天才少女リリカルたばね   作:凍結する人

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自動人形とか月村家に関する思いっきりな独自設定あります。
苦手な方はご遠慮ください。


第八話-D:篠ノ之の娘と月村家

 束にとって、午後の入浴は不本意ながら、いわゆる小手調べの域を出なかった。

 なのはの裸体が目の前にあるのは至福なんてレベルでない幸せなのだが、お昼が終わって浴場が賑わっている今では余計なもの(邪魔者)が多すぎる。特にアリサ・バニングスなど、大げさなくらいになのはに付き添ってガードをしていた。

 その気になれば軽くひねったり投げ飛ばしたりで排除できるけれど、流石にこんな場所で、全裸の女性に力を振るえばどう加減しても怪我をさせてしまう。束的には何ら問題ないが、なのはが悲しむならそれは出来ない。

 という訳で、肌色の女神を目の前に悶々としながら機械的に入浴を済ませるしか無かった束は、少しだけだがやっぱり苛立っていて。

 だから、風呂から真っ先に上がれば浴衣をちゃちゃっと着付けて、月村家の部屋へと突っ走っていった。

 そう、自分たち篠ノ之家の部屋でも、なのはがいる高町家の部屋でもない。

 何故ならば。

 

「うふふふふふ、久しぶりだなぁ……これをバラすのも」

 

 そこには、月村家メイドのノエル・K・エーアリヒカイトと。同じくメイドで、すずかの専属であるファリン・K・エーアリヒカイトがいるからで。

 今や彼女たちは、二人揃って篠ノ之束の手にかかり、身体のあちこちをバラバラに『分解』されていた。

 篠ノ之束が分解できるのは、機械のような無機物だけではない。適切に『解析』できれば有機物も、そして人体もまた分解できる。

 しかし、二人が『分解』された部屋の中には血の匂いは無い。グロテスクな臓器や肉片など一つもない。あったらとっくに通報されて、スプラッタ・ホラーの元凶として大騒ぎを巻き起こしているはずだ。

 代わりに散乱しているのは、機械の部品。一見バラバラに無造作で、しかし束の目からしてみれば規則正しく置かれているそれらが、ノエルとファリンを構成するものだ。

 

 つまり、二人は機械なのだ。

 『自動人形』という、持ち主のもとで働き、自分で考え的確に命令を実行する、人間の忠実なしもべ。

 そんな、アンドロイドの一形態。しかも、現代の科学ではとても実現できないほどに人間そっくりな『エーディリヒ』式の人形である。

 

「ただいまー……って、束ちゃん!?」

 

 少し緩めの浴衣を着て、意気揚々と部屋の扉を開けた瞬間驚愕したのは、月村忍だ。

 その後ろに、もう少し落ち着いて、それでも目を見張っている黒髪の青年もいる。

 

「おお……これはまた、すごいな」

 

 高町家の長男、高町恭也であった。

 

「んん? あぁ、なんだアンタたちか」

「アンタたちか、って……これ、どうしたのよ」

「どうしたも何も、見てわからない? この二体、バラしてついでにメンテしてるの。三ヶ月前に一度やったきりでしょ? 君の手で完璧にされてる姉はともかく、妹はまだまだ調整が必要だから」

 

 気持ちよく機械を分解整備している所に不純物(おじゃまむし)が入り込んだからか、束は少し怒りを見せて話す。

 しかし忍も、それから恭也もそれには慣れっこであった。

 

「ねえ……それはわかったけど、何もこんな日に、こんな所ですることはないんじゃない?」

「束さんがやりたくなったからやってんの。文句ある?」

「あのな……」

 

 恭也の呟きを聞くやいなや、束は顔を二人に向けず、右腕だけを動かして部屋の奥を指出さす。分解された部品は部屋の畳を埋め尽くすくらいバラバラに転がっていたが、窓際にあるテーブルと椅子2つの周りだけは例外であり。

 つまるところ、二人はそこでじっとしていろ、ということであった。

 

「どうする、忍?」

「……こうなった以上しょうがないわよ。無理に止めてって言ったら、私じゃすぐには直せないくらいに分解しちゃうだろうし」

「そうか、まぁ、そういうことなら」

 

 恭也と忍はそれに応じて、部屋の端っこを歩いて奥までたどり着き、椅子に腰掛けた。テーブルには、風呂帰りに自販機で買ったのだろう、ソフトドリンクの缶が置かれる。

 

「……凄いわねえ、何も機材ないのに、ノエルたちを整備できちゃうなんて」

「当然だよ。束さんは常在戦場、ならぬ常在研究室なんだからね」

「おー、すごいすごい」

 

 忍のにこやかな褒め言葉を、束は無言で黙殺した。

 

「……むぅ」

「忍、どうした」

「ちょっとは反応してくれてもいいのに」

「……あの状態の束ちゃんに、それは難しいんじゃないのか」

「そっか」

 

 外野が好き好きに囃し立てるが、束は全く反応しない。目の前の二体の自動人形に向かい、完全に集中しているのだ。

 かちゃかちゃかちゃ、かちゃり。

 機械に機械がはめ込まれる音。細かい部品が地面に落ちる音。摩耗した部品が新しい部品に組み代わるか、整備されて再び取り付けられる音。

 そんな、旅館の一室に似合わぬBGMの中、恭也と忍はじっと見つめながら、時折ソフトドリンクに口をつけたりしていて。

 

 それから約10分後。

 

「よーーーーし、終わりぃ」

 

 長丁場ではないにしろ、集中力をみっちり使って流石に疲れたのか、額の汗を拭った束が、おもむろに手元のスイッチを押せば。

 そこから、起動用の信号が二機の人工知能に走り。

 

「……ノエル・綺堂・エーアリヒカイト、起動完了しました」

「ファリン・綺堂・エーアリヒカイト、起動完了ですっ!」

 

 瞳に光を宿した自動人形が二機、すっくと立ち上がり、束とそれから二人の主に向かい一礼した。

 

「セルフチェック終了。全システム異常なし」

「こちらも異常なしです、ありがとうございました、マイスター!」

「ふ……ここまで12分42秒89……分解、定期メンテ、組み立ての最短記録更新っ……!」

「おー、ぱちぱち」

「……」

 

 メンテナンス成功を確認してぐっ、ガッツポーズをする束に忍は拍手し、恭也も無言で二三回手を叩いた。

 

「んじゃ、早速だけどノエル。おやつ食べたいから何か買ってきて?」

「ファリンは飲み物を頼む」

「かしこまりました」

「早速行ってきます!」

 

 再起動直後の命令に息巻くファリンと、あくまで平常心のノエルが部屋を出た後。

 忍と恭也は後ろの椅子から移動し、一仕事終えたという風にくつろぐ束と同じテーブルにつき、話しかけた。

 

「……本当、凄いよね、束ちゃんって」

「何が? 私が凄いだなんて、当たり前のことを今更言ってどうするんだよ」

 

 二の句を継ぐのが躊躇われるくらいに酷い返答であるあった。がしかし、忍にとってはこれくらい織り込み済みである。

 

「うん、当然だよね。君は凄い」

「……」

「だって……自動人形のこと……『全部』分かっちゃってるんだもんね」

 

 全部。そう語る忍の言葉には、素直な賞賛に混じって、少しだけ湿り気のある感情がにじみ出ていた。

 ノエルという『自動人形』は、元々月村家を含む『夜の一族』に伝わるロストテクノロジーであった。

 現代の科学ではとても解析できなかったそれは、長い間放置されていて。

 それを忍が発見し、二年ほどかけてサルベージしたのであるが。それでもやはり、未解明のブラックボックスというべき部分が存在していて。

 だがそこに、篠ノ之束が現れたのだ。

 

 

「束ちゃんが始めてうちに来た時はびっくりしたなー。ノエルを見た瞬間、自動人形だと分かって。しかも私の『正体』までなんのヒントもなしに察して、迫っていったのはあなただけよ」

「まぁそうだね、束さんって天才だから! いくら人間に近くっても、駆動音も極限まで細かくたって、束さんの瞳にゃまるっとお見通し」

「……で、なんだかキラキラした目で忍のことを見つめて……『師匠』と呼んでいたよな」

「っ!?」

 

 横から挟まれた恭也の一言に、束は苦々しい表情で、

 

「……昔の話だ。忘れろよ。忘れなかったら殺すから」

 

 と、恭也をぎりっと睨んで呟いた。

 

「はは、悪い悪い、勘違いだったんだよな、確か」

「てっきり、私がノエルを一から作ったものだと思ってたのよね。数分で誤解が晴れて、そしたら今みたいに、お前とか君とかで呼ばれるようになっちゃった」

「……今は違うから。お前らなんて凡人だから」

「はいはい」

 

 束の殺気立った忠告は、しかし二人にはあっさりかわされて笑い話の種になってしまう。

 この二人との応答を、束はどうにも苦手にしているようだった。嫌いではなく、苦手である。

 束が掛け値なしの天才だということは、ふたりともきちんと認識してちゃんと認めている。しかし、だからといって怖気づくでも、過度に褒めるでもなんでもなく、自然体の平常さで受け答えるのだ。

 この対応はなのはのそれに近い、と言えば近いのだが。なのはが束にとっての未知の塊であるのとは違い、高町恭也も月村忍も彼女にとっては――それぞれ常人よりは数段、というより数十段上の存在ではあるが――それでも予想をはみ出さない。次にどう動くか、何を語るかを『予測』できて、だからどうにでもなる相手であるはずなのだ。

 しかし恭也も忍も、束に対して何か余裕ある、そういうのは慣れていますよ、という態度を取る。束がどれだけ飛び抜けた行動をとっても、そういうものだからと受け入れる。

 それが束には、我慢できないほどではないにしろ、不愉快なのであるだろう。

 

「……ま、こいつを作った夜の一族には、ほんっっの少し、褒めてやってもいいかなーとは思う」

「何百年前のロストテクノロジーだからね……」

「でも、この束さんの手にかかったのが運の尽きだねえ」

「束ちゃん、不眠不休の三ヶ月で、全部解き明かしてみせたんだからな」

 

 恭也が言うように、束は自動人形に出会ってから、その全構造と全機構、忍では解析しきれなかったものを含めて、三ヶ月で全てを『解析』し終わった。

 それが、ちょうど一年前。

 

「でも、お前は信じてくれなかったよね?」

「あ、はは、まぁね……私が何年も、その時だって解析し続けてたのを、たったの三ヶ月で全部わかったぞって言われたら、流石にすんなり、首を縦には振りたくなかったの」

「はん、そういうつまらんプライドが凡人なのさ。真実というものは常に残酷だけど、全部受け止めなきゃ始まらないだろ」

「て、手厳しいお言葉……」

「……そうか。立派なんだな、束は」

 

 恭也の褒め言葉に、束はいちいち混ぜっ返すなと怒鳴る。

 

「はは、悪かったな」

「む……まあいいさ。という訳で、そんな愚かしいお前たちのために、束さんが何をしたか! 忘れてないよね?」

「それはもう……ノエルの妹として、ファリンを作ってくれたのよね」

「そのとーりっ!」

 

 束は勢い良く座布団から立ち上がると、胸を張って笑みを浮かべ、自慢げな顔をした。二人は小さく、ぱちぱちと拍手する。

 

「ノエルも喜んでいたわよね。まさか自分に妹が出来るなんて思わなかった、って驚いてもいたし」

「ああ。ちょうどすずかちゃんの専属メイドを探してた時期だから、渡りに船でもあった。そこら辺も考えてくれたのかい?」

「うむ、勿論! 束さんのやることなすことには何事も意味があるのだ、褒め称えるがいい!」

「はいはい」

「すごいすごい」

 

 続けて拍手する二人の前で、束はとことん鼻高々ではあるけど。なんだか手の上で踊らされている気もして、五秒もしたら気持ちが萎み、また座布団に座ってお茶に口をつけた。

 それから、温泉銘菓のまんじゅうを買ってきたノエルと、忍好みのアセロラジュースを買ってきたファリンが戻って。

 三人と二体――いや、五人は暫く、部屋で饅頭の味を楽しみながらのんびりタイムと相成った。

 

「束ちゃんは、なのはのところに行かなくてもいいのかい?」

「んー。今はいいかな。人形弄れて一満足だし」

 

 恭也の語りかけに応じて、両手をワキワキと動かしながらご満悦な表情の束。そこに、忍が質問する。

 

「ねえ、どうしてこんな時に、二人を整備してくれたの?」

「あ、それ私も気になります! マイスター、どうなんですか?」

「え? 聞きたい? なんとなくとは言ったけど、まぁ束さんは天才だもん、ちゃんとした理由と目的があったりするのさ」

 

 ファリンもそれに追従すると、束は満更でもない、という表情であった。

 どうもこの天才、自分の制作物には態度が甘くなるらしい。製作者である束をマイスターと呼んで慕う、ファリンの純真な性格もそれを助長しているようだ。

 

「それはなんですか、マイスター?」

「そ、れ、は……この束さんの完全新作、超絶弩級な新発明品のためなのだ!」

「おおっ!」

「自動人形の機能というか、仕組みが参考になると考えてね。おさらいがてら分解メンテしたのだよ!」

 

 びしぃ、と斜め50度を指差す束。ファリンは目を輝かせながらそれを見つめている。恭也とノエルは暖かく見守り、忍は茶々を入れてきた。

 

「ほほう、でその超弩級とはどんなものですかな、束博士」

「それは秘密だね。大体、まだ一週間前から作り始めたばかりなんだ。まだ完成率は15パーにも至ってない」

「ず、随分時間がかかりそうですね……マイスターにしては、意外です」

 

 ファリンの言うように、束の作る「発明品」は、作り始めを宣言してから総じて二日~四日ほどで出来上がるのが相場であった。

 しかし今回は、一週間で15%と自己申告している。

 聞いている誰もが、今回はいつもの道楽とは違うようだぞと理解した。

 

「ふふふ。今回のは束さんの数ある発明品の中でも、最高傑作(かっこ)予定(かっことじ)にして規格外だからね。暫くはこれだけに没頭することになりそうかな」

「そうか……まあ、頑張って」

「頑張ってください、束様」

「ふん、言われずとも。時間的な余裕もそんなにないし……」

 

 と、ここで忍が、何気なくぼそっとつぶやいた。

 

「ねえ、その発明品……そんなに凄いものだったらさ。完成したら、お父さんとか、お母さんにも見せようよ」

 

 束のうさみみが、ひょこっ、と動く。

 その瞬間、部屋の温度は穏やかな春の陽気から極寒の冷凍庫まで一気に冷え込んだ。

 束が忍へ、殺気めいた目線を送ったのである。

 

「……なんで見せる必要があるんだ」

 

 そうなると当然、忍のパートナーである恭也と従者であるノエルとしては、どうしても束を警戒しなければならない。この殺気を冗談だと切り捨てられるほど篠ノ之束は甘くないし、二人にはとある事情もあって、忍に殺気や害意が向けられることには敏感にならざるを得ないのだ。

 一方忍は、束がそうすると分かっていたようで平然とした様子。唯一ファリンだけが、忍につくべきか製作者の束につくべきかで迷い、オロオロと両者を見守っている。

 

「いや、だってそんなに自信があるんでしょ? だったら自慢しちゃえばいいのにって」

「その必要はないな。あんなの……」

「きっと、褒めてくれるわよ」

「違う! 束さんはな、あんなクソ親父とか、バカな母親からの賞賛なんか必要ないんだ!」

 

 束は叫ぶ。忍を睨む瞳はますます鋭くなって、気の弱い人間、例えばすずか辺りならそれだけでくらりと倒れてしまいそうなほどだ。

 しかし、忍は動じない。この程度の敵意など、慣れっこであるから。

 

「本当に、そう? 褒めてくれる人が、なのはちゃんとか、私達、それ以外にもう二人も増えるんだよ? 楽しいことじゃないかな?」

「違うね! あんな愚鈍な二人に、束さんの何が分かるっていうんだ! 何も分かるはずない! 束さんは、天才なんだから!」

「天才なんだったら、親御さんくらいには理解されないといけないんじゃないかしら」

「忍……?」

 

 売り言葉に買い言葉でますます束を煽る忍。更にクールダウンする空気の中、流石に恭也がフォローを入れたが。

 

(黙ってて。ちょっとこの子に、伝えたいことがあるの)

 

 と呟かれれば、退くしかないのだった。

 

「……お前に何が分かるんだよ!」

「分かるわよ」

「はぁっ!?」

「私もちょっとだけ、あなたに似てるから」

 

 そう言ってから忍が語りだしたのは、月村忍という人間の半生――そして、両親との関係であった。

 

「私は小さいころから機械が好きで、本が好きで、ゲームとかも大好きで。でも、お父さんもお母さんも、そういうの理解してくれなくてさ。もっとお嬢様らしくしなさいってうるさかったの」

「ふん、よくある親子関係のこじれだね。そんな常人めいた体験が、束さんにとって教訓になると思ったら大間違いだよ」

「分かってる。だから、もうちょっと聞いててね」

 

 憎まれ口を叩く束に対して、忍はあくまで穏やかで。まるで娘に対して語りかけるような口ぶりだった。

 

「そんな時、ある叔母さんから、ノエルをプレゼントされたの。その時はノエルって名前もなくて、単に『エーディリヒ』式って呼ばれてたっけ。錆だらけで、ボロボロの自動人形よ。当然、私は夢中になって直そうとした。その頃は一日一日がすごく楽しかったわ」

「ふん……」

「親に何を言われようが気にならなくなったわ。自分にはノエルがいる。ノエルを直して、いっぱいお話相手になってもらうんだーって。そしたらもう両親なんかいらない。ノエルと、ノエルをくれた優しい叔母さんだけが家族でいい。なんて考えちゃってたの」

 

 でもね。

 忍はちらと、ファリンを見やって。

 

「妹が出来たの。すずかっていう子。私たちは……どっちかというと妊娠しにくい性質で、お母さんもそうだったんだから、二人目が出来るっていうのは凄いことだった」

「…………」

「ここの大学病院の産婦人科だっけ。一人でノエルを直してたら、叔母さんに首根っこ引っ掴まれて連れてかれたの。そしたら、どうもかなりの難産だったみたいで、お母さん、ものすごく弱ってた」

 

 忍の脳裏に、その日の光景がはっきりと浮かび上がる。

 自分と同じで怪我をしてもすぐ治るし、どんなに仕事をしても疲れ一つ見せなかった忍の母親、月村飛鳥。

 それが、ベッドの上で力なく横たわっている。若々しいままであるはずの顔には、幾つもの皺。年をとっても外見が変わらないはずなのに、一気に20歳くらい老け込んでいるように見えた。

 父――月村征二は、そんな飛鳥の手を握っていた。無言のまま、ただギュッと握っていた。そしてその顔色は、白色を通り越した土気色であった。

 敏い忍は、父が母に何を捧げたのかはっきりと理解した。 

 そして問う。どうしてそんなにしてまで、と。

 征二は一言だけ、しかしはっきりと言って返した。

 

――忍。お前、言っていただろう。妹が欲しいって。

 

 それは、ノエルを手に入れる前の忍が、妹がいれば親以外の話し相手ができるのでは、と無邪気に考え、戯れにただ一度語っただけのことだった。

 

「その時、私思ったのよ。お父さんとお母さんが、どれだけ私を大切に思っていてくれたか。私を愛してくれていたか……」

 

 束は答えない。ただ、組んだ両手をじっと見つめて、何かを考えているようだった。

 

「それにね、これからは一人じゃないんだなって思った。妹がいるのよ。妹相手に、一人部屋に引きこもっているところばかりは見せられない、ってね。まあ、それでもやっぱり機械は好きで、ノエルの修復も諦めなかったけど……そのままでいるよりも、ちょっとはお嬢様っぽくなれたんじゃないか、って思う」

 

「……ふん」

 

 忍の語りを全て聞いても、束はなお、強情な顔でそっぽを向いていた。

 

「だからなんだよ。私に『改心しましたこれからお父さんお母さんの言うとおりクソ真面目につまらなく生きていきます』とでも言ってほしいのかな?」

「違うわよ。私が言いたいのは、ただ……子供を愛さない親なんていない、ってこと」

 

 ぴょこ、とまたうさみみが動く。今度はそれと同時に、束の頭部そのものも少し俯いていくようだった。

 

「何がわかるというんだ、っていうのは、分かるはずがないという決めつけ。言い換えると、分かってくれないっていう思い込み」

「っ……」

「もう少し言い換えると……分かってくれるって、信じていないの。ねえ、束ちゃんはなんでも分かるんでしょ? どんな言葉も予測出来るんでしょう? だから考えてみなさい。『私、凄いものを発明するんだよ! 応援して!』って言った時、二人がどう返すか」

「そんなの、何度やったって結果は同じだ! 理解してくれるはずがない!」

 

 束の言い方は、まるで忍の口調に引きずられるかのように、『理解できるはずがない』から『理解してくれるはずがない』に変わっている。

 まるで、ささくれ立った外郭が剥ぎ取られ、本心が暴かれていくように。

 

「あれー? それはおかしいわね? ひょっとして、何か数式を取り落としていないかしら?」

「そんな……!」

 

 ことはない、とは言えないようだった。

 恐らくそれは、自分を天才と自負するプライドによるものだろう。間違った事実を口にすることは、何よりも恥辱であるようだ。

 

「ねえ、どうしてそんな、素直になれないの? なのはちゃんと知り合った時は、自分から一歩、歩み出たって聞いたわよ?」

「……いいんだよ」

 

 何重にも重ねられた忍の問。その答えとして束が導き出したのは、その一言に続く、束なりの家族観であった。

 

「お前と同じで、私にも妹がいる。箒ちゃんだ。泣くのが見たくなくて、怒るの止めにする程度には可愛く思うよ」

「うん」

「でもね。箒ちゃんがいる。だからいいんだと私は思う。あいつらは箒ちゃんだけ愛せばいい。箒ちゃんはまともに育てればいい。予測出来るよ、きっとまともに、清廉潔白で純真で品行方正な大和撫子に育つところがね。篠ノ之流も学んじゃってさ。それでいいんだよ」

 

 だから、私はいい。愛されなくても、心配されなくても全然構わない。

 

「私に構う暇があったら、箒ちゃんに構うべきなんだよ。私は天才だから、もう親なんていらないんだ。なのにあいつら、私まで構おうとするから救えない。私はあいつらの望むようにはならない……なりたくない! なれないんだよ!」

 

「それで、いいんじゃないか?」

 

 束の、恐らくは本心に限りなく近い独白。そこに答えを返したは、忍でなく、恭也であった。 

 

「俺、実は一年、高校を留年してるんだ。修行のやりすぎで。両親にはこっぴどく叱られた。でも、まあこうして、大学にまで通わせてもらっている」

「……?」

「要するにだな。多少思い通りにならなくても、親にとってはそれで当たり前……というわけではないだろうが、見捨てずに育ててくれるもんだ」

「な……でも私は」

「天才、なんだろ? それでもだよ」

 

 束の反論を封じるように、恭也はわずかに表情を和らげ、言い聞かせる。まるで、なのはと話している時のように。

 

「そんなに信じられないなら、一度聞いてみるといい。きっと、答えは決まっているはずだから」

「あのお二人だもんね。きっと……」

「っ!!」

 

 しかし、束はそんな空気に、論調に耐えきれなかったようで。唐突に立ち上がり、ずかずかと大股歩きで、部屋から立ち去った。

 ぴしゃり、と大きい音を立ててドアが閉まる。見つめるファリンは心配そうだ。

 

「マイスター……大丈夫でしょうか、私、不安です」

「大丈夫ですよ、ファリン。束様は、忍様のご友人ですから」

「まぁ、友達と思ってるのは私の方だけかもしれないけど」

 

 ふぅ、とため息をつく忍は、柄にもなく長い説教をしちゃったな、と心のなかで思いながらも。

 

「ノエルの全部を明かしてくれて、おまけに妹まで作ってくれた。そんな子が悩んでいるなら、力になってあげるべきじゃない?」

「ああ、そうだな」

 

 こういうのもたまには悪くない、と恭也共々思うのだった。

 

「それに、もし私達が結婚して子供が出来たりしたら、こういうお説教だって、絶対にやることになるんだし」

「……うーん……いつかは、そうなるんだろうけど」

「何人作る? 私は三人くらい欲しいな」

「おいおい……さっきの話で、できにくいって言ってただろ?」

「私と恭也とは、きっと別だよ♪」

「……忍、お前『あれ』はまだ先……だったような」

「そうだよ。でも、ひとりでするのは禁止なんだからね」

「……努力する……」

 

 穏やかに笑うノエルがお茶を淹れながら見守る中、仲良く饅頭を食べながら、未来に思いを馳せる二人であった。

 




次回は6/4の11:00投稿です。

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