修羅幼女の英雄譚   作:嵯峨崎 / 沙城流

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15 『踏み出した一歩』

(ちくしょう、俺は、なんで……)

 

 ナッド・ハルトは、恨み言を内心で吐露した。

 もう何度目になるだろうか。ぐるぐると脳内を巡る感情の矛先は、運命や特定の第三者ではない。己自身だ。できることなら、鏡写しの自分を殴りつけてやりたかった。そうやって割れた鏡の破片が拳に突き刺されば、どれだけ胸がすくことだろう。痛みで麻痺させれば、臆面もなく顔を上げていられるのだろうか。

 喉が震える。絞り出すように喉奥から息が漏れる。

 頭を支配していた熱が、段々と冷めてゆく。

 思考の焦点は、否応なく現実に合ってくる。

 

「教えてくれよ。なァ」

 

 ずず、と大地の奥底から這い出るような声を聞く。

 怖気が、足元から急速に立ち昇り、心の臓を掴む。

 ここには、何の変哲もない新兵がいるだけだ。

 剣一振りを手にした、取るに足らぬ男が一人。

 

「なんで手前ェは、この大地を踏んでいる?」

 

 視界正面には、巨大な『英雄』が聳え立っている。

 巌、あるいは山脈を重ね見てしまうほどの巨躯。

 金の鬣は猛々しい。その仄かな輝きに圧倒される。

 

(そんなこと、俺が知りてぇよ……)

 

 ボガート・ラムホルト。自分とは格の違う相手だ。

 彼の周囲を取り巻く圧迫、圧迫、圧迫、圧迫──。

 同じ大地に立っているだけで、膝が震え出した。

 

(なんで、俺……こんな場所に立ってんだ……?)

 

 絶望の具現化。絶対の象徴。それが英雄だ。

 知っている。人間ならば誰だって知っている。その姿を視界に収めただけで、心胆から震え上がってしまう存在は──きっと誰しも出会うことになる。それが単純に個人を指すか、死という概念を指すかは人によるのだろう。ナッドの場合は、英雄がそれだった。

 畢竟、死を間近に突きつけられて平静を保てるか?

 少なくとも彼は保てなかった。この頭と胸に残る、闘志や勇気と呼べるかも怪しい熱が、吹き曝しの蝋燭の火のように感じられてしまった。一秒前には確かに思えていた灯が、頼りなく、千々に散じてしまうようだ。自分の荒い呼吸で吹き消してしまいかねない。

 ボガートは、掲げていた巨剣を緩慢に下ろした。

 そうして俯いたかと思えば、唐突に呟いた。

 

「……雑魚を相手する気分じゃねェ。見逃してやる」

 

 ──三秒だ。三秒の間に消えなァ。

 ナッドを、取るに足らない相手と認識したらしい。

 認識した上で、一切の興味を失ったように見える。

 あの捕食者の瞳は、確かに怯えを見透かしていた。

 大したことではない。震えた手足。定まらない剣の構え。異様に少ない瞬きの回数。額に張りつく脂汗。かたかたと鳴る歯。息の浅さ。あの忌々しい幼女の口が利けたならば「誰が見ても怯えておることは見て取れよう」と、そう指摘していたかもしれない。

 反論の余地もなかった。強大な敵の膝元に飛び込んだはいいが、いまだ怯懦の念と恐怖感が後ろ髪を引っ張っている。何たる中途半端。何たる心身齟齬。気持ちに先走って、人生最大の愚を犯してしまった。

 否、いまはまだ取り返せる。三秒間の猶予がある。

 ナッドの軽挙は、英雄の気紛れに救われたのだ。

 

「聞こえてンのかァ? 三」

 

 ナッドは無意識下に後退っていた。

 似た感覚に覚えがあった。士官学校でまるで敵わなかった『本物』。産まれ持った体内魔力量が桁違いの怪物と対峙したときと似ている。同等ではない。いま真正面から受ける圧力のほうが、明らかに熾烈だ。

 ただこの場にいるだけで嘔気を催し、眩暈が襲う。

 

「二」

 

 これまでのあらましが、走馬燈のように蘇る。

 重装騎士を討ち取った幼女を裏庭に運んで──。

 そのまま息を潜めていたところ、突如として強襲部隊の頭領に狙われた。危うく命を落としかけたが、幼女の横槍で間一髪助かった。彼女に促されるまま、尻に帆をかけて逃げ出した。罪悪感は覚えなかった。

 あの幼女はナッドを遥かに凌ぐ実力を持っている。

 優れた天稟の持ち主に場を任せて、何が悪いのか。

 自分は所詮、人の身。人の形をした怪物に非ず。

 ──あのとき、俺は正しい選択をしたんだ……!

 

「一」

 

 ただ、心のどこかで無様だと思った。

 己のちっぽけな自尊心が痛んだのだ。年端もいかない幼女に怪物の相手をさせて、その隙に大の大人が戦線離脱を図る。それだけに留まらず、いまのように己を許すための言い訳を紡ぎながら、矜持には決して罅が入らないように誤魔化した。付き纏う自嘲を振り払うように走った理由は、極々単純なものだった。

 生物ならば、誰しもが持って然るべき生存本能。

 彼はあのとき、死にたくない一心だったのである。

 

「……零」

 

 ──でも、ここに戻ってきちまった。

 ボガートは俯いていた顔を上げる。無表情だった。

 それでもナッドの足は動かない。本能的な恐怖という名の杭が両脚の甲を穿ち、縫い止めていたのか。違う。ひどく慨嘆に似た感情が絡みついていたのだ。幼女に促されるまま逃げ出したときも、そうだった。

 だから、あのとき爪先の方向を変えてしまった。

 門ではなく、砦壁の階段に向けてしまったのだ。

 そうして、砦壁の上から幼女の死闘を眺めていた。

 この身が無謀にも、裏庭に飛び込んでしまうまで。

 

「折角の好機を、踏みつけにしたなァ」

「……ッ! 俺は」

「わざわざ、俺の手をよォ」

 

 獰悪な出立ちの男は、その場から一歩も動かない。

 巨剣を掲げて、鋼を青褪めた月光に浸している。

 ナッドはそんな、英雄譚の一幕の彫像として切り取られかねない剛勇鬼神たる光景から目が離せない。身体が硬直していた。理性と本能の両面が警鐘を鳴らしている。それでも足裏に力を入れた。口腔に溜まった唾液を飲み込み、腹底に重心を沈めてゆく。

 声にならない弱音の未熟児を、ようやく噛み殺す。

 支給品の剣の柄を握り締めて、震える息を吐いた。

 

「煩わせんじゃねェぞ」

 

 無慈悲一閃。銀色の光が宵闇を横切った。

 ボガートは左脚を軸に、袈裟懸けに斬り下ろす。

 ゆえに、剣閃の行き先は仰向けの幼女(・・・・・・)だった。

 身構えていたナッドは、ただ目を剥いた。

 てっきり、自分が狙われると思っていたのに──。

 

「な……ッ!? お前……!」

「相手する気分じゃねェって言ったはずだ」

 

 酷薄な言葉の切れ目に、弱々しい呻きが混じる。

 そうして繰り出される圧巻の連続剣撃。ボガートは仰向けの幼女に容赦のない剣閃を浴びせ続ける。風を唸らせ、砂を舞わせ、木々を揺さぶる。四方を壁に区切られた裏庭には嵐が荒れ狂った。あくまで余波でしかない風圧の強さに、ナッドは片腕で目を守る。

 幼女は依然、この渦中で防御を続けられていた。

 だが、それもいつまで保つか。傍から見ていて連想したのは、木製の椅子だった。じっくりと体重をかけられていく、古びた椅子だ。じきに軋みを上げ、限界を迎えるときには断末魔めいた破壊音が鳴る……。

 ここに来て、ナッドは切歯扼腕を余儀なくされた。

 

(俺は、見るまでもねぇってか……!?)

 

 ボガートは非情にも、妥当な判断を下したのだ。

 こんな矮小な存在を意識下に収める必要などない。

 その証拠に、ナッドが目前に突きつけている剣先が揺れていた。振動していた。そこから剣身を辿って手元に視線を落とす。柄を固く握った両手が、震えていた。それを意識した途端、身体が一斉に震え出す。

 自分で蒔いた種が芽吹き始めたのだ。いままで、真剣を用いた戦いを避け続けてきたツケだ。緊張感のある舞台で本領を発揮できない──そんな心的外傷に巣食った恐怖という蟒蛇により、身体を纏綿される。

 これでは、もはや戦う前から敗着している。

 英雄は、無用心にも背中を晒しているというのに。

 

「はあ……はあー……」

 

 ナッドの存在を軽視するその姿には、覚えがある。

 忘れもしない。無情なまでの父の背中だった。

 

(ふざけ、てんじゃねぇ)

 

 研いだ刃物のような反骨心が鎌首をもたげる。

 思い返すのは白黒の映像だ。幾度となく士官学校の寮の天井に思い描いた記憶。次期後継者指名の日。立ち並んだ兄弟姉妹。選ばれた者の名を呼ぶ父の声。品のある口髭を蓄えた口元。三歳年下の喜ぶ妹の声。

 そうして、向けられた広い背中を──思い出す。

 すると、澎湃たる怒涛として無力感が押し寄せる。

 才能不足。力量不足。生まれながらの才覚・適性に恵まれなければ、望んだ道を選べない現実。惰性と現実逃避の末に辿り着いた士官学校にも、確たる居場所が築けなかった鬱屈。結局、自分の適した何かを見つけられず、こうして不適格の極みに落ちてきた。

 適していない証拠が、震えとして表出している。

 

(ナメ、やがって。ナメやがって……!)

 

 そのとき、ナッドが踏み出せた理由はひとつ。

 己が鬱懐を散ずるために他ならない。心理的には急峻な懸崖にすら錯覚していたが、その恐怖心よりも怨嗟の念が一瞬だけ勝った。ひと泡吹かせてやる。砂を食み、首の背が痛くなるほど見上げてきた存在に対する激発で、弾かれるように身体が動いたのである。

 これはきっと、彼にとって理不尽(げんじつ)への復讐だった。

 

(やってやるぞ、ちくしょうがッ!)

 

 ──俺を、視界から外したことを後悔させてやる。

 その一心で剣を握り直しながら、距離を詰めた。

 視界の中央には、甲冑に覆われた巨躯を据える。脚部が一部破損していることを目に認め、そこを狙う腹積りだった。ナッドの得意な戦闘方法は、近距離から強烈な攻撃を加えるもの。渾身の斬撃を無防備な箇所に見舞えば、さしもの英雄もただでは済むまい。

 目標まで残り三歩、二歩、そして、あと──。

 

「ナッド」

 

 ふと、直情的に駆動する足に迷いが生じた。

 舌の足らない声色で、名を呼ばれた気がしたのだ。

 剣戟の響きに紛れた小声か、あるいは幻聴か。

 その瞬間、屈辱の模擬戦時の説教の一節が浮かぶ。

 

(ま、ず……!)

 

 ──『はったりを逆手にとられたことに気づかぬ』

 ──『見破られて利用されれば』

 ──『此度のごとく致命的な隙を作ることになる』

 

(いま、何で思い出した……!?)

 

 余計な思考が、筋肉の弛緩に遅れを生んだ。

 なんて愚かな逡巡だろう。刹那に自己嫌悪が脳内を流れる。拙速から速度を奪われれば、残るのは拙さだけだ。その結果的な速度たるや、火に近寄る夏の虫も斯くや。ここは退くべきと咄嗟に判断する。折角の勝機を溝に捨てることになるが、無理は禁物だろう。

 爪先を跳ね上げて踵で着地して、己の勢いを削ぐ。

 

「寸でで、かァ」

 

 瞬間、ナッドの鼻先で煌めく一閃が過った。

 脈絡のなさに硬直した。思考が白紙に変わる。

 驚愕の声を上げようにも喉が凍りついて動かない。

 鼻先から血が滲み出て、赤い珠をつくった。

 

「な……ぁ、あ?」

 

 ナッドは呆けた顔で、ようやく気づいた。

 いま自分は、模擬戦の二の轍を踏みかけたのだ。

 歯牙にもかけられず、業を煮やして勝機に逸った。

 ボガートはそれを逆手に取って、あからさまに隙を見せた。愚者を死地に誘い込もうとしたのだ。策と呼ぶにも躊躇われる単純な手である。それに乗りかけた己の安易さに、血が頭部にまで昇った。もっとも、現実として顔面から血の気は失せているのだが、ここに至っては鏡に頭突きでもしたい気分にもなった。

 ばくばく、心臓が暴れ出す。まるで体内の狭きに堪えかねたようにも思えた。否、命が(ナッド)の愚かさに呆れ果てて、身体から逃亡を図っているとも取れる。

 苦心して胸部を抑えつけながら、思考を回す。

 

(俺は馬鹿か!? 普通ならこんな手なんか食わねぇってのに……いや、クソ、焦らせたのも計算づくってことかよ。ああも無関心を装ったのも、……!)

 

 ナッドの軽挙妄動を掣肘したのは、幼女の台詞。

 あの癇に障る、妙に上から目線の説教。自尊心を守るために頑として聞かなかった言葉たちは、確かに紙一重で彼を救った。いまや形振り構っていられず、記憶の棚をひっくり返す。他に何と言っていたか。溺れた者が藁にすら縋るように、ナッドは一度目の成功をなぞり、厭忌の対象であった彼女のことを思い出す。

 ──『なかなかに美味じゃのう』。違う。

 ──『手の震えは言語道断じゃ』。違う。

 ──『わしの名前はソル。姓はない』。違う。

 ボガートからは目を離さず、役立つ言葉を探す。

 額が汗ばみ、知らず、目元には不必要に力が籠る。

 ──『足技を失念しているのも痛い点じゃな』。

 

「なァ、臆病者」

 

 脳裏に蘇った声に釣られて、下方を意識する。

 焦点を上半身から下半身に変えた瞬間だった。

 脚の輪郭がブレた。否、大きさを増した(・・・・・・・)

 忽焉として、英雄は一歩だけ踏み込んだのである。

 ただそれだけで、彼我の距離は消え去った。

 

「なあっ……!?」

 

 下方を映していた視界に、剛速の右膝が迫る。

 地面から隆起するような一撃。もろに喰らえば顎がひしゃげ、頭蓋骨ごと凹ませるだろうこの必殺に、ナッドは必死の抵抗を見せる。咄嗟の判断で、左腕の籠手を盾に変えた。上出来な反応と自画自賛したい。

 接触の瞬間、耳管から音が一目散に逃げる。

 最後に残った音は、嫌に響くような骨の軋みだ。

 

「が……ぁっ!?」

 

 左腕とともに、身体ごと宙へと放り出される。

 腕を支えた顎にまで衝撃は伝播。頭中で幾十もの音波が痛みを乗せ、互いに共鳴する。思考が飛んで『痛い』という原始的な感覚が脳内を占拠した。そうして視界には、心底から恐怖心を煽る光景が映った。

 その英雄の相貌からは平坦にすぎる感情が窺えた。

 

「手前ェは、何でここに出て来たンだァ?」

 

 空中で繰り出されたのは、単なる蹴りだった。

 如何なる魔術も付与されていない純粋な暴力。

 ナッドは横合いから炸裂するそれを、また奇跡的に左の籠手で防ぐことに成功する。再び受け止めた攻撃は、生半可な威力ではなかった。声すらも出ない。

 腕を起点にして身体を痛撃が貫く。胴体にまで地割れめいた衝撃が奔り、余波だけで身体を折る。いまは地に足が付いていないため、踏み止まれない。

 紙のように吹き飛ぶ。そこで士官学校での訓練が実を結んだ。墜落する間際、辛うじて受け身を取ることに成功する。頭は動転していたが身体が覚えていた。

 だから、大地との衝突による衝撃は抑えられた。

 

「ごっ……!?」

 

 ──最小限に抑えられた、はずなのに。

 ナッドは地べたに顔面をつけながら、呻いた。

 到底、鎧越しに受けたと思えぬ衝撃に愕然とした。

 

「は、ははは」

 

 空気が、口から断続的に漏れ出した。

 音が出ないまま、からっぽに笑っていた。

 笑っている? 違う。震えが止まらないだけだ。

 力なく小刻みに上下する視界で、遅れて気づいた。

 二度、英雄の蹴りを受け止めた左腕が──。

 籠手ごと、ひしゃげたように潰れている事実──。

 

「は、は……あ、あ、がぁぁぁぁ!?」

 

 突破的に解放された痛痒が、音として発散される。

 精神の喫水線は、一気に船体を越えてしまった。

 ナッドは猛り狂う苦痛の海中に沈没する。

 視界のすべてが溢れる涙で滲み、輪郭が溶ける。

 毛穴から汗が噴き出る。連れ立つ感覚は、さながら肌身を無数の針で刺されるかのようだ。これほどの痛みは生まれて初めてだ。灼熱が尾をうねらせて、左腕から身体を駆け回る。そして彼は、生命の燃料たる血液が煮え滾るように熱いことを、初めて知った。

 この激痛は、蹴りを受けた一瞬に浴びたものだ。圧縮されたそれを、いままで脳内麻薬のおかげで拒めていた。だが視覚として捉えた結果、認識が追いついてしまった。遅れ馳せながら本来の激痛が奔ったのだ。

 精神的な衝撃と、物理的な重傷にのた打ち回る。

 

「ああああ──ッ!?」

 

 衝動のままに悲鳴を上げ、獣めいた唸りも混じる。

 右腕で左腕を抑える。絡ませると言ったほうがいいか。兎角、痛覚を紛らわすための努力の一環だ。激痛の波浪の隨、悶絶し続けるよりはいいはず。そんな脆い幻想は、体感時間が伸びてゆく苦痛の只中、指先で突いた砂糖菓子のように崩れていってしまう。

 己を騙すことは得意なはずが、上手くいかない。

 如何なる現実逃避の空想も気休めにならない。手や額に張りついた砂粒で、ここが戦場だと否応なく気づかされてしまう。『現実』の前では、如何に自分が無力か。歯向かうことが無意味か、教えられる。

 時間を経ると、精神が冷静さの一端を取り戻す。

 だが取り戻せば、之繞を掛けて袋小路に入り混む。

 

(もう、駄目だ。俺は、もう……!)

 

 右手に握っていた剣も、真っ先に手離していた。

 もう、この手に剣など持っていられるものか。

 

「なァ、臆病者。手前ェみてェのは舞台に上がる資格なんざねェンだよ。それは分かってたンだろォ? だから最初、手前ェは逃げ出した。壁の上から遠巻きに眺めることにした。そこまで思考の筋が通っている」

 

 あの英雄から窓一枚越しに話しかけられている。

 蹲るナッドの認識はそうだった。己の荒い息遣いが聴覚の大部分を占拠しているせいなのか、鼓膜が破れた影響なのか、そもそも破れていないのかすら定かではない。定かではないが、遠きに声を聞いた。

 ──なァ、もう一度聞いてもいいかァ。

 

「手前ェは、何でここに出て来たンだァ?」

 

 そのとき涙が絞り出され、眦から縷々と伝う。

 ナッドはそんな沢の流れに沿うように痛みの峠を下りつつ、嗚咽を噛み殺した。ここに来た理由なぞ、そんなこと彼にもわからなかった。戦場(ここ)に、幼女を助け(ここ)に来た理由なぞ、もはや存在しないほうが納得できるのだ。事実、前者は惰性である。実家から逃げるように士官学校に進んで、そのあと流れるまま砦に来た。

 しかし、後者は明らかに違う。遠巻きに見るだけに留めていればよかったものの、突き動かされるように飛び出して、勝算のない土俵に上がり込んでいる。どれだけ考えても、理性的な思考から答えは導けない。

 ゆえに彼は、己を呪い、嘲るしかなかった。

 なんて間抜け。なんて愚か者。すべてが台無しだ。

 

(何も、学んじゃいねぇ)

 

 二十年という人生で一端を掴んだこの世の真理。

 それが『世の中、才能が絶対』ということだ。

 人と人の間には、努力で埋めがたい差が存在する。

 当然の話、どうしても敵わない相手はいるのだ。井の中の蛙は大海を知り、己の領分を知る。ナッドの場合は士官学校。いずれ帝国の雄として名を馳せるであろう、天に愛された怪物たちを前にして知った。彼らを母数に入れて己を評価した際、そのあまりの隔絶ぶりに諦めることを覚えた。覚えざるを得なかった。

 思えば、次期当主の座を奪われたときから──。

 

(だからさぁ、どうやっても敵わねぇ奴がいるのは当たり前で、この英雄(ボガート)もそのうちの一人で、そういう奴とは戦わないことが最善で、もし当たっちまったら『運が悪かった』って、それだけなんだって……)

 

 だからあの幼女は、きっと頭の螺子が飛んでいる。

 もしくは、この絶対的な世の摂理を知らないのだ。

 正気ではないから。人生経験が浅いから──。

 だから、ああも我武者羅に立ち向かえていたのだ。

 

(あんなのに感化されて、馬鹿か俺は)

 

 脳裏に蘇るのは、裏庭に飛び出す直前までの記憶。

 幼女と英雄の鎬の削りあい。文字通り高みの見物を決めていたナッドには、両者の力量差が手に取るようにわかった。片や暴威の化身、片や小細工を弄するばかりの狂人。勝算はないに等しく、虐殺にしかなるまいと多寡を括っていた。事実、途中まで予想通りに戦況は推移した。灼熱の雨を死に体で掻い潜り、一度好機を切り拓くも、無造作に叩き潰されていた。

 遂には巨剣に貫かれて、大地に磔にされたかと思えば、そこから立ち上がり、再び叩き伏せられて──。

 

(馬鹿だ……馬鹿だ、ちくしょう)

 

 巨剣に貫かれたとき、なぜ幼女は立ち上がった?

 あのときボガートは彼女を仕留めた気でいた。あのまま死者の振りをしていれば、あの脅威をやり過ごせたはずだ。わずかでも生に執着を持つのなら、そうするべきだった。そうしないのは馬鹿者だ。社会を賢く渡る術を知らない、蔑視に値する愚か者だ。

 ナッドはそうやって嘲りたい。幼女が暴虎馮河して英雄と矛を交えた無謀を、彼の代わりにその運命を引き受けた偽善を「馬鹿馬鹿しい」「賢くないな」と笑い飛ばしてやりたい。血の滲んだ右手を握り締める。

 噛み合わせた歯に、満身に残る力を込める。

 

(馬鹿だってさあ……そう、思うのにさあ……)

 

 なぜここに来たか。それは問いかけではない。

 ここに来た。それ自体が、彼の答えだった。

 

(あのとき、諦めたくねぇ(・・・・・・)って思っちまったんだ)

 

 瞼を見開き、髪色と同じ瞳で正面を睨みつける。

 そこには偉丈夫、獅子に似た英雄が立っている。

 

「……癪に触る目ェしてンなァ」

 

 ナッドの諦め癖は、昔日の記憶が根源だった。

 初めて挫折を経験した、次期後継者指名の日。

 目前から伸びる道は、茨が乱れる獣道。在りし日の彼は、さほど適性があるとは言えない才能と、精一杯だけが褒めどころの努力を武器に駆け出した。結果的には、父に「資格なし」の烙印を押されてしまい、膝を折り、失意のまま進路を変えざるを得なかった。

 改めて思えば、滑稽な話だ。気づいてしまった。

 なぜ、自分は次期後継者に選ばれなかっただけで膝を折ってしまったのか。

 

(商人が夢なら、別に家を出てもよかった。後ろ盾はなくなるだろうが、ばっさり諦めてしまう理由にはならねぇ。次期後継者が夢でも、足掻けたはずだ。どんな手段でもいい。みんなを認めさせるために、何か行動を起こしてもよかったはずだ。でも、俺があのとき何もせず、全部を諦めてしまったのは……)

 

 きっと商人も跡継ぎも真の望みではなかったのだ。

 答えは簡単だ。なぜ父の背中をよく思い出すのか。

 それは、あの瞬間に深々と心が抉られたからだ。

 

(俺はただあのとき、親父に認められたかったんだ)

 

 父に見切られた衝撃が、胸に響きすぎたのだ。

 だから、あの日ナッドは夢から視線を切った。

 

(それを勘違いして、俺は()を引くようになった)

 

 叶わない夢。適わない道。敵わない相手。

 そんなもの向き合わないことが最善だと思った。

 あの日以降、真面目に打ち込んだ覚えがない。

 身の丈以上に目線を上げることもなくなった。士官学校で遭遇した、決して手の届かない者たちを『特別中の特別』『怪物』と勝手に区分けして、自分とは違う存在なのだと線を引き、心が侵されない領域を作り出した。万事そればかりでは、海の広さどころか、空の青さすらも知ることができない。わかっていた。

 斜に構えて、世の中こんなものだと嘯いて──。

 結局、何者にもなれず、居場所もなくなっていた。

 

(何でもいい。俺のやりたいことを、誰の目線も評価も役回りも気にせず、もしくは気にした上で見返すくらい、俺に……情熱があれば、何か違ったのか?)

 

 ──ずっと俺は、俺を騙してばかりだった。

 今日もまた嘘をついていた。東部魔術房の防衛をせず、重装騎士の亡骸付近に倒れた幼女を担ぎ、人気の少ない裏庭に逃げ込んだ。本当は、そこに詰めていた魔術師たちを助け出したかったにもかかわらず、そこから目を逸らして、ナッドは己の運命を呪い続けた。

 身の丈を越えた願いは浮かんだ端から握り潰す。

 それが二十年で培ってきた彼の生き方だった。

 幼女が横槍を入れたときも、自分に嘘をついた。

 

(ボガート・ラムホルトから俺を助ける理由なんて、何もなかったはずだ。アイツがどれだけ世間知らずでも、疎まれてることに気づいていたはず。でも)

 

 ソルは、当惑するばかりだった彼に言ったのだ。

 ──『肩を並べて戦う仲間の助太刀なのじゃ』。

 息を呑んだ。逡巡した。それでも彼は、見捨てたくなかったにもかかわらず、折角の好機だからと逃げ出した。考えてみれば、ナッドはいつもそうだった。

 ずっと、我が身可愛さで諦めてきた人生だった。

 

(そう、いままで、ずっと……)

 

 背伸びをして、また誰かに失望されないように。

 大きく吹いて、また誰かに影で笑われないように。

 たとえば、分不相応に大きな荷を背負っていると、小石に躓いたり、重量を支える腕が細かったりして、転んでしまうことがある。覚える痛みも有様も、大層派手なものだ。傍目にそれは滑稽で、指差して笑われてしまう。ナッドはそのことをよく知っている。

 どちらの側にも覚えがあるのだ。無知だった少年時代では家で嘲笑を買い、学生時代では無謀な夢を語る者に嘲笑をくれてやった。へらりと笑い、自分の同類と一緒に、各々が負う傷を忘れるための薬に変えた。

 彼が人を笑う理由は、子どもらしい怯えだった。

 

(もう、あの日のように傷つきませんように)

 

 たったそれだけの、小さな祈り。

 自分に対する、自分の失望を厭うた。

 ナッドは別にその考えが間違いとは思わない。

 

(でも、俺はその考えが徹底できていなかったんだ)

 

 自ら引いた線の内側で、結局いつも半端だった。

 なぜ、わざわざ東部魔術房から幼女を運んだ?

 なぜ、運ぶ前に身につけていた(・・・・・・・)火薬を設置した(・・・・・・・)

 帝国軍から渡されていた自爆用のものだ。戦況の天秤が傾き、遂に瀬戸際に立たされた際、窮余の策として諸共を爆破して打開を図る。その任を任されていたのがナッドだった。肌身離さず持つようにと厳命されていた代物だったが、彼は東部魔術房の廊下に点在する枝分かれした通路、その一角に火薬を設置した。

 そして通路を照らす燭台と糸で、細工を仕掛けた。

 東部魔術房内部に侵入せんとすれば、火薬に点火するように──。

 

(中途半端。半端者だ、俺はッ……!)

 

 なぜ、砦から逃げ出さずに壁上で様子を窺った?

 振り絞った声音は、情けないほどに震えていた。

 

「何で……俺がここに出て来たか?」

「あァ。最期に聞いてやらァ」

 

 答えは、偽りきれなかった本心の残滓。

 

「俺が……望んだからだ」

 

 右手で、傍に放り出していた剣を掴み直す。

 もう手放さないように、渾身の力で握る。

 なんて重いのだろう。最初に握った以来の感覚。

 翻って、それが頼もしさだと初めて思えた。

 

「仲間の、助太刀だ」

「そうかァ」

 

 なぜかボガートは、片側の口角をわずかに上げた。

 それは、散り際の華を見るような表情だった。

 

「手前ェは選んだんだなァ」

 

 巨漢は目を伏せて、不意に瞼を閉じた。

 そうして深呼吸すると、再び顔を上げた。

 立ち込める殺気の濃度が増した。剣を握る片腕を水平に広げて、払うような仕草をする。紫光を滾らせた剣が妙色の闇に輝いていた。見上げているだけで、恐怖と同系統を類聚した感情の数々が惹起される。

 眼光に込められる殺気の波に、心が揺らぎかける。

 それでも、ナッドの胸に灯る熱は衰えない。

 認めよう。この熱は、あの命知らずの死闘を見ているうちに灯ったものだ。舞台を区切る線を隔てて、情が動いたものだ。同情とは違う。これは──遠い昔に忘れてきた、憧れという熱ではなかったか。

 轍魚たる弱者の足掻きに手を差し伸べる? 違う。

 ──報われるべき、報われて欲しい、じゃねぇ。

 

(俺がいてもどうにもならねぇ。でも、泥に塗れて砂を食んで血みどろになって、それでも喰らいつく奴を見て……どうしても、隣に立ちたくなった)

 

 それはきっと、飽くなき希求心に満ちていたから。

 恐れを抱く反面、眩さを感じる在り方に思えた。

 

(俺自身に言いたくなった。俺だって、いままで好きで諦め続けてきたわけじゃねぇって。あいつみたいに諦めないこと、できるんだって……証明したくて)

 

 彼は、そうして傍観者の線を踏み越えたのである。

 砕かれ裂けた骨肉の痛みを堪え、勇気を振り絞る。

 ひしゃげた左腕の拳を地面に叩きつけて──。

 勢い込んで、熱のままに猛然と立ち上がる。

 これが反撃の嚆矢となれ。梟盧一擲、勝負に出る。

 

「俺は俺に、もう……嘘はつきたくねぇんだッ!」

 

 押し殺し続けた本音を、渾身の力で張り上げる。

 傷が開くのも構わず、血を撒き散らして叫ぶ。

 

「行きやがれクソ後輩ッ──!」

「……(しか)と、聞き届けたのじゃ。先輩」

 

 

 

 ※※※※※※※※※※

 

 

 

 そうして、誰の耳にも届かない小声で答えた。

 幼女の両目は、待ち望んだ好機を捉えていた。

 ボガートが攻撃の手を止め、背を向けている。

 ナッドの鬼気迫る叫びに、意識を割いたのである。

 千載一遇とはこのことだ。彼女は再び動き始める。

 仰向けの状態から慣性を十全に使い、勢い込んで立ち上がった。視界は闇夜の穹窿なら一転、影が落ちた大地に向けられる。ここには地の底で溺れているような残火が端々に見られ、鬼哭啾々たる雰囲気を醸していた。息と気配を殺しながら、一歩を踏み出す。

 痛みはない。重量感が手足の先まで支配していた。

 そのとき、杞憂と思えぬ幻想に囚われてしまう。

 指先で触れられるだけで、身体が瓦解する──。

 全身が、硝子細工のように砕けるのでは──。

 だが、静かに大地を蹴る。前傾姿勢で突き進む。

 古馴染みの剣を、あらん限りの力で抜き放った。

 

(狙いは当然、脚)

 

 額には、正面の空気を破る感覚が吹き抜けてゆく。

 幼躯は低空を馳せ、視界正面に至近の脚を据える。

 

「……!」

 

 英雄の身体が回り、その獰猛な眼光が宙を奔る。

 こちらの剣撃を察知したのだろう。幾度も味わった機敏な反応。ソルの口許からは歯軋りが洩れる。噛み合った歯の向こう側からは、しかし、笑みが滲んでいるのだった。これぞ憧れ焦がれた英雄ではないか。

 ボガートが身を翻すと同時、彼は魔剣を振るう。

 またしても絶妙な間。剣刃が扇状の弧を描いた軌道は、見事に幼女の首元を斬り落とさんとしていた。見れば見るほど惚れ惚れとする。あたかもナッドに一度でも意識を割いたこと自体が、こちらの攻撃を誘うための餌だった──という考えすら過るほどだ。

 幼女には、すべての動作が緩慢に見えていた。

 さながら周囲の時間が粘着性を帯びたようである。

 

「ぬしの、癖は」

 

 ソルは右脚の側面で地を蹴り、身を左に預ける。

 

「反射的に動くとき、精緻極まる剣筋になること」

 

 ──最短・最善の斬撃。ゆえにこそ読みやすい。

 まさしく間一髪で躱す。半秒前には首があった位置に紫光の線が引かれる。剣筋が白尾を乱す。ソルは一瞥もせずして斬撃を繰り出した。ボガートは魔剣を振り抜いたため、開いた脇に隙が生じているのだ。

 直撃。金属音。手応え。手のひらに痺れが走る。

 斬り上げる一撃は、鮮やかに英雄の右脇を打つ。

 

「【地に、散り、敷き】……」

 

 その瞬間に、吐血混じりの詠唱が耳を掠める。

 ボガートではない。彼の身体越しに聞こえたのだ。

 

「【いまだ大地は誓いに満ち足りない】」

 

 二節の魔術詠唱だった。おそらく土属性のものだ。

 視線を声の主──ナッドに向ける。彼の周囲には幾つかの土塊が浮遊していた。大きさは人の頭部ほどであり、模擬戦時に見た小石とは比べものにならない。

 それら土塊すべてが独りでに、巨躯目掛けて飛ぶ。

 ボガートはこの視界外の奇襲に反応する。顔を歪めながら右脚を機敏に退き、身体を反転させた。左拳を突き出し、迅速に飛来物を片端から砕いてゆく。

 そのときソルは斬り上げた刃を振り下ろしていた。

 

(わしから目を逸らしたな)

 

 だが、白刃は空を切る。

 数瞬前から、大男は青年に向かって疾駆していた。

 

「先輩ッ」

「う、ぉッ……!」

 

 ナッドは顔を歪めて、右方向に身を投げる。

 速やかな退避行動だったが、脅威から逃れるだけの十分な飛距離は得られていない。ボガートが巨剣を薙げば、容易く切り裂かれてしまうだろう。英雄の身からすれば鴻毛より軽い存在だ。しかし、彼は無事に地面を転がることとなり、ボガートはすれ違いざまに目線を流すだけに留まった。見逃されたのだ。

 英雄は数丈先に着地して、こちらを振り返った。

 その眼差しには好戦的な光が混在していなかった。

 ゆえに、先の疾走が強襲や背馳を意味していなかったと知れる。

 

「敬意を表そォ」

 

 いままでの粗暴さとは違う、殊勝な口振りだった。

 

「手前ェらの精一杯を認めてやる。手前ェらは自分から選んだ。舗装された道を拒んで、わざわざ困難に挑むようなヤツを、俺たちは気に入っちまう」

 

 ソルは乾いた喉に唾液を流し込んだ。

 なんと光栄なことか。武を志す者として、敵方に認められることは如何なる勲章にも勝る誉れだった。息を整えつつ、黙して称賛を受け取る。再び刃を構え直して、足の裏を擦るようにして躙り寄る。ナッドの元に到達する頃には、彼も──折れ曲がる左腕に苦慮しながら──立ち上がり、ボガートに向き直っていた。

 幼女と青年は互いに目も合わせず、肩を並べる。

 

「もう温存はしねェ。手前ェらを締め括ってやる」

 

 ──喜劇的な結末が望めないなら、次善を狙う。

 大男は両の眉尻を上げ、巨剣を軽々と肩に乗せた。

 面持ちは引き締まっている。空いた左手で、蓄えた金の口髭を弄る。彼の視線は吟味するようだった。こちらの実力を測りかねて、ではない。あくまで個人的な推察だが、自身の心の整理をつけるために思えた。

 遂に、彼の双眸から葛藤の色が消えたときだった。

 

「安心しろォ。後悔は千載にも残してやらねェ」

 

 巨躯は両脚を発条にして、鉛直方向に跳んだ。

 飛翔距離は力強く伸びてゆく。そうして常人には到底届かない領域に到達する。目測で数十丈。城壁の縁を軽々と飛び越えた高空に収まった。地上からは砂粒ほどの大きさにしか捉えられない。ソルは彼に距離を取られた遺漏を嘆きつつ、思考を回し続ける。

 なぜ、空に昇った英雄は滞空できているのだ。

 

「う、そだろ」

 

 目を瞬く。隣からは呆然とした声が漏れ聞こえる。

 ボガートの背中には、さしずめ光炎翼とも呼ぶべき炎の双翼が広がっているではないか。

 

「手前ェらはァッ! 俺が盛大に葬ってやるよォ!」

 

 瞬間、連想したのは以前受けた炎塊の掃射──。

 だが、記憶のそれを遥かに凌ぐ壮観な眺めである。

 宙空には火焔が(ボガート)と並ぶ。空を真一文字に区切る焔の群れ。確かに見上げているはずが、宵の海原を望むような心地に陥った。一面の搗色を背景にして灯るその光景が漁火に似ていたからだが、そう思えたのも束の間、炎は油を染み込ませた紙を侵すように広がる。

 そう、紙だ。墨を含んだ筆がのたくった紙が燃ゆ。

 ソルとナッドの対峙する景色は正しくそうだった。

 炎が繽紛して、夜空の星が降り注ぐ様を幻視する。

 

「夜に、太陽が……」

 

 ナッドが茫乎とした面持ちで呟いていた。

 ただしソルに動揺はない。即時判断を下していた。

 劇的な前触れもなく、緩慢に足を踏み出した。

 

「先輩、足場を頼むのじゃ」

「……は?」

「出来得る限り、空中に石を出してほしいのじゃ」

「待て待て待て。何の話だ」

「打開策の話じゃ。わしが囮になる。その間に先輩は避難して、文字通りに活路を作ってほしい」

 

 幼女は、惑うような一音を置き去りに駆け出した。

 見据えた先は、夜天高くに打たれた一点である。

 

「は、ぁッ……!? まさか、おい!?」

「先輩ッ!」

 

 膝を屈伸。渾身の跳躍を見せ、宙空に身を投じる。

 

「クソがッ! もう、どうにでもッ!」

 

 悪態の叫びを合図に、宙空には石片が出現する。

 数が、ひとつ、いつつ、とお──段々増える。

 

「なりやがれってんだッ!」

 

 幼女は足元に出現した石片を踏み、更に跳躍。

 そう、彼女はナッドの土属性の魔術に目をつけた。

 すなわち英雄に辿り着くための階段代わり。彼が中空に幾つも石片を出現させられるのであれば、それを足場に追いかけられると考えたのだ。躊躇う暇はなかった。炎塊は穹窿の天井が崩れ落ちてゆくように、空から星が堕ちてゆくように──次々と迫り来る。

 これを疾走しながら迂回する。裏庭の内接円を描く螺旋階段を駆け登るように跳ねてゆく。その辿る道筋の側を、炎纏う隕石が轟音を立てて沈んでゆく。

 息を切らしながら下方を見遣る。文字通りの炎天下で、諸共を灰燼に帰さんとしていた。熱波が荒び、裏庭に吹き降ろす暴風が木立を揺らす。細かな砂粒が嵐となって地を這い回る。青年の姿は見えなかった。

 安堵する。すでに城砦内に避難したのだろう。

 

(わしはわしの為すべきことを。ただ、空を目指す)

 

 さながら飛石伝いに、炎嵐の只中を駆け抜ける。

 髪と裾をはためかせて、身を翻す。身体は浮遊感と熱気を帯びる。炎の叢雲を潜り抜けながら数瞬後に渡るべき石片を探す。脳内で順路を描いては中空を馳せる。生成された途端、自由落下を始める足場はこちらの速度が一瞬でも遅れれば、その役割を果たさない。

 この離れ業の実現には、弛まぬ集中力が必要不可欠であり、延いては著しい精神力の摩耗を余儀なくされる。見誤れば死。ナッドからの足場の提供が途切れても死。彼は魔術師ではない。早目に昇らねば──。

 だが、炎の津波は上空から止めどなく押し寄せる。

 

「ッ……先輩」

 

 先に根を上げたのは、ナッドの体力だった。

 ソルが跳躍したあとに足場が用意されなかった。

 さっと心胆が冷えた。身体は自由落下を始める。

 位置にして城砦の壁を越した付近である。ここから墜落しては只で済むまい。唇を引き締める。ナッドを恨むのは筋違いだ。掌大の小石とは言え、わずか数十秒で数百回行使したのだ。むしろよく保ったと讃えて然るべきだろう。恨むべきは己自身である。

 いまだ目標地点に到達できない力不足を、悔やむ。

 

(まだ、届かぬ)

 

 燃える空が遠くなる。伸ばした手は何も掴めない。

 産まれ落ちて、何度これと同じ光景を見ただろう。

 身の丈を越そうともがく凡人に対する罪科は、無情にも墜落死という形を取らんとする。

 

「掴まりやがれ、後輩ッ──!!」

「ッ!?」

 

 魂の籠った絶叫が、裏庭中に木霊する。

 声が発された方向を振り返る。いましも落下しかかる幼女のすぐ下方、砦壁の上に青年の姿があった。裏庭から移動してきたのだ。おそらく炎火の一斉砲撃から身を守るためだろう。幸い、裏庭は通路や砦内の窓から様子が窺える構造だ。彼は砦壁の上に向かいながら、ソルの足場を用意し続けていたに違いない。

 全力疾走したのだろう。呼吸は荒れに荒れ、膝を折り、左腕を垂れ下ろしている。きっと残存体力は限界なのだ。面相からは生気が枯渇している様が窺える。

 そんな彼が、右手をこちらに突きつけていた。

 鬼気迫る迫力をもって、こちらを睨めつけながら。

 

「これがッ、最後の一発……!」

 

 ソルはその様子から状況を悟り、息を止める。

 果たして、こちらに撃ち出されてきたのは岩塊だ。

 狙いからして仰角は十分。土属性の魔力放出を前にして、幼女は胸で抱き留めるように受け止めた。右手で剣を握りしめたまま、悽愴なまでの執念でしがみつく。ナッドが射出方向を誤り、もしもこの行き先が炎火の只中であれば──否、そんな邪心は切り捨てる。

 鉄の意志で身構える。ここは仲間を信じる場面だ。

 

「行っっけぇぇぇッ──! ソルッ──!」

「おおおおッ──!」

 

 果たして、彼女は炎の雲海を抜けてゆく。

 遂には翔破して、目前に紫紺の夜空を取り戻す。

 視界正面の高天では、ボガートが瞠目していた。

 

「あとは、任せよ」

 

 見据えた目標を前にして、ソルは飛びかかる。

 飛石の推進力の残滓を借りて、空中を泳ぐ。

 

(進む。手を伸ばす。わしの数少ない取り柄じゃ)

 

 生涯、欲しいものが手に入らなかった彼女だ。

 蜃気楼めいた幻影を追って、何度も手を伸ばした。

 

(ずっと続けてきたことじゃ。得意にもなる)

 

 とは言え、肉体面は精神論で捩じ伏せられない。

 現実の両腕は、度重なる波状攻撃で脱臼寸前だ。

 傷口は、数えることが意味を為さぬほど刻まれた。

 視界も意識も朦朧としている。滾るような血潮となって生命が零れ出している。けれども。この刹那だけは手放さない。身を削り、擦り切れさせ、最後に仲間の力添えもあって、ようやく手にできた一瞬だ。

 渾身の剣閃は迷いない軌道を描き、英雄を狙う。

 

「終わりじゃ、ねェぞォォッ──!」

 

 瞬間、視界の先で裂帛の気迫が大輪を咲かせる。

 英雄の乾坤一擲。膨張する筋肉を幻視した。

 色を失った『幾千夜幻想』が白刃を煌めかす。

 この一撃に秘められた威力は如何ほどか。荒ぶ風を強引に捩じ伏せ、大気を引き千切る。もはや城塞すら叩き斬りかねないような想像がよぎる。間違いなく胴体に貰えば、上半身が千切れ飛ぶのだろう。これに真っ向から迎え撃つことは、只人が竜の一息に立ち向かうがごとく無謀な挑戦だろう。ただ、もっとも。

 真剣勝負を避ける気概など、微塵もなかった。

 体内魔力(オド)を放出。命を焼べるように放出、放出。

 限界まで──否、限界を突き抜けるほど解き放つ。

 さながら、憧れと自分を隔てる()を越えるように。

 

(夢は終わらぬ、序章で見果てて堪るものか)

 

 子どもの頃には見えなかった線。

 だが、英雄譚を読むとき必ず目前にあったものだ。

 登場人物と紙面と読者。紙は、憧憬と自分を画する線の具現化だった。勇猛な主人公とちっぽけな自分。広大で色鮮やかな世界と、狭いあばら家。心強い仲間たちに囲まれた彼らと、友達ひとりいない自分。絢爛豪華な活躍と、何ひとつ確約のない未来への展望。

 その線を越えようと思ったのは、いつだったか。

 その世界に入りたいと願ったのは、いつだったか。

 

(憧れた瞬間じゃ。わしが、夢を持った瞬間じゃ)

 

 己が生涯に、焼けるほどの()が灯った瞬間だ──。

 

(わしの夢は、わしの憧れた英雄の誰かになることではなかった(・・・・・・)。『人類最強』アイリーン・デルフォルでも、『原初の英雄譚』エイブロードでも、ラムホルト殿でも、如何なる御伽噺の英雄たちでもない)

 

 いまだ存在しない英雄譚の、英雄になることだ。

 幾千夜幻想。永遠の夕景のなかで思い出した。

 それは、ソルが夢想し続けた英雄像。ふとした日常の間隙に描いては消して、下書きのような荒い線で形作ってきたものである。()は個の戦いに優れ、一匹狼で戦うような英雄(アイリーン)ではない。()は仲間たちに固い信頼を置かれ、彼らを率いて戦う英雄(エイブロード)ではない。

 ()は、誰かを率いるのではなく道程を共にする。

 未熟の身であるからこそ、仲間の力も借り受ける。

 それでも、自分で道を切り拓いていく英雄だ。

 これは彼が己の力を過信できず、統率力も培えなかった凡人ゆえ、惹かれた夢の形だった。

 

(誰でもない。わしの、夢。わしの英雄譚)

 

 遂に、閃く二つの剣が激しく交錯する。

 互いの感情は剣に乗り、ここに雌雄を決する。

 片や、炎蝶を撒きながら振り下ろされる幻想剣。

 片や、薄闇に鋭く光る研ぎ澄まされた無銘の剣。

 想いを一身に乗せた大望と、凡人の不相応な夢。

 接触は一度。決着は刹那。ただ、声だけが残る。

 英雄(ソル)を始めるため、誰かに対する別れの言葉──。

 

「感謝、しよう」

 

 霞むような薄明光線が、二人の姿を包んだ。

 夜明けだった。城壁を越えた位置にまで飛翔していた彼らは、幕を引く瞬間に暁光の一閃を浴びた。それは、さながら舞台照明のようだった。いままで傍観者の立ち位置に甘んじていた者を照らすようだった。

 瞬間、剣同士が吼え合うような音が木霊する。

 朝まだきの空の頂を一点、突くように響く。

 硝子の破片めいた銀色が、二人の間に散った。

 

「……ッ!? 折、れェ」

 

 鋭く奔るは、綻びひとつない細身の剣。

 眩い。切っ先は曙光を宿して、空中に轍をつける。

 まるでそれは、ある凡人の生き様だった。幼き日から筋をひとつ通し続けてきた、その男を体現したような光芒で、未知を象徴する闇を引き裂いた。

 それは果たして、ボガートの首元に続き──。

 

「届け……!」

 

 

 

 1

 

 

 

(避けられねェな、こりゃァ)

 

 迫り来る刃を前に、冷静にすぎる思考が浮かぶ。

 ボガート・ラムホルトはこのとき運命を悟った。

 

(なぜ、こうなった?)

 

 どう転んでも、敗北など有り得ない勝負だった。

 本領を出し惜しみしなければ一蹴できていた。否、最初から殺す腹積もりでいれば、数分と経たずして決着をつけられていたはずだ。いまにボガートの命を刈らんとする幼女の実力も、大したことはなかった。

 『幾千夜幻想』が突破されたことは予想外だった。

 だが、それは敗着に至るだけの理由になり得ない。

 この結末には、ボガート自身に大きな原因がある。

 

(甘かったンだ。結局、俺は終わりが怖かった)

 

 可能な限り、人の命を奪うことを避けていた。

 最期の一撃は『幾千夜幻想』で斬りつけ、その人間の結末を幸せに書き換える。無情な現実世界から離れた、夢の世界で報われさせる。その対象は敵味方問わなかった。対峙した者をすべて救わないと気が済まなかった。何たる傲慢、何たる独善的な施しだ。

 共犯者(ウェルストヴェイル)は「赦されないことだ」とも言っていた。

 それでも、誰かのおしまい(・・・・)は見たくなかった。

 

(爺さん、ガルディ大尉……俺は、臆病者だァ)

 

 ──どこにも行けやしねェ。何も、背負えねェ。

 あの二人に比べて、覚悟が足りなかった。

 足元の線を越えるだけの覚悟が、熱が、なかった。

 

(あの、腰抜けみてェに飛び出せなかった)

 

 否、ボガートに熱が湧かなかったわけではない。

 熱が灯るたび、何度も自ら冷まし続けてきたのだ。

 

物語の登場人物(ガルディ大尉や爺さん)(俺とウェル)(ストヴェイル)、なんつゥ括り方は間違ってた。分かっちゃいたんだ。俺だって俺の人生の登場人物だって。クソが。俺も線を越えられた……選べたんだって。選べなかったわけじゃねェって)

 

 いつからか俯瞰して世界を見ていた。

 自他を線で区切り、剥き出しの心を守っていた。

 臆病者。誰かを救うなんて大それた行為、そんな人間には元より果たせるはずなかったのだ。

 

(馬鹿だなァ。俺にはもう何も残っちゃいねェ)

 

 もはや恩師はいない。仲間も共犯者もいない。

 居場所もない。自分の心を守るため一人になった荒野で、白線を前に蹲る。大事なことを履き違えてしまったのだ。傷を負わないために「ひとりにしないで」という本心の願いとは正反対の心構えを取ったのだ。

 そんな、目標を見失った者の末路はひとつだろう。

 

(報い、かァ)

 

 いつか来ると気づいていた、夢の終わりが迫る。

 それが、幕切れを告げる白銀の一閃だった。

 

(畜生がァ。悔しい。悔しいなァ)

 

 果たせなかった夢、心残りを数えればキリがない。

 最も口惜しかったことは、胸に過る爽快感だった。

 生涯に付き纏っていた憂愁が、わずかなりとも払われたのだ。そんな身勝手、赦されないことだった。見返りなんて期待していなかった。誰かに施しを与え、感謝して欲しかったわけではないのだ。当然である。

 それでも、登場人物の一人である幼女から──。

 

(きっとこれは勘違いなんだろうが、クソ、あァ)

 

 最期、舌足らずの感謝が耳を掠めたとき──。

 あのとき確かに、ふっと肩の荷が軽くなったのだ。

 それは、きっと対価が得られたからではない。

 ただ、登場人物からの反応が嬉しかったのだ。

 自分の行為が独りよがりではあっても、一人きりではないという証に思えたのである。

 

(救えねェ。俺が勝手に救われた気になるなんざァ)

 

 ──ウェルストヴェイルと違って半端者だァ俺は。

 最期、ボガート・ラムホルトはそっと目を瞑った。

 

(アイツ、余計な世話焼きやがって)

 

 その瞼の裏には、なぜかどこかの路地裏が映った。

 鼻腔には、うらぶれ、湿気の籠った懐かしい匂い。

 足裏には硬い感触。履き潰した靴だと、石畳の凹凸が手に取るように感じられるのだ。知っている。生まれ育った街の地面だった。溝鼠が立ち並ぶ建物と物陰との合間を走っている。ふと声が聞こえた気がして、雨上がりの香りと仄かな腐臭を振り払い、前を向く。

 薄暗い路地の先には、見知った老爺が立っていた。

 その背後からは、街の表通りの光が差している。

 目を凝らせば、そこに騎士団の面々と、恩師が彼を待っているように見えた。

 

(こんな……こんな)

 

 ──俺を共犯者と言いつつ、結局オマエは。

 怒気はみるみる萎み、ただ不甲斐なさが募った。

 自分は途中退場なのだ。慚愧の念は堪えない。

 しかし、彼にできることはひとつしかなかった。

 

(こんな体たらくのままじゃ、顔向けできねェ)

 

 ──だからせめて、筋を通させてもらおう。

 ボガートは狭い蒼天を見上げて、拍手を送る。

 劣勢を引っ繰り返した二人の勝者に、敬意を表す。

 幼女と青年。ソルと……と、名前を当て嵌めようとした際、片割れの青年の名前を聞かなかったことを後悔する。舌打ちを堪え、意を決して右足を前に出す。

 すると、足裏で新たな地面の感触を捉えた。

 下方を見遣る。線からはみ出した足が、見える。

 

(そうか。こんなモンだったのか)

 

 ──なら、俺は急いで行かなくちゃいけねェ。

 ボガート・ラムホルトは息を弾ませ、走り出す。

 この暗影の先で、見送ってきた登場人物(みんな)登場人物(ボガート)が追いつくのを待っているのだ。

 

(俺もようやく、一歩、踏み出せたみてェだよ)

 

 それが、現世で記録できる最期の記憶だった。

 褪せた頁が捲られ、そして表紙を閉じた音がした。

 

 

 

 ※※※※※※※※※※

 

 

 

 こうして夜明けの空に、ひとつの幕が降りた。

 巨剣の破片は舞い、黎明の光を照り返していた。

 ソルは空に拭き残された紫紺の闇に抱かれながら、その輝きを視界の端に収める。

 

「わしの、かち……じゃ、な……」

 

 その直後だった。遂に、重力は幼女を捕らえる。

 糸繰り人形の糸が切れたように、落ちてゆく。

 恐怖はない。感覚も遠い。現実味は失われていた。

 いまのいままで、無理に無理を重ねた結果だった。

 未来に押しつけた負債は膨らみ続け、ここに至る。

 身体を巡る魔力は残りわずか。喉奥は出入りする空気で踏み荒らされて乾ききり、肺は膨らむたびに軋みを上げ、出血も多量、骨もひび入り、頼みの綱だった精神力も底を尽いた。もはや抵抗はできなかった。

 眠気に犯された意識とともに下へ、下へ──。

 

「ソル! おいって馬鹿……! クソッ」

 

 悲喜交々が籠もった誰かの声も、遠きに響く。

 名指しされても、まるで他人事のようであった。

 

「届け、ぇ! お前に、お前にさ、俺、言わなくちゃいけないことがッ……!」

 

 ──心配御無用じゃナッド、まだ死なぬ。

 その意を、口端に含ませるのが限界だった。

 礼を告げたかったが、どうにも舌すら動かせず。

 

(余韻に浸る間も許されんとは、なあ……どうにも、かの英雄譚のように格好よくとは、いかんものじゃなあ……ただ、ああ、そうじゃなあ)

 

 枯葉のような述懐を、心の水面に浮かべる。

 言葉を舌に乗せる代わりに、湧き上がる気持ちをその枯葉に乗せる。達成感、疲労感、ボガートに対する賞賛、幾千夜幻想に対する感謝、ナッドに対する感謝と、大小様々、種別も異なる想いを詰め込んだ。

 荷物の頂には、最も小さく、最も強い感情を一つ。

 

(楽しかった、のう)

 

 凝縮した一粒の喜色を最後に乗せると、指を離す。

 意識を乗せた一葉は、闇の向こうに消えてゆく。

 眠るように安らかに、ソルは瞼を閉じた──。

 

 


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