というわけで嬉しいのでもう一話ドン!
なあに大丈夫だ後六話くらいストック有るから!
高町、月村、篠ノ之、そしてバニングス。四家合同一泊二日の宿泊先として選ばれたのは、そこそこ歴史ある大きな旅館だ。海鳴温泉という場所では鉄板とも呼ぶべき宿泊施設であり、それ故大型連休になると大勢の観光客で賑わいを見せる。
そんな所へ大勢が宿を取れたのは、海鳴に昔から神社を開いている篠ノ之家の縁引によるものだった。
部屋割りは高町家で一室、月村家で一室、そして篠ノ之家で一室。子供たちはそれぞれ好きに部屋を移動し合うが、基本的に士郎・桃子は高町家の部屋に、恭也・忍・ノエル・ファリンは月村家の部屋に。そして柳韻・沙耶は篠ノ之家の部屋で寝泊まりすることになっている。
だが、今はまだ晩餐にも早い夕暮れ時。大人たちも思い思いに、風呂へ赴いたり部屋の中で交流したりと、のんびりした時間を過ごしていた。
そして現在、高町家の部屋では。
「王手」
木を打つ音がぱちん、と響く。黒髪を短く纏め、浴衣のよく似合う和風美人な妙齢の女性が、将棋盤の上飛車の駒を動かし敵陣へと進めたのだ。盤上を見るともうすっかり煮詰まっていて、しかも女性側が圧倒的に優勢である。
彼女に対するのは黒髪の、鍛えられた身体と穏やかそうな雰囲気を併せ持つ男であるが、彼は自分の目の前にあるほぼ詰みかけな盤上を見て、腕を組みながら唸っていた。
「どう返しますか?」
「ま、待った」
「待ったなしですよ」
涼し気な表情で相手の一手を待つ女性は、篠ノ之家の婦人、篠ノ之沙耶である。
「さあ、士郎さん困った! どうするー?」
そして、将棋盤から少し離れたところで黒髪の赤ん坊を抱きあやしながら冷やかす女性、高町桃子が呼ぶように。盤上、もはや巻き返しは難しい局面でなおも粘り続ける男は、高町家家長、高町士郎であった。
「う、むむむむ……」
いかにも進退窮まったように唸りながら目をつむって、十数秒ほど思考を巡らせた士郎は、飛車を防ぐために、王将の隣りにいた銀を斜め上へ動かし盾にしたが。
「王手」
「ぐっ!」
今度は既に成っていた竜馬を横に進められて、それで再び王手である。
士郎は必死に盤上を見渡す。しかし、今までは囲みを食い破られながらもなんとか生き残ってきたはずが、今回ばかりはどこにも逃げ場所がなく、持ち駒も存在しない。
それでもなお逆転の目を探そうとして、たっぷり一分ほど熟考した結果。
「参りました」
と、ため息を吐きながら告げるしか無いのだった。沙耶からは、そうでしょうねと告げられる。どうも向こうからしてみれば、最初から詰みであると考えていたようだ。
「でも、良い勝負でしたよ」
「どうでしょう。コテンパンでしたし、最初から」
「いえいえ、ちゃんと定跡も分かっていたようですし、いい棒銀でしたよ。夫もこの指し筋なら満足するのではないでしょうか」
沙耶は自分の夫を話題に出し、練習台になった甲斐がありました、と締めくくった。
高町士郎と篠ノ之柳韻は、その娘二人と同じく友人同士である。それぞれ子持ちで、かつ古武術の道を歩んでいる所にシンパシーを感じたのか、娘の縁で出会ってから、すぐに友誼を深めた。
そして、士郎が柳韻から紹介されたのが、将棋である。何でも、自分と指す人が殆どいないらしく、初心者でも教えるから是非相手になって欲しい、ということだった。
士郎も嗜み程度には習熟していた、友人の頼みならばと始めてみたのだが。
柳韻に指し相手がいない理由を、すぐに思い知る事となった。
強いのである。ひたすらに。
最初に戦った時にはあっという間に詰まされて、その次は六枚落ちというハンディキャップを付けてもらって、それでもすぐに負けてしまった。
それから聞いてみると、なんでも篠ノ之柳韻という男、青年時代はプロ一歩手前まで至り、将棋一筋に専念するか神主を継ぐかで迷いに迷って後者を取った、という経歴の持ち主だったのだ。
それは強いし、素人から見れば圧倒的すぎて指したくならないのも当然である。
しかし。
「それにしても、柳韻さんにも沙耶さんにも、まだまだ負けっぱなしねー、あなた♪ らしくないわよ!」
「ぐぬ……」
妻の桃子がからかうように、それで諦めるのは士郎らしくない。
というか、御神らしく、不破らしくない。
戦えば必ず勝つ。その流儀を当てはめたいのは、なにも剣の道だけに限らないのだ。
という訳で、士郎は喫茶翠屋オーナーとして忙しく働く傍ら、たまの休みには柳韻、そしてこちらも将棋の名手である沙耶を相手に特訓を続けていた。
そしてようやく、沙耶を相手に平手で指せるようになった、という具合である。
「いえ、あなたの旦那さん、だいぶお強くなられましたよ。夫も喜んでいます、ようやくここまで付き合ってくれる相手が出来たって」
「いえいえ、この人はただの負けず嫌いですよ」
「おい、そりゃないだろう桃子?」
沙耶がフォローをするが、桃子はそれをスパッと切って返した。このあたり、士郎の妻でありながら中々容赦がない。
それだけ、互いに互いのことを理解しているのだが。
「ふふふ……私も指していて楽しいです。一度覚えたことは忘れずに実践してきて、そこがなんとも。夫なんて、新しく弟子が出来たみたいだと言っていました」
「いや、この歳になって教わる側に回るとは思わなかったです。でもまあ、それも結構懐かしい気分ですよ」
そのまま、座る場所を将棋盤からテーブルに変えて、暫く三人で談笑する。その間を、赤ん坊の箒がとてとて歩き回ったり、時折沙耶や桃子へ甘えに来たりして、穏やかな時間が流れていた。
だが。
「そういえばなのはたち、そろそろ風呂から上がる時間ですね」
桃子の言葉で、話題が三人の子供たちに流れていくと。
「そう、ですね……そちらの娘さんたちに、何かご迷惑、かけていないといいのですが」
沙耶の表情と口調が、露骨に暗く落ち込んでしまうのだった。
「……何かあったんですか?」
士郎が問う。傍らで備え付けの煎餅を食べていた桃子も、心配そうな面持ちで、沙耶を見つめていた。
「いえ、大したことではないんです。いつものことで。行きの車の中で、夫と束が喧嘩しまして……席割りのことで」
「ああ、そういえば束ちゃん、なのはと一緒に座りたがっていましたね」
「すいません、あんなに、駄々をこねさせて。もう決まったことなのに……」
「いえいえ、それは別に。で、どうなったんですか?」
「夫が出ていけと言ったら、束ったら本当に出ていこうとして……止めたんですけど聞かなくて……箒が泣き出したので、その場は一旦収まったのですが」
喋り続ける間にも、沙耶の顔色はますます暗くなって。声色はまるで罪を自白するかのように硬く低くなっていく。
「あの子も夫も、それから私も、それを引きずっているんです。皆さんにとっては楽しい旅行であるはずなのに……束が、去年の花火みたいにまた何か、トラブルを起こしてしまうかも……」
(……あなた)
(ああ、分かってる)
その独白を聞きながら、士郎と桃子、二人アイコンタクトで意思を疎通する。彼女に伝えるべきことは、それで決まった。
「あの、沙耶さん」
「はい……」
「もし悩み事があるようでしたら、なんでもいいから話してください。相談に乗りますよ」
士郎がそう提案すると、沙耶はちら、と視線を反らした困り顔で呟いた。
「いえ、いいんです。皆さん今日は休みに来たのに、わざわざ私達の事情にお付き合いさせるわけには」
「でも、心配ですよ、気になりますよ。そんなこと言われて中途半端に止められると不安になりますって。ね、士郎」
「うん、そうだな。という訳で、不肖わたしたち高町夫妻が聞かせていただきます。将棋は後輩でかつ後塵を拝していますが、子育てに関してはこちらが先輩ですしね」
士郎の言うとおり、篠ノ之夫妻と高町夫妻とでは、年齢こそ同程度だが子育てのキャリア的には天と地の違いがある。
まず、士郎の連れ子である長男の高町恭也は現在大学生。色々と事情があって血は繋がっていないものの、長女扱いの高町美由希が高校生。そしてご存知末娘の高町なのはと、都合三人の子供たちを、家業を行いながら育ててきた実力派なのだ。
「そう、ですか……ありがとうございます、では……」
そんな二人の後押しが効いたのか、沙耶はなお遠慮しながらも、それでもぽつぽつと、篠ノ之家の現在の家庭事情を話し始めた。
「士郎さん、桃子さん。お二人には前にも相談に乗っていただいたと思いますが」
「二年前、なのはと束ちゃんが知り合った時ですね」
「はい。その時から、束も僅かですが、私たちと話をしてくれるようになって。ゆっくりと、ゆっくりとですけど……良くなりかけていたんです」
ここで、沙耶はぷつんと言葉を切って。ちらと目線が向いたのは、自分で抱いている次女の箒であった。
「この子が生まれてから、また段々と悪くなりだして……会話をしてくれるのは変わりないんですが、よそよそしいと言いますか、一線を引いた態度をとるようになったんです」
「具体的には、どのように?」
「その前までは、少し甘えてきたりなどもしていたんですけど……朝ごはんは何がいいだとか、疲れたから迎えに来て、だとか……今は全然、そういうことを言わなくなって。代わりに、またあのボロ屋に篭りがちになって、変なものばかり作るようになって」
それを、沙耶は心配に思って近寄ろうとしている。しかし、束の方は何か基準があるようで、それを越すと、怒ることはないが無言で離れていく。
「それで、夫の方は私よりも少し積極的に。悪く言えば強引ですね。そうして束のそばに踏み込もうとして……そうしたらあの子、怒るんです。お前には関係ないだろう、ハゲ親父って。夫もそれで怒って、大体喧嘩になっちゃうのが日常で」
「そうですか……」
士郎と桃子が、沙耶の言葉から答えを出すのはかなり早かった。
まずは同じ母親として、桃子が論を振るう。
「あの、沙耶さん。それはつまり、反抗期というものではないでしょうか」
「反抗期……」
「本当はもう少し上の年だったり、中学生ぐらいになるものです。士郎も美由希もそうでした。でも束ちゃんは……成長が早いですから」
桃子は天才という言葉をあえて使わず言い換えて、束の特殊さを指摘する。
知力や体力の成長が並外れているということは、精神的な成長もそれに引きずられてある程度早くなっているのでは、ということだ。
続いて士郎がもう一つの方向から補足する。
「妹が出来た、というのもあるかもしれません。そういう認識って、子供にとっては結構大きくて、自分は兄だから、姉だからって大人びたがるんです」
「はぁ……束はこの子にはそこまで興味を示してませんし、少し違う気もしますけど」
「そうでなければ、あなた方は箒ちゃんが生まれて、お世話する時間を割くようになった。あなた方から見ればやるべきことをやっているだけでしょうけど、束ちゃんから見れば立派な変化ですよ。親は妹の世話で忙しいから、自分は自立しなければならない、とも思うはずです」
「なるほど……」
そんな殊勝なことを思うような性格なのか?、という反論は、もちろんあるはずだが。
士郎は、ここはあえて一般論で語るべきだろうと思っていた。篠ノ之束が普通ではないことは、この場にいる三人共よく分かっているし。
沙耶はここまでの話から、思い至ることがあるようで、じっと押し黙り考えている。
除湿機能付きのクーラーの音だけが、部屋に響いていた。
「……お二人の、仰る通りならば、私たちにできることは」
そして、沙耶がまたぽつりぽつりと語り出す。
「束の成長を認めて、過度に干渉せずただ見守る、ということになるでしょうか」
「……一概には言い切れませんが」
「危ないときは手出し口出しも必要ですけど、自立していってる所で止めたり、叱ったりするのは良くないですよ」
彼女の言葉に対し、賛同の意を示す士郎と桃子。しかし沙耶は、うつむいて僅かに首を横に振る。
「……あの子の発明、ご存知ですか。歯磨きしなくていいガムなんてものは、まだ可愛い方で。空を飛べてしまうジェットパックなんて作って、本当に飛び出していったりするんです」
ちらと士郎が見れば、正座している沙耶の手が、膝に乗っかりながら震えている。まるで、爪を立てているのではないかと思うくらいに強ばんでいる。
「落ちたらどうするんですか。怪我どころじゃ済まないじゃないですか。でも、束はただ大丈夫だって言って、それ以上注意すると怒って勝手に飛んで行くんです。危ないときは、とお二人とも仰りましたが、あの子のやることはいつも危ないことなんです」
「…………」
「この前だって喧嘩でもしたのか、怪我して帰ってきて。どこで何をやっていたか聞いても何も答えずに、夫が怒鳴ったら、うるさいこんなの一日で治る、と言ったっきり例のボロ屋に引きこもって、朝になっても出てこなくて……本当に治ったみたいで、学校には通ったのですけど……」
それが、怖いと沙耶は漏らした。
母として、娘が自分の知らない間に傷ついていることが、どうしようもなく怖く恐ろしくて。
だから、小言を言ってしまう。危ないことはやめてと、いつも。でもそうすると、束はますます反発してしまって。
「……私は、間違っているのでしょうか」
そう締めくくった沙耶に、士郎は暫く、語る言葉を持てなかった。
前に相談に乗ったときは、こう言われた記憶がある。
「情けないことですが、私たちはあの子が怖いんです。一歳でまともに会話できるようになった時は、まだ私たち似の賢い子だなと喜べました。でも二歳で漢字の読み書きや計算が出来て、三歳で学術書を読み始めたり機械をなんでもバラバラにしたり……私たちは、あの子の親ですけど……あの子はきっと、私たちを親として見ていない。見るにはあまりにも成長しすぎていて……」
多分、この問題の根底に流れているのは、それと同じ理屈なのだ。
篠ノ之夫妻と、篠ノ之束はずれている。それは能力だけの話だが、しかし致命的なまでに。人格や性格、関係性に影響するくらいに、ずれているのだ。
そういう問題点は分かっている、のだが。
だからといって、これ以上何を何を言い返せるだろうか。
そう考えれば、士郎は術なく口ごもってしまうのだが。
「……沙耶さん、いいですか?」
代わりに桃子が、沙耶の瞳を真っ直ぐ見つめて応じてくれた。
やはりこういう論戦では、父親より母親の方が力を持っているらしい。
「なんでしょう?」
「沙耶さんの思いは、親としては正しいものです。常識的にも、そこまで間違ってはいないでしょう。でも……束ちゃんにとってはきっと、ずれた、間違った優しさになっています」
「間違った……!?」
沙耶にとっては大分衝撃的な発言だったらしく、彼女にしては珍しく少し荒れた語気で否定する。
「親が子供を心配することは、そんなに悪いことですか?」
「ですから、悪いことじゃないんですよ。でも、束ちゃんはきっと……厳しい言い方になるんですが、もう親に優しさっていうものを期待していないんじゃないですか? だから、間違っている、ずれている。必要ないと思うようになっていく」
「な……そんな……」
「きっと、他の子よりもずっと自立心が強いんですよ。もう甘える時期はとっくに過ぎた。妹も生まれて、ならば両親はそっちだけを育てればいい。自分はもう一人でやっていく。そう決めているんじゃないでしょうか」
「そんな……! 箒だけを育てるなんて、私はそんな、束を蔑ろにはしたくないです」
「あなたが思うことと、束ちゃんが思うこと、それは違うものでしょう?」
桃子のある意味厳しすぎる言葉を、沙耶は愕然として、顔色すら若干白くしてしまうくらいに崩れながら受け止めている。
「でも……でも、私はまだ、あの子に何も出来てないんです……怖がってしまって、遠ざけてしまって。それが元に戻ったのだから、甘えさせてあげたい、支えてあげたいって思って」
「それは当然ですよ。でも、束さんがそれを必要としてないのだから、そこに干渉すると、ギスギスしちゃうのは当たり前です」
「優しさが、必要じゃない……? 束はまだ、9歳なんですよ!?」
沙耶の悲痛な言葉はなんとも物悲しい。しかしそれと同時に、篠ノ之親子の間に未だ根深い「ずれ」があることを象徴しているのだと、士郎は思った。
沙耶はその後、暫く沈黙していたが。やがて桃子の言葉を受け入れたようで、悲しみを湛えた顔のままに、
「……じゃあ、私は何ができるんですか。夫は何が出来るんですか」
と、喉元から言葉を吐き出すように話した。
「何もしてあげられないなんて……それは嫌です。せっかく、親子になりかけているのに……もし、束がなのはちゃんと会わないで、私たちがお二人と知りあわなければ……」
きっと、私達夫婦は長女のことを腫れ物扱いしたまま時を過ごしていただろう。
きっと、その後生まれた箒のことだけを可愛がり、束には何も愛を注がないまま、勝手に育つに任せていただろう。
そうしたら、きっと……
今のエキセントリックで無茶苦茶な篠ノ之束より、もっと冷たく、残酷で。
そんな束になっていた……かもしれない。
「そうなる前に、ようやく、少しだけ、私達はまともになれたんです。だから、このまま……まともに愛して、育ててあげる……そんなことは、私達には出来ないのでしょうか」
それが、沙耶の本音であった。
士郎は妻とともに、それを厳粛に受け止める。
しかし、だけどあえて、残酷な事実を言ってみせなければならないと思った。
「篠ノ之束は――まともじゃないですよ」
「……!!」
そう、篠ノ之束はまともじゃない。
三歳で学術書を読み始めたり、機械をなんでもバラバラにしたり。そんな子がまともであるはずがない。
それは、束を肯定したり、否定したりすることより遥か前に存在する。
受け止めなければならない、事実だ。
「お二人とも……!」
「ああいや、士郎さんの言っていることは、別に束ちゃんを悪いと思っている訳じゃないですよ。 ね?」
「ああ……沙耶さん。あの子はまともじゃない。まともじゃなくて……特別、なんですよ。すごく」
だから――
「育て方だって、特別にしてもいいんじゃないですか?」
「な……」
「あの子のありのまま、受け止めてあげましょう。認めてあげましょうよ。普通じゃなくてもいいんです。それは何も悪いことじゃない」
まともじゃない、というならば、高町家の親も子供も、大体そんな感じである。
桃子はともかく、士郎・恭也・美由希は御神の技を今に引き継ぐ剣術家であるし――
なのはもまともな子ではあるが、最近は、夜中に外出したり学校帰りが遅くなったりと、何か、はずれているような行動をしている。
でもそれは、悪くはないことなのだ。
そして、親は子供のそういう所を、出来る限り尊重するのも、仕事のうちだと、士郎は思う。きっと桃子も、同じ気持ちであるだろう。
「で、でもそれで、失敗したら! 何かとてつもないことが起きたら! 情けないことですが……私じゃ……私と、柳韻さんだけじゃ……とても……庇い切れなくて……親としての、責任を……」
「ねえ、沙耶さん。そういう時は」
だから、桃子の台詞を引き継ぐ形で、士郎は暖かく宣言した。
「私達にも、手伝わせてください」
「え……」
「まあ、私達もまだ三人……恭也はもう大学生だから、二人ですか。面倒見なきゃならない子達がいますけど」
「でも、困っていたら力になります。肩を貸します。ね、あなた?」
「ああ! ……と意気込んでも、大した助けにはなれないかもしれませんが、ね」
桃子は笑い、士郎も微笑む。
沙耶はそれを見て、暫くの間ぽろぽろと落涙して。
「ありがとう、ございます……」
と、呟き、しかし。
「でも……一つだけ、もう一つだけ、聞いていいですか?」
「はい、何でしょう」
「……私はそれでも、優しくしたい……あの子に何か。何でもいいから、手を差し伸べてあげたい。そういう時は、どうすればいいのでしょうか」
涙を拭って、その中にある引き締まった瞳で二人を見据え、問いかけた。
「簡単なことですよ」
士郎は桃子と目を合わせ、互いにこくり、と頷きながら。
「愛してる、って。言えばいいんです」
ひたすらに真っ直ぐな方法を、伝授した。
次回は6/3の11:00投稿です。