天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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第四話:燻る心

 なのはが魔法に出会ってから、一夜明けて。

 そのきっかけである昨夜の騒ぎはどうやら、車の事故であると解釈されたらしかった。

 今日も三人揃って仲良くバスに乗っていると、アリサがなのはに事件の噂を教えてきたのだ。

 

「……そういうわけで、結構ボロボロになってるらしいのよ、あの辺り」

「そ、そうなんだ……」

「大変だよね……というよりも」

「そう、あのフェレットのことよ。あいつ、大丈夫なのかしら。事故に巻き込まれて……とか、無いわよね!?」

 

 心配そうに語り合うすずかとアリサだが、なのはは既に事の真相と、フェレットが無事であることも知っている。というより、自分とフェレット、それから自分の大親友がことの当事者その本人であるのだった。

 

「え、えーと、それは大丈夫……」

 

 だから、思わず口に出してしまい。当然、アリサとすずかには追求される。

 

「なんで? なのは、アンタ何か知ってるの?」

「え。ええーと、その、あの……」

 

 なのはは慌てた。まさか魔法によって引き起こされたものだとは喋れない、ではどうすれば。

 笑い顔の中で自分の失言を取り返すのに必死だったなのはへ、助け舟が思わぬ方向から寄越されたのは、たった十数秒だけ後のことだった。

 なのはの携帯が、ポケットのなかでバイブを動かし受信を告げる。

 

「ごめん、メール来た……あっ!」

 

 送信者は篠ノ之束。

 内容は、

 

『友人二人にはとりあえずこの写真を見せ給え! なお、面倒なので例の獣医からだと言っておくように 親切で優しい束さんより』

 

 という文面と、怪我の治ったフェレットの写真だった。窓には朝日が登っているから、今朝の写真だと分かる。

 

「ほら、アリサちゃんすずかちゃん、これ!」

「あ、フェレット……無事だったんだ。ねえこれ、誰からのなの?」

「えと、それは動物病院の先生がね。今朝電話したらアドレス聞かれて、それで送ってもらったの」

「ふーん……そう、良かった」

 

 アリサもすずかも納得してくれたようで、溜飲を下げ一安心、といった様子だ。なのはも同じく一安心である。

 魔法という非日常を周りに明かしてはいけないというお約束くらいは、重々承知なのだ。

 

「あ、そういえば今日、束のやつ、居ないわよね……?」

「ホントだ……なのはちゃん、何か聞いてる?」

「え、あ……」

 

 ここで初めて、なのはは気づいた。いつもなら自分と一緒に、自分の家から遠く離れたバス停に割り込んでくる束の姿が、今日はない。

 メールで確認してみようか、と思ったが、考えてみればその必要はないだろう。ここに来ないどころか、きっと欠席するに決まってる。

 だって彼女は、とても忙しいのだ。

 ユーノ・スクライアと魔法のことで。

 魔法。束はそれを、今までこの世界にて明らかにされなかった、全く未知の概念を知ったから、あんなに悦んでいた。

 それは、なのはと知り合った時の束と同じくらい、いや、それ以上の歓喜なのだろう。

 これまで二年間、束という傍若無人の側にいたなのはには、明確に理解できた。

 だから――嬉しいと、思う。

 

「……今日は、もしかしたらお休みするんじゃないかな」

「え……? どうしたのよ、なのは。なんでそう言うの? アイツのことだし、また昨日みたいなハチャメチャかましてくるかもしれないわよ」

「私達と会わなくても、先に学校に着いてたりするかも」

「どうかな……」

 

 なのはが二人の言葉に首肯せず、柔らかながらも否定する理由は、束が小学校に行く理由を知っているからだった。

 そこに、なのちゃんが居るから。

 要するに、篠ノ之束にとっての学校は、高町なのはと触れ合い語り合う為だけの空間なのである。その他は、授業もお弁当も体育も水泳も放課後も、何一つ塵以上の価値を持たない。

 だから――魔法なんて綺羅びやかなものが、目の前に吊り下がっていたら。学校よりもそっちを取るだろうな、となのはは確信できるのだ。

 それは、道徳的にはいけないことだし、止めるべきではあるかもしれないだろうけど。

 束が笑顔を浮かべながら魔法を調べる姿を想像すれば、その楽しみを止めることには足踏みしてしまうなのはだった。

 

「はぁ……なのはって、本当にあいつと仲がいいのね」

「うん、友達だし。それが?」

「……なんていうかさ。今のアンタ、あいつのことなら何でも分かってますーって顔してる」

「何でもじゃないよ。束ちゃんのこと、私は少ししか分かってない。とても頭が良くて、何でも分かって、目線も私よりずっと広くて。束ちゃんが立ってる場所、見ているものに、私、まだ近づけてもいないと思うけど」

 

 そう語るなのはの表情には、悔しさ一つ見当たらない。ただ、目の前に高く光る星を見つめる時の羨望と、上を向く力強さだけがある。

 

「でも、ううん、だからこそ。私、束ちゃんと友達でいたいんだ。仲良しでいたい」

「で、でもなのはちゃん」

 

 

 すずかが小声で、躊躇いながら話す。

 

「どうしたの、すずかちゃん」

「……話は変わるし、今更聞くことじゃないと思うけど……束ちゃんのこと、怖くないの?」

 

 すずかの問に、なのはは意外そうな口ぶりで答える。

 

「どうして怖がらなきゃいけないの?」

「だ、だって、普通の人と違うんだよ? あんなに頭が良くて、体も強くて……私達と同い年じゃないくらいに飛び抜けていて……凄いけど、でもちょっと……って、思うんだけど」

「すずかちゃん」

 

 なのははすずかの論説を塞ぐように名前を呼んで、首を振って彼女に向き合った。

 すずかは口ごもり、目線を僅かに下げた。

 

「束ちゃんはそんなんじゃないよ。皆と同じ。私と同じ。賢くって何でも知ってる、力は強くて、体も強い天才だけど、でも――それでも、極普通の女の子なんだよ」

「ねえなのは、それって矛盾してない……?」

 

 口を挟んできたアリサにも、なのはは振り向いて言い返す。

 

「ムジュンしてないんじゃないかな。天才だからって……この世界に生まれて、私達と同じくらいしか生きていないのは確かでしょ?」

「そりゃ、そうだけど」

「だから、同じ。私と。アリサちゃんとすずかちゃんと。ただ、天才なだけで。だから怖くない。むしろ頼もしくて、凄い子だなって思う」

 

 その口調に、迷いはない。当たりの強いはずのアリサを逆に怯ませるくらいに。

 二年間付き合って積み重ねてきた信頼は、なのはの胸にしっかりとした柱を立てていた。

 篠ノ之束は天才で、それでも、私達と同じ女の子だ。

 なら、きっと。いつかきっと追いつける。

 自分は足が遅くて鈍くさいから、束ちゃんがスキップ混じりに歩んだ道をなぞるのにも、ずっとずっと時間がかかって。

 でもきっと、束ちゃんはそれを望んでいる。つまらない世界を面白くして、というのはつまり、そういうことなんだ。

 

「……そうなの……」

「……」

 

 そんななのはの主張に対して、何も言い返さない、と言うより返す言葉が見つからないという様子で沈黙するアリサとすずかだった。

 

 

 

 

 

 

 結局なのはの語ったとおり、学校の教室にも束は来ていなかった。そのまま授業が始まって、入学以来皆勤賞だった束の出席簿に初めて欠席マークが記された。

 そして、午前の授業が終わり、お昼休み。なのはの携帯に、再び束からのメールが送られた。

 

『現状を報告したいので、三階の空き教室の左から二番目のロッカーを叩いてね! パスワードはこの前と同じだよ!』

 

 なのはが教室をちらと見渡せば、アリサとすずかは他の女子と昼食を楽しんでいる。ならば問題ないだろうと、なのはは二階にある自分の教室から離れて、階段を登って三階へ渡った。そこにひとつだけある空き教室は、時折放課後のクラブ活動や補習に使われるだけで、普段は殆ど人の入り込まない、隠れ場所にはうってつけの場所だ。

 しかし、束はそれだけでは満足しなかったのか、自分だけの城と呼ぶべき場所を作っていた。

 なのはがロッカーを規則正しく二回、とんとん、と叩けば、ペラペラの鉄板なはずの扉の一部が裏返り、分厚いキーボードが現れる。

 そこに、

 

『nano-chan to lyrical sitai』

 

 と打ち込めば。

 窓の内側にあるシャッターが閉まり、ドアが電子ロックされる。その外側にはホログラムが表示され、外から見れば誰もいない空き教室の風景が映るだろう。

 太陽の光が遮られ、薄暗くなった教室の中を照らすのは、元からあった蛍光灯と――木製であるはずの机から出ている、液晶画面の光。

 なのはがその机の一つにつくと、ノートパソコンが開かれるように液晶画面が持ち上がり。底面に残ったのはコンソール。つまりこの教室の机は残らず、机に偽装したコンピュータに改造されているのだ。

 これは、束の秘密基地その二。ただ学校に行くのもつまらなすぎるからという理由で、なのはウォッチングの片手間に魔改造した空き教室だ。

 

「やっはろー♪ なのちゃんお元気ぃ? 昨日はお疲れ様だったけど大丈夫?」

「にゃはは、束ちゃんも元気そうでなによりだよ。 私は大丈夫、ゆっくりお休みできたし」

 

  つながっている通信は、もちろん束の秘密基地一号からだ。喜色満面の束を見て、なのはは自分の想像が当たっていたことに喜んだ。

 

「束ちゃん、なんだかとても楽しそう。魔法について、何か分かったの?」

「そりゃあもう! あのフェレットもどき、知識だけは一丁前に持ち合わせていてね。お陰で初日から捗りまくりだったよ! そうだね、魔法の、細かく言えばミッドチルダ式魔法術式の基本的なシステムはあらかた理解できたかな」

「そっか。それは良かったね。ユーノくんにお礼言っておかないとだよ?」

「はいはい分かってますー。まぁ、怪我も治したしさ、束さんなりに丁重に扱ってはいるよ、うん」

 

 そこまで話して、そういえばユーノはもともと自分が預かる予定なのだったと思い出したなのはは問いかける。

 

「ところでユーノ君はどうしたの? 元気な姿が見たいんだけど」

「あ……あはー、それがねえー」

 

 モニタの前の束の顔が、すっきりしてにこやかな笑いから、急に湿気を帯びてねっとりとした含み笑いに変わる。

 なのはは少し身構えた。こういう時、束はだいたいなのはのことを驚かそうとしているのだと決まっている。

 

「ほら、休憩終わり! はようこっちゃ来い!」

 

 束がモニタの枠の外へと声をかければ、その言葉に呼ばれたユーノがやってくるはず。なのだが。

 そこに現れたのは、金髪碧眼で、何やら文様の記された部族衣装のような服を着た、なのはや束と同じ年頃に見える少年。

 

「え……えっ!?」

「あ、どうも……この姿では初めまして。ユーノ・スクライアです」

「ええええええええっ!?」

 

 しかし、スピーカーから聞こえる声は、あの夜なのはに助けを求めたフェレットと全く同じで。だから、なのはは驚きながら、目の前の少年がユーノその人であることを理解できた。

 

「う、嘘!? ユーノくん、フェレットじゃなかったんだ」

「だから私は言ったでしょ、フェレットもどきのケダモノだ―って」

「いや、それとも全然、全く違うから」

 

 得意げに喋る束を遮りながら、ユーノがなのはへ事の真相を語る。

 

「あの姿は変身魔法で変わったものなんだ。魔力の消費を節約するためのね。だから、こっちが僕の本当の姿」

「う、ううん……そういえば、一昨日の夜、夢の中でその顔を見たような……見なかったような……?」

「多分、それはリンカーコアが無意識に反応して見せたものかな。その時僕は、ジュエルシードと戦ってて……それで魔力を消耗して、あの姿になってたんだ」

「そうだったんだ……」

 

 なのはにとっては中々に衝撃的な事実である。昨日拾って、可愛いと感じ、家族にも相談して預かろうと決めたフェレットが、自分と同じ人間で、しかも男の子だったとは。

 とはいえそれを聞いたところで、預かるという意思が失われる訳でもないのだが。

 

「でも、それじゃあ昨日までは、魔力も体力も凄く消耗してたってことだよね? それに怪我もしてたし。それでどうして元に戻れたの?」

「あ、そ、それはー……」

「ふふふひひひひ、こいつのお陰なのさ、なのちゃん!」

 

 なのはの問に答えたくないようではぐらかすユーノをそっちのけにして、束はモニタの前のテーブルに、どん、と一本の薬瓶を置いた。中には液体が満ちている。

 

「それは?」

「束さんの発明品……と言うのは言いすぎかな? 既存の薬物の中で、体の機能を活性化させるものを選り抜きして分解して一つにまとめたお薬だから。名付けて『束印のアウェークニング・ドリンク』! これを飲めばどんなに疲れた人間も馬力百倍元気千倍!」

 

 小学生のくせに少し膨らみ始めている胸を張り、モニタ目掛けてびしぃっ、と指差す束の姿は、自分の発明品をなのはの前で、テレビCM的に宣伝するかのようだ。

 しかし、その隣のユーノは顔面を蒼白にして、彼女の言葉を信じるなと訴えるように首を横にぶんぶん振っていた。

 

「……でも、副作用が凄いんだよ。昨夜飲まされて、それで一気に人間まで戻れたのはいいんだけど……今朝は地獄だった。頭クラクラして吐き気がしてというか実際吐いたりした……」

「えええ……」

 

 そう語られれば、流石のなのはも笑うのをやめて、ユーノの悲惨な状況に深く同情した。

 

「なに、まぁそれは当然の代償であってだね。それ以上のことは断じて起きないからね! 中毒させる要素とか体を壊す要素は可能な限り取り除いてるから、直ちに影響はないしそれ以降も全く影響ないんだって!」

「本当? 本当にそうなの、束?」

「おうよ! いいかいチミぃ、束さんは天才であるから二言はないのだ!」

「……いまいち、というか全く信じられないんだけど」

「はぁーっ!? お前、この束さんを疑うとはふてぇ野郎だ! 今まで身体実験も一通りこなしたけど、ここで一片加減無しの最終地獄を見てもらおうか――」

 

 と、ここまで聞いたところで。

 

「ふふ……にゃはははっ!」

 

 大笑いし始めたなのはに釣られてか、二人共瞠目してモニタに向かいあった。

 

「な、なのちゃん? ど、どうしたのかなぁー?」

「にゃははっ、えと、それはね……嬉しいから、かな」

「嬉しい? 何が?」

「何って決まってるよ。束ちゃんが私と、アリサちゃんすずかちゃん以外の同年代、しかも男の人とお話してるなんて」

 

 なのはの見る限りでは、初めての光景だった。

 束は基本、同年代との会話を極めて嫌う。曰く、全員ガキっぽいし脳足りんだし無遠慮でしつっこくてとにかく極めて馬鹿らしいから意味がない、というのが彼女の主張だ。

 なのは自身、自分だって同じようなものだと考えてしまうのだが、束にとって、なのはは数少ない例外らしいのである。

 そして、アリサとすずかはあくまでおまけのようなものだ、とも語っていた。実際、彼女らと束との会話量は、二年の時を累計してもなのはが交わした会話の一ヶ月分にすら及ばないだろう。

 だが今、束は見るからに同い年な少年と、まるで漫才のように軽妙かつ他愛のないやりとりで盛り上がっていた。

 しかもユーノは、束のことを、束さんでなく束と呼んだ。

 まだ、自分は「なのはさん」なのに。

 それくらい、距離が縮まっている。

 束の方は未だに「君」や「お前」としか呼ばないけれど、少なくともユーノが、同年代だから呼び捨てにしてやろうと実行するくらいに、間合いを縮めているのは確かだった。

 

「なっ!? はぁぁ!? 何言ってるのなのちゃん! それは勘違いだよ! いいかな! こんな大人しくて人畜無害でいつの間にかフェードアウトしてそうな優男なんて、魔法のことを聴取するという事情が無ければ、興味の対象にはなり得ない! 単なる路傍の石に過ぎないし! 黙殺して然るべき野郎なんだよ!」

「でも、さっき仲良くお話してたでしょ?」

 

 それは、と言い返そうとした束に、なのはは畳み掛ける。

 

「魔法があるから興味があって、お話する。それでも私は嬉しいよ。束ちゃんが自分から、誰かと話をしている所、私ずっと見たかったんだから」

「え……むぅ……でも違うよ。こんな奴は……友達でも知り合いでもなんでもなくって! そう、実験用のフェレットもどき! 魔法というものの入り口を知るための使い捨て実験台でしか無いのだ!」

「だからフェレットもどき言わないでよ……」

 

 束の宣言に、ユーノがぶつくさと呟く。その二言を聞いているだけで、心の奥から温かいものが流れ出してくると感じるなのはだった。

 それから三人が、残り少ない休み時間の間に交わしたのは、ユーノの捜し物、『ジュエルシード』についての会話だった。

 

「ジュエルシードは僕らの世界の古代遺産なんです。本来は手にした者の願いを叶える魔法の石なんだけど」

「どうも石の中のプログラムがガバガバandガバガバみたくって。発動した時はまだしも、放置してても大抵の場合暴走しちゃうんだよ。呆れた話だね」

「使用者を求めて周囲に危害を加える場合もあるし、たまたま見つけた人や動物を取り込んで暴走する場合もあるんだ」

「それで、全部合わせて21個。そのうち見つけることが出来たのは、昨日のと合わせてたったの二つ……」

「あと19個かぁ」

 

 正に前途遼遠である。なのはとしては、昨夜自分が直接戦い、どうにかビギナーズラックで勝ったモンスターみたいなものが、あと19匹も現れると思えばその脅威と大変さを十分に理解できる。

 

「大変だね……」

「でもまぁ、事の発端はぼ……いや、何でもない、そうじゃなくて」

 

 それ以上苛立つ理屈を喋ったら本当にバラす、と言わんばかりに険しい束の目線。ユーノはびくっ、と驚くが、しかし。

 

「僕の魔力、もう回復したから。これならもう、助けはいらないよ。また一人でジュエルシードを探しに出る」

 

 はっきりと、決意したように。

 その右手に赤い宝珠、レイジングハートを握りしめながら、ユーノが語る。

 

「え……だめだよ、それは」

「いや、だって。もう人間になれるほど力も戻ってるし、それに、あんまり認めたくはないけど……束の実験で散々こき使われて、お陰でこの星の環境にもちょっと慣れてきたから。一昨日みたいな不覚はもう取らない」

 

 なのはは言い返そうとした。ユーノを放っておきたくなかったから。

 しかし、それをどう言って、納得させればいいのか。自分の気持をどう訴えればいいのかが、はっきり見えてこない。

 

「で、でも、でも」

「昨日みたいな危ないことだって何回も起きる。今の僕は万全で、結界魔法も張れるから、そういうことから周りを引き離す事もできる。戦闘は……そこまで自信は無いんだけど、昨日みたいなやつが相手なら、まあいくらでも、やりようは」

「でもっ!」

「なのはさん。あなたには家族だって居る。昨日だって、夜遅く帰ってきたら心配されたんじゃないかな。だったら、これ以上危険な目に合わせる訳にはいかない」

 

 これで、ユーノが昨日のままだったら。まだ力を取り戻せてないフェレットだったなら、なのはもまだ理屈をこねて、彼を説き伏せることができただろう。

 しかし、今のユーノは、束の薬剤で力を取り戻している。魔法に関して何も知らないなのはが何を言おうと、魔導の経験者であり、事件に対応できると断言しているユーノの論理は覆せない。

 

「た、束ちゃん!」

 

 思わず、なのはは親友に助けを求めた。しかし、その親友は気の抜けた声で、

 

「まあ、いいんじゃないの? 任せとけば」

 

 と言うだけだった。

 

「で、でもでも、なのはは魔法が使えるから! 力になれるから!」

「それはそうだけど、なのちゃんは結局、ズブの素人だよね? 昨日の戦いだって半ば無我夢中で。自分がどうしたか、何を行ったか、はっきり覚えてる?」

「……覚えてない。本当に夢中で、何も」

「だよね。それで、こっちには専門家、とは言わないまでもずっと詳しくて慣れてる魔法使いがいます。さて、なのちゃんが介入しなきゃいけない理由。そして……介入「していい」可能性はどこにあるでしょう?」

「……それは……」

 

 無い。論理的に考えればそうだろう。例えばユーノがまた傷ついたり、戦えなくなれば事情は異なる。少なくとも、今この時点でなのはが出張る必要性は、どこにも存在しなかった。

 しかし。

 

「…………」

 

 なのはは俯き、無言で黙り込む。まるでテストの終わりが近いけど、解答用紙がほぼ白紙である時みたいに、頭の中から必死に答えを探している。

 しかしそれを見ても、ユーノは一切自説を曲げようとはせず。束もまた、何とも言わず助言せず、ただ、悩むなのはを見ているだけだった。

 

 きーん、こーん、かーん、こーん。

 

「あ、予鈴だ。なのちゃん、そろそろ行かなきゃでしょ? 午後の授業、始まっちゃうよ」

「う……でもっ」

「大丈夫、こいつはこいつでなんとかやってくみたいだし。それより今夜、また私のラボに来てよ! なのちゃんの魔力がどれくらいか計測を――」

 

 かっ、と頭の中に火花が弾ける。

 それは、自分の気持を理解してくれない友人への――

 

「っ!」

 

 ばたん、とモニタが閉じられる。大股で歩く音がシャッターまで近づくと、それは自動的に開いて道を開けた。閉鎖された空間は、元の空き教室へと戻る。

 引き戸を開けて、自分のクラスの教室へと戻るなのはの表情は、只管に険しく。それを戻すためにトイレに向かって落ち着いてたら、結局本鈴には間に合わず、1分13秒ほど遅刻してしまうのだった。

 

 

 

 

 

「……あの」

「何だよ」

「束……その、ごめん」

 

 その時、束のラボでは。強制終了した通信画面を、スツールに座りながら睨み続けていたユーノが、隣で何とも言えないニヒルな表情をしている束へすっ、と頭を下げていた。

 

「なのはさんのこと、説得してもらって」

「はぁ? 何言っちゃってんのお前。自意識過剰かな?」

「えっ……いやでも、そうでないなら、友達に向けてなんであんな厳しいことを?」

 

 ユーノの問に、束はくくくく、と冷笑した後答えた。

 

「私は私の持論を述べただけだよ。なのちゃんの心の中にある考えは、また違うものだってこと、それくらいは当たり前に理解できていたさ」

「そ、そうなんですか……」

「私の言葉を聞いて思い直せばそれで良し、それでも協力したいのなら……君を探しに行くだろうね、しつこく」

「しつこく、ですか……」

「なのちゃんって見た目大人しいけど、割りとそういう一面あるからね。まあでも、確かに今回なのちゃんが関わる必要性は薄い。そう、この束さんのおかげで! 君は万全の状態に戻れたんだから! 束さんのお陰でね!!」

「……うん、それは感謝してる。お陰で……あの娘を巻き込まずに解決できそうだ」

 

 ホッとしたように穏やかな声で話すユーノへ、束は皮肉めいた笑いを向けた。

 

「どうしてそんなになのちゃんを巻き込みたくないの?」

「え。それはまぁ、魔法を知らなかった一般人だし……女の子だし」

「へえ。どっちかというと後者がメインなんじゃないの? まあ分かるよ、なのちゃんは女神の如く美しく壮麗だもん、雄が挙って一目惚れするのも当然のことだ」

「なっ……! べ、別にそういうことじゃない!」

 

 ユーノが一気に顔を紅潮させて否定すると、それが益々可笑しいようで、束はころころ笑い転げている。

 あまり付き合っているとますます変なテンションになってしまうと判断したのか、ユーノは慌ただしく立ち上がり、ラボの出口へと歩き出した。

 

「行くのかい?」

「うん。早くしないと、また昨日みたいなことになる」

「ふうん……まぁ、束さんとしては、君から魔法についても魔力についても、読み取れるだけの知識を読み取らせてもらった。ミッドチルダ式魔法、だっけ。魔法と言っても結構ロジカルなんだねえ」

「まあ、少なくとも神秘とか奇跡とかじゃないかな。そういうのはジュエルシードを含めた、ロストロギアの範疇さ」

「魔法とは、自然摂理や物理法則をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで作用に変える技法である、か……こりゃ必要なのは数学とか物理学の知識だね。束さんにとっては得意も得意な大得意分野。しかもミッドチルダとこっちとで、物理法則は大して違わないみたいだし……案外、底は浅かったりするかな?」

 

 ほくそ笑みながら、手に入れたデータをPCに打ち込み続けている束だが、しかし僅かに残念そうに、

 

「問題は、束さんに魔力がこれっっぽっちも、欠片も無いってことだね……」

 

 機械のウサミミをしゅん、と折り曲げながら呟いた。

 

「うん。君にリンカーコアは、魔力は存在しない。全く。断言していいよ」

「…………ぐぬぬぬぬ。親に産ませたこの身体、便利なものだと思っていたけど、初めて不満を抱いたよ」

「それは、ご愁傷様」

「……お前ね、なんだかとっても生意気だ」

 

 そのやりとりは、夜中から午前にかけて散々束に弄くり回されたユーノの、ささやかな逆襲であるだろうか。

 

「まあいい。なのちゃんの魔力は常人離れしてるみたいだし、そっちをサンプルにデータを取れば何ら問題ないかな。……つまり、お前はもう用済みってことだ」

「……そうなるんだ」

「そう、というわけで好きにしなよ。ここを出るなら出てもいい。そしてこの街でお前が何をしようと、束さんはこれ以上介入しないし、邪魔もしない。研究の肴にするだけだ。それでいいんだよね?」

 

 束の発言に、ユーノは明るく笑って頷いた。

 

「ありがとう。想像以上の答えかな。ひょっとするとジュエルシード、問答無用で奪いに来るかもしれないって思ってたし」

「奪ってもいいんだよー? 束さんがその気になれば、お前なんぞはてんで相手にならないんだから。今はただ、それより興味深い物を見つけただけ。ジュエルシードだって、束さん的に猛烈気になるアイテムなのは違いないからね」

「は、はは……勘弁願いたいし、想像したくもないなぁ」

 

 冷や汗をかきながら、地下の扉を潜って出ていくユーノの後ろ姿を、束は一瞥し、そして。

 

「殆どの世界の大気中に存在する魔力素。これに特定の技法で働きかけるのが魔法で、それによって起こせる作用は多種多様、物質生成すら可能とする。これを、この万能物質を、見逃す手はない……さて、どうするかな」

 

 己の研究と解析、そして魔導技術を応用した新たな発明の思案に没頭していった。

 




そろそろ書き溜めもだいぶ溜まってきたので、今日(5/30)の19時にもう一話投稿しちゃいますねー。

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