魔法少女育成計画 Legacys   作:鹿縁

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3.◇海の賢者ハルミ

◇海の賢者ハルミ

 

 かんかんかん! とやかましい音を立てて、そこかしこで魔法のピッケルが振り下ろされていた。金槌とノミを持つ者や、そっと布を当てて壁の中から現れたゴミなのかお宝なのかわからない何かを磨いている者もいる。その全員が麗しい顔立ちの魔法少女だ。作業用ライトで照らされた薄暗い発掘場が似合う者は少なかったが、みな精力的に働いていた。

「みんな真面目だねぇ」

 他人事のようにのほほんとした呟きが思わず漏れて、おっといけない、と口を塞ぐ。誰にも聞かれていなかったかと胸を撫で下ろした所で、一人の魔法少女がくっくっと喉を鳴らして振り返った。

「そりゃ、ここで成果を出せなきゃ一生燻ったままの可能性の方が高いんだからな。お前さんみたいに暢気にしてる奴は、阿呆かよっぽどの大物だぜ?」

 燃えるような赤い髪をツインテールにした、少女というよりは大人の色香を漂わせる魔法少女だった。確かゴーアウト=フォールと言ったか。ライダースーツを思わせるジャケットと存在感のある瞳でなにかと目立っているので、特に関わりはないもののいつの間にか名前を覚えていた。

「んじゃ、わたしは阿呆の方ですね。大物なんかになったって仕事が増えるだけですし? あー仕事せずに食っちゃ寝してられる生活がしたいですー」

「筋金入りだね、お前さん。よくもまぁここまで来たもんだ」

 くっくっと肩を揺らしてゴーアウト=フォールが笑う。自分は働き者だが、他人にはそれを強制しない。むしろ自由にやらせることを好んでいる。好感の持てるタイプだった。人の上に立って長く、また豊富な経験を柔軟な発想で生かすことのできる上司だ。もっともこの場では階級などどこにもないが、きっとかつてはそれなりの地位にいたのだろう。

「引き籠ってニートやるより、大企業に入って社内ニートになる方が楽ができる。それがわたしの経験則です。長いものに巻かれろ、巻かれた上で怠けろ。最大限効率的に非効率な人生を歩むためには、積極的な消極性が大事なのですよ」

 知った風な口を利いて、にやりと口端を上げてみる。狙い通り、ゴーアウト=フォールは一瞬呆けたような顔をした後で噴き出し、腹を抱えて爆笑した。処世術が上手いだけの不真面目系クズとしては、有能な上司のツボを突くスキルは最優先で磨いておくべきだ。人心掌握だとか何だとかは面倒なのでやらないが、先輩に面白がられ、後輩に甘える。人間の形をしたナマケモノに生まれついたからには、いじめっ子だろうが殺人鬼だろうが問答無用で好かれる技術を持たねば生きてはいけない。

 昭和のオヤジに聞かれたら拳骨の雨が降り注いで性根を叩き直されそうなゆとり思想の極みだが、そう育ってしまったからには仕方がない。配られたカードで勝負していくのが知的生命としての矜持である。

「おいそこ、何をサボっている」

 凛と張った声が近くで響き、ぎくりとして振り向く。しかし言葉の矛先は笑いの余韻を堪えて震えるゴーアウト=フォールとハルミではなかった。テールコートを几帳面に着こなし、腰には儀礼用のサーベルを履いた近世の貴族のような装い。発掘計画で現場監督の役割を担っている、ノーブル・ベスティアーノ伯爵だ。マニッシュな衣装と怜悧な瞳で相対しているのは、猫耳としっぽと肉球のついたグローブを嵌めた、コスプレ感満載の魔法少女だ。叱られても怠そうな目つきを変えずに洞窟の壁に背を預け、いかにも不届き者という雰囲気がある。一応は最低限の仕事をしている風を装ってサボるハルミとは、また違ったタイプだ。

「だってぇ、ここ思ったよりぜーんぜん退屈にゃんだもん。ちまちま壁を掘ったり穴を掘ったりさ。もっとこう、一気に吹っ飛ばしちゃった方が早いんじゃにゃい?」

「貴様は……スコティッシュ・ボマーだったな。固有魔法は爆発する自分の分身を出すこと。その能力で遺産を跡形もなく吹き飛ばすつもりだったのか? 我々の未来は発掘した遺産がどれだけ有用かに掛かっているというのに?」

「勧誘の時はジャージの人にそうしていいにゃって言われたもーん」

 ハルミでさえ苦手なほど堅物のノーブル伯爵と、ハルミ以上に周りの視線を気にせずごろごろと寝転がっているスコティッシュ・ボマー。相性が最悪なのは誰の目にも明らかだった。

「まぁまぁまぁ」

 そこに割って入ったのが、虎柄の着ぐるみパジャマを着た中性的な顔の魔法少女だった。背丈が低く髪をボーイッシュなショートカットにしていることもあって、少年のようにも見える。彼女は一触即発のノーブル伯爵のスコティッシュ・ボマーの間に入り、それぞれの顔を見た。

「事件のことで世間から色々言われて、やさぐれた傷がまだ癒えてない子も多いんですから。最初は思い通りにいかなくてふてくされたりもしますって。これからですこれから。じゃないですか、ノーブル伯爵? ね? キミもほら、ボクの顔に免じてちょっとだけお仕事しようよ。ほら、ネコ科のよしみで」

 虎柄パジャマの魔法少女は、子供っぽい外見とは裏腹にそれぞれの立場に合わせてユーモアも交えて二人を宥めた。不承不承、ではあったが説得されたノーブル伯爵とスコティッシュ・ボマーが矛を収める。

「とらこ、か……ふん、まぁいい。私に与えられているのは監督権だけで、懲罰までは行えないからな。だが覚えておけよ。今の我々には、無駄飯食らいを飼っておく余裕などはないのだ」

「しょうがにゃいなぁ、ネコ科のよしみだもんねー。しばらくは働いてあげるけど、ずっとつまんないままだったら丸ごと吹っ飛ばしちゃうから。ふーんだ」

 それぞれの捨て台詞を残して、ノーブル伯爵とスコティッシュ・ボマーは元の作業へと戻って行った。洞窟の発掘場に満ちていた緊張感が弛緩し、数十人の魔法少女達が自分の持ち場へと引き返していく。

「やるじゃん、お前さん。さっきの仲裁は見事なもんだったよ」

 ピッケルを担いで天然の壁面に向かいながら、さりげなくゴーアウト=フォールが虎柄のパジャマの隣に立って称賛を送った。会話をしているとバレずにサボりやすくなるという経験則を活かし、ハルミもその隣に加わる。

「ほんとですよ。あんな両極端な二人を同時に宥めるなんてなかなかできることじゃありません。流石はとらこさん。いえ、とら兄様とでもお呼びしましょーか」

「アハハ。ボクとキミ達、初対面だよね? ま、ゴーアウト=フォールさんのことは前から知ってたけど。とらこでいいよ。キミは?」

「海の賢者ハルミです。魔法少女名を考える時にたまたま晴海埠頭の近くにいたのでそんな感じに」

「なにそれ面白い。適当すぎ!」

「お、楽しそうだなお前さん達。アタシだけ仲間外れは嫌だぜ?」

 ワイワイと盛り上がる喧噪に包まれて、ハルミは二人ほど頼れる友達が増えたことを嬉しく思った。下心はあるが、久方ぶりの気の置けなそうな話し相手を見つけて純粋に喜ぶことだってあるのだ、ナマケモノでも。

 


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