シャイラ・ベクティスは静かに嘆息した。
瞳を巡らせ、改めて数を弾き出して呆れたのだ。
視界範囲内に
(この数のクロカゲの相手は骨、ですね)
打開は容易い。ただ戦闘と調査が億劫だった。
彼女は腰の剣柄に触れて、胸の中央に手を置いた。
(でも、よかった。二人をこの場から逃がせました)
シャイラは傍らに目を遣るが、誰もいない。
イルルとソルにはケダマ討伐に向かってもらった。
餅は餅屋と言う。多対一の戦闘はシャイラの独壇場である。ビエニス王やハキムの言では「軍勢を相手取るとき、古今無双の活躍を見せる」らしい。かの『人類最強』をも凌ぐというのだから、只事ではない賞賛だ──と、シャイラは他人事のように思っている。
それは彼女にとって戦闘が単なる作業だからだ。
しかし、抱くのは退屈感ではない。虚無感だった。
さながら風化してゆく本の頁、あるいは色が褪せてゆく絵画を見たときの感傷に似ていた。
(
だから、戦闘は可能な限り避けたいことだった。
他人との争いは、シャイラに失望を約束する。それが肥大化した自負による驕慢ではなく、実績に基づいた経験則だった。彼女にはそれだけの、単体で他者多数を圧倒できる実力が備わっている。ゆえに、クロカゲの相手を一手に引き受ける次第となったのだ。
無論、彼女たちが手分けした理由は他にもある。
討伐隊の目標にクロカゲが無関係な事実もそうだ。
クロカゲとの接触は偶発的なもの。彼らに足止めされることで、ケダマ討伐予定の期限である『日没』を過ぎることは是が非でも回避したい事態だった。討伐予定は綿密に組んでおり、一日でも遅れが生じてしまえば、討伐隊全体の足並みが乱れることになるのだ。
ソルたちに目標の遂行を優先させた、とも言える。
(ハキムさんの思惑とはズレてしまいましたが)
ケダマ討伐にはふたつの役割があった。
ひとつは単純に子飼いの獄禍を減らすためだ。もうひとつはソルに獄禍討伐の手解きをするため。討伐未経験者の彼女にイロハを教授しつつ、その脅威を肌身に覚えさせる。ハキムに言い含められたのは「あまり怪我を負わせずに、初めての獄禍討伐を終わらせてやれ」だった。それは実に微笑ましい台詞だった。
ようやく会えた可愛い孫の身を案じているのだ。それで万一に備えたのか、ソルの班には討伐隊の最高戦力たるシャイラが入ったわけだが──途中でこうも。
シャイラの口から、するりと言葉が滑り出した。
「多すぎる……」
クロカゲと出会したこと自体は想定外ではない。
あくまで数体ならば予想の範疇。だが五十二体ともなれば流石に目を疑わざるを得ない。シャイラ単体の相手としては不足だが、不運以外の何物でもない。
否、必然だった可能性がないとも断ぜないが──。
(それでも、ハキムさんの思惑から外れたくなかったですが……計画の軌道修正はだめ、ですね)
シャイラは思案を巡らせたが、結局は落胆する。
細唇を噛む。ハキムの言葉に従えないことに罪悪感を覚える。二人の間には、導翳しと副官という立場上の力関係には依らない絶対性が存在しているのだ。
そのきっかけ、断片的に昔日の光景が脳裏に蘇る。
数年前。ビエニスの奥底。雨でけぶる視界。
うらぶれた街並み。石畳。水溜まり。映った虚ろな目。へたり込んだ自分の姿。泥塗れのドレスの裾。滲んだ自分の血。割れた爪。力なく垂れた自分の手。側に落ちた一本の長剣。それは刃を曝け出して、鈍い光を放っている。そのとき黒装束の男が不意に現れた。
シャイラは、水溜りに歪んで映り込む男を見る。
これは自身の人生が大きく変わった瞬間の記憶だ。
──ハキムさんと初めて会ったときの、記憶。
『な■■、■い■■■るか?』
そう言って、彼はシャイラを絶望の淵から救った。
混じり気のない慈愛を言葉に滲ませて──。
(だから、私はハキムさんに感謝しないといけない)
シャイラは片手で口を抑える。
救った男と救われた女の間には明確に線があった。
線引きした筆の名は、消えない負い目。人生のどん底から掬い上げてくれた恩人には、決して頭が上がらない。人に迷惑をかけてはならないのだ──と、むかし家族の誰かからきつく言われていた。その朧げな記憶を掘り返した途端、呼吸の仕方を忘れてしまった。
これは自罰的ゆえの重々しい罪悪感によるものか。
息が乱れる。心臓をぎゅうと握られた心地になる。
(こんなの、私が弱くて、悪いだけだから……ハキムさんにしてみれば、関係ない、迷惑な話でしょう)
シャイラは発作的にこういう心境に陥ってしまう。
ハキム含め、誰にも口外していない秘密である。
とは言え、毎度のこと。この症状にも慣れていた。
(私は、努力の大英雄。『黎明の導翳し』……)
個人的な対処療法として、まず自己暗示がある。
次に、震えた左手を腰元に伸ばした。そして水筒の蓋を爪に引っかけて開けたあと、口許に近づけて中身を一気に呷った。空になるまで喉奥に苦味を流し込めば、徐々に意識の輪郭が暈け始める。水筒を戻す。
これが心境の荒波を効率よく凪がせる方法だった。
彼女が酒精を好む理由は、この発作、延いてはその先にある
『また逃げるんですね? 罪から。現実から』
声が、己の内側、心的外傷の亀裂から聞こえる。
自己暗示と酒精で封じ込め続けるそれに耳を塞ぐ。
「■■」
ぎちぎちぎちぎち。クロカゲが擦過音で鳴いた。
彼らは見渡す限りの木立から見え隠れしている。
木の葉の向こうが黒に埋め尽くされていた。空に日輪は確かに存在するはずが、地表に帳が降りたようだった。そして感じるのは視線。クロカゲには目玉にあたる器官も、それどころか意思さえも見えないが、四方八方から『見られている』気配が纏わりつく。
なぜ、と思う。なぜ、彼らは襲いかかってこない?
(交戦は、最初に出会った一度のみ。クロカゲが身動きするのは私が動いたときだけ。ソルちゃんとストレーズさんはみすみす逃したのに……どうして)
シャイラは緩慢に左脚を、一歩踏み出す。
するとクロカゲは位置を微調整する。
五十二体で成した円の中央に閉じ込めるように。
(狙いは私? でも)
確か、出会い頭に狙われたのはソルだった。
途中で干渉したがゆえに、標的が変わったのか。
「■■■■■オマエは■■」
「え?」
シャイラは面食らって、思わず聞き返した。
彼らはそれをきっかけに、次々クロカゲが鳴いた。
さながら堰を切った、嵐の日の激流のようだった。
「■ハハ笑■。笑え■■ら」「見■■■。ずっと」「■■、諸共に」「■ク、もっと強く。人■■強にも、六■にも届かない」「オマエ■特■■■。師匠を越■■■な」「踊■■しょう」「■■■■■■■■絶対に■■■■■」「ァさァん」「■」「冗■が■■い■で■ね」「ヴァニ■の野郎■よ、ま■■鹿■いてナぁ」「一人■の左■■は程遠い」「夜空■■座に誓う」「王国■連■■馬鹿だ」「■■さまだ。」「■お父■んが助け■■■からな」「タータ■初討■■念だ! 帰■■ら酒盛■ダ」「今日■■暑■■ァ」「誇りに■■。ディ■■下は我■の■敵を打■■うだ■う」「裁縫■■■なので■■。糸■■っかり通■て」「好■■■」「あああ■ああ■」「俺■誰■」「夢は■僚になって、故■■爺■んに楽■■■たいのさ」「声■を! アタしの■■」「星■様の■■護があら■■とを」「齧るぞ齧る」「桃み■■なもん。一■■が最も甘■」「彼■■■って枝を折■■とは腕■■を■るのと■じさ」「愛シて■■す」「見返■ため、■■場■に立てるまで」「きみのうしろ」「■術防■■理論が何■に! 何故に認■■■ぬ!?」「レ■■■──! 裏■■た■■!?」「痛い痛い痛い」「■った■を■■やがって」「クソが」「村■■一番■せなのよ」「火口に■■けば、『不死■■殿と■■ダで済■■い」「■■■■■■」「■■か? 槍■■う■剣の数■■攻■■囲がある、強■■はこちらだ」「下■な■■■見■■ば」「■■に■■■」「あ■人った■、■あた遊■惚■■」「全部全部夢だったら、どれだ■■■■■■」「悪■高い、■■レサ■を相■■るのは■■行為だ■」「■■車は廻る。■■があなたの■けに■■は■■■■が」「■■■狩り入れ■■で、子■■■と此処■■るよ」「神は■■救■■くれな■■■!」「■■」「■■■■■」「ハハハ」
ぎちぎち。ぎちぎちぎち。ぎちぎちぎちぎち。
昆虫の羽ばたきにも似た耳障りな擦過音が満ちる。
シャイラは堪らず両耳を押さえて蹲る。葉々は怯えるように震えて、余所余所しかった木々たちでさえ身を寄せ合っていた。悍ましいの一言に尽きる。この音の連なりには悲喜交々、さながら感情という画材を手当たり次第ぶち撒けたような混沌に満ちていた。
気づかなければ聞き流せていた大音響。それが彼女を総毛立たせたのは、猛り狂う雑音の波間に、人語と取れる単語が見え隠れしていたからだ。支離滅裂ではあるが、どれも意味を為す言葉のように聞こえた。
──どうして、こんなに初めてのことばかり。
(これだけ大人数が集まるのも、鳴くのもそう)
獄禍研究の文献に綴られていた一節を思い出す。
曰く「獄禍は時折、人語のように鳴く」とあった。
セレスニア大学の一学者は考察として「獄禍は人間に擬態していた生物だ。本来の姿を曝け出した彼らは理性を喪失しているが、脳や心臓など器官自体は獄禍体内に残っている。これは筆者の個人的な所感だが、もしや人間時代の思考や言葉を、いたずらに真似て鳴いているのではないか」と書き添えてあった。
クロカゲはいまだに笑い続ける。啼き続ける。
「仕■ない◾️ア■■■ア」
「関係ない」
シャイラの口許から固い声が出た。
気が静まってゆく。もう音の洪水も聞き流せる。
本格的に、自己暗示と酒精が浸透し始めたのだ。
(不気味。でも、不気味なだけ)
シャイラを取り囲んでいる理由はわからない。
時間稼ぎ? 監視? 訳合いは判然としない。
しかし、彼らは進路を塞いでいる岩と同じだった。
同じならば、砕くだけだ。
(早目に突破して、二人と合流しませんと)
顔を俯かせる。シャイラの紫紺の髪先が跳ねた。
息を吸う。マナを体内で変換。利用可能な魔力を生成、すべてを体外に出力。それらを魔術のように想像を構築せず、抽象的なまま自らの直上に跳ね上げた。
すると──彼女の上空に数十本の剣が実体化する。
それらは円環状を為し、剣先を円心に向けている。
さながら竜の尾のように列を崩さず回っていたが、瞬きほどの時間を経て重力の網にかかると、各々の形状と質量に即して落下を始める。空からばらばらと落ちてくる鋼の雨下には、細い日光を浴びたシャイラ。
彼女は緩やかに、だが弛みなく宣言する。
「私の身には、過分な看板ですけれど……」
──黎明の名を戴いた剣は、優しくありません。
『黎明』。それは友人が名付けてくれた役割だ。
シャイラの少ない存在理由とも言い換えられよう。
大英雄に相応しくない精神性を持つ彼女が、いまだにその座から退けない理由だ。
「この先を、通させてもらいます」
※※※※※※※※※※
「ルーちゃん! そっち三──や、五本いった!」
「委細承知! そちらは砲火に集中するのじゃ!」
「おっけい! ガンッガン行くよー!」
──閃光。爆発音。空気を切り裂く音。
鬱蒼とした森林にあって、数少ない空白地帯。
ケダマの居所。辺りが半球状に切り拓かれた空間を駆け巡る音は、熾烈極まりない。ソルは、丈の低い切り株が敷き詰められた戦場の端にいながらも、いまも中央付近で荒波立つ音の瀑布に飲まれかけていた。
それでも剣を上段に構え、正面を凝視し続ける。
目前には地面から立ち昇る土煙が幕を引いている。
ややあってこれを破るように、巨大な五本の針先が顔を覗かせる。
(来た)
左脚をわずかに引く。その間に氷製の針が殺到。
それらは氷槍とも形容すべきほどに巨大だった。
直撃すれば人体の八割は持っていかれるだろう。五本の先端は煌めき、幼い身体を穿たんと緩やかな回転を帯びて、ただ一点──ソルに向けて集中する。
幼女は刮目して重心を落とし、真正面に馳せた。
その最中、身体全体を大きく前に倒す。上段に構えた剣は、円規で綺麗な弧を描くようにして振り下ろされ、寸分違わず正面に迫る槍先を刃で捉えた。
鋭い音が突き抜ける。接触点から亀裂が走る。
槍を横断した瞬間、断絶。正面を塞いでいた槍は真っ二つに寸断され、ソルを避けるようにして地面に果てる。背後からは破砕音が轟いた。残り四本の氷槍が標的を失い、互いが互いに衝突したのだろう。
ソルは口を引き締めて、滑らかに剣を構え直す。
(氷槍はいなせたが、ストレーズ殿は……!)
「──【日輪の輝き】」
砂塵の向こうから、声がかすかに聞こえる。
「【笑むは蜃気楼の揺らめき】【火炎の渦よ、巡り巡りて獄に舞え】」
聞き覚えのない詠唱は三節で途切れる。
すると途端に視界を覆っていた土煙が、一気に炎の帯によって切り裂かれた。吹き飛ばされたと言うべきか。炎は螺旋を描くようにして空間に漂う土砂を一掃して、戦場の視界を晴らす役割を果たした。
頭上には雲ひとつない蒼天が広がっている。
この空間には存分に日光が降り注いでおり、密林地域には滅多にない開放感があった。広さはジャラ村の半分程度と広大で、地表には断面が粗い切り株が所狭しと並んでいる。幹はさながら薪のごとく無造作にそこら中を埋めていた。根ごと横倒しのものもある。
景観のなかで目を引いたのは川だ。横臥する大木の影に隠れたそれは、川幅などソルが飛び越せる程度のものであり、いまやその表面は氷結していた。
ソルは眉を渋めた。じわりと汗が額に浮かび出す。
辺りを席巻する熱気が、遅れて伝播してきたのだ。
(あれがデュナム公国代表の実力)
ソルが遠望する先は、この戦場の中心だった。
地に伏す大木たちの幹の上──少女が立っている。
先ほど、砂塵を切り開いた炎の帯を纏っていた。
イルル・ストレーズ。薄汚いローブをはためかせ、炎属性魔術を行使している張本人だ。如何なるときも目深に被っていた頭巾は、いまや取り巻く火炎の風圧で外れている。曝け出された橙髪は存外長く、肩甲骨を越える辺りまであった。そんな彼女の険しい顔は、川を隔てた向こう側へと向けられていた。
そこには、討伐対象の獄禍が聳えている。
(あれがケダマ。昨晩は呼称に文句をつけたが……)
実物を目の当たりにすると、その命名も頷ける。
獣めいた土色の体毛に覆われた、毛玉に似た球体。
背後に突き立つ木々と同等の図体で、太木の幹のような四本の脚がその巨体を支えていた。前方に張り出した面相すらも体毛に隠れて見えない。外見は脅威を覚えるようなものではないが、厄介さは折り紙付き。
あれでも御伽噺にも顔を出す獄禍の端くれだ──。
「えいやっ! いっけー蛇くん!」
イルルはその場で跳ね、可愛らしい掛け声を放つ。
杖を一振り。取り巻いていた炎の一端が千切れ、ケダマ目がけて射出される。全くもって可愛げのない勢いの炎を差し向けた。火矢のごとく飛ぶ一条の炎は、大蛇のような大口を開けて怪物を呑まんとする。
当然、指を咥えて待つ獄禍ではない。ケダマは中空に氷槍を一本生成、迎撃を行う。わずかに時間を置いて、三本の槍を同一直線状に放つ。先陣の氷槍で炎を撃ち落とし、後続の槍でイルルを貫くつもりだろう。
だが、彼女は対策する様子もなく叫んだ。
「甘いよっ!」
イルルとケダマの相中で炎と氷が衝突する。
「蛇くんにとって、そんなの餌なんだから!」
炎が開いた口に、一本目の氷槍が呑まれた。
だが炎は貫かれず、消えない。ソルは目を剥いた。
内部で氷が溶かしたのか。あれはまるで意思を持つ蛇のようだった。蛇は一本を呑み込むと膨れ上がり、次なる氷槍を丸呑みにする。三本を瞬く間に平らげ、あとはケダマを残すのみ。その頃には炎蛇の図体も当初の十倍程度にまで巨大化していた。それが広げている口も、ケダマの半身を齧れるほどに大きい。
ここにいるソルにも肌が焦げつく感覚がある。
吹き荒れる風は堪えがたい熱量を孕んでいる。
「■■■」
炎蛇はケダマに牙を入れようとし──
放出されていた熱は途絶え、動作を停止する。
身体が高温の炎であったはずの蛇は氷に包まれる。
あとは重力落下して、獄禍の足元で無残に砕けた。
「へ、蛇くーん!」
悲痛な声が上がった。
(尋常ではない。あれだけの熱量を持つ火炎を瞬間的に凍結せしめるとはのう。まして生身の人間が触れてはどうなるか。やはり、正攻法では歯が立たない)
ケダマの事前情報を確かめる結果となった。
そう、何も無策で怪物討伐を行ってはいない。討伐隊の面々は、あらかじめ討伐目的の獄禍を偵察して、それらの特徴を調べ上げていた。
ケダマの特徴は二点。一点目は、非常に稀な氷属性の魔力属性を持つこと。その魔力を行使して、己を害する者を排除する。だが、あの獄禍の真骨頂は二点目にある。炎蛇の末路の通り、傷つけられないことだ。
その体毛に触れれば、何者をも凍らせてしまう。
(凄まじい怪物ぶりじゃ……!)
ケダマは戦闘開始時点から傷ひとつ受けていない。
ソルは身を低くして駆けつつ、左前方を見遣った。
イルルが幹の上を跳ね回っている。様々な角度で杖を振り回しては、爆音を轟かせている。怪物から再び幾本もの氷槍を投擲され、彼女はそれを次々爆裂させる。炎華が咲き、一帯の空気を幾度も掻き乱す。
詠唱はしていない。魔力放出での迎撃は、矢継ぎ早の攻め立てに対応するためだろう。そのついでとばかりに、魔力放出でケダマの至近距離を爆破する。
しかし、無傷。瞬時に凍った爆炎の花が墜落する。
「うっそー! この火力でもムリ──!?」
「ストレーズ殿! やはり手筈通りに進めましょう」
「うん! りょーかい!」
ソルは視線を戻し、ケダマを睨みながら駆ける。
イルルの陽動に気を取られている隙に、ソルは距離を縮める。怪物攻略の本命はこちらだ。改めて、正面突破が不可能だと判明したいま、唯一の討伐の糸口である──魔力供給用の管を狙う他ないわけだ。
それはケダマの裏側で蠢いている三本の太い管。
地中に潜り、『根絶』まで繋がっている弱点。
(子飼いの獄禍が収集したマナを送る管。元よりわしらの目的は『根絶』への魔力供給を止めて、それが纏う霧を晴らすことにある。そしてもうひとつ……)
あの管を切断すれば、たちまち獄禍は
その理由は子飼いの獄禍の特殊性に由来する。彼らは自らオドを生成できないのだ。生物にとって体内魔力は必須、それは怪物たる獄禍も例外ではない。ではどうやって、彼らが生命活動に必要なオドを受け取っているのかと言えば、魔力供給用の管なのだ。
つまり補給管には二つの役割がある。ひとつは収集したマナを送る役割。そして、生命維持に必要な量のオドを『根絶』本体から受け取る役割。
要は、魔力供給用の管を断ち切ればいいわけだ。
(無論、わしの剣で断ち切れたらじゃが)
「っ、容易くはいかぬか!」
刹那、横合いから視界に迫ってきたのは──氷壁。
否、側面が弧を描いている。あれは巨大な円筒だ。
大人三人分ほどの直径はあろうか。この長大ぶりから察するに、陽動につとめていたイルルまで攻撃範囲に入るだろう。ケダマにとってみれば、飛び回る羽虫を一掃する腹積もりなのだろうか。きっと周囲の薙ぎ倒された木々は、この一撃によるものだ。
だとすれば、その猛威、威力は推して知るべし。
「さあ、押し通るかのう」