五つでは足りない   作:鴨鶴嘴

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小市民である為に

 授業が終わり机の上に散った消しカスを手に集め、ゴミ箱に捨てに行ったその足で教室を出てトイレへ向かった。

 鉛筆で書いた文字に擦れて付いた手の汚れを石鹸で丁寧に洗っていると、泡立った石鹸からいい匂いがして心が落ち着く。そこへ足音がして鏡を見れば、トイレに今来た男の子は俺と目が合うや肩を跳ね上げ入り口で立ち止まってしまった。

 ・・・言い訳をさせてもらえるなら、鏡の前の自分は無表情の腰を折った上目遣いで、威圧するように睨んでいるように取れなくもないが、そんなつもりはさらさらなかったのだ。

 彼の心情を思えば、年上と二人きりでトイレの手洗い場というシチュエーションは心理的にかなり怖かったのだろう。俺は取り繕って口元に笑顔をつくった。

 

「あーその。ごめんね?怖がらせちゃって。君に俺は何もしなーい、ほら。だから気にしないで」

 

 ハンカチで両手をさっと拭き、顔の横で手のひらを揺らして無害をアピールしてみたけれど、まるで幼稚園児に接しているような仕草になってしまった。

 小馬鹿にされたと怒らせてしまったかもしれない・・・という一抹の不安はしかし杞憂に終わり、男の子は「よかったー」なんて露骨に安心している。それがなんだか可愛らしくて笑ったら、男の子もよく分からないのに釣られて笑って、「それじゃあね」と手を振って教室に戻った。

 机があっちこっちで移動して幾つかのグループが形成されている教室模様、俺は机の横に置かれたままだった鞄を椅子の上に置き、弁当と水筒を机に並べた。

 

「ちょっといいですか藤枝君、ロッカー用と下駄箱用のシールを持ってきました。お昼前に名前を書いちゃいましょう」

 

「あ、今なんですね。分かりました」

 

 知恵先生がサインペンとシールを持ってきてくれたので、俺は二枚のシールに漢字で自分の名前を書くと知恵先生に渡した。ロッカーは下駄箱のようには流石に使えなくて、不便にしていたところだった。

 

「では、ここが藤枝君のロッカーになります。先生は今から下駄箱にシールを貼ってきますので、後で確認しておいてね。もし不安だったら、藤枝君も一緒に確認に来ますか?」

 

「それは大丈夫です。ありがとうございます、知恵先生」

 

「ええ、では」

 

 ニコニコ笑って教室を出た知恵先生を見届けたら膝を叩いてきびきび動き、ロッカーに鞄を突っ込んだ。

 

「よしっ!やっと食べ始めれるな」

 

「あ、あのっ・・・藤枝さん!」

 

「ん?ああ、さっきの。えーっと?」

 

 一仕事終えて手を払ってから背伸びをしていると、トイレで会ったさっきの男の子が話しかけてきた。特に身に覚えが無く俺は彼に話しかけられた心当たりを探っていると、何か察した風に彼の眉がピクンと動いた。

 

「そういえば、自己紹介がまだでした。僕は富田大樹っていいます」

 

「よろしくね富田くん。へぇー、しっかりしてるんだね富田くんは。わざわざ自己紹介をしに来てくれたの?嬉しいなぁ」

 

「そうじゃなくて、でもそれもあります。単刀直入に言いますと、藤枝さんもお昼まだですよね。僕たちと一緒に食べませんか?」

 

「いいよ。どのグループかな?」

 

「こっちです!椅子運ぶの手伝いますね」

 

 二つ返事で富田くんに誘われた男子グループに合流すると、富田くんの紹介で自然に他の男子とも仲良くなることが出来た。気を使われないよう物腰柔らかに話をしていれば、話題は熱弁する岡村くんの梨花ちゃん萌えで盛り上がる。

 

「梨花ちゃんは容姿が可憐だけどたまに小悪魔的で、そのギャップがとってもかわいいんだぁー」

 

「その梨花ちゃんって、あの子?」

 

「う、うん」

 

「ほーーう・・・たしかにあれで小悪魔なら、凄いギャップでモテるだろうだなぁ。ライバルも多い」

 

「ううっ、ぼくじゃ駄目かなぁ・・・」

 

「頑張れ岡村くん。ああいう子には親切を重ねればいつの日か思いが伝わって、いつも優しいあなたのことが好きになっちゃった。って突然付き合える可能性があるとみたね」

 

「そ、そうかなぁ!!」

 

「いけるいけるって!まぁ、そのときは今じゃないけど」

 

「うん・・・そうなんだよね。頑張ろう」

 

 

「部活動ぉ~?雛見沢分校に部活があるなんて初耳だぜ魅音」

 

「ふっふーん、まぁ部活っていっても勝手に名乗ってるだけだからね。レナ、圭ちゃんに説明してあげて」

 

「うん、えっとね。魅ぃちゃんってゲーム収集が凄いのは圭一君も知ってるよね。部活ではそんな魅ぃちゃんの用意したゲームを部活メンバーで競い合って遊ぶの。それと罰ゲームもあるんだよ、だよ!」

 

「そういうことっ!圭ちゃんも学校に慣れてきたことだし、栄誉ある我が部への入部を許可しまーす!!」

 

「俺の意思はどこへいったんだ・・・けどいいぜ!面白そうじゃねぇか、特に罰ゲームがあるってところが気に入った!で、その罰ゲームは誰が決めるんだ?」

 

「罰ゲームは勝者が決めますですよ」

 

「つまり、圭一さんは参加すれば私のおもちゃにされるということですわっ!逃げ出すなら今のうちでしてよ?」

 

「梨花ちゃんに沙都子もメンバーなのか。沙都子、お前の安い挑発に今日は敢えて乗ってやる!・・・俺は、強いぜ?」

 

「うんうん、圭ちゃんもその意気や良し!じゃあさっそくはじめようか!今日はノートと鉛筆を使ったゲームをするよ。みんな準備して、出来たら机で円を作るよ」

 

 みんながそれぞれの鞄からノートと鉛筆を取り出したら、魅音の指示で机同士の間隔をやや空けて、五人で円を作った。まるで今から討論会でも始めるみたいだ。

 

「準備も出来たからゲームのルールを説明するよ。今日やるゲームは多数決が大根底と言っておこうか。まずじゃんけんで勝った人が親を決めて、そこから時計回りに親が回っていって、親が二周した時点での持ち得点の多さで競うよ。親はみんなが複数の答えが連想出来るお題を出して、その答えをみんなはノートに書く。その後みんなで答えを見せ合って、同じ答えだった人数が多い答えが採用されるの。例えばお題が赤い果物で、“リンゴ”と書いた人が二人で“イチゴ”と書いた人が三人なら、“リンゴ”と書いた人は得点無し、“イチゴ”と書いた人には3点入る」

 

「もし同じ答えの人が二人二人一人になったら、みんなバラバラの一人ずつになったらどうなるのかな、かな?」

 

「順に説明するね。まず二人二人一人の場合は最多数の答えが二つあるけど同じものとしてカウントして、四人に3点入る。みんなバラバラの一人ずつになった場合はそうなってしまったお題を出した親が悪いということで、ペナルティとして-5点して次の親に交代になるよ」

 

「なるほど・・・」

 

「ただ、親のペナルティ-5点をみんなが狙って滅茶苦茶な答えを書きだしたらゲームが破綻するから、お題に合っていない答えを書いたらその人に-7点になるから、注意するように。あと、これも当然だけど一度出したお題をもう一度出すのは禁止ね。・・・ルールはこれぐらいかな。みんなついてこれてる?」

 

 俺は先ほど魅音が口頭で伝えたルールを簡単にノートにメモしていたので、それを読み直して再確認した。

 

①親はジャンケンに勝った人が決め、時計回りで二周。

②複数に答えがあるお題を親が出し、同じ答えの人が最多なら3点。(2,2,1も同じ)

③答えが揃わないお題は親に-5点。

④お題に合ってない答えを書けばだれでも-7点。

⑤一度出たお題を二度出すのは禁止。

 

 読み直して気づいたのは、⑤ではその行為自体をを禁止しているのに対し、③と④ではペナルティになっているということだ。得点に対してあまりに重いペナルティ。ここが勝負の鍵になってくるのは間違いないだろう。そうなると必然的に、①で決める親の順番が重要になってくる。席は時計回りに俺→レナ→魅音→沙都子→梨花ちゃん→俺の循環で、特に魅音のヤツには絶対に後ろの順番を明け渡したくないのが本音だ。

 

「よし・・・俺は準備オーケーだ」

 

 みんなも準備はいいようで、勝負の命運を決めるジャンケンでゲームが始まる。

 

「「「「「じゃ~んけん・・・」」」」」

 

「ぼくが勝ちましたのですよ」

 

「梨花ちゃん、親は誰から始める?」

 

「まずは魅ぃからの親で、お手並み拝見なのですよ」

 

 どうやら梨花ちゃんも魅音のことを警戒していたようだ。魅音も流石に一巡目の初手から仕掛けられないだろう。

 

「それじゃあお題は、野球の変化球の種類」

 

 そして予想通り仕掛けてはこなかった。変化球の種類は代名詞がコレだ!という自信がないので自分の直感を信じて、隠すように立てているノートに書き込んだ。

 

「みんなの答えは・・・カーブ、カーブ、フォーク、スライダー、カーブと。梨花ちゃん沙都子とわたしに3てーん!圭ちゃんとレナはざんねーん!」

 

「くっそーー変化球といえばフォークだろっ!」

 

「をーほっほっほ!圭一さんとレナさんはどうやらズレていらっしゃるようで。変化球といえばカーブ、常識ですわ!」

 

「ぐぬぬぬぬ・・・これはなかなか悔しいな、レナ次こそはお互い頑張ろうぜ!」

 

「そうだね。まだ3点差だし、これから巻き返していこっ!」

 

「あらお二方お忘れになって?次は私の番ですわ。私のお題は・・・今の自分の得点!!皆さんよく考えて答えをお書きになってくださいまし」

 

「は?それってつまり・・・くそっやられたっ!!」

 

 現在の得点は俺とレナが0点、魅音梨花ちゃん沙都子が3点だから、多数決でまた3点の開きが生まれた。仮にもし俺とレナが答えに3点と書けば、俺とレナも3点を得るがお題に合っていない答えを書いたペナルティの-7点がのしかかるので書きようがないのだ。沙都子のやつ、序盤のメリットを活かしてきやがった。このルールで6点差はまずい!

 

「皆さんの答えは・・・3点、0点、0点、3点、3点と。一々確認するまでもありませんでしたわね。をーっほっほっほ!」

 

「次はぼくの親の番なのです。ぼくのお題は、昨日の晩御飯のおかずなのですよ」

 

「梨花ちゃんは普通のお題だけど、それは流石に揃わなくないか?俺からすればありがたいけどよ」

 

「それは甘いよ圭ちゃん。沙都子と梨花ちゃんのお昼のお弁当、思い出してみて」

 

「二人のお弁当?はそういえば一緒だった、ってまさか!?」

 

「うん、梨花ちゃんと沙都子ちゃんはね、一緒に住んでるの」

 

「そういうことですわ!このゲーム、共通している部分が多い私と梨花が手を組めば、端っから勝利が約束されていましたのよ!」

 

 9点差か・・・9点。仕方ない、思いついたがフェアプレーじゃないから封印するつもりだったが・・・俺は今この時をもって鬼になろう。

 

「沙都子に梨花ちゃん。いきなり勝ち逃げ態勢に入った二人が悪いんだぜ・・・」

 

「あら圭一さん。まだ一巡目も終わっていませんのに、もう負け惜しみとは恥ずかしくなくって?」

 

「クククク・・・負けるのはお前だ沙都子。忘れたのか、今は俺のターンなんだぜ?そして!これからずっと俺達のターンだ!!」

 

「な、何をおっしゃってますの圭一さん」

 

「俺のお題は、部首がのぎへんの漢字だ!流れを感じ取ってくれよ魅音にレナ!」

 

「のぎ、のぎへん?ひ、卑怯ですわ圭一さん!小学生相手に知識の引き出しで勝負だなんてっ」

 

「俺は勝つためなら何でもやるさ、それに沙都子にだって勝筋はある」

 

「はっ!ここで答えが揃わなければ、私は-7点、圭一さんは-5点!皆さんの漢字が一つも揃わなければ、勝機がある!」

 

「さぁ、答え合わせだ・・・利、利、なし、私、利!みたか沙都子、これが俺の勝“利”だ!!」

 

 

 

 

「当然の結果ですわ。をーっほっほっほ!!」

 

「どうして俺が・・・ちきしょーー!!」

 

「圭一くんかぁいいよぉーお持ち帰りぃ~!!」

 

 結果を言えば、あの後沙都子と梨花ちゃんがレナと取引することでレナが完全に敵に回り、男子と女子の性別の差や俺の知らなかった皆の共通認識で攻められて、梨花ちゃんが一位、大差で俺が最下位となった。あのゲームでもっとも大切だったのは仲間をいかにして作るかにあったのだと今になって思う。

 それはさておき、今の俺は罰ゲームでスク水に黒い尻尾が生えて猫耳のカチューシャをつけたかなり危ないヤツにクラスチェンジしていた。

 

「圭一は、猫さんになりましたのですよ。にゃー、にゃー」

 

「アッハッハッハ、圭ちゃんよく似合ってるよー。それと体のラインが出ちゃってるねぇ~どことは言わないけどさぁ」

 

「くっ・・・次こそ勝ってやるからなッ!」




今、ニコニコ動画でアニメひぐらしが無料視聴できるらしいですね。

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