天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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第十九話:収束

「束さんねー。この事件の首謀者とか、知ってるんだけど。聞きたい?」

 

 そこからの10分は、正にクロノとリンディの度肝を抜く10分間であった。

 ジュエルシードを狙う存在の親玉が、プレシア・テスタロッサなる人間であるということ。

 彼女の目的は、娘であるアリシアを取り戻すために「アルハザード」へ往くことであり。

 そしてそのために、二十一個のジュエルシード全てを使い、次元断層を引き起こすこと――

 

「な……! なんて馬鹿な! そんな、あるかどうかも分からない場所に行くために……幾つもの世界を犠牲にするというのか!?」

 

 クロノは瞠目し、信じられないような表情で固まった。

 次元断層とは、次元震より更に深刻な次元災害であり、その規模と周囲に与える被害も桁違いである。

 旧暦462年に起きた次元断層の発生では、幾つもの平行世界が破壊され、次元の海に藻屑と消えた。

 一つの世界には幾千幾万幾億もの命と、彼らの織りなす文化や技術が存在する。

 世界を破壊するということは、それら全てが消えて無くなるということなのだ。

 時空管理局の法に当てはめれば、とても許すことの出来ない大それた、そして危険な行為であった。

 

「そうみたいだよ?」

 

 返す束の表情は、語った内容の深刻さからすれば極柔らかく、そして軽い。

 まるで近所の悪童のイタズラを語っているかのようだ。

 クロノも、そして恐らくはリンディも、彼女の正気を疑ったが。

 ともかく情報を持っているのは彼女だけで、そして話すというのだから、聞いて判断するしか無いのだ。

 

「んで、そのために娘であるフェイト・テスタロッサって、あの金髪の女の子にジュエルシードを集めさせてるんだけど……」

 

 ここで、束はなのはをちら、と見て。

 

「なのちゃん、フェイトちゃんと仲良くなりたい?」

 

 と語った。

 なのはは若干考える素振りを見せた後に言葉を返した。

 

「うん……どうしてジュエルシードを集めているのかは、今の話でわかったけど。私はフェイトちゃんと、もっと分かり合いたい。声を聞きたい。だから」

「友達になりたい。そうだよね?」

「っ……うん!」

 

 束はなのはの足りない言葉を的確に埋めながらも、彼女の目をじっと見つめていた。

 

「……なのちゃん。それは、その決意は。どんなことがあっても変わらないかい?」

 

 そして、こう問い正す。

 それはなのはと束の会話を聞いている五人に対して、一律に緊張と、嫌な予感を感じさせるものだった。

 だが、なのはは。

 

「勿論だよ」

 

 と、ただ一言だけ。

 束もそれで全てを了解したようで。

 両手を大きく広げ、まるで演台の上にいるように、朗々と打ち明けた。

 

「フェイト・テスタロッサは、プレシア・テスタロッサの娘……アリシア・テスタロッサのクローンさ」

「!?」

 

 がたんっ、と立ち上がる音。

 その主はクロノだった。

 クローン、そして人造人間。旧暦の昔ならばいざ知らず、ミッドチルダの法では固く禁じられた禁忌である。

 それを行う技術があって、その成果すら存在するというのか?

 

「どういうことだ!? 説明を……」

「だーから、今してるじゃないかよ。人の話が終わるまでちゃんと聞いててよ」

 

 そんなクロノの叫びを、束はまるきり無視して話を続けた。

 

「まずは、プレシア・テスタロッサの過去から話そう。彼女は優秀な技術者だったが、事故で娘を失った。まだ小さい、五歳のアリシア・テスタロッサを。それが悔しくて、プレシアは娘の復活を試みた」

 

 アリサとすずかは、二人共口を半開きにして沈黙している。

 どうも話の規模がいきなり大きくなりすぎて、ついていけていないようだった。

 

「その為の手段として利用したのが、プロジェクトF。その成果こそフェイト・テスタロッサ。だけどね、彼女は失敗作だった」

「失敗作……アリシアの代替にならなかった、ってこと?」

 

 応答を返せるユーノは一応話の内容を把握できているらしい。

 だがそれ故か、尚更喫驚し、立ちすくんでいる。

 その中でリンディは、唯一涼しげに構えていたが。

 砂糖たっぷりの緑茶を口に運ぶ手が、わずかに震えていた。

 

「似てないんだってさ。利き手は違う、魔力の光も違う。挙句にいい子すぎる。贅沢だと思わない? まあそこの拘りは否定しないでおこうか。さて……」

 

 そして、束がちら、となのはを見る。

 何も変わっていなかった。

 クローンだから、作られた人間だから。それがどうしたと言わんばかりに、束の話を真剣に聞いている。

 にやりと満足気な笑みを浮かべて、束は更に続けた。

 

「だからこその、アルハザードだそうだ」

 

 アルハザード。

 その語句を聞いて、クロノとリンディは顔を見合わせ、困惑した。

 

「待ってくれ。先程から君はアルハザードと言っているが……」

「うん。私の読んだことがある変てこりんな小説に、似た名前を持つ登場人物が居たっけ」

「それはいい。しかし、何故そこで……アルハザードなんだ? あれは単なるお伽噺の類だろう?」

 

 クロノが戸惑いながら言い返す。

 彼の言う通り、ミッドチルダに住み魔導を嗜む人間にとって、アルハザードは有名な「お伽噺」であった。

 今の魔導技術を遥かに上回る、奇跡のような魔導を叶えられる場所――

 確かに若い魔導師がそれを信じ、熱望し、目指すことはあるだろう。

 しかし、今までその誰もが、実在を証明できていない――だからこそ、お伽噺として扱われている幻想。

 

「次元世界の狭間に存在し、今は失われた秘術の眠る地……と言い伝えられているけれど、その実在は誰にも、どんなデータの中にも確認されていない。そんな場所を目指すなんて、馬鹿馬鹿しいにも程が」

「でも、完全に無いって確証も無いだろ?」

「それは……」

「だったら目指す。どんなことがあっても、誰が何を言おうと。それが科学者ってものさ」

 

 しかし、束は頑として、なのはや同年代の女子より少しだけ、ささやかに膨らんでいる双丘を張って、高々と言い張った。

 この場で、プレシア・テスタロッサと同じ目線を共有できるただ一人の人物として。

 

「以上が、君たちが、そして束さんが(・・・・)戦う敵の行動方針であり、これから成すことだよ。さあ、君たちは一体どうするのかな?」

 

 そう束が締めくくると、リンディは決然とした表情で宣言した。

 

「ならば、止めねばなりません。次元断層を起こすということは、即ち世界を滅ぼすことと同義です。次元世界の法と秩序を守る我々としては、これを見過ごす訳にはいきません。執務官!」

「はい」

「エイミィと共に、フェイト・テスタロッサ及びプレシア・テスタロッサの捜索に移りなさい」

「了解です、提督」

 

 命令を聞くや否や、クロノは駆け出して、部屋から出ていった。

 

「それと」

 

 リンディが更に続けた言葉は、なのはとユーノへに向けられていた。

 

「高町なのはさん。そしてユーノ・スクライアさん……事情が事情だから、あなたたちにもすぐに頑張ってもらうことになるけど、いいかしら?」

「もちろんです! フェイトちゃんとはまた会いたいですし……束ちゃんが話したみたいな悲しい出来事が起きてるなら、私はそれを止めたいです!」

「はい。僕にも事態の深刻さは分かりますし、それに……僕の掘り出したもので世界が滅びるなんて、耐えられませんから」

 

 二人の決意を聞いたリンディは、上出来です、というように笑顔で頷いていて。

 脇にいる束も同じように、気持ち悪いくらいに明るく顔を歪ませながらぶんぶん首を縦に振っていた。

 

「うむ! それでこそなのちゃん!! そして助手! であれば、束さんもますます頑張らないといけないね!」

 

 そして腕を組みながら高らかと、顔を上向け顎を思い切りぐいと上げながらふはは、と笑い出す束。

 その周りには、流石束ちゃん! なんて無形の台詞が浮かんできそうなくらい期待と希望のキラキラした目線を向けてくるなのはと、今度は一体何を企んでいるのやら、と訝しげな表情と引き攣り気味な苦笑を見せるユーノがいた。

 

「あ、あの、束さん?」

 

 そんな三人に割り込もうとするリンディに、束の冷たい視線が突き刺さる。

 

「ん? 何か用事かね、お偉いさんよ」

「その……具体的に何を頑張るのかしら? 勿論、情報提供は嬉しいのだけれど……でも、私達はまだ貴女が何者かということと、貴女自身の目的を知らない」

「あ、あの、束さん?あなたは……何をしようとしているの?」

「あーん? お前にゃあ関係ないだろ? 下がれ下がれ、なのちゃんの綺麗で美しくてちょっとむず痒く感じる目線に見つめられる邪魔をするな」

 

 しっし、と手を動かして、邪魔者は去れと思いながら佇む束の前で、しかしリンディはしつこく近づいて、確認しようとしてくる。

 

「私達も、この世界でこれまで起きたことは、なのはさんたちの証言を含めて、大体を把握しているわ。その中で貴女は……正直に言えば、我々にとって警戒すべき行動ばかりを行っている」

「辺境の魔導技術が無い世界の分際で魔法を分析したり? ジュエルシードを無理くり制御して捻れながらも無害な発動までさせたことかな?」

「……それも、確かにあるけれど。一番は」

 

 なのはとユーノの手前であるからか、リンディはそこで数拍、言い淀むように沈黙するも。やがて束を見つめながら、きっぱりと告げた。

 

「何故プレシア・テスタロッサに接触出来たの? そして、当人から直接情報を引き出せたのかしら? 貴女の情報の精度は確かに高い。本来貴女が知っているはずもない、アルハザードと次元断層というキーワード……そして」

 

 リンディが手元に魔法陣を展開させる。するとそこに、管理局が保有するデータベースの中のとある情報がホログラムとして浮かび上がってきた。

 優しそうな母親に、闊達そうな幼い娘。

 そして、二人が出会ってしまった事故について。

 

「貴女の話を聞いている間、エイミィに伝えて調べてもらいました。単語さえ掴めれば検索は容易く、アリシア・テスタロッサとプレシア・テスタロッサ、そして魔導炉暴走事件については……その実在を確認出来ました」

「ソースはあるよっていうことだね。まぁそうさ、束さんウソツカナイ」

「でも、だからこそ解せないの。貴女は一体どうやって、ここまで正確な情報を得たのかしら? 時の庭園に何らかの方法で潜り込んでのスパイ? それとも、そちらの世界の技術を使ったの?」

 

 その問に、束は如何にも煩わしそうな目つきで質問者を睨みつけながらも、とにかく返答した。

 

「あぁ……話してもらったんだよ」

「は、話して……?」

「そう、一字一句、間違い無しに」

 

 はぁああああ!? と叫んだのは、揃って金髪の少年と少女だった。

 

「あ、あんたそれ、どういうことよ。どうして事件の真犯人と話し合ってんのよ!?」

「そういう機会があったからだよ、アリちゃん」

「機会って、束!? まさかそれって、あの時の?」

「ああ、そうさ。どうもプレシアが私を仲間に引き入れたいらしくて、それでクローンを使いっ走りにしてたんだよ。んで、事情全部聞いて、断ってきた」

「な、な……!!」

 

 口をあんぐり開いて絶句するユーノとアリサ。流石にリンディはそこまで崩れていないようだが、それでも二の句を継げずに押し黙っていた。

 

「そ、それでどうして無事にここまで来てんのよ!?」

「無事に返してくれたからだよ」

「秘密を全部聞いたっていうのに!?」

「うん。多分ねー、そうされても問題ない、ってくらいに自信があるんじゃないかな。自分の戦力にさ」

 

 束はくくく、と可笑しそうに笑い出す。

 プレシア・テスタロッサの手札は少ない。魔導師としてはAAAランクのフェイトとその使い魔アルフがいるものの、所詮彼女は一人きり。管理局の物量には敵わない。

 庭園には自動防御のシステムや人形が配置されていたが、それだって、なのはとユーノ、それからさっき出ていった執務官の実力があれば何ら問題なく制圧できるはずだ。

 すると、残るのは大魔導師、しかし病にやつれ衰えた枯れ木のような魔導師だけ。

 篠ノ之束は判断する。

 この場にアースラという戦力がたどり着いた時点で、プレシア・テスタロッサ側の勝ち目は完全に無くなったと。

 

 だが、しかし。

 ならば何故、プレシアは自分を何の抵抗も無しに返したのか?

 抵抗しても、こちらの反撃で致命傷を受けてしまうからと恐れたのか――

 確かにその通りかもしれない。だがしかし、内容はとにかく言い方には多少の語弊があるだろう。

 

 つまり、「今」こちらの反撃で致命傷を受ければ、「これからの」予定が。

 自分が勝利し、目的を達成するという未来が台無しになってしまうから、というのが真実なのだ――

 

「じ、じゃあその自信って何なのよ」

「さぁて。そこは私も確証はないから言わないことにする。まぁ、概ね掴んではいるんだけどね?」

「じゃあそれ言いなさいよ!」

「いいかいアリちゃん。私は曖昧な推察なんかじゃなく、確定した真実しか述べない女なのさ」

 

 ピシャリ、とアリサの追求を跳ね除けた束は、次の瞬間に背中を向けて歩きだす。

 

「束さん!」

「ここで言うべきことは言い終えたんだ。もうこれ以上君たちに用事はないし、君たちだって対策を建てるには、これで十分だろ? というわけで、ここでお暇するね。いいでしょ?」

 

 リンディは数秒ほど経ってから首肯した。

 

「ええ。本当ならばもう少しじっくり取り調べをしたい所なのだけど……今回はあくまで、善意の情報提供者として扱います」

「だろうね。コトがコトだから? 私なんて木っ端には構っていられない、すぐにでも動かないといけないっていうわけだ」

「……束、ちょっと言い方ってものがあると思うんだけど……」

「でもその通りじゃん? それじゃま、私は帰るから。助手ぅ、アリちゃんとすーちゃんと一緒に、転送お願いね」

「え、束ちゃん? ちょっと待って!」

 

 そこで束に待ったをかけたのは、なのはである。

 

「ここにいて、私の事、手伝ってくれないの?」

「あ……」

 

 束は数秒ほど口をもごもご、むにゃむにゃと動かしながら、目線をあちらこちらに反らして誤魔化していたが。

 なのはの真っ直ぐな、少しだけムッとしているような目線に苛まれては耐えきれず、申し訳なさそうにぽつりと漏らした。

 

「ごめんね、なのちゃん……もう少しだけ、ここじゃなくて、向こうで。海鳴のラボでやらなきゃいけないことがあるんだよ」

 

 束はアリサとすずかに一瞬だけ目線を映し、そして戻した。

 

「勿論、今回の事件を解決するため……つまり、なのちゃんの背中を押して、助けるためのことさ。だから、その……」

「うん、いいよ」

 

 束が全てを言い終わる前に、なのはは明るく笑って言った。

 

「束ちゃんがそう言うなら、きっと本当にそうなんだろうから。少し寂しいけど、でも……心はいつも一緒だって、ちゃんと分かってるから」

「うぅぅ……オーケーなのちゃん、じゃあ私、頑張ってくるからね! なのちゃんも頑張れ!」

 

 束が拳を突き出すと、なのはもグーにした手をそれに当てて、微笑みあった。

 

 




リアルがあれで一ヶ月ほど途切れてましたが、劇場版を見たので復活しました。
週一で投稿できればいいかなーと思います。

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