TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

53 / 61
「司祭!」

 所変わって、ミクアルの里では。

 

 

 

「ボディが甘いわ!!」

 

 獰猛に牙を剥き少女に飛びかかった魔族は、呻き声をあげ宙へ舞っていた。

 

 狼によく似た4足歩行のその魔族は、牙を剥いたまま黒髪の少女を狙い跳躍したのだが。その刹那、魔族をちらりと視認した少女は上体を僅かに捩り、魔族の特攻を躱しながら音速のアッパーカットを狼のどてっ腹に叩き込んでいた。

 

 その衝撃で、ふわりと彼女の腰布がめくれ、質素で慎ましい下着が覗き見える。

 

「うーん流石村長の娘。眼福眼福。」

「チラチラ見てるんじゃないわよ!」

 

 魔族を一体行動不能にする代償として変態にパンツを見られた少女は、縦横無尽に飛び回り自身を見守る司祭に怒鳴り。

 

 その騒ぎの横ではラントが手を叩きながら、里の少年少女に手取り足取り丁寧に魔族の倒し方をレクチャーしている。実に微笑ましい光景が戦場に広がっていた。

 

 実践不足の若手の戦士達は、嬉々として戦場へ出陣し魔族を屠り。実戦経験のない子供たちは、指導役の熟練の戦士に見守られながら”初めての魔族討伐”に勤しんでいた。

 

 

 

 

 彼等の正直な感想は、“楽勝”。

 

 大地を覆いつくさんばかりの大量の魔族に囲まれ、絶え間ない襲撃を受け続けているミクアルの里の戦況は、王国に届けられた予想と大きく異なり早くも楽勝ムードが漂っていた。

 

 彼らは普段、遠征して魔族と闘っており、攻められることには慣れていない。したがって敵の全軍に侵略されているという情報だけでは、王国の人間たちがミクアル側の苦戦を予想するのも無理はないと言える。

 

 だが、そこに大きな誤解があった。彼らは確かに、殆ど攻められることが無い。

 

 その最大の理由は、

 

「魔族の奴ら、入り組んでいて高く険しい断崖絶壁に守られた、天然の要塞のミクアルを攻めるとか正気かよ。」

「地の利がある闘いって楽だなぁ。普段もこうならいいのに。」

 

 ミクアルの里の立地は、守りが堅すぎるからだ。ミクアルの里は、その時代の武人が俗世を逃れ人を避ける目的で集まった地である。複雑な広い森の中を抜けた先にある里の入り口は断崖絶壁で、裏道を知らなければ大抵の魔族はそもそも侵入など出来ない。防衛する兵士がいなくても、そもそも襲撃自体が困難なのだ。

 

 そんな場所に、この国最高峰の兵士たちが高度に連携して守りを固めてしまえば、この里を落とすことは不可能に近くなる。

 

 結果、我先にと出陣していた魔王軍の大半は、道に迷い、奇襲に怯え、陣形は崩れ、仲間割れを起こし壊滅状態。無事なのは遅れて来た連中ばかり。無様、ここに極まれり。

 

 今、王国から馬を飛ばし救援に向かっているルートだけはこの状況を予想していた。彼らの強さと、ミクアルの立地を知っていれば自ずと考え得る話だ。

 

 防衛戦である事から、彼らは積極的に攻撃する必要が無い事も大きいだろう。普段の様に、残りの兵糧を気にして無茶をせずとも、時間を稼ぐだけで敵はどんどん追い詰められていく。

 

 ルートが王に「自分一人で十分」と言った理由はそこにある。下手をしたら、彼は救援として到着した時に、もう戦いは終わっていると考えていた。だが、王がミクアルに救援を差し向けないと文句を言うのは目に見えていたし、ルートが王都に残っていても流星魔法関係で貢献できることが少ないので、一人ミクアルへの援軍を買って出たのである。

 

 救援と称してはいるが彼の仕事は魔族に見つからずにミクアルの里の兵士たちと連絡を取り、魔王軍壊滅後に王都へ帰ってその報告をするだけ。ミクアルが苦戦しているなんてあり得ないだろうと、そう考えていた。

 

 実際その通り、ミクアルの軍勢は余裕綽々である。統率すら取れず逃げ惑う魔王軍は、格好の実践訓練の場。誰が言い出したのか、里は完全に若手の育成モードに入っている始末。こんなに有利な状況の実戦なんて、今後ありえないだろうとは司祭の弁。

 

 そう、かつてないほどに、楽な戦いであった。

 

 ────奴が、戦場に姿を現すまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達は本当に、考えるって事が出来ないのか?」

 

 死屍累々たる魔族達に、呆れた顔で話し掛ける残忍な表情の子供。

 

「ミクアルの住人に、ミクアルの地で正面から闘う馬鹿しか居ないとは。僕より何十年何百年も長生きしてるのに、僕より頭悪いって救いようが無いね。」

 

 所詮は頭の足りない、力とデカさだけがウリの魔族。知恵の回る人族には、化かし合いで決して勝てない。

 

「仕方ない、少しだけ教えてあげる。」

 

 少年は、掌を断崖絶壁へとかざす。

 

「少しは考えなよ。敵に地の利があるなら、地形を変えれば良いだけだろう。」

 

 ────魔王が他の魔族に遅れて戦場に到着する事、2日。この日、戦況が大きく動く。

 

 突如として、ミクアルの里の戦線を支えていた巨大な岸壁は、何の前触れもなく蒸発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────嘘?」

「お、オイオイ。」

 

 

 ソレはまさに、青天の霹靂。

 

 たまたま、メルを含めた部隊は実践訓練で魔王軍の討伐をするために崖下へと降りていた。その結果、ミクアルの里の蒸発には巻き込まれなかった。

 

 裏を返せば。里で休んでいるだろう、自分の兄弟姉妹達は恐らくもう────

 

 いや、それよりも先に、目の前の大岩だ。

 

「し、司祭?」

 

 メルは里の蒸発の直後、誰かに吹き飛ばされていた。咄嗟に受け身をとって上手く着地し、自分を吹き飛ばした下手人を確かめようと振り向いたその先には。

 

 大岩が突き刺さっており、その下には赤く濡れた修道服の切れ端と、トマトが弾けたような赤い液体が飛び散っている。

 

 メルを見守り、指導していた司祭は。里の崩壊と同時にメルの頭上から落ちてくるその大岩を察知し、間一髪メルを庇って身代わりに死んだのだ。

 

「・・・マジかよ。司祭、潰れちまったのか? いやそれどころじゃねぇ、そもそも里が綺麗さっぱり無くなってやがる。何が起きた?」

「ラ、ラント兄。」

 

 へたり、とメルはその場に座り込む。ラントに指導されていた子供達も、不安げに辺りを見渡している。

 

 しわじわと、岩の下から流れる血が赤い水溜まりを作り。メルはそのおぞましさに、罪悪感に、恐怖に思わず目を塞いでしまう。

 

 いくら、変態の司祭とは言えど。自分を庇って死んでしまった事を受け止めきれるほど、メルの精神は成熟していないのだ。

 

「馬鹿、ココは戦場だぞ!? 戦闘中に目をつぶる奴があるか!」

 

 そんなメルの愚行を見て、慌てたラントの叫びが響く。当然だ、此処にはまだ先ほどまで相手していた狼型の魔族が居る。

 

 目を塞いでしまったメルには気付けない。背後から、魔族が襲ってきていることを。

 

 ラントが庇う暇もなくメルの足が、あえなくその魔獣の爪に吹き飛ばされた。

 

「チッ、消えろっ!!」

 

 ここでラントによる魔法の援護が入り、その魔族は即座に吹き飛ぶ。だが、既にメルは魔族から一撃貰ってしまった。

 

 これで彼女の足は、もう使い物にならないだろう。足を失ったと言うことはつまり、自力で動くことが出来なくなったと言うこと。

 

「い、痛い、私っ足が!?」

「取り乱すな! 誰でも良いからメルの足を縛ってやれ。撤退して、里の他の回復術者を────」

 

 辺りを見渡し、他にもう魔族がいなくなったことを確認しながらラントは指導していた子供達に指示を飛ばす。この場で最年長で指揮を執るべき存在は、司祭亡き今ラントになるのだ。

 

「────へぇ、だったら僕が治してあげようか?」

 

 子供達やメルの命を背負う立場となったこの状況で、ラントの下した判断は”撤退、そして生き残った仲間と合流”だった。冷静で、無難で、実に理にかなった判断だろう。ラントは激変した想定外の状況下において、即座に冷静な指示を飛ばし集団のリーダーを買って出る事が出来た、これはファインプレーであると言える。

 

 何が悪かったのかと問われれば、それは運だ。魔王が、生き残っているミクアル兵のうち最初にラント達のもとへ出向いてしまった間の悪さだ。

 

 ラントは決して間違った判断や行動をした訳ではない。ただ、現実は正しい行動をとったものが最良の結果を得るようには出来ていない。

 

 混乱する子供達を纏めようと必死なラントの前に現れたのは、あどけない表情をした10歳の子供。どう見ても、彼等にとっては守るべき無辜の民にしか見えない。

 

「・・・子供? 男の子?」

「な、何でこんな所に子供が? 君、こっちに来なさい。此処は危ない。」

「うん、分かったお兄さん。でも、僕はこれでも回復魔術を扱えるんだ。先にその娘、治してあげるよ。」

「え、あ、そうなんだ。ありが────」

 

 何故、此処に一人小さな子供が居るのか。何故、この子は回復魔術を使えるのか。

 

 だが、彼の気配は魔族のモノでは無く、紛れもなく人間である。まだ幼いメルはその不思議な少年を信じ、無警戒に彼が近付くのを眺めていた。

 

 一方、ラントは嫌な予感を感じてはいた。少年の出現するタイミングと言い、場所と言い、不可解な点が多すぎる。だが、人族の幼い少年を疑うという発想を持てず、ラントはこの少年をおとりとした魔族の奇襲を警戒していた。

 

 ゆっくりと、回復魔術を使うと称したその少年の掌が、メルに向けられ。回復魔術とは明らかに違う、どす黒い魔力の渦が顕現する。

 

 その子供の皮を被った魔王の狂気に、気付いたのはこの場で一人だけだった────

 

「危ない、メル殿!!」

 

 再び、メルは誰かに突き飛ばされる。なんと魔王が掌から放ったその回復魔術を、間一髪、血塗れた修道服の男が代わりに受けとめたのだ。

 

「・・・ぐ、やはり貴様、敵か────っ!!」

 

 神に仕える身なればこそ、真の邪悪を感じ取る。敬虔な信仰者であった司祭は、この場で唯一その少年の所作に宿る残忍性を敏感に感じ取った。そして、見事メルを庇ったのだ。

 

 だが、その代償は大きかった。なんと魔王の魔法が直撃した司祭は、その場で苦しそうに呻き、断末魔の声を上げて爆発四散してしまったのだ。南無三!!

 

「・・・えっ?」

「し、司祭ィィイ!!」

「な、何てこった!! また司祭が死んじまった!!」

「くそ、何をしやがった!?」

 

 突然、目の前で人が爆死する。そのあまりの衝撃に我を忘れ、何が起こったのかすら理解できず混乱するメル。思わず、先程メルの頭上に落ちてきた大岩を二度見した。

 

「・・・えっ?」

「あーあ、残念。きっと、おねぇちゃんが爆発した方が皆イイ反応してくれただろうに。」

 

 少年は、そこで初めて言葉に感情を乗せる。その瞬間、今までの善良に装ったその雰囲気は霧散し、獰猛な笑みを浮かべてメルを凝視していた。

 

「良いなぁ。ヒトの女の子。殺して剥製にして飾りたいなぁ。操り人形にして、玩具にしたいなぁ。」

「・・・ヒッ、なんだお前!?」

「メル、離れろ!! ソイツはやばい奴だ、見た目に惑わされるな、敵だ!」

「っふふ、もう魔族を虐めるのも飽き飽きでね。・・・決めた、おねぇちゃんは生きてていいよ。それ以外にめぼしそうな人肉は・・・、うん、より取り見取りにいるね。どれが良いかな?」

 

 自分の目の前にいる年下の子供にしか見えない、明らかに異質な存在。その声を聞き、メルは気付いた。

 

 この少年はメルに向けて話しかけているようで、話しかけていない。この少年は、相手から返事を求めていない。

 

 この少年の言葉は、全て自身の欲望が口から零れただけの、独り言なのだ。

 

「そこの男は、要らないかな。弱そう、面白くなさそう。」

「っ!! やめろ、逃げてラント兄!」

 

 少年は腕を軽く振りあげる。詠唱も、魔法陣も何も使っていない。それだけで、大地はえぐれ地が裂けた。ラントが立っていた所は、ほんの一瞬で大きなクレーターとなる。

 

 これは、恐らく魔法ではない。術式も何もない。ただ呆れた量の魔力を、無造作に放出しただけ。それだけで、この少年は人を殺し得るのだ。

 

「っと、何だよソレ!」

「ラント兄、生きてた!」

 

 間一髪。ラントは魔王の放ったほぼノーモーションの衝撃を、持ち前の戦闘勘だけで回避していた。しかも、ラントは既に魔王から庇うべくメルの前へと割って入っている。

 

 この男、実はフィオさえ居なければ村長の跡取りの最有力候補だった存在なのだ。その実力は、村の若手の中では頭一つ抜き出ている。彼はただ、面白いだけではないのだ。

 

「お、躱すのか。うん、弱そうだけど、言うほど弱くは無いんだな。」

 

 その洗練された動きには、魔王もご満悦。少しは骨がありそうだと、嬉しそうに笑う。

 

「ラント殿、メル殿。遅くなった、私もここに。」

「おお、やっと来てくれたか司祭。メルの足を見てやってくれ、重症みたいなんだ。」

「うむ、任されよ。」

 

 そして、運のよい事にこのタイミングで司祭が合流してくれた。メルが自分の足で動けるようになれば、ラントも積極的にメルを庇う必要がなくなり少しは状況がマシになる。

 

「・・・えっ?」

「もう安心召されよ、メル殿。エクス・ヒール!!」

 

 吹き飛ばされたメルの足は司祭の魔法により光に包まれ、そして綺麗な傷一つない足が姿を現した。その時間を稼ぐため、ラントは一人、果敢に魔王へ切りかかる。

 

「ん、さっき・・・? いやまぁ、いいか。」

「子供だって容赦しねーぞ! その首、貰い受ける!」

 

 司祭を見て訝しそうに首をかしげる魔王のその一瞬の隙を突き、亜音速の踏み込みで見事ラントはその首を一刀のもと斬り付けた。

 

 魔王とはいえ、人なのだ。いかに強力な魔法を用いようと、彼が命ある人間である限り首が飛べばむなしく死ぬ。

 

 里で将来を期待されていたラントの剣は、かなりの業物だ。その切れ味は、持ち主の技量次第で鋼をも両断する。

 

「ああ、言い忘れたけど。」

 

 だというのに、彼の剣は魔王に通らなかった。首を斬られたその本人、魔王その人がラントと目を合わせ一言、嘲笑いながら助言をする。

 

「僕はね、生まれつき物理攻撃を一切受けないらしいんだ。それ、無駄だからやめた方がいいよ。」

 

 直後、ラントは魔王に殴られ尋常ではない距離を吹っ飛ばされた。魔王の首を斬りつけたその剣はボロボロと刃こぼれしている一方、魔王には傷一つついていない。ハッタリの類ではない様だ。

 

「ああ、勿論だけど僕からの物理は通るよ。」

「────信じられん、お前さんは本当に人か?」

 

 その理不尽ともいえる能力に相対している司祭は冷や汗を流し、メルは唖然とする。一切の物理が効かないという事は、無造作に魔力を放出するだけで地面をえぐる魔法使いと魔法の土俵で勝負しないといけないという事だ。

 

「・・・生まれは特殊だけどね。さて、次はアンタだご老人。老いぼれ虐めても楽しくないし、逆に良心が痛んで仕方がない。だからここで、殺すとするよ。」

 

 魔王が、ゆったりと司祭に向け拳を構えた。魔王の周囲の空間が蜃気楼のように揺らぎ、おぞましいまでの魔力が噴き出る。

 

「分かった、来るが良い。これでもミクアルに身を置いて数十年、既に私も一人の戦士。そうやすやすと────」

 

 それを受け司祭が魔王に相対し、杖を構えたその瞬間。魔王は笑い軽く拳を握り締める。と、同時に司祭がしめやかに爆発四散した。南無三!!

 

「嘘だろ、あの司祭がこんなにあっさり!!」 

「そんな・・・。」

「・・・本当に死んだんだよね?」

 

 爆発四散した司祭を満足そうに眺めた後、魔王は残されたミクアルの戦士達に向かい合った。皆、年若い少年少女達だ。彼等にはどうすればいいか、どう動くべきかの判断が出来ず、ここから逃げ出してすら居なかった。何せ今日が初の実戦。ラントの指導の下、闘いの研修に来ていただけなのだから。

 

「これで大人はいなくなったかな。さて、次は君達の選別だ。慈悲を乞い、僕に少しでも気に入られる様必死でアピールしたまえ。」

 

 残された子供達に待ち受ける運命は、死か、魔王の玩具か。厳しく理不尽なこの世界には、突然の死が溢れている。

 

 ・・・しかし、メルはそんな魔王より爆発四散した司祭を凝視していた。今度こそ何が起こっているのかを確認すべく、魔王の話を聞き流しながら司祭の死体を見守る。

 

 ピクン。司祭の肉片が、小さく動いた。

 

「・・・ヒッ!?」

「ん? ああ、君はもう気に入ったから生かしてあげるよ。そこで情けなくへたり込んでいると良いさ。」

 

 ちがう、そうじゃない。メルは魔王の後ろでにょきにょきと集合し、人の形を形成していくおぞましい司祭を見て怯えているのだ。

 

 司祭、あんたこそ人間なのか? やがて魔王がベラベラと楽しそうに子供を選別している最中、アルファベットのYの字のポーズを取りながら司祭の身体が再び形成された。なんと冒涜的な光景だろう。

 

 だが、司祭の行動はそれで終わらない。Yの字のポーズのまま、彼は足を動かさず滑るように魔王の背後へと近づき始めた。音も気配もない、完璧に無音な平行移動。流石の魔王も、司祭に気が付いている様子はない。

 

 そしてそのまま、司祭は機嫌良くしゃべり続ける魔王の、その背後を取ることにあっさり成功してしまった。魔王も、確実に殺したという油断があったのだろうか。

 

 ・・・メルはゴクリ、と唾をのむ。不意打ちで仕留めるには、これ以上ない好機。この機を逃せば、恐らくもう逆転の手筈は無い。何とかして司祭を援護できないだろうか。

 

 そもそも、司祭の攻撃手段を予想しないと。物理攻撃は無効だと言っていた、ならば魔法による攻撃だろう。

 

 とはいえ、詠唱したら即座に気付かれる。魔方陣を使ったとして、魔力を行使したらその時点で気付かれる可能性が高い。つまり、司祭がやるとしたら反応しきれないほど出の速い魔法弾!!

 

 と、なればメルに出来る援護は一つ。メルは攻撃魔法を使えないが、補助的な肉体強化などは習得している。何かしらの魔法を発動させ、メルに注意を向かせればそれが最大の援護になるはずだ。

 

「我が肉体よ、風を纏いて鋼と化せ!!」

「ん?」

 

 メルは肉体強化魔法を、なるべく魔王の気が引けるように派手に魔力を発散しながら発動する。釣られて、反射的に魔王もメルの方向へ振り向いた。

 

 千載一遇の、好機。

 

 

 司祭は、何時の間にやら両手で白い布を持ち魔王の上から被さるように構える。そうか、司祭の目論見は魔法弾ではなく窒息狙い。わざわざ魔法を発動する危険を冒さず、布を以て気道を塞ぎ呼吸できなくする算段か。

 

 

 

 ・・・あの、布。なんか見覚えがあるような?

 

「ねぇおねぇちゃん、何のつもりソレ。僕と戦う気?」

「だったら何よ。」

「うーん、せっかく生かしてあげるって言ったのに。馬鹿な奴。」

「生かされる命なんてまっぴら御免。私は生かされるんじゃなくて生きるのよ、このクソガキ!」

「贅沢だね。命より大切なモノなんて無いだろ? 命を投げ捨ててまで、僕と相対して君が得るものは何だい? ちっぽけなプライドか? 勘違いした高揚感か?」

 

 魔王は、完全に挑発に乗っている。さぁ、これで存分に気は引いたぞ。ロリコン司祭め、とっとと決めろ、その手の布で────っ!!

 

 ・・・ん? 司祭の手に持ってる布。よく、よくよく見たら、もしかしてそれ、嘘だろ?

 

 構えた手を片方だけ下ろし、恐る恐る腰に手を当てる。無い。それって、さっきまで履いていた、私の────

 

「私のパンツ!!」

「パンツ!?」

 

 思わず叫んだ私を見て、魔王の顔が困惑に染まる。そして、その隙を逃す司祭ではない。

 

 ズボリ、とメルのパンツは魔王の顔面を覆った。あの変態(バカ)は、少女のパンツを魔王の顔面に被せやがったのだ。

 

「・・・。」

「・・・。」

 

 魔王は振り向き、司祭と目を合わせる。顔面に少女の下着を纏ったまま。

 

 司祭はと言えば気安く魔王の肩に手を置いて、グッと親指を立てる。一応言っておくと、彼のこの行動は真面目なモノだ。

 

 司祭の目論見は即ち、亜型の治癒魔術により魔力の持つ限り無限に再生する事が可能な自分へ魔王のヘイトを集めること。彼は自身の攻撃力ではどう不意を突いても魔王を倒せないことを悟り、その身と命を以て、里の子供達が遠くへ逃げるだけの時間を稼ぐつもりだった。メルのパンツを盗んだのは、死にゆく行きがけの駄賃である。

 

 そして、狙い通り魔王の口元が苛立たしげにピクリと歪む。憐れ、司祭はそのまま断末魔を上げて艶やかに爆発四散した。南無三!!

 




次回更新日は10月25日。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。