TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
時計は深夜を示している。
普段であれば皆が寝静まっているこの時刻に、今日だけはオレの部屋は依然と灯りをともしたままであった。
「それでですね、フィオさん。またアレをお願いしたいのですが・・・。」
「オーケー、ユリィ。ご存じの通り、オレは君の恋路を応援する存在だ。遠慮せず言いたまえ、詳しく話を聞こうじゃ無いか・・・。」
机の上で腕を組み、意味深に笑うオレ。机の上の蝋燭台が、真剣な面持ちでオレを見つめるユリィを照らす。
空に星々がきらめくこんな時間に、敬虔な修道女である彼女が、わざわざオレの部屋を訪れて一体どんな頼みが有るというのだろうか?
少し躊躇った後、やがて意を決したかのように、彼女は口を開いた。
「明日、レイさんを、朝の10時からお願いします。その、一時間程で良いので・・・!」
その彼女のその頼みとやらは、客観的に聞くと理解に苦しむ、大事な述語の欠けたモノだった。だが、オレにはコレだけで十分に理解が出来る。彼女の頼みを聞くのは、初めてでは無いからだ。
彼女もハッキリと口に出しにくいのだろう。仮にも仲間に対して、嵌める様な事をしろとオレに要求しているのだから。だから、出来るだけ笑顔を作ってオレは彼女に応対した。
「ふむ、良かろう。オレに任せたまえ、ユリィ。・・・でだ、となるとオレには必要なモノが有るのだが?」
「えっと、その。・・・20Gでは、足りませんか?」
「20G!? なんだ、随分と今回はお安いな。まぁ、ならオレの働きもお安くなるかもしれんな。」
彼女の口から零れたその報酬額に、眉をオーバーに上げ、いかにも「ビックリしました!」と言った表情をオレは作った。
ふむ、この女はもう少し気前が良いと思っていたが。ダイナマイトでグラマラスな彼女のその見た目ほど、彼女自身は太っ腹では無いらしい。
「その、ご存じかも致しませんが、私、香水の件でお小遣いをスッゴく減らされてしまいまして・・・。その、上手くアルト様を誘えても肝心のデート資金すら厳しい状況で・・・。」
「それは大変だな。で、それがオレへの頼みごとに何の関係が?」
「え? えっと、でも・・・。」
彼女のその甘えた言い訳を、オレは冷たい目で一刀両断した。・・・そして、なるべく感情をこめないように、ユリィを諭す。
「心配するな、ユリィ。デート資金くらい出してくれるさ、アルトなら。だから気にせず、ユリィはアルトをデートに誘って、きっちり約束をして来ればいい。なんだったら、本番の際にはオレが少し融通してあげてもいい。だから、分かるね?」
オレの態度にあたふたと困惑しているユリィに、言葉が終わった後、オレはにこやかに笑いかけた。貰うものは貰う。一度でも、負けてあげると付けあがるのだ。
「わ、分かりました・・・。50Gで、如何でしょう。」
「・・・まぁ、ユリィの懐が厳しいのも事実だろうし。今回だけは、それで良しとしてあげますか。」
よし、なんとか今回も予定通りの額を引き出すことに成功した。まったく、女というのはいちいち駆け引きをしないとまともに商談にならない、本当に怖い生き物だ。この、一見して真面目でおとなしそうなユリィですら、隙あらば値段を負けさせようとする。生まれながらの交渉人、それが女という生き物なのだろう。
「ど、どうかよろしくお願いします、フィオさん。」
「任せてください。依頼は完遂する、それがビジネスという奴ですよ。くくく・・・。」
幸いにも今回の商談は綺麗にまとめる事が出来た。ユリィは比較的やりやすい部類ではあるのだが、毎回こうやって駆け引きをするのも一苦労だ。もっと楽にお金を稼げる
「・・・って、君達は一体何をやってるんだ!?」
「きゃっ!」
「うおおおお!?」
うわ、びっくりした。
なんと、突然にバタンとオレの部屋のドアはノックも無く開かれ、怖い表情のルートがノックもせずに乗り込んできたのだ。
「なんだよルート、大声出して。驚かすなよ。」
「び、びっくりしましたぁ。ルートさん、どうしましたか?」
「ビックリしたのは僕の方さ! なに、とんでもなく怪しい会話をしているんだ君達は!?」
ああ、なるほど。さっきのオレとユリィの会話を聞かれてしまっていたのか。
「何って、そりゃビジネスの話だよ。」
「なにやら不穏な雰囲気だったぞ。ユリィ、君、ひょっとしてフィオに何か騙されていたりしないかい?」
「人聞きが悪いな!?」
何故ルートの中ではオレが悪者になってしまっているのか。むしろオレは、彼女の汚い欲望を聞いてあげている側だって言うのに。
「その、本当に違うんです、私の個人的なお願いで・・・。」
「ルート、わざわざ女二人がこっそり部屋で話していたんだぞ? その内容を根掘り葉掘り聞くんじゃねぇよ。」
「うっ・・・。それは、確かに僕も配慮不足だった。ごめん。」
よし、上手い事誤魔化せそうだ。
「でも、本当に騙されちゃいないんだね? このフィオって奴は息を吐くように嘘を吐く腐れ外道だから。」
「おいルート、その喧嘩買うぞ。」
「その、大丈夫です。・・・明日、少しレイさんの足止めをしてもらうだけなので。」
「足止め?」
あ、ユリィってば言っちゃうんだ。せっかく、気を使って誤魔化そうとしていたのに。
・・・まぁ、オレに被害はないからいいか。
「次の休日、アルト様は予定が無いご様子なので、明日のウチにデートにお誘いしたいのですが・・・。リンさんとルートさんは買い出し当番だし、マーニャさんは10時頃はお外で鍛錬してますし。後はレイさんさえ上手く足止めしていただけたら、その、アルト様と私は二人きりに・・・。」
「あぁ・・・。そういうことか。」
ユリィの言葉を聞いて納得した、といった表情のルート。若干、白い目をしているけれど。
「そういうことだ。つまりさっきのオレ達は、二人でガールズトークと言うヤツをしていたんだ。男のルートが不躾に入ってくるなよな。」
「いや違うフィオ、さっきのアレは絶対ガールズトークに分類される話ではなかったと思う。」
なんだって? 女の子が二人で話してる話は全てガールズトークではなかったのか?
「その、ルートさん。このことは、お願いですので他言無用で・・・。」
「うん、分かった。フィオがお金を受け取ってるのが気に入らないけれど、ユリィが納得の上なら僕は何も言わないさ。」
「お、いつになく話が分かるなルート。色々ねちねちと小言を言われると思ったが。」
本人が納得しているなら、自己責任だから口をはさむべきではないと、そういう事だろうか。
「ありがとうございます。では私は明日に備えてもう眠りますね? おやすみなさい、フィオさん、ルートさん。」
「おーおやすみユリィ。こんな中途半端な時間を指定しちまって悪かったな。」
「いえ、フィオさんにも用事があったなら仕方ありませんよ。では、失礼します。お二人とも、よい夜を。」
彼女はそう言って微笑み、バサリと長いフードを靡かせて部屋を出て行った。癒されるなぁ。シスターさんの笑顔って、何か心を満たすモノがあるよな。
「・・・。」
ユリィも帰ったし、そろそろ寝巻に着替えたいのだが。なぜか、先ほどのユリィの言葉を聞いて黙りこくったルートは、部屋から出て行くそぶりを全く見せない。
・・・おかしいな、コイツってこんなに非常識な男だったか?
「どうしたルート、まだオレに用事でもあるのか? 腐ってもここは女性の部屋だ、こんな時間にまで男に居座られるのは良い気がしないんだが?」
「・・・なぁフィオ、一つだけ聞かせてくれ。ユリィがここに来る時間は、フィオが指定したのかい?」
「え? あ、ああ。そうだけど?」
「・・・。」
「な、なんだよ。」
ルートの奴、突然考え込みやがって。一体なんだって言うんだ。
──トントントントン。
この時にまた、オレの部屋のドアがノックされる。恐らくは、例の件でリンが訪ねてきたのだろう。
あ、だとしたら、ひょっとしなくてもマズイ。今の状況、リンは追い返さないとやべぇ!
「すまん、リンか!? 悪い、今少し立て込んでいて──ッ!!」
「・・・あ、まさか!? おいリン、そこに居るのかい? 部屋に入ってきたまえ!」
「分かった、入る。・・・ん? なんでルート、いるの?」
オレの咄嗟の静止の甲斐なく、部屋のドアは開かれ、眠そうな顔のリンが入ってきてしまった。くそ、早く追い返さねば。
「リン、悪いが今はルートと話の途中でな、また後で来てくれ。な?」
「ん、そうなん? 分かった。じゃ、ウチもう眠いしお金だけ置いて出て行くし。・・・バイバイ。」
ちゃりーん。彼女はオレのベッドに、50Gほどを投げ捨てる。その瞬間ルートが、目を剥いたのが見えた。コイツ、本当に頭良いんだよなぁ。戦闘時には頼りになるけれど、こういうバレたくないこともアッサリ看破してしまうのは勘弁してほしい。
「・・・ねぇリン、少し聞きたいんだが。これは一体何のお金なんだい?」
「これ? ・・・フィオに、
・・・喋っちまいやがった、この幼女。そう、ユリィからの依頼の交渉をこんな深夜に指定したのは、リンからのユリィを足止めせよと言う依頼を同時に達成する為でも有ったのだ。この時間、ユリィさえ足止めできればリンとアルトは二人きりらしい。そこで上手く、リンはデートの約束をこぎ着けたようだ。
つまり、明日ユリィがアルトと二人きりになって、次の休日をデートに誘おうとも無駄なのである。既にリンが先約なのだから。
ルートの目じりが吊り上がっていく。どうやら爆発寸前のようだ。
「こんの!! 息を吐くように嘘を吐くド腐れ外道が!! 結局君はユリィを騙してたんじゃないか!!」
「騙してねぇし!? オレ、ちゃんとユリィの依頼は達成するし!」
「騙す? ・・・フィオ、またなんかあくどい事したの?」
「しーてーまーせーん! オレはオレの成すべきことを成しただけです!」
「どうやら一度僕が、君の性根をたたき直してあげないといけないようだね! 勇者としてふさわしい立ち振る舞いをしろと僕は日頃から常々思っていたんだ、君とバーディに対しては!」
「うわーん、このままお説教コースか畜生!」
これと全く同じこと、バーディの奴もやってるってのに! 結局、オレはその日ルートと、熱く濃厚な夜を過ごす羽目になったのだった。
腰が砕けて立てなくなったぜ。主に正座の痺れで。
次回更新は、6/3の17:00です。