提督になったし艦娘ぶち犯すか   作:ぽんこつ提督

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『英雄』の住まう鎮守府 ⑥

 ここに一人の少女がいた。

 名前を「富甘名(とがめ)」と言う。

 

 富甘名は戦争の被害者である。

 彼女の故郷は深海棲艦の手により徹底的に破壊され、両親もまた殺された。

 故郷で唯一の生き残りになった富甘名は政府運営の施設に引き取られ、十五歳までをそこで過ごすことになる。

 

 施設の代金として使っていた両親の生命保険金が切れた後、富甘名は「長崎(ながさき) 蝶舞(かれん)」と言う名の叔母に引き取られた。

 蝶舞は酷い人間で、富甘名を虐待した――――などと言う事はなく。むしろ「姉の忘れ形見だから」ととても良くしてくれた。

 

 しかし、蝶舞は決して裕福な人間ではなかった。

 蝶舞の夫は代々料理人の家系であり、夫もまた店を継いだのだが、蝶舞と結婚して程なく死んだ。

 義父母は老い、既に料理を出来る状態ではない。

 蝶舞は最初働きに出ようとしたが、今の時代、何の資格も有していない蝶舞が就ける仕事――それも老いた義父母を養えるほど――はなかった。

 

 結局蝶舞は、料亭を継いだ。

 義父は手が震えて調理自体は出来ないが、指導なら出来る。

 幸い蝶舞は器量の良い女だった。

 常人より遥かに早い速度で料理を覚えたが……いかんせん時間がかかり過ぎた。

 常連客がすっかり離れてしまっていたのだ。

 それでも何とか軌道に乗る事は出来たが、決して繁盛店とは言えない。

 しかし蝶舞は「姉の忘れ形見だから」と、富甘名を引き取ったのである。

 

 蝶舞は決して己の苦労を富甘名に話さなかったが、聡い富甘名は大体の事情を把握しており、今までワガママはおろか、いつも一生懸命に蝶舞を手伝っていた。

 しかし一週間ほど前、富甘名は初めてワガママを言った。

 

「夏祭りに行きたいです」

 

 富甘名の命を救ったのは、誰であろう横須賀鎮守府の艦娘達である。

 あと少しで深海棲艦に殺される、というところで、艦娘に助けられたのだ。

 もう少し艦娘の到着が早ければ、両親も助かったのに……と恨むこともあったが、あの時どれほど絶望的な状況で、それでも助けに来てくれたという事実を知って、富甘名は感謝した。

 あの時死んでいたら――今のこの暖かな生活もなかったかもしれないのだから。

 

 富甘名は手紙を出した。

 命を助けて下さってありがとうございます、と言った旨の手紙を。

 意外なことに、返事は直ぐに帰ってきた。

 

「我々は提督の手足でございます。例えば崖から掬い上げられて、掬い上げた手に感謝する人がいるでしょうか。感謝はどうぞ、提督にお捧げ下さい」

 

 横須賀鎮守府の提督。

 今では知らない人がいない程の大英雄である。

 そんな忙しい人が、たかが一市民である私の手紙を見てくれるだろうか。

 悩む富甘名に、吉報が届いた。

 夏祭りのお知らせである。

 そこで初めて、富甘名はワガママを言ったのだ。

 恐る恐るの富甘名に、蝶舞は穏やかな笑みを浮かべて答えた。

 

「行ってきなさい。私は貴女を育てる為ではなく、貴女に愛を与える為に引き取ったのですから。もっと我が儘を言いってもいいのです」

 

 ただし、と蝶舞は付け足した。

 

「出来れば、私も連れて言って下さい。私も一言、貴女を助けてくれた殿方にお礼を言いたいのです」

 

 断る理由などない。

 そうして二人は、横須賀鎮守府の夏祭りに参加したのである。

 

「……混んでいますね」

 

 蝶舞がぽつりと言った。

 横須賀鎮守府の夏祭りは、予想以上に混んでいた。

 だが、当然と言われれば当然かもしれない。

 

 提督の姿を一目見ようとする人間は多い。

 富甘名と蝶舞の様な人間もいれば、

 純粋な好奇心からなんとなく来た者もいるだろうし、

 ただ夏祭りにつられて来た子供達もいる。

 下世話な話をすれば、どうにか売り込みたい企業の人間や、足を引っ張りたがってる人間もいるだろう。

 

 とにかく全国津々浦々から人が押し寄せて来ているのだ。混雑しないわけがない。

 

 ――これではお礼を伝える事は出来ないかもしれない。

 

 富甘名はそう考え、そして焦った。

 提督の所は、恐らく最も人集りが出来ているだろう。

 一目見る事は出来るかもしれないが、会話出来るとは思えない。

 夏祭りがあると知ってから、そして行けると決まった日から、富甘名は指折り日を数えていた。

 テレビであの人を見るたびに、胸が締め付けられる様になった。

 ――感謝。

 命を助けてもらったという、最大級の恩。

 形だけではない、本当の感謝。

 感謝をこんなにも伝えたいと思ったのは、初めてだった。

 それが、こんな所で終わってしまう。気持ちを伝える事が出来ない……そう考えるだけで、燃える様な焦燥感と、冷たい恐怖に押し潰されそうになった。

 

「きゃあ!」

 

 富甘名が持っていた手提げ袋が、いきなり引ったくられた。

 

 祭りといえば、引ったくりは定番だ。

 下駄を履いていれば走って追いかけられないし、紛れる人混みもわんさかとある。

 なので普通、荷物はしっかりと抱えておくのだが、祭りに慣れてない富甘名と蝶舞はうっかり片手で荷物を持ってしまっていたのだ。

 

「ひっ――――」

 

 ひったくり!

 その最初の文字である「ひ」を言ったところで、ひったくりは取り押さえられた。

 虚空から突如現れた艦娘によって。それはもう手際良く。

 

「提督ー! しょうもないチンピラ捕まえちゃった!」

 

 艦娘はそう叫んだ。

 

 次の瞬間、富甘名は一つの事を考えていた。

 それはひったくりの事ではない。

 そんな小さな事は、とうに吹き飛んでしまった。

 

 名前は分からないが、彼女は艦娘だ。

 それも横須賀鎮守府の。

 その彼女が「提督」と呼んだ。

 

 それはつまり……。

 

 胸が高まる。

 会える……会えるのだ!

 英雄に。

 命の恩人に。

 ずっと、ずっと会いたかった、あの人に!

 艦娘に呼ばれ、一人の男が振り返った。その男は――

 

「ご苦労、川内」

 

 ――その男は服を着てなかった。

 

 うん、ちょっと待って。

 目をゴシゴシと手で擦ってみる。

 目をしぱしぱさせた後、指を見る。よし、五本ある。私は正常だ。そして目の前の人は全裸だ。

 オーケー。

 把握完了。

 つまり、こう言う事だ。

 

 ――横須賀鎮守府の提督が全裸で目の前に現れた。

 

 帽子はかぶっているが、そんなのは瑣末な事だろう。

 恩人が変態でした。誰か助けて下さい。

 

「これは君の物で間違いないかな?」

「えっ、あ、はい。その……私の手提げ袋です」

「何かなくなってる物がないか確認してくれるかな?」

「は、はい! ところで、その…………」

「ああ、私の服装のことか。失念していた」

 

 服、装……?

 帽子だけ被っているその状態を、はたして服装というのだろうか?

 

「さっき強い敵と戦ってね。その時少し(みだ)れてしまったんだ」

「乱れ、え? 乱れるというか、ないんですけど」

「提督が乱れてるって言ったら、乱れてるんだよ」

「ひっ!」

 

 ひったくりを捕まえた艦娘――川内が不機嫌そうに言った。

 思わず身が縮こまってしまう。

 目の前の艦娘は、ただ提督の命令に従う怪物だ。

 あの手紙は、何も間違っていなかった。

 「人を助けろ」と提督が命令したから、艦娘達はあの時富甘名を助けた。

 それ以下でもそれ以上でもない。

 逆にもし提督が「殺せ」と命令したのなら、この怪物は容赦なく、身内をも殺すだろう。その辺の小市民である富甘名なら、それこそ殺したことをすら覚えてない程に。

 川内と目があっただけでそれを感じた富甘名は、足が縫い付けられたかの様に固まってしまった。

 

「川内」

「はーい」

 

 提督が一声かけただけで、川内からの殺意が一瞬で消えた。それだけでなく、彼の穏やかな声は富甘名の止まった時を動かしだす。

 深呼吸をして、息を整える。

 落ち着いた富甘名は、冷静に提督を見た。

 ――違う、と思った。

 前にテレビで戦っているときの提督を見た事がある。あの時は身も竦む様な、それこそ川内とは比べ物にならないほどの恐怖を感じたものだが、今はどうだろう。

 まるで賢者。

 どこまでも優しく、そして暖かい目をしている。

 案外、これが本当の彼の姿なのかもしれない。いや、生まれたままの姿とか、そういう意味ではなく。

 噂で聞いた事がある。

 横須賀鎮守府の提督は敵と戦う時は容赦がないが、実は誰よりも平和の事を考えている優しい人物なのだ、と。

 なればこそ彼は英雄なのだ、と。

 

「それでは、私は失礼するよ。服装を整えなければならないからね」

 

 提督は踵を返し、去ろうとした。

 それを慌てて引き止める。

 

「あの!」

「ん?」

「わ、私は貴方に命を救っていただいた者です! 助けていただいて、ありがとうございました!」

 

 富甘名は深く頭を下げた。

 その後ろで、蝶舞もまた頭を下げる。

 それを見た提督は前かがみになり、雑多の中へと消えていった。

 

 

   ◇

 

 

 結果的に、今回の夏祭りには行ってよかった。

 最初こそ面食らったものの、幸運にも提督に会えた。それは間違えない。例えそれが全裸に帽子の男だったとしても、間違えはないのだ。

 ならば良し!

 

「うわあああああ!」

 

 とはならなかった。

 当たり前だ。

 だって女の子だもん。

 

 富甘名はまだ十六歳。

 恋に恋するお年頃である。

 憧れの人と初めて会ったのに、全裸だったというのは、少しばかり心に来るものがあった。

 例えその後の言動が英雄のそれだとしても、だ。いや、だからこそと言うべきか。発言まで変態のそれだったなら、諦めもついたと言うのに……。

 

「会えて良かったですね。富甘名の言う通り、素晴らしい御仁でした」

「う、うん。そうだね……服装は乱れてたけど」

「それはまあ、気にしないようにしなさいな。それよりも、一度でも会えた幸運を喜ぶべきです。おそらく、もう二度と会えないでしょうから」

「うん。横須賀鎮守府の提督にまた会う、しかもまた全裸での状態なんて、絶対あり得ないよね!」

「絶対あり得ないわ。もしあったとしたら、天文学的な確率よ」

「本当の本当に絶対?」

「絶対」

 

 確かに。

 もう二度と会うこともないのだろうし、気にしないようにしよう。

 あの多忙な横須賀鎮守府の提督……しかも全裸で会うことなど、絶対にない。

 絶対に、だ。

 

 

 しかし、何故全裸――服装が乱れていたのだろうか?

 

 

 そんな富甘名の疑問は最もだろう。

 その疑問に答えるには――1時間ほど時を戻す必要がある。

 この話は一時間前、神通が敗北した所から始まる……。











最近ガチャ報告をするのが流行りらしいですね。
はま寿司の待合室にあった「みかんガチャ」なる物を引きました。
出たのは「皮付きみかん」でした。わーい。

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