝利の流れを嗅ぎつけ、そこに躊躇なく命を懸ける行為。
破綻にさえ見える勝利への執着からの行動。
それは強者には必須ともいえる行動だった。
正着を打つだけの機械には決して持てないもの。
勝利するためのあらゆる全てをなし得る覚悟。
それらがまたとない力となって、俺たちを勝利へと導いていく。
気合や根性で誤魔化せる差ではないというのに。
まさに、その気合と根性。
執念という意志力だけで、その差をあっさりと覆している。
十が百を踏みにじる。
猫が虎を噛み砕く。
奇跡という名の不整合が顕現する。
まさしく、己は
その様を自覚して。
「それでも」
勝利するため。
生きるため。
彼女を護るために。
「俺は、前に進む!」
「ほう」
呟く言葉は強く。何よりも英雄的だ。
感心したように息を吐くアーサー王。二対一、覚醒連鎖に追い込まれる。
反星辰体光であっても、数百、否、数億倍の密度を持つ光帯には意味をなさない。表層しか削れない。
このままでは敗北する。
ゆえに。
「――
黒化した光の英星もまた、覚醒した。
追い越したはずの出力差が引っくり返される不条理。ふざけるなと叫びたくなる最悪の相性が数億倍の出力となって光帯をへし折った。
天井知らずに上昇していく危険度。歪み、蹂躙されていく景色。
逆賊を誅戮する。自然の摂理に逆らう輩へ、天意の裁きを下す。
もはや個人に向けて用いるような代物では断じてなく、破滅のカウントダウンが無慈悲に頂点めがけて駆けあがった。
だから後はもう、希望的観測を抱く余地すら無い。そのはずなのに。
吹き飛ばされ、光帯をへし折られた反動にボロボロの俺の前にマシュは出て。
「マシュ――」
「護ります、必ず!」
「受けるが良い! ――
森羅万象を鏖殺する憎悪の咆哮に触れたあらゆる星光はその輝きを失い消滅してしまう。
いいや、否、それだけではない。
新暦、否、この特異点化に際して、あらゆる全ては星辰体存在下の新暦に合わせて調整される。よって、それを否定されることは即ち存在否定に他ならない。
光が触れた箇所全てが死に絶えていく。急激な変化は、まさしく急転直下。全てを呑み込む闇が、こちらへ来いと全てを誘っている。
逃げられない。だから、
「今度はわたしが、護ります!!」
恐怖を押し込み決意を叫ぶ。
雲っていた空が晴れ銀河に輝く人理の超新星がここに輝きを放つ。
英雄を護るために。
「
展開される空間断裂による絶対防御。
盾に付属された空間断層は、一切の侵入を許さない。
「はあああああ――!」
「ああ――」
彼女こそが英雄。
心が喝采する。
魂が震えている。
彼女こそが、まさしく、本物の英雄なのだと思った。誰もを護る英雄。
「すごい……」
マシュは、闇の一撃を受けきった。
「俺も、君のような、英雄になりたい――」
思いは強く、ゆえに、限界も何もかもを突破して二人で生きるのだと、立ち上がった時。
更なるアーサー王の一撃立ち向かおうとした、その時。
「――そこまでだ」
光が、降臨した。
アーサー王がラストだと思った?
そんなわけないだろ。
アーサー王ステータス
星辰光は単純な光、
反転したゆえに反粒子化している。
集束性:AA
拡散性:A
操縦性:D
付属性:A
維持性:C
干渉性:A