Black Barrel   作:風梨

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遅くなってすみません。


恩人1

路地裏を駆け抜けるアンリはとても気分が良かった。

薄く笑みを浮かべて、腰に差した丁寧な作りの杖を撫でる。

 

良く分からないクスリを売って、手持ちは貯めた分も含めて5万2千ジェニーになった。

持ったこともない大金だ。

それだけあれば、やっと買いたかったものが買えたので、杖を買ったのだ。

もちろん、正面からいけば門前払いを食らうので、物の代わりにお金をおいて店を出た。

 

 

先ほど盗ってきた果物を齧りながら、アンリは向かう場所に思いを馳せる。

長かった。

随分と世話になりながら、何のお礼もしていなかったことがアンリの気がかりだった。

それが少しは解消される。

そう思うと、悪くない気分だ。

アンリは明るい気持ちで足を進める。

 

齧り終えた果物を道に捨てる。

向かっているのは街の中でも治安の悪くない場所だ。

スラムがあるおかげで、そこから遠いここは比較的治安は良い。

そんな場所に住んでいる、老夫婦が居る。

アンリの目的はその人たちだ。

 

トン、と壁を蹴りあげて、窓の格子を掴む。

そのまま勢いと腕の力で身体を引き挙げて、また格子を掴んで上る。

あっという間に3階建てのマンションを登り切り、屋上に立ったアンリはまた走り出す。

 

念を使うまではここまで簡単に登れなかったが、いまではお茶の子さいさいだ。

走っている間に気付いたが、纏があるのとないのではだいぶ違う。身体の軽さが段違いだ。

おかげで周りを見る余裕もある。

 

身軽に屋根と屋根をジャンプで移動しながら、アンリは視線を巡らせた。

この地区には住宅街が密集している。

どれも比較的綺麗な物件ばかりで、アンリが住んでいる、廃墟寸前のアパートとは比べ物にもならない。

以前、アンリの両親はここに住んでいたらしいが、その記憶はアンリにほとんどない。

 

多いのはアパートやマンションだ。

3階建の物件が一番多く、それ以上は稀だ。

時折、思い出したように一軒家が並んでいる、閑静な住宅街だった。

 

向かっている老夫婦の家はその中でも一際静かな場所にある。

どちらかというと商業区に近い場所で、左右をマンションに挟まれているものの、小さな一軒家をパン屋に改装し、老夫婦二人で細々と営んでいた。

近所からの評判はとても良い。

マンションのせいで少し立地は悪いが、それでも明るい雰囲気のある良いお店だ。

 

 

到着し、そっと屋上から店を窺う。

お昼時を過ぎて、客足は遠のいているようだ。

店の中に人の姿は見えなかった。

 

アンリのような浮浪児が入れば、店に迷惑が掛かる。

なので、入店するときはこうやっていつも様子を窺ってから入ることにしている。

その上で正面の入口は使わない。

入っているところを見られても問題になるからだ。

命を救ってもらっておいて、そんな迷惑は掛けられない。

 

店の裏手に回り、裏口をトントンと2回ノックする。

コトコトと杖を突く音が聞こえ、清潔な木の扉が優しい音を立てて開いた。

 

「おや、アンリかい?いつも正面からでいいって言ってるのに、ほんと頑固な子だね」

扉の向こうで、ふんわりとした笑みを浮かべた老婆が仕方なさそうに目を細める。

持っている杖が変わりないことに少し安堵しつつ、アンリは滅多に見せない素の笑顔を見せる。

 

「いいじゃん、どこから入っても私の自由だろ?好きに来ていいっていったのは婆さんだぜ」

「もう、口の減らない子だね、まったく」

上品に笑いながら、アンリを手招きして老婆は店の中に入っていく。

 

「いつ振りだろうね。一月は来なかったんじゃないかい?少し心配したよ」

「大丈夫だって。私がそう簡単にくたばるわけないじゃん」

「ほんと、どの口が言うんだろうね。うちの裏で倒れてたときは、私の心臓が止まるかと思ったんだよ?」

「あれは別口だって。それに生きてるし」

「アンリ」

腰を下げて、老婆がアンリに目を合わせる。

優しげな面持ちだ。

少しバツが悪くなって背けたアンリの顔を、老婆の両手が包み込む。

しっかりとアンリの目を見据えた老婆の瞳は、まるで少女のように透き通っている。

 

「気をつけますとだけ言って、この婆さんを安心させておくれ」

「・・・うん、きをつけます」

「それでよろしい」

ニコリと笑って、老婆が立ちあがる。

「おっとっと」

「婆さん!」

グラリと姿勢を崩した老婆をアンリが支える。

触れた身体は随分と細かった。

前会った時よりさらに弱っている。

出会った時は杖も要らないくらい元気だったのに。

アンリは老婆を見上げる。

良く見れば、頬も少し扱けている。

 

「やだね、歳は取りたくないもんさ。ここのところ元気だったから、少し油断したんだね」

アンリに会えて気が緩んだのかもね。

そういって、ほほほと笑いながら杖を突く。

 

「婆さんこそ気をつけてくれよ、私より弱っちいんだから」

「ほほほ、そうだね、私も気をつけないとね。ありがとう、アンリ」

「・・・うん」

 

老婆と並んで居間へと向かう。

この時間はお客さんが少ないので、老婆だけが店に出ていることが多い。

なので、お爺さんは居間で休んでいる。

扉を開けると、いつもの居間がある。

アンリはいつもの雰囲気にほっとしつつ、お爺さんの姿を探す。

だが、お爺さんの姿は見えなかった。

アンリの気持ちを汲んで老婆が笑う。

 

「今日は私が休憩しててね、お爺さんはお店に出ているから呼んでくるよ。座って待っててね」

「あー、そっか、そういう日もあるよね。わかった、待ってる…あ、婆さん、ちょっといい?」

「どうしたんだい?」

「えーっと。…これ、お礼。あげる」

ずい、とアンリが差し出したのは、店で買った少し値の張る杖だ。

持ち手が手の形にカーブしていて、可愛らしい蝶の意匠が刻んである。

おまけにとても頑丈らしい。

そう値札に書いてあった。

老婆が嬉しそうに顔をほころばせて手を合わせた。

 

「あら、嬉しい。私がもらっていいのかい?」

「うん。そのために買って来たし」

「そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうわね」

代わりに老婆が使っていた杖を受け取って、新しい杖を渡した。

大切そうに杖を受け取って、老婆は嬉しげに眺める。

刻んである意匠に気付いたのか、指で優しくなぞって老婆は笑う。

 

「あらあら、アンリとお揃いの蝶々さんね」

「え?お揃い?」

「ええ、そうよ。アンリの左肩の後ろにね、綺麗な蝶々さんが居るのよ」

見えづらいから知らなかったのね。

上品に笑う老婆。

驚きながらアンリは言う。

「へー、知らなかった。えっと、どんなの?」

「そーねえ。なんだか、アザみたいだったわね、真黒なの」

でも可愛いのよ。

ニコニコと老婆は笑いながら、お爺さん呼んで来るわね、とアンリに言ってから、お店に戻っていった。

 

 

 

 

 

 




後ほど加筆修正加えるかもしれません。
恩人は1と2に分かれますが、明日のできれば早いうちに2も更新します。
中途半端で申し訳ないです。

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