1 『舞い込んだ怪物退治』
「おっと、よく来たねえ。お嬢ちゃん」
幼女が大扉を開くと、柔い低音が出迎えた。
そこは帝国第二駐屯地、唯一の執務室。
小さな頭を動かさないまま、視線を巡らせる。
蔵書庫のように、落ち着いた雰囲気の一室だ。
壁際の書架には本が敷き詰められ、天井からは年代物の照明器具が吊り下げられている。少なくとも、広々として豪奢──という言葉からはかけ離れた内装だ。小部屋の中央を陣取るのは、弁柄色の椅子が二脚のみ。背は低く、談話に適したものと言えた。
そして室内で最も目を惹くのはその奥側の机。
幼女は訛りの薄い、暗記した文言を舌に乗せた。
「失礼致します。ラスチッ……マイン中将殿」
「っ…………っと。あー何だ。まあ、楽にしてくれ」
気の抜けた男の返事は、笑みを含ませて続く。
「おじさんの名前、ちいっと言いづれえだろ? 公的な場所でもなけりゃあ、名前で呼んでもいいさ。ロズベルンでも、愛称みたいにベルンだけでもねえ」
「……では、ロ、ロズベルン中将殿とお呼びさせていただくのじ……いただく」
すぐさま口の紐を引き締める。
早速、ボロが零れるところだった。
開口一番、噛んだ時点で手遅れかもしれないが。
彼女──ソルはあらかじめ指導を受けていた。言葉遣いと『のじゃ訛り』矯正だ。指導監督はナッド・ハルト。商いの家柄で培った彼の礼儀作法が、小さな頭に叩き込まれた。なお成果自体は芳しくない。
執務室の奥側から一つ、笑い声が転がる。
「いい、いいさ。慣れてないなら、敬語も『無し』でいい。俺のことも『おじさん』って呼んでくれていい。孤児院のちっこいのたちに、ずっとそう呼ばれてるからねえ。お嬢ちゃんにならしっくりくる」
「いえ、そんな……」
「なあに、咎めるような奴はここにゃいない」
「いえ! 憧れの大英雄殿の前で礼を失したくないのじゃ。……失したくないのじゃ、です。ですのじゃ」
「っ……すまんなあ、もう面白くなっててうっかり。そういうところも、仔犬ちゃんにそっくりだ」
山積した羊皮紙の向こう側から、男の顔が覗く。
瞼をきゅっと締めた笑みは、どこか苦笑いに近い趣きがあった。それは取り繕うことにさえ失敗したソルへの一般的な反応なのか。それとも、彼の苦労人然とした顔の彫りによる錯覚なのかは定かではない。
『六翼』ロズベルン・ラスティマイン。
服装は以前に病室で一瞬見たときと同様だった。
帝国軍服を羽織った姿であり、その下から白銀の鎧が覗いている。彼は奥の椅子に座したまま、浮かべていた笑いを自分の咳払いで追い払う。
彼は「悪かったね」と改めて微笑みを湛える。
「ようこそ、第二駐屯地『獄禍』討伐隊へ。臨時編成についての返事はもらったのは随分前だけど、改めて歓迎させてもらうよ。色良い返事に感謝してる……どうやらお嬢ちゃん──いや、ソル少尉も、怪物退治に興味深々だったみたいだねえ」
「それはもう……!」
ソルは思わず、爛々と黄色い目を輝かせてしまう。
偉人を前にして萎縮するより、興奮を覚えていた。
英雄と同じ空間で、同じ空気を吸っているのだ。
うっかり気を抜くと鼻血が垂れそうになる。
だが「そうなれば本当に失礼」という常識は弁えているつもりだった。つもりというだけだが。「いい歳して興奮のあまりに必要以上の大声で返事する」という恥ずかしさも、承知しているつもりなのだ。
英雄が再び浮かべた苦笑の意味に気づけていない。
幼女は顔を引き締め、己の昂りを抑えつけていた。
(さて、ナッドは何と言っておったか……)
欲望を生唾とともに流し込んで、ひとつ思案する。
ここに至った経緯を簡略して思い返した。
この発端は、先日の人事部からの通達だった。
──怪物退治の依頼。
それはソルに舞い込んだ、立身出世の機会だった。
依頼を見事に成し遂げれば、英雄としての名前に箔がつく。『怪物退治』という字面の衝撃は、現代でなお大きい。そして何より
敵方の戦略を考えず、ただ打倒することだけを考えればいいのだから。「名を広める機会として見るならば、術数が渦巻く戦争にて屍を重ねるより、遥かに気楽で効率的だ」という合理性からして、怪物退治の誘いを受ける判断ができる。できる、のだが。
そんなことが脳裏をよぎることもなく──。
(怪物退治。心躍る文言じゃ、うむ。英雄譚には必須とも言えるのう。断れるはずがない)
したり顔で、英雄譚の王道を語るソルだった。
憧れのエイブロードには悪竜を倒す逸話がある。
現代において竜は絶滅したものの、大いなる怪物を倒すのは浪漫である。自らの英雄譚を紡ぐならば『怪物退治』は外せない事柄のひとつだ。少なくともソルは必須事項のひとつに数えていた。ゆえに、この出向要請は渡りに船以外の何者でもなかったのである。
療養を終えたソルは英雄譚の王道をなぞるがまま、すぐこの第二駐屯地に移動してきた。手荷物は、剣とウェルストヴェイルの破片などが入った巾着袋のみ。
──軽装、というより軽率な装備だな……。
ナッドには呆れられたが、来たものは仕方ない。
彼も「取りに戻れ」とは言えないようだった。
(それでこの、第二駐屯地に着いたのじゃったな)
ガノール帝国、西方方面軍第二駐屯地。
帝国中央よりやや東に位置する──バラボア砦から北東に進んだ方角にある──そこは他国に隣した城塞のなかでは「最も安全な場所」と言われていた。
その理由としては立地に関係がある。
ここはマッターダリ山脈の麓まで近い。大陸を分断するように連なった尾根が、他国の侵略を止める防波堤なのだ。「山頂には神々が御座す」という眉唾な噂が立つほどの標高によって他国と隔絶されている。
そして今回、ここに怪物が姿を現したわけだ。
(……が、単純に楽しみにしておられんかったな。なにせ帝国の大英雄に会うのじゃ。戦場でもなし、無作法者のわしとて、身嗜みを整え、立ち振る舞いも身につけねばならんかった)
立ち振る舞いはすべてナッドの入れ知恵だ。
曰く『型通りの敬語が不慣れなら、必要以上に喋らないほうが吉だ』。曰く『のじゃ禁止』。曰く『公的なこと以外は、聞くな頼むな大人しく』などなど。ナッドからはきつくきつく言い含められていた。
礼を失して、無用な不和を呼ぶのは本意ではない。
そのときは幼女も殊勝に頷いたものだった。
今回、彼の言う通りの態度と格好で臨んでいる。
もちろん、この言葉の語尾にも『つもり』が付く。
(入念に湯浴みもした。衣類も貰ったばかりじゃ、問題ない。ここまでロズベルン殿から指摘もされとらん、問題ない……はず、じゃが)
ソルの、腰まで流れる髪は新雪のごとく白い。
あどけなさが拭えない顔立ちも、本人的には引き締めているつもりだった。ただ容姿が容姿だ。糊の利いた軍服は絶望的なほどに似合っていない。
幼女と軍人は不釣り合いな組み合わせである。
おそらく対義語に限りなく近い単語だ。傍目には滑稽に映ってしまうとは、途中で擦れ違った人々の反応で散々知ることになる。直前まではそう思っていた。
しかし道中、周りのことなど気にならなかった。
大英雄と会う。そこから湧き上がる興奮で、まともな認識能力が吹き飛んだのである。なにせ人生初体験なのだ──改まった場で、尊敬する著名人に会うことは。幼い老人はどうしても舞い上がってしまう。
熱狂的な英雄好きは老いてもなお変わらない。
(前回の邂逅では無様を晒したのじゃ。ここでは転ばぬ。じゃが、実に惜しい。ロズベルン殿の武勇伝や他の『六翼』について訊けぬ。歯痒い、歯痒いのう。欲を言えば稽古づけまでして貰いたいのじゃが、やはり多忙な『六翼』。そこまで無理な駄々は捏ねられんわい。……ナッドからも釘を刺されとるからのう)
人生は実にままならない。幼女は唸った。
しかし、それは表には出さない。日夜夢見る大英雄の一人である『六翼』の御前なのだから。ロズベルンはソルフォートの享年から見れば若造だが、尊敬という尺度において年齢は度外視するものだ。生前に戦場で出会っていれば、即した礼儀を払っただろう。
敵味方の線を挟めば、尽くす礼儀は死力である。
いまは違うのだから一般的なものに即すのみだ。
ロズベルンが手で示す通りに、ソルは執務机の前まで歩み寄る。
「さってえと、これで招集した獄禍討伐隊の戦力はここに揃った。入れ替わりの激しい部隊だからねえ、短い期間になるだろうが、よろしく頼むよう」
「世話にな──よ、よろしくお願いします」
もはや言葉遣いはボロボロだった。
それをロズベルンに面白がられながら、本題に移っていく。彼は物腰柔らかな態度を崩さずに「当たってもらう事の、その発端について触れておこう」と、机の書類をあらかた退かせると紙を大きく広げた。
帝国軍が作成した、山脈周辺の地図のようだ。
正真正銘の軍事機密である。ソルは「ここから先は無駄口を叩くまい」と、紐で縛るように口を引き結んだ。そのまま静かに地図へと視線を向けると、中央付近にはこの『第二駐屯地』の文字を発見した。
彼はそこより、北西にいった場所を指差す。
ここから二つの森を超え、大河を横断した辺りだ。
公用語で記された地名を読み、概要に耳を傾ける。
「最初の目撃情報は一週間前だ。この、マッターダリ地方の端にあるジャラ村で、獄禍の発生が地域住民から確認された。生き残りは村人が三人。彼らは運良く村外れで山菜を摘んでいて──あとは皆殺しだ。血の雨でも降ったのかってぐらいの有様らしいねえ。調査に向かわせた兵士も、それは確認済みだよ」
「ひとつ、いいですかのう。その獄禍……怪物は、いまはどこにおるの、ですか?」
「ジャラ村に留まっているとの報告だ。やっこさん、そこを自分の城だと勘違いしちゃってるのかもねえ」
ふむ、とソルは頷きを返す。
地図に示された一点、ジャラ村に目線を落とす。
怪物が移動していない事実に疑問符がつく。
目撃から報告、以降いままで相応の時間が経っているはずだ。場所を移動しない理由がわからない。もはや無人と化した村に留まるには、どんな都合があるのだろう。いや、怪物に都合などないのだろうか。
何にせよ、ロズベルンが断言しているのだ。
確度の高い情報であることは間違いないだろう。もし彼の目算に誤差があってジャラ村にはいなくとも、周辺から離れてはいないに違いない。
彼は挑むような視線をソルの目に注ぎ、言う。
「今回、ソル少尉に与えられた任務は一つ。ジャラ村を根城にする獄禍の討伐だ」
ロズベルンの眦に寄った皺がわずかに影をつくる。
ソルは衝動に駆られ、威勢よく口を開く。
憧れの大英雄の言葉だ。弾けるような声色に、了承の意を乗せて応えたかった。だがソルの桜色の唇は、言葉を紡ぐことができないままだった。
ついぞ、ゆるゆると閉じて蕾に戻ってしまう。
「……ソル少尉?」
「その、です、のじゃ。改めてお返事をと……獄禍討伐、有り難く、お受け致しますのじゃ」
幼女は慇懃に頭を垂れながら、ぎゅっと拳を握る。
即答できるはずがない。ひとり、嘆息で膨らんだ鼻腔から時間をかけて空気を抜いていく。ゆっくり、ゆっくりと湧いた感慨を肌に馴染ませるようにして。
心が、震えていた。大英雄から言い渡される任務。
それはまるで、夢見た英雄譚の一場面のようで。
(いかんいかん。まだ始まったばかりと言うのに……我ながら、感慨深くなるにも速すぎるのじゃ)
その後、討伐に必要なだけの情報提供を受けた。
討伐対象の獄禍の特徴、ジャラ村への行先案内人、同行させる帝国小隊、そして一帯の地図。少し余裕を持たせて、食糧や水も与えられるそうだ。
厚遇される理由は、ロズベルン曰く「お嬢ちゃんは期待されてるからねえ」ということらしい。邪推するならば、今回の怪物退治は軍から「予定調和の勝利」を期待されているらしいのだ。
(帝国の士気を上げるため、わしを担ぎ上げたいのじゃろうな。今回の任務で不満があるとすればそこじゃが、まあ……よい。いつかの日のための鍛錬じゃ)
いままで、戦場を渡り歩くばかりの人生だった。
怪物退治はソルにとって初体験なのだ。
あくまで、本番の肩慣らしと思えばいい。
「この獄禍討伐を果たせれば、更にソル少尉の力は認められるだろうねえ。広報も随分と息巻いてたから『修羅』って二つ名と一緒に広まっていくことになると思う。……顔が広くなるというのは良し悪しあるけどねえ。ソル少尉の場合は、別の意味でだったか」
「はい……基本的に名が広まることは歓迎ですのじゃ。その二つ名で、なければ……」
「ははは、その様子を見りゃ分かるさあ。そこは諦めて欲しい。なんせ、気合い入れて二つ名は流布されたからなあ。もう取り消しは利かねえんだよう」
頬を紅潮させつつも、苦々しく口を曲げるソル。
ロズベルンは、からから笑いながら鷹揚に頷く。
「じゃあ決まりだな。ただ……出立は急なんだが、明日の早朝になってんだ。本来なら二日ばかり余裕を持たせられたんだけどねえ。色々と都合で早まってしまって、どうにも悠長にはしていられなくなって」
「……急ぎの理由を、お聞きしてもよろしいの……です、か? のじゃ?」
「大した理由じゃあないさ。獄禍があのまま居座られると、帝国が不利益を被ることになる。ただそれだけだよ。だからまあ、迅速な討伐をよろしく頼むよう」
あからさまに茶を濁すような口ぶりだった。
何やら秘め事があるとは、鈍いソルも勘づけた。
しかし、ここでの追求には意味がない。剣一筋の人生では舌先の鍛錬など積んでいなかった。そんな無頼者が迂闊に探りを入れて、無事で済むとは思えなかった。ソルは恐る恐る、彼と目を合わせる。
ロズベルンの瞳は澄んだ色味のまま。
それが途方もない巨大迷宮のようにも思えた。
攻略可能だと勘違いできるほどの隙も窺えない。
(瞳を見るだけで、人の心のうちを推し量ることなどできるはずもない。それでも、ロズベルン殿は別格じゃな。秘め事で生まれる『蔭』が見当たらない。踏み入れても、果たして這い上がってこられるか)
あれは『底なし』だ。じっとり手のなかが蒸れる。
経験則から警告を発していた。思い返すことすら憚られるような過去──傭兵仲間に謀られ、身ひとつで穴蔵に閉じ込められた──あれも、無駄ではなかったということなのだろう。きっと不慣れな腹の探り合いをしても、ロクな未来は待っていない。
そもそもロズベルン中将は同じ帝国軍人だ。
同胞を不幸に追いやっても、利益が肥やせるとは思えなかった。少なくともソルの持つ情報にはない。
ならば、することは決まっている。
(軍隊に入るとはこういうことなのじゃろうな。わしの死角では、無数の計略が蠢いておるわけじゃ……それでも、やることは変わらん。わしがやれることは、剣を握ること。それだけなのじゃから)
「ああ……そうだった。俺もねえ、これからバラボア砦のほうに向かわなきゃならない。ビエニス・ラプテノン軍の動きは沈静化したんだけどねえ、歯止めとして。だから、ソル少尉の見送りは『無し』ってことで……すまんねえ。慌ただしくて」
「いいえ。『六翼』は帝国の支柱ゆえ、お忙しいことは重々承知しておりますのじゃ。わざわざ時間を取らせてしまって──夢のような時間でした。ありがとうございました。のじゃ」
「これはご丁寧に。陰ながら俺も、ソル少尉の武運を祈ってるよう」
名残惜しくも、英雄との談合は終わりを迎えた。
ソルが最後に一礼する。ふうっと息を吐いた。
絨毯の模様を見つめ、この談合の自己採点を行う。
(なかなか、上出来だったのじゃなからんか)
序盤は緊張と興奮が収まらず、それはそれは見るに堪えない有様だっただろう。しかし、本題の怪物退治に移ってからは堂々と振る舞えたように思う。脳内のナッドも「よくできました」と言わんばかりだ。しきりに頷いている。きっと大丈夫のはずだ──。
挨拶もそこそこに執務室の扉を閉める。
区切りをつけようとした直前、顔を引き締めた。
ソルの耳は、ぼそりとした独り言を捉えたのだ。
「やれやれ。嫌な時代だねえ、全く」
※※※※※※※※※※
「うむ。……今日も良い天気じゃ」
そうして一夜明けた、今日。
ソルは城塞の入り口から遠方を望む。
山脈の尾根からひょっこりと顔を出した朝日。
その眩しさに目を焼かれつつ、深呼吸をする。
清澄な空気が舌を掠めて、口腔を通っていった。
これは早朝のご馳走だ。日課の鍛錬後の空気の味は格別である。なにせ、重ねた努力がよく染み込んでいるのだ。美味くないはずがなかった。まるでその心地に共感を示すように、からんと腰元から音が鳴る。
腰に帯びた、愛剣入りの鞘のものだ。
(帝国軍から『急な出立ゆえ準備をせよ』と言われたのじゃが、こんなものでよいのじゃろうか)
ソルは首を回しつつ、心許ない装備を見直す。
バラボア砦に居座っていた頃と大差ない。焦げ茶の外套の下には軽く丈夫な胴丸を着用している。手甲に膝当て、軍靴。どれも軍の支給品だ。変わったことと言えば、新しく拵えた装備のために傷ひとつ、変色ひとつないことだろうか。砦防衛戦のときのものは、ボガートとの苛烈な戦闘の末に砕かれていた。
腰紐には、私物を入れた巾着袋を下げている。
あとは小隊を引き連れて、現地へ赴くだけだ。
(何とか、オド量も以前までの分が戻ってきたしのう……腕が鳴るのじゃ)
軽く跳ねてみる。身体の調子は良好だ。
療養中も鍛錬を怠らず──あえなくナッドに見つかり、病室に連れ戻される毎日だったが──勝負勘や、元のオド量を取り戻している。ナッドには随分と迷惑をかけた。だが、自らに怪物退治の話が舞い込んだとあれば、寝過ごすわけにもいかなかったのだ。
改めて驚嘆したのは『オドが溜まる速度』だった。
(わしのこの身体は、実に恵まれておる)
幼女化以前とは比べるまでもない。
同等の鍛錬を課したとて、生まれるオドの嵩は数十倍もの差があった。それを感じたとき、地を這う凡人が上空に仰ぐ、現実という巨影を見た。突き抜けるような蒼穹は徐々に塞がっていく。翳る心地は薄ら寒く、身体にじっとりとした湿気が覆い被さる。
自らにできること、できないこと。
可視化しがたい線が確かに見えた気がして──。
それでも意地を張って座り込むなどできない。
(見据えるべきは、たったひとつだけなのじゃ。わしの憧れる英雄像になること。それ以外は置いていく。固執は身体を重くする。強くなるためには、高みに飛ぶためには、目標以外を切り捨てねばならん……)
だから療養を終え、ひとつの決断を迫られた。
(冷静に考えるからこそ、オド消費による加速術は控えねばならん。……この調子では成長が足踏みじゃ)
ソルが元のオド量に戻るまで二週間かかった。
もちろん、残酷なほどの速度だ。ソルフォート・エヌマが人生のすべてを濾して、ようやく得た力量に、たかだか二週間で追いついたことに等しいのだから。
しかし、何度も続けるわけにはいかない。
加速術は成長の足枷だ。せっかく鍛錬で『力』を積み上げようと、オド消費の加速術を使うたび崩され、また一から始めなくてはならない。それは身の丈の遥か上を目指す道中で、捨てねばならないこと。
あの技術は邪道の極みなのだから、当然だ。
(凡人が盤面を覆す。一瞬でもその可能性を掴むための大道芸にすぎぬ。力を持たぬ、命以外に賭せるものがない愚者の技術。……もはや、必要ない)
幼女の身体と相性が悪いことも拍車をかける。
老人時代──振るう力の大半を筋肉が担っていた時代なら、オド消費の加速術は有効だった。だがいまの姿では外見通り、筋肉は微々たるもので、振るえる力の殆どをオドが担っている。得られる推進力で誤魔化しは効いたが、オド消費は非効率極まりない。
ソルはそうやって加速術を封印する決断をした。
(他の戦闘法は試行錯誤するしかあるまい。なに、良い機会じゃ。以前から、加速術に頼りきりの部分もあった。学んだ他の技術も駆使して、これまで以上に貪欲に、様々なことを磨けばよいじゃろう)
朝日の眩しさに目を細めつつ、遠方を見遣る。
第二駐屯地は平坦な地形に構えている。顔を正面に向けるだけで、駐屯地の城門から、その遥か先の──霧がかったマッターダリ山脈まで望むことができる。
その稜線は、バラボア砦で目にした峰より長大に描いている。大自然の壁が蕭条と佇む姿は、なるほど、戦火を遠ざけるだけの威容だと腹落ちする。
幼女はふうと息を漏らし、やや視線を下降させる。
石造の門構えの側に、十頭の雄馬の姿を捉えた。
(さて、今日の本題じゃが……気重じゃのう)
ソルの辟易の源は、あの逞しい軍馬たちではない。
彼らは陽光を浴びながらも、粛然と出立を待っている。肢体は静の状態にあっても、生の躍動が感じ取れた。漆黒の双眸は凛々しく切れ長で、しなやかな筋肉は隆々と黒肌を押し上げ、秘められた膂力を垣間見せている。良い馬だ、と一目で理解できた。
彼らは帝国軍が手塩にかけて育てた軍馬である。
(期待を寄せられることは喜ばしいことじゃがな)
幼女の怪物退治のために供与された『脚』だ。ロズベルンの言では「徒歩で向かうには、ジャラ村ってのは遠路も遠路だからなあ」だったか。それで若い駿馬が首を揃えている現状を思えば、帝国軍の『修羅』にかける期待がありありと感じられる。
ソルはひとり頷くと、そこに歩み寄っていく。
城門の側では兵装姿の群衆が輪をつくっていた。
「おいでなすった。……オメェら、今日が命日って覚悟はしといたほうが良いんじゃねえか? 幼女の姿をした死神が遠目に見えやがる」
「鎌で優しく刈り取ってくれるってんなら、まだマシだろうがよ。俺はあれだ。一個前の討伐じゃあ、御同行を願った英雄様から『トロい』って言われて、胴体が真っ二つになった奴、俺、知ってんだけど」
「上下で真っ二つ?」
「いんや、左右に真っ二つ」
「っひゃー冗談じゃねえなあ。あの次期英雄様は『修羅』なんつー名前なんだからな、ゲラート。馬鹿なこと口走ったら、棺桶が八つくらい必要になるかもな」
「言っても、あのちいっこいの、一応ラスティマイン中将のお墨つきなんだろ? だったら……」
「まあ、下手なことにはなるまい。少なくとも、故意に『事故』を起こす人間性ではなさそうだ」
「そもそもよぉ、あの少尉様が死神なんて存在なわけないだろ。死神──土神アニマってのは伝承じゃ、人々を虜にする魅惑の身体だったって話だろうが。死神が少尉様なら、土神信仰の奴らが報われねー」
「ま、あのちんまいのに信仰は集まんねーわな」
「オメェら、ちったあ俺の心配しやがれよ。誓いを忘れたわけじゃねぇよな、おい。『俺が死ぬときは全員道連れ』。いつも出立前に言ってるだろうが」
「俺らの誓いっつーか、おめーの座右の銘だろーが」
「ちなみに、ゲラート除く全員の座右の銘は『死ぬときは一人で逝け』だかんな。だからな、早よ逝けな」
「全くね。あなたと同道する気はないから。とりあえず考え方を前向きになさい、多少、いえ、ほんの少しくらいは死に顔が見れるようになるから」
「……お前ら、好き放題に言ってんな……」
どうやら、和気藹々と立ち話に興じているらしい。
ソルが内容を聞き取れる距離まで近づくと──。
「これは少尉殿。こちら、準備完了しています」
気怠げだった彼らは一転、居住まいを正した。
直立不動のまま。敬礼を向けてくる。
ソルは驚きつつも礼を返しつつ、それぞれの顔を見回す。髪色、肌色、装備……どれを取っても統一性を欠いていた。幼女に臨む態度も各々、色が違う。
たとえば栗色の髪の大男。彼は目を合わせながら、揶揄を口角に含んでいる。かと思えば、隣では優男が慇懃に敬礼のまま微動だにしていない。視界の端にいる黒髪の女など、あくびを漏らしていた。
一見すると、すべてが不統一の集団である。
共通点と言えば、鄙びた帝国軍服だけだ。
(驚いた。やはり帝国兵は礼節がある程度、浸透しておるのじゃなあ……成り上がり者かつ、この姿の上官に対してまともな対応で迎えるとは思わんかった。ならず者の多かった傭兵連中とは雲泥の差じゃのう。無論、わしにも同じことが言えるが)
彼らは、ソルが指揮を執ることになった小隊。
つまり怪物退治における部下たちだ。ただ少尉の地位に就いたにしては少ない手勢である。しかし、帝国の獄禍討伐隊では珍しいことでもないらしい。これが平時であれど、手の空いた腕利きとロズベルンの手勢を集めて、少人数で回しているという。
怪物退治も立派な役目だが、帝国は戦争で忙しい。
国益として、優先されるのは他国との諍いだ。人材が戦地に動員される関係上、万年人数不足に悩まされていると聞いた。当然ながら入れ替わりも激しく、この部隊に留まる人間は稀有であるとまで。
ソルも例に漏れず、目前の部下とは初対面だ。
(即席で編成された部隊……とはのう。人数ばかり多くとも、連携がとれねば烏合の衆じゃろうに。急ぐにしても急すぎるじゃろう。そも、わし自身、指揮官という柄でもないのじゃが……心配事は尽きぬ)
「出立準備が整いました、ソル少尉!」
馴染んだ声が、脳裏に過る一抹の不安を拭った。
軍馬に目を遣ると、巨躯の影から青年が現れた。
いままで下準備に追われていたらしい。彼は頬に薄く付着した土跡を拭い、敬礼の形をつくる。
その引き締めた表情は、かの日の頼りない面相から一皮剥けたような印象を与えてくれる。
「了解したのじゃ。ナッド」
名前を呼ぶと、ソルは口元が綻ぶのを感じる。
彼が背筋を伸ばした姿勢は、図抜けて綺麗だった。
ナッド・ハルト。初対面時の顔つきと照らし合わせれば、精悍に研がれたものだと思う。多少なりとも目つきは尖り、厚くなった口元を引き絞られ、眉間に皺の跡が残っている。癖の強い茶髪が微風に揺れた。商人とは違う、戦士の空気が僅かながら薫っていた。
ひとつの戦場を越えて、成長を遂げた証だった。
(ナッドには療養中、随分と世話になった。言葉遣いに始まり、振る舞い方までのう。怪我が根治したいまからは恩を返していきたいのう。ずっとナッドにおんぶに抱っこでは、本当にただの幼女なのじゃ)
ナッドもまたソルと同様に、討伐隊へ編成された。
だが、ナッドは本来ならここに来る人間ではない。
砦防衛を成し遂げ、十分に手柄を立てた。この一件が済んだ時点で帝都に戻り、出世街道を邁進できたはずだ。だが彼はその好機をふいにし、ロズベルン中将に討伐隊への入隊を嘆願したという。
少尉を放っておけない、ということらしい。
それについては、悲喜の感情を定めかねる。
慕われるのは満更でもないが、彼の未来を閉ざすようで心苦しくもあったのだ。
「見つめ合ってるトコ悪ぃけど、少尉さんよぉ。このお坊ちゃんから話は聞いてるぜぇ? 前の仕事場が同じだったらしいじゃねえか。だからって、お坊ちゃんを贔屓目で見るんじゃねぇぞ」
「贔屓なぞするつもりはないのじゃ。結果に応じて判断する。……ぬしの名は何と申す」
「ゲラートだ、よく覚えといてくれよ? 俺が手柄を立てたときのために名前を呼ぶ練習もしとくかぁ?」
馴れ馴れしく絡んできたのは、小隊一の大男だ。
彼も帝国北部の生まれなのだろうか。ギラついた黄瞳と鷲鼻が特徴的だ。髪色も栗色が強く、そこに埋まるように色彩豊かな髪紐が見え隠れしていた。体型は、ボガートを彷彿とさせる巨躯を誇る。見上げなければ、嘲りを含んだ口許すら視界に入らない。
この体躯があれば白兵戦では無類だろう。
(大口を叩くだけの力量はあると見た。軍服越しでも筋肉のつき方が窺えるほどじゃ。ラムホルト殿ほどではなかろうが、意気に相応しい実力を備えておるとすれば……手並みを拝見する機会が楽しみじゃのう)
思わずソルが微笑を零す。
その反応が気に食わなかったのだろうか、ゲラートは憮然と大きく肩を震わせていた。
そのあと、黒髪の女が聞えよがしに鼻を鳴らした。
「ソル少尉、ゲラートへの対応として『無視』という策を具申するわ。小物臭さ全開の態度に真っ向から対応すると疲れるから、適当に聞き流すのが吉よ」
「……胸に留めておくのじゃ」
「賢い子ね。無駄に刺々しい言葉を聞くのは、お金をもらっても嫌だもの。いい? これが上手な世渡りというものよ。心が貧しい相手は無視。これから流して送る生き方を覚えていきましょう?」
「お前ら……上官に向かってどんな距離感だ……」
見ると、ナッドの口角がぴくぴく引き攣っていた。
ソルにも理解はできる。彼の性格上──というよりも士官学校で学んだ常識としてだろうが──無作法には滅法厳しい。一連の流れだけでも『目上の人間相手に敬語を使わない』『上官の許しなく話しかける』『友好的とは言えない態度をとる』。どの対応も、ナッドからすれば憤死ものの失礼なのだろう。
ただ、元傭兵のソルとしては馴染み深かった。
(先ほどの敬礼は『最低限の敬意は払う』という動作じゃったのかのう。であれば……うむ、意気込んで上官面を繕わずともよさそうじゃのう)
ナッドが横合いから、睨みを利かせ続けていることには悪いと思いつつも、幾分か気が楽だった。ソルは元々、傭兵という根無し草。「上下関係の線引きを濃くするのは、人間関係を円滑に進めるための条件」とは頭で理解できるが、身についてはいない。
(まあ、英雄が幅を利かせる世のなかじゃ。むしろナッドのような常識人が生きづらい時代かもしれんのう。いまは力さえあれば、人間性や常識は蔑ろにされる傾向にある。もちろん、現場のみでの話に限るのじゃが。当然、公的な場では控えなくてはならん)
軍に甘んじている英雄たちが、その証拠と言える。
名だたる英雄たちは奇人変人が極端に多い。
常人と違ったから英雄なのか、英雄だから常人と違っているのか。どちらにせよ険しい道程である。平凡な感性では付いていくことも困難だろう。
大男は舌打ちを落としつつ、横に視線を飛ばす。
「なに、ゲラート。文句でもあるの?」
「オメェ……はぁ。モノ知らねぇ少尉さんに変なこと教えてんじゃねぇぞ。名乗れよマジェ」
促されて一歩、前に出たのは小隊の紅一点だ。
先ほどゲラートに対して茶々を入れた少女である。
想起したのは、うらぶれた路地に住まう野良猫だ。
ボサついた薄墨色の髪と、身に纏う鎧の汚れ具合、浅黒い肌がその印象を与えている。瞳の奥を見通せないほど、目に光が届いていない。目を合わせても、内心を窺い知ることはできそうもない。ただ、仕草や声の調子で『怠い』の二文字が浮かんで見えた。
黒一色の彼女はただ億劫そうに言う。
「ロズベルン中将より副小隊長を拝命された、マジェーレ・ルギティ。階級は軍曹よ、少尉」
「うむ、よろしく頼む。……ぬしは道行の案内も兼任と聞いておるが、間違いはないかのう?」
「ええ。大森林も含めて、私の遊び場だったから」
事務的な内容に、彼女は最低限度で応える。
終われば「用は済んだ」とばかりに一歩退いた。
その呆気なさに、いささか肩透かしを喰らう。
(初対面ゆえ当然じゃが、ゲラートとは質の違う『壁』を感じるのう。彼を弄るときは、わしにも無駄口を挟んできたのじゃが……それよりも)
ソルは、彼女が再び漏らしたあくびを無視する。
着目したのは、少女が背負う、得物と思しき物品。
(どう扱うかはわからぬが……魔導具じゃのう。表面に隙間なく聖文字が刻印されておる……)
一見すると、鋼鉄が蛇行した形状の──赤銅色の棍棒のようだった。直径は少女が十分握り込めるほど細く、複雑な形すべてが均等に同じ太さである。全長は少女自身と等しく、重量は表面の質感から相応に備わっていると推察された。だが、軽々と背負っていることから実情は不明である。そして、もう一つ。
推測だが、彼女はソルの実力を凌駕している。
(筋肉とは違い、オド量は目に見えない。だが気配で多寡を知覚できるときはある。身体に秘められたオドが莫大だった場合、周囲の人間がピリついた感覚を覚えたり、硬直することがあるのじゃ……確かそれをナッドは、強者特有の気配と呼んでいたのう)
ソルは、マジェーレから一種の圧を感じていた。
肌が粟立つ。首筋には刺すような痛みを覚える。
実践ではどうかわからないが、オド量だけで語るならば、英雄級にも手が届いているはずだ。そこに心強さを覚えるよりも、どこか不穏さが見え隠れするのは、彼女の態度が不透明だからだろうか。
──これから気を配る必要があるかもしれない。
ソルは折に触れて、気力の萎えた様子の少女に目を遣りつつ、帝国小隊それぞれの顔と名前の確認を一通り済ませていく。幸いなことに何の変哲もなかった。
順調に終えると、出立時間に差しかかっていた。
「……思いの外、時間を食ってしまったのう。みな、それぞれの馬に跨れ! 出発じゃ」
舌足らずの号令とともに、帝国小隊は動き出す。
面々の表情は様々だ。生真面目な無表情、不満そうな顰め面、諦観を思わせる呆れ面、マジェーレに至っては、隠れて総計十二度目のあくびをしていた。
彼らから一様に感じられるのは、侮りの色だった。
見目によるものか。それを見逃すソルの対応によるものか。きっと両方だろう。上官の立場としては危うい。だが、上段から見下ろし、手勢に命じるような形は望んでいない。それは理想の英雄像とは異なるのだ。
ソルは理想と実益の板挟みにあっていた。
(二つを折衷する関係性の模索が急務じゃのう。しかし、まだわしには人の上に立つ経験が足りぬ。……これからも帝国軍に籍を置くならば、何らかの答えを出さねばならんじゃろうが……)
ともあれ、ソルも出発準備を整えねばならない。
幼女は各々が乗り込む背中を脇目に歩く。
俯き加減のまま、目的の場所まで辿り着いた。
そして、鞍に跨ろうとするナッドの袖を引っ張る。
「ん、ん、ん……? 少尉?」
「ではナッド。頼むぞ」
「はい? えっと、どういうことですか」
「……話が、通っておらんのか」
「いえ、特に何も」
当惑する彼を前に、幼女は顔をわずかに逸らす。
「どう言えばよいかわからんが……そのじゃな。軍からわしは馬に乗れぬと判断されたようでな……相乗りを、その、頼みたいと、じゃな」
先ほど、軍馬を目にして気重に感じた根源である。
実を言うと、ソルはこの馬とは初対面ではない。
昨晩、馬飼い監視の下、幼女の乗馬試験が行われたのだ。一般的に、幼女は乗馬できないのである。帝国側がどんなに駿馬を揃えたところで、乗れないのであれば宝の持ち腐れだ。しかし、幼女は一般的な幼女ではない。積み重ねた六十五年の経験がある。馬の手綱を繰り、街から街を渡り歩いたことはあった。
ソルは戸惑う帝国兵の前で、事もなげに頷いた。
──乗馬? 人並み程度には心得ておるのじゃ。
そう豪語し、意気揚々と馬の背に跨って──。
結果は惨敗。その短い脚では、どうにも
そのあとは侃々諤々と意見が戦わされた。
距離の関係上、徒歩でジャラ村に向かうことは考えられない。何とか移動手段を確保せねばならなかった。議論の末、折衷案として編み出されたのは──。
すなわち、誰かの軍馬に相乗りするという方法だ。
(思い出すもっ……恥を忍ぶのは慣れておるはずじゃが、なぜじゃ。これは格別に恥ずかしい……本来の姿であれば、そこらの悍馬相手でも乗れたのじゃぞ)
らしくもない言い訳を含羞とともに吐き出す。
ナッドはぽかんと口を開けていたが「そっか、そうだよな。数えてみりゃ、馬の数が人数に足りてないんだもんな」と呟いて一気にソルを掬い上げる。
幼女の矮躯は十秒後、すぽんと収まっていた。
ちょうど馬首とナッドに挟み込まれるようにして。
「こう見ると、わしは完全に子供じゃのう……」
「そりゃそうですよ、少尉。尻の方に乗るのは危険ですし、この体勢なのは勘弁してください……。皆も乗ったようですし、出発しましょう」
幼女の出発の合図はどこか虚ろだったが──。
ソル率いる帝国小隊は、ジャラ村へと進み始めた。