シルヴァリオグランドオーダー 作:マリスビリ-・アニムスフィア
燃えていた。
燃えていた。
燃えていた。
村が、街が、人が。
あらゆる全てが、燃えていた。
地獄の釜の蓋が開いた。この光景こそが地獄。魔女の窯の底。暴虐の竜がその力を解放し、竜の魔女の恨みの
「ぁ、ぅぁ――」
ジャンヌ・ダルクは、その中にいた。
燃え盛る人の油分が舞い上がり、血の海が広がっている平原。もはや都市も村も場所を問わずフランスは、血の海に沈んでいた。
女も、子供も、大人も、男も、老人も、例外なく殺されていた。
フランスという国は、血で染まっている。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそがまさしく、地獄絵図。
糜爛した地獄の歯車は回転を止めることはない。そこに砂粒でも挟まり破砕されない限り、虐殺という名の過剰殺戮を駆動し続ける。
腐敗する
ここは、全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など
全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。ならばどこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしないのだ。
建物が倒壊する。そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。銃声が響き渡れば、最後、誰も彼も助かりはしない。
死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。
肌に張り付くのは死体から出た魂の如き慟哭の瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で柘榴を貪る死者が叫んでいる。
右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。死体の博覧会会場と言われても信じられることが出来そうなくらい石畳の上は赤く染まっている。
しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。
そして、その中で、ジャンヌ・ダルクは、横たわっていた。内臓、骨、筋肉、あらゆる場所に無事なところなどありはしない。
左目など、剣鱗が突き刺さり潰れている。だが、それでも、己の武器となる旗を手放さないのは、これでもフランスを護った聖女としての信念ゆえか。
だが、しかし、彼女は敗北した。
英星として降臨し、この元凶たる男に挑んだのは数分前のこと。
本気の男に挑んだ結果は、前述したとおり。
ズタボロにされて、血の海の中に横たわっている。立ち上がろうと四肢に力を込めても動いてはくれない。いいや、動いてはいるが、それでどうにかできるほどではない。
「おいおいおい、これで終わりかよ、
そこに、この地獄を創り出した片割れが現れる。
「がっかりだぜ? 旧暦において、一国を救った救世主。まさしく英雄じゃねえの。本気だったんだろ? 本気を出して、頑張ったんだろ? なあ、それなら出来るはずだろ?」
邪悪を前にして、そこで眠っているだけなどありえないだろう。さあ、立て。傷だらけ? 神経さえ繋がっていれば気合いと根性で動かせる。
体力の限界? 気合いと根性で覚醒して限界を突破すればいいじゃないか。フランスを救いたいと心から願っているのならばできるはずだ。
本気になれば不可能などありはしないのだから。
「っ、ぁ――」
右腕に力を込めて、ジャンヌは、血反吐を吐きながら立ち上がる。炭化した左腕をただフランスを護りたい一心で動かす。
「ああ、そうだ。それでこそだ! 見せてくれよ、聖女さんよォ!!!」
飛来する鉄風。この時代においては、見たこともない技術にて作られた武装。この先の歴史において銃と呼ばれたそれによる銃弾が飛翔する。
破裂音と共に連射され生きている全てを砕いていく。その威力、その速度、どれをとっても現世のものではなく超常のもの。
着弾とともに爆裂したかのような威力は、疑似的な星辰光に他ならない。使い捨てのワーグナーの射撃だった。まさしく小さな竜の咆哮。
竜の軍団の中で、滅亡剣は待ち続けている。来い、ここまで来て見せろ。
満身創痍、敵は大軍、敵将は目の前にいる。
英雄ならば、これを突破して来い。
「恐れず進め、道は拓くさ。勇気と気力と夢さえあれば大概なんとかなるものだ! そうだろう、我が麗しの英雄ォォーー!」
ここにはいない英雄を思いながら、喜色の咆哮をあげる邪竜。
目の前の聖女を無慈悲に蹂躙しながら、ただただ、英雄の到来を待ち望む。
「
「
「
「
蹂躙、蹂躙、蹂躙。
ジャンヌが倒した死体すらも利用して、強欲竜たちは聖女を追い詰めていく。たった一人頑張ったほうだ。ジャンヌもこの戦いの中で数度覚醒している。
そうでなければ、満身創痍の中ここまで戦えてはいない。
だが、それは相手も同じなのだ。
光の信奉者もまた同じ。本気だ。
どちらも光の属性に属するがゆえに、覚醒や進化などという言葉は基本的にあってしかるべきの当然の技能なのだ。
だから、あとは、もう結果を決めるのは意志力であり。
――私のフランスを思う意思は、あの男の意思よりも弱いのですか!
歯嚙みして、それでも負けられないからボロボロの体を何とか動かして、蹂躙され、腕がもう引きちぎれそうになっても、前へと進んだ――。
「ぁ――」
だが、天は誰も救わない。
天に座す
既に結果は出ているのだ。聖女は、いかに不退転の決意を示そうとも、音を越えて移動したとして戦列を超えることはできない。
火砲が咆哮をあげる。ただ、それだけで聖女の体を抉った肉片が飛び散り砕け散って行く。ああ、無情。救国を願い、そのためならば命を賭けるもまだ足りぬ。
意志、覚悟、根性、気合い。本気になった邪竜に挑むには、ジャンヌ・ダルクという女は、あまりにもまっとうだったのだ。
それはいいことだ。決して破綻せず、されど意志力が全てを決める英雄ではないということだから。そんなものは目の前の
人間としては、何よりもまっとうで正しい。だが、今のこの場においては、そんなもの何の慰めにもならない。敵を倒せず、民を護れず、今、死にゆこうとしているのだから。
誰でもいい。この事態を好転させるのならば神でもあくまでもなんでもいい。それもまた純粋な願いゆえに、遠く遠く聞き届けられるのだ。
英雄とは、常に最後に現れる。屍山血河の最奥で積み上げられた死骸の舞台の上で初めて英雄は踊れるのだ。最後に立っていた者こそが英雄であるがゆえに。
ならばこそ今だ。屍山血河の舞台は完成した。さあ、今こそ、英雄譚が始まる。悲劇を痛烈な希望が照らす。
「――そこまでだ」
長靴の音と英雄の声が地獄を照らす。
現れる一人の男。灰色長髪の端整な顔立ちで、胸元と背中が大きく開いた鎧に身を包み、大剣を背にする長身の青年。
血を全身に浴びながらも、自らに傷はなく、今も、現れた瞬間に放たれた機銃掃射を防御することなく全てを受けて無傷。
これより先、悲劇に出番はない。お前の出番は終わりだ。疾く、舞台より降りるが良い。
これより先は、英雄の舞台。悲劇などありえない。
さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人々は希望を見るがいい。
あふれ出る閃光の煌めきが闇夜を照らす。まさしく、世界を照らす
ああ、まさしく。あれこそが希望の光であった。その姿、まさしく不動にして絶対の盾。
「はは――」
ダインスレイフは、邪竜、ファヴニルであるこの男は、それが誰であるか一瞬で看過した。そう、この男こそが待ち望んだ英雄に他ならない。
彼こそが、真なるジークフリート。かつて、ファヴニルと戦い、これを殺した、英雄に他ならない。
何たるめぐりあわせか。
ファヴニルの名を冠する己と、まさしく、旧暦に置いて存在した竜殺しであるジークフリートがこのようなところで出会うとは。
何たる僥倖。ただの消化試合。アドラーの前座程度にしか思っていなかったダインスレイフは、ここにきてこの身の幸運を言祝ぐのだ。
この出会いを待ち望んだ。待った英雄ではないかもしれないが、まぎれもなく本物の英雄。であれば、こそ。
「あーはっはっはっは!! 遅いじゃねえか、待ってたんだぜ? 我が愛しの
「む――!」
弾丸の如く飛び出したダインスレイフ、決戦の火ぶたは、斬って落とされた。
だが、それをジークフリートは卓越した剣技で全て捌ききる。
「ヒャハハハ! 良いぞ、だったらこういうのはどうだ?」
緩急、虚実、卓越した戦闘
相手の剣技を見て、学習し、それに対応して上回ってくる。なぜならば、本気であるから。相手もまた本気であるなら本気で応えろ失礼だ。
だからこそ、まっとうに、真正面から、ファヴニル・ダインスレイフは、ジークフリートの剣を学習し、それを上回らんと現在進行形で努力中。
篭手剣の突きが鋭くなっていく。研ぎ澄まされていた一撃一撃。無駄のない戦闘の流れが更に無駄を排して人間離れした動きを盛り込みさらに成長していく。
技量、判断能力。戦闘において必要なものを全て備え極限まで研ぎ澄ましてきた暴虐竜が、更にここにきて加速度的に次の段階へと踏み込んでいく。
しかし――。
「ハハハ! なんだそりゃ、すげぇ、まったく傷つかねえ、まさに無敵の英雄じゃねえか!」
ジークフリートは一切傷を負っていない。ダインスレイフが、大小さまざまな損傷を負っているのに対して、この攻防の中、ジークフリートは傷を負っていない。
「ああ、そうだよなァ、英雄ってのはこういうのじゃなくちゃなァ、だったら、オレも頑張らねえと」
相手がこんなにも本気なのだから、自分もそれを超えていかなければ相手に失礼だ。
よって、ファヴニル・ダインスレイフは、覚醒する。
当たり前のように、相手が本気だから、こちらも本気を出すのだと、本気の本気を本気の意思で、覚醒して超越する。
「さあ、楽しもうぜ、ジークフリートォオオォ!!!」
「――!」
その一撃は、ジークフリートに傷をつける。
最初は薄皮一枚、されど、一撃一撃を積み重ねるごとに、覚醒し、進化していく。
「オラオラ、どうしたァ! オレは覚醒したぞ、だったらおまえも覚醒しろよ
いや、出来ない。
などとだれもツッコミがいないから突っ込んでおくが、そんなことができるのは光の亡者どもだけだ。意志力で限界を突破して、覚醒、進化、などとそんな常識はずれができるのは、ごく一部の極まった
普通ならば、出来ないが――。
「――――!」
ジークフリートは、真に英雄であった。
「ヒャハハハハハ! そうだ、そうだ。そうだよなァ、ジークフリート、おまえは英雄だからなァ、出来て当然だよなァ!」
「…………」
自らに穿たれる爪痕、牙痕にジークフリートは、かつての宿敵を思い出していた。ファヴニール。この男と同じ名を持つ邪竜を。
攻撃でここまでの打撃を受けたのは、前にも後にも、あの邪竜のみだった。つまりは、本当にこの男は邪竜の生まれ変わりなのかもしれない。
ならば倒すのは己の役割だと自覚してジークフリート――覚醒した。
振るう剣閃は更に速く。輝く剣光は更に苛烈に。
三の連撃を一息のうちに繰り出し、続く剣閃は更にその倍。
もはや常人であれば、剣影すら視界に入れることは不可能。視認不可の速度域で繰り出される剣撃に、ダインスレイフの全身は切り刻まれる。
広がる血染花。竜の血を再びジークフリートは浴びていた。
「ああ、良いぞ、もっとだ。オレは、まだまだやれるぞ、今度こそ、見ていてくれよ
窮地こそは光の亡者の好機。追い詰められれば追い詰められるほどに、光の亡者は覚醒する。
理不尽を形にし、不条理を破滅させる邪竜は、己の
「ぐお――!」
大地が震撼した。悪寒、殺意、そして凶兆――みなぎり荒ぶる死の気配。
形在るものへ訴えかけ、己が意のままに作り変えるファヴニル・ダインスレイフの
歩道も、壁も、この場のあらゆる全て彼の支配を受けたものはまるで竜の鱗が如く、剣の群れに転じていく。
生も死も、等しく凡てを飲み込まんと猛る、
喰らえ、喰らえ、欲するままに討ち滅ぼせよ、勇者ども。
ここに貴様が滅ぼすべき魔物がいるぞ、見逃すなと、邪悪を見せつけるかのように鱗を擦過させた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、何がどうなったのか、ジャンヌ・ダルクにはわからなかった。
気がつけばどこかのベッドの上で、潰れた左目には包帯が巻かれ、他にも治療が施されているようであった。
「気がついたか」
ベッド脇には窮地を救ってくれた英雄がいる。
「ここは……」
「古い城だ、少なくともあの連中はいない」
「あいつは……」
「すまない、決着がつかず一度撤退した」
なるほど、ひとまずは安全ということか。あくまでもひとまずはだが。
「まずは、傷を治せ、全てはそれから、だ」
「わかりました……助けていただき、ありがとうございます……」
それからジークフリートは、部屋を出ていった。
「…………」
事態は何一つ解決していない。
フランスの滅亡は、すぐそこに迫っている。戦力差は歴然、今は生きているが、今度は死ぬだろう。
それでも――。
「必ずや祖国を」
ジャンヌ・ダルクは、フランスを救う。
決意を胸に。さあ、行こうと意気を滾らせたが、ぐぅ、と鳴るお腹。
更に本当に良いタイミングで、入って来たジークフリート。
「あ……」
「…………食事を、置いておく、食べずとも良いが食べた方が良いはずだ」
なにも言わず彼は去ったが明らかに気を使っていることは明白だった。
ジャンヌは、顔を赤くして声なき声をあげていた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこはあらゆる全ての元凶にして中核。
かつて聖女が奪還した都市。名をオルレアンという。そこの現在の主、ジャンヌ・ダルクは帰還したダインスレイフの下へ向かっていた。
足音は荒く、硬質な石床に反響するその音は、何よりも熱量がこもっていた。無機質な中に感じる感情は、決して良いものではない。
零落した魂が奏でる音は、清廉であった頃と比べて酷く、儚く、虚ろでありながら内包した激情は決して弱々しいとは言えない。
あのダインスレイフが従うのはおそらくは、女のそういうところを見抜いているからだろう。連続する足音が目指す先は、その男の部屋だ。
足癖悪く扉を蹴破って中へ入る。
「帰ったのなら報告に来るのが筋よね。傭兵」
「おー、これはこれは、雇い主殿には、ご足労頂きどうも申し訳ありませんっと」
部屋の中にいたダインスレイフの様は酷いありさまだった。ばっさりと切り裂かれている。鋭い剣戟を受けたのか、両断されていないのが不思議なくらいだ。
それだけ凄まじい剣戟を受けてなお、この男は生きている。英星であるという事実を鑑みても、異常な頑強さと言えた。
「気色悪い言い方はやめなさい。また手ひどくやられたようね」
「ヒハハ、そりゃあ英雄が相手だ、これくらいやってくれなくちゃ困るってところだ」
「笑いごとではないわよ。今、星辰体の揺らぎを感じたわ」
「ああ、オレも感じた。ってことは、だ。来たってやつだろ噂のカルデアの英雄ってやつが」
「わかっているわね」
無論。英雄はすべて、この手で喰らう。
そのために、今、ダインスレイフはここにいるのだ。屍山血河を築き上げ、来るべき英雄を待ち望んでいる。
「さあ、来い、愛しの英雄。今度は、オレを置いて行かせない」
ゆえに全てを前座としてダインスレイフは待ち望んでいる。
英雄が来るのを。
英雄が来るまで、誰かが暴虐を止めるまで。
悲劇は止まらない。
絶望は止まらない。
光り輝く英雄が来るまで、光り輝く邪竜は、己の力のまま暴虐をまき散らすのだ。
「そうだ――」
ゆえに――。
特異点の底、銀月の海で、静かに冥狼はその時を待っていた。
「二つ目の特異点。最初ほどではないが、干渉が可能か。だが、それはあちらも同じ」
「ああ、そうだとも」
声が響く。
冥府の底に、声が響いた。
「悪いが邪魔をさせるわけにはいかないのでね」
銀髪をなびかせて、その男は、静かに歩いてきた。
如何なる術理を以てここに侵入してきたのか。
それは冥狼ですらわからない。
この男には闇の親和性などありはしないから。
だが、この男がいる場所を考えれば、こういうことすらも可能なのだろう。
「闇の冥狼。君に出張られると困るのだ」
「失せろ、光の君主。貴様は必ず滅ぼす」
「おお、恐い怖い。私など今すぐにでも死んでしまいそうだ。だが――」
――勝つのは、私だ。
ダインスレイフ、マリスビリー、二人の言葉が同時に、重なった。
勝利への宣誓。
光を奉じる者どもが、己の目的に向けて、進撃する。
世界すら気にかけず、ただ前に。ただ、前に――。
可愛い女の子に包帯巻きたいそんな気分だったんだ、ごめんよジャンヌ。
でも、ダインスレイフを相手にしてそれくらいで済んでる当たり人間要塞の名は伊達ではないのだ。
そして、すまないさん、本当すまない。あんな変態本気おじさんに目を付けられてしまって。
でも、すまないさんなら、宝具強化が来たすまないさんなら何とかしてくれると信じている!
うちのカルデアすまないさんいないけど。初期勢なのにいまだにいない、セイバーオルタとすまないさん、ネロなどなどの初期鯖たち。
しかし、この被害で、この序盤なんだぜ?