ロクでなし魔術講師と死神魔術師   作:またたび猫

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アルザーノ帝国魔術学院テロ事件編
一瞬の平和と忍び寄る闇


――――。

 

――あっと言う間に時間が過ぎた。

グレンの授業は別に、よくいる似非カリスマ

講師の授業――奇抜なキャラクター性や巧みな

話術で生徒達の心をつかむような物でも、やたら

生徒達に迎合し、媚を売るような物でもない。

ただ、教授する知識を真の意味で深く理解して、

それらを理路整然と解説する能力があるゆえに

為せる、本物の授業であった。

 

 

 

「……ま、【ショック・ボルト】の術式と呪文に

関してはこんな所だ。何か質問は?」

 

 

 

グレンは小奇麗な文字や記号、図形でびっしり

と埋まった黒板をチョークで突いた。

 

質問者は誰一人いない。

グレンの存在感に圧倒されていることもあるが、

質問の余地がないというのが本音だった。

 

 

 

 

「今日、俺が話したことが少しでも理解できる

なら、三節を一節に切り詰めた呪文がいかに

綱渡りで危険極まりない物だったか多少は

わかったはずだ。確かに魔力操作のセンスさえ

あれば実践することは難しくない。だが、詠唱事故

による暴発の危険性は最低限理解しておけ。

軽々しく簡単なんて 口にすんな。舐めてると、

いつか事故って死ぬぞ」

 

 

 

そして、グレンはかつてないほどの真剣な表情を

生徒達に向けた。

 

 

 

「最後にここが一番重要なんだが……

説明の通り、魔力の消費効率では一節詠唱は

三節詠唱に絶対勝てん。だから無駄のない

魔術行使と言う観点では三節がやはりベストだ。

だから俺はお前らには三節詠唱を強く薦める。

別に俺が一節詠唱できないから悔しくて

言ってるんじゃないぞ。本当だぞ。

本当だからな?」

 

 

 

(やっぱり、悔しいことは悔しいんだ……)

 

 

 

その瞬間、生徒達の心中は見事に一致した。

 

 

 

「とにかくだ、今のお前らは単に魔術を

使うのが上手いだけの『魔術使い』に過ぎん。

将来、『魔術師』を名乗りたかったら

自分に足らん物はなんなのかよく考えて

おくことだな。まぁ、お薦めはせんよ。

こんな、くっだらねー趣味に人生費やす

くらいなら、他によっぽど有意義な人生が

あるはずだしな……さて」

 

 

 

グレンは懐から懐中時計を取り出し、針を見る。

 

 

「ぐあ、時間過ぎてたのかよ……

やれやれ、超過労働分の給料は申請すれば

もらえるのかねぇ? まぁ、いいや。

今日は終わり。じゃーな」

 

 

ぶつぶつ愚痴をこぼしながらグレンは教室から

退室していく。生徒達はそれを放心したように

見送る。ばたんと扉が閉まった瞬間、それが

まるで合図であったかのように、生徒達は

一斉に板書をノートに 取り始めた。皆、

何かにかこく取り憑かれているかの

ような勢いだった。

 

 

 

「なんてこと……やられたわ」

 

 

 

システィーナが顔を手で覆って

深くため息をついた。

 

 

「まさか、

あいつにこんな授業ができるなんて……」

 

 

「そうだね……私も驚いちゃった」

 

 

 

 隣に座るルミアも目を丸くしていた。

 

 

 

 

「悔しいけど……認めたくないけど……

あいつは人間としては最悪だけど、

魔術講師としては本当に凄い奴だわ……

人間としては最悪だけど」

 

 

 

「あ、あはは、二回も言わなくたって……」

 

 

「それにしてもシスティ、グレン先生にあんなに

カッコ良く決め台詞や決闘までしてたのにね?

『それでも、私は魔術の名門フィーベル家の次期

当主として、貴方のような魔術をおとしめる輩を

看過することはできません!』ってさぁ?

 

 

ノワールはシスティの台詞を真似しながら更に

話しを続ける。

 

 

これもグレン先生の『あの台詞』のおかげかな?

確かシスティに言った授業中に言ってた台詞は…

『愛している。実は一目見たときから俺はお前に

惚れていた』だったよね? 昼間からお二人は

お暑い仲ですなぁ?」

 

 

 

 

 

「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

 

 

 

 

システィーナは昨日グレンが言ってた

 

『……愛している。

実は一目見たときから俺はお前に惚れていた』

 

 

 

という台詞を思い出してしまい教科書を頭に

乗せて猫のようにうずくまっていた。

 

 

 

「システィ、大声出すと他の人にかなり迷惑が

掛かっているし、それにシスティの声がかなり

教室に響いて本当に猫みたいで五月蝿いよ?」

 

 

 

「……誰のせいよ……誰の………それに誰が

『白猫』よ‼︎ 猫、猫って 猫を強調しないで‼︎

私は猫じゃないわよ‼︎勝手に猫扱いしないで‼︎」

 

 

 

「あれ?、おかしいな?僕はシスティに一度も

『白猫』なんて言ってないよ?もしかして……

システィはグレン先生がつけた『白猫』って

名前をかなり気に入ってるの?」

 

 

 

「……あんたね……そろそろお灸を

据えないといけないみたいね?」

 

 

 

システィーナは《ゲイル・ブロウ》の

詠唱を黙々と行っていた。

 

 

 

「え?……それってマジ?」

 

 

 

「私は大真面目よ‼︎」

 

 

システィーナはノワールに向けて

《ゲイル・ブロウ》を放とうとすると察知した

ルミアがシスティを止めに入っていた。

 

 

 

「離してルミア‼︎ そいつを殺れない‼︎」

 

 

 

 

「もう……駄目だよシスティ? 人に魔術を向けたら

危ないよ?それにノワール君?システィをこれ以上

いじめないであげてね?」

 

 

 

「あはは、ごめん、ごめん……だって、システィの

反応があんなにもグレン先生に敵意……いや、

あれはまるで親の仇を見るような目をしていたのに

まるで恋する乙女みたいにいきなりコロッとかなり

変わっちゃったから、それにこの学園の有名人の

『講師泣かせのシスティ』がまさかグレン先生に

猫みたいにあんなに懐くなんて思わなかったよ?

ねぇ、そう思うよねルミア?」

 

 

「なっ⁉︎、ノワール‼︎ 貴方何を言っているの⁉︎

それに私はみんなから言われている

その『講師泣かせのシスティ』は一番……

死ぬほど嫌なんだけど…それに‼︎私とグレン先生

はそんな仲じゃあ……」

 

 

 

「あっ!、それは私も思ってた‼︎でも、

グレン先生とシスティが仲良くなってくれて

良かったよ‼︎」

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと‼︎、ルミアまで⁉︎ 何でそういう

結論なっているのよ‼︎私はあんな奴と仲良くなった

覚えは全く、これっぽっちも、ないんですけど‼︎

もう……何でこうなったのかしら?」

 

 

 

「さぁ、何でだろうね?」

 

 

 

「貴方のせいよ‼︎ 全くもう……でも……

あいつ、なんで突然、真面目に授業する気に

なったのかしら? 昨日はあんなこと言って

いたのに……あれ?」

 

 

 

何気なくルミアに目を向けて、システィーナは

気づいた。

 

 

「ルミア……貴女、どうしてそんなに

嬉しそうなの? なんか笑みがこぼれてるわよ?」

 

 

 

「ふふ、そうかな?」

 

 

 

「そうよ。なんかかつてないほど、

ごきげんじゃない。何かあったの?」

 

 

 

「えへへ、なんでもないよー?」

 

 

 

「嘘よー絶対何かあったってその顔はねぇ、

ノワール、貴方何か知ってる?」

 

 

「さぁ? でも、まぁ良いんじゃない?

ルミアが幸せだったらさぁ?」

 

 

 

「まぁ……それもそうね」

 

 

 

「えへへへ……」

 

 

 

何度聞いてものらりくらりとかわして嬉しそうな

微笑みを崩さない親友にシスティーナは首を

かしげるしかなかった。

 

 

 

「まぁ、あんなやる気の『愚者』を見たら

ルミアも嬉しいだろうな…」 【小声】

 

 

 

実はノワールは本当は知っていた。

グレンを慕っているルミアが命の恩人として

慕っているという事をそして密かに思いを

寄せている事も一方そのグレンは魔術嫌いは

完全に治っているとはいえないが魔術と真剣に

向きあって自分みたいな魔術の被害者が

出ないように魔術の意味や魔術の力の使い方や

魔術の力の恐ろしさなどを教えようとグレンは

決意したのだ。

 

 

 

『ダメ講師グレン、覚醒。』

 

 

その報せは学院を震撼させた。 噂が噂を呼び、

他所のクラスの生徒達も空いている時間に、

グレンの授業に潜り込むようになり、そして皆、

その授業の質の高さに驚嘆した。

 

 

これまで学院に籍を置く講師達にとっては、

魔術師としての位階の高さこそが講師の格であり、

権威であり、生徒の支持を集める錦の御旗だった。

だが、学院に蔓延する権威主義に硬直したそんな

空気は一夜にして破壊された。

まさに悪夢の日だった。

 

 

「セリカ君の連れてきた彼、

凄いそうじゃないか!」

 

 

 

ごきげんなリック学院長の興奮気味な声が、

学院長室に 響き渡った。

 

 

 

「最初の十日はえらく評判が悪くて、

どうなることやらと懸念してたが

杞憂に終わったようで何より何より」

 

 

 

「……くっ」

 

 

 

ハーレイが悔しげにうめく。

グレンが真面目に授業し出した日以来、

自分が行う授業の出席率が微妙に

目減りしたからだ。

 

 

つまり、ハーレイの授業を欠席してまでグレンの

授業に参加しようとする生徒がいるのだ。

 

 

 

「ふふふ……何を隠そう、グレンはこの私が

一から仕込んだ自慢の弟子だからな」

 

 

 

ここぞとばかりにセリカは

胸を張って宣言した。

 

 

 

「なんと! セリカ君、君、弟子を

取っていたのかね!? 弟子は取らない主義じゃ

なかったのかな?」

 

 

 

「アイツが唯一の例外だ。

ま、デキは悪かったけどな」

 

 

 

「ほう、なんとなんと。でも、なぜ今まで

そのことを隠されていたのかな?」

 

 

 

「ん? 決まってるだろ? グレンが講師として

ダメダメだったら、師匠の私が恥ずかしいだろ? 

だから黙ってた」

 

 

 

「根本的に似た者師弟だな、あんたら!」

 

 

 

 

学院長室にハーレイのツッコミが虚しく響く。

 

 

「よせよ、ハーレイ。

そんなに褒めても何も出ないさ」

 

 

「やかましい! 褒めてないわッ! 

この師匠バカめ!」

 

 

 

「いやぁ、グレンって魔術の才能は

残念なやつなんだが、これがまた努力家でさー、

あいつが子供の頃、お前には向いてないから

別のことやれって何度言っても、アイツ、

私みたいな凄い魔法使いになりたいって

聞かなくてさぁー、それが今では三流とは言え、

一応人並みの魔術師になっただろ? だから私は

知ってたんだよなー、やればできる子だって。

あ、そうそう、そう言えば、アイツに魔術を

教え始めた頃、こんなことがあってな――」

 

 

 

にへらにへらと。セリカは普段の鉄面皮からは

信じられないほど緩んだ顔で、弟子自慢を始める。

 

 

 

まったくもって聞きたくも知りたくもない

マル秘情報開示に、ハーレイはぶるぶると肩を

震わせながら、こめかみに青筋を浮かべていく。

 

 

(おのれ……グレン=レーダスめ……ッ!)

 

 

 

ハーレイは苛立ちに打ち震えながら、

ふと、つい先日の出来事を思い出す――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、グレン=レーダス。おい、聞いてるのか

グレン=レーダス! 返事をしろ!」

 

 

 

その日。ハーレイは素行の悪さで有名な

グレンを先輩講師として締め上げてくれようと、

学院内廊下をのそのそ歩くグレンの背中に

威圧的な言葉を浴びせかけた。するとグレンは

突然、きょろきょろと周囲を見渡し、ちらりと

ハーレイを一瞥すると、不思議そうに首を傾げ、

ハーレイを無視して再び歩き始めたのだ。

 

 

 

「って、おい!? 貴様、なんだその

『アイツは一体、誰に声をかけているんだ?』

的な態度は!? グレン=レーダスはお前

だろ!? お前しかいないだろ!?」

 

 

 

ハーレイはグレンの前に回り込んで進路を塞ぎ、

凄まじい形相でグレンを睨みつけた。

 

 

 

「違います。人違いです」

 

 

 

「んなわけあるか!? この間抜けな面は

間違いなくグレン=レーダスだッ! そもそも

この間、貴様の採用面接をしてやったのは

この私だろうがッ!」

 

 

 

「あ、誰かと思ったら先輩講師のハーレムさん

じゃないっすか! ちぃ~っす!」

 

 

 

「ハーレイだッ! ハーレイッ! 

貴様、舐めてるのか!?」

 

 

 

「いえいえ、そんなコトはないっすよ、

えーと、ハー……何とか先輩」

 

 

 

「貴様、そんなに覚えたくないか? 

私の名前……」

 

 

ハーレイは怒りと屈辱に身を

焼き焦がしながらも、本題に入った。

 

 

 

「噂は聞いているぞ、グレン=レーダス。

貴様、講師にあるまじき態度らしいな?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「調子に乗るなよ? 

貴様が今のような破格の立場を享受できるのは

貴様の器でも実力でもなんでもない! 

あの魔女……セリカ=アルフォネアの増上慢が

あってこその物であると知れ! 

いくらセリカ=アルフォネアが――」

 

 

 

「そのいちいち姓名合わせて呼ぶの疲れね?」

 

 

 

「やかましい! 話の腰を折るな! 

いくらセリカ=アルフォネアが

神域の第七階梯(セプテンデ)に

至った魔術師とは言え、このような横暴が

いつまでも通るとは思わないことだ!」

 

 

 

「ですよねー? セリカって最近、

調子乗り過ぎですよねー? 

ありゃいつか絶対、天罰下るわー」

 

 

 

「なんでそんなに他人事なのお前!? 

とにかく契約期間は一カ月だが、貴様、

一ヶ月間もこの学院にいられると思うなよ!? 

あらゆる手を尽くして貴様をこの学院からすぐに

叩き出してやる、覚悟しろ……ん?」

 

ハーレイが気付くとグレンはハーレイの前で

深々とお辞儀をしていた。

 

「ありがとうございます! 

どうかよろしくお願いします! 

俺、めっちゃ期待してますから頑張って下さい! 

えーと、ハー……? あ、ユーレイ先輩!」

 

 

 

「ハーレイ‼︎ ハーレイ=アストレイだ‼︎

貴様、わざとだろ‼︎」

 

 

 

 

「あ! グレン先生‼︎」

 

 

 

「お?…ノワールか?」

 

 

 

「どうしたんですか?

早く教室に行きましょうよ?

システィが『先生はまだなの⁉︎』

ってかなりのつり目になって、もの凄く

イライラしながら結構怒ってましたよ?」

 

 

 

 

「ゲッ‼︎、白猫が⁉︎……まじか⁉︎」

 

 

 

「えぇ……マジです。と言うかグレン先生、

このいかにもエリート感を必死こいて出そうと

しているこの今にも残念で弱そうな眼鏡の

モブ過ぎる人は誰ですか?」

 

 

 

「ハーレイ‼︎ ハーレイ=アストレイだ‼︎

誰が残念で弱そうな眼鏡の人だ‼︎ この際だ‼︎

ノワール=ジャック貴様も貴様だ‼︎ だいたい……」

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

「おい‼︎、ノワール=ジャック

話しを聞いているのか⁉︎

後、何処を見ているのだ‼︎」

 

 

 

 

「…グレン先生……何でこの人の頭の

おでこがこんなにも残念にハゲてる頭に

なっているのですか?って言うか何で

この色々な残念感が漂っているのですか?

それにこの人は本当に第五階梯(クィンデ)に

至った魔術師ですか?こんなにも

『ハゲ』ているのに?」

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

「こ、こら‼︎ 本当の事でも言って良いことと、

悪い事が普通にあるだろ⁉︎それにああいう輩は

案外な自己評価が高く、慢心して自分に溺れて

失敗して行く自分勝手な自滅タイプの人種だから

しょうがねぇんだよ?分かったかノワール?

全く……すみませんえ…えーと、た、確か……

は、ハ、 ハゲ……ハーゲ先輩‼︎」

 

 

 

「グレン先生も今、明確に『ハゲ』て

言っているじゃないですか?でも、なるほど…

一理ありますね……ありがとうございます‼︎

グレン先生‼︎とても勉強になりました‼︎

今後の参考になります‼︎」

 

 

 

「おう‼︎、俺も教えた甲斐があったぜ‼︎

今日の事を忘れずに胸に刻め、良いな?」

 

 

 

「了解です‼︎、グレン先生‼︎」

 

 

 

「き、き、き、貴様等ァアアアアアアア――ッ!?」

 

 

 

 ……。 未だかつて、あれほどこの自分を

コケにした輩達がいただろうか。

 

 

 

(あんなふざけた男が講師としては私より

格上だとぉッ!?そして学院の生徒の誇りと

私の頭を侮辱して更には魔術師の力を決める

階級や歴史をまるでつまらなそうに馬鹿にした

ノワール=ジャック‼︎認めん! 認めんぞぉ!)

 

 

 

 

「それでさー、アイツが一生懸命頑張って、

初めてその魔術を成功させてさー、

セリカありがとうって泣きついてきてさー、

いやー、可愛い時期もあったなぁー。

とにかく、あの一件で私はアイツを見直したね。

お前もそう思うだろ? ん?」

 

 

 

ハーレイの煮えたぎる胸中など露知らず、

セリカの誰得弟子自慢は続いている。

 

 

本当に師弟そろって鬱陶しい連中だった。

 

 

 

(ぐぬぬ……おのれ、

グレン=レーダスッ! いつか、絶対、

この学院から追い出してやるぞ……ッ! 

覚悟しろ……ッ!)

 

 

 

顔を真っ赤にして、ハーレイは打倒グレンを

密かに誓うのであった……。

 

 

 

 

専属講師としてグレンがあてがわれた

システィーナ達二年次生二組のクラスは

とにかく、学院の生徒達の羨望を集めた。

教室で空いている席は日を追うごとに

他のクラスからの飛び入り参加者で

埋まっていき、さらに十日経つ頃には

立ち見で授業を受ける者も現れた。

 

 

グレンが生徒達に一目置かれるようになるにつれ、

学院の講師達の中には今まで自分達が行っていた

『位階を上げるために覚えている呪文の数を増やす

だけの授業』に疑問を持ち始める者も現れる。

若く熱心な講師の中にはグレンの授業に参加して、

グレンの教え方や魔術理論を学ぼうとする者もいた。

だが、自分がそんな注目を集めていることなど

露知らず、相も変わらずグレンはやる気なさげな

言動を繰り返しながら、今日も面倒臭そうに

授業を行っていた。

 

 

 

 

「……魔術には『汎用魔術』と『固有魔術

(オリジナル)』の二つがあって、今日はお前ら

が 誰でも扱えるからと馬鹿にしがちな汎用魔術

の 術式を詳しく分析してみたが、固有魔術

(オリジナル)と比較して汎用魔術がいかに緻密に

高精度に完成された術なのか理解できたかと思う」

黒板に書かれた魔術式の一節をチョークで突き

ながらグレンは言った。

 

 

 

「そりゃ当然だ。【ショック・ボルト】みたいな

初等の汎用魔術一つをとっても、お前らの何百倍も

優秀な何百人もの魔術師達が何百年もかけて、

少しずつ改良・洗練させてきた代物なんだからな。

そんな偉大なる術式様に向かって、やれ独創性が

ないだの、古臭いだの……もうね、お前らアホかと」

 

 

 

授業の当初、固有魔術(オリジナル)

こそ至高だと主張していた生徒達は

肩を落とすしかない。

 

 

 

「お前らは個々の魔術師にオンリーワンな術で

ある固有魔術(オリジナル)をとてつもなく

神聖視しているが、実は固有魔術(オリジナル)

を作るなんて全然、たいしたことじゃねーんだ。

魔術師としちゃ三流の俺だって余裕で作れる。

じゃ、固有魔術(オリジナル)の何が大変かと

言えば、お前らの何百倍も優秀な何百人もの

魔術師達が何百年もかけてやっと完成させた

汎用魔術を、固有魔術(オリジナル)は自分

たった一人で術式を組み上げて、かつ、それら

汎用魔術の完成度をなんらかの形で越えて

なければならないという一点に尽きる。

じゃねーと固有魔術(オリジナル)なんて

使う意味がない」

 

 

あからさまに意気消沈する生徒達を見て、

グレンは底意地悪そうに笑った。

 

 

「ほーら、頭痛くなってきただろ? 今日見た

とおり、お前らが小馬鹿にした汎用魔術は

とっくに隙も改良の余地もない完成形だ。

並大抵のことじゃ、固有魔術(オリジナル)は

汎用魔術の劣化レプリカにしかならんぜ? 

俺も昔やってみたけど、ロクなものができん

かったから馬鹿馬鹿しくなってやめたわ。

はっはっは、時間の盛大な無駄遣いだった」

 

 

この物言いに、くすくすと笑う生徒が半分、

眉をひそめる生徒が半分。グレンの授業手腕は

認めても、魔術に対して欠片の敬意も払わない

その態度に反感を覚える者は多い。

 

 

 

(僕もそんな時期があったな……)

 

 

「この領域の話になってくると、センスとか

才能とかが問われるな。だが、それでも先達が

完成させた汎用魔術の式をじっくりと追っていく

ことには意味がある。自身の術式構築力を高める

意味でも、ネタ被りを避ける意味でもな。お前らが

将来、自分だけの固有魔術(オリジナル)を

作りたいなんて思っているなら、なおさらだ。

ま、そんな屁の突っ張りにもならん自己満足に

時間費やすくらいなら他に有意義な人生の過ごし方

がある気がするがな……さて」

 

 

 

グレンが懐から取り出した懐中時計を見る。

 

 

 

「……時間だな。じゃ、今日はこれまで。

あー、疲れた……」

 

 

 

授業終了を宣言するとクラスに弛緩した空気が

蔓延し始める。グレンは黒板消しをつかんで、

黒板に書かれた術式や解説をおもむろに消し始めた。

 

 

 

 

「あ、先生待って! まだ消さないで下さい。

私、まだ板書取ってないんです!」

 

 

システィーナが手を上げる。すると、グレンは

露骨にニヤリと意地悪く笑って、腕が分身する

勢いで黒板を消し始めた。クラスのあちこちから

悲鳴が上がる。

 

 

 

「ふはははははははは――ッ! 

もう半分近く消えたぞぉ!? ザマミロ!?」

 

 

 

「子供ですか!? 貴方はッ!」

 

 

 

 

システィーナは呆れ果てて机に突っ伏した。

 

 

 

「あはは、板書は私が取ってあるから

後で見せてあげるね? システィ」

 

 

 

「ありがとう……しかしまぁ、良い授業してくれる

のはいいんだけど、ホントあのねじ曲がった性格

だけはなんとかならないかしら?」

 

システィーナが目を向ければ、黒板を消している

最中にグレンは爪で黒板を引っかいてしまった

らしい。耳を押さえて悶えていた。なんとも

哀愁漂う間抜けな姿である。

 

 

 

「そう? 私、先生はあれでいいって思うな」

 

 

 

「ルミア……それ、本気?」

 

 

 

「うん、なんだか子供っぽくて可愛い人だと思う」

 

 

 

「私、貴女の感性、よくわからない……」

 

 

 

「……あ、先生!」

 

 

 

その時、突然ルミアが席を立ち、子犬のように

グレンの下へと駆けていった。

 

 

 

「あの、それ運ぶの 手伝いましょうか?」

 

 

 

見ればグレンは分厚い本を十冊ほど抱えて、

教室から出て行こうとする所だった。

 

 

 

「ん? ルミアか。手伝ってくれるなら

助かるが……重いぞ? 大丈夫か?」

 

 

 

「はい、平気です」

 

 

 

「そうか……なら少しだけ頼む。

あんがとさん」

 

 

 

グレンは本を二冊取ってルミアに手渡した。

普段は決して見せない穏やかな表情をグレンは

ルミアに向けている。それを受けてルミアは

実に嬉しそうに笑っている。まるで仲睦まじい

兄妹のような光景。その様子を見ていた

システィーナはどうにも面白くない。

 

 

 

「な、何よ?」

 

 

 

「いやー別にー(笑)」

 

 

 

「貴方、なんかムカつく……良いから

言いたい事あるなら言いなさいよ‼︎」

 

 

「全く…分かったよ…やれやれ……最近の

グレン先生とルミアさぁ結構とても仲良いよね?

あれはまるで兄妹みたいだね?」

 

 

 

【ガタッ‼︎】

 

 

システィーナはノワールの言葉に変な意味と

勘違いしたのか、システィーナが、かなり

動揺して足の指を角にぶつけて足の指を

抑えながら悶えていた。

 

 

「システィ……大丈夫?

かなり動揺し過ぎでしょ?」

 

 

 

「……貴方が余計な事を言わなければ…

こんな目に……それに私は動揺なんて

してないもん‼︎」

 

 

 

「いやー、でもねシスティ? 今の表情も

真っ赤にした顔を見たら誰だってシスティが

かなり動揺してるのは誰でも分かるよ?」

 

 

 

ノワールから見たシスティーナは自分に

構って貰えなくて一人で拗ねてプライド高い

一匹の白い子猫に見えた。

 

 

 

「え?、う、嘘でしょ…?

わ、私そんなに顔に出てたの?

ねぇ…ノワール嘘でしょ?

いつものタチが悪い冗談でしょ……?」

 

 

 

システィーナはノワールの言葉に顔色が

真っ青に変わっておろおろと周りを

確認しながら恐る恐るとノワールに再度、

質問する。

 

 

 

 

「いや残念ながら…本当の事だよ?

それもかなりね? それにしてもシスティが

知らないうちにグレン先生に構ってもらえず、

それはまるで捨て猫のようにとても寂しそうな

顔して見てたりとても羨ましそうな

顔してルミアやグレン先生を見てたよ?」

 

 

 

 

「だったら、それを先に言いなさいよ‼︎

 この馬鹿馬鹿馬鹿――ッ!」

 

 

 

 

システィーナはノワールに本や拳で叩いたり、

投げたりして顔を真っ赤にして睨みつけていた。

 

 

 

「いたた……全く…そんなに気になるなら

行けば良いじゃん?」

 

 

 

「⁉︎……う、うぅ〜〜〜ッ‼︎

むぅ〜〜〜ッ‼︎ ふぅーーッ‼︎」

 

 

 

(この白猫は……そんなにも嫌なのか?)

 

 

 

ノワールはさて、どうしようか?と考えていると

ノワールある考えが思いつき、隣で唸っている

目の前にいる(白猫)に助け船を出してあげた。

 

 

 

「まぁ、グレン先生がルミアに『また変な事を

しない可能性は0とは限らないしなぁ〜〜』

それに…ルミアは少し抜けてかなりの

おっちょこちょいだから…」

 

 

 

ノワールがシスティーナの隣でわざと

聞こえるように言うとシスティーナは

いきなり立ち上がり幼い子供のような

笑顔で笑っていた。

 

 

 

 

「‼︎…そう!そうよ‼︎ あの男が真面目に

なっても、またルミアに変な事を するかも

しれないし‼︎私がルミアを守らないと‼︎

ありがとうノワール‼︎」

 

 

 

「お、おい‼︎、ちょと待てよ⁉︎

システィ‼︎、システィーナ‼︎」

 

 

 

ノワールはシスティーナを呼び止めたが

どうやら間に合わなくシスティーナは二人に

声をかけていた。しかも、後ろから見たら

ガチガチになってかなりの不器用すぎる

くらいの残念な走りだった。

 

 

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

 

 

渋々と言った表情でシスティーナも

グレンに歩み寄る。

 

 

 

「ん? お前は……えーと、

シス……テリーナ? だっけ?」

 

 

 

「システィーナよ! システィーナ! 

貴方、わざと言ってるでしょ!?」

 

 

 

「へーいへいへい。

そのシスなんとかさんがボクに

なんの御用でしょうか?」

 

 

 

「わ、私も手伝うわよ……ルミアだけに

手伝わせるわけにもいかないでしょうが……」

 

「……ほう? じゃ、これ持て」

 

 

 

ニヤリと口の端を吊り上げて、グレンは

持っていた残りの本をいきなり全部

システィーナに押しつけた。

 

 

 

「きゃあっ!? ちょ、重い!?」

 

 

 

よろめいて倒れそうになるのを

すんでの所で、こらえるシスティーナ。

 

 

 

「いやぁ、あはは、手ぶらは楽だわー」

 

 

それを尻目にグレンは

意気揚々と歩き始める。

 

 

 

「な、何よコレ!? アンタ、ルミアと私で

どうしてこんなに扱い違うの!?」

 

 

 

「ルミアは可愛い。お前は生意気。以上」

 

「この馬鹿講師……

お、覚えてなさいよ――ッ!?」

 

 

 

背中に罵声を浴びながらも、

グレンの口元は笑みを形作っていた。

 

 

 

「……愚者、お前はやっぱり……

こっちの血みどろの世界よりもそっちの日が

当たる暖かい世界が今のあんたにはとても

お似合いだよ…まぁ、せいぜい生温い講師を

続けてあの血みどろの記憶と世界をさっさと

忘れてしまうんだな……グレン=レーダス……」

 

 

 

 

ノワールは目の前のグレン、ルミア、そして

システィーナ達が自分とは別の世界の人間に

見えてそして眩しく見えたノワールはだれにも

気付かれないようにそのまま教室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒達がすっかりと帰宅した放課後。

グレンは一人学院の屋上の鉄柵に寄りかかり、

閑散とした風景を遠目に眺めていた。

 

 

夕日に燃え上がるフェジテの町並みは、

紅に染め上げられた幻の城は、やはり

あの頃と変わらない。変わったのは自分だけだ。

ふと、グレンはこの学院に非常勤講師として

やって来てからの日々を思い出す。

なんと言っても強く思い出されるのは、

自分によく絡んできた二人の少女の姿だ。

なぜか妙に懐いてくる、可愛い子犬みたいな

少女、ルミア。なぜか妙に突っかかってくる、

生意気な子猫みたいな少女、システィーナ。

 

 

 

彼女達が何を思って自分のような人間に

積極的に接してくるのかはわからない。

だが、なんだかんだで彼女達との交流を

心地良いと感じる自分がいなかったか?

それに見てみたいとも思ったのだ。

彼女達がこれからどう成長するのか。

どんな道を歩むことになるのか。

魔術と言うロクでもない物に新しい可能性を

切り開いてくれるかもしれないルミア。

かつて自分が見失った魔術への情熱を胸に抱き、

なんの迷いなく突き進むシスティーナ。

いまだ若く、そして幼い彼女達は何を

やってくれるのか、どう成長していくのか。

その手助けをしてやりたくないと言えば……

嘘になる。

 

 

 

「まぁ、なんつーか……」

 

 

 

相変わらず魔術は嫌いだ。

反吐が出る。こんなもの早くこの世から

なくなるべきだ。この考えはきっと

これからも変わらないだろう。

だが、こんな穏やかな日々は――

 

 

「悪くない……か」

 

 

 

自分でも気づかずグレンは笑みを浮かべていた。

 

 

 

「おー、おー、夕日に向かって

黄昏ちゃってまぁ、青春しているね」

 

 

 

突然、背中に冷やかすような声を浴びせられ、

グレンは首だけ回して振り返る。

 

 

 

「いつからいたんだよ? セリカ」

 

 

 

そこには淑女然とすました顔のセリカが

静かにたたずんでいた。燃える紅に染まる美女。

夕日に輝く麦畑を思わせる美しい髪が優しい風に

揺れていた。

 

 

 

 

「さ、いつからだろうな? 先生からデキの悪~い

生徒に問題だ。当ててみな」

 

 

 

「アホか。魔力の波動もなければ、世界則の

変動もなかった。だったら、たった今、

忍び足で来たに決まってる」

 

 

 

「おお、正解。 あはは、こんな馬鹿馬鹿しい

オチが皆、意外とわかんないんだよな。

特に世の中の神秘は全部魔術で説明できると

信じきっちゃってる奴に限ってね」

 

 

 

グレンの即答に、セリカは満足そうに微笑んだ。

 

 

 

「何しに来たんだよ? お前、明日からの

学会の準備で忙しいんだろ?」

 

 

 

「おいおい、母親が息子に会いにきちゃ

悪いのか?」

 

 

 

「なにが息子だ。

俺とお前は元々赤の他人だっつーの」

 

 

 

「だが、私はお前がまだこんな、ちっちゃな

頃からお前の面倒見ているんだ。母親を名乗る

権利は充分にあるんじゃないか?」

 

 

 

「年齢差を考えろ魔女め。母親と息子っつーより

婆さんと孫、下手すりゃ曾孫かそれ以上だろ」

 

 

 

セリカの外見はどこをどう見ても二十歳前後の

妙齢の女だ。だが、グレンはセリカが外見通りの

年齢でないことは知っている。なにしろグレンと

セリカは、グレンの幼少の頃からのつき合いだと

言うのに、セリカの外見は出会った当初から

まったく変化していないのだ。セリカがなぜ歳を

取らないのか。本当は一体何歳なのか。セリカは

自身について頑なに語ろうとしないが……三桁は

確実に達しているだろうとグレンは踏んでいる。

 

 

 

「あーあ、子供の頃はあんなに素直で可愛い

男の子だったのに、今じゃこんなスレた男に

なっちゃって……時の流れは残酷だな」

 

 

 

「……放っとけ」

 

 

 

ふて腐れたようにグレンはセリカから視線を

外した。

 

 

 

「元気が出たようで……よかった」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

意図のわからないセリカのつぶやきに、

グレンは間抜けな声を上げた。

 

 

 

「お前、気づいてないのか? 最近のお前、

結構生き生きしてるぞ? まるで死んで一日

経った魚のような目をしている」

 

 

「……おい」

 

 

 

「前は死んで一ヶ月経った魚のような目だった」

 

 

 

それを聞いたグレンはため息をついて頭をかいた。

 

 

 

「……心配かけたな。悪かったよ」

 

 

 

「いや、いい。私のせいなんだからな」

 

 

 

セリカは目を伏せ、いつもの自信に満ちた

声とはかけ離れた、か細い声で言った。

 

 

 

「きっと、親馬鹿だったんだろうな。

私はお前のことが誇らしかったんだ。

だから――」

 

 

 

「よせよ。何度も言ったがお前は関係ない。

浮かれてのぼせて現実を見てなかった俺が

馬鹿だっただけだ」

 

 

 

 

「でも、お前はまだ魔術を嫌悪してる」

 

 

 

その一言でグレンは

ようやくセリカの真意を悟った。

 

 

 

「……なるほどな。で、少しでも魔術の

楽しさを思い出して欲しくて、魔術の講師か?」

 

 

 

グレンは思い出した。

そう言えば、子供の頃の楽しかった記憶は、

いつだってセリカと一緒に行った魔術の勉強や

実験の中にあった気がする。

 

 

 

「ったく、お前、何年生きてんだよ? 

意外とガキだよな。俺とお前を結びつけている

のは魔術だけじゃねーだろ。確かに俺は魔術が

嫌いになったが、だからと言ってお前まで

嫌いになることはありえねーよ」

 

 

 

「そうか。うん、そうだよな……よかった」

 

 

 

グレンの言葉を聞いてセリカは穏やかに笑った。

どこか晴れやかな笑みだった。

 

 

「あー、くそ、そういうことかよ。

じゃあなんだ? 最初にそう言ってやれば、

俺は非常勤講師なんぞにねじ込まれずに

済んだのか?」

 

 

「馬鹿、それとこれとは別だ。

いい加減、自分の食い扶持くらい自分で稼げ」

 

 

 

「あー、あー、聞こえなーい」

 

 

 

「このダメ男が……」

 

 

 

セリカは呆れたように 肩をすくめて、

言葉を続ける。

 

 

 

「まぁ、いい。何はともあれ、

社会復帰が順調そうでなによりだ。

その調子で例の病気も治しておけよ?」

 

 

 

「病気? 何、言ってんだ。俺は健康――」

 

 

 

「自分には他人と深く関わる資格がないと

思ってる、なるべく他人を自分に

近づけたくないと思ってる――それゆえに

あえて他人の神経を逆なでするような態度を

取ったり、好意を向けてくれる人を素っ気なく

あしらう――そんな病気」

 

 

 

「…………う」

 

 

 

セリカの指摘に、グレンは脂汗を額に浮かべて

頬を引きつらせた。そして、セリカは底意地悪く

にやにやしながら、肩をすくめてみせる。

 

 

 

 

「なぁ、グレン。お前の場合は過去が過去だが、

それ、普通、子供の病気なんだぞ? その歳にも

なってこんなに 拗らせちゃって、まぁ。

社会復帰ついでに、いい加減治し――」

 

 

 

「う、うっさいわい! 放っとけ!?」

 

 

 

羞恥で真っ赤になりながら、グレンは叫いた。

 

 

 

「大体、好意を向けてくれる人うんぬんって

のは俺のせいじゃねーぞ!? ガキの頃から

お前みたいなスタイル群バツの女に見慣れ

ちまってたら、そんじょそこらの 女に

興味なんか持てるかっつーの!?」

 

 

 

「おや? ということは、つまり、

お前は母親に欲情してたのか? このド変態」

 

 

嗜虐的で妖しげな笑みを浮かべながら、

セリカが背後からグレンへと歩み寄って

身を寄せ、両腕をグレンの首に絡めた。

 

 

 

 

「んなワケあるか! そして、いちいち母親面

すんな! ええい、寄るな! 胸を押しつけんな!

耳に息を吹きかけんな! 気色悪い!」

 

 

 

「ふふ、つれない男だな。何、たかだか親子の

スキンシップじゃないか」

 

 

 

そんなグレンの反応に、満足そうに口の端を

釣り上げながらグレンから離れ、セリカは

グレンに背を向けた。

 

 

 

「じゃ、私は明日からの魔術学会の

準備があるからそろそろ行くぞ?」

 

 

 

「……ああ。帝国北部地方にある

帝都オルランドまで行くんだろ?」

 

 

 

ぶすっとした態度でグレンが応じる。

セリカのこの手の悪ふざけは今に始まったこと

ではないので流して忘れるのが一番だ。

 

 

 

「そうだ。私を含めた学院の学会出席者は

今夜、学院にある転送法陣を使って帝都まで

転移する予定だ」

 

 

 

「早馬で三、四日かかる距離を一瞬で移動できる

なんてな……やれやれ、魔術は偉大だ」

 

 

 

「まぁ、お前も明日からの授業、頑張れよ?」

 

 

 

「……は? 明日から学院は一週間休みだろ?」

 

 

 

想定してないことを言われ、グレンは焦った。

 

 

 

「俺は非常勤だから参加しないが、明日から

お前達教授陣や講師達は揃って件の魔術学会だろ?

それに合わせて学院は休校になるんじゃ

なかったか?」

 

 

「ああ、それ、お前の担当クラスだけ例外だぞ。

なんだ? 聞いてなかったのか?」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

「お前の前任講師だったヒューイがある日、

なんの前触れも なく突然、失踪してな。

お前のクラスだけ授業の進行が遅れてんだ。

だからお前のクラスだけその穴を埋める形で

休み中に授業が入っているんだ」

 

 

 

「なっ……聞いてねーぞ!?」

 

 

 

「守衛が学院の門番している以外には、学院の

関係者は明日からいないからな? お前、学院で

変なイタズラすんなよ?」

 

 

 

「するかっ!? ……いや、ちょっと待て」

 

 

グレンはセリカの話の違和感に気づいた。

 

 

 

「前任の講師が……失踪? 

ちょっと待て。そりゃどういう意味だ?」

 

 

 

「どういう意味も何も……そのままの意味だよ。

お前の前任だった講師、ヒューイ=ルイセンは

ある日、突然、失踪した。足取りはいまだに

つかめない。行方不明だ」

 

 

 

「おい、話が違うぞ。ヒューイとかいう奴は

一身上の都合で退職したって……」

 

 

 

「そりゃ、一般生徒向けの話だ。

そもそも、正式な手続きで退職するなら、

代わりの講師が一カ月も用意できないなんて

事態は起こらんよ」

 

 

 

グレンはなんとも言えない しかめ面で頭を

かいた。

 

 

 

 

「どーにも、きな臭い話に なってきたな……」

 

 

 

「ま、近頃はこの近辺も何かと物騒だ。お前に

心配はいらんと思うが、まぁ、私の留守中

気をつけてくれ」

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

「………………」

 

 

 

「何だよ…セリカ? 何かあったのか?

最近らしくねぇぞ?」

 

 

 

 

「……グレン……お前のクラスの生徒の

『ノワール』と言う生徒をお前は知っているか?」

 

 

 

「あ? あぁ…知ってるぜ?あんのクソ生意気

だけど何故か憎めない奴だけどな……

そいつがどうした?」

 

 

「そいつに何か特に変わった様子はないか?」

 

 

 

 

「?……ねぇけど……なぁ、セリカ本当に

どうしたんだよ?最近本当にらしくねぇぞ?」

 

 

 

「…実はな、あいつがこの学院に入学してきた時、

いきなりあいつから今まで感じた事の無い寒気と

恐怖と殺気を感じた様な気がしたのでな……

つい心配でな……」

 

 

 

「……それは考え過ぎじゃあねぇか?

あのお調子者がか?お前が余程の事であいつを

怒らせたんじゃないのか?」

 

 

 

「うっ‼︎ そ、それは……」

 

 

 

「はぁー…やっぱりな……それが一番の原因

じゃねぇのか?あいつに何て言ったんだ?」

 

 

 

 

「……女みたいだなって言ったんだよ」

 

 

 

 

「あぁ……それは駄目だろう……あいつかなり

気にしてたからかな……?まぁ、俺も一応

調べてみるけどな?」

 

 

 

「……すまんな、グレン……私の考え過ぎか

気のせいなら一番良いのだがな……」

 

 

 

 

失踪と言う言葉には確かに事件性が感じられる。

だが、それが何か自分に影響するかと言えば

間違いなくそんなことはない。更に、セリカが

言ったノワールの件だ。もしセリカが言ってた

事が真実なら、本当はどうにかするべきだ。

だが、グレンはなんとなく心に棘のような

不安が刺さった感覚が抜けなかった。

 

 

 

と、その時だ。

 

 

 

「あ、やっぱりここにいた! 先生!」

 

 

 

屋上への出入り口の扉が開かれ、もうすっかり

見慣れてしまった、いつもの二人組が姿を見せた。

片や笑顔で、片や仏頂面で。

 

 

「あれ? アルフォネア教授。

ひょっとして、私達お邪魔でしたか?」

 

 

 

「いいや。私はもう上がるところだ。

どうした? グレンに用か?」

 

 

「はい」

 

 

 

花のように笑ってルミアはグレンの前に歩み寄る。

不機嫌そうなシスティーナがそれに渋々続く。

 

 

 

「お前ら、帰ったんじゃないのか?」

 

 

「あ、私達、学院の図書館で板書の写し合いと

今日の授業の復習をしていたんですけど、

どうしても先生に聞きたいことがあるって……

システィが」

 

 

 

「ちょ、ちょっと!? それは言わないって

約束でしょ!? 裏切り者ッ!」

 

 

 

真っ赤になってシスティーナが

怒鳴り立てるが、すでに後の祭りだった。

 

 

 

「ほーう? つまりなんだ? 

システィーチェ君。まさかまさか、

君はこの稀代の名講師、グレン=レーダス

大先生様に何か質問があるとでも

言うのかね? んー?」

 

 

グレンは清々しいほど、 なんの迷いもなく図に

乗った。上から目線で、思わず拳を顔面のど真ん中

にめり込ませたくなるような、 実に腹立たしい

笑いを浮かべている。

 

 

 

「だからアンタにだけは聞きたくなかったのよ!

後、私はシスティーナよ! いい加減覚えてよ!?」

 

 

 

「なーんか覚えにくいから、やっぱ、お前は

白猫でいいや」

 

 

 

「ああ、もう――っ!」

 

 

 

とうとうシスティーナは涙目になってしまう。

 

 

 

「先生、今からお時間少しよろしいですか? 

私もその部分、後で考えてみたら実は

よくわかってなくて……」

 

 

 

「ああ、悪かったな、ルミア。

俺も今日の授業に関しちゃ少し言葉足らずな所が

あった気もしたんだ。多分、そこだろ。

見せてみな」

 

 

「だ、だから、私とルミアのこの扱いの差は

なんなの……ッ!?」

 

 

「ルミアは可愛い。お前は生意気。以上」

 

 

 

「む、ムキィイイイイイ――ッ!」

 

 

 

やんややんやと騒ぎ立てる三人をしばらくの間、

セリカは微笑ましく見守って。何かに安堵した

ようにそっと屋上を後にした。グレンに頭を下げて

教えを請うという屈辱の一時をなんとか耐えきった

システィーナは、その苛立ちと不機嫌さを 隠そうとも

せず、ルミアを伴って帰路についた。

 

 

「……まったく、なんなのよ、あいつ!」

 

 

 

そんなシスティーナの心境とは裏腹に、

フェジテの町はいつも通り平和そのものだ。

夕方ゆえに閑散とした中央表通りに、システィーナ

の荒げた声は虚しく霧散していく。夕焼けの緋色が

目に優しい、落ち着いた顔色の町並み。自分一人

こうしてカリカリしているのが馬鹿みたいである。

 

 

 

「ルミアもホント、 あいつのどこが良いわけ?

妙に気に入ってるみたいだけど!」

 

 

 

「え? だって、先生、優しいよ?」

 

 

 

 

「ええ、そうね! 貴女だけには、妙に

優しいわね!  『貴 女 だ け に は!』」

 

 

 

腹立たしさのあまり、システィーナはぷるぷると

拳を振るわせていた。

 

 

 

「普通、あそこまであからさまに、 露骨に贔屓

する!? いくらなんでも、もうちょっと人の目

とか、世間体とか気にするものじゃない!? 

それなのにあいつったら……ッ!」

 

 

 

 

ルミアが、まぁまぁ、と苦笑いする。

 

 

 

「これは絶対、何かあるわ! そうだ! 

きっと、あいつ、ルミアの優しさに勘違いして、

ルミアに邪な下心でも持っているに違いないわ! 

ええ、そうよ! きっとそう! いい? ルミア、

あいつがいるときは私から離れちゃだめだからね⁉︎

あいつめ……ルミアに手を出したら、今度こそ、

本当に容赦しないんだから……ッ!」

 

 

 

と、その時である。

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

ルミアが含むように笑い始めた。

 

 

 

「……どうしたの? ルミア」

 

 

 

 

「うん、その、システィがそこまで私の心配して

くれているのが、おかしくて」

 

 

 

「心配するに決まってるじゃない、

私達は家族なんだから!」

 

 

 

怒ったような素振りの システィーナに、ルミアが

ぽつりとつぶやいた。

 

 

 

「三年前のこと、覚えてる?」

 

 

 

「三年前……貴女が私の家に やって来た頃よね?

それがどうかしたの?」

 

 

 

なぜ突然、そんな話が出てくるのか。

システィーナにはルミアの意図が読めない。

だが、ルミアは懐かしむような笑みを 絶やさず、

言葉を続けていく。

 

 

「あの頃の私達って、いつも喧嘩ばっかりだった」

 

 

 

「そ、それは……だってほら、あの頃のルミア

って卑屈で、わがままで、泣き虫でさ……その、

実の両親から捨てられた当時の貴女の心情を

汲めなかった私も私だけど……」

 

 

 

気まずそうにシスティーナが頬をかく。

 

 

 

 

「そんなある日、私がシスティと間違えられて、

悪い人に誘拐されちゃって」

 

 

 

「……そんな事件、そう言えばあったわね」

 

 

 

「私、なんとか無事に帰って来て、そうしたら、

システィがいきなり抱きついてきて」

 

 

 

「……う」

 

 

 

「あの時は一晩中、一緒に抱き合って泣いたね。

ごめんね、無事でよかった、って」

 

 

 

「…………ぅ、そ、それは……その……」

 

 

 

気恥ずかしさにシスティーナの顔が、夕日も

かくやと言わんばかりに染まっていく。

 

 

 

「思えば、あの時からかな。

私とシスティがこうして仲良くなったの」

 

 

 

そんなシスティーナに、ルミアは暖かな笑みを

向けていた。だが、ここまで聞いても、ルミアが

どうして突然そんなことを蒸し返したのか、

システィーナには見当もつかなかった。

 

 

 

「……どうしたの? 急に」

 

 

 

「なんかね、最近、よく昔のことを思い出すの」

 

 

 

 

そして、ルミアはシスティーナに少し切なげな

笑みを向けた

 

 

 

「……なんでだろうね?」

 

問われてもシスティーナにわかるわけがない。

何が切欠で、ルミアが三年前のことを物思うように

なったかなど、ルミアのその真意は知る由もない。

ただ、ルミアにとって三年前の記憶は、色々な不幸

が重なった辛い思い出であろうことはわかる。

 

 

 

 だから――

 

 

 

「私達は家族よ」

 

ぽつり、と。システィーナは素直な思いを口にする。

 

 

 

「なんで貴女が突然、三年前のことを思い悩むよう

になったかはわからないけど、いつだって私は

ルミアの隣にいるわ。 だからさ、その……」

 

 

 

照れたようにしどろもどろ言葉を 紡ぐ

システィーナに。

 

 

 

「……ありがとう、システィ」

 

 

 

ルミアは春風のように 微笑みかけるのであった。

黄昏の夕日に燃える、フェジテの町並み。二つの

影が寄り添うように、どこまでも延びていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノワールは真っ暗な部屋で宝石を耳に当てて

依頼者のアリシア七世にルミアの件や これからに

ついて連絡をしていた。

 

 

 

 

「そうですか……あの子、エルミアナが…

良かった……本当に良かった……」

 

 

 

「喜んでいる所すまないがアリシア七世、大至急

今すぐに貴方に調べてほしい事がある……」

 

 

 

「? 調べてほしい事……ですか? それは……

一体、何ですか?」

 

 

 

「ルミア……いや、エルミアナ王女の前に担任を

していたある男の情報が知りたい。今すぐにでも

調べてくれ……調べてほしい前任の講師の名前は

ヒューイ、『ヒューイ=ルイセン』という男だ。

『ヒューイ=ルイセン』についての情報を大至急に

知りたい。」

 

 

 

「? どうしてか分かりませんが?分かりました。

知りうる限りの情報を調べてみます。」

 

 

 

「あぁ…大至急頼む……」

 

 

 

アリシア七世はノワールに 知りうる限りの情報を

提供した。アリシア七世の情報を聞いてノワールは

この『ヒューイ=ルイセン』という男が ますます

あからさまに出来過ぎていてきな臭い人物であり、

怪しい人物だとノワールは改めてそう感じ取った。

 

 

 

「情報提供に感謝するアリシア七世。では、僕は

引き続きエルミアナ王女の護衛を続ける…」

 

 

 

「ありがとうございます、死神さん……私が

言えた身分では無いのは分かっていますが……

エルミアナを護衛をして頂けて本当に感謝して

います。これからもエルミアナをよろしくお願い

します。」

 

 

 

「……分かっているよ…あの『月夜の密約の契約』

を違えぬ限り依頼はきちんとこなすよ…だから

安心しなよ? アリシア七世。」

 

 

 

「そうですね…では、私はこれにて失礼します。

どうかご武運をお祈りします…」

 

 

 

「あぁ…あんたもなアリシア七世……じゃあな、

また連絡する」

 

 

 

そうノワールが言った後、アリシア七世との連絡は

そこで途絶えた。

 

 

 

(僕にはもう…失う物は何もない……最初から

僕の手にあったのは『人殺しの技術』だけしか

なかったんだから…)

 

 

ノワールはそう想いにふけりながら窓から見える

夜空の星を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 

「うぉおおおおおおお!? 

遅刻、遅刻ぅうううううううッ!?」

 

 

 

どこかで見たような光景が、学院へと続く道中で

展開されていた。叫び声の主は言わずもがな、

グレンである。しかも今回ばかりは時計のズレは

ない。正真正銘の寝坊による遅刻だった。

 

 

 

「くそう! 人型全自動目覚まし時計が昨夜から

帝都に出かけていたのを忘れてた!」

 

 

 

パンを口にくわえ、必死に足を動かし、

ひたすら駆ける。

 

 

 

「つーか、なんで休校日にわざわざ授業なぞ

やんなきゃならんのだ!?だから働きたく

なかったんだよっ! ええい、無職万歳!」

 

 

 

とにかく遅刻はまずい。遅刻したら小うるさい

のが一人いるのだ。今は一刻も早く学院に辿り着く

のが先決である。上手く行けば、なんとかぎりぎり

間に合うかもしれない。グレンは居候している

セリカの屋敷から学院までの道のりをひたすら

駆け抜けた。表通りを突っ切り、いくつかの路地裏

を通り抜け、再び表通りへ復帰する。そして学院

への目印となるいつもの十字路に辿り着いた時。

グレンは異変に気づき、ふと、脚を止めていた。

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

不自然なまでに誰もいない。

朝とはいえこの時間帯なら、この十字路には

行き交う一般市民の姿が少なからずあるはず

なのだ。なのに、その日に限っては辺りはしんと

静まりかえり、人っ子一人いない。周囲に人の気配

すら感じられない。明らかに異常だった。

 

 

 

「いや、そもそもこれは……」

 

 

 

間違いない。周囲の要所に微かな魔力痕跡を感じる。

これは人払いの結界だ。この構成ではわずかな時間

しか効力を発揮しないだろうが、結界の有効時間中

は精神防御力の低い一般市民は、この十字路を中心

とした一帯から無意識の内に排除されるだろう。

 

 

 

(……なぜ、こんなものが、ここに?)

 

 

 

危機感がちりちりとこめかみを 焦がすような感覚。

こんな感覚は一年振りになるか。グレンは感覚を

研ぎ澄ませ、周囲に油断なく意識を払う。

 

 

 そして。

 

 

 

「……なんの用だ?」

 

 

 

グレンは静かに威圧するように問う。

 

 

 

「出てきな。そこでこそこそしてんのはバレバレ

だぜ?」

 

 

 

グレンは十字路のある一角へ、突き刺すように

鋭い視線を向けた。

 

 

すると――

 

 

 

「ほう……わかりましたか? たかが第三階梯

(トレデ)の三流魔術師と聞いていましたが……

いやはや、なかなか鋭いじゃありませんか」

 

 

 

空間が蜃気楼のように揺らぎ、その揺らぎの

中から染み出るように男が現れた。

 

 

 

ブラウンの癖っ毛が特徴的な、年齢不詳の小男

だった。

 

 

 

「まずは見事、と褒めておきましょうか。

ですが……アナタ、どうしてそっちを向いている

のです?私はこっちですよ?」

 

 

 

「……………………別に」

 

 

 

 グレンは気まずそうに自分の背後に出現した

男へと改めて振り返る。

 

 

 

「ええーと。一体、どこのどちら様で

ございましょうかね?」

 

 

 

「いえいえ、名乗るほどの者ではございません」

 

 

「用がないなら、どいてくださいませんかね? 

俺、急いでいるんですけど?」

 

 

 

「ははは、大丈夫大丈夫。

急ぐ必要はありませんよ?アナタは焦らず、

ゆっくりと目的地へとお向かい下さい」

 

 

噛み合わない男の言葉に、グレンは露骨に眉を

ひそめた。

 

 

 

「あのな……時間がないっつってんだろ、

聞こえてんのか?」

 

 

 

「だから、大丈夫ですよ。 アナタの行先は

もう変更されたのですから」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

「そう、アナタの新しい行先は……あの世です」

 

 

 

「――っ!?」

 

 

一瞬、グレンが虚を突かれた瞬間、小男の

呪文詠唱が始まった。

 

 

 

「《穢れよ・爛れよ・――」

 

 

 

(や、やべ――ッ!?)

 

 

場に高まっていく魔力を肌に感じ、グレンの

全身から冷や汗が一気に噴き出した。先手を

許してしまった。警戒を怠ったつもりはないが、

これほどまでに問答無用の相手とは予想外だった。

こうなればグレンの三節詠唱ではどんな対抗呪文

(カウンター・スペル)も間に合わない。

 

 

 

(しかも、あの呪文は――)

 

 

 

とある致命的な威力を持つ、二つの魔術の

複合呪文。しかも極限まで呪文が切り詰め

られている。呪文の複合や切り詰めができるのは

超一流の魔術師の証だ。

 

 

 

「――朽ち果てよ》」

 

 

 

 小男の呪文が三節で完成する。その術式に

秘められた恐るべき力が今、ここに解放される――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹木と鉄柵で囲まれる魔術学院敷地の正門前に今、

奇妙な二人組がいた。一人はいかにも都会の

チンピラ風な男。もう一人はダークコートに身を

包む紳士然とした男だ。手ぶらなチンピラ男と

異なり、ダークコートの男は巨大な

アタッシュケースを手にしている。

 

 

 

「キャレルの奴、上手く殺ったかな?」

 

 

 

「上手くやったに決まっている。

あの男が標的を討ち損じたことがあったか?」

 

 

 

「ケケケ、ねえな。ま、つーことは……」

 

 

 

「今、あの学院校舎内に講師格以上の魔術師は

一人として存在しない」

 

 

 

「ケハハハ! 例のクラスで可愛い可愛い

ヒヨコちゃん達だけがぴよぴよ言ってるワケか!

はーい、よちよち、お兄サン達が可愛がって

あげるよー?」

 

 

 

「キャレルのことは放って置けばいい。

我々は我々の仕事をするぞ」

 

 

 

その二人は言動も装いも、まるで印象正反対な者

同士の組み合わせであり、さぞかし好奇の視線を

集めそうだが、なぜかその日に限っては周囲に

人が誰一人いなかった。

 

 

 

「うーん、レイクの兄貴。やっぱ、オレ達じゃ中に

入れないみたいだぜ?」

 

 

 

チンピラ風の男が、一見、何も阻む物がない

アーチ型の正門に張られている、見えない壁の

ようなものを叩きながらぼやいた。これは学院側

から登録されていない者や、立ち入り許可を受けて

いない者の進入を阻む結界だった。

 

 

 

「遊ぶなジン。早くあの男から送られてきた

解錠呪文を試せ」

 

 

 

「へーいへい」

 

 

 

 と、その時だ。

 

 

 

「おい、アンタ達、何者だ!?」

 

 

正門のすぐ隣に据えられている守衛所から、

守衛が二人の姿を見とがめてやって来る。

 

 

 

「学院敷地内には特殊な結界が施されているぞ。

学院関係者以外は立ち入りが――」

 

 

 

その時、ジンと呼ばれたチンピラ風の男が、

守衛の左胸に指を当て、一言つぶやいた。

 

 

 

「《バチィ》」

 

 

 

その瞬間、守衛はびくんと大きく身を震わせ、

それが不運な彼がこの世界で耳にした最後の言葉

となった。

 

 

 

「えーと、よし、これだな」

 

 

 

打ち捨てられた人形のように倒れ伏した守衛になど

目もくれず、ジンは懐から一枚の符を取り出し、

そこに書かれているルーン語の呪文を読み上げる。

すると、ガラスか何かが砕けるような音が辺りに

響き渡った。

 

 

 

「おおー、事前調査通りじゃん! さっすが!」

 

 

 

門を覆っていた見えない壁がなくなったことを

確認し、ジンが子供のようにはしゃぐ。

 

 

 

「ふっ。あの男の仕事は完璧というわけだ」

 

 

 

「ま、時間かけただけあったもんね。

じゃ、報告と行きますかい」

 

 

 

二人は正門を潜って学院敷地内に侵入。

ジンは懐から半割りの宝石を取り出し、

耳にあてた。

 

 

 

「はいはい、こちらオーケイ、オーケイ。

もう〆ちゃっていいよーん」

 

 

 

数秒後。正門から金属音が響き渡る。

学院を取り囲む結界が再構築されたのだ。

 

 

 

「恐ろしいな、あの男は」

 

 

 

ダークコートの男――レイクが氷の笑みを

浮かべた。

 

 

 

「仮にも帝国公的機関の魔導セキュリティを

こうまで完璧に掌握するとはな」

 

 

 

「執念ってヤツかな? へへ、噂の魔術要塞も

こうなりゃカタナシだぜ」

 

 

 

「さて、行くぞ」

 

 

 

二人は正面を見上げる。左右に翼を広げる

ように別館が立ち並ぶ、魔術学院校舎本館が

そこにあった。

 

 

 

「標的は東館二階のニ‐二教室だ」

 

 

 

「へーいへいっと」

 

 

 

 

そう言いながら、黒いローブの男達は

アルザーノ魔術学院に侵入して行った。




これからも応援よろしくお願いします‼︎


楽しんで読んで頂けると有り難いです‼︎
書いた甲斐があります‼︎


システィーナの顔は真っ赤だったなぁ〜‼︎
(^_^)

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