日向の拳   作:フカヒレ

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日刊ランキングってもっとゆっくり上下するのかと思いきや、出たり消えたりを繰り返していて意外と激しく変動する代物だったのだなと。
ともかく、皆さまに感謝する次第であります。

原作まで一気に飛ばしてもいいかなとも思いましたが、大根の話を少々。


第六話

 大根だ。大根の山がある。

 太く、逞しく、白く輝く瑞々しい大根が山のように積まれている。

 

「ハァーハッハ! いくぞリーよ、競争だ!」

「はい、ガイ先生!」

 

 あれから数ヵ月。リーは早々にガイ先生に毒されて変わってしまった。もう昔の彼は居ない。ネジには純真な彼を守れなかった。

 お揃いである緑のぴっちりタイツを着たリーは、凄まじい速度で大根を畑から引っこ抜いている。笑顔が無駄に眩しい。元気そうで何よりだ。

 

「ネジは混ざらなくてもいいの?」

「アレに混ざれとかお前は鬼かテンテン」

 

 残された常識人二人は熱血師弟を遠巻きに眺めながら、のんびりと農作業に勤しんでいた。正直に言ってあのテンションにはついていけない。

 額に滲んだ汗をタオルで拭ったテンテンが、顔を顰めながらトントンと腰を叩く。

 汗を流す美少女というのは美しいものだ。汗は青春の証であるが、美少女が流すそれはより一層素晴らしい。いっそ煌びやかにも見える。

 

「いたた……腰が痛くなってきちゃった」

「腰の力だけで抜こうとするからそうなるんだ」

「どういうこと?」

 

 手本とばかりにネジは実演してみせることにした。

 植えられている大根を跨ぎ、腰を曲げるのではなくしゃがみ込むと、全身の力を使って一気に大根を引っこ抜く。

 

「骨法やら合気道の技術なんだけどな、こうすると腰にあまり負担がかからない」

「へぇ……あっ、ホントだ」

 

 大根を抜きながらテンテンが感心したように頷いている。太くて逞しいのを美少女が抜く。なるほどそういうことらしい。ネジはまた一つ悟りを開いた。

 

「つまりこれは体の使い方を覚える修行ってこと?」

「……あいつらを見てそう思えるなら、そう思っているといい」

 

 ネジは白けた様子で、未だ暴走を続ける熱血師弟に向けて顎をしゃくった。

 

「見ろリー! この立派な大根を! 大地の恵みだ!」

「素晴らしいですガイ先生!」

「いいかリーよ! お前もこのように太く逞しく成長するのだ!」

「はい、ガイ先生!」

 

 あいつらは何も考えていない。本能だけで生きている類の連中だ。深く考えると理性が青春に侵食されて破壊される。そのことをネジはこの数か月間の忍者生活から学んでいた。

 

「いい加減に夢を見るのはやめたらどうだテンテン。これはただの農作業だぞ」

「わかってるんだけどさぁ……こう、忍者に対する憧れみたいなのがさぁ」

 

 忍者といえば木ノ葉においては花形職業だ。テンテンの言うところの憧れについてはわからなくもない。

 ハナビもそうだが、忍者という職業に憧れを抱いている人間は多い。木ノ葉ではまるで正義のヒーローのような扱いだ。

 実際の所はこういう地味な作業や、派手でも血生臭い仕事が多いのだが、そういったネガティブな面がピックアップされ辛いのは木ノ葉によるプロパガンダの一種なのだろうか。

 

「それにしてもネジって、こういう妙なことに詳しいよね」

「昔取った杵柄というやつだな」

「……日向って農家の真似事もしてるの?」

「企業秘密だ」

 

 実際の所、この無駄知識がどこから来ているのかはネジも良く知らなかったりする。

 特に害はなさそうであるし、良くわからないなりに利用するだけ利用させてもらおうと最近は開き直っていた。

 

「ところでテンテン、大根掘り用の忍具があったりはしないか?」

「そんなものあるわけないじゃん……」

「だよなぁ」

 

 二人して溜息を吐く。人生ままならないことだらけだ。

 

「とにかくテンテン、さっさと収穫を終わらせよう」

「はぁーい」

 

 テンテンは気の抜けた返事をしながら作業へと戻る。そうだ、手を動かせ。そうしないと何時まで経っても任務が終わらない。

 

「うおおおおおお! 二本抜きですガイ先生!」

「なんのおおおお! こっちは三本抜きだリー!」

 

 何を競っているのだろうか。そもそも農業って競うような代物だったか。

 あいつらホント元気だよなぁ、とテンテンと一緒に遠い目で見つめる。大切な仲間なのに、あれの仲間だとは思われたくない。二律背反、哲学である。

 

「ほんと、リーもよくやるわよね」

「あれはもう、一種の才能だな」

「才能かぁ……」

 

 テンテンがしみじみと呟く。なにか思うところでもあったのだろうか。

 

「いやさ、どうしてリーがあんなに頑張れるのか、私わかんなくって」

「というと?」

「こう言っちゃ悪いけど、リーって才能ないじゃない?」

「ああ、そういうことか」

 

 報われない努力を続ける。それは確かに辛く苦しいことだ。

 持つか持たないか。持つ立場であるテンテンからすれば、きっと理解できないことなのだろう。

 けれどそれによって得られるものは確かにあるのだ。特にリーにとってそれは得難いものとなるはずだ。

 

「才能ならあるさ」

「え?」

「リーには才能があると言っているんだ」

 

 剛拳の習得には必要なものがある。それは極限までに鍛え上げられた肉体。筋肉の鎧による武装と言い換えてもいい。

 鍛えるだけなら誰にだって出来る。だがそれをリーやガイのような濃密さで、さらに継続的に行えるともなると、それはもう才能と言えるのではないだろうか。

 目標のために努力できる人間こそが真の天才なのだ。そんなことをどこか遠い場所で聞きかじったような気がする。

 

「その点から言えばガイ先生はリーにとって理想の師だな。あれほど相性の良い子弟というのも珍しい」

「なるほどねぇ……」

 

 思考レベルが同じなこともあり、気が合うのだろう。しかしその弊害で、思考の次元を隔てたこちら側には何を言っているのかサッパリ理解出来ないことも多い。

 あいつらはもう別種の生物と見たほうが精神衛生上よろしい。理解しようとするから脳内で齟齬が起こり、拒否反応に苦しむ羽目になるのだ。

 悟りを開いたかのような心地でそんなことをテンテンと話していると、ガイとリーの叫び声が聞こえた。

 

「二人とも、後ろだ!」

「ネジ! テンテン! 危ない!」

「うん?」

 

 声に従って振り向いてみれば、こちらに猛進する猪の姿があった。

 かなり大きい。通常の猪の三倍はあるだろう。全身には傷跡があり、まさに古強者の風格を漂わせている。

 常人なら恐怖するのだろうが、肉にしたら何人前だろうかとネジは呑気にそんなことを考えていた。

 

「ちょっ、ネジ! い、猪が!」

 

 ガシリとテンテンがネジにしがみ付く。これでは碌に回避行動も取れない。

 やれやれと首を振りつつ、無言で拳を構えた。

 小さく息を吐き、精神を集中させる。

 そしてネジが拳を振り抜いた瞬間、猪は突進の勢いはそのままに、ネジ達の真横を転がって行った。

 

「おいテンテン、離れろ」

「ふぇっ?」

「もう終わった」

「ふぇぇっ!?」

 

 人間の言葉を話せなくなっているテンテン。仮にも忍者がコレで大丈夫なのだろうか。

 慌ててやって来たガイが心配そうに尋ねた。

 

「大丈夫だったかネジ、テンテン」

「問題ない。あんなものはただの獣、平常心で事に当たればどうということはない」

 

 ぐでん、と畑の柔らかい土の上に寝そべる猪をネジが親指で指した。

 秘孔を突かれて全身が麻痺しているためか、前足だけがピクピクと痙攣している。そのくせ意識はあるため目からは猛獣の殺気を滾らせており、あまりお近づきにはなりたくない。

 ちなみにだが、コイツこそが、ただの大根の収穫を忍者の任務にまで引き上げた元凶である。収穫の時期になると山から下りてきて、畑や農作物を荒らしまわるのだそうだ。

 

「こんなの相手に平然としてられるのはネジだけだってば!」

「そうは言うがテンテン。お前の憧れる花形の忍者になれば、アレよりも強い相手と戦うことになるんだぞ?」

 

 この程度でビビッていては、忍者なんてやっていられない。

 忍者に必要なのは平常心だ。この世界の忍者は月が落ちてきても平然としていなければならないのだ。

 それらしいことを適当につらつらと述べていると、リーがキラキラと尊敬の眼差しでこちらを見ていた。

 

「流石ですネジ! 常に平常心を忘れないその姿勢、尊敬します!」

「いや……うん、そうだな」

 

 逆にお前は常にその調子だろうな。

 やっぱりリーのコレは一種の才能だと改めて感心するネジであったとさ。

 

 

 

 

 

 

「だから今日はこんなに大根が……」

「そういうことだ、ヒナタ」

 

 元凶である猪を捕獲したお礼にと、台車に溢れんばかりの大根を追加報酬として頂いたのだが、他の連中はそんなに要らないとのことだったのでネジが纏めて引き取った。

 そんなわけでネジ宅の晩御飯は大根尽くしである。大根の煮物に大根ステーキ。ついでに大根の葉のお浸し。

 食費が家計を凄まじい勢いで圧迫しているネジ家において、これほど助かる追加報酬はなかった。現物支給万歳。

 かなり消費したつもりだったが、家の裏にはまだかなりの大根が残っている。食べきれない分は漬物にすることにした。

 

「あ、この煮物おいしー!」

「こらハナビ、いただきますしなきゃダメでしょう?」

「いただきまーす」

「もうっ!」

 

 ヒナタからそんな注意を受けつつ、ハナビが早速とばかりにパクパクと煮物を口に放っていく。山のように作ったはずなのに既に皿の底が見え始めている辺りが恐ろしい。

 台所から鍋を持ってくると、追加の大根を皿へと移しておいた。おいたのだが速攻で消えていった。解せぬ。

 

「どうしたのネジ兄様? 私が全部食べちゃうよ」

「ああ、それはいけないな」

 

 あれからというもの、ハナビは毎日のようにネジ宅に居座っている。そしてこうやって飯をたかって帰っていく。日向宗家の飯はそんなに不味いのだろうか。

 ハナビに全て食われる前に少しでも腹を満たしておこうと、ネジも大根の煮物へ箸を伸ばした。

 醤油と砂糖、そして味醂で甘辛く煮た大根。芯まで染みた鰹と昆布の合わせ出汁が噛む度にじゅわり、と溢れ出してくる。熱燗が欲しくなる味だ。

 

「ダメですよ、ネジ兄さん」

「いや、まだ何も言って……」

「ダメ、ですよ?」

「はい……でもちょっとだけ……」

「ダメ」

 

 ネジは項垂れるしかなかった。酒の楽しみは数年後までお預けらしい。ヒナタ様のお言葉は絶対だ。逆らえない。

 煮物を一山ほど片付けたハナビが尋ねてきた。

 

「それでその猪はどうしたの?」

「ああ、アイツか……山に帰されることになった」

 

 倒したネジとしては猪肉に加工して貰ったほうが嬉しかったのだが、どうにも奴は一帯の山の主であるらしく、下手に駆除してしまうと生態系が崩れてしまうらしい。

 畑を荒らすことを覚えてしまった猪が更生出来るとは思えないし、いっそ駆除したほうが後々のためになると思うのだが。下っ端忍者としては依頼人の意向に従うだけだ。

 脚を縛られて山へと運ばれていく猪をネジは物欲しそうに眺めていることしか出来なかった。

 純粋に興味があったのかハナビが尋ねてきた。

 

「猪って美味しいの?」

「味噌で煮込むと中々に美味いが……癖が強いからな」

 

 いわゆる牡丹鍋というやつである。都会では専門店くらいでしか見ないが、田舎のほうに行くと近所のオジサンがおすそ分けに持ってきたりする。

 野生特有の獣味とでも言うのだろうか。好きな人はたまらなく好きなのだろうが、苦手な人も居る。そんな味だ。

 ちなみにネジは猪肉よりも鹿肉のほうが好きだ。燻製にすると任務中の保存食にもなるし、何よりビールによく合う。

 

「ふーん、そうなんだ」

「なんだ、食ってみたいのかハナビ」

 

 なんなら山ごと狩りつくして献上する所存である。

 猪は木ノ葉においても害獣。今回の主みたいな大物はともかく、その辺に生息しているのを少し狩猟しても咎められることはない。

 天使に召し上がられる。略して天に召される。きっと食材も本望であることだろう。

 というか家計が困窮している現状、山での狩りも食料確保の手段として本気で一考するべきなのかもしれない。

 猪やら鹿やらを丸々狩ってこれば、多少は家計の助けになるだろう。所詮は焼け石に水だろうが、やらないよりはマシだ。

 

「うーん……豚さん美味しいから、いいや」

「そうか……そうだな、豚さん美味しいもんな」

 

 大根を煮るついでに作った豚の角煮をおかずに、ハナビが白米を飲み込んでいる。おかしい、白米は飲み物だっただろうか。

 オマケである角煮だが、これまた良く出来たと自賛する。箸で切れるほどに柔らかく煮込まれた角煮は絶品だ。煮汁を煮詰めて、〆のラーメンにするのもいい。

 煮物、角煮ときて、お浸しを口に運ぶ。これはヒナタ作だ。最近はかなり料理の腕も上がってきた。これなら台所を任せられる日も近い。

 

「ネジ兄さん、ご飯のおかわりはいかがですか?」

「ああ、貰おう……少しでいいからな、いいか少しだぞ」

 

 念を押しつつヒナタに椀を渡す。

 この姉妹のデフォルトは絵本の昔話に出てくるような文字通りの山盛りだ。ここで普通におかわりを頼むと地獄を見ることになる。

 

「はい、ネジ兄さん」

「ありがとう、ヒナタ」

 

 礼を言いつつ椀を受け取る。少しでいいと言ったのに、それでも一般的に見れば大盛であろう量の白米が椀に盛られていた。

 勘違いして欲しくないのだが、別に日向一族は大食いというわけではない。

 あくまでこの姉妹が特別なのであって、ネジなどは小食な部類に入る。むしろ最近は食の細さが顕著になり、霞を食って生きていけるのではと錯覚するくらいだ。

 大丈夫なのだろうか。もしや姉妹が過剰に摂取したぶんのカロリーを、ネジが不思議なパワーで吸収するシステムにでもなっているのではないか。

 

「姉様、大根のステーキも美味しいよ!」

「そうだね、美味しいね」

 

 今日も日向の天使達は食欲旺盛だった。

 美味しそうに食べる姿は見ていて気持ちがいい。ネジも負けていられないとばかりに、椀に盛られた白米を掻き込む。

 

「あ、ネジ兄さん」

「どうしたヒナタ」

「ご飯つぶ、ついてますよ?」

 

 ヒナタはネジの唇についた米を取り、あろうことかそれを無造作に己の口へと運んだ。

 

「んんッ!」

 

 喉の奥から唸るような変な声が漏れた。これは駄目だ、決壊してしまう。チャクラ鼻栓展開。総員警戒態勢、秘孔刺突準備。これより防戦に入る。

 一連の流れがあまりに自然過ぎて全く反応できなかった。恐ろしい、なんということか。これがヒナタ様の持つ真のヒロイン力だとでもいうのか。

 試されている。ネジは今、他ならぬ天使によって信仰心を試されている。

 意識するな感じるな考えるな。心頭滅却火もまた涼し。俺なら出来るさ頑張れ大丈夫出来る。

 幸いなことにヒナタ様は何も気付いていない。単なるスキンシップ程度にしか思っていないはずだ。はずだったのに。

 

「あー! 私知ってるよそれ! 間接キスってやつだよね!」

「えっ……あっ」

 

 ハナビの無邪気な指摘に、ヒナタの表情が火でも点いたかのように真っ赤に染まる。

 やめろください、そんな潤んだ瞳でこっちを見るのはやめろくださいヒナタ様。

 高まり過ぎた信仰心のせいか、ぐらりと一瞬だが視界が歪んだ。沈めるべく秘孔を突く。少しだけ落ち着いた気がする。

 

「え、えっとネジ兄さん、今のはそういうのじゃなくて!」

「わかっていますヒナタ様」

 

 フッと安心させるように微笑んでみせた。他意はなかった、そういうことでしょう。この日向ネジ、そんなことはわかっていますとも。

 しかし天使は残酷であった。ヒナタは頬を朱に染めながら両手の人差し指をモジモジとさせつつ、ネジに対する止めを放った。

 

「で、でもネジ兄さんにならいいかなって……」

「ん゛ん゛ッ――こふっ」

 

 限界だった。許容量を超えた信仰が口から溢れ出し、真っ赤な花が咲いた。

 一気に血圧が下がり、意識が遠のく。最後に感じたのはハナビの笑い声と、ヒナタの慌てたような悲鳴であった。

 

 

 




飯の話しかしてない。

だいぶ狂信度は下がってきたかなと。


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