魔法少女育成計画 Legacys   作:鹿縁

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2.◇シースルーララ

◇シースルーララ

 

「あんたの名誉、挽回したくはない?」

 

 何が楽しいのか、ドリンクバーのメロンソーダをストローで啜りながらその魔法少女は満面の笑顔を浮かべてそう言った。

 緑のジャージをへその辺りまで豪快にチャックを下げ、内側に着込んだ小中学生が着ていそうな体操服が丸見えになっている。なんと胸に縫い付けられたゼッケンには名前が書いてある。『さいころん』。5(ファイブ)サイコロン。魔法少女はそう名乗った。

 おおよそララの知っている魔法少女のキラキラした衣装とはかけ離れていたが、どこか余裕のある態度でへらへらと笑っているサイコロンの容貌は勿論、身長は小柄ながらも体操服越しに浮き出た体のラインもだらしのない格好をそういう着こなしなのではと錯覚させるほどに強烈なメリハリがある。第一、緑の髪を四箇所で結っている日本人などいるはずがない。

 対するシースルーララも、魔法の端末に胡散臭い「会わないか」という連絡を寄越した相手に変身前の姿で会うリスクは侵したくなかった。だから今このファミレスのテーブル席はだらしないジャージ姿の美少女と雨も降っていないのに半透明のレインコートに長靴を履いたクリーム色の金髪の少女、といういささか奇怪な組み合わせに占領されている。にもかかわらず、恐らくは過剰に整った容姿に目を惹かれたと思われる視線がチラチラと向けられる以外に、二人はさほど目立ってはいなかった。

「ま、ここは天下のT区電気街のど真ん中だからね。二人組の美女がコスプレしてるぐらいじゃ珍しくもない。変身したまま顔合わせするにはうってつけだろ?」

 ララが周囲に落ち着かない視線を向けていたのに気付かれたのか、サイコロンは安心させるような口調で言った。確かに、街中で会おうと言われたのはララにとっても重要な判断基準だった。いくら切羽詰っていたとはいえ、どう考えても闇討ちまっしぐらな廃工場で会おうと誘われていたら、一も二もなく自宅に引き籠って震えていただろう。

 それでもやはり自分自身臆病だという自覚のあるララが勇気を振り絞って見知らぬ他人の誘いに乗ったのは、これを逃したらもうチャンスはないのではないかという危機感からだった。裏切り者。犯罪者。無職。前科持ちニート兼ひきこもり予備軍。そんな気弱なララが背負うには重すぎる十字架が、背中にのしかかり続けている。日本の法律でも魔法の国の法でもララが監獄に入れられることこそないが、社会復帰をせずに針のむしろのような生活を続けていくのはもう明らかに限界だった。

「あ、あ、あの」

 意を決して、ララはジャージ姿の魔法少女に向かって口を開く。まだお互いの自己紹介ぐらいしか済ませていない内に、サイコロンがいきなり言い放った台詞が先程のアレだ。キャッチフレーズか何かのつもりなのかもしれないが、ララには無用な混乱を与えただけだった。だが、ララとしてもこのまま何もせずに家に帰るというわけにはいかない。

「サ、サイコロンさんは、どういう人なんですか? 名誉を挽回する、って……?」

 ああ、とようやく乗り気になった交渉相手に気を良くしたように、サイコロンが笑顔を浮かべた。実際にはずっと笑いっぱなしだったが、より楽しそうになった。

「『元プク派助け合いの会』、通称互助会。そーゆーのがあるんだよ。何百人だか何千人だかもっとだかいたプク派の連中が、この前の事件で一気に宿無しになっちゃったからね。どうにかしなきゃってことで、監査やら人事やらに任せっきりじゃなくて自分達で再就職と社会復帰を助け合おう、ってことでそーゆーのができたわけ」

「も、元プク派……っていうことは、サイコロンさんもプク派の魔法少女だったんですか?」

「そーいうことになるかな。今となってはちょっぴし不本意だけどね」

 うひひ、とサイコロンが笑った。元プク派と聞いて、ララは自分の中の警戒心が薄らいでいくのを感じた。単純なものだが、何の共通項もないよりはマシだ。たとえ全貌を誰も把握していない大派閥の、顔を合わせたこともないような相手であったとしても、立場が同じなら少しは共感もしやすくなる。

「サイコロンさんも、その、プク様は悪い人だったって、思ってますか……?」

「うん? あ、ララちゃんは今でもプク・プックのこと結構信じてる系?」

「いえ、あの、わからないんです。私は普通に勧誘されてプク派に入って、だんだんとプク様に仕える喜びを感じるようになって。た、確かに事件の後プク様を尊敬する気持ちはほとんど無くなったような気もします。でも、どこまでが魔法の効果で、どこまでが自分の本当の気持ちだったのか……。プク様がやろうとしたことはとっても怖いことで、止めなきゃいけなかった、っていうのはわかるんです。でも、プク様がいなくなったって聞いて、すごく悲しくなったのも本当で……」

 俯いて唇を噛み締め、今にも嗚咽を零しそうな調子でララはこの数週間の間抱えて来た想いを吐露した。さほど多くはない元プク派の友人はプク・プックの洗脳に晒されていたことに怒りを表明したり、あっさりと切り替えて再就職のために奮闘している者がほとんどだ。その中でララだけが未だに己の感情の折り合わせがつかず、一歩も前に進めないでいる。プク派にいた頃は楽だった。稀に姿を見せるプク・プックに会えばどんな悩みも消し飛んだし、そのお願いを聞いていれば衣食住は保障された。けれど、もうプク・プックはいない。頼ることはできない。

 ララの言葉を聞いて、ふんふんとわざとらしく相槌を打っていたサイコロンは、聞き終わるとまたすぐに満面の笑顔を取り戻した。馴れ馴れしくララの肩に手をかけ、

「だーいじょーぶ! 互助会にいるのは積極的に元気もりもりでやっていこうって子ばっかじゃない。あんたみたいに悩んだままどうしたらいいかわからないって子も沢山いる。それでも何とか前を向いて、今自分にできることを探して行こう。そういう感じの団体なんだ、ウチはさ」

 と励ました。その姿勢に迷いなどは一片たりとも見当たらない。今自分にできることを探す、という意味では、これこそが彼女にとって今自分がやるべきことなのだろう。

 迷いなく、やりたいと思うことを見つけていける強さと逞しさ。羨ましいな、と思った。そして、この人についていけば何か変われるかもしれない、とも。

 結局未だに他人に依存することでしか生き方を見い出せないという自らの欠点を自覚しないまま、ララは既に互助会に身を寄せることを半ば決心していた。

「あ、あの、ところで。メールに書いてあった、汚名返上、名誉挽回するための起死回生の計画! っていうのは何なんでしょうか? ボランティアとか、ゴミ拾いみたいな地道な活動とかじゃあ……」

「あれね! あれはもっと派手でドカーンって感じの、一気に私達互助会、ひいては元プク派の信頼を回復させる一大イベントなんだよ。その名も」

 よくぞ聞いてくれましたとばかりににやにやを五割増しにして、サイコロンは衣装の一部らしいスクールバッグからA4サイズのポスターを取り出し、ララに差し出した。

 つられて目をやったララが、そこに大きく印字されていた言葉を読み上げる。

 

「『プク・プック その大いなる遺産発掘計画』?」

 


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