天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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こちらは予告通りに更新です。


第十一話-B:本心と決意

「……」

「……」

「……♪」

 

 海鳴市街を走るリムジンの車内は沈黙に包まれていた。

 バニングス家執事にしてドライバーの鮫島は、無論何も語らず寡黙なのが当然だが。

 普段後部座席で仲良く語らっている二人、アリサとすずかの間に、とんでもない異分子が存在しているのだ。

 その現状に戦慄している二人と比べ、異分子はなんとも上機嫌なようで、鼻歌すら歌い出している。

 

「ふーふーふふふーん♪」

「あ、あんた……」

 

 それを聞いて、ようやくアリサは再起動を果たし、恐る恐る真ん中のうさみみ人間、篠ノ之束に聞いた。

 

「どうしてここにいるのよ!?」

 

 お昼に告げた通り、二人の車に相乗りしてきた束。

 しかも放課後、二人が何か言う前に教室から抜け出して、すでに駐車されていたリムジンのドアをするりと開けて有無を言わさずに乗り込んできたのだ。

 そのまま、へーい、かまーん、なんて言いながら二人に向かって手を広げている光景を、アリサは生涯忘れられないだろう。 

 

「鮫島につまみ出させるのも出来ないだろうし、仕方がないから乗せてあげたけど……!」

「もー、そんなに怒んないでもいいじゃんいいじゃん。ね、埒が明かないからそっちに聞くけど、今夜は確かピアノ教室だったっけ?」

「う、うん。私とアリサちゃん、同じ教室に通ってて」

「そうだったねー。ふたりとも優秀な生徒として高く評価されてるらしいよー?」

 

 なんでそんなのまで知ってんのよ、と内心ツッコみたくなるアリサだったが、こうなったらもはや何をツッコんでも無駄どころか余計に気疲れすることを出しかねないので、口に出すのは止めることにした。

 しかし、ある一つの可能性を思いつけば、流石に想像したくなくて恐る恐る問い質しに行く。

 

「……あんた、まさか……ピアノ習いたいとかそういうこと考えてるんじゃないでしょうね」

「習う? 束さんにそんなの必要ないよ」

 

 アリサはほっ、と胸を撫で下ろした。

 こんな規格外が小学生ばかりの教室に来たら、自分の学友たちの教わっていることなど数瞬で駆け抜けて、一時間もすればプロ並みの演奏をしでかしてみんなの心を折るに違いないのだから。

 

「じ、じゃあなんで…?」

「それはね、少し思い出話をしたかったからなんだ」

 

 その単語を聞いて、アリサは瞠目して束を見つめた。

 思い出。思い出だと?

 確かにアリサやすずかにとっては、このはた迷惑な天才になのはのついでで振り回された苦い思い出は沢山あるが。

 それは二人から見た印象であって、束から見ればまた違い、代わり映えの市内つまらぬ日常の一コマでしか無いのだ、ということは分かっていた。

 だから、束が思い出話をすると語った時、その対象は一つしか無い。

 すなわち――なのは、束、アリサ、すずか、四人の出会った日のことである。

 

「……あの日のことね。私たちが一年生で、ちょうどこれくらいの時期にあった」

「そう。お前にしては珍しく勘がいいね。二年前のあの日、あの時。私にとってお前たちとの交流の中で、はっきり思い出と呼べるものはそれだけだ。なのちゃんとの触れ合いは一日一日が奇跡の連続だけどさ」

「……あの日……」

「まあ、付き合ってくれないかな? 最も、嫌でもそうしてもらうけどね」

 

 アリサ、そしてすずか。

 両者ともに何か苦いものを口に含んだような、しかし同時に懐かしさを想起する時の甘酸っぱさを楽しむような顔をした。

 束はいつもと変わらぬ、嘲り笑いの笑顔である。二人の無言な態度を了承と判断したのか、早速話し始めた。

 

「さてあの日、お前たちは喧嘩……というよりいじめをやってたね」

「……ええ……あの時の私は、我ながら、サイテーな子だったわ」

 

 ことの始まりは、アリサがすずかのカチューシャを奪った時だった。

 当時のアリサは俗にいういじめっ子であった。自信過剰で鼻高々で強がって、クラスメートをからかうことが日常だった。

 

「それで、そっちのお前はいじめられっ子だった」

「あ、うん……」

 

 束の言うとおり、その時のすずかは気弱で自分をはっきり表せず、アリサのいじめのターゲットにされていた。

 だから、大切なカチューシャを奪われて、校庭を駆け回って見せびらかされ。

 それでも、大切なものだから返して、と言えずに、ただただアリサの気が変わるのを待つまで側でおどおどと立ち尽くすしかなかったのだった。

 

「そこに……なのちゃんと、この束さんが通りがかった。なのちゃんは勿論止めようとしたんだけど」

「……私の前に出てきたのは、アンタだったわよね」

「そう、そうだよ。だってその時の私は……なのちゃんのことが『好き』だったからね」

 

 その意味ありげな言い方に、アリサは疑問を感じて質問した。

 

「はぁ? なにそれ。今のアンタはなのはが好きじゃないっていうの?」

「ふふん、そんなわけないだろ? まぁ、お前みたいな凡人には分からない台詞回しだったかな?」

「なっ……ふざけてないで、早く教えなさいよ!」

「はいはい、分かった分かった」

 

 突っかかるアリサをからかいあしらう束の表情は、何か玩具を扱う時のように楽しげだった。

 

「その時の私はね。なのちゃんのことが『好き』なだけだった。言うなればほら、アイドルの追っかけみたいなもんだよ。顔が良くて声が綺麗で歌がうまくてダンスがキレキレで、だから憧れ追いかける。それだけ(・・)のこと。これなら分かるかい?」

「な、なんとなく……」

「分かる気が、するかも」

 

 つまり、その時の束はなのはの上っ面しか見ていなかったと、そういうことなのだろうとアリサは解釈した。

 それと同時に、そういう事を。内心を明かそうとする束の態度を怪訝にも思う。

 この傲岸不遜な天才は――そういうキャラでは、ないはずだが。

 

「だから前に出たんだよ。なのちゃんの手を汚したくなくてね。ただまあそれと一緒に、ある希望もあった」

「希望……?」

「正義の味方っぽくお前たちの喧嘩を止めてやれば、なのちゃん褒めてくれるかな、なんて」

「……」

 

 明かされた束の幼い欲求。それを聞いて、二人は揃って絶句した。

 

「あ、アンタ……それで……そんな程度のことで……」

「あんなことを……」

 

 アリサはその時の衝撃と痛みを、今でもはっきり思い出せる。

 突然、目の前にうさみみをつけた女の子が出てきたと思えばその直後――視界がめちゃくちゃに回転し、背中を硬い地面に打ち付けられた。一本背負いで投げられたのだ。

 それから容赦も加減も加えられず、泣き出した顔を開いた手でぐわし、と鷲掴みにされて勢い良く持ち上げられ。あまりの痛みに気絶しかけて、当然力を緩めた手からすずかのカチューシャを取り返された後、ぽい、とまた地面に放り投げ捨てられたのだ。

 目の前で繰り広げられたこの暴力に唖然としているすずかへ、意気揚々とカチューシャを渡す束の後ろ姿。

 怯えながら見つめていたその光景は、この先何年時を経ても絶対に忘れない恐怖であるだろう。

 

「……あー、いやーまぁ、今思えばあれは流石にやりすぎだったよ、メンゴメンゴ」

「メンゴで済む話かーっ!!」

「……束ちゃん、もうちょっと真剣に謝ったほうがいいよ……?」

 

 そんな拷問めいた行為を、まるでいい思い出、みたいに笑って話す束へ、揃って激しいツッコミを入れる二人であった。

 

「あれ、本当痛かったんだからね! ……病院行ったら外傷とか何もなくてびっくりしたけど」

「そこは手加減したんだよ。なのちゃんが悪く言われたらアレだしね」

「……それが分かった時、アンタに少しだけでも人の心があるんだと思った私が馬鹿だったわ」

「アリサちゃん……」

 

 深々とため息を付いて頭を押さえるアリサを、すずかが慰める。

 

「まぁ、もう二年前の話だもん。とやかく言いはしないわよ。それで?」

「ん?」

「思い出話、するんでしょ? 続き言いなさいよ。ほら、あの一連の流れよ」

 

 アリサに言われて、束はくくく、と苦笑し、懐かしむように瞳を緩め、遠くを見つめながら話し始めた。

 

「うん……あの後、褒めてくれるかなーってなのちゃんの所に戻ったら……なのちゃん、私をぶったんだ」

 

 左頬を愛おしげにさすり始めた束の表情は、ひたすらに甘美な思い出へ浸っているように悦んでいた。

 

「お前たち、その時なのちゃんがなんて言ってたか思い出せる?」

「ええ、勿論覚えてるわ。確か……どうして目を見ないの」

「相手の目を見ないで、無理矢理力を使うのは最低だ」

「正解っ!」

 

 束にとってはその言葉こそ、この思い出の軸となる部分であるようだった。

 

「私もね。反論しようとしたんだよ。なのちゃんだって止めようとしたじゃん、言って止まらなかったらぶってたじゃん。それと私の今やったこと、何か違いがあるのかなって。暴力を振るうのに違いはないのに、どうしてなのちゃん怒ってるの、って。でもそしたら、なのちゃんは、なのちゃんは……」

 

――束ちゃん、この子達の目を見てなかった。見ようともしなかった。

――言うことを聞かせるのに力を使うのは、確かに私も、束ちゃんも同じで、どっちも間違ってるかもしれない、でも。

――相手の目も見ないで、無理矢理力を使ってねじ伏せるのは……最低だよ、束ちゃん! そんな束ちゃんは、大嫌いだっ!!

 

「ふ、くく、くひひひ、あはははは。素晴らしいと思わない!? 美しいと思わない!? この私に! 天才の束さんに向かって! そんな甘ったれたことを真っ向から言ってのける! ああ、なんてかっこいい、愛しいなのちゃん……!」

 

 束はその時のなのはの姿を寸分違わず思い出して浸っているようで、狂ったように笑い出す。耳障りな哄笑がリムジンの中いっぱいに響くが、アリサもすずかも、それをあえて止めようとはしなかった。

 なぜなら、二人共。

 ああまで大げさで狂っては居ないけど、その時のなのはを見て、その言葉を聞いて感じた気持ちは、似たようなものであったから。

 アリサはその言葉に勇気を感じ、束をきっと睨みつける姿を逞しくかっこよく思った。それまで自分に暴虐を奮っていた女の子に立ち向かってくれた、という吊り橋効果的なものもあるかもしれない。だがしかし、それでもアリサはなのはの言葉に胸打たれ、自分のそれまでの態度と行いを見直したのだ。

 きっと、すずかも同じように感じ、思い。それで、今のようにおとなしいながらも思ったことははっきり言える、優しく強い女の子になったのだ。

 そしてだからこそ。二人は束にどうにかこうにか、友人未満として付き合えて。時にはこうして、共感することも出来ている。

 

「……あ、でもあんた、その後なのはと大喧嘩したわよね」

 

 アリサの指摘に、束はぎくっ、と背筋を強張らせた。

 

「な……なんのことかなー? たばねさんぜんぜんおぼえてないなー」

「都合の悪いことだけ覆い隠すんじゃないわよ! あんた、なのはに苛ついてグーで殴ったでしょ!?」

「そうだったね……で、なのはちゃんも怒って組み付いて。敵わなくて何度も弾き飛ばされてたけど、泣きながら束ちゃんをポカポカ殴ってて」

「私はすずかに助け上げられながら、二人の喧嘩をぼーぜんとして、何も言えず見てた……意味が分かんなかったし、あの時は」

 

 その後、見ていられなかったすずかがやめて、と大声で叫んで。それで何かに気づいた束がぴたりと手を止めた時、なのはが彼女を羽交い締めにして押さえ込んだ。

 そうして大泣きに泣いたので、流石の束も何も出来ずに固まってしまい。

 終いには学校の先生に気づかれて、四人揃ってたっぷり叱られた、というのが出会いの顛末であった。

 

「いやー、あの時は後が厳しかった。ハゲ親父にも母親にもこっぴどく叱られたし」

「あたしも。怪我がないのを喜ばれたのと一緒に、やんちゃが過ぎてるって怒られた」

「私もお姉ちゃんから色々言われたっけ。もうちょっとしっかり、自分を持ちなさいって。確か、なのはちゃんもお父さんから、『言葉が届かない時の力の使い方』を教わったって言ってた」

 

 そんな四者両成敗を経て、アリサとすずかはなのはと一緒に居るようになった。そうなると自然、束もその中に混じってくる。最初はトラウマになっていてビクビクしっぱなしな二人だったのだが、なのはが側にいれば抑えてくれるということを学習し、一緒に登下校したり、遊びに行けるようになった。

 周りから、毎日いつも一緒の四人組と見られるようになるまでは、ひと月もかからなかった。

 

 

「……でもほんと、あたしたちも良くやってるって思うわ」

「ん? どういうことかい金髪凡人」

「よくあんたみたいなのと付き合えてるなってことよ。いきなりリムジン入ってきて、その目的がこんなへんてこな思い出話でしょ? 何が目的か分からないけど、他の子だったら逃げ出してるところよ」

 

 アリサの指摘は大げさではない。それどころか正鵠を射ている。

 事実、なのは、アリサ、すずか以外のクラスメートは、束のことを遠巻きに眺めるだけで触れ合おうとしない。まるで臭いものにフタをするかのように忌避し、遠ざけている。

 束もそれは分かっているようで、へらへらしながら傲慢っぷり全開で答えた。

 

「ははは、まぁ束さんは恐怖のマッドサイエンティストだからねえ。親がちょっと金持ちなだけの凡人愚人共を震え上がらせるのは中々にいい暇つぶしだ」

「そういう発言するから嫌われるのよ! ったくもう、少しはなのはだけじゃなく、私達にも感謝しなさいよ!? アンタがクラスの中で一人ぼっちになってないのは、付き合ってやってる私たちのおかげなんだからね!」

 

 そして、アリサが思わず述べた宣言にも、なお傲慢に応じていく。さしずめ、束さんの方がお前ら凡人に合わせているんだ感謝しろクズ共が、とでも叫ぶだろうか。

 そう予想した、アリサであったが。

 

「……そうだね。きっとそうだ」

「!?」

 

 素直に認めて首肯した束を見て、何か気味悪いものを見たような顔で束を見つめ、体を椅子の端にすすっ、と遠のかせた。

 

「あ……アンタ……」

「束ちゃん……?」

 

 見ると、すずかも全く同じような立ち振舞をしている。

 

「んあ? どうしたのさ、二人共」

「い、いやあんた、今のはキャラじゃないでしょ」

「ふぇ?」

「だから、キャラじゃない! あたしたちの言うこと素直に認めて首まで振って! なんなのよそれ! そりゃ馬鹿にされるよりはいいと思うんだけど、でもいきなりすぎて気持ち悪い!」

「あ、アリサちゃんそれは言い過ぎ……」

 

 アリサの言葉は驚きすぎて暴走し、気持ち悪いという言葉は案の定、束の機嫌をいたく損ねたようだった。

 

「はぁ!? お前ー! そりゃないだろ?! こっちは素直に心のままにやってるんだぞ!? それをキャラじゃないってなんだよ! 正しいことを認めて何が悪いんだぶっ飛ばすぞ凡人!」

「うっさい! いつもいつも上から目線であたしたちのことコケにするくせに! どうしてこういう時だけ正論吐くのよこっちはぐうの音も出ないじゃない!」

「私はいつも正論しか言わないんだぞ!? そりゃあまぁ私天才でお前らよりも上だから? 少し目線が上になって表現もそれに従ったものを使うけど?」

「嘘つくな! 絶対わざとやってんでしょあの馬鹿にした態度は!」

 

 そのまま言い争いに発展し、終いには歯を食いしばった怒り顔で睨み合う二人。

 そこに、くすくす、と小さな笑い声が走る。

 

「……何よ、どうして笑ってんのよ、すずか」

「いや、二人共急に仲良くなったなって」

「なってない! 第一こいつにとって私達は『友達の友達』でしょ!?」

 

 アリサの反論に、しかしすずかは微笑んだままやんわりと諭した。

 

「でも、距離は縮まってる。なんだか『友達』になってたみたいだったよ、今の」

「……そうかしら……でも……あたしは、束には……」

 

 それでも今の会話の暖かさを認められずに沈黙するアリサへ、今度は束が語りかけてきた。

 

「……束さんには、何かな?」

「うっさい、こっちの話。アンタとは関係ない」

「ええー? 束さんの方はせっかくカコバナを持ち出して、私自身の知られざる内面をちらっと見せちゃったってのに。ならそっちも何か一つ、明かした所で損はないんじゃないかな? というか公正な取引だ従いやがれ」

 

 なるほど、わざわざ思い出話など切り出した理由はそれだったのか。

 アリサはそう理解出来たが、ならばなぜ、自分のような凡人の内面を天才が見つめたがっているのかと不思議にも思った。

 だが、それを問いただしても答えはしないだろう。自分が最初に、束の質問に答えない限りは。

 

「……アタシはね」

 

 だから、アリサは話すことにした。

 なのはと出会って正道を見つけた時、同時に砕かれた一つの夢を。

 

「自分を天才だと思ってたのよ」

 

 その言葉に、すずかは黙して驚き。束はいつもの笑みを浮かべながら、じぃ、とアリサを見つめ始めた。

 

「言ったでしょ。昔の私はサイテーだったって。それがなんでかっていうと、つまり自信があったから。小学校に入る前の私は周りよりも成績良くて、運動だって出来て。パパもママもグランパも、そんな私を褒めてくれた」

 

 幼いころのアリサの周りには、彼女以上の才能を持つ人間が一人も居なかった。それは運もあるだろうが、それ以上にアリサ自身が努力家で、なおかつどんな方面にもある程度の才能を持っていたからである。

 だからそれを親は喜び周りは認めて、天才少女だと褒めそやす。

 アリサはそれを、本気にしてしまった。

 

「馬鹿だったのよ。たまに失敗して怒られたり失望されたりもしたけど、それはとことん無視して、自分のいいところだけを見てどんどん我儘になってく。だからすずかにあんなこともした。でもね」

 

 しかしその自信は、二年前のその日、篠ノ之束と出会ったことで強制的に打ち砕かれた。

 アリサは肉体的に打ちのめされただけでなく、その後彼女を知っていくたびに、その特異すぎる才能と日々成長し肥大化し続けていく能力を見て、それに比べた己の才の無さに気づいたのだ。

 

「あんたに会った時、怖くなった。こんなやつが居るんだって分かって、じゃあそいつと比べたら私はなんだ、ただの生意気な小娘でしかないじゃないかって、気づいたのよ」

 

 アリサ・バニングスをワガママないじめっ子に仕立て上げていたプライドが、残り余さずバキバキに折れて散るくらい、束とアリサには差があった。

 絶望的で、例え一生を捧げても埋まらない才能と能力の格差。

 

「それから、なのはみたいにもなれない。あいつほど強い心を、私はとても持てないわ。だから、あたしは束には届かない。同じものを、同じ目線で見ることが出来ない」

「アリサちゃん……」

「だって私、凡人だから。束、あんたは本当に嘘をついてないのよね。私あんたに敵わないもん。どう頑張ったって無理なんだもん」

 

 語尾が、口調が乱れていく。それは心の震えを表す。

 アリサは目をつむった。瞼に押し出されるかのように、一筋の涙が溢れた。

 

「悔しい? ええ、そんなことないわよ。でもムカつくの。アンタたちに追いつけない自分が。情けなくってムカついて。ねえあんた、今何やってんの? なのはと一緒に、また何か変なことやってるわよね?」

「……」

「ほら、答えない。だってあたしたちじゃついてけないから。力が足りないから。レベルが足りなくてリストラしちゃうのよね、スタメン外れちゃうのよね。分かるわよ、同じ立場なら私だってそうするわ。でもね!」

 

 アリサは叫ぶ。己の本心を、高らかに。

 

「私は嫌なの! アンタたちと二年間、曲がりなりにも一緒にやってきて! それで仲間はずれにされる……そんな自分に腹が立つ!」

「っ……」

「ねえ、どうしたらアンタみたいになれるの!? どう頑張ればなのははあたしに……あんたにするみたいに、秘密の隠し事を喋ってくれるの!? 答えてよ、答えてっ……答えなさいよっ!!」

 

 ごしごし、と涙を拭ったアリサが、その赤らんだ目で束を睨む。これが私の本音。あなたの聞きたかった本当の気持ち。

 じゃあ、あんたそれを聞いてどうするのよ。と、無言の内に打ち付ける。

 それを受け止める、束は。

 

「……ふ、くくくく、そうか、そうなんだね、『アリサ・バニングス』」

「え……ちょ、アンタ今なんて」

「それが友情。ああ理解できるとも。束さんには全部わかるんだ」

 

 アリサのフルネームを、(しっか)りと呼んで。

 

「それで、月村すずかもそうなんだね? 君は普通じゃない(・・・・・・)けれど……私みたいに飛び抜けてもいない。その差を埋めて、同じ所に立ってみたい。どうかな?」

 

 すずかの姓名も明確に呼び、質問する。すずかは若干の間、悩むように俯いたが、やがてぽつりと呟いた。

 

「……私も、アリサちゃんと同じかな。友達が迷っていて、困っているなら力になりたい。それは当然のことだし……」

「うん、それも実に単純、明快な友情だね」

「でも、私たちには追いつけないって、何となく分かるの。まるで二人とも別の次元に、別の世界に行っちゃってるような感覚があって……理由は、よくわからないんだけど」

「はっ、ははは! そりゃあそうだ。確かに結界の中はそういう世界だからね、その受け取り方、月村であるが故と予想するよ」

 

 アリサにはまるで意味の分からぬすずかの独白。しかし束はそこからも何かしらの事実を掴み取ったようで、ほくそ笑みながら更に続けた。

 

「で、君たち……今の話をまとめると、私たちに追いつきたい(・・・・・・)ってことになるよね?」

「……そうよ」

「うん……」

「なら……そのための手段がある、と。この天才の、全知全能の束さんが言ったらどう思うかな?」

 

 瞬間、静まり返る車内。呆気にとられるアリサとすずか。

 束は傲然と語り続ける。

 

「ただし、それを知ればもう後戻りは出来ない。この平和な日々の裏で何が起こっているか、何と何とが戦っているかを見なきゃいけない」

 

 それはまるで、分厚い門の前に立ちはだかっている番人のように。

 

「目を逸らしたほうがきっと幸せに生きられる。なのちゃんは君たちを守ろうとしているんだよ。危険で危ない奴らから。この街を、この世界を。そこには戦いがあって、なのちゃんだって傷つくし、だからあんなに疲れてる」

 

 二人の勇気を試すように。

 

「私は君たちに、そこへ向かう『翼』を与えよう。とびきり最高級の発明品さ。君たちが一言、イエスと言えばそれで決まる。私はそれに委ねるさ。でもそれは、君たちにとって必ずしも幸福ではない。傷き倒れて、落ちちゃうかもしれない。さあ、どうする?」

 

 だが。

 

「らしくないわね」

「うん、らしくないよ」

 

 二人揃って、言い返す。束のそれが伝染したかのような、不敵な笑いを浮かべて。

 

「へえ?」

「あんたにしちゃ随分戸惑ってるわねってこと」

「普段なら、私たちに何も言わず、勝手に進めちゃうじゃない。それが『委ねる』なんて、ねえアリサちゃん」

「ええ。あたしはとっくに覚悟できてる、すずかもでしょ?」

 

 アリサとすずかは互いの瞳を見つめ合い。その奥に澄んだ意志の炎を確認して、心を通じ合わせた。

 

「うん。だって……なのはちゃんが居たから、私は一人ぼっちじゃなくなったんだもの」

「アタシもそう。なのはには大切なことを教わった恩があるし……ついでに、束。アンタにも……身の程を教わった、と一応付け加えておくわ。あくまで一応だけどね。だから……アンタたちの力になれるなら、なってみたい」

 

 それを聞いて束は笑い出す。明るく、そして激しく。なのはの一挙一動を見守り、そこに楽しみを見つけ出した時のような、陽性の笑いであった。

 

「ふふ、あはははは! いいねえいいねえ、期待以上だ! なんだよお前たち、何時からそんな非凡人めいたセリフを吐くようになったんだ!? ほんのちょっっとだけ、楽しめたじゃないか!」

 

 ぐん、とブレーキがかかってリムジンが止まる。ちょうど、目的地であるピアノ教室に到着したようだ。

 ちょうど話も終わる雰囲気である。こうもタイミングがぴったりなのは、束の『予測』を利用した話術によるものだろう。

 両側の扉が開かれ、アリサとすずかが降りる。その後に降りた束は、何時かのジェットパックを背中にくっつけていた。どうやら、懐に『分解』して隠していたのを一瞬で構築したようだ。

 それから、人参型のトランシーバーらしき小物を口に近づけ、何かと交信している。

 

「……うん! うんうん! ちょうど始まったみたいだね。で、状況は……一進一退。ああそれはいいんだ助手よ、目当てのジュエルシードはどうなって……くはっ! そうかそうか、それはいい!」

 

 話は何やら好都合に進んでいるようで、るんるん、と踊るように足踏みしながら話していた束は、不意に、それを見つめるアリサとすずかへ振り向いた。

 

「……決心は決まったよ。こうなったら束さんも迷わない。そういう理由が出来た。ありがとう。君たちのおかげだ」

「え……!?」

「この礼は近いうちにきっとさせてもらうよ。楽しみに待っててね。それじゃあ、アデュー!」

 

 それだけ言うと、束はジェットパックに火を入れて、どこか遠くに飛んでいってしまった。

 二人はその残影を見つめるかのごとく、数分の間虚空を見つめていた。




アリサ「……ねえ、あのジェットパックって、束の背中に背負わなきゃいけないくらい大きかったわよね」
すずか「うん、普通のランドセルよりちょっと大きいくらいだよ」
アリサ「そんなもの、分解できたとしてどこに隠しておけるのよ」
すずか「……えーと……その……一瞬だけど、あの長いスカート思い切りまくって、その中から、がしゃがしゃって部品取り出していたのが見えたような」
アリサ「うわぁ……」
すずか「うわぁ……」

てなわけで、ロングスカートには夢があると思います。
次回投稿は2017年06月08日(木) 18:00です。

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