日向の拳   作:フカヒレ

7 / 14
パンティに興奮して飲み屋行ってラーメン食って帰る話。




第七話

「駄目です、許しません」

 

 お兄さんは絶対にそんなこと許しませんよ。

 ネジは居間の上座に陣取り、訪れた客に向かって腕を組んだまま全面拒否の姿勢を示した。

 

「というか、なんで俺の所に来るんだ」

「日向宗家を尋ねたら、ヒナタの保護者は貴方だと追い返されてしまって……」

 

 困惑した様子で目を伏せるのは木ノ葉の上忍、夕日紅である。

 いつの間にかアカデミーを卒業していたヒナタは、その流れで小隊へと配属される運びとなっていたらしい。

 

「それでネジ、ヒナタが忍になることを認めて欲しいのだけれど」

「駄目だ」

「ネジ兄さん……」

「駄目ったら駄目」

 

 忍者の世界というのは、ヒナタがハナビに読み聞かせていた絵本みたいな甘っちょろい世界ではないのだ。

 血で血を洗う、生き馬の目を抜くような世界。そんな所に天使を連れていくなんて言語道断。

 

「あの、ネジ」

「なんだ、紅先生」

「ヒナタはアカデミーでもトップクラスの成績をおさめているわ」

「そんなことは知っている」

 

 当然だがヒナタの成績は把握済みだ。とても優秀なことも理解している。

 ハナビと一緒にアカデミーの成績表を眺めながらヒナタを褒め殺しにするのは半期に一度の楽しみである。

 

「だがアカデミーの成績と忍者としての適性はまた別の話だろう」

 

 ヒナタは優しすぎる。それはヒナタの長所であり、最大の弱点でもある。

 過酷な忍の世界では、その優しさが命取りになることだってある。万が一の事を考えた時など、ネジは発狂してしまいそうな心地になる。

 

「お願いネジ兄さん、私も自分に出来ることをしたいの」

「そうは言うがな……」

「お金、困ってるんだよね」

「うっ……」

 

 痛い所を突いてくる。

 

「このままだと叔父さんの遺産に手をつけないといけない……そうだよね?」

「ううっ!」

 

 ネジ家のエンゲル係数はヒナタとハナビのツインエンジェルシステムによって、昇り竜の如くフライハイし始めている。

 今まではネジの下忍としての稼ぎでギリギリもたせていたが、先月に入った辺りからはついに赤字を計上してしまっていた。育ち盛り二人を養うのは中々に大変なのだ。

 

「ネジ兄さんは私のことを助けてくれた。今度は私が助けたい!」

 

 懇願するように上目遣いでヒナタがネジの手を握る。いつものネジだったら一発で落ちていただろう。

 しかし今日は最初から鎮静のための秘孔を突いてある。いくらヒナタが尊くとも、それによる動揺はないと思っていただこう。

 というか真面目ぶって話をしているものの、話の焦点は食費だ。全くもって締まらない。

 

「ネジ兄さん」

「だめだぞ。今回ばかりは退かない」

 

 不退転の意思を感じ取ったのか、むぅ、とヒナタが頬を膨らませた。可愛い。

 しかしその可愛さとは裏腹に、今日の彼女は天使ならぬ悪魔であったらしい。

 

「……叔父様の写真」

「それがどうかしたのか?」

「写真が飾ってある棚」

「……ちょっと何を言っているのか」

「一番上の引き出しの奥」

「なぜ知っているっ!?」

 

 ネジは堪らず絶叫した。

 あそこは聖典たるヒナタ様非公式写真集の安置された、何人たりとも侵すことのできぬ聖域のはず。

 ハッとヒナタを見れば、白眼を発動しているご様子。まさか見たのか、見ているのかアレを。

 

「それでね、ネジ兄さん」

「な、なにかなヒナタ」

「明日って燃えるゴミの日だったよね」

 

 土下座の体勢に移行するまで、コンマ一秒もかからなかった。弱い男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 事の次第を説明すると、テンテンは呆れたとばかりに溜息を吐いた。

 

「それで遅くなったわけね」

「ああ」

 

 演習場の奥では今日も元気にリーが逆立ちしながら走り回っていた。通常運行である。

 あいつくらいのレベルになると、世の中の全てが輝いて見えるのかなと真剣に考えてしまうくらいには気が滅入っていた。

 

「ホント、ヒナタには弱いよねネジって」

「当たり前だろう、だってヒナタなんだぞ?」

「ごめんねネジ、私にはちょっと言ってる意味がわかんないや」

 

 わからないのは信仰が足りないからだ。

 天使を信じろ。さすれば道は開かれん。

 

「ところでネジ、他にはないのよね?」

「他?」

「その写真集以外にやらかしてないかって事」

 

 やらかすとはなんて言い草だ。あれは天使の歴史を編纂するという立派な聖業だというのに。

 とはいえ他にああいった代物を作った記憶はない。やり過ぎると今回のように露見した時が怖い。

 

「いや、特にないな……むしろテンテンは何があると思ったんだ?」

「そりゃあ、その……男の子なんだから興味あるんじゃないの?」

「だから何のことだ」

「女の子のぱ、ぱんてぃ……とか?」

 

 ぱんてぃ。ヒナタ様の聖骸布。

 一緒に生活しているのだから、目にしたことがないと言えば嘘になる。けれども可能な限り意識から排除してきた。意識してしまえば日常生活がマトモに送れなくなることは容易に想像できたからだ。

 だがここにきてネジは意識した。意識して、しまった。そしてそれは脳内で革命を引き起こす。

 

「んんッ!」

「ちょっとネジ!? 大丈夫!?」

 

 ビクビクと全身を痙攣させたネジの肩をテンテンが必死に揺り動かす。

 そのおかげで一瞬だが意識がこちら側に戻り、秘孔を突くことでネジはなんとか現世に帰還することが出来た。

 

「あ、危なかった……想像しただけだというのに、もう少しで召される所だった」

「そ、想像しちゃったんだ……」

 

 テンテンがゴミを見るような目で一歩距離を取った。

 仕方がないだろう。だって男の子なんだもん。乙女のパンティなんていうただでさえ魅惑的な代物に天使ヒナタという革命的な要素が加わる。これを最強と言わずしてなんと言うのか。

 無地、水玉、ストライプ、花柄。色々ありますヒナタパンティの種類。でも実はヒナタ様がアダルティでブラックに勝負するやつを隠し持っているのは公然の秘密。気付かれていないと思っている辺りが実にいじらしい。

 やはり日向(ヒナタ)は木ノ葉にて最強だなと思う所存であるのだが、それはさておき話を戻そう。ヒナタが忍者になる、という話だ。

 

「それで結局ヒナタも忍者になるの?」

「非常に遺憾なことだが、そうなる」

 

 とはいえ無条件で忍者にはさせられないため、凡そ一年振りとなる火影邸突撃を敢行し、ちょっとした条件を火影直々につけさせておいた。

 三代目火影であるヒルゼン殿は交渉が終わるとめっきり老け込んだ様子だったが大丈夫だろうか。彼にはもう少し頑張って貰わなければならない。

 

「ヒナタが私の後輩かぁ、なんだか感慨深いなぁ」

 

 ニシシ、とテンテンが白い歯を見せて笑う。

 

「でもさ、そこまで心配する必要なんてあるの? あの娘めちゃくちゃ強いじゃん」

 

 確かにテンテンの言う通りヒナタは強い。ネジがその手で日向神拳を教え込んだのだから当然だ。

 白眼は経絡系どころか点穴を見切るレベルにまで磨き上げてあるし、ネジが開発した秘孔という概念についても造詣が深く、指先一つで大の男を爆散させるくらいは簡単にやってのけるだろう。

 

「それとッ、これとはッ、話がッ、別なんだッ!」

 

 演習用の丸太へ八つ当たりとばかりに手刀を叩きつける。丸太はいとも簡単に切断された。綺麗な賽の目切りである。

 忍者という人種がテンテンやリーのような善人ばかりならばいいのだが、この業界は昨日の友は今日の敵を地で行くような裏切りの蔓延る世界だ。

 あの純真な天使がいつか騙されて酷い目に逢うのではないかと今から不安で仕方がない。

 

「大丈夫だと思うけどなぁ」

「その自信はどこから来るんだ花さか天使」

 

 うーん、と桜色の唇に指を当てたテンテンが笑った。

 

「女の勘、かな?」

 

 

 

 

 

 

「はぁ……大丈夫なんだろうか……」

「大丈夫ですよネジ、ヒナタは強い人です」

「実力的なことを言ってるんじゃないんだよ、リー」

 

 第三班の男衆だけで集まり、居酒屋にて乾杯をした。

 ヒナタは小隊の親睦会があるらしい。焼肉Qで紅先生の奢りだとかなんとか。紅先生はちょっとした悪夢を見ることになるだろう。食べ放題コースであることを祈っておこう。

 ハナビも今日は遠縁の一族との会食があるとかで来られないと連絡をしてきた。

 そんなわけで珍しく一人になったネジはガイに誘われ、久しぶりの外食である。

 あの家のエンゲル係数で外食など出来ない。そんなことをした日には財布の中身が目も当てられないことになる。一夜で破産だ。

 

「まぁ飲めネジ、飲んで忘れろ」

「……頂きます、ガイ先生」

 

 未成年はダメ絶対だが、どうしても飲みたくなる日というものもある。だからガイ先生のこういう駄目な方向で緩いところが好きだ。

 まずは焼き鳥から。ほんのりと焦げたタレの香りが素晴らしい。口に運べば、弾けるような脂が噛む度に溢れ出してくる。絶品である。

 そしてこのタイミングで、キンキンに冷えたシュワシュワの黄金ジュースをグイっと呷る。完璧なコンビネーション。くぅ、と思わず声が出た。

 

「なぁ、ネジ」

「なにか?」

 

 ガイ先生がお通しの枝豆で熱燗をチビチビとやりながら尋ねてきた。

 

「お前、実は中身だけ俺達と同年代だったりしないか?」

「ははは、そんなわけはない、はず……多分」

 

 実はちょっと自信がない。オッサン化の進行が顕著になり過ぎていて、自分でも正直どうなのかと疑問に思うことがある。

 子供は苦味という味覚に対する反応が大人と比べて強く、こうしてシュワシュワを呷っても普通は美味いとは感じられない。

 仕事上がりのシュワシュワが美味しく感じられるのは二十歳を過ぎてから。ネジと同年代の人間が飲んでも苦味が強調されて美味いと感じられないはずなのだ。

 

「ともかく今日は好きなだけ食って飲め、普段はそうもいかないんだろう?」

「ええ、まぁ」

 

 曖昧に笑っておく。ネジ家の食糧事情が割と切実であることは第三班の共通認識だった。

 最近は本当に霞を食べているんじゃないかというレベルで食が細いネジだったが、それでも食べる楽しみまで忘れたわけではない。

 今日は楽しもう。そう思って対面のリーと乾杯をしようとしたのだが。

 

「あん? らんれすかネジ、僕に文句でもあるんれすか」

「……リー?」

 

 顔が赤い。呂律が回っていない。さてはお前、酔っているな。

 

「ガイ先生、まさか飲ませたのか?」

「……お猪口に一杯だけだぞ?」

 

 つまり飲ませたということか。なるほど、まずい。

 次の瞬間、ネジの視界が木目一色に染まった。テーブルが蹴り上げられたのだ。

 舌打ちを零しつつ圏外へと一足で離脱。油断なく構えを取る。

 

「ガイ先生!」

「う、ううむ……不覚」

「ガイ先生!?」

 

 頼りの綱であるガイは、テーブルの下敷きになっていた。肝心な時に役に立たない大人である。

 

「ウィィ……ひっく……」

「おい、リー」

「にょおおおおおお!」

 

 急に殴りかかってきやがった。酒乱とかそういう次元じゃない。

 次々と繰り出される拳を捌いていく。動きが変則的過ぎて読み切れず、何発か軽いのを貰ってしまった。ひょっとしてコイツ、酔っている時のほうが強いんじゃないか。

 

「緊急事態だ、恨むなよリー!」

 

 秘孔を突いて眠らせてやろう。一発キメれば熊でも朝までぐっすりだ。

 気合と共に拳を放つ。

 

「なにっ!」

 

 しかしリーはネジの拳を胸に当たる寸前で避けると、そこを軸に円の動きで回避。あろうことかカウンターまでしてきた。

 触れるだけではダメだ。チャクラを込めて確実に突かないと秘孔は効果を発揮しない。

 

「チョアアアアア!」

「くっ!」

 

 ここでネジの弱点が露見する。尾獣や須佐能乎に対抗して効果範囲を拡大させた奥義の数々は、こういった閉所においては使い勝手が悪い。

 くるくると無駄に機敏な動きで店内を駆け回るリーをなんとしてでも止めねばならない。しかし奥義どころかチャクラを高めるだけでも店を吹き飛ばしてしまう。

 ただでさえ家計が火の車であるというのに、店の賠償金なんてものが降りかかろうものなら破産だ。流石の日向神拳にも勝てないものはある。

 リーは椅子や机の上を曲芸師のように跳ね回っている。生半可な技では駄目だ。かといって全力でも駄目。どうにか最小限の威力に絞った奥義で奴を止めなければならない。

 

「どうすれば……!」

 

 八方塞、打つ手なしかと諦めかけたその時だった。

 青い影がリーの背後からガシリと組み付いた。

 

「今だネジ、やれ!」

「ガイ先生!」

 

 ガイの全身からは汗が蒸発しながら噴き出している。

 まさか使ったのか、こんなところで八門遁甲を使ったのか。

 ホロリと涙が零れる。ガイが奥義を使った理由があまりにも情けなさ過ぎるし、今から自分も同じことをしなければならないことを悟ってしまったからだ。

 何が悲しくて酔っ払いの鎮圧に奥義を放たなければならないのだ。情けない、あまりにも情けない。

 

「俺に構うな、やれェネジ!」

「……ハァァァァア! 日向有情拳ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭った……」

 

 夜の木ノ葉をとぼとぼと歩く。もう二度とリーと飲み屋には行くまい。ネジはそう心に誓った。

 店が半壊してしまったので飲み会はお開きになった。一人だけ幸せそうに眠っているリーは、ガイが責任をもって送っていくそうだ。

 結局、飯は食いそびれてしまった。中途半端に腹を満たしたせいか、ネジにしては珍しく少しだけ何か摘まみたい気分だ。

 どこか手頃な店はないかと辺りを探ると、ラーメン屋が目についた。暖簾には一楽と書かれている。なるほどアレが有名な一楽なのか。こんな所にあったとは知らなかった。

 

「らっしゃい!」

 

 暖簾をくぐると気風の良さそうな店主に迎えられる。むわっと豚骨スープの匂いがした。いかにもラーメン屋という感じだ。

 客は他に居ないようだったので、一番左端の席に座る。

 

「注文は?」

「ニクマシマシアブラカラメオオメで」

「なんでい、その呪文は」

 

 なるほど呪文は通じないようだ。諦めて普通に注文をすることにした。

 

「味噌チャーシューを。油多めで味濃いめだと嬉しい」

「最初っからそう言えばいいんだよ」

 

 コップを取って水を注ぐと一息に飲み干す。思っているより喉が渇いていたらしい。

 一息ついたので改めてメニューを眺める。味噌以外にも醤油があるようだ。次があれば醤油にしよう。今はとにかく味噌の気分だった。

 

「味噌チャーシューお待ち!」

 

 匂いからして予想通り豚骨ベース。いわゆる豚骨味噌というやつだろう。中々に珍しい。

 スープを一口すする。じっくり丁寧に取られたのであろう臭みなく澄んだ豚骨スープの味と、味噌の濃厚な風味が調和している。

 麺はコシのある中太ストレート。一般的に縮れのほうがスープの絡みが良いと思われがちだが、実は絡みはストレートのほうがいい。

 勢いよくすすれば、豚骨に負けない小麦の香りが鼻にまで昇ってくる。挽きたての良い小麦を使っている証拠だ。

 

「……ふむ」

 

 良い仕事をしている。となれば次はトッピングに目を向けるべきだろう。

 味噌チャーシューと言うだけあって、大判のチャーシューが丼一面に並べられている。眺めているだけでも満足感がある。

 

「……ほぅ」

 

 少し固めのチャーシューは、噛めば噛むほど味が出る。肉の旨みと脂の旨みが黄金比率で口の中に広がる。

 口の中でとろける柔らかなチャーシューもいいが、こういう食べ応えのあるチャーシューもいいものだ。

 香ばしい匂いは一度オーブンで焼き上げているためだろう。そうすることによって肉汁を閉じ込めることができる。

 店主の見た目からしてもっと豪快な味を想像していたが、なかなかに侮れない。隅々まで行き届いた丁寧な仕事ぶりだ。

 

「ずずっ……はふっ……ずずっ……」

 

 スープ、麺、チャーシュー。スープ、麺、チャーシュー。一心不乱に食べ進める。気付けば丼は空になっていた。

 傾けていた丼を置いて、ゆっくりと息を吐く。お腹いっぱいである。

 

「店主、お代はここに置いておくぞ」

「あいよ」

 

 たまには外食もいいものだ。これからはヒナタも出先で済ませることが増えるだろうし、また来よう。

 暖簾をくぐって外に出る。すれ違いざまにオレンジの影が見えたような気がした。

 

 

 

 




このSSの方向性がわからない。

流石にグルメ方向で続ける気はないので、次回で中忍試験まで飛ばせたらいいなと思ってます。
ただ書くのが少し遅れているので、連日投稿は無理かもしれません。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。