高町なのはとユーノ・スクライアがジュエルシードを集め始めてから一週間が経過した。現在彼らの所有しているジュエルシードは六個。既に確保していた二個と合わせれば七日で四個の収穫となる。まずは順調、そう言っていいだろう。
ただし、競う相手が存在して、向こうも既に3つを確保しているとなれば話は別だ。
金髪の少女、フェイト。
その使い魔、アルフ。
まだ二、三度戦っただけだが、フェイトの実力は明らかにユーノ以上、もちろんなのはよりも上である。更にアルフも侮れず、二人のコンビネーションは隙のない見事なものだ。
このように、戦闘では何歩も譲ってしまう二人だが、ジュエルシードを捜索し発見する手際に於いては彼らに軍配が上がった。
「ありがとう束ちゃん、教えてくれた通り、市民プールにあったよ。回収してきた!」
「やったねー、なのちゃんお疲れ様。どうかな、一週間経って、魔法少女稼業の調子は」
「うーん、束ちゃんと、ユーノ君のお陰でどうにかやれてるって感じ。フェイトちゃんに会ったらやっぱりこてんぱんにされちゃうし」
篠ノ之束が協力しているからだ。
ここは篠ノ之神社にある、束の地下研究室。家主によって日夜怪しい発明品を生み出している魔窟だが、今は同時に、なのはとユーノがジュエルシードを探すための拠点となっていた。
フェイトと初めて戦った日の夜。なのはは一旦ユーノを連れて(当然フェレットモードである)自宅に帰ったが、晩御飯の後という遅い時間にようやく束から呼び出された。
研究室の入り口で出迎えてくれた束が、なぜだか全身傷だらけなのには大いに驚いたが。その後の話し合いにより、束もなのはとユーノのジュエルシード探しに全面協力してくれることと決まったのだ。
なのはにとっては、百人力よりも更に頼もしく、強い味方ができたことになる。
ただし、束自身はどうも前線には出ないと決めているようだった。その代わりとして街の探索を行ってくれたり、ラボの中を魔法の訓練所として開放してくれている。
見ようによっては中途半端な協力体制だが、なのははそれを不満に思わない。むしろそれで良かった。
いくら束が天才であろうとも、空飛ぶ魔法使い同士の戦いに巻き込む訳にはいかないのだ。
それに、束が前に出ないのには、彼女なりの理由があることも知っていた。
「それで束ちゃん、こっちからも聞くんだけど、新しい発明品の調子はどう?」
「ええー? まぁあれだね、まだ始まったばっかしだから、なのちゃんに見せちゃえるくらいの形になるのは……もうちょい先かな」
そう、束は何やら、新しい発明品に取りかかっているようなのだ。
しかもそれは、今までの発明品以上に新しく、だからかなりの労力がかかっているらしい。
授業中の内職は当然のこと、休み時間はいつものように空き教室に駆け込んで一心不乱にコンソールを動かしたり、一見ガラクタに見える機械部品を組み立てたりしている。
側にいてくれるだけでインスピレーションが湧いてくる気がするから、と一緒に引っ張り込まれるなのははそれを見て、一生懸命な束の姿に深い満足感と喜びを抱いていた。
魔法と出会ってからは一事が万事この調子なのだ。それまで自分と喋るときを除いては、ほとんど何事にも退屈そうだった彼女が。
それがなのはには、たまらなく嬉しい。何かに燃えて、とことんまで打ち込む。そういう束こそが束らしいし、いっとう眩しく輝いているのだと思うのだ。
「ねえ、それってなんなの? 魔法と関係あるの?」
「まあそうだね。魔法という概念を知らなかったら、構想も制作ももうちょい後になってたかも」
「えー! 気になるな、教えてほしいな」
「ふふふ……まだ秘密だよ。完成したのを見て欲しいんだ、なのちゃんには」
そうまで夢中になる対象が何なのか、気になって仕方ないなのははもどかしげに足踏みしながら問いかけるが、束は含み笑いを浮かべて誤魔化す。
その辺りも、今までとは違っていた。この前の人参ジェットのように、なのはが興味を持てば、束はそれが何であろうとなのはに見せてくれていた。
しかし今回は、なのはにすら触らせず、秘密にしたがっている。ということはそれだけ重要で、大事なものなのだということだろう。
「ええー!? そんなのひどいよ束ちゃん! なのは、怒っちゃうかもよ?」
「ごめんねぇ。でも驚かせたいんだ。せっかくだからなのちゃん含め、みんなをあっと言わせたいの」
両手を握って人差し指だけを伸ばし、それを眉の上に置いて鬼の角に似せ、わざとらしく怒るなのは。束が困ったように笑って言い訳するのを見るのも嬉しい。
それは、自分たちが友達であると確認できるやり取りだから。
「……あ、そうだ」
ふと気づいたように、束はなのはから視線をそらしてユーノに話しかけた。
なのはの家ではフェレット姿でいる彼だが、人目につかないこの場所では人間の姿をしていた。
高町家でも勿論暖かく迎え入れられ、特になのはの姉、美由希に可愛がられているユーノだが、それはあくまでフェレット姿での話。軽々と抱かれたりお腹を撫でられたり、お手と言われて手を乗っけさせられたりする日常の中では、たまに人間に戻らないと息が詰まるのだそうだ。
しかし、束のラボにも彼の安息の日々は存在しないようである。
「なあチミぃー、少し頼みたいことがあるんだけど」
「ま、また?」
束がユーノによく頼み事をしているからだ。
なのはの聞く限り、その内容は研究室を整理しろ、指定した本を買ってこい、という所謂パシリのようなことである。
これもまた、魔法と出会ってから始まった、束の新しい習性の一つだ。
それまでの束は発明するにも研究するにもたった一人で、なのはですら、完成品を見せるならともかく制作過程に関わらせはしなかったのだ。
なのはが少し前にその理由を聞いてみると、曰く。
あのフェレット、雑用やらせりゃなかなかとっても役に立つ、らしいのであった。
「うん、そう。またお願いね」
「あ、あのー……何度も言うけど、僕にはなのはの練習相手とか、ジュエルシード集めとか、色々あるんだって」
とはいえユーノにしてみれば、そんな評価など知ったことではないようで、やんわりとした言葉で断ろうとするが。
「んんん~~? 今の言葉は聞き捨てなりませんなぁ~、まるでこの束さんの頼みを断るようなことを仰るね~」
「な、何がだよ、それの何が悪いんだ。ちょっとだけならいいけど、毎日毎日何か頼まれてたらこっちだって」
「君が今人間の姿で居られるのは誰のおかげかな?」
束が一言指摘すれば、反論の言葉を喉に詰まらせたように、ううっ、と呻く。
「束さんがあの栄養ドリンク作るのだってタダじゃなかったんだよ? 発明には多額のお金が掛かるのが世の常なんだよ? ユーノ君はそれ払える? 全く未知の世界で暮らそうとしたのに換金できる貴金属なんて一つも持ってないようなユーノ君に支払い能力があるとは束さんぜんぜん思えないんだけどなー」
「わ、分かった、分かったから!」
追い詰める束の文句は間違いなく脅迫か、もしくはその又従兄弟のような内容だったが、なのははそれを怒ろうとはしなかった。理由は分からないが、束がそれを本気で言っているとは思えないからだ。
「で、今度は何をやればいいの?」
「ああ、大丈夫、簡単だし時間もかからないから。転送魔法って使えるよね?」
「うん、おかげさまで」
「地球の特定位置に自分を転送することは?」
「出来るけど」
「じゃあさ、今からこれを持って、束さんの指定する座標に転移してよ」
言うと同時に束が渡したのは、転送座標を書いたメモ用紙と、もう一枚、何やら細かくみっちりと書き込まれている細長い紙。
ユーノはそれを怪訝そうに見つめながらも、
「この座標……どうやって計算したの? そのままこっちの魔法に適用出来る形式だけど」
と目を見開いて驚いた。
「実際に魔法が使えなくても、魔法の計算式はちゃちゃっとエミュレートできる。それで座標も計算したの」
「……転送魔法の座標計算ってだいぶ難しいんだけど……全く、君はどこまで頭がいいんだ」
「今更言わずとも。束さんは天才なの。君もだいぶ要領はいいし手先も器用だけど、束さんには遠く及ばないよね! まぁ……天才の『助手』としてはギリギリ合格かな、うん」
「……じ、助手かあ……」
口端を引きつらせるユーノだが、なのはが思うに、これは束なりの最上級レベルの評価なのである。だから喜ぶべきではないか、とまで考えてしまう。
「良かったね、ユーノ君」
「はははは……」
だからなのはは讃えたのだが、ユーノはそれでも納得出来ない様子で眉をしかめながら頭をかいていた。
「……で、向こうに着いてから何をするの?」
「ああ、きっと黒服のお兄さんが来るから、その小切手とお兄さんの持ってるアタッシュケースを交換してよ。ちなみにケースの中身は超高性能なプロセッサだから乱暴しちゃだめだよ?」
「小切手? ……って! なんか物凄い桁の数字が書いてあるんだけど!? これっていくらなの!?」
「気にしないでいいよー、それじゃあそろそろ取引時間だから早くして! 大丈夫、向こうは小切手さえ持ってけば、運び屋が変な服の子供でも一向に構わないタイプの人たちだから!」
「ねえそれ何だかとても危ない感じがするんだけど!? ちょっと、ねえ!」
恐慌状態に陥ったユーノの救いを求めるような瞳がなのはへ向くが。
なのはとしては、この天才は何もかもを計算しきっていて、だからユーノが危ない目に遭うことは無いだろうと信じきれてしまい。
「頑張って、ユーノ君!」
「うわーん! ちくしょー!」
涙目で自分を転送するユーノに向かい、手を振って明るく送り出すのだった。
そして、自分も研究室の出口へと向かう。
「じゃあ、なのはもこれでお暇します」
「あれー? もっとゆっくりしていっても良いんだよ?」
「夜になる前に、自分でもちょっとだけジュエルシード探しやりたいから。束ちゃんの探知機もまだ完全じゃないんでしょ?」
「まぁ、そうだけど……頑張るねー、なのちゃん」
「街が大変なことになってからだと遅いから、それに……」
最初の、ごく当たり前な理由からもう一つ続けようとして、なのはの舌は止まってしまった。
自分でも、その続きが何なのか分からなくなってしまったからだ。いや、そもそも最初の理由だけで十分なのに、その上何を積み重ねようとしたのだろうか。
それにどうして、あのフェイトって女の子の姿を思い浮かべてしまうのだろうか?
えと、ええと、なんて言いながら戸惑うなのはだが、束が穏やかにそれを諭した。
「無理して答えなくてもいいよ。何だかわかんない気持ちがある、ってことだね?」
「うん。私、駄目だなあ。束ちゃんみたいにすぐ結論が出せなくて、いつも迷ってばっかりで……」
「じゃあ、じっくり探していけばいい。迷いながら、それでも自分を信じて頑張りたいんだよね?」
「そうだね、何もしないのも、出来ないのもいやだから」
「……なのちゃん。私は、そんななのちゃんを応援したい。応援してるつもりだよ」
その言葉は、誰より何よりなのはの背中を押してくれる。
このままでいいんだ、それでいいんだと、なのはのありのままを認めてくれるように聞こえる。
「ありがとう、束ちゃん……じゃあ、また今夜ね」
「うん、助手はちゃんとフェレット姿で返してあげちゃうからね。ばいばーい!」
「ばいばい!」
がちゃり、と分厚い扉を開けて階段を上がり、研究室の上層、偽装用のあばら家の出口からなのはは外へ出た。
学校帰りに寄ったものだから、もう日は陰っていて夕焼け小焼け。
あまりのんびりしていると、帰る頃には日が沈み切ってしまいそうだ。
どうせだから、篠ノ之家にいる赤ちゃん、束の妹である箒にも挨拶しておきたかったのだが、それはまた後のことにしよう。
そう考えながら神社の石段を降りきったその時。
なのはは、濃い緑色の和装を着た、柳のように長細い男とすれ違った。
「あ、こんにちは」
深々と頭を下げて挨拶を返したのは、その男がなのはにとって良く知る目上の人であったからだ。
向こうもなのはに気づいたようで、振り向き話しかけてきた。
「こんにちは。また束と遊んでくれていたのか」
「えと、そうです。柳韻さんは?」
「君の父親と打ち合わせをしてきた所だ、例の大型連休にやる」
彼こそが、篠ノ之家の家長にして、この神社の神主である篠ノ之柳韻であった。
つまり、あの篠ノ之束の父親なのだ。
「あ、温泉旅行ですね! なのは、とっても楽しみです」
「そうか」
とだけ、僅かに答えて首肯する柳韻。
彼はとにかく、無口で頑固一徹な男だ。その物腰はぴしっと整っていて、なのはを見る目にもどこか険しい鋭さが宿っている。
なのはは改めて思う。この柳韻という人には、篠ノ之束との共通点がどこにも見当たらない。
「束ちゃんも来るんですよね」
「そうだな。君が来るなら行くだろう……いつも以上に羽目を外して、な」
なのはは明るく語ったが、柳韻の言葉には苦々しさが散らばっていて、しかもそれを子供のなのは相手に隠しきれていなかった。
そう。柳韻と束の親子仲は最悪なのである。少なくとも、なのはがこれまで見た親子の中では最も悪い。
なのはと出会う前など、束が秘密基地を勝手に作って、それに激怒した柳韻が重機まで持ち出し打ち壊そうとするような全面対決があったようなのだ。
その結果は、何度壊されようが作り直して、終いにはブルドーザーですら打ち壊せないバラック小屋、という摩訶不思議な代物を立てた束の粘り勝ちであった。
そして、ますます親子仲は険悪になり、一時は会話すら一ヶ月に一度あるかないか、という状況だったらしい。
だが、なのはとの出会いによってどこか変わった束が、自分から両親に声を掛けたことをきっかけとして、親子の関係は徐々に修好している……のではあるが。
「にゃはは、確かに去年ははしゃぎすぎてましたけど」
「全くだ。『浴衣には打ち上げ花火がないと』などと言って、本当に花火を、しかも花火大会で見るような巨大なものを打ち上げて……」
「あぁ、空いっぱいに私の似顔絵、それからハートマークがでかでかと……あれは、流石に恥ずかしかったです」
「あのときはすまなかった……全く、うちの馬鹿娘め……!!」
僅かに話しただけで怒り心頭な様子を見せるように、柳韻は未だ束を怒るだけで認められず。
束も束で、沙耶には多少なりとも娘として応答するが、柳韻のことはまだ完全に無視しているのだった。
「で、でも、束ちゃんは束ちゃんなりに、私が好きだって表現したいから、ああしたのではと思うのですが」
「それにしても限度というものがある! あいつはそれを全く分かっとらんのだ。何を教えようが知らん顔で、いつもいつも暴走して……! 何も考えずにあんなことを……!」
それは違う、と言いたくなったなのはだが、確かに親の目線で見ればそうなのかもしれない。
柳韻も、それから母親の沙耶も。どちらもごくごく普通の人間で、だから娘のことも、個性や性格は尊重するとしてもやはり普通に、過不足がなく人様に迷惑を掛けないようないい子を育てたいと思うはずだ。
しかし生まれてきた束は、恐ろしいほどエキセントリックで。
だから致命的にすれ違ってしまって、今になってもそのままなんだとなのはは理解した。
そうなのだ。束と柳韻という正反対な人間が、そうなる理由は確かに分かる。
「柳韻さん。いいですか?」
「……なんだね」
だが、なのはは束の友達だ。友達としては、友達の親よりも友達の方向を向いて、弁護をしてあげたかった。
「束ちゃんは、優しい子だと思います」
「だろうな。君にとってはだが」
「他の子には優しくないと?」
「残念だがそうとしか思えんな。君たちの様子を後ろから見ている限り。あいつの行動は考えなしのいい加減だ。そうとしか思えん」
「……本当にそうでしょうか」
束ちゃんはですね。
なんでもかんでも分かっちゃってるんです。
「それがどうした」
「だから、束ちゃんには分かるんですよ。他人がどうなるか。それだけじゃなくて、自分がどうなのかってことも」
人間、自分のことは自分でしか分からないとはよく言われるが。そんなことはないとなのはは思う。
例えば、辛いものが好きな人は、自分は辛いものが好きだ、と認識はするだろう。しかし、どうして辛いものが好きなのだろうか、と問えば、その答えを導き出せる人は少なくなる。
舌がヒリヒリするからと答える人もいるだろう。しかし、ではなぜ舌がヒリヒリするのかを問えば同じことだ。
好きなものは好きだから好きなんだ。
そう答えて、それで結論するのが普通の人間である。
だが、束は違うのではないか。とことんまで己に問い詰めて、確固たる答えを持っているのではないか。
何事も解き明かさずにはいられない性格の彼女は、他人だけでなく、自分すら解析しているはずなのだ。
そしてきっと、その「答え」として――天才だと、自称している。
「私なんて、普段は出来るだけ周りを見てるつもりですけど、ときどき、周りを見ずに突っ走っちゃうことがあります。でも、束ちゃんにそれは無いと思うんです。周りも自分も全部見て、それから決めて、動いてるんです」
「……」
「だから、その、なんといいますか……ええと、とにかく束ちゃんを信じてあげてください」
ただの友達が、親御さんにこんなことを言うのも何ですが。
そう付け加えて、なのはは鳥居を潜り、神社から去っていった。
次回は6/2の19:00投稿です。