提督になったし艦娘ぶち犯すか 作:ぽんこつ提督
“彼女”は極貧の村の生まれであった。
父はなく、母と妹と三人暮らし。
男手もなければ、仕事もない。
母が夜の仕事をすることで何とか食い繋いでいた。
ある時、“彼女”に艦娘としての適性があることがわかった。
艦娘になれば国から援助金が送られ、更には特定の税金の免除など、いくつもの特典が与えられる。
“彼女”は艦娘になる決心をした。
妹と母は熱心に止めた。
艦娘になる為の手術は成功率99%――つまり100人に1人が死ぬ計算だ。そんな手術を受けさせたくない、戦場になんかいって欲しくない。妹と母は泣きながら言った。
それでも。
母に楽をさせたいと、妹に女の子らしい生活をさせてやりたいと、“彼女”は無理矢理艦娘になった。
結果としてほとんど喧嘩別れに近い形になってしまったが、“彼女”はそれでも構わなかった。
艦娘になるという事は、兵器になるということだ。
兵器にはなるべく弱点がない方がいい。
人質にならない為に、艦娘の家族は名前と姓を変え、別の地に送られる。
もう二度と“彼女”と家族が会う事はないだろう。
ならば未練が残らないように。
艦娘になる為の第一歩として、先ずは脳の一部を破壊する。
そして脳死判定を受けてから、脳を摘出。
脳を『兵器』の体に埋め込めば――艦娘の完成だ。
自分が慣れ親しんだ体とは違う体に、違う名前。
こうして“彼女”は軽巡洋艦『天龍』になった。
それから、天龍は戦い続けた。
国の為に、などという殊勝な考えはない。
自分の武勲が母と妹の為になれば、という一心で。
天龍は戦い、戦って、戦い続けた。
最初は紛れもなく、家族のためだった。
艦娘は兵器。
それがいつしか、自分という存在を保つ為に戦う様になっていた。
その日、天龍はまた戦いに出た。
いつものように鎮守府を出て、港へ。
そこでふと、一人の老婆が防波堤に立っているのに気がついた。
――ここは危ねえぞ。
天龍は何の気も無しに老婆に話しかけた。
老婆は答えた。
――姉の為に祈ってるんです。
聞けば、老婆の姉は艦娘として徴兵され、戦い続けているそうだ。
と言ってもそれはもう何十年も前のことで、姉がまだ生きているかどうかも分からない。
だから老婆は祈るのだという。
もし姉が生きているならその無事を祈って。
もし姉が死んでいるのならせめて安らかな眠りを。
それを聞いて、天龍は何も言えなくなった。
何のことはない。
その老婆は、天龍の妹だったのだ。
艦娘は歳をとらない。
戦っている内に、気がつけばいく年もの月日が流れていた。
天龍の母は死んだそうだ。
海軍から送られたお金にはほとんど手をつけなかったという。
ただずっと「あの子に会いたい」と、それだけを願って母はこの世を去った。
自分は戦いに没頭するあまり死に目にも会えなかったのに、母はずっと天龍の事を思ってくれていたのだ。
老婆も同じだと言う。
お金なんか欲しくなかった。貧しくても、女の子らしい生活が出来なくても、家族三人でいたかった。
それだけを願っていた、と。
やがて老婆の孫が、彼女を迎えに来た。
老婆は孫を大層可愛がってた。
それこそ、自分の命よりも大事だというほどに。
人の命は短く、儚いものだ。
なればこそ自分の命を大切に思い、それ以上に大切な物が出来る。
その心は子や孫に完璧に伝わるわけではない。
しかし擦れ違うからこそ、完璧以上に伝わる。
そして自分が母になった時「ああ、母もこんな気持ちだったんだな」と気づくのだ。
死にゆく者は後の人間にそのバトンを繋ぐ。
そうして人の輪は繋がっていく。
天龍は最早その輪の中にいない。
艦娘になるとは、そういうこと。
――貴女のためにも、祈らせては貰えませんか。
最後に、老婆はそう言った。
彼女からすれば見ず知らずの自分の為に。
天龍が今日も帰れるように、と。彼女は祈った。
天龍はその日も、戦いに出た。
人は弱い。
きっと深海棲艦に負けるだろう。
例え勝ったとしても、その先にあるのは破滅かもしれない。
それでも彼らは止まらない。
戦いの中戦死した提督がいた。
志半ばで寿命を迎えた提督がいた。
膨大な敵に立ち向かった提督がいた。
諦めた者は1人もいなかった。
何故非力な彼らが諦めなかったのか、ようやく天龍は知った。
ただ「生きたい」という願いのために、彼らは歩み続けたのだ。
その歩みの何と美しい事だろう。
人は弱く儚い。
だがこの世界の何よりも美しく、強い。
――天龍は戦い続けた。
人の美しさに気づいたところで、彼女はもう戻れないところまで来ていた。
心は海の上に置いて来てしまった。
今天龍が持っているものと言えば、オイルと血に濡れた手と、どうしようもない人への憧れのみ。
だから天龍は戦い続けた。
ある時、天龍は負けた。
後に戦艦棲姫と呼ばれる、『姫型』の深海棲艦。
天龍は不幸にもその最初の出現に居合わせ、負けたのだ。
死力は尽くした。
それでも及ばなかった。
右目が無くなったもの、ちょうどその時だ。
ああ、だけどここで沈むのも悪くない。
戦艦棲姫の手が振り下ろされた時、天龍はそう思った。
――はたして、その手は止められた。
妹艦に当たる龍田が、天龍と戦艦棲姫の間に立ちはだかったのだ。
立ちはだかった、と言っても彼女は増援でも何でもない。
天龍が率いる部隊に予めいた――それこそ、天龍の前に大破した船だ。
――天龍ちゃんは生きて。
龍田はそう言い残し、戦艦棲姫へと向かっていった。
天龍より練度が低く、また既に大破している彼女が敵うはずもない。
それなのに、何故だろうか。
龍田は戦艦棲姫に立ち向かい、そして戦っていた。
それからおおよそ五分。増援部隊が到着するまでの間、龍田は戦艦棲姫と互角の戦いを見せた。
神通率いる増援部隊は到着すると同時に、あっという間に戦艦棲姫を轟沈させた。
神通は言った。
既に戦艦棲姫は中破していた。私達はほんの後押しをしただけです、と。
やったな龍田!
天龍は龍田を抱きしめた。
返事はない。
既に龍田は事切れていた。
――天龍は龍田の遺体を鎮守府へと持ち帰った。
妹艦といっても、もちろん本当の姉妹ではない。
むしろ赤の他人と言っていい。
それがどうして自分の命をかけてまで……。
天龍には分からなかった。
しかし、気がつけば龍田の事を考えるようになっていた。
もっと話をしたかった。
ずっと構ってあげられなかった妹の代わりに、龍田ともっと遊んでやればよかった。
そんな思いが胸の中に渦巻いた。
――天龍は荒れた。
ひたすらに出撃を繰り返し、戦い続けた。
時には他所の鎮守府の艦娘に当たる事だってあった。
結果として天龍の練度は上がっていったが、心はむしろ荒れた様に思えた。
そんな時だ。
天龍が彼女――吹雪に会ったのは。
吹雪は普通の女の子だった。
艦娘になっても「普通」でいることがどんなに難しいか、それを一番知っているのは天龍だ。
だからこそ、天龍は吹雪に惹かれた。
戦う事ばかりで、ロクな食事も取らない天龍をご飯に誘い、汚い部屋を片付け、揉め事を起こせば一緒に謝りに行ってくれる。
吹雪はそんな船だった。
誰も話しかけてこない荒んだ自分に、なんて事ない様にちょっかいをかけてくれる、そんな船だった。
その後、天龍と吹雪の間に特別なエピソードは何もない。
ただただ、取り留めのない日常が流れていっただけだ。
優秀過ぎる姉の存在に押しつぶされた那智。
トラウマを抱え海に出れなくなった山城。
人だった頃が忘れられない瑞鶴。
豪華客船から軽空母に無理矢理改造された『船の記憶』に悩まされた隼鷹。
誰からも見捨てられた彼女達を救ったのは、どこにでもいる凡庸な駆逐艦だった。
夜な夜な人間の街に遊びに行く天龍がいて、それを怒りながらも迎えに来てくれる吹雪がいて、おんなじように馬鹿をやってる『第三艦隊』がいて。
気がつけば、天龍は一つの輪の中にいた。
『第三艦隊』は彼女の為に戦う。
もちろん、天龍も。
今なら分かる。
妹が祈った理由も。
人の美しさの訳も。
龍田がどうして命を掛けたのかも。
きっとみんな、こんな想いだったのだろう。
「天龍さん――!」
天龍は死にかけていた。
剣は中程から折れ、
右脚はあらぬ方向に曲がり、
左腕は肩から下がない。
折れた肋骨が肺に刺さったのか、呼吸も絶え絶えだ。
「モウ分カッタダロウ……テンリュウ? オ前ノ………マケダ。コッチヘ来イ……ソウスレバ、ソノ駆逐艦ハ……見逃シテヤル…………」
「くどい! オレはお前の下には絶対につかない!」
天龍は即答した。
人や吹雪を弱いと言う戦艦水鬼。例え何が起ころうとも、天龍が戦艦水鬼と歩みを揃えることはない。
何故なら吹雪や龍田や人の強さを、美しさを、天龍は知っているから。
天龍は愛しているのだ。
その美しい営みを。
もし……もしその強さが少しでも自分にもあるのなら。
――その時、天龍は悟った。
天龍は度重なる戦いにより、急激に練度を増していた。
結果、たどり着いたのだ。一つ上のステージ――改二に。
だが、もしここで改二を使えば……。
「――改二実装!」
それでも、天龍は少しも迷わず、改二への扉を開いた。
ただでさえ反動の大きい改二。
初実装、それもこんな状態で使えば、直ぐに限界がくる。
――後一秒。
後一秒経てば、天龍の体は動かなくなるだろう。
だが、一秒もあれば充分だ。
それだけあれば、一太刀は打てる。
天龍は心を落ち着かせ、待った。
戦艦水鬼の装甲は固い。
天龍の剣では貫けないだろう。
狙うはカウンター。
相手と自分、二つの力で首を切る。
故に――天龍は待った。
一秒という長い刹那。
刻一刻と己の体が限界を迎えるのを感じながら、天龍は待った。
そして――訪れる。
改二実装から0.9秒後。戦艦水鬼の攻撃が、天龍に飛来した。
――0.1秒後、天龍は剣を振り終えていた。
ポキン。
戦艦水鬼の首――の少し上にあるツノが斬れ落ちた。
戦艦水鬼は天龍の攻撃が当たる直前、首を動かし、斬撃をツノで受けたのだ。
「ちく、しょう」
――天龍の身体が崩れ落ちた。
天龍の過去回想だけはこのssのプロットを作った時(だいたい一年ちょっと前)に書きました。なので(多少の手無しはしましたが)ちょっと拙いかもしれないです。
次回は久しぶりに提督登場。主人公とは一体……。