鉄の軋む音がする。
何の音かわかってる。
自分が据わっている椅子が立てているのだから当然だ。
逃げたい。今すぐにでもここから逃げ出したい。
だというのに、鎖につながれ、椅子に縛り付けられ、動くこともままならない。
それを見て笑う男たちがいる。
3人の男たち。
ついさっきまで爪を剥ぎ、骨を砕き、髪を毟られた、憎い男たちだ。
そのうちの一人が、手を挙げた。
そこに握られているのは、黒い銃身。
何なのか、わかっている。
だから認めたくない。
こんなところで死にたくなかった。
必死に抗う。
鉄の音が大きくなる。椅子が立てる嫌な音だった。
それでも男は笑みを止めない。
銃身に力が入るのがわかった。
引かれる引き金。
飛んできた弾はまず頭蓋を砕き、そして中に飛び込んだ。
脳に向けて骨が飛び散る。
痛みはなかった。
ただ、通り過ぎる感覚だけがある。
脳が弾丸の回転で引き裂かれ、飛び散った骨で傷つく。
弾丸は止まらない。
ぬるぬると脳を引き裂く感覚だ。
それは、気がおかしくなるほどにぞっとする。
痛みはないのに、その猛烈な嫌悪感に心が震え上がる。
弾は進み、頭蓋に当たる。
まるでクッキーを割ったような音だった。
気が遠くなる。
これが死。
感覚が塗りつぶされる。
のっぺりとした鉛を身体に流し込めばこんな感覚だろう。
鉛が流れたところから感覚が減っていく。
削られる嫌悪感はない。
ただ、塗りつぶされる恐怖があった。
まるで、いなかったことにされるような恐ろしさ。
そして燃えるような熱さ。
減っていく。減っていく。
手が、足が、頭が、目が、心臓が、死に飲み込まれる。
なのに、燃える熱さが心地よかった。
心が震える。安心なのか。それとも―――
最後に中心を飲み込まれて、ふっと意識は途絶えた。
―――それが○○○の最期の記憶。
幼女はふと目が覚める。
見えるのは真っ暗な天井だった。
起き上がって見渡せば、腐った木の床や黄ばんだ毛布、何日も前の酒瓶などが散乱している。
頭を押さえて目を閉じた。
またあの夢を見た。
誰の記憶かわからない。
ただなんとなくわかる。
あれが前世という奴なんだろう。
妄想にしてはリアル過ぎて現実にしてはありえない。
だから、きっとそうなのだ。
そんな確信が幼女ーーアンリにはあった。
あの夢を見るたび、少しずつ前世に戻っていく感覚がある。
覚えのない記憶が増えていく。
夢の中でみたはずなのに、それはひどく明瞭だった。
瞼を閉じながら、少し考える。
『念』
ハンターハンターという漫画に出てくる力だ。
寿命を延ばしたり、力持ちになったり、頑丈になったりする力。
もしかしたら、この世界にもあるかもしれない。
思い出した記憶の中に、ハンターという言葉があった。
そして、この町にもハンターの話はある。
噂話だったり、妬み話ではある。
けど、ハンターは居た。
なら、この場所はいったいどこなのか。
前世とは違う、この場所は。
「…ハンターハンター」
たぶん、そうだ。
広げた小さな掌を見る。
まだ何もできない手。
もし、前世のように殺されそうになっても抵抗できない。
けど、『念』があれば抵抗できる。
勘だった。
『念』はある。
そう感じた。
小さな足で座禅を組み、指を合わせる。
深く息を吐き、吸う。
まずは知覚すること。
それが『念』の入口のはず。
集中しなければ。
身体を纏う、何かを探るために。
殺されないために。
静かに、ただ静かに夜は更けていった。