私もここにいますよ?   作:ジューシー肉壁

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美味しければ問題ないよね

 部屋を出ていってしまった女性を追いかけて、私も部屋の外へと踏み出す。縁側から見て見る限り、周りは森に囲まれていてご近所さんらしき建物はない。森は静かそのもので、私が感じた恐ろしさはもはや微塵も感じられない。

 昨日のことを思い出して少しだけ体を震わせた私は、それを振り払うように頭を振ると女性の背中を追って歩を進める。

 女性が入っていった部屋を覗いてみると、どうやら炊事場だったらしく色々と料理道具が並んでいる。そんなところに立つ女性は、なんとなく「お母さん」という感じがしてとても似合ってる気がする。

 ぼうっとその様子を眺めていた私に気がついたのか、女性は微笑を浮かべて小首を傾げる。その動作で我に返ると、私は少し照れながら目を逸らした。

 

 

「あら、お手伝いに来てくれたのかしら? でも、これくらいいいのよ。座って待っていてくれればすぐに作っちゃうから」

「え、あ、いえ……でも、看護して貰ったのにご飯まで作ってもらうのは」

「ふふ、迷惑がかかる? 大丈夫、私前々から娘がほしいなって思ってたの。お料理を作ってあげるって、なんだか家族にしてあげるみたいで楽しいのよ」

「そうなんですか……でも、お手伝いくらいは」

「あなた、結構大怪我だったのよ? だから、思わないところで体が動かないかもしれないし、危ないわ。だから、私に任せてちょうだい」

 

 

 微笑みながらそういう女性に対して、私も強くはでれない。そんなに大怪我を負ったつもりもないし、今はもうなんともないけど、ここで無理してまた迷惑をかけてしまうのはいただけない。

 仕方なしに、女性に促されるまま奥の部屋へと進む。そこにはちゃぶ台やら箪笥やらが置かれていて、私が元いた部屋よりかは生活感があった。

 ちゃぶ台の傍らにちょこんと腰掛けると、改めて部屋を見回してみる。生活感があるとは言ったけど、それでもおいてあるものは限りなく少ない。まさに食って寝るためだけの場所といった具合で、不必要なものは一切おいていない。

 極限まで切り詰めて考える人なのか、それとも単純に内装に興味が無いのか、それとも別の理由かなのかはわからないけど、取り敢えずこのことは頭に入れておこうと思う。

 と、そんな時女性が料理をしている方角から、ものすごい物音がする。なんというか、何かを思いっきり叩きつけるような音や、硬いものが砕ける音、はては何かが弾けるようなバチィッ、という音。

 おかしいな、私の知っている料理はあんな音を立てるものじゃなかったはずなんだけど……

 不気味に思っていると音がピタリと止み、不気味な静寂に包まれる。もしかしたら何かあったんじゃ、と不安になり始めた頃、襖を開けてお盆を手に持った女性が部屋に入ってきた。

 

 

「あの、何かあったんですか? すごい音がしましたけど……」

「ああ、少し失敗しちゃって。お料理は久しぶりだったから、少し手間取っちゃったの」

 

 

 困ったように笑う女性が、私の前に料理を並べてくれる。ホカホカの白いご飯に、きつね色の焦げ目がついた焼き魚。たくあんとお味噌汁という典型的かつ実に美味しそうなラインナップだ。

 これを作る過程でどうやったらあんな音が出るのかは甚だ疑問だけど、目の前に食べ物が出された瞬間鳴き始めた私の腹の虫をなだめるためにも、そんなことを気にしている余裕はない。

 

 

「どうぞ、召し上がれ。たくあんは貰い物だから、口にあうかはわからないけど」

 

 

 その言葉に従って、手を合わせるのもそこそこに食事にありつく。

 白いご飯はふわっとしていて、少ししょっぱいたくあんとの相性は最高だった。お味噌汁も濃すぎずうすすぎない絶妙な味加減で、魚の焼きも丁度いい。

 夢中になって食べていると、ふとこちらを優しげな目で見つめる女性の視線とぶつかる。口元には優しげな笑みが浮かんでいて、まるで近親者に向けるような表情をしている。

 そこでふと、私の姿を客観的にみたら相当恥かしいことに気が付き、かっくらっていた手を止めて味わって食べるように心がける。

 

 

「あら、おかわりもあるから遠慮しなくてもいいのよ? それとも、お口に会わなかったかしら?」

「いえ、大丈夫です。量もちょうどいいですし、どれもとっても美味しいです。いつもこうして自炊しているんですか?」

「いいえ、いつもは里に降りてそこで済ませているの。私、あんまりお料理得意じゃないから」

「全然そんなことないです。とても上手だと思います」

「ふふ、ありがとね」

 

 

 何かがおかしかったのか、くすりと笑った女性はその後は喋りかけても来ず、ただじっと私の食べる様子を見ているだけだった。

 なんとも食べにくい状況だけども、かといってそれを嫌といえるわけもなく、大人しく食べることだけに集中した。

 食べ終わるまでに時間はそうかからず、腹の虫も収まった私は大満足だった。

 結局、あの音がどの過程で出されたものだったのかは見当がつかなかったけど。


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